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辺野古新基地を許さない 7月25海上座り込み

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辺野古新基地を許さない 7月25日海上座り込み

大浦湾をカヌーと船でうめつくそう!

詳細は以下のチラシを

「7.25海上座り込み白黒チラシ送信用.pdf」をダウンロード

主催:ヘリ基地反対協議会

カヌーで、船で、瀬嵩浜で、全国から。ただしカヌーは当日だけでは乗れません。練習にきてからです。

自然を壊すな!新基地建設を止めよう!

無理を引っ込め、道理が通る世の中に。

2017年7月20日 (木)

ワサワサの1日

2017年7月7日 晴れ

巡視船1、警戒船5.抗議船3、カヌー11.

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米軍GBが4隻航路に沿って出る。8時56分。航路付近で演習をやっていた。

9時7分、生コン車、3台、+2+2の7台が辺野古崎方面へ。

10時頃、廃弾処理の音。

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シュワブ沖。潜水調査船に海保GBが交差。10時49分。

13時15分。テント前。

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ツノメガニ。潮が引くと出てくるが、素早い動き。ピアノを叩くように爪を立てる。水辺に入ると鈍足になるが、彼らの天下らしく俄然強者に。環境によって行動が異なるのは、おもしろい。

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テトラポットが作られている。13時25分。

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生コンプラントは横板を設置中。13時25分。

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夏の日差しは晴れやかだが。13時26分。

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高速輸送艦ウエストパック・エクスプレスが辺野古沖を西へ。13時30分。

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取り付け道にトラックで砕石を落としている。13時36分。

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14時24分。テント南を西方向にRC-135だろう。最近頻繫に飛ぶ。

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東からオスプレイが辺野古沖すれすれを2機編隊で。15時6分。

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1機は沖縄高等専門学校奥の着陸隊に向かう。15時8分。1機は豊原方面に向かい、西に消えていった。

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また立ち上がり西へ。15時11分。

















 

昨日のこと今日のこと(17年7月20日)

 昨日の津堅島沖(ホワイトビーチ先海面)での撮影は、既報のとおり現場で19時35分まで粘った。今日の新聞報道では、もう一度降下したそうだから、私は一足先に帰ったことになる。

 このことが、辺野古テント村の皆さんの話題になっていたようだ。あんなに遅い時間になったのだから、ヤマヒデさんは時間切れで先に帰ったのではないかと。いやいやいや、頑張りましたと伝えたところ、帰れたのと来たから、辛くも、と答えた。

 本当に車を持たない者の弱点がでてしまう。しかしこうしたことは、時間無制限一本勝負でいくしかない。いざとなれば、どこかでビバ-クすればよいのだ。贅沢言ったらきりがない。反面、心配かけているのだなとも思う(すいません)。

 今日、テントで、ある方から私に日本環境会議の沖縄の集いの報告集を献本したいとのお話を伺った。自分は参加しただけで、何かしたわけじゃないし、恐れ多いが、ありがたく受け取りたい。これからこの分野で私なりに貢献できることがあるかもしれないから。

 今日、ある来訪者に聞かれたのだが、ジュゴンの最近の現認記録はないのですかと。確たるものがないのだが、本来県がきちっと生態調査すべきだろう。しかし県レベルでは動物学植物学の専門家がほとんどいないだろう。県立博物館にどれだけの学芸員がいるのか。これほど沖縄固有種が居る島でありながら、大陸とつながり、また、分離してきた歴史がありながら、自然界のことなど、放置してきたのだろう。全県的な調査を官民を挙げてやればできるはずだ。誰が音頭を取るかの問題だけではないか。

 昨日帰宅したら見知らぬ方から、メールが届いていた。7月22日の東京での集会の案内をブログに載せたが、貴方の記事を貼り付けたいと。全く面識のない方なので、ブログを拝見して、了解をだした。今日感謝のメールが来ていた。何故私のブログ記事を添付したのかといえば、分かりやすかったと。ただのズボラでないと、認めていただいたようだ。ありがたいことだ。

 

18日逮捕された方は、19日釈放。だが今日また逮捕。

 17年7月18日逮捕された方は、翌19日に釈放されています。今回は警察曰く、座り込んでいた人がアルソックの警備員を殴った容疑でしたから、ひょっとするとひょっとするのかなと心配していました。

 だが、逆でした。警備員に押さえ込まれたので、振り払っただけとのこと。警備員には警備業法で個人の権利侵害を可とする根拠は与えられていません(警備業法第15条参照)。本末転倒とはこのことです。

