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2017年3月

2017年3月31日 (金)

記者会見サポート(17年3月29日)

 2017年3月29日。曇。

 既報の通り、3月29日は疲れ果てて、休む予定だったのだが、急遽14時からの記者会見の設営のサポートへ。

 辺野古川沿いにテント村に向かう。何だか異様な音が聞こえてくる。

どうも水陸両用装甲車が潟原方面から戻ってきている。

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聞けば、朝方出て行って、戻ってきたようだ。出たのは10両だと。13時46分。

まもなくすると記者が集まってきた、テレビと新聞。9名が参加。

はじめに今日の記者会見の概要を安次富浩ヘリ基地反対協議会の共同代表がひとこと。

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本題をダイビングチームレインボーの牧志治さん(左)が説明。今回の問題は3月27日にレインボーが辺野古崎周辺を潜って分かったこと。

汚濁防止幕の設置工事が進行中だが、当初の計画と異なる鉄板(50センチ四方)の立方体が4個で1組のアンカーになっている。当初の計画ではH鋼を使うはずだった。計画変更がでていない。また以前にも鉄板が使われ、台風で飛んでしまった。こうしたなかで、浮具と結んだチェーンが周辺をかき乱し、サンゴ礁等を壊したのだが、再び同様な事態が起こりかねない。

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工事概要の補足説明を北上田毅さんがこのへんですと紹介。

沖縄防衛局の勝手な変更を糾し、手続きを経るように要求。

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15時17分。陸上自衛隊のCH-47が辺野古沖を戻っていく。最近やたらと自衛隊の行動が増えている。

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米軍のAHー1が辺野古川河口部を飛んでいる。こんなランデブーはお断り。15時18分。

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15時18分。

16時テントを後にする。

30日の沖縄タイムス、琉球新報に記者会見の内容が大きく掲載された。国は逐一出す必要はない、計画変更には当たらないと主張しているようだ。





沖縄での野鳥観察

 今朝の沖縄タイムスに泡瀬干潟(沖縄市)にセイタカシギが20羽きていると、報じられていた。今日は3月31日なので、思い出したのだ。確か1968年4月の千葉県江戸川河口部(新浜-現在はディズニーランドなどがある辺り)で、このセイタカシギが発見されたのだ。私は走った。新浜の正反対側にいたもので、数キロを駆けた。とにもかくにもこのときが私がはじめてセイタカシギとのご対面になった。

 長い嘴、スレンダーな真っ赤な足。おなか側は白、背は緑の優美な姿だ。当事の日本列島でのセイタカシギの記録は極めて珍しかった。

 2000年1月、私が初めて野鳥観察に訪れた沖縄で、このセイタカシギと68年以来の再見。何と100羽もいたのだ。場所は那覇市内の漫湖付近。沖縄は野鳥観察の場所としても凄いのだと思い知らされた。ただその後、野鳥観察のための沖縄旅行は2度ともてなかった。

 沖縄島の固有種といえば、ヤンバルクイナとノグチゲラだが、沖縄の野鳥は何も固有種が貴重なだけではない。セイタカシギの姿をあちこちで確認している。与那国島、ブルービーチの近く、漫湖(付近)。渡り鳥は興味深い生態を示している。例えば、沖縄島に来るツグミ類はシロハラばかりで、ツグミやアカハラの姿を見ない。与那国島まで行くと全部そろい踏み。明らかに渡りの経路が違うようだ。与那国島ではこんなこともあった。マヒワとコマドリ(アカヒゲに非ず)を50mほどの距離で見たのだ。日本列島では、マヒワは冬鳥、コマドリは夏鳥。与那国島はその交点にあるのだろう。

 一番劇的な差異は夏鳥と冬鳥の違いだ。例えばサシバは日本列島では夏鳥(繁殖)だが、沖縄の島々では冬鳥だ(越冬)。全く不思議なことではないが、まのあたりにすると、「そうだ、ここは沖縄だ」と思ったものだ。

 話は変わるが、日本の渡り鳥の調査を米陸軍が資金提供していた。60年代の話だ。軍隊が野鳥の生態調査にお金を出すのは、当然軍事的な意味合いを感じていたからだろう。日本列島を越えてアラスカ方面に向かうものと、シベリア方面に向かうもの。当然対ソ戦略があったはずだ。嫌な話だが。

 沖縄にいるのだから、もっと野鳥観察する時間をひねり出したいものだ。野鳥を撮りたいものだ。

 因みに私の社会運動の原点は1967年からの新浜を守る会の運動。あれから50年が経過するのだ。

 

沖縄県、辺野古工事中止を行政指導(17年3月28日)

 ニュースと言いながら、遅くて申し訳ありません。

 沖縄県は、17年3月28日、沖縄防衛局に汚濁防止幕の設置工事を中止するように指示しました。これは岩礁破砕許可の許可条件に基づくものです。ただしこの許可じたいが3月31日までの有効期限。沖縄防衛局は4月1日以降は岩礁破砕許可は不要だとして一方的に工事続行に入る算段をしています。

 だからこその3月中の「中止指示」です。

 沖縄県は4月1日以降、現場から岩礁破砕行為を確認したうえで、沖縄防衛局を行政指導し、警告、刑事告発していくはずです。また埋め立て承認の撤回や工事差し止め訴訟も検討しています。

 だからこそ、国は知事を国賠訴訟をかけるとか口走り、恫喝してきています。沖縄防衛局は29日、30日と工事を続行し、全く県の行政指導を無視しています。「誠実に対応している」といっているそうですが、鼻で笑うしかない態度です。

 

 

もうくたくただけれども(2017年3月30日)

 もうくたくただ。28日と30日、お山(大浦湾を望む瀬嵩の丘)で、工事動向のウォチングと海上行動チームへの支援、撮影。立ちっぱなし。28日は昼食を食えず、今日は午後から飲料が切れた。お山の上は暑い。もはや日焼けの季節に突入している。

 昨日はこのため、へばって、休んだのだが、突然の電話で辺野古テントに呼び出された。記者会見の影のサポート。そんなわけで、30日のアップは明日以降になる。ご容赦を。

 国は強行だ。何が何でも遣るのだという構えだから、私達こそが何が何でも止めるしかない。今日はお山に民医連の一団がお出でになったので、私が急遽、作業の様子を実況中継。臨時立ち入り制限区域の問題から入り、フロートの設置方法、今の汚濁防止幕の設置方法と、その問題点、今後の展開(国と県との攻防を含めて)と一通り話せば、いま見えている視界がぐっとリアルに見えてきたはずだ。「これから辺野古テントに行く」と言うので、あとはテントメンバーにお任せした。

 今日はある地元テレビ局の取材がきてくれた。また、ある重要な意味をもつ人たちもきていた(現段階では匿名にしておく)。キー局の取材とかきてくれないですかね。あるいは、インターネットメデァイでもいいが、中央に発信できる皆さん。

 私も微力ながら頑張ります。私としては沖縄戦と重ねて、米軍の占領と重ねて問題を指摘したいものだ。

 今が最大の山場です。だからこそ、沖縄内外の皆さんが、ゲート前に、海上に、辺野古テントに、きていただけると大変ありがたい。きていただいて厳しさを共有してください。何故この闘いが重要なのかを共有してください。お願いします。無論楽しさや豊かさも。勝つ方法は諦めないことを、実践しましょう。

2017年3月29日 (水)

目の前で違法工事が進む、許すマジ(17年3月28日ー②)

2017年3月28日 晴れ。けっこう暑い。肌が焼ける。お茶を持ってきて良かった。

 長島側の赤台船がコンクリートブロックを落としていると無線が入ってくる。11時7分、3個目。カヌーチームは果敢に行動しているようだ。2度拘束された。

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10時58分、赤白台船が近づいてきた。位置を定めている。

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11時19分。微妙な位置取り。自走すると砂塵が舞いあがる。

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辺野古崎側にいる黄色と白の台船。クレーンで持ち上げている。鉄板21枚重ねのものだろう。だとすれば、事前の許可条件と異なるものであり、違法な工事だ。11時25分。

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11時51分。作業員が忙しそうだ。やめろ!

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フロートのコンクリートブロックに固定。11時51分。

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勝丸にがなる警備船。臨時立ち入り制限区域から出ろとしつこい。11時52分。

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潜水夫が場所を指示。11時58分。台船の位置を決めて、休憩。

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13時5分。作業が始まった。すぐそこでだ。

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13時6分。これは自立型汚濁防止幕の固定具と思われる。

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13時8分。

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13時15分。落とした。

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13時14分。

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海面に見える。13時16分。

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13時30分2個め。これが海底に設置する代物。長さ10m~15mほど。

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3本沈めて、今日は終わったようだ。13時52分。

いづれにしても防衛局が出していた設計申請では、H型鋼を置くはずなのに、勝手に計画を変更している。違法工事だ。

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14時22分。海兵隊の警備艇が出てきた。何しに出てきたのか、要注意。

15時長島側で作業していた赤の台船がレジャービーチ側に戻った。

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15時24分。ブルーの船がカヌー回収してきた。

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15時31分。平和丸1号が、漸く解放されたカヌーチームを乗せて、ここまできた(右)。

15時50分、私は山を降りた。

国は県に出していた工事と異なることをあちこちで始めている。違法に違法を重ねながら「法治国家」という。この国の自壊が始まっているのではないか。沖縄は、こうしたことを許さない。













この海を盗りあげるものに抗し続ける(17年3月28日ー①)

2017年3月28日 晴れ。大浦湾瀬嵩(せだけ)のお山から。今日は長くなるので、2稿に分ける。ご了解ください。

 私の体調は、概ね平常に戻ったと思えば、カメラ機材に支障を来たしている。ならば、お山からのバックアップ要員をかってでよう。

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辺野古崎、平島、長島(右から)。この正面が埋立てられる。海面から高さ10mかさ上げされるのだ。考えられますか?!

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正面がレジャービーチ。オレンジラインが悪名高きフロート。臨時立ち入り制限区域は黄色のブイ。手前の黄色のデルタは何か?オイル・フェンスだが、明らかに臨時立ち入り制限区域すら越えた進路妨害ライン。8時。防衛局の遣りたい放題を許してはならない。

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7時51分。平島の沖にグリーンベイが今日も居た。私は昨日の時点で居座りを予感していた。

平和丸1号が瀬嵩側にやっときた。

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正面、ポセイドンⅠ.8時35分。

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グリーンベイの右にエルキャックが疾走中。どうも宜野座村潟原まで行ったようだ。8時50分。

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赤の台船がレジャービーチ側から移動中。9時12分。

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瀬嵩側のフロート部。潜水調査船と監視船。9時30分。

9時35分。赤台船は長島の前に停泊。

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沖合いにボノム・リシャール。全長250m。オスプレイ等の装備を積んでいる。9時49分。右はタンカー。

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10時22分。赤白台船が動き出した。

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なにやら打ち合わせ。10時26分。

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赤白台船がきたのだ。10時26分。

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長島前の2隻。赤台船と黄色台船。10時30分。

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10時39分。突然動き出した和船。ロープで引っ込めている。臨時立ち入り制限区域を考慮したのか。

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10時43分。これは私が無線で注意したから?。無線傍受していたのか。

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赤白台船が近づいてきた。10時46分。

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やってます。10時47分。

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10時48分。アンカーを落とす。この辺で作業をするようだ。

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10時48分。

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引っ込めて、こうなった。10時48分。まだ一部は出ているぞ。

私達は海泥棒を許さない!


















菅官房長官の『知事に賠償請求検討』に思う

 去る17年3月27日、菅義偉官房長官が翁長雄志沖縄県知事が埋立承認を撤回した場合、「権限の乱用であって、違法であれば、損害賠償請求権の行使を含めて法令に基づく措置を講じることはありうる」と会見で言ったそうだ。彼ならば言いそうなことではあるが、県知事を、県民を見下した言葉であることよ。

 もしこうした手続きをとるとすれば、国家賠償法に基づくのだろう。同法第一条は「故意又は過失によって違法に他人に損害を与えたときは」とある。しかし安倍政権は法解釈を恣意的に捻じ曲げている。「集団的自衛権の合憲化」が端的なできごとだった。さらに三権分立を無視した政治の前で民意が圧殺されていく。これは現在進行形のことだ。

 しかし知事に賠償請求を誰が訴えるのだろうか。官房長官である菅さんか? それとも安倍首相か? いや稲田防衛大臣か。あるいは契約企業の親玉たちか。

 そもそも工事の強行でどれほどの損害を辺野古・大浦湾の自然に与えているのか。住民に与えているのか。沖縄の人々に与えているのか。この国は迷惑施設を沖縄に押し付け続けるのか。戦争を誘う基地を押し付けるのか、明白な説明も全くなされていない。余りにも一方的だ。艦砲の生き残りだよと嘆かわしめた沖縄戦。うちーなー口を話せば、沖縄の人々をスパイ扱いして殺害した皇軍兵士。こうした事実を逐一無視、否定してきた日本国。

 菅が翁長沖縄県知事に賠償請求を口にするのは、100年、1000年早いのだ。国という公共機関を私物化して、自分たちだけが儲かろうとするやり口。だから住民の自治権も基本的人権もないと切り捨てていけしゃーしゃーとしている。

 昨日瀬嵩のお山で会ったうるまから来たというおじぃは、心底怒っていた。こうした暴言に。そして「絶対に造らせない」と。

 もうこうなれば、沖縄には軍隊はいらないと言うしかない。殺戮と占領を目的とする軍隊(米軍はむろんのこと、自衛隊もそうなりつつある)一切合財お引取り願おう。安倍政権は、沖縄に抵抗する住民は、いないことにしたいのだろう。だとすれば、私たちはこうした国に対する抵抗を貫くしかない。先ずは翁長知事と共に頑張りぬこう。

 菅さんよ、もう一度聞きたいのだ。①辺野古・大浦湾に何を造るのか、きちんと知事に、住民に説明しましたか。②お手盛りの環境影響評価をかざして自然を壊しほうだい。ちっぽけな国のために地球の公共財を壊す愚。私的な利益だけを優先するのですか。③過去の戦争への責任をとらず、これからおこす戦争にも責任をとらないつもりですか。④総じて、沖縄の人々を愚弄し続けるつもりですか。

 私は、こうした連中を政権の座につけていることを恥ずかしく思います。こうした政治を変えられるのは私たち一人ひとりの努力しかありません。

 皆さん、諦めずにがんばりましょう。

 もしかしたら私たちこそが、この国の「公務員(菅さんを含む)の違法行為と賠償責任」を追求すべきかもしれませんね。

山城さん、稲葉さんへの第2回公判、検察の大失態

 17年3月27日、山城博治さん、稲葉博さんへの第2回公判。威力業務妨害罪の容疑で那覇地検が起訴したのだが、この日、なんと審議中断。検察が用意した証拠物である動画を誰が撮ったものだかが怪しくなったのだ。全く同じ画像(時間まで)が別の撮り手の名前であったり、別の動画を継ぎはぎしていたり。

 事件は16年1月なのだ。これを16年11月に警察が逮捕に及んだのであり、充分に計画的な逮捕であり起訴なのだ。それが裁判の基本の基である証拠物件の捏造を疑いうる遣り方に、呆れ返る。3月27日の裁判は中断し、実質審理ナシに。

 だいたい何故に威力業務妨害を構成するのかが怪しいからこそ証拠物件を徒にいじっている(検討・加工)うちに何が何だか分からなくなったのではないのか。お粗末に過ぎる。

 次回は4月17日だそうです。

昨日のこと、少々(17年3月29日)

 昨日はバテた。お陰でブログを書けずじまい。瀬嵩のお山に一日いました。作業現場はあちこちで、午前は沖合いで軍事演習をやっていた。炎天下、何しろ一日立ちっぱなし。座ると外が見えないし。お茶一本を持っていたので、助かった。

 昼前から目の前で作業が始まり、猛烈にストレスフル(詳細は別稿で)。唯一、ありがたかったのは、時々山に上がってくる皆さん。こちらは監視活動に忙しく、余りお話できませんでしたが。

 うるま市から一人で来られたおじい。猛烈に怒っていらした。菅官房長官の「もし撤回するならば、翁長知事個人を国賠訴訟にかけるぞ」との脅しに、日本はあの沖縄戦で何をしてきたと思っているのか、何の保障もしていない、自分の家も焼かれた、戦後も宮森小の墜落事故(59年6月30日)ばかりか、2年後には川崎小学校(現在はうるま市)にも落ちている。なのに、あの発言は何だと怒りが収まらない様子。私が叱られているようで、辛くなる。

 本当に私たち「日本人」は、こうした責任をこの国に対して追及できていない。そこに現在進行形の自然破壊と戦争を準備する基地建設。今は3月下旬。72年前の今頃、あの沖縄戦が始まったのだ。怒りは倍にも3倍にも膨れ上がる。

2017年3月28日 (火)

オスプレイ・グリーンベイ・ミナミコメツキガニ(17年3月27日)

2017年3月27日。晴れだが案外寒かった。

 ちょっと遅刻して、バスで辺野古に向かった。辺野古川沿いを歩いていると、低空をオスプレイ1機が豊原方面から。随分陸に近い。8時20分。

 8時23分テント着。今朝フェンスのバナーが盗られていたと。張りなおしだ。

 10時50分ごろ、米国海軍の揚陸艦であるグリーンベイが東側から接近中。最新鋭のステルス艦(レーダーの照射を避ける構造)なので、かなり異様な風体をしている。また手前に海兵隊のゴムボート3隻。

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辺野古の航路沖。11時3分。西へ。

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11時8分。子ども達が釣りしたり、おどけていたり。そのはるか後ろを通る。

来訪者あり。そこへいつものとおり、洋子さんが自家製の食器洗いを渡す。

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アクリルの束子。これがどれだけ効果があるか私には分からないが、辺野古でのお土産になっているばかりか、ひとこすりひとこすりするなかで、辺野古を想起するとすれば、なかなかのアイデアだ。

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河口の干潟に出た。ミナミコメツキガニがたくさん。11時31分。

グリーンベイはややターンしている。11時37分。

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11時48分。何だか小粒だ。色のバリエーションも豊富。これらはまだ子どもじゃないか。全長5ミリから10ミリ未満。なお、極少数ながら大きいものも見かけた。

グリーンベレイは西へ姿を消した。ホワイトビーチに向かっただろう。11時40分頃。

では松田浜へ。11時52分、Aさんから電話。宜野座村松田区の潟原(かたばる)に水陸両用車が多数いると。揚陸艦から降りてきたのか、これから乗るのか。

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浜にはブルドーザー。11時56分。

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11時59分。戻ってきたのか。その奥にボノムリシャールか。だいぶ沖合いだ。

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12時7分。護岸を先端部へ。途中から撮影。キャンプシュワブの浜に中に、水陸両用装甲車が3両いる。陸上を走っている。

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漁港の中を振り替える。12時13分。正面奥のテントがテント村。今日は大潮なので随分引いている。

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12時18分。オスプレイ2機が豊原から飛んできた。長島の先へ。

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やや沖の上空通過。12時18分。

テントに戻る。12時30分頃。

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どうも装甲車が揚陸艦の中に入っているようだ。13時24分。

8両+。余りにも遠くてよくわからない。

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13時46分再び近い。13時46分。

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漁港沖。14時38分。ヘリが6機甲板に。

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巡視船「くだか」移動。中城に向かうのか。15時48分。

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15時49分。交差する2隻。大きさの違いに注目。グリーンベイは約24000トン。「くだか」は約1000トン。

追記:来訪者への対応やこうした演習の動きを追っていると、海上行動のフォローができない。申し訳ない。一点だけ補足。海での作業はフロートを瀬嵩側に新たなものを設置した。海上行動は13時30分頃、風が強まり、中断を余儀なくされている。

