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2018年4月18日 (水)

これで「ヤマヒデの沖縄便り-Ⅱ」はおしまい。Ⅲが始まります。

皆様

長らくお待たせしました。「ヤマヒデの沖縄便り-Ⅲ」が始まります。大変遅くなって申し訳ありませんでした。Ⅲもどうぞ宜しくお願いいたします。
 再開は18年4月19日0時からとします。今しばらくお待ちください。
 新ブログアドレス:http://ponet-yamahide.cocolog-nifty.com/blog/

2018年4月 8日 (日)

横田基地へのオスプレイのだまし討ち配備を許すな!(180408)

 18年4月3日、オスプレイを載せたグリーンレイクが横浜のノースドックに入港した。その画像を見て、私は12年7月22日20時過ぎに関門海峡(門司)で見た記憶(このときはグリーンリッジ)がよみがえった。あのときは岩国基地を経由して普天間基地に入ったが、あれから6年が経ったのだ。そして16年12月13日21時30分過ぎに大浦湾の東隣のギミ崎に墜落して大破した。また17年8月5日オーストラリアで着艦に失敗し墜落。これも普天間基地所属機だった。

 今度は空軍特殊作戦機のオスプレイだ。これが東京の横田基地に配備されるというのだ。この5機は既に横田基地に到着した。8月にも正式に配備するというが、今回はだまし討ちであり、米軍はなし崩し的に配備を強行するつもりだろう。
 東京の皆さん、神奈川・千葉・群馬・長野・新潟・山梨の皆さん。横田基地にオスプレイを配備するということは、皆さんに鈍い騒音や墜落の危険が生じるだけでなく、朝鮮半島や中国への戦争や、各地での対テロ戦争の加害者にもなることをも意味します。
 千葉というのは、木更津ですが、既にオスプレイの修理工場が木更津基地に造られており(工場が稼動して1年以上経ちながら1機も修理が完了していない)、今年11月に陸上自衛隊のオスプレイが仮配備される動きがあります。政府の本命は佐賀空港ですが、地元の反対の声が根強く、2月に対地攻撃ヘリが近くに墜落したことも影響しています。
 私は沖縄への、日本へのオスプレイの配備に、また、米日共同の配備に反対します。アジアを再び戦乱の地にしてはなりません。朝鮮半島を巡る緊張が軟化するかと思われたタイミングでの配備にきな臭さを覚えます。
 横田でも立川でも日野でも、千葉でも起きているオスプレイ反対の動きに私は敬意を表します。また、大いに力づけられています。オスプレイは沖縄にも、どこにもいりません。米日政府はオスプレイを速やかに撤去せよ! これからも共に頑張りましょう。

2018年4月 2日 (月)

今年も憲法集会の時期が近づいてきたんですね

 今日帰宅したら、東京の憲法集会(5・3憲法集会実行委員会主催/有明防災公園)のチラシが届いていました。確かに4月になったので、あと1ヶ月。何もやっていない人間が言ってはいけませんが、いつもながらのちらし。全然危機感が伝わってこない。もう待ったなしですよ。それは今年中にやってくる。すでに私達は「戦争する国・できる国」に生きている。「知らぬが仏」って、やつですか。

 何でここまできたのか? きてしまったのか。ここを深く考えないと、ダメでしょう。また、何故多くの人が憲法を考えないできたのか、いるのか。真綿でしめつけられているからこそ、あたかも自分は国家の看板の上にいるかのような錯覚が広がっている。
 安倍さんの改竄問題も(改竄の実務者は財務省でしょうが)裾野は公文書の改竄に留まらない。いや、今回の件など、様々なウソ、ごまかし、隠蔽を重ねてきた究極の問題であり、「国益」を掲げながら、私益をむさぼってきたからでたサビにほかなりません。「私益」と「国益」の区別もつかないまま。昭恵さんの「天真爛漫」さは、まさにその象徴的な振る舞いです。
 憲法集会を明るく楽しくの気持ちは、理解できますが、重たくどろどろした部分にも頸をつっこみ、頭を傾げなければ、365日の中の1日だけの集会で終わってしまいます。大変なことは百も承知ですが、がんばりましょう。

2018年3月30日 (金)

新しいブログの検討に入りました(180330)