 今日17年7月20日9時頃第1回目の搬入作業中に、1名が不当逮捕されています。詳細は不明ですが、警察は四回も警告したと言っているそうです。道交法違反なのでしょうが、国の工事強行に加担する警察である限り、こうした事態は繰返されていきます。私達は「公共工事」とは何かをも問いながら、警察の不当弾圧をやめさせなければなりません。

 負けられない闘いです。

この島々が戦場になるのだろうか?-悪い冗談ではすまないぞ

〇以下の文は、「沖縄の怒りと共に」(うちゅなんちゅの怒りとともに!三多摩市民の会」発行 101号に寄せたものです。なお、前の100号に寄せたものの続きでもあります。

http://poyamahide.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-c15d.html

 

  この島々が戦場になるのだろうか? 悪い冗談では済まないぞ!

                                     山本英夫(フォトグラファー)

 本紙前号に書いた私の文を読んでいただいただろうか。驚かれた方も少なくなかったようだ。私は、琉球諸島を対中防衛網(軍事要塞化)にする基地再編・島嶼奪還作戦について、新基地建設の大いなる根拠になることも含めて、11年秋から警鐘をならしてきた。しかし、私はあまりにも微力で、東京で何度報告会をやっても、パラパラとしか集まっていただけなかった。そして12年、13年のオスプレイの沖縄への強行配備を見て、沖縄へ居を移す決意を固めた。沖縄島で新基地建設にマジに、しぶとく取組んでいるのは、やはり戦争になる危険性を肌で感じているからだ。他方、日本に住んでいる方々の鈍感力はなんだろう。辺野古テントにお出でになる方、ゲート前に座り込む方でも、50歩、100歩だと私は感じてしまうことも少なくない。

 【立ち位置を考え直す】

 本論に入る前に、私はこの点をやや立ち入って考えたい。私を含む所謂「日本人」は戦争体験を忘れ去り、一人ひとりの記憶の中に刻み付けてこなかった。また当時者から聞き出す努力を怠り、聞きだせる関係・環境を作り出してこなかった。誰しも痛切に苦しいことを思い出したくないから、簡単に語らない。こうした中で語ってこられた方は、ものすごい決意と葛藤の中にあったのだろう。

 沖縄戦は「唯一の地上戦」だと言われるが、私が一番惨いと思うことは、被害と加害が同居していたことだろう。沖縄の人々は、皇軍から加害者(米兵等を殺し、肉親や地域の人々を殺す)にさせられ、同時に被害者にされてきた。単に米軍から殺されただけではなかった。今でも私たちの身近にこうした方々が生きているのだ。そして今日まで基地の島の重圧を受けている。

 私たち「日本人」は、再び沖縄の人々を殺す側に回るのか。否、既に回っているのじゃないか。だから私は、こうした「日本人」に、つい「地獄に落ちろ!」と思ってしまう。東京に居たら、感じない。それはコンクリートの上で、華美な街に慣れきっているからだろう。マスコミの情報に操作されているからだろう。コンクリートを引き剥がしてご覧よ。東京大空襲などの弾痕が刻まれているかもしれない。これまで見えないものだと、蓋をしてきたのじゃないか。

 何事も関心がなければ、見えてこない。見えなければ、関心をもつはずもない。こう考えてしまうと、どこにも展望を開けない。どうしたらいいのだろう。実に悩ましい。悩みぬいた私の結論は、私たちが生きるための哲学をもつしかないのではないか。だから生きることに前向きになれる条件を創りださなければならない。だとすると、アクティブに生きる気になれるか否かが地獄に落ちるか否かを分ける分水嶺になるのか。これはとんでもないことだ。貧困や差別の中で、苦しんでいる人たちが地獄に落ちるのでは、これまたたまらないではないか。これもまた不条理だ。

 米国の貧困世帯の若者が軍隊を志願するのも露骨な差別構造があるからだろう。日本でも憲法9条に3項が追加されれば、同様な事態になるだろう。そうなってからでは遅い。要は、戦争か平和かだけでは解けない問題なのだ。そこに差別や貧困、環境との共生を組み込まなければ解けない。右翼のヘイトは国家の枠の中で、なんも考えずにハケ口を用意している。私たちは難しい。自分を問うこと、社会を問うことが避けられないからだ。沖縄との関係を問うことが、差別と向き合い、環境との共生を考えるきっかけになり、未来を考える上で、重要なポイントになるはずだ。

