無料ブログはココログ

2017年3月26日 (日)

3月25集会とその周辺(17年3月25日)

2017年3月25日曇時々雨。

今日は3月25日の県民集会。大勢が来てくださればいいのだが、雨模様。

Imgp4089_1280x851
辺野古川河口にコサギが3羽。9時46分。辺野古にコサギがいるのは冬季限定というよりも渡りの季節に立ち寄っているだけではないか。

10時頃から上に上がる人が出てくる。

Imgp2356_1280x851

ゲート前。刺繍のバナー。

Imgp2364_1280x851
もはや人が溢れてきた。10時30分。

Imgp2369_1280x851
崖の草地に咲くスミレの仲間。

Imgp2378_1280x851_2
こんなです。10時45分。山城博治さんの挨拶がと。録音だろうと思ったら、どうもきている!慌てて道に下りた。

Imgp2381_1280x851

シュワブのゲート。なにやら笑っている。10時47分。

Imgp2385_1280x851

あやっー!ヒロジだ。10時48分。不屈に闘おうとアジるヒロジ。弁護士同道できたらしい。

Imgp2400_1280x851
オール沖縄会議の共同代表の玉城愛さんが開会挨拶。11時1分。

Imgp2415_1280x851

琉球新報が速報(号外)を配布。素早い。11時11分。

発言は国会議員6名。各会派から。島ぐるみ会議はやんばると中部から。

皆さん。気合が入っている。諦めずに闘おうと。

Imgp2472_1280x851_2
そして登壇した翁長知事。用意した原稿があったが、皆さんが既に言及した。だからいましゃべっているのは、別の話。国の攻撃に怯まない。一部の誹謗するような言説もあるが、事実無根。娘たちは旅行で中国に行ったことすらないと。

 国は岩礁破砕許可の再申請をしないといっており、そうした事実のひとつひとつを積み上げて、公有水面埋立て法に基づく承認の撤回をやると明言。シュタイヒャー!

 私も予想していなかったことなので、目がウルウル。知事は皆さんと頑張ると。今日の集会の意義が俄然アップしたのだった。

Imgp2503_1280x851
稲嶺進市長がまだしゃべっていない。閉めの言葉とガンバロウ三唱だった。進さんの声も元気を増していた。

Imgp2509_1280x851
県議団もがんばろう。因みに赤の真ん中が山内スエ子さん。4月23日の投票日を控えるうるま市長選候補。

Imgp2519_1280x851_2
歩道にぎっしり。4000名を超えただろう。12時16分。

Imgp2538_1280x851
街宣車が3台来ていたが、今日はこちらが圧倒。12時28分。

Imgp4101_1280x851

テントに戻ったらシラサギ群団12羽。コサギ11、チュウサギ1.

Imgp4130_1280x851

コサギ。12時50分。

Sさんがきて、昨日の海の作業は酷かった、従来の工法と全く違う遣り方をしていると。お山に見に行こうと。私はこの光じゃろくに撮れないからとお断りしたのだが、若し何かあっても知らないぞとの強い誘いで、行くことに。

Imgp4135_1280x851

しかしやっぱりこんなだ。雨も降ってきた。13時28分。

Imgp4141_1280x851

スパッド台船も立てられた。後方は平島。動きはなしのようだ。帰る。

途中で弾薬庫前から覘く。

Imgp4144_1280x851
こちらにもスパッド台船。

Imgp4146_1280x851

ポセイドン。

Imgp4152_1280x851
汚濁防止幕が積まれている。

Imgp4167_1280x851

何か出てきた。13時41分。多分、スパッド台船を守る柵ではないか。

テントに戻る。

午前中に巡視船「もとぶ」が去った。東からきていたが。

やっと「くだか」だと読めた。

Imgp4176_1280x851
ウエストパックエキスプレスだ。海兵隊の高速輸送艦。

○http://www.rimpeace.or.jp/jrp/umi/northd/170322wpexpress.html

22日横浜、23日韓国、25日沖縄に帰還だ。




























2017年3月25日 (土)

携帯を水没させたって、どこでよ?