2017年3月27日 (月)

「卒論書けました」「卒業しました」と笑顔がまぶしかった

 今日2017年3月27日は山城さん、稲葉さんの第2回公判が那覇地裁であり、機動隊もあちらでした。お陰で工事車輌も入らず、陸はのんびりでした(訂正-メインゲートから生コン車が5台入ったそうだ)。お陰で私は午前中は読書時間を確保。「ショパン」(崔善愛著)を読了。かのショパンはポーランド人なのだが、ロシアやプロイセン、オーストリアから侵略・占領されて、「国外」脱出せざるをえなくなる。そうした中で自らの民族性を取り戻すことを生涯の課題として音楽の中で貫いたという。著者が在日のチェ・ソンエさんであり、彼女の運命がダブって描かれている分、昔も今も、ヨーロッパも日本も基本的に変わっていないともいえる差別構造に、私は改めて課題の重さと、今日においてもこの問題を克服することの切実さを感じた。

 本題で報告することが幾つかあるのだが、其れを別稿にまわすと、ひとつ嬉しかった話。以前に私の話を聞いた元学生さんが卒論をお陰で書けて卒業できましたと。笑顔で挨拶してくれた。丁度他の団体が来ていたり、別の方々と話していたりで、きちっと聞けなかったのが心残りだが、まずは良かった。そして卒論を書き上げて、改めてきてくれたところに、おお、よかッたと思う。卒論が卒論だけで終わってしまっては、私としては悲しいからね。次のステップに向かう力をもてたならば、ベストである。

 こうみえても、私は案外他人に教えるのは好きです。若い頃は教員なんてと、思っていたのだが、その反動かな。

 そう、笑顔で彼女は、「ブログ見てます」とも言っていた。

ますます不安定な社会になるのだろうに(17年3月27日)

 今日の新聞を見ていくつか。来年度から国はハローワーク(職安)の専門相談員24名(沖縄)を(全国的にも)減らすと言う。失業率が下がっているからと国は言っているそうだ。しかし、職を求めている人の要望、切実さは全く減っていないようだ。不安定雇用が増えている現状の中で、単純に失業率だけを指標にするやりかたは、現実を見ていない。

 もっとも、こうした政策は今の政治にピタリなのだろう。経済的に生き辛いからこそ、「甘い水」へと誘い込む。自衛官(兵隊)募集だ。いくら近代的にみえる軍隊でも人が要る。泥水を呑む、血の混じった水を呑む、将来の軍隊への激流が透けて見えてくる。

 しかし現状でも専門相談員は非正規雇用だという。この一点にこの国の本質が露になっている。

 話は変わる。自民党沖縄県連は、いよいよ「辺野古容認」を明確にするようだ。「あらゆる選択肢を排除しない」と曖昧な表現で、辺野古推進を図ってきたものを、鮮明にするだけだ。態度を明らかにするということは、金で縛る、金で権力になびかせることであり、追従を求めることになる。そして鮮明にすれば、ますます利権が幅を利かすだろう。選挙となれば現金が露骨に飛ぶだろう。政治とは唯物(タダモノ)論なのだ。

 4月23日のうるま市長選から始まる選挙に対して、私達は一層の慎重さと大胆な取り組みが必要になるだろう。

 2015年8月のヘリの墜落事故の報告書の一部が明らかになった。ほぼ私の予想通りだった。これについては、後でまた書きたい。

 今日は山城さん、稲葉さんの裁判。私は別件があり参加できないが、傍聴可能な方はおでかけください。

フードを探しに散策した(17年3月26日)

2017年3月26日 曇 

 日曜日だが、今日はカヌー練習もないようだ。私は、全般的にノンビリ過ごした。しかし昨日失くしたレンズフードを探しにゲート前まで行ったみた。結果はなかった。がっかり。

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テントの裏側の道沿いの原っぱに咲く。何だろう。風に揺られて。

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辺野古の信号に出たら、新基地建設反対の横断幕が切られていた。これは地元の方が掲示している。

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刃物で切ったのだろう。

辺野古川を覘いてみた。タカブシギとバンがいた。

ここから坂を上がる。

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大木に掛かるモミジヒルガオを後ろ側から撮ってみた。つる性だが、なかなかの迫力。4m×5mぐらいある。

花は皆、表側にある。

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藪の下に咲いていた。

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赤い実とのコラボ。

ゲート前も静かだったので、昨日歩いたとおりに歩いたのだが、発見できなかった。

午後のテントには家族連れが来た。子供は即、海に入りたがる。水と砂にまみれて遊んでいた。シャワーあります。

巡視船「くだか」が今日も沖合いにいた。










2017年3月26日 (日)

17.3.25集会決議文(拡散歓迎)

  大会決議全文

  私たちオール沖縄会議は「オスプレイの配備撤回」「普天間基地閉鎖・撤去」「辺野古新基地建設断念」を求め日本政府に突きつけた2013年の『建白書』の精神を礎に「オール沖縄」としてこれまで翁長沖縄県知事を支え活動を展開してきた。

 こうしたなか、昨年4月、沖縄が本土に復帰後、もっとも残虐な事件が起こった。行方不明となっていたうるま市に住む女性が遺体で発見されたのだ。元海兵隊員で軍属の男が未来ある20歳の尊い命を奪った凶悪な事件は沖縄県民に耐えがたい恐怖と衝撃、深い悲しみを与えた。

 また、昨年12月には、米海兵隊普天間基地所属の垂直離発着輸送機MV22オスプレイが名護市安部集落の海岸に墜落大破する事故が発生した。その後も民間地上空での吊り下げ訓練が激化するなど、今や欠陥機のオスプレイ墜落の危険性は沖縄全域に広がっている。

 今年は復帰45年の節目の年である。沖縄県民はこれまで、幾度となく「基地があるが故の」事件や事故に抗議し、日米両政府や米軍に対して再発防止の徹底と綱紀粛正を強く求めてきたが、切なるその願いは未だ聞き入れられていない。強大な日米両政府の権力は復帰後も「司法・立法・行政」のすべてにおいて「三権一体」となり、沖縄県民へ牙を向け続けている。

 国が沖縄県を訴えた代執行訴訟をはじめとする前代未聞の法廷闘争に代表されるように、新基地建設の問題はこの国の民主主義、地方自治の根幹を揺るがした。法治国家でありながら、ありとあらゆる手法と手段で沖縄県民の民意を圧殺し続けているのが今の日本政府である。

 私たち沖縄県民は強く訴え続ける。世界一危険な普天間基地の危険性を放置し続け20年間以上固定化し続けている一番の当事者は日米両政府である。
 私たち沖縄県民は強く訴え続ける。国民の当然の権利である生存する権利を、自由及び幸福追求の権利を、そして法の下の平等を。

 現在も辺野古ゲート前では「各地域に結成された島ぐるみ会議」を中心に県内外から結集した個人や各種団体が「沖縄県民は決して屈しない」という非暴力・無抵抗の座り込みを中心に強い闘いが行なわれている。これは復帰後の最大級の県民運動である。

 「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」「今こそ立ち上がろう!」

 私たち『辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議』は、沖縄県民と全国の多くの仲間の創意として『違法な埋立工事の即時中止と辺野古新基地建設の断念』を強く日米両政府に求める。

 以上決議する。

宛先-内閣総理大臣、外務大臣、防衛大臣、沖縄担当大臣、米国大統領、駐日米国大使

  2017年3月25日

 違法な埋立工事の即時中止・辺野古新基地建設断念を求める県民集会

 「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」

4・1違法な埋め立て工事阻止するぞ!-全国各地でも共に

 既報の通り17年3月25日の辺野古キャンプ・シュワブ前での埋立阻止の集会は4000名余りの大結集で成功しました(集会途中での主催者発表は「3500名」ですが、その後も多数の方が参加しました)。

 そして来る4月1日、安倍政権は岩礁破砕許可を再申請せずに工事を続行する気でいます。彼らが言う「法治国家」とは、法手続きを無視した、行政権優越の(法を)放置国家というしかない代物です。

 この17年4月1日は、同時にゲート前での座り込み(14年7月7日)から1000日を迎えます。そこで基地の県内移設に反対する県民会議主催で以下の取り組みが行われます。

日時:17年4月1日(土)

    7時からキャンプシュワブ工事用ゲート前での座り込み行動

   10時~11時 1000日アピール行動

   午後 海上抗議パレード

       大浦湾瀬嵩の浜で陸上から支援行動

主催:基地の県内移設に反対する県民会議

○チラシは以下

「0326.pdf」をダウンロード

お願い:全国各地でも共に可能な連帯行動を。街頭スタンディングなど。

○メッセージボードサンプル(ご自由にお使いください)

「henoko1000.bodo.pdf」をダウンロード

○上記の案内の拡散をお願いします。

3月25集会とその周辺(17年3月25日)

2017年3月25日曇時々雨。

今日は3月25日の県民集会。大勢が来てくださればいいのだが、雨模様。

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辺野古川河口にコサギが3羽。9時46分。辺野古にコサギがいるのは冬季限定というよりも渡りの季節に立ち寄っているだけではないか。

10時頃からゲート前に上がる人が出てくる。

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ゲート前。刺繍のバナー。

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次々と集まっている。10時30分。

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崖の草地に咲くスミレの仲間。

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こんなです。10時45分。山城博治さんの挨拶がと。録音だろうと思ったら、どうもきている!慌てて道に下りた。

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シュワブのゲート。なにやら笑っている。10時47分。

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あやっー!ヒロジだ。10時48分。不屈に闘おうとアジるヒロジ。弁護士同道できたらしい。

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オール沖縄会議の共同代表の玉城愛さんが開会挨拶。11時1分。

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琉球新報が速報(号外)を配布。素早い。11時11分。

発言は主催者のお二人、国会議員6名。各会派から。島ぐるみ会議はやんばると中部から。

皆さん。気合が入っている。諦めずに闘おうと。

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そして登壇した翁長知事。用意した原稿があったが、皆さんが既に言及した。だからいましゃべっているのは、別の話。国の攻撃に怯まない。一部の誹謗するような言説もあるが、事実無根。娘たちは旅行で中国に行ったことすらないと。

 国は岩礁破砕許可の再申請をしないと言っており、そうした事実のひとつひとつを積み上げて、公有水面埋立て法に基づく承認の撤回をやると明言。シュタイヒャー!

 私も予想していなかったことなので、目がウルウル。知事は皆さんと頑張ると。今日の集会の意義が俄然アップしたのだった。

○集会決議文

「170325ketugibun.odt」をダウンロード

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稲嶺進市長がまだしゃべっていない。閉めの言葉とガンバロウ三唱だった。進さんの声も元気を増していた。

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県議団もがんばろう。因みに赤の真ん中が山内スエ子さん。4月23日の投票日を控えるうるま市長選候補。

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歩道にぎっしり。4000名を超えただろう。12時16分。

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街宣車が3台来ていたが、今日はこちらが圧倒。12時28分。

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テントに戻ったらシラサギ群団12羽。コサギ11、チュウサギ1.

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コサギ。後方の1は違うかも。12時50分。

Sさんがきて、昨日の海の作業は酷かった、従来の工法と全く違う遣り方をしていると。お山に見に行こうと。私はこの光じゃろくに撮れないからとお断りしたのだが、若し何かあっても知らないぞとの強い誘いで、行くことに。

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しかしやっぱりこんなだ。雨も降ってきた。13時28分。

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スパッド台船も立てられた。後方は平島。動きはなしのようだ。帰る。

途中で弾薬庫前から覘く。

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こちらにもスパッド台船。

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ポセイドン。

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汚濁防止幕が積まれている。

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何か出てきた。13時41分。多分、スパッド台船を守る柵ではないか。

テントに戻る。

午前中に巡視船「もとぶ」が去った。東から新たな巡視船がきていた。

やっと、03 「くだか」だと読めた。

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ウエストパックエクスプレスだ。海兵隊の高速輸送艦。

○http://www.rimpeace.or.jp/jrp/umi/northd/170322wpexpress.html

22日横浜を発ち、23日韓国、25日沖縄に帰還だ。高速輸送艦だわ。








2017年3月25日 (土)

携帯を水没させたって、どこでよ?

 世間をお騒がせしているご夫婦がおります。入魂の仲だったはずが、いつのまにか「しつこい」と言い出す夫。これは夫婦関係ではなく、別のなんとかいう関係のk氏に対して。そして妻は、100万円受け取ったらしいのだが、夫は強く否定。妻は携帯を水没させたから記録がなくなったと。証拠隠滅策に出た。

 ところで水没ってどこでやったの?トイレの中、それともシャワー、あるいは辺野古・大浦湾にでも出没したのかな?都会生活で携帯を水没ってそうあるもんじゃない。

 よっぽど動揺していて、やらかしたのか、昨年高江に出没したように、今度は夫の指示がどこまで進んでいるのか見に来たのか。

 携帯の記録装置って、復活できるらしいよ。お騒がせ夫婦の行方をもうすこし私達は注視しなければならないのか。

 そうだったな。72年前の首脳陣も多くの幹部は自決しなかったな。言うことと、やることがばらばら。俺は「自決しろ」なんていわないが、辞職ぐらいしないと収まらないのじゃないの。でも彼は、72年前の日本に戻したいようだけれど。そうかそれは不都合な真実を隠した上でか。

 なるほど、『美しい日本』って、不都合な真実を隠した上でのことなのだな。

山城さんらの第2回公判(17年3月27日)

 山城博治さん、稲葉博さんの第2回公判等は下記の通り。

17年3月27日(月)

○傍聴券配布 11時~11時30分

中央公園(地裁の右奥)で整理券を配布するので其れを受けてからの抽選になります。

○事前集会 12時~13時 城岳公園(地裁前)

○公判 13時30分~ 那覇地裁

多くの方の御参加を、傍聴して、私たちの視点からこの国を裁いていこう。そのぐらいの気概を持って闘おう。

シュワブ前に4000名余り、自分はレンズフードをまた落とし

 2017年3月25日のキャンプシュワブ前での県民集会に4000名を超える人々が集まりました。ひとまず、良かった。

 そして、この場に集会が始まる前でしたが、3月18日に保釈されたばかりの山城博治さんが登場。私はてっきり録音かと思っていたら、地声でした。まだ山城節はありませんでしたが、お元気。これからも頑張ると。よかった!

 そして登壇した翁長雄志知事は、遂に公有水面埋法の承認を撤回することに言及しました。まだまだ紆余曲折が予想されますが、新たな道筋が見えてくるでしょう。

 ただし、どうしても裁判という場は、3権分立を放棄している現在信用なりません。多面的な取り組みが不可欠です。

 ここまでは良かった。またもやもう一本のレンズフードを落としたらしく、ない。うーむ。

昨日は無事に宿題を完了(17年3月24日)

 昨日は無事に宿題を完了。予定の「お昼頃まで」を過ぎてしまいましたが、14時頃に。A4 1.5枚分なので短いところに、与那国島、宮古島の話と辺野古・大浦湾の問題の絡み合い方、そして日本という国の近未来と人類の行方を短文に収めました。月末には発送するといっていましたので、当ブログには4月1日に公開したいと思います。

午後は図書館で借りてきた小説でも読もうかと思いましたが、読書モードにならず、別のことを。夜はいーなぐ会(稲嶺市政を支える女性の会)主催の連続学習会へ。講師は大城渡さん。名桜大の憲法学の先生です。「地方自治から考える辺野古新基地建設」です。なかなかすっきりとした考えで、行ったかいがありました。ただ憲法学がご専門なので、いささか静態的な感を否めず、もっと動態的な、分野で言えば歴史学、政治学からの切込みがあるといいと思いました。

 しかし地元の大学の教員が、誠実にこの私たちの問題に取り組んでおられるのは、心強かったです。こうした連携、協働がもっと組織的にできればいいのですが。全国的に見れば、沖縄は素晴らしい水準にありますが。まだまだ。

 三上智恵さんの「標的の島ー風かたか」を早く見に行きたいのですが、なかなか那覇までいけない。映評が出回ってきています。

2017年3月24日 (金)

今日は現場を離れて、原稿書きにまい進予定

 もう3月下旬ですね。今日は現場を離れて原稿を書きます。

 昨日調べていたら、マガジン9条の案内に3月25日の集会の予告が私のブログをリンクして載っていたので、驚かされました。

 そうなるのであれば、こちらから情報提供すればいいのですよね。トラックバックと言う方法も含めて、全国同時行動をもっともっと広げたいので、私も積極的にこうした努力を重ねたいと考えます。

 来年1月の名護市長選、来年11月の沖縄県知事選、そうそう来る4月23日のうるま市長選のことも視野に入れながら書きたいと思います。

 

お気に入りのコーヒーカップが破損-観光は平和でなければ

 一昨日のことだ。2001年11月に唐津で買ったコーヒーカップがどうも水漏れしている。拭いても拭いても水が出た。あぁ。ダメだ。何回か落としたので、皹が入りダメになったのだろう。残念至極だ。

 この一点は、2001年11月のイチョウの黄葉が美しい季節の旅先で買い求めたものだ。2001年と言えば、9月11日の米国でのテロ事件の衝撃がまだ覚めやらぬ頃だ。当事の沖縄はまさしく厳戒態勢が敷かれていた。お客さんはガラガラ。観光業者にとって、唯一の救い(?)は基地防衛に赴任した大勢の警察官が全国動員されただけ。修学旅行は多くの予定がキャンセルされた。観光客は軍都から逃げ出し、過剰警備もあってがらがら。飛行機も空席だらけだった。これは後できいた話だが、当事のバスガイドさんは沖縄で仕事がなく、九州まで出稼ぎに行ったと。

 唐津も伊万里も観光客は少なかったが、基地のないこちらは静かな旅行ができた。寂しいというか、寒々しい感じもしたが、武力で守られていない分、安心感を感じたものだ。そのとき買った、コーヒーカップだったのだ。

 私が観光は平和でなければ成り立たないと実感したのはこの時だった。それから沖縄では2014年の県知事選のときに翁長候補がこう主張したのだ。正に図星。同感だった。

 其れから時が経ち、ますます軍事化の流れが強まる中で、観光・平和産業と軍事化はどうなっていくのだろう。一方でクルーズ船の拡大がめざされながら、島々に基地建設が進んでいるのだ。これを矛盾していないと誰が言えるのだろうか。このことに気づかないふりをしているのだろう。

 文字通り、観光の基礎は人と人の繋がりだ。コーヒーを飲みながらお茶を飲みながら、話が弾む。商売も弾む。もっと国籍を超えて民族を超えた交流ができれば、これほどの平和産業はないのだが。

 

2017年3月23日 (木)

これはもしかしたらオスプレイの飛行経路か?(17年3月23日)

2017年3月23日曇時々雨。荒れ模様に付き海上行動中止。

私はやや遅れ8時15分に辺野古テントに到着。シュワブの浜では水陸両用装甲車が今日も出ている。

早速撮影に浜に出て行く。

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8時37分。驀進中。

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砂塵を巻き上げながら猛驀! 8時37分。

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8時40分。驀進、驀進。海に既に2,3両出た。陸は4両。

8時50分新たに1台出てきた。3台が中に戻っていった。

9時雨が降ってきた。

沖の巡視船1隻。PL13 もとぶ。地元の第11管区。

12時22分、オスプレイ1機、豊原から沖へ出て行った。

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12時24分、沖の上を飛ぶオスプレイ。西へ。

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12時24分 2機編隊。護岸の上から撮影。

護岸の上で私は急な方向転換は難しい。落ちそう。

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12時24分。2機編隊。

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テント前のハマウド。複散系花序の花びらが開いている。よーく見るとなかなか美しい。13時24分

昼前後来訪者多し。対応に追われた。

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ハマウドがバックの海に似合う。もう少し明るくなってくれるといいのだが。13時24分。