 私たちは60年代から70年代の闘いの中で、多くの間違いを犯してきた。だからと言って、重要な問題も水に流してこなかったか。あの時代を検証しながら、もっと素直に生きあいたい。私の世代は、こうした取り組みを若い世代に継承していく責任があるはずだ。だから私は、今沖縄に居るから、外は知らないと云う態度をとりたくない。

 私はフォトグラファーであって、哲学者ではない。これは、自分には荷が重い。だが微力とはいえ、やっていくつもりだ。沖縄の人々から学び、考える。また、フォトグラファーだからこそ、美しいものを撮りたい。ゲート前や海での攻防よりも、願わくば美しいものを。だが、最近やっと自分でつかんだことがある。人間の尊厳を示すことは、弾圧されても美しさを放っている。人々と権力の両者を対比して見せること。また、真に美しいものは権力が誇示したがる華美とは違う。また、ナショナルなものを超える。美しいものを示す事で、醜い政治を糾したい。美に纏わりつく人間の悪の根性を洗い出す。

 話を戻す。私たち「日本人」は沖縄人と、どうしたら分かち合えるのだろうか。これは単純に闘いの現場に行けば済む話じゃない。両者の歴史に立ち返り、食い違い、差別・抑圧の関係を改めることを避けられない。だとすれば、それぞれの地域の中に潜んでいる身近なリアルから手がけることは可能だろう。一般的な連帯で済む話じゃない。

 【日本政府の島嶼部を巡る認識について】

 前置きが長くなった。沖縄島と先島(八重山、宮古諸島等)と言われる琉球諸島の間にも明らかな差別分断の構造がある。琉球王国の時代からの覇者の島・沖縄島と先島。地理的な大きさの違い。大日本帝国による抑圧の仕方も異なった。沖縄戦を巡る状況も大きく異なる。先島では地上戦は行なわれなかった。ただ多数の皇軍が進駐し、多くの住民はあちこちで強制疎開を余儀なくされた。マラリア渦の中に。やはり軍隊は住民を守らなかったのだ。しかし先島では沖縄戦に対する総括、語り継ぐ努力は弱かった。

 日・米政府はそこに着目してきたのではないか。与那国町、石垣市、宮古島市共に首長は誘致派だ。にもかかわらず、沖縄島でも先島でもお互いを見てこなかった。沖縄島本島の先島差別を克服できていない。漸く最近になって、映画ができたり、何冊かの書物が出版されたが、自分も含めて力不足だった。

 さて、日本政府の軍事政策は「防衛計画大綱」と「中期防衛力整備計画」に描かれている。その詳細については次回にしたい。ここでは概要を示す。日本の軍事政策は2010年の「動的防衛力構想」から大きく変わった。9条の精神を捨て去り、力には力を対置させた。2013年の安倍政権の時代の「統合防衛力構想」は、陸海空の統合力と国家をあげた軍事力にスイッチを切った。特に問題なのが「島嶼部」を巡る軍事化だ。「島嶼部」と称しているが琉球諸島のこと。対中脅威論を梃子に、軍事力の向上を図る。中国の力に対して、常時、監視し、機動力を集中できる体制をつくるそうだ。「島嶼部への侵攻があった場合に、上陸・奪回・確保するため、水陸機動団を新編する」などと勇ましい。このための前進拠点が辺野古なのだ。本拠地が佐世保の相浦駐屯地(周辺)であり、いざとなれば全国から機動運用部隊を差し向ける。北海道の4個機動師団・旅団等、東北、関東、四国、九州に各1個機動師団・旅団。計、3個機動師団、1個機甲師団(北海道)、4個機動旅団だ。こうした部隊の戦を可能とするには「航空優勢」と「海上優勢」を保たなければ、不可能だ。何しろ機動(移動)出来ないからだ。

 こう考えれば、戦場は琉球諸島だけに留まらないことを理解できるだろう。こうした移動の空間、指揮・情報の空間も危ないのだ。琉球諸島が有事になれば日本列島全体が有事になる。それにしても、この国はあの沖縄戦から何も学んでいないようだ。上陸・奪回・確保というが、具体的に石垣島や宮古島などを想定しているのだ。5万人前後の各島の人々の安全確保を、どうするつもりだ(石垣市49078人、宮古島市54264人。両市とも17年5月末現在住民登録数)。住民の暮らしの場が戦場になる。再び住民を戦争に動員するのか、住民を盾にするのか。大いに懸念されるところだ。

 今この国は琉球諸島を再び戦場にしかねない構想を具体化しようとしている。この国はもう一度戦争をするのか。あなたはそこに手を貸すのか?