 世間をお騒がせしているご夫婦がおります。入魂の仲だったはずが、いつのまにか「しつこい」と言い出す夫。これは夫婦関係ではなく、別のなんとかいう関係のk氏に対して。そして妻は、100万円受け取ったらしいのだが、夫は強く否定。妻は携帯を水没させたから記録がなくなったと。証拠隠滅策に出た。

 ところで水没ってどこでやったの?トイレの中、それともシャワー、あるいは辺野古・大浦湾にでも出没したのかな?都会生活で携帯を水没ってそうあるもんじゃない。

 よっぽど動揺していて、やらかしたのか、昨年高江に出没したように、今度は夫の指示がどこまで進んでいるのか見に来たのか。

 携帯の記録装置って、復活できるらしいよ。お騒がせ夫婦の行方をもうすこし私達は注視しなければならないのか。

 そうだったな。72年前の首脳陣も多くの幹部は自決しなかったな。言うことと、やることがばらばら。俺は「自決しろ」なんていわないが、辞職ぐらいしないと収まらないのじゃないの。でも彼は、72年前の日本に戻したいようだけれど。そうかそれは不都合な真実を隠した上でか。

 なるほど、『美しい日本』って、不都合な真実を隠した上でのことなのだな。

山城さんらの第2回公判(17年3月27日)

 山城博治さん、稲葉博さんの第2回公判等は下記の通り。

17年3月27日(月)

○傍聴券配布 11時~11時30分

中央公園(地裁の右奥)で整理券を配布するので其れを受けてからの抽選になります。

○事前集会 12時~13時 城岳公園(地裁前)

○公判 13時30分~ 那覇地裁

多くの方の御参加を、傍聴して、私たちの視点からこの国を裁いていこう。そのぐらいの気概を持って闘おう。

シュワブ前に4000名余り、自分はレンズフードをまた落とし

 2017年3月25日のキャンプシュワブ前での県民集会に4000名を超える人々が集まりました。ひとまず、良かった。

 そして、この場に集会が始まる前でしたが、3月18日に保釈されたばかりの山城博治さんが登場。私はてっきり録音かと思っていたら、地声でした。まだ山城節はありませんでしたが、お元気。これからも頑張ると。よかった!

 そして登壇した翁長雄志知事は、遂に公有水面埋法の承認を撤回することに言及しました。まだまだ紆余曲折が予想されますが、新たな道筋が見えてくるでしょう。

 ただし、どうしても裁判という場は、3権分立を放棄している現在信用なりません。多面的な取り組みが不可欠です。

 ここまでは良かった。またもやもう一本のレンズフードを落としたらしく、ない。うーむ。

昨日は無事に宿題を完了(17年3月24日)

 昨日は無事に宿題を完了。予定の「お昼頃まで」を過ぎてしまいましたが、14時頃に。A4 1.5枚分なので短いところに、与那国島、宮古島の話と辺野古・大浦湾の問題の絡み合い方、そして日本という国の近未来と人類の行方を短文に収めました。月末には発送するといっていましたので、当ブログには4月1日に公開したいと思います。

午後は図書館で借りてきた小説でも読もうかと思いましたが、読書モードにならず、別のことを。夜はいーなぐ会(稲嶺市政を支える女性の会)主催の連続学習会へ。講師は大城渡さん。名桜大の憲法学の先生です。「地方自治から考える辺野古新基地建設」です。なかなかすっきりとした考えで、行ったかいがありました。ただ憲法学がご専門なので、いささか静態的な感を否めず、もっと動態的な、分野で言えば歴史学、政治学からの切込みがあるといいと思いました。

 しかし地元の大学の教員が、誠実にこの私たちの問題に取り組んでおられるのは、心強かったです。こうした連携、協働がもっと組織的にできればいいのですが。全国的に見れば、沖縄は素晴らしい水準にありますが。まだまだ。

 三上智恵さんの「標的の島ー風かたか」を早く見に行きたいのですが、なかなか那覇までいけない。映評が出回ってきています。

2017年3月24日 (金)

今日は現場を離れて、原稿書きにまい進予定

 もう3月下旬ですね。今日は現場を離れて原稿を書きます。

 昨日調べていたら、マガジン9条の案内に3月25日の集会の予告が私のブログをリンクして載っていたので、驚かされました。

 そうなるのであれば、こちらから情報提供すればいいのですよね。トラックバックと言う方法も含めて、全国同時行動をもっともっと広げたいので、私も積極的にこうした努力を重ねたいと考えます。