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14時30分。3機編隊。またほぼ同じ位置を飛ぶ。

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兵舎新築工事用の作業の車輌が今日も順番待ち。15時。

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辺野古崎側の作業ヤードを見たら、砕石がドキャンとおかれている。15時。

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テント裏のアカバナー。あたかも土壌から咲いているようだが、違う。15時19分。

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15時20分。ナンゴクネジバナ。テントの脇。

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15時44分。3機編隊。

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3機。豊原方面へ。15時44分。どうもここに滑走路ができたとしたら、この空路を飛ぶのかな。かなり近いぞ。嫌な予感。






声明(17年3月13日)

   声明(公有水面埋立承認処分に対する取り消し訴訟等の取り下げに関する声明)

                                          2017年3月13日                                                   

 安次富浩外686名で提起した、前沖縄県知事仲井眞弘多が県民意思に反して、辞任直前に駆け込み的に行なった辺野古新基地建設を目的とする公有水面埋立承認処分に対する取り消し訴訟及び、安次富浩外84名で提起した、公有水面承認処分執行停止申し立て事件を本日取り下げました。

 すでに、沖縄県を直接の当事者として争われた公有水面埋立承認処分取り消しの効力については、国政に迎合して、拙速で偏頗な訴訟指揮により、県民の民意を押しつぶし、憲法上の制度である地方自治権を否定した福岡高等裁判所の判断と、自ら憲法擁護の砦としての権能を放棄し、行政の擁護者としての立場を選択した最高裁判決によって、不当な判断が確定しています。

 弁護団及び原告団は、本件訴訟の継続に関して検討を重ねてきましたが、同一処分の効力に関して最高裁判決が確定している状況で本件訴訟を維持しても、判断の変更を求めることは困難であるとの判断に到りました。

 司法の独立を放棄した裁判所に対して、強い憤りを覚えるものですが、本件各訴えは、取り下げざるを得ないとの判断に到ったものです。

 本件訴訟を取り下げることにより、法律上の闘いが終わるものではなく、国によるさらなる違法工事が継続されている今こそ、新たな闘いが不可欠です。

 弁護団、原告団は、国による違法状態を踏まえ、現場で闘い続ける市民と連帯して、県民の英知を結集をした新たな闘いを、早急に構築すべきであると考えます。

 

                                      弁護団長 池宮城紀夫

                                      原告団長 安次富  浩

 

◎ヤマヒデの私的補足-ウソのような取り下げ決定。私も686名の一人であり、ほぼ現場におりますから、これを知って、痛苦なる思いでおります。仲井眞前知事の裏切り・豹変が最高裁判決によって、支持されてしまい、そもそもの翁長知事の取り消し行政処分を無視するという裏技による決定に怒りを禁じえません。

 だからこそ私たちは、一切めげることなく、徹底的に応じられないと日米政府に対して突きつけていく以外に私たちが生きる道はありません。

 私たちは、「沖縄差別を許さず、平和的生存権と自己決定権を主柱に不屈の精神で闘っていきましょう」(原告団長 安次富浩)を真摯に、一致団結し、協働して取り組んでいきましょう。

                                 (ヤマヒデ 17年3月23日記す)

 

 

当ブログのトラックバックについて(17年3月23日)

 先日、トラックバックなるものが付きました。これまで殆どついたことがなかったこともあり、私自身は無関心でした。しかしよくみてみれば、全国各地の「3月25日の行動」につなげることができるようです。これは良かったと思っています。

 是非皆様も、積極的にトラックバックを活用して、お互いをつなげていく努力をやっていきましょう。

 ただし、トラックバックをつけていただいたブログを拝見して、信用できるか否かの吟味はさせていただきます。無論、これはお互い様ですが。ご了承ください。

再会と出会いに感謝の一日(17年3月22日)

 作日は、ぐったり。帰宅してそのまま寝てしまいました。折角体調が回復してきたのに、痛みが腕から頸に。

 ただ昨日朝、一昨日のことを3本に分けて書き、アップしました。是非読んでください。お陰で辺野古に行ったのは、11時前。昼前に東京時代のIさんがひとりでやってきました。「ヤマモト君だろ」と言われても、初め誰だか分からなくて。あ、あー!の再開。約20年ぶりのことでした。彼のことは時々、どうしているんだろうと思ってきたお一人でしたから、お元気でなおかつ活動も再開していると知って、ほっとしました。

 無論私が沖縄のこと、辺野古のことをお話しました。帰ったら、みんなに伝えるからと、元気を得たようでした。また私を東京に呼べるように努力してみるとのことでした。

 また、茨城から見えた皆さんは、こちらのTさんのお仲間。ゲート前が制作した写真展をやり、私も付けてやれたらいいねになりました。呼んでいただけたら、本当に感謝です。こうして元気を分け合える私達は、幸せ者です。

 今日の日の再会と出会いに、感謝です。

 海上で頑張るカヌーチームは、何度も何度も海保に拘束され、大変だったようです。私は全くフォローできておらず、申し訳ありません。

2017年3月22日 (水)

県警の暴力の本性を暴くために(17年3月21日-③)

 2017年3月21日-③ 瀬嵩のお山から辺野古に戻ってきた。ゲート前を通過しようと思ったら機動隊が出てきた。あれれ。

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ゲート前で座り込む人たちを包囲する機動隊。12時14分。

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両腕をねじり挙げて排除が始まる。12時14分。

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指揮官の指示の下、一斉に。12時14分。

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女性に対しても両腕を抱きこんでいる。12時15分。

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あくまでも強引だ。こうなった場合、彼のように両腕を組んで脇を固めるのが安全だ。12時15分。

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ゲートの端に押し込められる。12時16分。

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周囲を取り囲み、ゲートをあけているのだろう。12時17分。

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女性を3人がかりで排除する。12時17分。

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こっちも3人がかりだ。12時17分。

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12時17分。女性を引きずっている。3人がかり。

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男性を4人がかり。

足を上げ、頭を下には、とても危険な方法だ。12時17分。

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全員を排除し車輌が出てきた。この左の男は県警本部警務部広報室と名乗ったが、広報とは思えない傲慢な男だった。機動隊員の取材妨害を援護した。私に対して、どこの記者だと喚きながら、取材をじゃました。このとき私は機動隊員数名に押さえ込まれ、右腕と人差し指をねじられた。陰湿な暴力を受けた。

 ちょっと反論しておくが、この場面は車列がでてきているのだ。つまり両側で警察が一般車輌を規制しているのだから私が多少車道に出ようが、事故の危険はありえない。また、トラックに近づけさせないのであれば、正面から規制すればいいだけだ。ここでの暴力は、過剰警備そのものだ。

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機動隊が出入り口の周囲を取り囲む。12時18分。

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㈱進建のミキサー車。数台出た。12時18分。

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12時19分。

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12時20分。次々とててきた。

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トレーラーも数台出た。12時20分。

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こちらは小禄運輸。計20台。朝26台入ったのであり、まだ数台出ていない。このあと4台が入ったようだ。

沖縄県警も暴力を強めている、ただし目に見えないよう留意して。其れを可視化する私たちの努力が重要だ。またこの際、隊員の動きと指揮官の動きを同時にキャッチする必要性がある。どうも、現場で逐一指示しないですむように、事前に綿密に打ち合わせて、やっているようだ。彼らの本性を凝視したい。

 沖縄県警のホームページに「祖国復帰以来」云々とありましたが、皆さんの「尽力」が如何なる沖縄をつくってきたのか、考えたほうがいいと私は思います。

























大浦湾で新たな動き(17年3月21日-②)

ある晴れた日に。10時20分。瀬嵩のお山に。

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19日に入った貨物船から積荷台船に移し変え。10時20分。

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これが汚濁防止幕。これを落とすのだが、7mしかない。水深30m余りのところで7m。字足らず。汚濁は防げない。10時21分。

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ポセイドン1号と赤のクレーン台船。手前のオレンジが汚濁防止幕。こんなに落とされている。10時22分。

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積荷台船。まだコンクリートブロックがあり、大きなブイと思しき物が載っている。10時22分。

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積み替え作業が続いている。10時26分。

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これも汚濁防止幕。大浦湾中心部。10時29分。

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辺野古崎側の2台のスパッド台船。左のクレーンが茶色のブロックを吊り上げている。これは何か。幾つか落としたようだが、反対側でここからは確認できなかった。何をしているのか。10時29分。マスコミが問い合わせたが、防衛局は答えていない。

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積み替え中。10時31分。

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こちらに移動した赤の台船。10時58分。汚濁防止幕をつないでいく。

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アオサギ8羽が舞っている。渡りの季節なのだ。11時5分。

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11時42分。

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大浦湾。あちこちに台船があり、今日は3箇所で作業をやっていた。許しがたい構図だ。


11時55分山を降りる。







いかにも沖縄だからの一日(17年3月21日-①)

2017年3月21日。予想外の展開になったので、21日分を3回に分けて記す。

天気 晴れ。

8時ごろ、カヌーチーム14艇出発。船団4隻。

昨夕の私の予想は見事にはずれ。水陸両用装甲車がシュワブの浜にいる。出なかったようだ。

射撃演習が8時30分頃から始まる。

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テントの中では掲示物の張替えが。8時45分。

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いるじゃないか?どういうことだ。8時50分。

豊原方面からオスプレイの音が聞こえてきた。8時51分。

ほぼ同時に装甲車が浜から海に出始めた。

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ご覧の通り。8時59分。計8両。

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この2両は牽引の練習。9時18分。この後、ロープが切れたとの報告有。

9時20分オスプレイ2機、豊原~沖合いへ。

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戻ってきた。奥は巡視船と監視船。9時51分。いかにも今の沖縄の構図。

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上がってきた。9時51分。

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なにやら談笑。9時55分。

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奥では作業が始まっている。何をやっているのか、要確認。9時55分。

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作業の隣で戦闘訓練。銃をもち陣形を組みながら。9時55分。

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装甲車の奥の作業現場。

そこに連絡が入り急遽、私はお山に。このとき、レンズフードを落としたようだ。

12時30分頃テントに戻る。来訪者への対応など重なり、忙しかった。

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辺野古川河口で潜水調査。マンタ。潜水士が海面すれすれを潜り、海底の目視調査。15時25分。ジュゴンはいませんでした。食み跡もありませんでしたなのか。皆さんのお仕事は海ヲ壊すことを正当化する仕事だよ。

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彼女たちは底生動物の調査か。辺野古川河口。以下同文。15時26分。

空を見上げればこれだ。

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米軍のE-8偵察機(ご指摘をうけました。このとおり訂正します) 。15時31分。西へ。

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沖合い上空からオスプレイが転換モードで入って来た。近くのヘリパッドに降りるのか。












翁長沖縄県知事、3月25日の集会に出席の方針(17年3月21日)

 翁長雄志知事は、来る3月25日に開かれるオール沖縄会議主催の埋立て強行に反対する集会に参加すると明らかにしました。また、この参加は政治家としてではなく、知事としての参加をしたいとのことであり、「公務」としての参加だそうです。

 いよいよ沖縄県民と行政の一体の形での基地建設を止める行動が求められています。国の横暴は止りません。岩礁破砕許可も必要ないと勝手な解釈を押し通すつもりです。これに立ち向かうためには、行政の判断が不可欠です。4月以降国が工事を強行すれば、工事差し止めの裁判を提訴することになるでしょう。また、私たちもこの海を守るためには、これまで以上の関与が問われています。『命どぅ宝』、「勝つ方法は諦めない」の思いを新たにして頑張り抜きましょう。

2017年3月21日 (火)

今日はさんざんでした(17年3月21日)

 今日はさんざんな目にあいました。ようやく体調が回復に向かっており、午前中、大浦湾瀬嵩のお山からの呼び出しにさっと応じて行けたのです。この過程で望遠レンズのフードを落としたらしい。たかがこんなものでも、5000円余りするものなので、大打撃。テントに戻ってから探しに行きましたが見当たらず。5000円がふいか。

 お山からの帰りにゲート前を通過しようとしたら、丁度機動隊が出てきた。これを撮らぬ手はないと思い撮影しましたが、機動隊からはなはだしい撮影妨害を受けました。座り込む人々が機動隊に排除される過程とトラックの車列が出てくるところを撮りましたが、出てくるシーンの撮影を思いっきり妨害してきました。若い機動隊員は力だけはあり、私の右腕や指を逆関節技をかけてきました。こちらも手なれてますから、かわしましたが、まだ痛いです。

 座り込む皆さんも、本当に気をつけて、無理しないようにやってください。

 そんなこんなでしたが、一緒にレンズフードを探しに行ってくださった方、夕方、どら焼きを確保してくださっていた方がいたり、もう、感謝、感謝。ありがとうございます。

ボノムリシャールの動きをリムピースが載せてくださいました

 米軍の動向を教えていただける貴重な情報源であるリムピースが先日(17年3月18日14時53分頃)強襲揚陸艦ボノムリシャールが辺野古沖合いを通過した際の私の写真を転載してくださいました(私はこの転載を許諾しています)。ありがとうございます。

http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/170318lhd6.html

 3月18日の私のブログにあげたものであり、正に偶然撮れたものです。上のヘリを撮ったら、下に写っていたというお粗末ぶりでした。ラッキーというか。このためボノムへのピントは甘く、お恥ずかしいものです。あのとき、低空を飛んでいるヘリの姿を目にしたので、海とダブルで撮ろうと思って、ややレンズを下に向けたからボノムが入っていたと言う偶然の産物。

 しかし定点観測点(ホーム)を持っている強み故のものです。

2017年3月20日 (月)

沖縄防局が大浦湾出入り口の航路標識を撤去した根拠は何か?

 今日の沖縄タイムスに寄れば、沖縄防衛局が大浦湾で入り口に設置されていた1対の航路標識を17年3月19日、撤去したと言う。第11管区海上保安本部は「灯浮票がある場所は臨時制限区域になり、一般の船が立ち入れなくなったので、撤去した。区域が解除されたら防衛局が再び設置する」と。

 しかしどう考えてもおかしい。灯浮票は航路標識法に定められている航路標識のひとつだ。同法第1条に「(前略)船舶交通の安全を確保し、あわせて船舶の運行能率の増進を図ることを目的としている」とある。これは海上保安庁が管理するが、第3者が管理することもでき、海上保安庁長官の許可を受けて行うことになっている(第2条)。

 つまり防衛局が判断して、海保の許可を得てやったのだろうが、私は以下の疑問をなげかけたい。

①この標識のある場所は明らかに臨時制限区域の外だ。中ではない。ここから出入りするのは、従来も大浦湾内(汀間港)や辺野古側に出入りする船がいたし、これからもいるだろう(仮に制限区域の外側を航行するとしても)。特にこの大浦湾の出入り口は瀬と並行しており、油断すると浅瀬に座礁する可能性も高い場所だ。明らかに船舶交通の安全を妨げかねない。

②この海域を防衛局が従前以上に私物化して、独占的な使用を狙っているのだろう。何故この時機なのかを考えれば、彼らの狙いが見えてくる。埋め立て作業の船舶が多数入ってくる時機を迎え、第三者の船舶等をこの周辺から排除したいのだろう。特に抗議船等をより外側に押し出したい。

 海保はもしも海難事故等が起きたとき、どう責任を取るのだろうか。作業船や警戒船の安全も少しは考えたらどうなのか。まして、今でもこの周辺海域で漁業を行っている海人はいるのだ。

 防衛局は、安全にやれると思っているのだろうが、もしも事故が起きたときはその責任を取るしかないはずだ。

 沖縄防衛局は標識を速やかに再設置すべきだ。

偶然の発見(17年3月20日)

2017年3月20日 曇時々雨、のち、晴れ。

昨朝、またまた作業台船等が大浦湾に入ったと報告を受ける。大型の船は計7隻。

テントから漁港をみていたら、ミサゴが低空から海ヲさらった。静かに魚をゲット。魚はよほど海面すれすれにいたのだろう。8時20分。

8時30分~40分、潜水調査船が1隻、豊原方面に抜けて行った。何をしているのだろうか。

シュワブから水陸両用装甲車が3台海に出た。9時40分。

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護岸から撮影。9時49分。

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9時56分。昨日、一部をまたはがされたとのことで、新たに張り出したもの。

そうだ。ジュゴンといえば、今日の報道でジュゴンの子どもの遊泳が最近観察されていると。沖縄島北部で。

装甲車は一度戻ったかと思えば、また出て行き、そして戻った。10両が全部戻った。再度私も撮影に向かう。

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10両。今日は普段配置されている救急車を置いていない。また、浜に出てきた全部が出た。

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そしたらミキサー車5台が見えた。待機中のようだ。偶然の発見。

ゲート前に行った人にきいたら、今日は2度入られた。9時と11時過ぎ。ミキサー車も入ったようだ。

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15年10月頃から工事が止っていた兵舎の工事。これに生コンを注入するのだろう。

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海上行動はお昼頃中止。風が強いし工事は殆どない。一部のカヌーメンバーが午後から練習。一時装甲車に行くえを阻まれたが、無事にやった。13時44分。

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こんなだ。

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上も下もやな感じ。

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練習も終わり。13時45分。

あの花は?トベラだよ。

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雨上がりできれいだ。

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15時21分。花は最初は白で、円熟すると黄色に変わる。

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ナンゴクネジレバナ。青はルリハコベ。テントの後方。

15時過ぎから晴れてきた。

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テント前の海も辺野古ブルーになってきた。

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15時53分。まだ10両が出ている。多分夕方揚陸艦がきて乗せるのではないか。行き先は東シナ海ではないか。





日帰りで宮古島に行ってきた(17年3月19日)

 昨日は日帰りで宮古島。疲れたが、行って良かった。集会参加は約400名。地元のオヤジたちが多く集まり、若者、親子連れも。いいかんじだった。集会の内容は別途するが、問われるのは、運動の方向性。

 ただ私は宮古島はまだまだ可能性があると思っている。この国の真の狙いを曝露する大きな山がこの島に隠されているからだ。これをどれだけ広げられるかだ。秘密裏に進める国の本性を見抜く力が試されている。また私たちが共に闘えるのか否かが問われている。琉球諸島を戦場にしてはならないのだ。

 今日は地下鉄サリン事件から22年。95年3月20日。忘れもしない。当日朝、新宿駅で霞ヶ関に向かおうとしていたら、あたりがへんだった。うろうろしている公安刑事に聞いたら、爆発事件を示唆。?だった。これはと思い、行く予定を取りやめた。行かなくて良かった。また友人が近くで働いていたが、無事だった。犯行に及んだ彼らが描く「終末戦争」から22年経った。あぁ。

西之表市市長選反対派が且つ(17年3月19日)

 鹿児島県西之表市は種子島内の北側に位置している。この西側12キロにある馬毛島が米軍の空母の離発着訓練と自衛隊の離島奪還作戦等の演習場として防衛省が仕切る動きが活発化していた。同市政はこれまで反対派が占めていたが今回の市長選は、1月の選挙で最低投票率に達せず、再選挙になっていた。 

 今回は反対派3名、賛成派1名で争われたが、反対派の八坂俊輔さん2951票(当選)、浜上幸十さん2684票(賛成)、小倉伸一さん1924票(反対)、榎元一己さん1899票(反対)だった。反対派は計6774票であり、圧倒的多数を占めた。

 空母艦載機は年内に岩国に移駐してくるといわれており、この市長選が注目されていた。馬毛島は無人島で東京の不動産屋が所有していた。これを国が買い上げ、用地取得に向けた手続きが始まっているが、同島の港は市の管理下にあり、自衛隊の宿舎等も同市内に建設予定だ。

 私もこの問題が発覚して以来関心をもち、種子島にも行っており、反対の声が貫かれることを期待している。奄美諸島・琉球諸島を基地の島にしてはならない。沖縄も連携した闘いを志すべきだろう。

2017年3月19日 (日)

お帰りなさい!-ヒロジさんの保釈を喜びたい

 「山城議長保釈-高裁那覇 抗告を棄却」と沖縄タイムスの1面に踊る。ヒロジの写真がでている。本当に帰ってきたのだ。良かった。昨夜はご家族を含めて150名余りが迎えたようだ。みんな、涙にくれただろう。

 保釈保証金700万円だし、「事件関係者」との接触も禁じられている。なによりも裁判が始まったばかりだ。

 いずれにしても、この弾圧はこの国の政治意思。戦争の道に引きずりこむ大きな流れの中にある。私達は決して負けられない。

 私はこれから宮古島に日帰りで行ってくる。既報の通り「3・19集会」があるからだ。宮古島、石垣島、与那国島が真っ先に戦場に想定されているからだ。

 72年前の戦争で、沖縄を最後の激戦地にしたのは誰だ?!皇国の生き残りのために。其れを許したのは誰だ。大日本帝国臣民であろう。私達はそこからどれだけ自立してきたのか?!いま正にここが問われているのだ。

 私たちに、喜んでいる暇は与えられていない。共にがんばろう!

