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辺野古新基地を許さない 7月25海上座り込み

辺野古新基地を許さない 7月25日海上座り込み

大浦湾をカヌーと船でうめつくそう!

詳細は以下のチラシを

「7.25海上座り込み白黒チラシ送信用.pdf」をダウンロード

主催:ヘリ基地反対協議会

カヌーで、船で、瀬嵩浜で、全国から。ただしカヌーは当日だけでは乗れません。練習にきてからです。

自然を壊すな!新基地建設を止めよう!

無理を引っ込め、道理が通る世の中に。

2017年6月26日 (月)

コンクリートプラント資材が入ってきた(17年6月6日)

2017年6月6日晴れ。強風。沖合いに巡視船1隻。警戒船6隻。

 8時30分。漁港対岸の護岸に作業員7名。何かな。どうも浚渫作業の予備調査。

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松田浜。ハマゴウが咲きだした。9時32分。

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こういきたいね。9時34分。

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9時43分。右奥にミキサー車が数台きている。

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トレーラーがやってきた。9時45分。

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2台。そして2台。9時48分。

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建物を回って向こう側にもいる。10時21分。

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10時32分。左側に海保のgbがいるのだ。何故ここに?

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トレーラーから何をおろすのか。分からない。じっと待つ。動きなし。そこにエリグロアジサシ。10時35分。

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11時15分。平和の塔に上がる。新たな戦前に近づいているなかで、2度とこうしたものを生み出したくない。

ここにコンクリートプラントが完成すれば、工事が加速する。今基地を造ることの意味を問い直せ。

説明から対話への糸口を開きたい

 昨日、17年6月25日、辺野古テント村に約80名の大きな労働組合がきてくれた。私は、いつもどおり話しを進める。先方が示す制限時間を意識しながら。私とすれば労組という団体に理解を深めていただきたいと思っているが、やはり個々人が沖縄との関係に留意するようになるかが、最大の課題だと思っている。また、一回来ただけでは、簡単に変わらない。これも当然のことだ。私自身を振り返っても、そうだから。だから次につなげるきっかけを掴んでいただければ、幸いなのだ。

 で、昨日も最後に質問はありませんかと、話を結んだのだが、なかなか出てこない。これは自分のまずい話が原因なのだろうが、昨日はちょっと違った。終わったあとで、一人の女性が近づいてきて、地元に帰ったら何をすればいいですかと。こういう質問は二重丸。色々ありすぎて、難しいが、地元を聞いた。〇〇であれば、沖縄のことをやっている団体があるから、そことコンタクトをとってみたらと話した。一人で始めるのは難しいが、何人かいれば、動きやすい。勉強するにしてもヒントをもらえる。無論私のこのブログのことも伝えた。どうか彼女が次に繋がりますように。

 今日は、ある高校の修学旅行生がきた。14名か。小規模であり、事前学習もやっており、今日で4日め。あちこちを回ってきているので、話しやすい。6月23日の慰霊の日も沖縄にいたという。自分の拙い話でも、沖縄の歴史と現在、何故沖縄なのか、軍隊って何をやっているのか、などをメインに話す。一人ひとりの表情をみていれば、どの程度伝わっているかが分かる。高校生だから、今、17か18歳。これから5年後、10年後、20年後のことを考えてねと。

 終わった後、感謝のことばを添えて、手作りのクッキーをいただいた(今日はまだ食べル暇がなかった)。感謝のことばも、良くありがちな仰々しいものでなく、いささか涙ぐみながらも、しっかりと前を向いたものだった。なんだか、自分もぐっときた。最後に「平和の琉歌」を合唱してくれた。まだ沖縄について、未消化の部分があるのは当然だが、これからの希望を感じる歌声だった。

 最後の最後に、先ほど感謝のことばを述べてくれた女性徒が、以前お母様と来て、そのときも私の話を聞いたそうだが、今回は前回(初回)と比べてウンと理解できたと。しっかりとしたスケジュールで回ってきたのだから、当然だろうが、ご自身と沖縄との接点が見えてきたのだろう。話をしているうちに、その母子(ははこ)のことを思い出した。きっとこれからも沖縄のことを、自分たちの未来のことを考えていける子だろう。こうしたことに一縷の希望をもちたい。