 来年1月の名護市長選、来年11月の沖縄県知事選、そうそう来る4月23日のうるま市長選のことも視野に入れながら書きたいと思います。

 

お気に入りのコーヒーカップが破損-観光は平和でなければ

 一昨日のことだ。2001年11月に唐津で買ったコーヒーカップがどうも水漏れしている。拭いても拭いても水が出た。あぁ。ダメだ。何回か落としたので、皹が入りダメになったのだろう。残念至極だ。

 この一点は、2001年11月のイチョウの黄葉が美しい季節の旅先で買い求めたものだ。2001年と言えば、9月11日の米国でのテロ事件の衝撃がまだ覚めやらぬ頃だ。当事の沖縄はまさしく厳戒態勢が敷かれていた。お客さんはガラガラ。観光業者にとって、唯一の救い(?)は基地防衛に赴任した大勢の警察官が全国動員されただけ。修学旅行は多くの予定がキャンセルされた。観光客は軍都から逃げ出し、過剰警備もあってがらがら。飛行機も空席だらけだった。これは後できいた話だが、当事のバスガイドさんは沖縄で仕事がなく、九州まで出稼ぎに行ったと。

 唐津も伊万里も観光客は少なかったが、基地のないこちらは静かな旅行ができた。寂しいというか、寒々しい感じもしたが、武力で守られていない分、安心感を感じたものだ。そのとき買った、コーヒーカップだったのだ。

 私が観光は平和でなければ成り立たないと実感したのはこの時だった。それから沖縄では2014年の県知事選のときに翁長候補がこう主張したのだ。正に図星。同感だった。

 其れから時が経ち、ますます軍事化の流れが強まる中で、観光・平和産業と軍事化はどうなっていくのだろう。一方でクルーズ船の拡大がめざされながら、島々に基地建設が進んでいるのだ。これを矛盾していないと誰が言えるのだろうか。このことに気づかないふりをしているのだろう。

 文字通り、観光の基礎は人と人の繋がりだ。コーヒーを飲みながらお茶を飲みながら、話が弾む。商売も弾む。もっと国籍を超えて民族を超えた交流ができれば、これほどの平和産業はないのだが。

 

2017年3月23日 (木)

これはもしかしたらオスプレイの飛行経路か?(17年3月23日)

2017年3月23日曇時々雨。荒れ模様に付き海上行動中止。

私はやや遅れ8時15分に辺野古テントに到着。シュワブの浜では水陸両用装甲車が今日も出ている。

早速撮影に浜に出て行く。

Imgp2318_1280x851
8時37分。驀進中。

Imgp2322_1280x851_2

砂塵を巻き上げながら猛驀! 8時37分。

Imgp4022_1280x851_2

8時40分。驀進、驀進。海に既に2,3両出た。陸は4両。

8時50分新たに1台出てきた。3台が中に戻っていった。

9時雨が降ってきた。

沖の巡視船1隻。PL13 もとぶ。地元の第11管区。

12時22分、オスプレイ1機、豊原から沖へ出て行った。

Imgp4053_1280x851_2
12時24分、沖の上を飛ぶオスプレイ。西へ。

Imgp4057_1280x851_1280x851

12時24分 2機編隊。護岸の上から撮影。

護岸の上で私は急な方向転換は難しい。落ちそう。

Imgp4058_1280x851

12時24分。2機編隊。

Imgp2332_1280x851

テント前のハマウド。複散系花序の花びらが開いている。よーく見るとなかなか美しい。13時24分

昼前後来訪者多し。対応に追われた。

Imgp2334_1280x851
ハマウドがバックの海に似合う。もう少し明るくなってくれるといいのだが。13時24分。

Imgp4068_1280x851_2

14時30分。3機編隊。またほぼ同じ位置を飛ぶ。

Imgp4072_1280x851_2_4

兵舎新築工事用の作業の車輌が今日も順番待ち。15時。

Imgp4074_1280x851_1280x851
辺野古崎側の作業ヤードを見たら、砕石がドキャンとおかれている。15時。

Imgp2349_1280x851_2_2

テント裏のアカバナー。あたかも土壌から咲いているようだが、違う。15時19分。

Imgp2351_1280x851
15時20分。ナンゴクネジバナ。テントの脇。

Imgp4083_1280x851_2

15時44分。3機編隊。

Imgp4087_1280x851_2

3機。豊原方面へ。15時44分。どうもここに滑走路ができたとしたら、この空路を飛ぶのかな。かなり近いぞ。嫌な予感。






声明(17年3月13日)