 そうはいっても正直ほっとした。お連れ合い、お兄さん、ほんとうに、ほんとうに、ご苦労様。これからもヒロジさんを支えてください。私たちも頑張ります。

 

偶然ボノムリシャールが(17年03月18日)

2017年3月18日。曇。

静かな土曜日? カヌーチームは8時頃出た。ゲート前は約100名。

私はまだ体ならし。

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カヌーチームが出た。長島の陰に巡視船。

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テント前のハマウドにはテントウムシ。ハート6個。

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モンパノキにクモ。御食事中。

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テント脇のコメツブウマゴヤシ。

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テント前。ヤドカリの群れ。みんな生きています。

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北部訓練場方面から2機が飛んできた。偶然ボノムリシャールが写っていた。ボノムは3月4日にホワイトビーチにきたのだが、いま(3月18日14時53分撮影)出港? まさかね。1度出て、また行くのかな。オスプレイ等載っています。

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ヤドカリも強襲作戦か?まさかね。テント前。

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しかし貝泥棒か?否、押し込み強盗。

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15時過ぎからヘリの訓練が始まった。2機。久志岳方面。シュワブの演習場の内外。

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見難いが、超低空。ホバリングじゃない。

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H-60系だ。こちらはテント2前の道から。16時頃。

帰りの車窓からも二見付近で集落の上や国道329の上をまたいで飛んで居るのを見た。

今日の海上は天気が悪く、風・波が強く難儀したようだ。皆さん、ご用心。ヘルプを求めるときは、できる限り電話で状況を明確に。












2017年3月18日 (土)

沖縄の反基地運動への弾圧-第1回公判(17年3月17日)

 山城博治平和運動センター議長が、今夕(17年3月18日)、ようやく保釈された。実に5ヶ月余りの長期勾留に耐え、跳ね返したのだ。この報に接したとき、私は思わず、やったー!と叫んでいた。この闘いはいまや、沖縄の闘いから、全国、さらに国際的に広がっている。

 昨日那覇地裁で第1回目の公判が開かれた。10時から12時25分まで行われたそうだ。事案は3件。被告も3名。①16年10月17日の北部訓練場の有刺鉄線を切ったとされる器物損壊罪(被告-山城博治)、②16年8月25日の北部訓練場内の工事用道路で、防衛局職員に対する公務執行妨害、傷害罪(被告-山城と添田充啓)、③16年1月28日~30日のキャンプ・シュワブ前での威力業務妨害罪だ(山城と稲葉博)。逮捕されたのは、この①~③の順だが、事件が起きたとされる時間は全く逆な時間の流れだ。また①と②は「共謀して」なるフレーズが味噌なのだ。

 昨日の裁判は、冒頭に検事側から起訴事実が述べられたが、③を除き被告側は全面的に争う態度を貫いた。山城さんは、やせたものの元気だったと報じられており、本人自ら、不屈に闘うとの宣言もあったようだ。

 検察側は証拠開示を行い、書面のみならず、多くのビデオ画像を出してきた。証拠としての整理が不十分であり、その整理に時間がかかったようだ。今後は③を先行した訴訟指揮となり、添田さんは、次回以降分離公判になる。

 裁判の論点整理は次回以降だろうが、検察側の策略に対して、真正面から不当弾圧だとして問い直すことになる。

 昨夕の集会とデモには400名が参加した。

ヒロジさん保釈決定!

 昨日那覇地裁が出した保釈決定に地検が抗告だしていましたが、今日午後、高裁が地検の抗告を認めず、保釈を決定しました。17時過ぎ弁護士が拘置支所に向かっており、19時頃、山城博治は保釈されるみこみです。

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-463257.html

 多くの皆様のご支援に感謝。本当に嬉しいです。

 しかし闘いはこれからです。心を引き締めて必ず勝ち抜きましょう。

しょうもないこと(17年3月18日)

 昨日も書きましたが、9日間も休んだものだから、体力が落ちている。昨日は3時間しかもたなかった。その分、普段余り感じないことが、たくさん違和感として見えてきました。ここいらは微妙な問題ですが、、マジメな話しなので、どこかでしっかり書きたいと思います。

 体の方は、施術のお陰で、頭に出ていた違和感はほぼ取れてきましたが、痛みが左側にでたり、昨夜は下半身に出ました。ちょっとした瞬間に歩けなくなり、うずくまり。また寝ていたら股がつって。自分でも心して体のバランスを回復するように怒力しなければならないようです。

 書くべきことはたくさんあります。一つ一つ整理していきます。来週は何かと忙しく、課題も膨らみます。智恵を出し合っていきたいものです。

 今日から沖展が始まります。可能ならば見に行きたいですが、どうなるかな。招待券もらっているし。

 

2017年3月17日 (金)

ヒロジさんたちの第一回公判-ここは「安倍地裁」だったのか?!

 2017年3月17日曇。10月17日に逮捕された山城博治さんは丁度勾留されて5ヶ月の日に第1回公判の日を迎えた。事件は3件、16年1月28日から30日のシュワブゲート前での威力業務妨害(山城さんと稲葉博さん)と16年10月17日の器物損壊罪(山城さん)、16年8月25日の公務執行妨害罪・傷害罪(山城さん、添田充啓さん)の3件、3名の公判が本日開かれた。裁判の内容については私は傍聴していないので、今、報告できないので、外の様子を報告したい。

 那覇地裁前。8時頃。

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完全に封鎖している。ガードマンがずらり。ここはもしかしたら東京地裁なのかと、頭によぎる。

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地裁南門。県警機動隊の車輌が出てきた。地裁職員が警備中。

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お隣の国の合同庁舎。こちらも閉鎖中。職員が警備中。女性が彼に聞いた。何して立っているの?-上司の命令ですからと、へらへら顔。

傍聴券はさらに隣の那覇市の中央公園。ここには地裁職員と警察官が警備中。

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8時30分~傍聴希望者が並ぶ。ただしこの掲示をみてください。禁止事項一覧。裁判所が一時的に管轄するから権限が及ぶのだということか。しかしここは裁判所の構内じゃない。撮影・録音を禁ずる根拠は何なのか? プラカードを持ってはいけない根拠は何なのか?何もないだろう。傍聴しようという人たちが徒に混乱させることも考えられないのに。表現の自由を奪っているのだ。

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私は囲みの外側から撮影。

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ここで腕に番号表を付けられる。

9時20分過ぎからコンピュータで抽選。裁判所が番号を張り出す。

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この22名の方。ほぼ10分の1の確率。私も当たりませんでした。

やむを得ず、私は城岳公園に移動。

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地裁前はあいかわらず。

集会は後半。

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西銘純恵県議。辺野古・高江と貫いた闘いを。

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高江住民の会の田丸さん。大勢が逮捕された中での事件化。もしかしたら自分が逮捕されていたのかもしれない。彼らのことも自分のこととして闘おうと提起。

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集会には300名ほどか集まった。地裁に向かって。

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集会のしめは裁判闘争勝利に向けてのジュプレ!

ここで一旦解散。

10時から公判が始まる。

城岳公園、地裁前で任意の集会。

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シュプレをたたきつける。不当弾圧粉砕。早期の保釈を。

辺野古・高江の基地建設阻止。沖縄は沖縄が決める。

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彼が司会・進行・歌。朗々と歌う。

「沖縄を返せ」「座り込め」など。

発言希望者がそれぞれの思いを話す。彼らを取り戻そうとの発言が続く。

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ガマフヤーの具志堅隆松さんが発言。沖縄戦を振り返り、天皇の命令で行われた戦争だった。このことを忘れたら、いかん。いまや歴史を忘れている連中が政権をとっている。その危うさを想起しながら私達はことに当たらなければいけないと。全うな主張だった。

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裁判所に要求を突きつける。

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シュプレ!

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私の元気も3時間と持たなかった。ミラーに写る警備員。

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裁判所職員の面の厚いこと。

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様々な人たちが発言。座り込んで抗議集会

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座り込む。意思を示す。あちらの男達の表情は変わらない。

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裁判所に向かって発言が続く。

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歌を歌い、シュプレで決めた。

11時30分ごろここを私は離脱。疲れた。

因みに裁判所は国の機関。3権分立ナシの裁判所は国の出先機関に過ぎないのか。東京地裁かと思ったのだが、冷静に考えれば、「安倍の地裁」か。ただの妄想ならばよいのだが。
















憲法ミュージカル 「キジムナー」公演準備が本格化

 昨年、この憲法ミュージカルの若い人たちが何回か辺野古テントにも来てくれました。93年から10回やって、埼玉から三多摩で3回。そして今回はキジムナーに仮託して現代の沖縄をやりたいと。彼ら彼女等の頭の中で想いが踊っていました。

 そして公募で集まった市民が100人。どうなるのか、私も楽しみにしています。

公演は5月20日、21日、27日の4回です。場所はさいたま市と立川市。

主催は埼玉×三多摩憲法ミュージカル。詳細は下記を。

https://www.kp-musical2017.com/

前売り券発売中 一般2500円。学生2000円。中学生以下、障がい者1500円。当日券は+300円。

ミュージカルなので、歌と踊りと演技。それぞれの思いを身体に乗せて、実感をどこまで出してくれるのでしょうか。キャスト・スタッフの皆様、頑張ってください。私も応援しています。

10日ぶりの辺野古から(17年3月16日)

 17年3月16日 曇 いつもの辺野古の海だが、違いも見える。

 8時20分から実弾射撃演習が始まった(昼前後に聞こえなくなった)。雲の上をジェット戦闘機の音が、何度も何度も頭を覆った一日。全く見えない分、ストレスフル。

テントの脇からほのかな香り。

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小さな白い花。トベラかな。甘い香りが素敵。遠くフェンスの向こうに海兵隊員がたまっている。どうもゴムボートの訓練のようだ、2隻。

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海沿いの道路からテントの案内板が一新されていた。

ただここのテントは漁港構内や松田浜にでてしまうと案外わかりづらいようだ。辺野古川沿い、漁港の突き当りです。

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テント前の汀。波がぴちゃぴちゃ。ヤドカリがさらさら。きれいに波紋を残していました。

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こちらもテント前。グンバイヒルガオの新芽。

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大型ヘリの音と思い飛び出したら、沖合いを行く陸自のCH-47。最近珍しくなくなった。9時6分。

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テント裏の道路沿い。つる性のヒルガオの仲間?。『日本の野生植物』(平凡社)にもそれらしいものは出ていません。はて?

久しぶりに松田浜へ。

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皆さんから送られてきたバナーも芸達者なものが増えました。

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想いがにじみ出ています。数もまた増えていました。

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ハマウドもすっかり花が開いています。

今日のカヌーチームは大浦湾から辺野古側に戻ってきていました。

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防衛局は潜水調査をしているようです。これに抗議。12時26分。

汚濁防止幕の設置作業はすすんでいるんだかいないのだか。置くだけで止めていないとの情報も入ってきています。

今日の私は来訪者に3回お話しました。10日ぶりでも概ねスムースに。ただ「岩礁破砕許可」の言葉がでてこず、その度に琉球新報の記事を探しました。国は3月末で切れるこの許可を再申請しないと。そのままやるのだと。国に不都合があれば、解釈を変えて、県の阻止の手を縛る。一貫して自治権を否定するやり口を突破しなければ、勝てません。

ゴゴゴーと聞こえてきたので、オスプレイかと思えば、CH-53が3機だ。高江方面から。

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15時11分。
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普天間に戻るのか。まだ途中でもやるのか。15時12分。

今日のゲート前はトラック16台が入ったそうです。其の度に機動隊が市民を排除だそうです。










横田基地へのオスプレイの配備の遅れの原因は整備員不足

 先日報道されていた横田基地(東京都)へのオスプレイ(cv22)の配備は当初の17年からの計画が、最長で3年遅れると報道された。肝心なこの原因について何も報じられていなかったが、今日(17年3月17日)の琉球新報(ワシントン共同伝)は、整備要員の養成の遅れと報じた。

 なるほどだ。整備不十分で飛んで、東京近郊で落ちたら、えらいこっちゃと考えたのか、満足な作戦ができないと考えたのか分からないが、そもそもオスプレイの機体の欠陥が操縦にも整備にも影響していることは間違いないだろう。ここで使うのは特殊作戦機であり、海兵隊のオスプレイ以上に際どい飛行が前提になっているから、なおさらだ。

 いずれにしてもオスプレイの配備は、横田にも沖縄にも、佐賀にも(陸上自衛隊)、いらない!の声を強めていこう。沖縄の空から、日本の空からオスプレイを放逐する運動を!共に。

2017年3月16日 (木)

10日ぶりに辺野古テントに行きました(17年3月16日)

 今日10日ぶりに辺野古に行くことができました。まだ体力が回復しておらずいささか疲れ気味ですが、大丈夫だと思います。ご心配をおかけして、誠に申し訳ありません。

 もうやんばるの森は新緑が美しいのだろうと期待していました。まさにイタジイの図上は芽吹いていました。車窓から眺めただけで、うわっ!て、感じでした。

 帰宅後ちょいと用件を足して夕方、自宅に戻る帰途。もうオリイオオコウモリがでてくる季節かと思っていましたら、正に私の頭上を飛びました。春なんですね。

 帰宅してメールを開けたら、唸る様なことが多く、暫しため息。どう返事を書いたらいいのか、困るような。

 しかし昨夜は、長年沖縄で平和ガイドをやってこられたOさんから私が昨夜書いた「沖縄に心をよせるために」に熱いエールを送っていただきました。感謝・感激でした。

 また今日は神奈川のAさんから「『心の除染』とういう虚構」(黒川祥子著)を献本いただきました。彼は私が東京時代に沖縄ツァーを主催した際の参加者で、原発問題を軸に沖縄にも視線を向けてくださっている方です。本書の帯や目次を見ただけでも実に興味深い本です。

 こうしたことをみるにつけ、あちこちで、悩みながら、うんざりしながらも、諦めるわけにいかないと、踏ん張っているのだと思います。負けるわけにいきません。がんばりましょう。

沖縄に心を寄せるために-補足

 昨日、「沖縄に心を寄せるために私たちにできること」を書きました。この文章は思いつきで書き始めたものですが、アップし損ねました(パソコンの障害で画面から完全に消えた)。それで改めて書き直したものです。一通り整理してみましたが、まだまだ充分なものではありません。今後、私なりに気がついたことがあれば補足して行きます。

 ただ、これはあくまでも参考です。皆さんの創意工夫が大切です。100人居れば100通りのやり方があるはずです。皆さんが私はこうやっている、という情報交換をしていけば、いいですね。

 これは補足です。ご自身の近くに沖縄にかかわることはないですか?良く探してみてください。これは歴史にまつわること、文化財、自然(黒潮の流れ、温暖化に伴う鳥や蝶の飛来など)、今日の政治や軍事に係わっていたりします。常識に捕らわれない視点で、考えてください。

2017年3月15日 (水)

沖縄に心を寄せるためにできること

 私が沖縄に係わり始めて28年が経つ。1989年に、沖縄は「安保が見える島」だと聞いて行ったのだ。確かにそうだった。それ以来、縁があって係わる中で、米日共同での軍事基地の島としてあり続けており、一貫して硝煙が絶えない島であり、安保・軍事支配が優先された秩序が島の人々を覆っていることを何度も痛感させられてきた。さらに新基地建設が強行され、半永久的な基地の島化が推し進められようとしている。そして今、「戦場に近い島」から、再び「戦場にされる島」にされようとしている。こうした動きは決して沖縄に留まらない。アジアに広がり、当然日本全体に係わる問題なのである。

 この国は、このまま戦争に走り出し、破綻していくのだろうか。既にこうした道から私たちは引き返させるのか否か、大変困難な局面にあるだろう。だが、このまま諦めることはできまい。今を生きている私たちの責任だからだ。

 沖縄に心を寄せるとは、沖縄のためではない。沖縄の人々と私たち自身のためにだ。大日本帝国、日本国が歩んできた歴史を考えれば、沖縄を知ることなしに、「日本人」は新たな歴史を生き直せないだろうから。

 以下、沖縄に心を寄せるためには、どうしたらいいのかを私なりに提起したい。

 

①先ずは沖縄に行くこと。すべてはここから始まる。無論、お忙しい皆さんが早々ちょくちょく行くことはできないだろうし、お金もかかる。しかし行くこと・来ることなしに始まらない。事前学習をしてからおいでいただけると、話が早いだろうし、間違いも少ない。最初はグループで、徐々にご自身で、そして仲間を連れて。

②情報を得るためには、やはり沖縄2紙を購読することが早道だ。無論、2紙とも電子版があるが、本紙を読む意味は沖縄の熱とまなざしを知るためには、本紙に接することだ。特に読者からの投稿欄、生活・文化欄にも見るべき記事が多い。

  そう言われても自分では買えないと思う方にお伝えします。定期購読可です。また、個人では大変だがという場合は、グループでも可能です。さらに、公立図書館、学校図書館に定期購読を求めるもこともできます。註:図書館が新聞購読するのは年間契約です。年度途中でお願いと言っても予算の都合ではねられてしまいます(具体的には事前に図書館にいつ頃お願いすれば良いかを聞いておく)。

 特に公立図書館に依頼する場合は、事前にそこの蔵書傾向を調べておくこと。沖縄本は何があるかと。優秀な図書館員がいれば、それなりに蓄積されています。無論、地域に熱心な読者がいるか否かが大きな決めてになります。

③各地にある沖縄の闘いの仲間達と合流できれば、勇気百倍だろう。今時ならばインターネットで検索すれば色々とでてくるはずだ。たとえば「沖縄連帯 グループ 〇〇(地元の地名)」で検索。

 自分に合いそうかを考えてから連絡を取ること。信頼関係を大切に、地元で運動を始めてください。

④関連本を読むこと、沖縄文学を読むこと。色々と探して手当たり次第に読めばいい。ここで推薦とか書き出すと長くなるのでやめておきますが、先ずは図書館に行って、手にとって探したらいい。今の図書館員は余り詳しくない人が多いだろうが、色々と聞けば調べてくれます。

⑤電子情報をみること。こちらは先ずは私のブログと言いたいところだが、リンク先の沖縄関連をみてください。ツイッターも多数ありますし、フェイスブックもあります。ただ電子業界は、誹謗中傷派が多いので、お気をつけください。

⑥沖縄関連の文化を探ること。映画・音楽・舞踊・演劇・写真・美術・工芸、いろいろ。ご自身の興味がわくことから。やはり政治という突っ込みだけでなく、多面的に知ったほうが楽しいし、深くなります。たとえばご自身の近くの美術館などをチェックしておくと、案外やっていたりして。

 こうしたことも沖縄の地域の博物館や美術館を歩いてみると、色々な疑問がでてきて、興味を覚えるはず。

⑦ご自身の表現力を培い、沖縄を現していくこと。写真・絵画・詩作・俳句・短歌・琉歌・音楽・舞踊・エイサー、などなど。

⑧いつも沖縄を忘れない秘策は、これです。沖縄の塩、沖縄の黒砂糖などを食すること。沖縄の味覚から沖縄漬けになる。

⑨最後にこれが一番肝心なこと。これは何事にも共通する話。これは何だろう、何故だろうと考えることです。これをやらないと、一時の問題意識でおわってしまいます。

 以上です。何か参考になれば、幸いです。

名護の空は青いぞ!