 このブログの容量が一杯になりそうで、更新を止めています。また、ならば、じっくりと再考して作ったらという示唆をいただき、1から出直そうと検討を重ねています。まだまだ道半ばですが、暫定的に現地からの告知等を再開しなければならないし、ブログ設計の検討に入りました。まだしばらくかかりますが、どうかおまちください。

 また軍事関係の動きについては、リムピースさんに投稿しています。私は元気です。

2018年3月21日 (水)

辺野古・大浦湾を眺める(180318)◎ツイッター等での拡散歓迎

 辺野古・大浦湾を案内する機会があったので、同日各地からの写真を示します。参考になれば幸いです。

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ここは大浦湾の外(東)の名護市安部の海岸。左奥(上)がギミ崎。右の上が安部オール島
ギミ崎先端部に2016年12月13日21時30分頃にオスプレイが墜落している。
 今回訪れた時間は潮が満ちており、墜落現場に行けなかった。ここは生類が住む海だ。
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大浦湾瀬嵩(せだけ)の丘から。正面がシュワブであり、埋立て予定地。作業台船等が見える。海底は超軟弱地盤であることがはっきりし、埋立て工法の変更は避けられない。
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瀬嵩の海岸。
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浜の入り口に立つ看板。子ども達の遊び場を未来を奪わないで。
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瀬嵩の浜から対岸のK9護岸(左側の黒の部分)を眺める。
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辺野古の高台から見た辺野古・大浦湾。右の島が平島、左の灯台が見えるのが長島。その上が大浦湾。手前の護岸がK1~K3護岸。右上に迫るのがK4護岸。これらがぐるっと閉じ込められてしまうと、本格的な埋立て事業が始まってしまうのだ。早くとめなければならない。
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この図面(写真)の赤のラインが埋立て予定地。黒が護岸工事が終わったエリア。

昨日南部に出かけたので、今日も自宅で(180321)

 懸案のお仕事をこなさなければならないのですが、昨日は南部にでかけてしまい。今日も辺野古は休んでいます。辺野古ではトラックによる搬入も護岸工事もないらしい。ほっ。

 今日は朝から強風でした。今晴れてきて、いつもになく名護湾が美しい。
 洗濯を済ませ(干すまで)、衣類の冬物を夏物に取替えました。さてと今日の本業に取組みます。片付け物をしている間に、原稿の締め切りが迫っていることを思い出しました。ブログの変更も早く手がけたいのですが、しばらくかかるかもしれません。もう容量がそれこそ一杯で、このブログⅡでの写真入の更新はあと1、2回になるでしょう。

海上抗議行動が続く中で、水陸両用装甲車が揚陸艦に乗り込んだ(180319)

 2018年3月19日 晴れ。巡視船1、警戒船多数。

朝から護岸工事が始まった。
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やや波が高い中をカヌー隊が現場に近づく。9時25分。
今日は波が高かったためか、抗議船等の2名が途中で離脱。船が止まっていると余計に酔いやすい。ご注意を。
11時頃、無線でシュワブの浜に装甲車が待機していると。
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あっや! いるわいるわ。よく分からないが16両か。11時8分。
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ドック型揚陸艦もきていた。11時29分。これは装甲車が乗り込むパターンだろう。
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K3護岸から海保に拘束されたカヌーメンバーが辺野古の松田浜につれてこられた。ご苦労様。11時29分。
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装甲車が次々と海へ。11時29分 ここは君らの海じゃないぞ。沖縄の海だ。
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カヌーチームは装甲車が出るのを待ちながら、現場を窺う。11時32分。
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航路沿いに沖に向かう装甲車(4両)。手前は装甲車によって砂が舞い上がる海面。11時54分。
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沖で揚陸艦に後部のハッチから乗り込む装甲車。漁港先端の護岸から撮影。12時9分。
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アー、振り返れば来訪者が多数来ている。戻るか。12時23分。
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テントに戻れば、今度はクレーン台船が出て行く。大浦湾でやる仕事はないってか?12時39分。
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今日もバナー書きに勤しむ孝子さん。13時49分。
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日本語・台湾語・英語で。彼女は台湾人の学生さん。軍事は国境を越えているのであり、私たちは、全く別の意味で国境を越えなければ。13時49分。
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暫くうろうろしていたが、沖(南)に向かった。14時1分。アシュランドだろう。どこで軍事演習をやるのだろう。どこでであれ、人殺しの演習をやめろ!戦争のための軍事演習、絶対反対!
15時30分。カメラの片づけを始めた。長ものレンズを取り替えた。
突然聞きなれない音が東から聴こえて来た。異音に反応する私。大慌てでレンズを取り替えた。
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こいつはなんだ。上に丸いアンテナが。よく見れば米軍機。E-2D空中警戒機。至近距離しか離れずに飛ぶ2機編隊。空母の艦載機か岩国にいるやつかは未確認。この機種を辺野古で確認したのは初めてだ。15時40分。