   声明(公有水面埋立承認処分に対する取り消し訴訟等の取り下げに関する声明)

                                          2017年3月13日                                                   

 安次富浩外686名で提起した、前沖縄県知事仲井眞弘多が県民意思に反して、辞任直前に駆け込み的に行なった辺野古新基地建設を目的とする公有水面埋立承認処分に対する取り消し訴訟及び、安次富浩外84名で提起した、公有水面承認処分執行停止申し立て事件を本日取り下げました。

 すでに、沖縄県を直接の当事者として争われた公有水面埋立承認処分取り消しの効力については、国政に迎合して、拙速で偏頗な訴訟指揮により、県民の民意を押しつぶし、憲法上の制度である地方自治権を否定した福岡高等裁判所の判断と、自ら憲法擁護の砦としての権能を放棄し、行政の擁護者としての立場を選択した最高裁判決によって、不当な判断が確定しています。

 弁護団及び原告団は、本件訴訟の継続に関して検討を重ねてきましたが、同一処分の効力に関して最高裁判決が確定している状況で本件訴訟を維持しても、判断の変更を求めることは困難であるとの判断に到りました。

 司法の独立を放棄した裁判所に対して、強い憤りを覚えるものですが、本件各訴えは、取り下げざるを得ないとの判断に到ったものです。

 本件訴訟を取り下げることにより、法律上の闘いが終わるものではなく、国によるさらなる違法工事が継続されている今こそ、新たな闘いが不可欠です。

 弁護団、原告団は、国による違法状態を踏まえ、現場で闘い続ける市民と連帯して、県民の英知を結集をした新たな闘いを、早急に構築すべきであると考えます。

 

                                      弁護団長 池宮城紀夫

                                      原告団長 安次富  浩

 

◎ヤマヒデの私的補足-ウソのような取り下げ決定。私も686名の一人であり、ほぼ現場におりますから、これを知って、痛苦なる思いでおります。仲井眞前知事の裏切り・豹変が最高裁判決によって、支持されてしまい、そもそもの翁長知事の取り消し行政処分を無視するという裏技による決定に怒りを禁じえません。

 だからこそ私たちは、一切めげることなく、徹底的に応じられないと日米政府に対して突きつけていく以外に私たちが生きる道はありません。

 私たちは、「沖縄差別を許さず、平和的生存権と自己決定権を主柱に不屈の精神で闘っていきましょう」(原告団長 安次富浩)を真摯に、一致団結し、協働して取り組んでいきましょう。

                                 (ヤマヒデ 17年3月23日記す)

 

 

当ブログのトラックバックについて(17年3月23日)

 先日、トラックバックなるものが付きました。これまで殆どついたことがなかったこともあり、私自身は無関心でした。しかしよくみてみれば、全国各地の「3月25日の行動」につなげることができるようです。これは良かったと思っています。

 是非皆様も、積極的にトラックバックを活用して、お互いをつなげていく努力をやっていきましょう。

 ただし、トラックバックをつけていただいたブログを拝見して、信用できるか否かの吟味はさせていただきます。無論、これはお互い様ですが。ご了承ください。

再会と出会いに感謝の一日(17年3月22日)

 作日は、ぐったり。帰宅してそのまま寝てしまいました。折角体調が回復してきたのに、痛みが腕から頸に。

 ただ昨日朝、一昨日のことを3本に分けて書き、アップしました。是非読んでください。お陰で辺野古に行ったのは、11時前。昼前に東京時代のIさんがひとりでやってきました。「ヤマモト君だろ」と言われても、初め誰だか分からなくて。あ、あー!の再開。約20年ぶりのことでした。彼のことは時々、どうしているんだろうと思ってきたお一人でしたから、お元気でなおかつ活動も再開していると知って、ほっとしました。