 昼時にちょいと出かけた。すぐそこで、サジバが丁度木に舞い降りた。10mを切る距離だが、飛び出さない。しばし観察。さらに行くと、ダイサギが飛び出し、イソシギが2羽。

 別に普段の光景だが、やっと自然に自分の目に入って来た。帰りには空を見上げて、青空が沖縄の青さだと感じた。もう新緑の季節がやてきているはずだ。早く会いたいものだ。

今朝の名護は晴れて、冷気がここちいい(17年3月15日)

 おはようございます。今朝の名護は晴れて、窓をあけたら冷気が入り、心地いいです。ご心配をおかけしていた体調も回復に向かい、心身ともにまずまずです。雑然とした部屋を整理し、今日中にやらぬとならぬ一仕事をやります。現場を今日まで休みます。

 以前(東京時代)は、友人に鍼灸師がいて、時々頭の先から手足の先まで全身の針治療を受けていました。2時間で格安でやっていただいていました。今回は久しぶりに定期健診をうけたり、内科的なチェック、眼科医からは白内障、緑内障はないとのお墨付きもいただきました。

 昨夕、突然、海の闘いのパンフを作るので、カヌーチームの写真がないかとの電話がかかり、大童。いざとなると、画面全体が決まった写真はなかなかないものです。ようやく3枚を選び出し提供しました。完成したら皆さんにもご紹介します。

 写真はどんなご注文にも応じられるように撮っておきたいところですが、簡単にオールマイティにはいきません。自分は自分なので。

 それにしても、この国の政治状況は地に落ちています。稲田防衛大臣は答弁を撤回し、謝罪したそうですね。国会での答弁とは公式発言です。それが事実関係が間違っていました、ごめんなさいで、罷り通るのですか。自分たちの私利私欲のために『教育勅語』をもちだして、天皇の特別の権威の下でふんぞりかえる。そんな方々に道義や道徳を語って欲しくないですね。

 そもそも過去に一度大失敗しているものを、改めて何の反省もなくもちだしてくる人たちを信じるほうが浅はかです。こうした人たちが国政を担当している現在です。それが共謀罪を閣議決定して、強行可決しようというのです。これからどんな悪巧みを仕掛けてくるのだか、わかったもんじゃありません。必ず廃案に追い込みましょう。

 今日は天気がいいということは、大浦湾では工事が進むのでしょうか。防衛省は岩礁破砕許可の再申請を出さずに4月以降、埋立工事に突入するようです。いよいよ私たちも正念場を迎えました。頑張りましょう。

2017年3月14日 (火)

失敗から学ぶ

 誰でも失敗することはある。私などしばしばやらかしてしまう。まぁドジなのだ。しかし教訓化する努力を重ねている。大昔こんなことがあった。発車間際の電車に飛び乗ろうとして、ジャンピング。頭をしこたまドアの上にぶつけて、脳震盪を起こしそうになった。以来、私は電車に飛び乗ることを完全にやめた。遅刻しようが何しようが(誰かに襲われそうなときは別だ)。

 努力して防げないこともあるが、7割8割のドジは防げるはずだ。また、大いに失敗から学ぶべきこともある。写真撮影などはその典型だろう。毎回、毎日の反省の上に、上達がある。天才はともかく、失敗を重ねないでうまくなる事はない。

 しかし決してやらかしてはならない失敗もある。個人であれば死にいたる失敗。自分が死んでしまう、他人を死に至らしめてしまう。これはいろいろあるが、差し支えるので具体例はださない。結果助かればオーケイとはいえ、最初からアウトが予測できることは、とどまらなければならない。若いときは、この判断ができずに、人生を滅ぼすことが大いにありうる。

 そして多くの人人に影響を与えること、長い時間に亘って負を与えることは、組織であれ、個人であれ、決してやってはならない。その最大の事象が核事故であり、戦争だろう。

 核事故は現在進行形。多くの人人の住処を奪ったのだ。核爆発を起こして、核物質はどこえやら。ロボットすら壊れてしまう凄まじい汚染。自然を壊して、人間を病に引きずりこんで、取り返しがつかぬ。東電や日本政府は如何なる反省をしているのだろう。形だけ謝罪して、実のところ開き直り、隠蔽するばかりだ。

 戦争も多分にそうだ。戦争の渦中で殺された人、殺した人、労働力として酷使されころされたり、ボロボロにされたり、性奴隷として殺されたり、人生を台無しにされた人を大量に生み出してきた。当の責任者はだんまりを決め込んだり、開きなおってきた。

 今もそう。安倍首相らの政権も。核事故もこれまでの戦争も。だからこれからの戦争だって、そうだろうと予測するしかあるまい。卑近な例を出せば、オスプレイの事故は「不時着水」だそうだ。彼らの頭の中では、事故ってないのだ。事故ってないから、反省するわけもない。

 本当に日本国民はお人よし。否、バカなのだ。こんな連中の手玉に採られているからだ。

 其れから言っておきますが、失敗から学ぶとは、単純な確率論じゃありません。核事故も戦争もあってはならないのだ。自分たちが儲かるのだから、他人のことはどうでもよろしいなんてことを、私達は許してはならないのだ。社会的責任を問うことはとっても重大であり、重いのだ。

 

山城博治さんへの一部接見禁止解除に(17年3月10日付け)

 昨日17年3月13日、山城博治さんのお連れ合い多喜子さんが漸く那覇拘置支所で接見できた。約4ヶ月半ぶりのことだ。まだ妻だけへの解除に過ぎないが。

 多喜子さんは沖縄タイムスのインタビューに答えている。

 「何故初公判前なのか。何故私だけなのか。何故微罪でこんなにも長く勾留されるのか。おかしなことが多くて、接見と言っても手放しでは喜べない。(中略)/今回、私自身が抗議行動の場に行くようになって、夫が多くの方に励まされていることを初めて知った。県外からわざわざ来る方もいる。みんなそれぞれの大切な時間を割いてきてくれている。私一人ではとても耐えられなかったと思う。勇気をいただいている。直接言えない方々にも感謝の気持ちを伝えたい。(中略)/次の世代に途絶えることなく平和のバトンを渡すためには、声をあげられるときに上げないといけないと思っている。今回、夫だけでなく多くの方が逮捕、勾留された。10年前に高江の抗議行動が始まった時には予想もしなかったことが襲い掛かってきている。何でも足音というのは一歩手前になってみないと聞こえないものだろうか。/でも、こういう間違ったやり方は長くは続かない。平和への思いを強くもって、今ここでやらなければいけないことをやっていきたい」。

 お連れ合いの勇気に拍手。泣けた。

 また米軍の準機関紙星条旗新聞が議長勾留の件を伝えていると沖縄タイムス。記事の末尾に、「同紙は米国務省に見解を求めたものの、コメントは得られなかった」とある。

 もうひとつの記事。平安名純代米国特約記者の記事。「想い風(うむいかじ)」に「人権侵害放置 戦争への道―山城議長勾留 沖縄に対する沈黙の強制」。これも、なかなか読ませる記事だ。

 この3つの記事や既に当ブログで伝えてきたように、今や多くの方々が山城さんらへの弾圧を不当だ、明白な人権侵害だとの声がグローバルに広がっているのだ。

 これは「個人の人権対戦争への道」が明白に浮き彫りになってきたということでもある。 他方で、残業上限が月100時間まで容認だと決着したらしい。安倍政権の鳴り物入りの「働き方改革」がこれだ。残業だけで、月20日勤務で日5時間。25日勤務で4時間だ。これは平均値だから、繁忙期は7,8時間もありになるのだろう。

 労災死を承認するような決定を許していいのか。まず連合が労働組合ならば、労働者の人権を第一義に据えるのが当然だが、このていたらくだ。今に始まったことではないが。

 身も心も売るような「労働運動」を変えなければ、沖縄に心を寄せることは無理だろうし、戦争を止めることもできないだろう。

 

裸の王様を嗤う(17年3月14日)

 17年3月11日、安倍首相は都内で行った東日本大震災の政府主催の追悼式典で、「原発事故」について、一言も触れなかった。このことは、福島県の内堀雅雄知事ですら、「県民感覚として違和感を覚えた」と苦言を呈している。またこの5年間行ってきた震災に関する記者会見も開かなかった。彼の頭の中には震災は過去のことであり、福島原発事故はなかったことになっているのだろう。

 こちらは沖縄に関する話。3月13日の国会・参院予算委員会。

問う者:山下芳生議員(共産)。先の日米首脳会談で、オスプレイの墜落事故ついて大統領に伝えたか?

答える者:安倍首相 「オスプレイに対する沖縄の気持ちなどを含めて話した。詳細は控える。在日米軍の事故などについて様々な課題があり、沖縄県民の気持ちもあるということは言っている」。

 続けてこう言った。「不時着水したオスプレイもいわば陸におりたわけでない。沿岸部だが、住宅地に降りたわけではないことを申し添えておきたい」。

○16年12月14日の私のブログ 

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/12/post-965e.html

 彼の頭の中を覘いてみたいね。沖縄のことなんか知りませんよ、俺は、かい。この発言はニコルソン4軍調整官の発言と重なる。彼は、安全な場所に降りた。搭乗員はよくがんばった。とか言っていたよね。

 安倍首相は16年12月13日21時30分頃墜落したオスプレイの事故を事故だと認識しておらず、遺憾のイの字すらない。美ら海に未だに残骸が残されているのだよ。これは、また事故が起きても俺は知らないぞというに等しい暴言だ。

 そもそも「降りた」のか! 落ちたのだろう。降りたならば、機体が3つに分解し、部品がばらばらに砕け散るのか。―認識能力ゼロ!―

 住宅の上じゃなかったが、あの海は、人の生活圏だ。サンゴ礁の海でもある。

 「申し添えておきたい」と開き直る首相。実は、米国様の臣下だから。こんな男に「沖縄県民の気持ちもある」とか言われては、かなわない。

 私達は、裸の王様を笑ってばかりでは、いられない。

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安部の浜(16年12月24日撮影)この左のギミ崎の南端に墜落。現場まで徒歩で15分。この浜の内側に集落が広がる。ここから現場まで直線距離700m。

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サンゴ礁の砂浜。右の影はこの日案内してくれた地元のエコツーリズムガイドのMさん。

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墜落現場。岩が白く砕けている。海中も。

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現場近くのサイドプール。青色の小魚はコバルトススメ。茶はさんご。

体調、やや回復へ(17年3月14日)

 昨日は整骨医に行ったが、その反動が出て背中が痛く、ほとんど何もせずに寝てしまった。夜は久しぶりに夢を見ることもなく熟睡。酷くなっていた耳鳴りも通常程度に戻っている。このまま回復に向かえばいいいのだが。

 さて今朝の沖縄タイムスは見所満載だ。まず「カメムシ新種発見」だ。石垣島のイタジイの洞からカメムシの新種が確認されたと。学名を「プログイテラ キーヌガマ」と命名したとある。プログイテラは属名。キーヌガマが種名。ウチナーグチから命名したと名嘉猛留さん。記事の最後にある名嘉さんのことばがいい。「足元の環境や生き物を見直し、地元の人が地元の生き物の貴重さや面白さを発見できれば、自然保護や観光の面でも、質の高い世界遺産のあり方に向かうのでは」とある。世界遺産についての評価は、私は保留するが、前半ついては極めて重要な指摘だ。

 その下の記事「大弦小弦」に「父と暮らせば」(井上ひさしの原爆を扱った戯曲)が出ていたので、何だろうと思って読んだら、東日本大震災・福島原発事故の避難者の話に繋がっていた。生き残った者の苦しみ、避難してきた者の苦しみ。避難が「逃げた」との負い目を抱かせられる現実。ひさしさんの「戯曲のなかで、『生きとんのが申し訳のうて』と繰返す娘に、父はこう励ます。『むごい別れが何万もあったちゅうことを覚えてもろうために生かされているんじゃ』。復興も原発事故も何ひとつ解決していない。『3・11』を沖縄で(県内避難者は-引用者註)伝え続けて欲しい」(礒野直記者)、とあった。

 安倍首相は、被災から6年目の式典で原発事故について一言も触れなかったと報道されている。私達はこうした不条理を許してならない。

 その他重要な話は別途書く。

2017年3月13日 (月)

瓢箪から駒が出るようなお話(17年3月13日)

 今日の名護は小雨。それでも、だいぶ暖かくなってきた。今日の宿題は整骨医に行くことと決めていた。首と言うよりも、背中全体が大いに凝っていると言われた。さて、頭部への影響があるのかないのか。少し様子をみてみよう。

 ブログに書くべきことはあるのだが、「これまでも、これからも」と「千代田と野原の間に潜む謎を考える」を書いたので、いささか力尽きている。そもそも体調不良で集中力がおちているので、やむおえないのだ。

 軽めの本を読んだ。矢崎泰久編の「永六輔の伝言-僕が愛した『芸と反骨』」だ。彼らは共に1933年生まれだ。敗戦時12歳だったことになる。多感な、育ち盛りだった年齢を生き延びたのだ。無論、運も才能もそして人と人の環ができて、多くの業績を残したのだろう。

 私が永六輔の名前で思い出すのは、やはり、「夢で会いましょう」(61年4月から始まったバラエティ番組)と中村八大(作曲家、ピアニスト)とのコンビ、そして「中年御三家」(小沢昭一、野坂昭如と永の)。

 あの時代の戦中の過ごし方は皆さん、凄い。小沢は長崎の針尾島(佐世保)の兵学校で敗戦を迎え、東京に帰ろうとする。寝ているうちに、貨物列車に乗せられて帰途についたら、あたりは真っ赤だったと。そこはヒロシマ。荼毘に伏せられた亡骸が火の玉になって飛んでいたと。想像を絶するヒロシマとの出会い。かたや野坂は小説「火垂るの墓」で有名だが、神戸大空襲から義理の妹(1歳4ヶ月ー小説では4歳)と2人で逃避行。妹を餓死させてしまう。荼毘に付したら骨が残らず、すべてが灰になっていたという。

 こういう体験が彼らの反戦の原点なのだと、痛く納得。そういう時代を生きざるを得なかったから、ああいう生き方になったのだろう。

 沖縄では、一人ひとり、もっともっとすさまじいことがあるのだが、やはり表現力がなければ表に出てこない。インタビューしたり、語り部を生み出したり、言語化を促す助力が必要だ。こうした社会的な働きかけ-協働があってこそ、平和をつないできたのだろう。

 永さんたちは才能と運と人との出会いがあって、様々な形で表現してきたのだが、多くの人々は、言葉に吐き出せないままに人生を閉じていったのかもしれない。私はこれまで、沖縄、広島、長崎のほかの地で戦争を語ることが殆どなされてこなかったのは何故かとの疑念を抱いていたが、圧倒的に社会的協働が足りなかったのだろう。今頃気がついても遅いのだ。ただ写真を撮るというアプローチもその一環になりうるわけで、可能な限りやっていくべきだろう。

 本書を読んだ、瓢箪から駒が出るようなお話でした。

2017年3月12日 (日)

沖縄タイムス、琉球新報(17年3月12日)に国連人権理事会での声明の記事が載る

 既報の焼き直しですが、NGOの国際人権活動日本委員会による「人権理事会で釈放要求-NGO『国際規約違反』」(タイムス2面 写真入)、「山城議長釈放、国連で要求-NGO『人権規約に違反』」(新報 1面)に載りました。

 新報の扱いが1面であり、私もやや驚きました。地元紙の「戦争に繋がる基地は許さない」という住民に寄りそう姿勢に改めて感服しています。

 今日の私は、やはりまだまだな状態。メールやお電話で「大丈夫?」との激励をいただいています。ありがとうございます。今日の夕日は身に沁みる美しさを放っていました。

 今日漸く、宮古島の野原と千代田の問題を若干整理して書きました。家に居る分、多少無理をすれば、懸案を書ける程度の頭の回転は維持しています。ただけっこう疲れる。

 嬉野京子さんは『戦場が見える島 沖縄』(新日本出版社)を上梓されていますが、宮古島の実態を見たりすると、改めて戦場にされていく琉球諸島だと思わざるをえません。

 三上智恵さんの『標的の島 風かたか』じゃありませんが(私は見ていないので、まだ映画評論は書けません)、ひとつの標的の島を見落としたら、日本列島規模の標的の島すら見落としていくのです。もはや、日本という国はシームレスに戦争に組み込んでいく態勢が出来上がっているのです。明文改憲をまたなくとも。

 だからこそ私達は、主権在民・基本的人権・平和主義を何が何でもわが事として、つかみとり、取り戻していかなければならないのです。

 森友学園の問題は、安倍政権に打撃を与えましたが、だからこそかれらはスーダンPKOを撤収させても、政権の維持こそ第一義にでてきています。

 この森友学園問題の発端は、地元の市議さんの疑念から始まったようです。小さな取り組みがここまで大きくなって、メジャーな問題になってきたのです。マスコミもこれはいけると大きく取り上げています。

 沖縄の闘いも小さな闘いの積み重ねなしに、悔しいけれど、奔流になることはないでしょう。勇気を奮って一つ一つ積み上げていきましょう。私たちも負けるわけにいかないのです。福島の人たちとも心をつなぎたい。

千代田と野原の間に潜む謎を考える(17年2月28日撮影)

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千代田ゴルフ場の東側の農道から撮影。第53警戒隊全貌。野原(のばる)の尾根に沿って並ぶレーダー群。

1:やや長い前置き

 今回の宮古島行きは、実は半ば趣味の撮影で行ったのだ。しかし、天候(予報)と、睡眠不足で行ったため、余力がなくなり、そこに思わぬ発見があって、まじな撮影に終始してしまった。

 2月28日早々、宮古空港に着いたものの、曇り空。朝食をたべながら、さてどうしよう。明日の天気は更に悪くなるとの予報を見て、一先ず野原(航空自衛隊第53警戒隊)に行こうと決めた。

 野原の第53警戒隊は、宮古空港(正門)から東南東に直線距離で3キロの地点にある。レーダー基地であり、その所在を知っている人であれば、空港から建物群を確認することもできる。

 今回の私のこだわりは2つ、3つ。①陸上自衛隊の警備隊、対空、対艦ミサイル部隊を持ってくるという千代田(ゴルフ場)は、全くこうしたキャパを持たず、どうかんがえても適地でない。防衛省が内緒にしている秘策があるに違いない。そして千代田と野原は近すぎる。千代田の中心部から野原の中心部まで1,5キロ。サトウキビ畑と野原の集落を挟み緩斜面でつながっている(野原が高台)。もしも野原の基地が攻撃されたら当然千代田もやられてしまう。そんな場所にわざわざ造るのだろうか。解せない。

 ②この野原基地でのレーダーの改修工事が長すぎる。確か13年春から始まったのに、まだ終わっていない。レーダーを最新のものに換装するだけならば、また大型コンピューターを取り替えるにしても長すぎないか。もう4年も経つのだ。実は他の表ざたにしていない工事がやられているのではないか? 何だろう。謎だらけなのだ。