 差別が戦争を平然と行なわせるのだ。沖縄差別、朝鮮・中国差別、イスラム差別。安倍政権は軍事力の強化にやる気満々だが、これでいいのか。人間が生きるとは、なんなんだろう。 

 

2017年7月19日 (水)

先ほど家に帰ってきた(17年7月19日22時ごろ)

 今日は津堅島沖の海域で、米軍がパラシュート降下訓練を強行するとのことで、私も海軍基地のホワイトビーチを見渡せる丘に出向いた。この左側が津堅島だ。私は7時40分頃家を出て、11時頃現地に到着。車を運転できない私は、公共交通機関を使い、歩くのだ。111番のバスで、沖縄北インターで降りて(約40分)、上平良川まで歩いた。1時間。そこからバス27番。平識屋まで、あとは歩き(10分)。普段ぽつねんとしているだけの児童公園が取材陣で溢れていた。みんな同じか。ここから狙うのだ。テレビクルーが4つ。地元の新聞2紙に、私と赤旗の記者も。ほか。

 暑さは屋根つきの場所があり、何とかしのげるものの、でも暑い。水分補給が重要だが、テレビクルーは、誰かがまとめて買ってくればいいが、私のように一人ではそうはいかない。油断している間にやられてはもともこもないからね。

 途中から、伊江島で、物資投下訓練をやっているとの情報が入ってきた。ひどいことに伊江村の役場にテレビ局が電話しても、事実を把握していない。知らされていないのだ。ようやく、現地の議員からやっているとの情報が入ってきた。こちらでは、18時を回っても音沙汰がない。これは伊江島での強行を隠すためのweb情報発信だったのではないか。しかし19時を回って、MC-130が飛んできた。うろうろ飛んでいる。急速に暗くなっていく。そこで私たちの前に同機が飛んできた。左から右へ。降りてこない。1回転して、19時30分頃、3名が飛び出した。パラシュートが開いた。一斉にシャッター音が鳴り響く。テレビクルーも実況放送をやる。

 待ったかいがあった。しかし私は自宅まで帰れるのか。途中で泊まるか、那覇に行くか。緊張が走る。しかし27番で、安慶名から77番に乗り換えられた。21時が最終だった。ラッキー。

 ということで、今日中に帰宅できた。よかった。「沖縄の怒りと共に」の101号が着いていた。表紙が私の作。寄稿もしている。他の皆さんも力作ぞろいだ。

 ところで北海道札幌に送った私の10枚プラスのパネルはどうしたのだろうか。7月17日に使ったはずだが、電話もメールも届いていない。無事に届いたとか、どうだったとか、作者・著者は、いただきたいのだが。気持ちがずれる。寂しい。

 

滞っていますが(170719)

 ブログの更新が滞っています。パソコンの調子が悪く、書いても反映できずが続きました。そのうえ、私としては珍しく飲む機会が重なり。個人的にもですが、昨晩は交流会に参加を依頼されました。客人の中に、もしかしたら知り合いがいないかと思って出かけましたが、全員初顔合わせでした。それだけ層が厚いということで。

 団体・グループとの交流は、できるだけ複数で対応するのがお互いにいいですね。何人かが参加すれば、其れだけ個人の思いを表わせます。無理に沖縄を代表してにならずに済みますから。問題意識などを忌憚なく表明できる。何よりも肩がこらない。

 私はお酒を飲んで、けんかしたなんてこと、ここ30年ぐらいないですから、無難。ただ人見知りなので、入り口が合わないと、やや困惑。昨晩は隣の人がそうでしたが、それでは失礼だと思い、敢えて話したら、こちらが全く知らないことを教えてくださいました。気張らずにやることが大切ですね。

 今日はこれからあるところにでかけます。何時に帰れるか分かりませんが、頑張ります。

2017年7月18日 (火)

今日のヤマヒデ(17年7月18日)

 今日17年7月18日は猛暑。暑い、風がない、汗だらだら。私は今日もテント番でしたが、17日に設置されたオイルフェンスの延長が危惧され、私は3回ほど漁港の護岸(浜側)に行き、監視・撮影。午後の3回目は日陰がなく、海神様の岩の東側に回りこみ、わずかな日陰にもぐりこみました。それでも、水分の持参ナシでは、1時間余りが我慢の限界。「日干し!」と叫ぶ私にY子おばぁが、アイスクリームを差し入れてくださいました。これで、一息つきました。