本日、午後、K1護岸の工事が始まったと(17年6月26日) 

 たった今飛び込んできたニュースです。本日(17年6月26日)午後、沖縄防衛局は、K1護岸の建設工事に着手したとのことです。このK1護岸とは辺野古側の基地建設予定地の護岸であり、辺野古崎を挟んでK9護岸の対極に位置しています。松田浜のフェンスから約500m先です。先週から海上保安庁が陸側からと海側からの海況の調査と打ち合わせをしている様子を何度も現認していましたから、何かあると予測していました。

 たまたま今日の午後、来訪者が重なっており、たまたま私が説明している時に民間ヘリ(取材ヘリ)がしつこく飛んでいました。また16時頃、漁港の護岸から引き揚げてきた大型の三脚を抱えた人が戻ってきたり、監視カメラの設置にきたと思われるトラックが漁港に入っていましたので、新たに監視カメラを設置した可能性が高いです。

 私たちは、今日の作業なるものを現認していないので、その実態をお伝えするのは明日になりますが、工事は新たな段階に入ったと思われます。

 この国のやることは、無茶苦茶です。全体の設計すらできていないばかりか、K9護岸を如何にして固定化するのかさえ決まらないままに、ガムシャラに工事を進めているのです。防衛省、沖縄防衛局は、何ら展望のないままの工事を即刻断念すべきです。

●補注:このK1護岸着手の情報は誤報でした。正確には着手のための仮設道路の建設です。ただこれは先週から始まっていました。何を持って始まったのかということで異なりますが、植栽を剥がす、整地するなどで、いつからが違ってくるのです。

 しかし沖縄防衛局が始める意思を示したことは重大です。(17年6月27日6時補注)

補足:辺野古(松田)浜のフェンスを越え基地の中に侵入すれば、刑特法違反になりかねません。対岸1000mにアルソックの警備所があります。彼らは常にこちらを監視しています。双眼鏡で見ていますが、何よりも監視カメラで見ているのです。陸側の2台の監視カメラが私達の動きを見張っています。コンクリートの壁があり、こちらが警備所から見えない位置でも見えているのは、この監視カメラで見ているのです。不用意な侵入は決して行わないでください。

何だろう3題(17年6月5日)

 2017年6月5日 晴れ。

 巡視船1、長島の奥に見える。警戒船は5隻。

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干潟のミナミコメツキガニ。8時50分。

11時55分ごろ、ゲート前に右翼2台。

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河口沖に現れた大型船。もしかすると新型の補給艦か?西に向かう。11時52分。

13時44分から55分。右翼、2台6名テント前に来た!

長島沖の巡視船はPL63。「よなぐに」だ(石垣保安署)。

辺野古川河口の遊歩道に鳥を撮りに行く。

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イソヒヨドリ。14時19分。

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?? 飛べない振り。巣立ち後の若鳥らしい。14時19分

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これも判別できず。14時48分。この赤い実を食べにきているのは、イソヒヨドリ、ヒヨドリ、シロガシラ、そしてこれ。

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沖合いからけたたましい音が聞こえてきた。米軍ゴムボート7が西からやってきた。潟原ぐらいからやってきたのだろうか。15時29分。シュワブの浜に上がった。






2017年6月25日 (日)

セイタカシギがいた!(17年6月1日)

2017年6月1日 曇。今日は出遅れた。8時20分、平和の塔の下の川沿いにセイタカシギが居る!大慌てでカメラ等を出す。これを撮らぬにおくものか。

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丁度潮が上がってきている。8時25分。6月1日なので繁殖地まで飛ぶのには随分遅いな。日本列島で繁殖するのか、まだ若鳥なのか。

午後再びセイタカシギを探しに行ったが見当たらず。

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遊歩道の欄干の上にイソヒヨドリのメス。14時1分。

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平和の塔の下。グンバイヒルガオが拡がってきた。14時19分。