 ③自衛隊基地は張子の虎なのか、マジなのかという問題。従来の自衛隊基地は多分に張子の虎。そこに存在することに意義があるとされてきた。私がそうなんだと気づかされたのは、04年のイラク派兵のとき。当時の自衛隊の装備は、攻撃されるということを殆ど想定しておらず、改修しなければイラクにもっていけなった。私は北海道取材で、「張子の虎」なんだと思ったものだ。あれから13年が経つ。この国が掲げる防衛計画大綱は「基盤的防衛力」構想から「動的防衛力」(2010年策定)、「統合機動防衛力」(2013年策定)構想に変わっているのだ。これを端的に言えば、軍事力を実戦仕様にするということだ。だとすれば、(イ)基地の抗たん性の強化、(ロ)装備の実戦仕様への変更、(ハ)演習の強化、練度の向上が不可欠の課題になる。因みに「統合」とは陸海空の3軍の力をひとつの指令下におき、武力をミックスして行使すること。「機動」とは機動力の機動だが、一地域の戦闘に対しても必要に応じて、日本全国から空・海・陸の輸送力(軍・民を問わず)を通して結集できる態勢。既に自衛隊の幾つかの師団、旅団が機動部隊に指定されている。

 ここ宮古島の問題にひきつけて考えると、特に(イ)と(ハ)の問題はどうなっているのか。(ハ)についていえば、かっての米ソ冷戦構造の時代であれば、北海道に戦車部隊を置くのは、軍事プロパーで考えれば、合理的だった。ソ連にもっとも近い場所に陣地を構え、演習場は広く、戦車も走り放題、撃ち放題できた。しかし対中、「島嶼部」(琉球諸島)は、小さな島々であり、演習場をどうするのかが付き纏う。

 さて、稲田防衛大臣、このへんのことを宮古島の島民に説明したのだろうか。してませんよね。

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周辺にはこうした横断幕やのぼり端が多く設置されていた。

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野原の集落内。

 

2:発見と確認

 2月28日、空港から野原に向かった。途中で野原の尾根の北西側に異変を感じ取った。サトウキビ畑の向こう、昨年できた2棟のレーダーの手前になにやら工作物が見えた。望遠レンズで撮ったが、天候と光線の関係ではっきり分からない。しかし新たな建築物であることは間違いない。これまで近くの観察地点から死角になっており、私も全く気づいていなかった場所だ。

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左側の2棟の建物の右下に工事中の建物があった。良く見ると仮囲いがしてあるが、緑の壁の奥はコンクリートの長い建物。小型の重機や小型車輌が載っている。何が作られているのか。また、右上にハッチが見える。通常であれば、燃料庫や弾薬庫だが、排気孔が見えないから、別物だろう。

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一番右側の建物は既存のもの。隣に児童公園があるのが、いじましい。いや、何の冗談か。 

 そしてもうひとうの発見は、その奥(南東)の尾根からの斜面もコンクリートで固められた地下室になっているのだ。ハッチがはっきりと見える。要するに、この野原の基地は全長約750mに拡がっていたが、さらに100mほど北西に伸びている。そしてこの尾根の斜面に沿って、コンクリートが打たれ、地下室が5、600mに亘って造成されたのではないか。詳細は分からないが、ここに設置されるものが大型コンピュータだけというのでは、余りにも不自然だろう。

 因みにこの野原の最高部は野原岳の108m。レーダー群があるのは標高約90mから100mの尾根沿い。南側の公道は60m余り。急な斜面は標高差凡そ20mに及ぶ。ここと千代田を地下トンネルで結べば、ひとつの大きな要塞になる。ただし、畑は私有地であろうから、トンネルを掘るとすれば市道の下を使うだろう。無論、対空ミサイルや対艦ミサイルは移動式であり、レーダーの下に隠すほど間抜けではないだろう。もっとも自衛隊員はトラックで移動しても5分余りで穴倉に逃げ込めるだろう。

 ここに何が造られているのかは、地元の野原の住民、宮古の住民にとって、いつ如何なる形で危害が及ぶのかを判断しなければならない以上、公開されるべきだ。軍事機密が隠されたまま戦場になったら、住民は手のうちようがない。国は、そのときはそのきだ、国に殉じて(死んで)くれと、また命じるのだろうか。遂に日本という国は、ここまできてしまったのだろうか。

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右側の中央部近く。露骨にコンクリートが打たれている。遠くて厚さは不明だが、作業員の身長と比べると50センチ以下ということはない。ハッチも見える。

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右側。コンクリの穴が打たれており、排水孔か。奥に建物が見える。

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右側。こちらもコンクリートが段になっているようだ。奥域も50mちかくありそうだ。

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千代田ゴルフ場。

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ゴルフ場入り口。赤い標識が打たれている。道路沿いに、ずらっと木杭、裡標が打たれていた。

 千代田ゴルフ場。ゴルファーで賑わっていた。既に測量がやられたと聞いていたが、確かに官民境界を示す裡標が打たれていた。ここにも私は国の工事に向けた動向・現実を確認できてしまったのだ。(註:上記の距離、標高は、国土地理院発行の25000分の1の地形図 「平良」(ひらら)から判定。

3:追記

 こう書いただけでも、きな臭さを感じるのは私だけではないだろう。この島のどこに弾薬庫が置かれ、3軍の「南西方面司令部」はどこか、移動警戒隊、移動高射隊はどこを移動しながら、配置に着くのか。兵站の拠点はどうなるのか、飛行場と港湾は。何しろこの国は、「島嶼奪還作戦」を標榜しているのだ。いざとなれば兵隊は、隠密裏に宮古駐屯地から逃げ出す。一部の特殊部隊要員を除いて。むろん住民、観光客は置きざりにされる。

 そして奪還作戦。海空からのミサイル攻撃、対地攻撃が行なわれるが、島の半径約1000キロが戦闘区域になるだろう。当然、後方であるが、司令部がある横須賀(神奈川)、横田(東京)、市谷(東京)にも戦禍が及ぶだろう。米軍がどう動くのか、動かないかも、大きな焦点になるが、万が一対中戦争になってしまえば、主力部隊は自衛隊であり、補が米軍だ。そうなる前に止めなければ、手の施しようがなくなる。止めるのは今なのだ。ことは宮古島島民、琉球諸島の人々だけの問題に留まらない。

 宮古島も観光を売り出したいのであれば、軍事との2枚舌をやめなければ、ならない。後悔、先に立たず。(17年3月12日記)

山城議長勾留 人権団体が国連に報告(沖縄タイムスより要約)

 2017年3月12日の沖縄タイムスに以下の記事が出ました。
 「山城議長勾留 国連に報告ー ジュネーブで6月にシンポ 人権団体、資金募る」とのタイトルで、

 要約すると、沖縄国際人権法研究会、反差別国際運動、沖縄大地域研究所研究班は、高江における弾圧の強化、「土人」発言、MXテレビでのデマ報道、山城さんに対する弾圧・長期勾留などのリポートを国連の表現の自由に関する特別報告者のデービット・ケイ氏に手渡した。
 ケイ氏は昨年4月に来日し、表現の自由を巡る日本の状況を調査した。今年6月にはジュネーブで開かれる国連人権理事会に結果を報告する予定で、同研究会らは沖縄の現状を追加提供してきた。6月にジュネーブでシンポを開き、国連関係者らの関心を高める計画。このための費用をクラウドファンディング(「ジャパンギビング」)で寄付を募っている。(以上)

○クラウドファンディングについては以下のサイトから。 http://japangiving.jp/p/5192

 先にあげた前田朗さんの国連人権理事会での声明の動きとも重なる動きであり、世界中が注目しているのだと知らしめなければならないでしょう。

○前田さんの声明についての記事

http://poyamahide.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-3639.html

 また、3月17日には沖縄地裁前、沖縄県庁前での取り組みがありますが、この国の闇・病みを暴露し、人権と戦争への道がどのように対立していくものなのかを沖縄をはじめあちこちで明らかにしていくシンポのようなものができないかと考えます。論点は、①沖縄に対する差別的な現状報告、②日本の治安維持法による弾圧の歴史的な射程から再考する、③この国が狙っている共謀罪に私たちは、どう構えるか、など。こんなことが各地でできたらいいと思います。

 デタラメな安倍政権に対して、一矢報いていきたいものです。

昨日のヤマヒデ(17年3月11日)

 昨日、17年3月11日は、少しブログを書いたりしましたが、基本、読書にふけりました。佐高信+浜矩子の「どアホノミクスの正体」(講談社+α新書)を読了しました。いやー、浜さんの舌鋒の鋭さ。私も驚かされました。浜さんのアベノミクス批判はアホノミクスと称するところに現れていますが、「アホノミクスは戦争国家をつくる政策」とする点は、なるほどでした。単なる見せ掛けではく、経済の大盤振る舞いで戦争国家をつくるものだと指摘。

 本書では、中央銀行の問題が主に議論されていましたが、新基地建設やって、オスプレイだ、大型輸送機だ、軍備増強だ、リニアモーターカーだ、東京オリンピックだと、やってワイのワイの、だから武力で国家を守ると言うのでしょう。経済利権の拡大がまた軍事力を増やし、戦争体勢にもちこんでいく。この辺の具体論を聞きたかったです。

 本書の議論は第3章「人間と人間の出会いとしての経済」が出色です。「人と人の関係がなくなればなくなるほど経済は衰退に向かう」との指摘。言われてみれば、これは誰がみてもそうなわけで、改めて、教えられました。経済的効率性の追求が人と人との関係を歪め、なくしていきますから、今はその結果だと。

 対抗経済を地域の中から生み出していけると思いました。ただしこのへんの各論にもっと踏み込んで欲しかった。いまや批評する段階から、具体的に突っ込むべしです。原則的な労働組合の重要性は、そのとおりですが、そこがお二人の議論の中心になっては、急所を外してしまいます。

 対抗経済論では内橋克人さんがおられますが、いささか懐かしく思い出しました。私は学者じゃないので、細かいことはおいておきますが、現場を歩きながら、どうすれば地域経済を起していけるのかを考えないと、基地建設などを追い出しきれません。沖縄の住民が自信をもって、こうだと言える論点と方策が重要です。

 夕方、Kさんがきて、プロジェクターを貸してと。自作の水俣の支援者群像の映像の上映会をやるそうです。私のプロジェクターはどうも自分が使うよりも、他人が使っている感じがします。私たちの「公共財」だと。私が自腹きって買いましたが、「わたしたち」に役立てばいいのです。今回も貸し出し賃ゼロ。

 そして買い物に出かけましたが、やはりまだ体調は微妙にへんでした。来週でかける予定もすべてキャンセル。悲しいけど、致し方ありません。旅先で一人で急に立ち往生したのでは自分が辛いし、皆様にさらにご迷惑をかけてしまいます。

 そういえば、安倍政権は急に南スーダンから撤退すると決めましたね。へんですね。森友学園問題で、ぶれぶれになったので、万が一、南スーダンで死傷者が出たら、政権がもたないと判断したのでしょう。安倍の強気が自爆し始めています。あちこちから叩きましょう。アベ政治に止めを!

2017年3月11日 (土)

『韓国民衆運動の現在-新しい日韓連帯のために』(東京)

○下記の案内が届きました。お隣の朝鮮半島の問題が大きく揺れています。また米韓・米朝関係、日韓・日朝関係にも大きく左右する問題です。特に米国は朝鮮に対して「あらゆる選択肢を排除しない」と言うまでになっており、沖縄にとっても決して看過できない問題に競りあがっています。私たちも韓国の運動を冷静に見ていかなければならないでしょう。(ヤマヒデ)

第112回市民憲法講座 
韓国民衆運動の現在~新しい日韓連帯のために

お話:吉倫亨(キル・ユニョン)さん(ハンギョレ新聞東京特派員)
 
昨年から韓国で行われている朴 槿恵大統領の退陣を求める人々のデモは韓国各地で100万人以上ともいわれる人々が参加し、
大きなうねりとなって広がりました、ついには市民の力で政治を動かし大統領の弾劾訴追が可決されるまでになったこの韓国の
市民運動の力は、どのような歴史をたどってつくりだされてきたのでしょうか。
そして政治的に日韓の対立が深まる中、民主主義、立憲主義の実現を求める私たち日本の市民と韓国市民との連帯は
どのように可能なのでしょうか。
今回の講座では、韓国市民が創刊に参加した韓国の全国紙「ハンギョレ新聞」東京特派員として取材活動をされた
吉 倫亨(キル・ユニョン)さんにお話をうかがいます。
ぜひご参加下さい。

日時:2017年3月18日(土) 6時半開始
場所:文京区民センター 2階A会議室
(都営地下鉄三田線「春日駅」A2出口上)
http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
参加費:800円
主催◆許すな!憲法改悪・市民連絡会
東京都千代田区三崎町2-21-6-301
03-3221-4668 Fax03-3221-2558
kenpou@annie.ne.jp

いま暫く自宅でできる事をやります-3月10日、11を迎えて

 この国は、遂に大浦湾で汚濁防止幕なるものを張り出した。昨日10日、医者に行っているときにテレビニュースでこの様子を見た。いよいよ大浦湾の自然・生態系をぶち壊しにかかってきた。自然を壊して、海外での出撃基地にするために。決して日本を守るためではない。

 前日の3月9日、在沖米軍トップの4軍調整官ニコルソンは、キャンプシュワブなどの多くの在沖米軍基地・演習場を自衛隊との共同使用にする意向を明言した。私たちが日々指摘してきたことを米軍は認めたのだ。

 自分は体調に異変があり、医者に通いながら体の様子を見ているので、現場に行けていない。それだけに、じりじりしてくる。日々現場で頑張っている皆さんに申し訳なく思う。一方で、「ちゃんと直してください」と、心配もかけている。さらにさらに申し訳ない。

 72年前の昨日、3月10日(未明)は東京の東部は、火の海になった。東京大空襲。約10万人が一夜にして亡くなった。今年も法要が営まれたと東京新聞の電子版に出ていた。しかしこの国は軍人(皇軍兵士)以外の庶民の被害者に何ひとつ保障をしていない(沖縄については、差別した上で、特別な処遇をしている)。歴史の闇に葬ってきたのだ。また、米国に無差別攻撃だとの責任追及も全くやっていない。すべてが無責任のままにおかれている。

  3月10日の東京大空襲、3月末から始まった沖縄戦、8月6日のヒロシマ、8月9日のナガサキ、8月14日の大阪大空襲。なぜこれほどの大量殺人が罷り通ってきたのか。何故、こうした事実関係を歴史の片隅に追いやってきたのか。戦争というものは一連が繋がっているのに、こうした経緯を、私たち自身もきちんと振り返ってこなかった。45年3月、「大日本帝国」の崩壊は、もはや時間の問題だったのではなかったのか。こうした歴史の中に何が隠されてきたのか。改憲と戦争が差し迫っている今、私たちは改めて歴史に向き合い、謎解きをしなければなるまい。

 そして今日は3月11日。2011年3月11日から6年が経つ。私は東京に居たが、酷かった。周囲に怯えている人が多数おり、安全を確認しながら、次善の策を練ったものだ。

  地震・津波は自然災害だが、「復興」のイメージの中で、今どうなっているのか。原発災害への対応は待ったなしだが、政府は時の流れに任せているようだ。この国は放射能を垂れ流したまま、避難した人たちへの援助もこの3月一杯で打ち切ると。それどころか汚染地に戻れと。被災者の健康に生きる権利を微塵も考慮しないのだ。

 この国は72年前の戦争体験から何も学ばなかった。72年も経って、何の進歩もしていない「日本」と言う国。いや、この国の主人公であるはずの私たちも怠慢だった。戦後復興に追われ、戦中思想の脱却を果たせず、考えることを放棄してきたのではなかったか。

  この2つの時の流れの中で、今私たちが目の前にしているのは、「森友学園問題」なのか。無責任男達の開き直りが凄まじい。「俺は知らない」て。稲田防衛相は、ひとり気を吐き、「教育勅語は道義の国づくりに重要だ」と持論を述べた。ご立派というべきか、アホ丸出しだ。細かい批判はともかく、こんな「道義」で今度はこの国の人々をどこにおしやるつもりなのか。また、何千万殺す尖兵になれというのか。因みに、道義とは「人の行なうべき正しい道。道徳の筋道」(広辞苑第6版)。

 それにしても安倍政権の支持率が下がらなかった。さすがに森友学園問題を巡る中で、急降下しているようだが、こうした政権を生み出してしまった「日本国民」の愚鈍さに私は呆れてしまう。反省しないことが美徳という態度で、今度は米国と共に「勝てば官軍」になりたいのか? 随分とズーズーしくも醜い姿。誰かさんが言っていた。「美しい国へ」と。

 しかし、あたかも強者になれると夢想するのは、止したほうがいい。夢想している間に自分の命がなくなる。ちょっと待った。その前にあなたが他人を殺しているだろう。其のとき後悔しようとしても遅い。既にあなたという個体は死んでしまっているからだ。

  私も含む人間て奴は、たいしたことがない。プルトニュウムの半減期は24000年だが、人間が生きれるのは長くて100年。記憶の継承の努力も放射能の力には遠く及ばない。戦争の記憶など、知らんぷりできる人間様。

 他方で、私たちは空間を超える力も弱い。飛行機が普及し、世界中に行き来できるようになったが、お互いに何を知りえているのか。便利にも、情報がひとり歩きしてしまっている。生身の関係が磨り減り、コミュニケーション能力が落ち込んでいる。

 人間なんてぼちぼちでしかない。ここを留意し、自分もぼちぼちだと自覚したい。そうすれば、大きな間違いを相当程度減らせるはずだ。

  私は、弱者のままに、できることをやりたい。諦めず、焦らずに。私たち一人ひとりは確かに微力だ。だからこそ、お互いを尊重し、労わり、力を尽くしていこう。沖縄の闘いの活力は、ここにあるはずだ。自信をもってとりくみたい。

 

 

 

 

国連人権理事会で山城さんの早期釈放の声明(17年3月10日)

 17年3月10日、国連人権理事会で、NGOの国際人権活動日本委員会の前田朗運営委員が、山城博治さんの長期勾留に対して、早期釈放を求める声明を出しました。

 さっそく、共同通信が配信しています。共有します。

https://this.kiji.is/213025813620803068?c=39546741839462401

 彼は、毎年国連人権理事会に出席して、様々な働きかけ、情報の共有の努力を続けています。改めて感謝です。

 彼のプロフィールは

東京造形大教授 刑事人権論、戦争犯罪論。著書に「ヘイト・スピーチ法研究序説」、「軍隊のない国家」、「黙秘権と取り調べ拒否権」、「平和への権利を世界に」(共著)など。

2017年3月10日 (金)

安穏としていられないのだが(17年3月10日)

 昨日は眼科医に行って、目はきれいなことを確認できた(白内障や緑内障はないと)。帰宅後うんと気張って、「これまでも、これからも」を書いた。どうぞ、拡散してください。

 睡眠時間を充分にとっているのに、まだ不調・違和感が残っているのは、何故だろう。ということで、今日も現場を休み、医者に行く。

 大浦湾の海で、この国は遂に汚濁防止幕を張り始めたようだ。計2100m×7mの幕だ。海底は30m余りあるところもあり、汚濁防止どころか、拡散になりかねない。また、海流の流れを変え、海底の地形や生物層に与える影響は、計り知れないだろう。

 本当にワジワジするが、いま暫く体調管理に心を注ぎたい。現場からの発信ができずに申し訳ないが、ご了解願いたい。そんな中なので、こういうときにしか読めないものを読み、書いておきたい。いただいている宿題も、申し訳ないが未だ着手できていない。また、100号記念に書くといったものの準備もしなければならない。