昨日は南部へ、平和祈念公園などに機動隊見当たらず(180320)

 昨日は突然、来沖している友人達に誘われて南部へ。自分は疲れていて、余り感度がよくなかったのだが、これまた南部在住の友人のガイドの下で色々と学ぶことが多かった。

 あらためて思ったのは、自分は南部を殆ど知らないということだった。これまで南部というとバカの一つ覚えで、糸満ロータリー辺りから米須、摩文仁あたりだった。他方、東側の南城市、八重瀬町あたりは大昔に行っただけ。面としての認識がなされていない。
 過去の激戦地、自滅戦、住民を巻き込んだ滅びの場。重苦しい場所があちこちに。その象徴的な場である平和祈念公園に天皇アキヒト夫妻が3月27日にやってくる。慰霊慰霊というが、多くの無駄死にを強いたのは先代のヒロヒト天皇の決断によるものだ。この歴史的事実は隠せない。
 私は行ったついでに事前警備活動中の機動隊などがいるかと見ていたが、ざっと見た目では、見つけることができなかった。
 そしたら、18年3月20日はキャンプ・シュワブへのトラック搬入があったという。トラック310台と報道されている。なーるほど! 他方、護岸工事はなかったそうだ。

2018年3月19日 (月)

砂の、海の芸術(180318)

2018年3月18日 朝 安部の浜(大浦湾を挟んでひとつ東側)で

こんなものを見つけた。
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20センチぐらいのサンゴ。ギザギザが砂浜に刻印されている。よくヤドカリの足跡などは見るけど。これは風のせいかと思ったが、波のせいでしょう。波がサンゴのギザギザに当たり、水が砂をキャンバスにして描くのでしょう。小さな発見は自然への興味と憧憬を深めててくれました。

カヌー練習の後片付けを撮る(180318)

2018年3月18日 晴れ。今朝はちょいと訳ありで、辺野古テント村に着いたのは、10時過ぎ。久々のいい天気に、うっとり。工事はやっていないし。

 恒例のカヌー練習が、風を避けて、辺野古川河口で行なわれていた。だが大潮であり、潮が引き出せば途端に、不可に。
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10時51分。まだできる。
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11時9分。もう上がろうと片付け始めた。
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私が海側に下りて撮りました。2名で持ち運ぶ。11時11分。
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水抜きをやります。2名が力を合わせてやらないと、重いし、水抜きもできない。11時13分。
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ミナミコメツキガニがいるので(粒粒)、これを入れてカヌーを撮ろうと試みた。カヌーの皆さんが片付けるのが早く、コメツキガニが砂の中から出てくるのは遅く、上手くいかず。だからといって、カヌーの皆さんに、作業を待っていてというのもなんでしょ。11時17分。
今日もカヌーに乗れるのと言ってきた方がいましたが、練習を重ねないと現場にはでれません。ご了解を。
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k2、k3護岸も静かな1日でした。
来訪者はぼちぼちあり、ご質問を受けるなど有意義な一日になりました。

海では海上総行動、ゲート前は静か、テントは忙しく(180317)

 2018年3月17日 曇り後雨。巡視船1、警戒船多数。

今日は始めての海上総行動。カヌーが28艇だ。船は3.やや波が荒れているので、大浦湾側から船は出さず。
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朝から工事は始まっている。オイルフェンスにカヌーが食いついている。9時4分。
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10時59分。巡視船が沖に。
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御願所側からコンクリートプラントの右奥を覗く。斜面が裸地化されていたが、ブルーシートを張っている。段もできている。何をするのだろう。10時59分。
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また海保に拘束されてきたカヌーメンバー。11時22分。
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k2、k3の現場が後方に見える。11時23分。
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浜に戻るメンバー。11時23分。
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時間が前後したが、うがん所の岩場に、テンノウメ。3月が開花期だというがまだだった。また行こう。
私も浜に戻る。松田浜でカヌーメンバーを記念写真。懐かしい若い仲間が来ている。嬉しいね。頼もしい。
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しかし現場はこうだ。11時29分。砕石を網に落とし込む嫌な音が響いてくる。
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13時53分。晴れ間が広がり海は映える。辺野古川河口。白波が立つ。
ゲート前は機動隊不在で、がらんと。トラックの搬入はない。お陰さまでテントムラは大忙し。15時過ぎから怪しい雲いきに。雨が降ってきた。