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上流側を見る。14時21分。夏近し。

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テントに帰りがけにイソヒヨドリの巣立ち後の若鳥だろう。14時31分。

ゲート前。11時頃、トラック約50台入ったと。13時過ぎも2回目。1名逮捕。翌日釈放。

k9護岸の工事も進んでいるようだ。カヌーチーム何度も拘束される。




工事の状況(辺野古側)(17年5月30日)

●パソコンの不調で画像を上げられませんでした。大層遅れてしまったので、追いつくまで簡略に上げます。また省略する日もでてきます。ご了解ください。

2017年5月30日晴れ。巡視船1隻。警戒船、6隻。

 10時過ぎに松田浜に。護岸から撮影。

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右奥はテトラポット製作場所だが、建物の左に重機が動いている。新たに車道を切り開くようだ。海岸沿いに道を造るようだ。10時24分。

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コンクリートプラント製作現場。タンク群。10時28日。

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辺野古川河口。潮が引けば、ミナミコメツキガニがでてくる。14時12分。潮の引き具合によって、出方が違う。場所や密度、群れの動きなど。波打ち際が密度が濃いのは、地中の水分の関係だろうが、天敵のシギチドリ等が降り易い場所で、密度を濃くしていることで、喰われにくい状態になっている。不思議なものだ。研究しがいのあるテーマだ。


6月2日に重症を負ったNさんが退院、ゲート前に帰ってきた

以下、沖縄タイムス(17年6月25日)の報道から要約。

 6月2日、シュワブゲート前で、機動隊に押されて倒されたNさんが退院して初めて、6月24日、現場にご夫妻で訪れたという。頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫などにより重症を負ったが、「無事に帰ってきた。これからも新しい基地建設は許せないと闘っていく」と表明したと。本当に良かった。ただし頭蓋骨は骨折前のようにくっつくことはなく、発症した嗅覚障害が改善するかは不明だという。

 これから東京に帰るが、営んでいた宅配業は、今後休まざるを得ないようだ。思わぬ弾圧・事故から生業がかなわなくなるなど、大きな痛手だったようだ。それでも、今後もともに闘うと挨拶して帰られたとのこと。

 決して諦めない闘いがこれからも問われている。ともにがんばろう。

週刊金曜日6月23日号の表紙に関する激励・ご感想を

 しつこいかもしませんが、週刊金曜日6月23日号の表紙に対するご感想、激励をお待ちしています。既に、見た、買った、(アメリカで)注文した、との報告が届いてきています。アメリカにも紀伊国屋書店が何件かあり、注文したとの嬉しい便りがメールで届きました。先輩カメラマンからは、「さすが、地元のカメラマン」との声が届けられました。つい先日ゲート前で引きぬかれたという友人は、帰宅して週刊金曜日を見て、「山本君が撮ったんだよね」と。

 辺野古テント村での私は、おいで居ただいた方々に、この表紙をお見せしています。反響は上々です。もっともっとこうした現実を広く知っていただくためには、載せていただける媒体が増えることです。これが難しいのですが。

 是非ともあなたの友人に、ご家族に、広げてください。このブログのことも。何しろ安倍政権は、記者会見でもちょうちん持ちのような記者の質問しか受け付けないようです。メディアを時代の共犯者にさせないことが重要な時代に入っているのです。また孤立している記者やフォトグラファーを応援していきたいものです。頑張りましょう。

知事の平和宣言と首相挨拶(17年6月23日)

 昨日(6月24日)、沖縄の大学から辺野古テント村に話を聞きに来た学生に、私はこう言った。6月23日の知事と首相のことばの違いを読み解けと。そこでこの場で私なりの読み説きをやってみよう。

 知事の平和宣言は、文字通り知事の県民に対する平和宣言であり、ひろく国民に対する呼びかけだ。冒頭に沖縄戦の惨禍を「72年前、ここ沖縄では、住民をまきこんだ激しい地上戦が繰り広げられました」と要約し、「命どぅ宝」の思いを想起し、今日にいたる連綿たる基地の現状を活写している。辺野古新基地反対を明言し、日本国憲法に立ち返り、「平和の礎」を想起し、大田昌秀さんが建立された意義を踏まえている。短い文だが、沖縄の現実から、「絶え間ない努力を続けてまいります」としている。