 今、幸か不幸か状況ははっきりしてきた。戦争に向かい自滅の道を歩むのか、自然との共生の道を探り、人類の再生の道を手にできるのか。

 長靴産業は儲かっただの、教育勅語は道義国家の道に重要だとか、浅はかな政治家が跋扈しているが、冗談と凝り固まったイデオロギーで、人人を翻弄するそんな政治の時代を止めなければどうにもならない。私たち自身が賢くなる道を手探りしながら進みたい。

 本当に余りカリカリしないように、睡眠不足にならないように、やりたいと思う。スイマセン。

これまでも、これからも-田港清治さん、稲葉博さん、博治-

-田港清治さんが亡くなり、稲葉博さんが保釈された今、考えていること-

 今朝の新聞で、田港清治さんが亡くなった(17年3月6日病院で死去)ことを知った。また稲葉博さんが保釈されたことは、沖縄タイムス、琉球新報両紙に大きく報じられている。

 田港さんのことと、稲葉さんのことは別に書こうと思いながら帰宅した。しかしお二人の写真を探していたら、稲葉さんと、まだ捕らえられたままの山城博治(彼は私より年下だから)のことに触れないわけにいかないと思い始めた。写真を色々と探す中で、この3名の繋がりに、思わず涙してしまった。ということで、「これまでも、これからも」と題して、短文を書き留めておきたい。

  -田港清治さん-

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15年3月21日 止めよう辺野古新基地建設 美ら海を守る県民集会(瀬嵩の浜で)右が田港のおじい。

 当ブログ読者は、田港清治さんにゲート前で会ったという方を除けば、ご存知ないかもしれない。享年88歳だった。彼は、新基地建設が辺野古に浮上した96年当時から、積極的に反対運動に係わりだした、大先輩である。私が直接お話し懇意になったのは、14年秋以降だと記憶している。いつもお一人で名護市街から、あの二見入り口への坂を自転車で登って来られていた。私はその根性に感服していた。さすがに体力的に無理だろうと判断した仲間達が車に同乗してお連れするようになったのだが。

 彼と話すと、必ず「戦争はダメだ」と、おっしゃっていた。彼は関西の軍事工場で働いた経験をもっている。その時、米軍機から機銃掃射を受け、多くの同僚が亡くなったという。ご自身も銃弾の中を生き延びたようだ。沖縄に帰るまでが大変だったし、帰ってからも困難を極めたという。国は戦争被害について何も保障してくれなかったと、悔しさを隠さなかった。こうした体験から、彼は新基地建設を身を挺してでも止めたいとの思いを抱き続けてきた。   今朝の新聞によれば、入退院を繰返すようになった昨年2月以降も、「辺野古に行きたい」と娘さんたちに漏らしていたようだ。

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15年9月20日 病気から復活したヒロジを祝う会(ゲート前で) 右が田港のおじい。ヒロジ、稲嶺進名護市長。

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15年9月20日 カチャーシーを踊る田港のおじい。 

 今、私が自分が撮った写真をざっと見ただけでも彼を巡る様々な場面の写真を見つけた。闘いの現場の中に居らして、山城博治さんとの太い繋がりも確認できた。田港さんの遺志は、山城さんや稲葉さん、そして私たちが繋いでいく。どこまで彼の思いのたけを分かち合っているか、私は心もとないが、写真を見直して、これまでも、これからもと考えている。こうした思いは、彼を知っている仲間の共通した思いだろう。また、この記事を読んだ皆様も、何らかの形で共感を広げていただければ、幸いだ。

 -稲葉博さん-

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15年10月13日 ゲート前で辺野古ダンスを踊る仲間達。左側で正面を向いているのが稲葉さん。

 稲葉博さんは私よりも1歳年上か、同年だ。彼はゲート前が始まった後の2015年の春頃に彗星の如く現れたと記憶している。彼はなかなか豪快でありながら、事細かな雑務を地味にこなし、ゲート前写真展(全国への貸し出しも)の基礎を作ったのも彼の功績だ。ゲート前では裏方であり、ブロックを積んだ案件のリーダーでは、ありえない。彼が不当にも逮捕・起訴されたのは、国家権力が基地建設に抗する闘いを「組織的な犯罪」だと看做して圧殺しようとしているためだろう。何しろブロック積みに参加したのは、数百人をはるかに超えていたはずだ。

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16年3月16日 名護署前で歌う稲葉さん。独特の味があるおやじなのだ。

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同日。ヒロジが隣に居た。


 今、安倍政権は、共謀罪を国会に上程しようとしているが、今次の沖縄の闘いに対する弾圧は、金の流れに着目した弾圧であり、明らかに共謀罪の先取りである。このことから考えれば、この法案は具体的な大衆運動を壊滅させることが目的だと推定できる。あの戦争前から、治安維持法が制定され、凶暴な弾圧をほしいままにした時代が続いたのだ。私たちは、このことを決して忘れてはならない。既に、もっともっと想起すべき時代に入ってしまっていることを自覚すべきだ。私たちは脇が甘すぎたのだ。

 -ヒロジたちと共に弾圧に抗して-

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15年3月21日 ゲート前 

 勾留は刑事訴訟法では23日間までのはずだ。なのに稲葉さんは威力業務妨害の容疑で約3ヶ月投獄されてきた。また博治は、10月17日以来、器物損壊、公務執行妨害・傷害、威力業務妨害の容疑で長期勾留が続いている。東京出身のTさんは、10月4日に傷害、そして公務執行妨害と傷害の容疑でこれまた長期勾留の憂き身にあっている。

 この3名共に逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れはない。国家権力はなぜこれほどの弾圧を集中させているのか? やはり博治に対しては、現場リーダーの才覚のある彼を引き剥がしておきたいのだろう。また、現場のムードを貶める効果もあるとみているはずだ。そして今回の弾圧の効果は、ネット右翼の宣伝とも相俟って(MXテレビも加担したが)、沖縄の闘いを矮小化する意味も小さくないはずだ。長期勾留して置けばおくほど、「過激な闘い」だとのイメージを作り出せると。

 であれば、私たちはこうした攻撃の不当性を明らかにしていかなければならない。何故沖縄ならば、基地を集中させて良いのか? 沖縄には住民が居ないというのか? 沖縄への差別を許さないと。沖縄の現実を切り捨てると言うならば、そんなに戦争がしたいのかと。

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15年9月20日 ヒロジの復活を祝う会の場で。左は糸数慶子参議院議員。

 来る3月17日は本件の裁判も始まる。稲葉さん、博治、Tさんをはじめ、先日亡くなられた田港さんの遺志も含めて、一人ひとりが横に繋がり、歴史を継承しながら、沖縄の文化の底力も発揮していこうではないか。不屈・不退転の闘いを被弾圧者と共に、細心の注意を払いながら、全力で示していこう。

 私たちは、住民と共にやんばるの森を、海を守りぬく中から新たな沖縄の可能性を拓いていけるはずだ。「命どぅ宝」の道を諦めない。私たちは確かに微力ではあるが、一人ひとりが繋がることによって、思いのほか大きな力を宿していけるだろう。

 

 

 

 

 

2017年3月 9日 (木)

テレビbs「アレクシェービッチの旅路」再放送

 私の友人のTさんから以下の情報をいただきました。制作はNHK名古屋ですが、彼が太鼓判を押していますから、見れる環境にある方は是非見てください。

BS1スペシャル「アレクシエービッチの旅路~チェルノブイリからフクシマへ~」

前編「チェルノブイリの祈り」 3月11日深夜24:00~24:50 (12日午前00:00~00:50)

後編「フクシマ 未来の物語」 3月11日深夜25:00~25:50 (12日午前01:00~01:50)

案内の画像はこちら。

「new.pdf」をダウンロード

沖縄だから罷り通ると思うな!!(17年3月9日)

 昨日のことだ。海保が大浦湾で抗議船に正面衝突してきた。どう映像を見ても、減速していない。其れもあちらからフロートを乗越えてのことだ。前に国に雇われている作業船(警戒船か)が横切ったが、これを追いかけさせまいとしたのかもしれないが、こちらがただ航行中の作業船にぶつけることはありえない。海保はそんなことは分かりきっているはずだ。海上で危険行為を行ったのは誰かは、はっきりしている。

 他方、米軍はキャンプハンセンの内外で吊り下げ訓練を8日午後再開した。宜野座村や付近住民の反対の声を無視してのことだ。これは昨年12月にも問題になった場所で、宜野座村と金武町の堺。演習場と民間地の間でのことだ。そしてたった30分足らずの時間のうちに、釣り下げていたタイヤの束を落としたのだ。稚拙なのに傲慢という、米軍の態度。城原区の住民曰く「人に落ちたら死にますよ」(沖縄タイムス-17年3月9日)だ。

 米軍は戦場でやるための演習だから、住民など死んでもかまわないのか。ここは沖縄なのだ。人殺しのための訓練だから、安全管理ゼロでは、一切の演習をやめていただくしかない。

 そして極めつけはニコルソン4軍調整官の3月8日の発言。嘉手納基地等での夜間(深夜・未明を含む)訓練を必要だとぶちあげた。これも軍の身勝手。論理にすらなっていない。軍の身勝手を押し通したいのであれば、どこかの無人島でやれば。彼らはこれまで力づくで「無人島」にしてきた実績もあるので、米国本国のという条件をつけるしかないが。

 沖縄だから許されてきたのか? 誰が許してきたのか。米国政府の傲慢と日本政府の怠慢がだ。私達は一丸となって、断じて許さないと宣言しよう。命どぅ宝。

2017年3月 8日 (水)

海保GBが抗議船に突っ込んできた(17年3月8日9時20分頃)

 これまた今さっき見たことだが、今朝、17年3月8日、9時20分頃、大浦湾の航路側(画像から私が認定)のフロートの外で、抗議船に海保GBがフロートを越えて正面から突っ込んできた。抗議船は1m余りの長さの損傷を負った。暴挙!暴挙!暴挙!

 以下沖縄タイムス電子版から

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87560

今日、稲葉さんが保釈されたと(17年3月8日)

 今日、稲葉さんが釈放されたとのツイッターを見た。本当か?! 本当であることを願うばかりだ。

 彼から「また写真提供して」とか言って来るのだろうか。これは嫌だとはいえないぞ。がんばろう。

 今沖縄タイムスの電子版でも確認した。まちがいなく出た。3名のうちのひとりだが、ひとまず喜びたい。ヤッター!

「憲法、平和、そして沖縄」-市民意見広告運動集会(東京)

 このチラシが同封されて自宅に届いた。今年もそんな季節になったのか。今年は日本国憲法施行70年だ。「平和・民主・人権を守る憲法」は、風前の灯になってしまったが。

 しかし憲法を生かすも殺すも主権者である日本国民の民意に掛かっている。だからこそ、こうした意見広告の意義があるといえるだろう。そう考えるからこそ私も当ブログで紹介するのだ。

 3月12日に東京で「市民意見広告運動集会」が開催される。スピーカーは以下の各氏。

三上智恵(映画監督)、井筒高雄(元自衛官)、佐々木寛(新潟国際情報大学教授)、丸井 春(『デイズ・ジャパン』編集長)の4名だ。

 実際どんな話になるのか、聞きたいところだが、私は参加できない。ある友人が日々語っていることだが、「憲法は私たちが守るものではなく、権力者に守らせるものだ」。その通りである。私たちが主権者なのに、これまで主権者意識が希薄で、ここまで追い込まれてきたのだ。「護憲」という言い方が、この関係を曖昧にしてきたのではなかったのか。

 勝手な解釈を繰りかえす安倍政権は露骨過ぎるが、解釈改憲を繰り返してきたのは、歴代の自民党政権の仕業だ。安倍晋三は最後の一押しをやっているに過ぎないのだ。親米の元での「戦前回帰」。なかなかの離れ業ではあるが。

 しかし戦後日本は、米国に首根っこを押さえられて72年を過ごしてきた。「押しつけ憲法」だと自民党や安倍は主張し続けているが、米国に膝まずいてきたのは、お前達だろう。沖縄を切り離し沖縄を基地の島にしながら、日本を「平和の国」に見せかけ、再軍備を図ってきたのだ。「日米安保」、いや、米日安保を振りかざしながら、米国に便宜を図り、沖縄を足蹴にしてきたのだ。「日米地位協定」が憲法より上位ってどういうことだ。

 米軍機(オスプレイ)が墜落したのに、「不時着水」と称し、周辺を米軍が管理し、警察がその下請けで動く。これが主権国家のやることか。デタラメに過ぎるだろう。

 翻って、「憲法、平和、そして沖縄」ではないのだ。「オキナワ、平和、そして憲法」なのだ。ここから紐解かない限り、私たちは憲法をものにしえないだろう。

 今の沖縄はただの出撃拠点ではない。出撃を準備する演習場であり、さらに戦場にすることすら想定されるに及んでいる(日本政府の「防衛計画大綱」参照)。

 私たち一人ひとりが主権者であることから距離を置きながら、「改憲反対」と言っても無力にすぎないか。

 もっとも、今大切なことは、私たちが生きている場を暮らしていける場に取り戻していくことが、私は先決だとも思う。

 話は難しい(自治と国家の間で矛盾が生じる)が、5月3日の憲法記念日だからぶちあげる問題から、日々のこととして考えて欲しい。私が主人公になることと、現状が余りにも遠いならば、この乖離を注視しないかぎり、ただの市民運動の年中行事で終わってしまう。

 集会の中で如何なる論点が提起され、議論されるのか、私は関心をもつ。5月3日前の宣伝行事に終わらないように願いたい。

 そうは言っても、余り「注文の多い料理店」にしてしまうと、気がついたら丸焼きにされていたのでは困るが、この集会の主催者は、沖縄の問題を、沖縄からの注視を、ただの味付けのひとつではないことを充分に理解していますよね。

○追記:主催者(呼びかけ人)の皆様へ

 これを機会に沖縄に来て、憲法と沖縄、オキナワと憲法を、主権者になることとあわせて、考える機会にできたらいいですね。

集会の詳細は以下。

http://www1.jca.apc.org/iken30/

 

 

今日も休ませてもらいます(17年3月8日)

 昨日は医者に行って(その前に保険証を市役所で再発行してもらったのだが)、帰宅して、薬を呑んだりして、けっこう寝てしまった。

 今朝も、まだダメだな。食欲はほぼ通常であり(料理もできる)、体温も血圧も平常値だが、やる気がでない。集中力がない。大好きなコーヒーを飲む気がしない。今朝の新聞には重大な報道があるが、これも熟読できない。

 今回自分でヤバイかもと思ったのは、痺れとか、めまいはないのだが、通常使っている一般名詞が出てこなかったり、身近な人の名前が出てこないことがあった。今はだいぶ記憶(回線)が戻ってきたのだが。

 今頃思い出したのだが、10数年前にも、同じような症状が起きた気がする。どうした経緯だったかは忘れたが、近くの脳外科でCT-スキャンをとってもらった。結果は「きれいですよ」だった。その場で自分の脳内を見たので、驚嘆したことまで思い出した。

 通常、10割の力でやっているので、8割にも落ちたら、ガタガタだ。今回は歩くことは難儀じゃないが、歩きたくない、億劫な感がある。もう1日、2日休ませてもらいます。ベッドに入ったら寝ちゃいそうだ(薬のせいもあり)。中途半端にパソコン見ているのも、なんだかな。

2017年3月 7日 (火)

ブログのデザインを換えてみましたが

 昨日から当ブログのデザインを変えてみました。「青に白」は読みにくいとの声をいただいたものですから。今やっと、自分のパソコンで新たな「若葉」になったのをみましたが、字が緑ぽくて読みにくくないですか?

 いっそのこと、元の「ヤマヒデの沖縄便り」の茶色に戻したほうがいいでしょうか。ご意見があれば、お知らせください。

ちょいと休養・静養しています(17年3月7日)

 2,3日前から体調が思わしくなく、あれどうしたのかと思っていました。風邪とかの症状ではないので、余計に不安。今日思い切って医者に行ってきました。もしかしたら即入院かいと思いましたが、血圧は平常値(自分は通常低い)でした。頭痛の薬をいただき、暫く様子を見てと。

 そんなわけで、ちょいと休養・静養します。食欲もやや低下していますが、まぁ平常の範囲、肉体も集中力が欠けているぐらいで、日常生活には支障なし。ブログも小難しいことは書く気がおきませんが、そこそこのことなら大丈夫。

 医者に行った帰りがけに、軽めの本を読もうと、本屋に。余り緊張を要する本は読みたくないので、適当な本を探してきました。

 体調が戻ったら、パソコン環境の改善や、部屋の大改造(資料類の整理)、今後の事業展開を追求していきたいと思っています。

 これからが正念場であり、諦めるわけにいきませんよ。無論、死ぬわけにいかない。ただ時々緊張を解いてやらないと、若いときのように、イケイケ・ドンドンとはいかないのでしょう。

 首相夫人安倍昭恵さんを巡って、今、世論が沸騰しているようです。今回の件でわかってきたことは、昨年の高江での行状について私が指摘したとおりだったようです。「噂を信じちゃいけないの」です。

 だって、首相である夫が、原発無責任・推進、沖縄蔑視・基地建設推進なのに、つれが、反対のわけないじゃないですか。ありえないでしょ。そんなんじゃ「夫唱婦随」で、外交のお供などできっこない。昭恵さんは、夫に献身したいがゆえに、夫のピンチ・壁を別の顔をして、乗越えようとするカメレオンのような人です(カメレオンさん、ごめんなさい)。ただ彼女はグッドプレーヤーじゃなく、国家神道を信じきっているが故のカリスマおばさんなのです。

 それにしても国家公務員の方が5名も首相夫人についているとは、私も驚かされました。一体如何なる制度によって、こんなことができるのでしょうか。これでは「公人」というしかないでしょう。「私人」に公務員がサポーターにつくか?!「私人」の顔と「公人」の顔を使い分けてきたのでしょうが、其れを統一するのも国家神道なのかな? だとしたら、なかなか凄いことですね(恐ろしい)。

 まぁ、あんまりつき詰めて考えると、頭に血が上って、自分の体調によろしくないので、今はやめておきますが、これは追及すべき論点であることは、いうまでもありません。

 なんて考え出すと、休養にならないのだけれど。

 

2017年3月 6日 (月)

天候不順の中で(2017年3月6日)

 2017年3月6日 曇時々豪雨。

 今朝はブログを書くためにやや遅刻。朝のゲート前は50名ほどか。

視界は悪かった。海上行動中止。短時間でしたが船が1隻でました。

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8時53分。突然の豪雨。テントの中はいいが、ゲート前は辛いだろう。

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雨上がり、沖のブルーと手前の赤茶が目立つこと。9時18分。

10時30分ごろ、豊原方面からジェット戦闘機と思われる激しい轟音。明らかに低空飛行。見えず。

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嘉手納・勝連半島方面から沖合いの低空を飛ぶ特殊作戦機のMC-130.10時41分。

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平島の奥を飛ぶ。北部訓練場から伊江島に向かうのか。10時41分。

11時40分頃、実弾演習が始まった。

12時31分から廃弾処理の爆発音が連続して「ダーン!」と轟く。12時31分。33分。35分、36分。37分。立て続けだ。このあとも。

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12時49分。だいぶ波が高い。漁港沖。

お昼過ぎから来訪者が多い。伊江島での集会帰りの人も多く賑やかに。

私も3回ほど説明。

リボンアートの取材。

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どうです。ジュゴン。15時3分。三重県からのMさん。

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カメ。東京のNさん。

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アップで撮れば。ひとつひとつに文字が書かれている。

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リボン1枚1枚に誰かが書いてくれている。それを貼り付けていく共同作業は難儀。