 無論私が沖縄のこと、辺野古のことをお話しました。帰ったら、みんなに伝えるからと、元気を得たようでした。また私を東京に呼べるように努力してみるとのことでした。

 また、茨城から見えた皆さんは、こちらのTさんのお仲間。ゲート前が制作した写真展をやり、私も付けてやれたらいいねになりました。呼んでいただけたら、本当に感謝です。こうして元気を分け合える私達は、幸せ者です。

 今日の日の再会と出会いに、感謝です。

 海上で頑張るカヌーチームは、何度も何度も海保に拘束され、大変だったようです。私は全くフォローできておらず、申し訳ありません。

2017年3月22日 (水)

県警の暴力の本性を暴くために(17年3月21日-③)

 2017年3月21日-③ 瀬嵩のお山から辺野古に戻ってきた。ゲート前を通過しようと思ったら機動隊が出てきた。あれれ。

Imgp2228_1024x681
ゲート前で座り込む人たちを包囲する機動隊。12時14分。

Imgp2236_1024x681
両腕をねじり挙げて排除が始まる。12時14分。

Imgp2244_1024x681
指揮官の指示の下、一斉に。12時14分。

Imgp2252_1024x681

女性に対しても両腕を抱きこんでいる。12時15分。

Imgp2258_1024x681

あくまでも強引だ。こうなった場合、彼のように両腕を組んで脇を固めるのが安全だ。12時15分。

Imgp2270_1024x681

ゲートの端に押し込められる。12時16分。

Imgp2275_1024x681
周囲を取り囲み、ゲートをあけているのだろう。12時17分。

Imgp2277_1024x681

女性を3人がかりで排除する。12時17分。

Imgp2278_1024x681
こっちも3人がかりだ。12時17分。

Imgp2279_1024x681

12時17分。女性を引きずっている。3人がかり。

Imgp2284_1024x681

男性を4人がかり。

足を上げ、頭を下には、とても危険な方法だ。12時17分。

Imgp2287_1024x681
全員を排除し車輌が出てきた。この左の男は県警本部警務部広報室と名乗ったが、広報とは思えない傲慢な男だった。機動隊員の取材妨害を援護した。私に対して、どこの記者だと喚きながら、取材をじゃました。このとき私は機動隊員数名に押さえ込まれ、右腕と人差し指をねじられた。陰湿な暴力を受けた。

 ちょっと反論しておくが、この場面は車列がでてきているのだ。つまり両側で警察が一般車輌を規制しているのだから私が多少車道に出ようが、事故の危険はありえない。また、トラックに近づけさせないのであれば、正面から規制すればいいだけだ。ここでの暴力は、過剰警備そのものだ。

Imgp2289_1024x681
機動隊が出入り口の周囲を取り囲む。12時18分。

Imgp2292_1024x681
㈱進建のミキサー車。数台出た。12時18分。

Imgp2297_1024x681
12時19分。

Imgp2306_1024x681
12時20分。次々とててきた。

Imgp2308_1024x681
トレーラーも数台出た。12時20分。

Imgp2311_1024x681キャッチ
こちらは小禄運輸。計20台。朝26台入ったのであり、まだ数台出ていない。このあと4台が入ったようだ。

沖縄県警も暴力を強めている、ただし目に見えないよう留意して。其れを可視化する私たちの努力が重要だ。またこの際、隊員の動きと指揮官の動きを同時にキャッチする必要性がある。どうも、現場で逐一指示しないですむように、事前に綿密に打ち合わせて、やっているようだ。彼らの本性を凝視したい。

 沖縄県警のホームページに「祖国復帰以来」云々とありましたが、皆さんの「尽力」が如何なる沖縄をつくってきたのか、考えたほうがいいと私は思います。

























大浦湾で新たな動き(17年3月21日-②)