 首相の言葉はどうか。冒頭から沖縄戦に触れているが、「み霊に向かい、謹んで哀悼の誠を捧げます」だ。2段目のパラグラフも沖縄戦、3段目も。ことばを重ねているが、空ろなのは何故か。「み霊」へのことばだから、言葉が空滑りしていくのだ。亡くなった方々、生き残った方々へのいたわりがない。例えば、「私たちが享受する平和と繁栄は、沖縄の人人の、ことばでは言い表せない塗炭の苦しみ、苦難の歴史にあることをかみしめながら、静かに頭を垂れたいと思います」と敢えて、思考停止。続けて「わが国は、戦後一貫して、平和を重んじる国として、ひたすら歩んでまいりました。戦争の惨禍を決して繰返してはならない。この決然たる誓いを貫き、万人が心豊かに暮らせる世の中を実現する。そのことに不断の努力を重ねていくことを、改めて、み霊にお誓い申し上げます」。

 なるほど立派な決意だが、沖縄の人人への決意ではない。み霊への決意。因みに、み霊とは神道用語。首相は、国に命を捧げた霊に頭を垂れているだけではないのか。

 そして米軍基地問題に触れている。「沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいており、この現状は到底容認できるものではありません。政府として、基地負担軽減のため、ひとつひとつ確実に結果を出していく決意であります」と。だが、沖縄の基地負担の現状認識を一言も語らず、言うことは北部訓練場の半減のみ。「できることはすべて行う」という言葉が宙に舞う。新基地建設や高江のヘリパッド建設等の基地負担強化を完全に無視。しゃあしゃあと「沖縄は、美しい自然の中で豊かな文化を育んできました」などとことばをつなぐ安倍。

 最後から2段目のパラグラフで、「私は、可能性に満ちた沖縄の明るい未来を切り開いていくため、先頭に立って、沖縄の振興をさらに前に進めてまいります」と。経済振興で沖縄を縛り、基地の島の永遠化と新たな戦場にする構想を隠しながらのこうした言説。呆れ返る。

 ラストは、「結びに、この地に眠るみ霊の安らかならんこと、ご遺族の方々のご平安を心からお祈りし、私のあいさつといたします」。み霊で始まり、み霊で終わったのだが、首相として沖縄の現実に責任を持つ姿勢がないことを裏書するような代物だった。「安らかに」、「平安」を祈念するならば、軍事基地にさいなまれている現実を直視し、遺骨すら放置されている現実を留意すべきだろう。こうしたどこが、安らかに、平安なのだろうか。

 両者の違いは鮮明だ。現実を解決しようと尽力している知事と、基地の現実を押し付け続ける首相。私達は、ことばの裏側を読み解けなければ、再び暗黒の社会に引きずりこまれていく瀬戸際にたたされている。この問題は、単に沖縄だけの問題じゃない。日本という国に組み込まれている人人全体の問題であり、アジアに、世界に影響を及ぼしていくだろう。

補足:首相が「平和の礎」に触れていたのに、意外感。この礎は敵も味方もなく、韓国人の、朝鮮人の名前も刻まれて居ることを承知しているのだろうか。安倍首相は一度、平和の礎全体を歩いてみたらどうだろうか。それで変わるとは思わないが。

2017年6月24日 (土)

 暑い、疲れた、頑張った(17年6月24日)

 今日も暑かった。予想通り、6月23日の流れから辺野古テント村を訪れる人が絶えず、私達は大忙し。私も何度も何度も話しました。今日お出での方々は、南部戦跡を回ってきているので、いやでも戦後72年を語ることに。中には、そこを10分でとか言われると、それは無理でしょう。逆に言えば、話しての能力が問われます。

 さらに10時から11時に、ゲート前で、慰霊祭をやると。ここには大浦収用所があり、少なからぬ人たちが、亡くなっています。実態の解明がなされないままに、遺骨が埋まったまま、埋立て工事が進んでいるのです。