2018年3月18日 (日)

名護市長戦後の私的メモランダム(180225記)

:負けた

 去る2018年2月4日投開票の名護市長選は、大方の予想を覆され、稲嶺進市長の3選はならなかった。しかし私は客観的な評価として負けを予測していた。

 自民党・公明党と維新の会の推薦を受けた渡具知武豊陣営は、徹底的な争点ずらしと、事実を捻じ曲げたフェイク宣伝等で、基地建設が名護市民にもたらすだろうシビアな近未来をぼやかし、稲嶺進市長の実績を闇に葬った。相手候補は、公開対話の要請を悉く断り、論理破綻の隠蔽に全力をあげた。そして薄ぼんやりとした「豊かな名護市の未来」に「こっちの水が甘いぞ」とばかりに相対多数の市民の目を向けさせたのだ。要点は拙稿「地域の民主主義が壊された名護市長選」―『人民新聞』に寄稿。ブログ「ヤマヒデの沖縄便り―Ⅱ」でも読める。

 

:私の予測の根拠 

 私の予測は12月段階からだ。7月に名護市議の渡具知武豊氏が相手陣営の候補者として浮上した。これは名護市自民党が決めた。自民党中央や同党沖縄県連でも合意されていなかった。10月に沖縄県連の合意が取れ、12月に公明党沖縄県連が全面的に同調。同時に自民党中央や安倍政権から大物と言われる人たちが名護入りを始めていた。10月から3ヶ月の間に「ステルス」作戦といわれたローラー作戦が投票日まで徹底的に行なわれたのだ。こうした動きは断片的だが私たちにも聞こえてきた。

 他方、彼らは、表の舞台でも12月の早くから元気一杯、激しい選挙活動を繰り広げていた。彼らの街宣車が通ると、「ありがとうございます」などと、通りがかりの人が支持を示そうが否かを問わず、渡具知候補へと街の雰囲気を作り出していった。

 稲嶺陣営は、現職ということもあって、先走りを抑制していた。控えめすぎた。その間に「名護市を変えよう」のイメージが広げられていたのだ。警察の規制も明らかに稲嶺陣営に厳しいものだった。

 私は稲嶺選対の内情を知らないが、①新基地建設阻止の日々の緊張した現場に引きづられたこともあり、②日々護岸建設が進んでいる現状に押されたことも否めない。③そして稲嶺市長の実績を評価しすぎ、相手候補を見くびった余り、この選挙が国の総力戦だということを十分に掴みきっていなかったのだ。

 因みに2010年の初選、14年の再選の時は、街中に「稲嶺必勝」の気概が溢れていたことを私ははっきりと思い出す。

:敗戦の何が痛いのか? ①住民自治に関して

 稲嶺市長・陣営は、一貫して、子どもの未来を軸にすべての名護市の政治を語り、実践してきた。だからこそ「名護市のことは市民で決めよう」と主張してきた。「新基地=再編交付金に頼らず、できる」と言ってきた。しかし最も肝心なこの問題を市民ひとりひとりの暮らしの中に浮上させることができなかったのだ。なぜこうした結果を招いてしまったのだろうか?

 この問題は様々なレベルから総括すべきだろう。これに答えることは、今の私には荷が重過ぎる。だから一例になる。私自身名護市民になって、4年余りになるが、辺野古・大浦湾の現場にどうしても集中しており、一人の住民として、市民自治の主体として、係われていない。たとえば名護市民に辺野古テント村で話をすることはできても、外に開かれた関係を作り出せていない。

 観光政策についていえば、名護市も沖縄全体も、優れた資源をもっている。だが、米軍基地に侵犯されているために、また、市民の日常の中に優れた資源がありすぎて、ひとつひとつの資源の価値に市民が疎いのだ。さらにひとつひとつの場を繋ぎ時間を結ぶ対策が取られていない。観光の基礎的資源こそ住民(の人間力)なのに、この自覚が足りないのではないか。人を呼ぶことは工夫次第でまだまだ可能だ。