ある晴れた日に。10時20分。瀬嵩のお山に。

Imgp3865_1280x851
19日に入った貨物船から積荷台船に移し変え。10時20分。

Imgp3869_1280x851
これが汚濁防止幕。これを落とすのだが、7mしかない。水深30m余りのところで7m。字足らず。汚濁は防げない。10時21分。

Imgp3873_1280x851

ポセイドン1号と赤のクレーン台船。手前のオレンジが汚濁防止幕。こんなに落とされている。10時22分。

Imgp3876_1280x851

積荷台船。まだコンクリートブロックがあり、大きなブイと思しき物が載っている。10時22分。

Imgp3883_1024x681
積み替え作業が続いている。10時26分。

Imgp3886_1024x681
これも汚濁防止幕。大浦湾中心部。10時29分。

Imgp3888_1024x681

辺野古崎側の2台のスパッド台船。左のクレーンが茶色のブロックを吊り上げている。これは何か。幾つか落としたようだが、反対側でここからは確認できなかった。何をしているのか。10時29分。マスコミが問い合わせたが、防衛局は答えていない。

Imgp3893_1024x681
積み替え中。10時31分。

Imgp3943_1024x681
こちらに移動した赤の台船。10時58分。汚濁防止幕をつないでいく。

Imgp3949_1024x681

アオサギ8羽が舞っている。渡りの季節なのだ。11時5分。

Imgp3977_1024x681

11時42分。

Imgp2224_1024x681

大浦湾。あちこちに台船があり、今日は3箇所で作業をやっていた。許しがたい構図だ。


11時55分山を降りる。







いかにも沖縄だからの一日(17年3月21日-①)

2017年3月21日。予想外の展開になったので、21日分を3回に分けて記す。

天気 晴れ。

8時ごろ、カヌーチーム14艇出発。船団4隻。

昨夕の私の予想は見事にはずれ。水陸両用装甲車がシュワブの浜にいる。出なかったようだ。

射撃演習が8時30分頃から始まる。

Imgp2216_681x1024_2

テントの中では掲示物の張替えが。8時45分。

Imgp3823_1024x681_2
いるじゃないか?どういうことだ。8時50分。

豊原方面からオスプレイの音が聞こえてきた。8時51分。

ほぼ同時に装甲車が浜から海に出始めた。

Imgp3830_1024x681_2
ご覧の通り。8時59分。計8両。

Imgp3833_1024x681_2

この2両は牽引の練習。9時18分。この後、ロープが切れたとの報告有。

9時20分オスプレイ2機、豊原~沖合いへ。

Imgp3849_1280x851_2
戻ってきた。奥は巡視船と監視船。9時51分。いかにも今の沖縄の構図。

Imgp3852_1280x851_2

上がってきた。9時51分。

Imgp3856_1280x851_2

なにやら談笑。9時55分。

Imgp3857_1280x851_2

奥では作業が始まっている。何をやっているのか、要確認。9時55分。

Imgp3860_1280x851_3
作業の隣で戦闘訓練。銃をもち陣形を組みながら。9時55分。

Imgp3864_1280x851

装甲車の奥の作業現場。

そこに連絡が入り急遽、私はお山に。このとき、レンズフードを落としたようだ。

12時30分頃テントに戻る。来訪者への対応など重なり、忙しかった。

Imgp3988_1280x851_3
辺野古川河口で潜水調査。マンタ。潜水士が海面すれすれを潜り、海底の目視調査。15時25分。ジュゴンはいませんでした。食み跡もありませんでしたなのか。皆さんのお仕事は海ヲ壊すことを正当化する仕事だよ。

Imgp3991_1280x851_2
彼女たちは底生動物の調査か。辺野古川河口。以下同文。15時26分。

空を見上げればこれだ。

Imgp3992_1280x851_2
米軍のE-8偵察機(ご指摘をうけました。このとおり訂正します) 。15時31分。西へ。

Imgp3994_1280x851_6

沖合い上空からオスプレイが転換モードで入って来た。近くのヘリパッドに降りるのか。












翁長沖縄県知事、3月25日の集会に出席の方針(17年3月21日)

 翁長雄志知事は、来る3月25日に開かれるオール沖縄会議主催の埋立て強行に反対する集会に参加すると明らかにしました。また、この参加は政治家としてではなく、知事としての参加をしたいとのことであり、「公務」としての参加だそうです。