 今日のところの工事は、陸域でのオイルフェンスの引き出しの準備作業だけでした。ただ緊張したのは、軍警がカヌーを持ち出し、自主警備をする姿勢をみせたことです。たかが1艇や2艇のカヌーを持ち出したところで、何の足しにもなりませんが、彼らの狙いは挑発して、弾圧に利せればいいということです。だからこそ、私達は要注意です。非暴力の闘いの原則を何度でも確認しながら、断固たる抗議を行いましょう。

 なお、パソコンの不具合が発生中。先ほどちょいと手を加えてみましたが、結果はこれから確認します。自分の体と、カメラ、パソコンが三位一体でなければ、心は晴れず、気分は快調になれないのは、困ったことです。今は体とカメラは概ね大丈夫です。

7月13日の被逮捕者は翌日釈放、18日また不当逮捕

 お知らせが遅くなっていましたが、7月13日道交法違反での被逮捕者は、翌14日、当然にも釈放されました。

 しかし今日、7月18日13時頃、シュワーブゲート前付近で、車輌搬入時に、男性がガードマンを「暴行」の嫌疑で(警察側の主張)、1名が逮捕されました。身柄は名護署に。弁護士に接見依頼済み。詳細がわかれば、またお知らせします。

 炎天下での闘いであり、心身ともに厳しいです。睡眠時間を確保し、水分・塩分補給を充分行いながら、諦めない闘いが重要です。がんばりましょう。

2017年7月17日 (月)

やれやれ今日の海上での作業はなかった(17年7月17日)

 昨日の確認した辺野古の海のK1護岸付近でのオイルフェンス等の設置は、昨夕の状況のままであり、本日17日16時時点で工事は行われていない。やれやれ。

 7月17日の沖縄タイムスに掲載されたばかりか、電子版では共同通信でも配信中。もっとも揶揄するためのボードに乗っていたりもする。

 ということで、短報を閉じる。

アキノ隊員によるノグチゲラの分布域の言及について

 アキノ隊員こと宮城秋乃さんが琉球新報にノグチゲラの南方域での発見に関したコメントを寄せている。

http://akinotaiinnorinshitaiken.ti-da.net/e9710362.html

 これは、当然予測される懸念であろう。高江周辺の森にN4にプラスして、N1、G、Hとオスプレイパッドができ、工事用、演習用の道が整備(中)されたのだから、被害は面的に広がるはずだ。

 ノグチゲラの生態と行動を見れば、面としての森を生息域にしていることは常識だ。以前はN4週辺でも普通にいたのだが、最近では音沙汰がない。こうした影響が拡大していることは多言を要さない。ただ何処までの影響がでているかは、具体的な調査を待たなければ断言できない。しかしこの周辺は米軍の演習場であり、勝手な立ち入りができない。やんばるの森は、ノグチゲラの地球上でたったひとつの生息域なのだ。日本という国がまともな国ならば、緻密な調査をするはずだ。なんもせずに、影響はないと断じて米軍様に提供した防衛省。

 またアキノ隊員は、手厳しい。「野鳥のことは野鳥の観察者に聞けよ! 私は昆虫の観察者なのに」。ごもっともだ。つうか、私が本来の野鳥観察者に戻れれば、言われるまでもなく、即やりたいところだ。やらなければなるまい。もはやそれは無理だが、アキノ隊員の主張が余りにも当然なので、私も少しは貢献していきたい。

 沖縄に沖縄の自然観察者は少ないようだ。研究機関、調査機関が余りにも少ない。国に任せていたら、壊されるままだ。自然史博物館を作る話はけっこうだが、これは国立でなく、県立にすべきだ。何しろジュゴンは72年5月15日に天然記念物に指定されて、何の保護策も取られずにきた。そこに米軍基地があるためだ。

 私たちナチュラリストが、がんばるしかないではないか。アキノ隊員を孤立させてはならない。

沖縄タイムスに「K1浮具設置」と出た(17年7月17日)

 本来は、土日を休みにしたかったのだが、沖縄防衛局はこの3連休に新たな段階に踏みこむかもしれないと予感していたので、16日辺野古テントにでた。ありがたくないことに、既報のとおりになってしまった。

 16日午前中から浜の上に作業員がでており、海には海保のGBばかりか指揮船がいた。午後もみたけれど、特に何もなく、帰り際に黄色のオイルフェンスを発見。テントの後片付けを他人に任せて、私は漁港護岸まで走り、数分間撮影。