 また、これは選対の意識を反映しているようだが、「稲嶺候補に市政をお任せください」と言ってしまうのも、私はダメだと思う。「住民と共に」を滲み出す訴えが重要だ。こうでないと、「善政」であればあるほど、市民のお任せ意識を助長してしまう。こうした緩みの間(8年)に、渡具知陣営のフェイク言論が潜入する隙ができていたのではなかったか。

:敗戦の何が痛いのか? ②新基地建設に関して

 

 これは痛すぎる。この結果、名護市長のいくつもの権限を失った。最大の権限は辺野古美謝川や辺野古川の管理権だ。特に美謝川の管理権は決定的だった。この川の流れを変えないことには本格的な埋立て工事に入れない。このまま埋め立て造成したら水が溢れ出すからだ。

 無論、市長の個別の権限だけでなく、基本姿勢の違いは余りにも大きい。特に翁長県政とのタイアップの力は潜在的にみえるが、安倍政権や防衛省、契約企業にとって、(民意を無視するということが)脅威だったはずだ。翁長県政にとっても新基地建設の地元の名護市の変節は痛い。出口調査や世論調査では60%余りが新基地建設に反対と言っても、論拠が弱まったことは否めない。

 このまま放置しておけば、基地建設そのものの是非が揺らいでいくだろう。私たちが地道な掘り起こし、確信の広がりを作り出していかなければ、9月の市議選や11月の県知事選にも対応できなくなるだろう。

 私達は、「海兵隊の撤退・移転」を掲げた新市長に何を要求していくのか。何を詰めていくのか。選挙での敗北が私たちの自壊に繋がることがないように、あらためて新基地建設を阻止し、海兵隊の撤退を求める中で、軍事力に頼らない、非暴力の闘いこそが人と人の、国境を越えた確かな絆を創り出せることを示していこう。

:結語 

 詳細はあらためて考えるしかないが、上記の2点をまとめて考えることが不可欠だ。

私はこれまで辺野古テント村などでこう語ってきた。「私たちは、諦めることはできません。再び沖縄を戦場にさせないために、造らせない以外の選択の余地はありません」と。自然環境の問題や日常的な基地被害の問題も大きな問題だが、この一点を曖昧にしない(後者の問題も重要であることは言うまでもない。複合的に考えることが重要)。

 私達はたじろいでいる時間も余裕もない。ゲート前でも海上でも市街でも、そしてネット環境の中でも、私達は歩み続けていく。皆様も共に歩まれんことを切に希望したい。またそのための歩み方を共に考えたい。


〇本稿は「沖縄の怒りと共に」104巻 18年3月11号に寄稿したものです。発行:うちなんちゅの怒りとともに! 三多摩市民の会発行

ちょっと嬉しいね(180318)

 昨夜から、友人のような人たちが名護に来ており、今朝、大浦湾から豊原、辺野古までをご案内しました。色々な関係が分かり、これからもどうぞよろしくでした。久しぶりに深夜まで(1時頃までだが)おしゃべりし、寝不足に。

 今日の辺野古からの帰りに、おもしろいものをみた。バイクに犬が乗っており、ポンと飛び降りた。走った走った。バイクと平行して。そして信号でバイクが止まると、再びぴょんと飛び乗った。お見事。
 早く言ってくれたら、必ずや撮影してあげたのに。もっともこちらの車とバイクの間に何台もが挟まっていたので、厳しかったが。このような芸当は犬と人間とに信頼関係があるから、できるのだろう。もしこんな写真を撮れたら、どこかの記事に売り込めるし、公募展に出せば、入選はむろんのこと、優秀賞をいただけよう。
 
 帰宅してインターネットを見たら、私の記事が2件、リツィートされていた。ありがたい。3・24の天皇の沖縄訪問を問う集会案内であり、「西表島のお宝写真」だ。前者の、ただの集会案内がこれほど見られることは異例であり、後者への評価はありがたかった。

2018年3月17日 (土)

西表島でのお宝写真(180307)