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ジュゴンとカメ。それらしいでしょ。

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素晴らしいものをジュゴンキャンペーンセンターの皆さんがもってきてくれた。15時24分、辺野古テントに掲示。美しい。
昨年の国際自然保護連合の集会に持参したものです。
ありがとうございました。



新たな作業台船等が入って来た(17年3月5日)

23017年3月5日。曇。海はやや荒れている。

8時に行くと、M船長から報告。今朝(6時30分前)、新たな作業台船が大浦湾に入ったと。

テントに行くと那覇から来た女性が近況を確かめたくてと来訪していた。暫し懇談。なかなかこれないのだが、何かしたいのと。

朝から横断幕の制作に余念がないMさん。

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日曜日の9時13分、テント前を通過するヘリ。どうも陸自のUH-60だ。東に飛ぶ。此処で見るのははじめてだ。

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拡大してみたら、日の丸が見えた。

弾薬庫前に移動。

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ポセイドン等が見えたが、肝心なものの姿が見えず。9時50分。木の陰になっているらしい。

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瀬嵩のお山から。右側の2隻が今朝来た奴。10時2分。

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貨物船 三社丸。喫水が高いので荷を積んでいるはず。

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今朝入った黒のクレーン台船。手前の積荷の台船にコンクリートブロック30個余り。

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こちらは以前からのクレーン台船。

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テントに戻ったら、海保の巡視船「さど」PL76.新潟からだ。10時46分。

「しれとこ」は午後居なくなったので、交替だ。

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カヌー練習の人たちが戻ってきた。松田浜。11時30分。

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ご苦労様。

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力作が並ぶ。

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フェンス越しのさど。11時42分。

午後はゆっくりさせてもらった。



















華やいだサンシンの日(② 17年3月4日)

キャンプシュワブゲート前。12時。

私が到着したと同時に始まりました。まずはサンシンの演奏。そして舞。

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12時6分。

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はっと見たら、稲嶺進名護市長が弾いていらした。

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参加者の皆さんが踊ると、場が華やかになる。服装(特に履物)は急ごしらえですが。

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静々と。

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バックの雲もこの場の華やかさを演出してくれました。

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弾き手も思わず熱が入ります。撮り手の私も。

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踊りと演奏がみごとに重なって。

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どこまでも優美でした。

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こちらも素晴らしい。ひとつひとつの動きに目が釘付けに。

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この切れ味。

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琉球舞踊に魅せられてしまいました。

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稲嶺市長が挨拶。こうした沖縄の文化を大切にしながら諦めないで、基地建設を止めていきましょう。

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国道329号を挟んで、人々がゲート前にびっしり。

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彫刻家の金城実さんが下駄踊り。

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空手の型を模したもの。引き締まる。

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やはりカチャーシーで盛り上がる。

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皆さん、こんなです。挫けぬ心が体現されています。

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ヤスさんが太鼓を叩く。

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髪結いのお二人からアメリカ先住民の太鼓が稲嶺市長に手渡されました。自然を大切にする生き方を共有したいものです。

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いただいた太鼓を叩いてみせる稲嶺市長。嬉しそうです。

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今日の日まで沖縄に滞在してくれたお二人に感謝。今日大阪に帰るそうです。

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テント前に戻ってきたら、晴れていて美しかった。

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辺野古テント村は日常のままでした。

しかし14時30分頃、ゲート前から工事車輌が数台入り、そのなかで1名が公務執行妨害で逮捕された。ゲート内に引きずりこまれ、1時間ほど拘束され、機動隊員に蹴られたようです。名護署へ。

何が公務なのか、はっきりとさせてもらいましょう。自分たちの面子が公務なのか? 笑止千万とはこのことです。



















2017年3月 5日 (日)

まいにち、毎日、次から次へと(17年3月5日)

 昨日、私は予想していました。明日(3月5日)、新たな船が大浦湾に入ってくるだろうと。これは先週の日曜日に入ったからです。ある方は、いやもっと長い周期になるんじゃないと言いましたが、ある意味、私の予感が的中しました。詳細は別途になりますが、新たにクレーン台船1隻と貨物船1隻。補給ではなく、新たな作業に向けた段取りのようです。

 実は私の体調が不安な状態にあり、辺野古に行くのもどうしようかと考えたのですが、行ってよかった。先週は私が不在で、現場確認を逃がしたのです。こういう動きに対しては速攻が大切。今日は自分から行く元気がないところでしたが、福岡のTさんが行こうと誘ってくれたので、案内がてら無事に撮影。無事に戻ってきました。

 毎日毎日新たな動きがある。私たちも逆に動きを作り出していかなければ、勝てません。がんばりましょう。

 

サンシンの日と辺野古(①)17年3月4日

 今日2017年3月4日は快晴に近い晴れ方。ゲート前ではサンシンの日のイベントが組まれている。

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看板を見たら、座り込み4703日目だった。トホホだな。

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ゲート前に着いたら始まっていた。8時からだったらしい。8時43分。

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イベント企画立案者の伊波義安さんが踊っていた。参加者は400名を越えている。

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司会のUさん。

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ヤンバルクイナが踊る。左がKさん、右も別のKさんだ。お二人とも中部の方。ウチナーンチュは決まるね。

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若い二人も唄う。バックの車輌は機動隊の警備車輌。

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暫く沖縄に滞在していた髪結いの夫婦。お二人は、米国で先住民と出会い、パイプライン建設反対の闘いを知り、沖縄のことを聴いたらしい。先住民、自然との共生は地球の隅々まで共通項をもっているのじゃないか。

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勢ぞろいした人々は、先住民のスローガンを掲げている。「命の水」はどこでも共通だ。因みにやんばるでも宮古島でもだ。

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ちゃるさん。東京からきたらしいが、どこで心を拓くことを学んできたのだろうか。こうした若者たちが発信する文化の力にも大いに期待したい。

多くの参加者が居た反対車線は、逆光のため、この時点では撮らなかったが、大いに盛り上がっていた。

10時頃中締め。一旦、私はテントに戻る。

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辺野古の急坂の途中で。ツツジの仲間。

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ルリハコベ。辺野古の下集落で。道路脇のお宅の前で撮っていたら、家人がでてこられた。いつも近くを散歩されている女性。私が座り込んで撮っているものだから、何していると思われても不思議でない。食べれるのかと、聞かれたが、分からない。

小さな花から、会話できたことは嬉しい。大き目の葉っぱは長命草。こちらは与那国島で御馴染みだ。





私は8時30分過ぎに移動。

2017年3月 4日 (土)

ブロック投下が続く大浦湾(17年3月3日)

 2017年3月3日 曇 今日はテント番だったはずだが、海上から9時過ぎに電話が入り、「山」に行ってくれと。いよいよブロック投下は、悔しいけれど、最終局面に入った。

 「山」とは瀬嵩(せだけ)の高台。

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沖側に赤と白の台船が作業中。10時10分。

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レジャービーチ側には、赤のクレーン船とブロック台船。接舷して作業中。もう一台(左端)には既にブロックは0だ。10時11分。

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大浦湾右側。西側

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左側(東)。真ん中に見える島が長島。右奥が辺野古崎。

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長島の側に居るポセイドン1。海底3000m掘れるらしいが、外見から何をしているかの判別はほぼ不可。どこにいるかを記録していこう。10時12分。右奥の白は巡視船「しれとこ」。

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ブロックを落とした。10時15分。周辺にある赤のブイは既に落とした場所を示す。

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カヌー隊、西に移動。赤台船を追う。

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平島手前。これらのブイが落とした場所を示している。

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長島前。同じく。

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航路側。おびただしい数だ。

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さらに左。計、軽く100個を越えている。以上、拡大してみてください。

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勝丸に近づいてきたマリンセキュリティの船(上) 「臨時立ち入り制限区域から出ろ」と。

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何かやっている。

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また落とした。10時33分。

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フロートを挟んで海保と民間ガードマン会社とにらみ合うカヌーチーム。

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10時34分。動くのか。右側に潜水作業の作業船もいる(黄色の旗)。

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少し動いた。落とした。甲板の残り7個。10時46分。

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11時14分。ブロックをクレーン台船に移し変えている。

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11時19分。こちらの甲板に20個から30個だろう。

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11時42分。海ヲ見ているとめまいがしてくる。怒りと焦りで。ならば時に目の保養。もっとも種名が分からない。

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この海ヲ潰すのか?!走っているのは海保のGB。

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カヌーチーム撤収。11時48分。

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クレーンを動かしている。 いくつ? コンクリートブロックはいくつ残っているか?約30個余り。

12時15分テントに戻った。

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15時9分。今度は弾薬庫前から。今日の作業は終了したようだ。

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赤台船も戻っているが。ブロック数を把握できる位置ではない。


















サンシンの日の午後、不当逮捕(シュワブ・ゲート前)

 今日2017年3月4日の沖縄はサンシンの日。シュワブゲート前では2015年以来、サンシンの日が賑々しく行なわれてきた。サンシンの演奏(笛、お琴が加わって)、琉舞、唄、もちろん、カチャーシーまで。

 今日の圧巻は琉舞。プロの踊りは、さすがだった。息を呑んでいたら撮影できないから、そんなことはなく、私はピシ・ピシと決めるばかり。理屈はともかく、素晴らしかった。

 第1部は朝。8時30分~9時30分頃まで。第2部が12時~13時まで。今年は権力の介入もなく、一切の混乱はなかった。と安心して私は辺野古テント村(海辺)のテントに戻った。ところが、14時30分頃作業車が入ろうとし、機動隊が介入。座り込んだ人人を強制排除し、そのどさくさにまぎれて、2名を拘束し、1名を不当にも逮捕したようだ。被弾圧者の氏名や、逮捕容疑はまだ分かっていない。だが身柄は名護署に護送されてしまった。こちらの弁護士が接見に向かっているが、詳細は現時点では不明(3月4日16時時点)。

 権力というものは、奢り、昂ぶり、午前中、ゲート前をワッターの沖縄文化が席捲したことを恨み、あえて逮捕に踏み切ったのだろう。愚劣な権力の横暴を断じて許してはならない。

 私達は如何なる弾圧があろうとも、逐一跳ね返し、必ず勝利する。

残りのブロックはいくつあるのか?(17年3月4日朝)

 この国が、昨日までに大浦湾にブロック(全部で228個)をいくつを落としたのか。残りはいくつか。私は昨日も数えに行ったが、正確なところはわからない。赤・白のクレーンに数個、赤のクレーンとブロックを積んできた台船に40前後。計40個ぐらいだろう。

 何故分からないかといえば、積み重ねてあるものを正確に推定できないのだ。光の具合もあれば、台船の向きでも違って見える。いずれにしても来週初めには、このブロック投下が終了し、次の工程に入るだろう。

 国による自然破壊を止めなくては、ならない。私達は諦めない。

 今日はサンシンの日。ゲート前でのサンシンの文化の力で、皆で元気を分かち合おう。

 それにしてもこの国が進める戦争政策は、酷いものだ。沖縄島だけではないし、琉球諸島だけでもない。私達は生きるために闘う。未来のために今、闘うのだ。頑張ろう。

2017年3月 3日 (金)

宮古島空港の周りを歩く(17年3月2日)

2017年3月2日曇。今日は雨は降っていない。半日しかないのでどうするか。

まずは久貝の漁港周辺を歩く。妙な音。ヘリだが軍用。あれれ?

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丁度望遠の用意がなかったが、一応撮った。この航路は宮古島空港であり、陸自UH-60だ(拡大してみてください)。8時9分。

中略。

宮古島空港の南西側。サトウキビ畑を行く。偶然いいとこを見つけた。

約3m高い。周辺道路より、若干さがっているが、この3mの高さがいい。

離陸するために南にやってきた。10時。

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ここでターン。くるっと回る。

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ボーイング767。3月から宮古・羽田に就航したばかり。

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セーノ!10時2分。

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take off  晴れていればいいのだが。

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南から降りてきた。ここは滑走路南端。JAL機。

私も物(ブツ)きらいじゃないので、時間があったら、いくらでも撮っていたい気分になる。

それにしても、「鳥のように飛びたい」からどうして戦闘機のような破壊と殺戮に特化するような欲望にとりつかれたのだろうか。

因みに自分の少年期は、大和、0戦、飛燕、ムスタング、色々とプラモデル作りましたが、それだけでしたがな。

余談ですが、ゼロ戦は優秀なパイロットが乗ってこそハードアタッカーだったらしい。軽快な飛翔能力を出すために機体を軽くして、防御は最小限に留めたとか。被弾したら、いちころだったようだ。ここにも人間の命をおろそかにする設計思想が貫かれていたのだ。

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空港東側200Mに作られている体育館。

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空港東側のサトウキビ畑。盛んに収穫されていた。11時28分。

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右上のボールは空港の気象レーダー。

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空港北側北端先。自衛隊反対の旗がなびいていた。上のオレンジ色は誘導塔。

こんな感じで、15時45分、那覇空港に着きました。




宮古島を歩きながら②(17年3月1日)

2017年3月1日 朝、雨。暫し様子を眺める。10時過ぎに突然晴れ間が出てきた。よし!

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庭に咲くアカバナー。雨滴が赤に輝く。

今日は海岸伝いから平良港へ。

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アサギマダラだ。

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まだ暖かくないから、余り行動的ではないが、お元気。私にとって、アサギマダラといえば、妙高高原(新潟県)での思い出。だから南の地にいることがしっくりこない。渡る蝶でもあることは有名だが、美貌と何百キロの渡りの行動力の矛盾(していない)。

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3月に。パイナガマビーチ脇の林で。意外な出会い。リュウキュウムラサキ?

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高い葉に止まるものだから、絶世の美を見れない。憎い奴。もっと下に止ってよ。最も気温が充分でないから、安全をとっているのかもしれない。

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色づいてきたアダン。

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平良港入り口のシーサー。

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多良間島からのフェリー。16時10分。乗ってみたいな。

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入港。こうしたものを撮るときは、進路を見抜いて動きを予測して撮ることだ。

夕方宣伝活動。

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3月19日の集会の宣伝。サンエー前で。18時15分。

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18時20分。サンエー前で。夜また雨が降ってきた。















宮古島を歩きながら (17年2月28日)

 今回の宮古島は、ちょいと予定は未定になってしまった。本題は改めて書くとして、たらたら歩きながらのモノローグを。

 予定では、某所に行くはずが、天気予報の結果、初日から飛ばすことにした。

飛行場からまっすぐに野原(のばる)へ。

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派手な園芸品種を見つけて、カラフルワークス。ところが難しい。なかなか決まらない。自分には派手すぎる相手だったようだ。

こちらはお店への案内塔。小さなサボテン。

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ちょいと形になりました。公道(片隅ですが)においてあるところが、宮古です。

さて野原。空港から3キロ。

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奥にアンテナが。標高100mの丘に航空自衛隊のレーダー群。静かに見えるのですが、村は平穏であり続けられるのか?

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ここ野原から南に1200mの場所に陸自の駐屯地がくる?気は確かなのか?

レーダー基地がやられれば、陸自も同時に攻撃される。何故こんな場所に?裏があるのでしょうか。ここからは名探偵のお出ましをまちましょう。

答え ①攻撃されないと考えている。②攻撃されても反撃できるか、逃げられると考えている。因みに政府・自衛隊は「島嶼奪還作戦」だと言っております。盗られたら奪い返すと。

後者だとしたら、住民の安全をどう守る?守れるのか。

歩いていても気が晴れない。武力で平和を守るという押しの思想。武力が正義だと。リアクションには目をつぶる。耳を塞ぐ。口を塞ぐ。

伸びやかな自然が溢れる島でもったいない。そう思いませんか?(続く)



何だかなの発見

 昨夜帰宅して自分のブログを見たら、とんでもない誤植が。「夜明け前」が「夜明け間」になっていた。慌てて訂正した。この類のマチガイはよくあって、随時直しています。ご承知置きください。どうしても夜、眠いときにやるととんでもない間違いがでる。申し訳ない。

 宮古島で撮影してきた写真は300枚ほど。天気が良くなく、余りいいものがないが、良く見ると、??の写真が。これはよほど良く見て分析しないと、ダメだ。一見でごまかされてはならないようだ。

 レンズも一本、故障中につき、今回は古い古い安物を出して使ってみた。むろんアナログ時代のもの。まず使えたが、レンズの進化もあなどれないものがあるようだ。つうか安物はやっぱり使えないと。先に機材・主題・技術と書いたが、機材の問題はお金がないと買えないが、これは他の手で補なえない。

 それでも陸自のUH-60が辛くも判別できた。3月2日朝、宮古空港に着陸していた。着々と宮古島も軍事化が進んでいるようだ。武力で守ろうなる虚妄を克服できなければ、ダメだ。スエーデンが対ロシア政策から再び徴兵制を敷くらしい。この件も考えなければならない。

 自分が言うのも変だが、写真の記録力は凄いな。目で見ただけでは、認識できなかったものを浮き上がらすことがあるのだ。何だろうと思ったときは色々な工夫をしてみること。

 ピントを正しく。逆光を可能な限り避ける、乱反射を抑える、コントラストを上げる。死角を逃れる位置(ポイント)を探し出す。ただし、無断で他人の土地に入らない。前から後ろから、右から左から、上から下から、横から縦から、あらゆる角度から重ねて見る。要は油断しない。これだよ。

 つうことで辺野古へ行ってきます。

宮古島から帰ってきました(17年3月2日)

 2月28日から3月2日、宮古島に行ってきました。意気消沈の出発(既報)でしたが、宮古島の天気予報が明日より悪くなるとのことで、予定を繰り上げて、寝不足の中でのフル装備でしたが、初日から頑張った。結果は新たな発見と2つの確認。ウォーキング・フォトグラファーの本領発揮。悲しすぎる成果。ただしこれらをどう公表できるかは、暫しお待ちください。

 3月1日は、平良(ひらら)港周辺を歩いて、港湾の変化を確認。2日は半日でしたが、都合、2日半にしては、重たい現実を突きつけられながらの帰還。

 ここでは余談三昧。自分が「南」の地域に関心を持ち始めたのは、87年のフィリピン訪問からと思っていましたが、一番最初は、三沢あけみの「島のブルース」か。この曲は奄美大島を歌った曲ですが、なんとなく異国情緒を覚えた。もっとも、何故それほどのインパクトがあったかといえば、くだらない話で恐縮ですが、妹の幼稚園に三沢あけみ似の先生がいて、彼女のイメージとダブってのことです。私はまだ10歳か11歳でした。

 現在の宮古島を歩いていて、なんでこんなことを想起するのか、不可思議ですが、無論理屈は毛頭ありません。当時の私は無論、反戦とか、平和とか考えていなかった。

 歩きながら、ぽっぽっと思いつくことがあるのです。これはだいぶ最近の話ですが、ザ・ニュースというハードロックの女性バンドがあって、「誰かの贅沢のために殺されたくない」などと歌っていました。20年ぐらい前のことです。今や、「弱者」を傷つけることで、自己満足、自己肯定する輩が増えて増えて、おどろおどろしい時代になってきました。余りにも情けない。自分が生きている場を失っている、見たくないのでしょうか。

 余り考えると支離滅裂になるので、やめますが、支離滅裂状況をどう克服していくのかは、案外重要なことでしょう。

 宮古島の基地建設の状況をみていると、相当深刻な気配を感じざるをえないのです。他方で、外国人観光客は多く入ってきており、クルーズ船を多く受け入れようと言う一方、中国叩き、中国脅威論が跋扈している。この2枚舌。何が「おもてなし」なんでしょうか。どこの国であれ、力づくの政治はダメだと何故分かろうとしないのか。

 課題はとってもはっきりとしてきてます。そのへんの整理を急ぎたいと思います。

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