 帰宅後、この報を当ブログに載せた次第だ。同時に沖縄タイムスにも連絡したところ、今日7月17日の記事に写真入で出た。自分のブログを見る人など、極わずかだが、沖縄タイムスを読んでいる人は、大分多いし、沖縄防衛局の諸君も読んでいるのだから、出せてよかった。

 今後は琉球新報にも情報提供できる緊急連絡体制を確立していきたい。できれば、全国紙や他の地方紙にもだが、どうしたらできるのだろうか。

〇沖縄タイムスの電子版http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/113128

〇共同通信の電子版でも流れています。http://www.47news.jp/localnews/okinawa/2017/07/post_20170717123702.html

 それにしても、昨日の夕方から夜は超忙しかった。懸案にしていたメールでの問い合わせにやっと返信した。鋭い質問は大歓迎だが、お答えに難儀する。遅くなって申し訳ありませんでした(改めて)。

2017年7月16日 (日)

「国際的連帯が力」人権法研究会報告(報道)から

 17年7月15日に沖縄国際人権法研究会は国連人権理事会に参加した山城博治さんらの報告会を開催した。私も参加したかったが、全く同じ時間に別の辺野古がらみの集会が重なり、参加できなかった。よって本日の報道を参照しながら、簡単に報告記事をあげておく。

 これは、国連人権理事会が日本の人権状況を不信に思い、調査してきたが、日本政府からの誠実な回答がないなかで、直接、沖縄から人権理事会に参加し、短時間ながら発言し、また自主的な形でシンポジウムなどを開催してきた。

 沖縄平和運動センターの山城さんは、政府に対抗するのと同じくらいの力を使って国際社会とネットワークをつくるべきと感じた」と。日本政府による差別政策を国連の反差別の動きとあいまって検証していくことの意味の大きさ。

 金高望弁護士は、デモや抗議行動の表現の自由を最大限保障する国際人権法の枠組みを紹介。

 沖縄が日本政府によって受けている閉塞を国際人権法を活かすことを通して、越えていく、県議会での条例案など検討に値するとも指摘された。

 200名弱の人々が参加された。

速報―K1護岸前にフロート、オイルフェンスを張り出す

 今日は17年7月16日、日曜日 だが、沖縄防衛局は朝から、監視船8隻、マリンセキュリティ4隻、海保のGB3隻プラス指揮船1隻を出していた。

 10時から海上チームのカヌー練習が始まった。これを撮りに私は護岸にあがった。K1護岸建設予定地に数名の作業員がでており、浜に緑の網を張っている。中に入れないようにするためだ。暫くしたら、その隣にブルーシートを張った。

 14時30分過ぎ再びそちらをみたが、動きなし。15時50分、テント撤収作業を始めた時点で気がついた。あんとK1護岸予定地前にフロートとオイルフェンスが張り出されているのだ。約80m。

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15時57分。オイルフェンスの張り出し作業中。船から結束業中。右奥が取り付け道路の現場。

 大慌てで私は撮影。なんと作業船が3隻出ており、彼らが地上と連携しながら引き出したようだ。地上の作業員は10名。上に4トントラック1台がきていた。明日からこうした作業は本格化するだろう。今日の潮は小潮。小型の船ならば稼働可能だ。

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先端部。護岸先端から撮影。15時58分。

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ここがK1護岸の基部。陸上に作業員が10名弱。15時59分。

 明日はゲート前での座り込みはないが、可能な方は辺野古テントにおいでください。明日の海上行動も中止の指示が流れていたが、そんなことを言っていられないだろう。

シュワブゲート前は16,17日連休です

 シュワブゲート前での行動は、7月16日、17日と連休です。お間違いのないように。皆様もお体と心を休めてください。

 また、お出でになった方は、海(漁港沿いの)辺野古テント村におりてきてください(徒歩で15分。車なら2,3分)。お待ちしております。

2017年7月15日 (土)

ゲート前座り込み3周年集会(17年7月6日―②)

2017年7月6日、9時40分過ぎにゲート前に上がる。

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シュワーブ第1ゲート前を望遠で撮る。10時2分。

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暑さにめげずシュプレヒコール。新基地建設阻止!10時8分。

10時から11時と聞いていたのに、変だ。休憩だとか。

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10時50分。京都の保育園の子達。ゲート前。

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島袋文子さんに挨拶する。お土産を手渡す。10時52分。文さん嬉しそう。

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そこにわざわざ日除けテントを撤去せよと来た県警公安。10時54分。子供が居るときにわざわざのパフォーマンス。