 また同時に大浦湾の瀬嵩では、海上行動を支える行動が行われました。私はこの両方を車で送って、迎えていただきながら、撮影を貫徹。1時間あまりで、両方を撮れた。感謝。

 3箇所で頑張ったかいのある、一日になりました。なかには、昨日、南部でバスの中でお見かけしたという方がおいでになり、ご挨拶。また「週刊金曜日」を買いましたという方もいて、ありがたい気持ちになりました。

 状況は厳しいですが、だからこそいま頑張らないでどうするのか。追われる気持ちと、もっと複合的にと気張る想いが駆け抜けます。

17年6月21日、不当逮捕された女性は、22日検事釈放されました。

 既報の通り、17年6月21日、国道329号路上で、道交法違反で不当逮捕された女性は、翌22日、処分保留で検事釈放されました。当然のことではありますが、ほっとしました。

2017年6月24日朝に

 今朝の新聞は昨日の慰霊の日の記事が満載されている。その中で翁長知事の発言と安倍首相の発言の違いがくっきりと浮き彫りにされている。詳細については後で論じたいが、安倍首相の言葉には、形式的な追悼しかない。あの戦争から今に繋がっていることをすっぽかしている。「負担軽減」に誠心誠意取り組むといいながら、肝心要の沖縄の住民がすっぽり抜けている。そのことばには国(国家)の都合しかないのだ。

 安倍晋三氏は、戦争は人を殺すものだということがそもそもわかっていない。分かろうとしていない。翁長雄志沖縄県知事は、「沖縄の民意を無視している」と、この国をはっきりと批判している。

 私はこうしたことを常に意識してきたつもりだが、もっと分かりやすく明解に語りたい。私達は、「国民」や「臣民」である以前に人なのだ。ただの人なのだ。だが戦前は「臣民」と呼ばれ、戦後も何かといえば「国民」がとくる。日本国憲法にも peaple が「国民」に書き換えられてしまい、生身の人間がどこかに飛ばされている。私は常々言っていることだが、分かち合うことがなければ、人間の歴史はまもなく終わるだろう。分かち合いには「国民」は邪魔立てする。「わが国」意識が先に立つからだ。

 沖縄戦を振り返れば、激しく闘ったはずの日米両国が涼しい顔をして日米同盟を語り、沖縄に過重な負担を押しつけている。皇国は、国を守るといいながら、沖縄住民のことなど知らんぷりだったが、今も変わらない。私は、こうした「日本国民」である前に、人として考えたい。だからこそ、「日本人」の歴史的な責任を自覚していきたい。

 今日の大浦湾は海上パレードが行われる。辺野古テント村にも大勢がお出でになるだろう。

6月23日発売の週刊金曜日の表紙は私が撮った写真です。

 既に予告してありますが、17年6月23日発売の週刊金曜日の表紙の写真は私が撮りました。17年6月6日のシュワブゲート前で。このときは、2重にラッキーだった。①私が軽く近づいたせいか、機動隊は私を強く排除しなかったので、タイミングを得た。②被写体の彼が、誰か撮ってくれと叫んでいたので、遠慮なく正面から撮れた。

 技術的には誰でも撮れるレベルのものです。なお「軽く」とは、力を入れないでの意です。力を入れてしまうと、やはり自分の緊張感が伝わってしまう。だから警戒されて、必要以上に規制されるのです。これは動物を撮るときも同じです。ただし、チカラを入れないと言っても、逆に急に押されたりすると極めて危険。パンと叩き潰されかねない。だからほどほどに。このほどほどが極めて難しいのです。

 実は私の手元にまだ届いていません。以下のサイトを見てください。いやお買い求めください。よろしく。

http://www.kinyobi.co.jp/

2017年6月23日 (金)

やっと帰ってきたと思ったら、インタネットが繋がらず(17年6月23日)

 昨日から糸満市に行っておりました。色々あって帰宅は21時過ぎになりました。さてメールをブログをと思ったら、接続できない状態に。電源等を切って、暫く間を置くことに。洗濯して、シャワーを浴びて、食事して。