今回石垣市長選の合間に4年ぶりに西表島に。こんな場面に出会った。

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ベニモンアゲハが交尾している。12時11分。
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2頭の全身が見えた。12時15分。真剣というか、神聖な気配。新たな命を宿るのだから。
ふと右を振り向いたら。
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子ヤギが2頭。まだ30センチぐらいの大きさだ。12時16分。
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右の子はより注意深いのか。恥ずかしがりやか。可愛い!
と、撮っていると、後ろにバスが止まった。何かと見上げたら、観光バスで母子がヤギを見て、ニコニコしていた。
運転手さんが道端に座り込んでいる私に気づき何かと止まったのだろう。子ヤギを見つけて、お客さんにアナウンスしたのだろう。
ちょっと嬉しくなりました。
こういう発見・出会い・創作が平和に生きるということじゃないかな。西表島の、みんなに見せたいお宝写真になりました。

荒天に付き海上行動中止だったが(180316)

2018年3月16日。曇り。波高く、海上行動中止に。巡視船1隻。

揚陸艦が沖を通過しないかと目をぱちくりしていたが、通過せず。
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タンカーが通過。9時37分。視界も悪い。
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大型のジェット機だとテントから飛び出したら、RC-135。電子偵察機。久しぶりに見た。嘉手納飛行場に着陸するのだろう。9時41分。
来訪者がぼちぼちこられた。真摯な話ができ、嬉しかった。
午後またこれが登場だ。
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AH-1対地攻撃ヘリ。沖合いで演習パターン。13時50分。K2護岸のクレーンの周囲を旋回。ターゲットを定めたのか。
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2機編隊です。ちょっとぴんぼけ。お粗末。13時53分。
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テント前で左に旋回。13時53分。こうした写真はローターの回転はブレながら、胴体の動きを止めるのがミソ。
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K2護岸からK3護岸に進んだようだ。

ドック型揚陸艦が沖合いに、水陸両用装甲車が上陸(180314)

2018年3月14日曇り。風強く、波高い。巡視船1隻。

今日は海上行動はカヌーなし。船だけが出た。
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沖にドック型揚陸艦が朝からいる。8時34分。
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9時25分。左が巡視船。1300トン。右がドック型揚陸艦。16000トン余り。距離が違うので、一見すると似たり寄ったりに見えるが、全然違う。
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9時44分。だいぶ近いのだが、艦番を読めない。アッシュランドだった。
〇以下の頁を参照。http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/180314henoko.html
抗議船が戻ってきて、あれを撮りに行かないかとご指名。よっしゃ!
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漁港から水路沿いに船は出た。丁度、水陸両用装甲車が戻ってきた。揚陸艦にいたようだ。5両。大慌てで、カメラを構える。波で船は大揺れだが、何とかなった。10時11分。
こういうとき、カメラを固定しないこと。否、無理。揺れを織り込み済みにして、宙に漂うように。
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外洋に出た。ゆれは益々激しい。10時24分。追いつかない。
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10時27分。もう無理だ。引き返す。
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K4護岸がはっきりと見える。10時31分。
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左奥(シュワブ内の作業ヤード)に被覆ブロックが並べられている。10時33分。
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私たちの前を海兵隊のゴムボートが疾走していく。10時35分。
午後、松田浜に。
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再びバナーのフェンスに戻っている。12時40分。
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そうだ。必ず止めよう!12時46分。
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13時過ぎから14時過ぎまで辺野古の上を飛び回る海兵隊の対地攻撃ヘリ(2機編隊)。14時11分。
来訪者から何故こんなに飛んでいるのですかと質問された。米軍に聞いてもらいたいが、彼らの飛行は軍事演習だから。ロケット弾や機銃で、眼下の敵を狙っているの。ここでは撃たないが、シュミレーションをしているのだろう。こんな沖縄に誰がしているのか、何がそうさせているのか? 考えて!
こののちもMH60やCH53ヘリがそれぞれ2機編隊で、16時に掛けて飛び回っていた。

2018年3月16日 (金)

F35が上空を縦横無尽に(180313)