 いよいよ沖縄県民と行政の一体の形での基地建設を止める行動が求められています。国の横暴は止りません。岩礁破砕許可も必要ないと勝手な解釈を押し通すつもりです。これに立ち向かうためには、行政の判断が不可欠です。4月以降国が工事を強行すれば、工事差し止めの裁判を提訴することになるでしょう。また、私たちもこの海を守るためには、これまで以上の関与が問われています。『命どぅ宝』、「勝つ方法は諦めない」の思いを新たにして頑張り抜きましょう。

2017年3月21日 (火)

今日はさんざんでした(17年3月21日)

 今日はさんざんな目にあいました。ようやく体調が回復に向かっており、午前中、大浦湾瀬嵩のお山からの呼び出しにさっと応じて行けたのです。この過程で望遠レンズのフードを落としたらしい。たかがこんなものでも、5000円余りするものなので、大打撃。テントに戻ってから探しに行きましたが見当たらず。5000円がふいか。

 お山からの帰りにゲート前を通過しようとしたら、丁度機動隊が出てきた。これを撮らぬ手はないと思い撮影しましたが、機動隊からはなはだしい撮影妨害を受けました。座り込む人々が機動隊に排除される過程とトラックの車列が出てくるところを撮りましたが、出てくるシーンの撮影を思いっきり妨害してきました。若い機動隊員は力だけはあり、私の右腕や指を逆関節技をかけてきました。こちらも手なれてますから、かわしましたが、まだ痛いです。

 座り込む皆さんも、本当に気をつけて、無理しないようにやってください。

 そんなこんなでしたが、一緒にレンズフードを探しに行ってくださった方、夕方、どら焼きを確保してくださっていた方がいたり、もう、感謝、感謝。ありがとうございます。

ボノムリシャールの動きをリムピースが載せてくださいました

 米軍の動向を教えていただける貴重な情報源であるリムピースが先日(17年3月18日14時53分頃)強襲揚陸艦ボノムリシャールが辺野古沖合いを通過した際の私の写真を転載してくださいました(私はこの転載を許諾しています)。ありがとうございます。

http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/170318lhd6.html

 3月18日の私のブログにあげたものであり、正に偶然撮れたものです。上のヘリを撮ったら、下に写っていたというお粗末ぶりでした。ラッキーというか。このためボノムへのピントは甘く、お恥ずかしいものです。あのとき、低空を飛んでいるヘリの姿を目にしたので、海とダブルで撮ろうと思って、ややレンズを下に向けたからボノムが入っていたと言う偶然の産物。

 しかし定点観測点(ホーム)を持っている強み故のものです。

2017年3月20日 (月)

沖縄防局が大浦湾出入り口の航路標識を撤去した根拠は何か?

 今日の沖縄タイムスに寄れば、沖縄防衛局が大浦湾で入り口に設置されていた1対の航路標識を17年3月19日、撤去したと言う。第11管区海上保安本部は「灯浮票がある場所は臨時制限区域になり、一般の船が立ち入れなくなったので、撤去した。区域が解除されたら防衛局が再び設置する」と。

 しかしどう考えてもおかしい。灯浮票は航路標識法に定められている航路標識のひとつだ。同法第1条に「(前略)船舶交通の安全を確保し、あわせて船舶の運行能率の増進を図ることを目的としている」とある。これは海上保安庁が管理するが、第3者が管理することもでき、海上保安庁長官の許可を受けて行うことになっている(第2条)。

 つまり防衛局が判断して、海保の許可を得てやったのだろうが、私は以下の疑問をなげかけたい。

①この標識のある場所は明らかに臨時制限区域の外だ。中ではない。ここから出入りするのは、従来も大浦湾内(汀間港)や辺野古側に出入りする船がいたし、これからもいるだろう(仮に制限区域の外側を航行するとしても)。特にこの大浦湾の出入り口は瀬と並行しており、油断すると浅瀬に座礁する可能性も高い場所だ。明らかに船舶交通の安全を妨げかねない。

②この海域を防衛局が従前以上に私物化して、独占的な使用を狙っているのだろう。何故この時機なのかを考えれば、彼らの狙いが見えてくる。埋め立て作業の船舶が多数入ってくる時機を迎え、第三者の船舶等をこの周辺から排除したいのだろう。特に抗議船等をより外側に押し出したい。