 そう、ヤマヒデ予報部の「22日梅雨明け」の予報は、大正解。お陰で暑かったです。

 そして接続はできましたが、今度は情報の取得がへん。唸りながら待ったら、やっと正常に。一気に疲労感がでてきました。自宅の部屋も暑いし(冷房中)。

 今日の慰霊の日、私は慰霊祭には出ませんでした。会場にも行けなかった。喜屋武岬の平和の塔と、魂魄の塔での国際反戦集会に参加・撮影してきました。今年は大田昌秀さんが亡くなったばかりなので、「沖縄 平和の礎」(岩波新書)を読み直しています。同書の冒頭の「沖縄の平和と未来を考える」(琉大退官記念講義)で、如何なる学問をやってきたのかを問うています。その中に、柳宗悦(むねよし)のことに触れています。宗悦は日本民芸館を創立した人です。沖縄では1910年代に激しくなった方言撲滅の動きに公然と異を唱えたのです。「沖縄人はもっと自分の郷土に誇りを持つべきだ」とも言ったそうです。そして「沖縄の首里ほどすばらしい街はない。世界を回ってもこんな街はない」と。

 その首里が沖縄戦で破壊尽くされた。首里ばかりじゃない。あちこちが破壊尽くされた。

 実は柳宗悦は私の(母方の)大伯父です。これまで私の身近には沖縄戦で亡くなった方はおりません。それどころかあの15年戦争で殺された人も、いないのです。ダイレクトに戦争を想起しにくいのです。無論、これまでにあちこちの戦争の痕を訪ねています。体験者のお話も聞いています。宗悦(私達は「そうえつさん」と呼んできました)の方言論争について、何故公然と声を上げたのかを私なりに考えてきました。しかしここにあるような「首里の街」に自信をもてるでしょといったことを想い浮かばなかった。肯定を示すことに。

 今の新基地建設反対の声にも、郷土を守りたいの声は小さくありません。そういうことに共鳴できる自分がいれば、沖縄の人人の想いに近づけるのかもしれない。

 また母方の伯父に柳悦孝がいます(故人)。私は彼のことは承知しています。彼は織物の師でした。宗悦らと戦前戦後の沖縄に通い、沖縄戦で失われた織物・染織の復興に協力しました。沖縄の前を見る仕事をやっていたのです。沖縄県立芸大ができた数年間、教鞭をとっています。

 沖縄の前を見る仕事は、ますます重要になっているはずです。亡くなられた方々に思いをはせるとともに、前を見る仕事にも取り組みたいなと、今私は思案中。何ができるかはともかく、前を見る方向性は重要だと。

 権力が総力戦できている以上、私たちも総力戦です。非武の総力践。こんなことを歩きながら考えていました。

2017年6月22日 (木)

シグロさんから6月23日に向けたご案内が届いた

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シグロ作品 YouTube無料配信第3弾のお知らせ
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『ゆんたんざ沖縄』(西山正啓監督 1時間50分 1987年)
『大田昌秀さんの死を悼む』(ジャン・ユンカーマン編集 3分 )
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6月23日沖縄慰霊の日に合わせて、シグロ第1回作品の『ゆんたんざ沖縄』を、22日(木)0時より25日(日)24時まで4日間限定で、無料配信します。

また、『沖縄 うりずんの雨』の取材時に撮影した大田昌秀さんのインタビュー
から、「平和憲法」について語っていただいた部分を3分に編集し、『大田昌秀
さんの死を悼む』というタイトルで同時配信いたします。
こちらの映像は、しばらく公開する予定です。

この機会に、ぜひご覧いただければと思います。
また、情報の拡散をよろしくお願いいたします。

『ゆんたんざ沖縄』
https://youtu.be/tJARU00c3ok
『大田昌秀さんの死を悼む』
https://youtu.be/kzOerKnCCto
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【お問い合わせ】
シグロ
TEL:03-5343-3101
MAIL:siglo@cine.co.jp

**************

◆発行 株式会社シグロ
http://www.cine.co.jp/

●「ゆんたんざ沖縄」は名作です。是非ご覧ください。(ヤマヒデ)

北宇都宮駐屯地祭②(17年5月28日)

 音楽隊の演奏が終わり、いよいよ飛行展示だ。私は守備位置(撮影ポイント)につく。

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UH-60が唸りを上げる。見ているのは女性軍団か。10時1分。

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10時5分。一斉に飛び上がる。下がTH-480b。上がUH-1.