11時~集会スタート。

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統一連の仲村司さん。

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ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表。現場と来年1月の名護市長選、11月の県知事選をしっかり勝たなければと力を込めた。

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平和市民連絡会の真喜志好一さん。辺野古、高江の闘いを共に進めようと。

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本日の国会議員はお一人。参議院の伊波洋一さん。辺野古と、琉球諸島の島々への自衛隊の問題に言及。この問題はまだまだ弱い。共に闘おう。

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歴史学者のガバン・マコーマックさんが挨拶。安保は日本を守らないし、現状の米国の属国振りを批判。

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11時30分。暑い。 シュワブ基地の中から防衛局職員が覗き見(右上)。

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映子さん。5月27日のゲート前の集会時、隣に居た男性にシュプレヒコールのタイミングで後頭部を殴られ、後遺症がいまもあると。まだ痛々しい。潜入してきた右翼だろうが、大いに注意しなければならない。許しがたいことだ。

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11時59分、締めのシュプレ。新基地建設阻止、埋立て工事をやめろ!

集会は基地の県内移設に反対する県民会議主催で、参加は200名余り。

帰りは歩いて降りる。

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アカバナーが麗しい。12時17分。



















辺野古側取り付け道の様子(17年7月6日)

2017年7月6日(木) 晴れ。今日も分量が多いし、座り込み3周年集会もあったので、2つわける。

 辺野古テントに8時。警戒船8、潜水調査船が2隻。マリンセキュリティのゴムボート1隻。巡視船1が突然「ボー!」と鳴らす。何があったんだ?出港するわけでもなく。

シュワブの浜に水陸両用装甲車がいるので、見にいく。

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何だかリラックスした感じ。演習開始前の休憩か。8時55分。

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浜にはオカヤドカリ類、ヤドカリ類の足跡があちこちに広がっている。8時55分。

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装甲車は5両で、左側に簡易テントを張っている。

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シュワブ岩の手前(西側)に潜水調査船。このためのブイを落としている。何だろう。これはあと知恵だが、K1護岸設置のための海側の位置決めではないか。この辺野古側は浅いから埋立て工事は簡単だが、反面、船を使うのは難しい。埋め立て資材の投入やフロートの設置は、どうしても陸側から、あるいは、ちまちまとやるしかないだろう。

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取り付け道路現場わき。

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トラックが順次入り石を落としている。ユンボで左下(辺野古崎側)に引き慣らしている。9時24分。

9時40分からゲート前に上がる。

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UH-1、2機が東から飛んで来た。辺野古沖合い。13時6分。

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取り付け道路が拡幅されている。14時57分。

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ウルサイジェット機音。旋回、錐もみ飛行。辺野古上空だ。F16だろう。14時57分。












 

K1護岸工事が始まる予兆(17年7月5日)

2017年7月5日 晴れ。巡視船1、警戒船9、マリンセキュリティのゴムボート1隻。潜水調査船1隻。

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辺野古川河口。今日はきれいだ。9時54分。

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少し先まで歩いてみる。手前、ミナミコメツキガニ。10時4分。

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テントを振り返る。黒の粒粒はミナミコメツキガニ。10時5分。

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足元の穴に黒いカニが。10時9分。甲幅2センチぐらい。慎重で出てこない。

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ミナミコメツキガニ。一斉に歩き、食べているさまは小さくても壮観だ。10時34分。

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テント前をクロサギが移動。13時35分。静かに慌てず、カメラを。

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魚を狙っている。13時35分。どうも小さな波の中に小魚がいるようだ。これを狙うようだ。

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K1辺りに作業員が下りて何かやっている。単管パイプを並べている。13時49分。いよいよk1にかかるのだろう。

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護岸から。生コンプラントは橋げたに鉄板を嵌めている。13時53分。

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仮設道路取り付け部は、今日もぼちぼボチボチだ。13時53分。

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辺野古側全体図。13時55分。

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仮設道路取り付け部。クレーンやユンボがおり、トラックがきているが、よく分からない工事進捗状況。13時57分。

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テントに戻る途中。夏雲が勇壮だ。14時8分。

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RC-135、1機、今日も朝鮮半島まで出ていたのだろう。14時16分。嘉手納に帰るのだろう。ミサイル迎撃の資料が欲しいのだろう。
















今日はブログ書きと写真展準備で自宅で(17年7月15日)

 遅くなりましたが、今日17年7月15日日中は、溜まったブログ書きと写真展準備で自宅で過ごしています。他に、全くお金にならない写真の提供もやらないとならない。「なんかない」といわれても、月産3000枚ほどあるんですが。デジタルはこれだから嫌になる。