 海保はもしも海難事故等が起きたとき、どう責任を取るのだろうか。作業船や警戒船の安全も少しは考えたらどうなのか。まして、今でもこの周辺海域で漁業を行っている海人はいるのだ。

 防衛局は、安全にやれると思っているのだろうが、もしも事故が起きたときはその責任を取るしかないはずだ。

 沖縄防衛局は標識を速やかに再設置すべきだ。

偶然の発見(17年3月20日)

2017年3月20日 曇時々雨、のち、晴れ。

昨朝、またまた作業台船等が大浦湾に入ったと報告を受ける。大型の船は計7隻。

テントから漁港をみていたら、ミサゴが低空から海ヲさらった。静かに魚をゲット。魚はよほど海面すれすれにいたのだろう。8時20分。

8時30分~40分、潜水調査船が1隻、豊原方面に抜けて行った。何をしているのだろうか。

シュワブから水陸両用装甲車が3台海に出た。9時40分。

Imgp3757_1024x681
護岸から撮影。9時49分。

Imgp2171_1024x681_2

9時56分。昨日、一部をまたはがされたとのことで、新たに張り出したもの。

そうだ。ジュゴンといえば、今日の報道でジュゴンの子どもの遊泳が最近観察されていると。沖縄島北部で。

装甲車は一度戻ったかと思えば、また出て行き、そして戻った。10両が全部戻った。再度私も撮影に向かう。

Imgp3777_1024x681_2
10両。今日は普段配置されている救急車を置いていない。また、浜に出てきた全部が出た。

Imgp3786_1024x681
そしたらミキサー車5台が見えた。待機中のようだ。偶然の発見。

ゲート前に行った人にきいたら、今日は2度入られた。9時と11時過ぎ。ミキサー車も入ったようだ。

Imgp3790_1024x681
15年10月頃から工事が止っていた兵舎の工事。これに生コンを注入するのだろう。

Imgp3796_1024x681
海上行動はお昼頃中止。風が強いし工事は殆どない。一部のカヌーメンバーが午後から練習。一時装甲車に行くえを阻まれたが、無事にやった。13時44分。

Imgp3802_1024x681

こんなだ。

Imgp3807_681x1024
上も下もやな感じ。

Imgp2191_1024x681
練習も終わり。13時45分。

あの花は?トベラだよ。

Imgp2192_1024x681
雨上がりできれいだ。

Imgp2196_1024x681

15時21分。花は最初は白で、円熟すると黄色に変わる。

Imgp2206_681x1024

ナンゴクネジレバナ。青はルリハコベ。テントの後方。

15時過ぎから晴れてきた。

Imgp2208_1024x681
テント前の海も辺野古ブルーになってきた。

Imgp3812_1024x681
15時53分。まだ10両が出ている。多分夕方揚陸艦がきて乗せるのではないか。行き先は東シナ海ではないか。





日帰りで宮古島に行ってきた(17年3月19日)

 昨日は日帰りで宮古島。疲れたが、行って良かった。集会参加は約400名。地元のオヤジたちが多く集まり、若者、親子連れも。いいかんじだった。集会の内容は別途するが、問われるのは、運動の方向性。

 ただ私は宮古島はまだまだ可能性があると思っている。この国の真の狙いを曝露する大きな山がこの島に隠されているからだ。これをどれだけ広げられるかだ。秘密裏に進める国の本性を見抜く力が試されている。また私たちが共に闘えるのか否かが問われている。琉球諸島を戦場にしてはならないのだ。

 今日は地下鉄サリン事件から22年。95年3月20日。忘れもしない。当日朝、新宿駅で霞ヶ関に向かおうとしていたら、あたりがへんだった。うろうろしている公安刑事に聞いたら、爆発事件を示唆。?だった。これはと思い、行く予定を取りやめた。行かなくて良かった。また友人が近くで働いていたが、無事だった。犯行に及んだ彼らが描く「終末戦争」から22年経った。あぁ。

«西之表市市長選反対派が且つ(17年3月19日)

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31