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離陸したUH-1。10時5分。

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編隊飛行を見せる。航空ショーのノリだ。右上2機がUH-60、下3機がUH-1、左下の7機がTH-480b。10時5分。

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この近さだから迫力は満点だ。しかし危険。10時36分。ここには一般住民は居ないが、外の住民はどうみているのか。

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UH-60。真横、10時56分。

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新しい演習機。TH-480b。エンストロム社製。米国の会社でした。陸自は13年から15年で30機調達。57億円余り。

タケコプターなら、いいけどね。

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10時59分。教官の飛行だそうだが、スリリングな飛行。

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11時10分。管制塔付近から群集の上を飛び、滑走路の超低空も飛んだ。曲芸飛行。事故ったらどうするのか。

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UH-60.こちらもアクロバチック飛行。

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AH-64対地攻撃ヘリ。射手が銃口を動かしている。11時17分。

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斜め前から。両側の下にあるランチャーはロケット弾発射装置。11時18分。

最後は防災ヘリの競演。

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栃木県警。

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ここの。

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栃木県のおおるり。

しかし見ていてはらはらするのは、皆さんが競演しているから。安全確実に人を助けて。自衛隊のノリに惑わされないで。

こうした自衛隊と沖縄の米軍の演習の比較。ここのは航空ショー。米軍の日常は正に実戦に備えた演習。家屋を狙ってきたりもする。

だが不要な街中での飛行は、迷惑であり危険。今回事故報告になるのじゃないかと冷や冷やしていた。ならずに済んでほっとした。



















北宇都宮駐屯地祭①(17年5月28日)

久しぶりに北宇都宮駐屯地祭に行った(今年は第44周年)。ここは陸自の航空学校(ヘリ部門)と第12ヘリコプター隊。2001年から空中機動旅団として強化されてきた。久しぶりに行ったのは、陸自のオスプレイ導入の影がないかを点検に。まだわからなかった。

機体展示と飛行展示だ。

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㈱スバル。これは民間機だが、同社はオスプレイの修理委託を引き受けた。ここには以前からヘリの修理工場が同居。

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米陸軍座間から。今年も人気。米軍だから?

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民間機は可愛いのだが。

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今年は模型が目を引いていた。

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航空行事を待つ人人を警備する。

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格納庫の中で音楽隊の演奏が始まっていた。

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リズムに併せて盛り上げる。

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指揮は聴衆から。軍艦マーチ。あぁ!乗せられてはいけませんがな。

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いや、今度はジャズっぽい。なかなかの名ドラマーでした。ドラムソロ。

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トランペットもなかなかの腕。

なのだが、軍楽隊の本質はやはり「軍艦マーチ」であり、「星条旗よ、永遠なれ」か。行進曲。秩序をもった行軍の組織化。ジャズは正反対。自由闊達。

ドラマーの彼のように腕があり、音楽が好きならば、こんなところでやらないでと願う私でした。













まだ梅雨は明けず、6月の空は澱んでいる中で(17年6月22日朝)

 今日も曇。明日の「慰霊の日」を前に空も澱んでいる。自民党(同党憲法改正推進本部)は改憲条文案をだしたという。「9条の2」を新設して、自衛隊を「わが国を防衛するための必要最小限度の実力組織」としていると。

 何故こんな「論理」が罷り通るのだろう。この国の政権がやってきたことは、解釈改憲を重ねて、9条を無効化することだったが、「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」と明らかに矛盾する実力組織(人殺しを目的とする)を米軍らとの集団的自衛権まで認めた中で書き込むことの極め付きの欺瞞。

 この間の経緯を見れば、もっとはっきりする。国会を軽視し、行政権の手玉に取りながらの強行、沖縄をみれば、一層はっきりしてくるが、基本的人権の無視・破壊、地方自治の破壊。挙句に国家緊急権の憲法への書き込み。再び国家が絶大なりといいたいのだろう。