2018年3月13日 晴れ 巡視船1、警戒船多数。

朝っぱらから沖合いに補給艦がいる。
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西に移動中。ホワイトビーチか天願桟橋だろう。8時。
護岸工事は行なわれており、海上抗議行動も。
昼に戻ってきた抗議船の船長達の話だと、海保は頑としてオイルフェンス内への立ち入りを阻止して、事なきをえたがっているとのこと。12日の衝突事件をやりすごそうというのだろう。
13時頃から上空に轟音が鳴り響く。晴れているのに見えない。
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やっと見えた。F-35だ。2機。グワーグワーやっている。13時29分。
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13時30分。縦横無尽の飛び方。
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半径10キロ余りを飛び回り、急上昇や急降下も繰り返している。13時33分。尚、15日も飛んでいた。名護市の西側の市街地でもグワーグワー。
一旦雲の中に隠れると、まっすぐ出てこないので、視界から外れるのだ。
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13時54分。まさに我が物顔だ。彼らは何故沖縄の空でこんなことができるのか?!日本政府のお墨付きがあるからだよ。「日本国民」の皆さんは、この何故を問い直すべき。そして、戦争を望まないならば、国を超える関係を考えなければなりません。それは「国民」という主体を越えなければならないのです。
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K2(上)とK4(下)。だいぶ進んでいる。15時4分、5分。

2018年3月15日 (木)

石垣島から辺野古に戻ってきたら(180312)

 石垣市長選で基地建設反対を明確に掲げた宮良操候補が負けた。自公維新等が押した現職が勝ったのだ。衆参両院の議員が60名も来たとのことだ。

 私は12日朝早い便で帰ってきた。その足で辺野古へ。昼すぎに着いて聞いたことは、カヌーの仲間が海保のGBに正面衝突されたということ。それでどうしたの? 病院に連れて行った仲間からまだ報告が入っていないと。慌てて彼に連絡を取ったら、今戻りますと。頚椎捻挫と脳震盪だった。後遺症などが残らなければいいが。
 K2護岸ではこんなだ。
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GBが10隻余り。護岸工事が進んでおり、これにカヌーが立ち向かっているのだ。
2枚とも13時21分。
13時30分にはオスプレイが沖合いを東に飛び去る。これが辺野古の日常なのだ。
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K4護岸でも被覆ブロックが積まれている。14時20分ごろ。
石垣の現実と辺野古の現実が重なり、私は2グループにこの2つを重ねて説明。琉球諸島を対中国との最前線にしてはならないのだ。

3月27~29日天皇の沖縄・与那国訪問がある(180315)

 ご承知の通り天皇アキヒトご一行が沖縄島と与那国島にやってくる。これにともなって、わたしのサイドからの諸注意。
 来訪は3月27日~29日。既に県警等は事前の警戒態勢に入った模様だ。お陰で、那覇空港、那覇市内、糸満市内、与那国島などの警備が俄然強化されるだろう。特に当日の空港や移動経路周辺では交通規制が予想されるので、天皇警備による交通渋滞もありうる。不当な検問等(所持品検査)にもご注意を。
 
 キャンプシュワブでは3月中旬から29日までトラック等の搬入はないだろう(いつからいつまでかは不明)。勇んで座り込みにこられた方には、肩透かしかもしれないが、中での工事は行なわれている。米軍基地の所在と工事の実態を垣間見てお帰り願いたい。
 辺野古テント村(浜テント)は、いつもとかわりなく開いており、現状と問題点などをお話している。是非とも立ち寄ってください。場所は辺野古川河口に面し、辺野古漁港の隣です。
8時~16時です。
また海上での抗議行動は日曜日を除き(悪天候時も中止)行っている。事前に船長にご予約いただければ、抗議船に乗ることは可能です。朝7時30分、テント2に集合のこと。またわたしへのメールからでも船長に取り次ぎます。必ず3日前までにご連絡ください。
また、こういうときですから、現場だけでなく、学習に力を注ぐスケジュールにすべきでしょう。辺野古・高江だけでなく、色々と見るべきこと、考えるべき事は多数あります。特に沖縄を巡る歴史を学ぶことが重要です。たとえば普天間基地が作られていった歴史を学ぶ中で、如何に土地が取り上げられたのか、軍隊の拠点があった周辺こそが多くの住民が殺されたなどの事実も。地味ですが宜野湾市博物館なども訪ねて欲しい。
〇宜野湾市立博物館http://www.city.ginowan.okinawa.jp/organization/shiritsuhakubutsukan/1419.html
〇佐喜眞美術館(「沖縄戦の図」を常設展示)
http://sakima.jp/

国頭で捕まった人は無事3月13日釈放された

18年3月12日国頭の採石場前の公道で1名が逮捕されていたが、翌13日、地検検事判断で、無事に釈放された。

«天皇の沖縄・与那国訪問を問う3・24集会(東京)

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