 アナログだと、撮影中に、ヤッタネ感がありましたが、デジタルでもやっとヤッタネ感があるようになってきた。機動隊とごちゃごちゃなど、ここ30年撮っていますが、いくら巧く撮れても嬉しくない。

 13日に海に出たら、動きが静か。陸上でちまっと作業しているのだが、とても動的な撮影は無理だ。静的だが、おもしろみのある写真を考えなければならない。暑さに耐えながらなので、暑さを押し返すパワーが欲しい。むろん、ウミガメの写真など撮れたら最高です。

 静的な写真は心の内面を、動的な写真は、幾つかの動きを読み込みながら撮る。構図の制作は「Ⅹ×Y×Z+t」 がポイント。横軸・奥軸・縦軸に時間。これを同時に展開可能ならば、怖いものありません。ぱくられたり、なぐられたり、おっこったりしなければ。

 昨日辺りからハブクラゲがでてきたので、要注意。見えにくい猛毒クラゲです。

 ブログ書き、あと2,3時間がんがんいきます。

日除けテント撤去にご執心の機動隊(17年7月4日-②)

 2017年7月4日の②。11時ごろゲート前に上がる。車を降りたらこれだ。

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丁度機動隊が出ている。走れ!11時5分。

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ミキサー車が出てきた。11時6分。

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このドサクサの中で、機動隊の別働隊が歩道上の掲示物を撤去にかかる。11時7分。

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トレーラーが出る。私は同時に2,3箇所をチェックしながらの撮影に。11時8分。

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機動隊はこうした象徴的なものから撤去する。分かり易すぎるだろ。11時10分。

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10数名で撤去。左の彼は無線で指示を受けているようだ。11時10分。

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今度は指揮台を撤去。11時10分。

因みに、こうした流れを撮る際の留意点。①指揮官の動き、指示を注視する。②機動隊の小隊ごとの動きを追う。③事前に予測を立てる。この3つができれば、フォトグラファーは怖いものなしだ。但し、パクラレないようにご用心。

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部隊は下がったが、県警公安が情報収集活動中。明らかな肖像権侵害行為。11時13分。

そして再び日除けテント撤去に出てきた。11時18分。

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右から二人目が県警公安。

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無理やり引き剥がす。11時20分。

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11時21分。はがしおった。

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なんこてことしやがる。11時21分。

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車道に出てるぞと、小隊長(?)。11時21分。

こうしたことを2度3度繰返した。

ゲートの上では。

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こちらからも県警動画撮影中。11時31分。防衛局も軍警もいたが。

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ならば泥棒機動隊を先回り。11時37分。

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機動隊長と公安の打ち合わせか。11時50分。
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4回目。またきた。11時51分。ただの日除けテントだし歩道上。

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ここでも排除か。11時51分。

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11時53分。次々と排除される。日干しにさせるつもりか!

50分間で200枚余り撮影。大汗かいた。しかし日除けテントを主敵にしてくるとは、驚かされた。これは正に生と死を掛けた闘いだ。命どぅ宝を忘れない。















7月22日辺野古新宿デモへ

  来る17年7月22日、東京の新宿で辺野古新基地建設反対のデモが行われます。これは辺野古への基地建設を許さない実行委員会が主催する定例デモですが、翁長沖縄県知事の差し止め訴訟の動き(17年7月14日沖縄県議会で可決)に呼応するものになるようです。(7月24日頃提訴)。

  読売・安倍広報紙は、防衛省が新たな護岸工事を始めるとの記事を17年7月15日配信していますが、いったいどこをやるのかさえ、明かしていない記事でした。現場の準備段階から見て、大浦湾側のK9護岸の反対側の辺野古側のK1護岸だとおもわれます。全体の設計変更を出さずに、可能そうなところからやるという、いかにも安倍政権らしいやりかたです。

 今、こうした動きに対抗する全国的な取り組みが求められています。東京周辺にお住まいの方は、東京での取り組みに是非参加してください。また、他の各地でも提訴前後の可能な形での取り組みがなされることを期待しています。

 沖縄では既報のとおり、7月22日、シュワブ基地包囲行動が14時~15時行われます。

◎新宿デモ 7月22日 14時 新宿アルタ前(東口)で、アピール デモ出発15時10分。

 連絡先:沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック ℡ 090(3910)4140

«そうか、今日は米国の建国記念日だ(2017年7月4日ー①)

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