 沖縄は72回目の慰霊の日を迎える。沖縄戦で蹴散らされた人人の遺体はまだまだあちこちに散在している。存在の行方が分からないものも多い。そのうえ、米軍基地が、自衛隊の基地も日々脅威をさらしている。さらに機能を統合・強化された新基地(飛行場・港・弾薬庫の三位一体)の建設。

 日米政府は、あれだけの戦争を沖縄に強行しながら飽き足らず、まだまだと言っているようだ。残念ながら多くの日本国民も無関心を決め込み、知らんぷり。あなた方の行く末も危ないのですがね。気がつかないのは最高の安楽。地獄に落ちてからの身の処し方は、友を道連れにするやりかた。「みんなで渡れば怖くない」。このやりかたは72年前までと同じじゃないの。みんなで殺して死んで。死への孤独を神になると信じ込み。ばかげすぎている。

 まだまだこんな安倍政権への支持率が40㌫もあるという。情けなさ過ぎる。かと思えば相棒の公明党は、こんな誹謗中傷を垂れ流している。https://twitter.com/komei_koho/status/877358027866726400

毒を喰らわば皿まで。確か公明党は自民党の暴走を抑えるのだといっていたよね。

 沖縄では、雨の中でも座りこみを続け、機動隊に抗している。稲嶺進名護市長は昨日の名護市久志地域(瀬嵩)での平和祈願祭で「皆様が愛した古里はいまだ新基地建設に揺れている。私はこの地に決して新たな基地を造らせないことを改めて誓う」と。この地域の総意を明言している稲嶺さん。

 私もこれからこの志を新たにしながら、沖縄島糸満に向かう。今から時間をつなぎなおし、未来を照らし出していきたい。

 なお明日の6月23日はたまたま「週刊金曜日」の発売日。特集が沖縄であり、同号の表紙を私の写真が飾っている。ゲート前の闘い・機動隊の圧政を活写している。どうかご覧いただき、買って下さい。大いに宣伝してください。

 

2017年6月21日 (水)

明日にも沖縄は梅雨明けか(17年6月21日)

 今日、17年6月21日の名護の天候は概ね晴れ(一時にわか雨)。昨日までの悪天候の空が大きく変わってきた。ヤマヒデ気象部は、明日にも梅雨明けになると判断している。

 最も晴れてくれば、カァーとなる暑さであり、肌は焼け、水分補給に追われる日々となる。それでも、いいかと思うのだから、私の身体は沖縄ぽくなってきたのだ。そう、あさって6月23日は「慰霊の日」。6月23日はほぼ毎年、カァーという照り返しにめげそうになってきた。

 ところで、約1ヶ月止っていた写真のアップは、漸く可能になった。容量が足りなくなって、あれこれやってみたが、そもそも容量を増やす以外になかった。併せて、不要なデータを消し去り、ファイルの整理も一部だが進めた。試行錯誤の結果、大分要領がわかってきたのは、メデタイことだ。今晩中に幾つかを載せるので、少々お待ちください。

本日、また道交法違反で不当逮捕(17年6月21日)

 本日、17年6月21日、12時50分ごろ、国道329号線のキャンプシュワブの工事作業用ゲートと第2ゲートの間で、搬入車輌に抗議していたSさんが道交法違反で不当逮捕された。連絡を受け、弁護士に接見を依頼。逮捕された人は女性であり、名護署から沖縄署に移管された後に、弁護士接見が行われた。

 警察は車道部分(区分は白ラインのみ)に出ての抗議じたいを違法と断じており、その度に道交法違反か公務執行妨害でひっかけてくる。この国がやっている基地建設じたいが違法行為の塊であり、そのための資材搬入に抗議することは余りにも当然だ。

 Sさんを一刻も早く取り戻し、基地建設を許さない闘いを強化していきたい。繰返される微罪逮捕を許さない。

«「沖縄とともに」2017沖縄シンポジウム(東京弁護士会主催)

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