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2017年3月 3日 (金)

宮古島から帰ってきました(17年3月2日)

 2月28日から3月2日、宮古島に行ってきました。意気消沈の出発(既報)でしたが、宮古島の天気予報が明日より悪くなるとのことで、予定を繰り上げて、寝不足の中でのフル装備でしたが、初日から頑張った。結果は新たな発見と2つの確認。ウォーキング・フォトグラファーの本領発揮。悲しすぎる成果。ただしこれらをどう公表できるかは、暫しお待ちください。

 3月1日は、平良(ひらら)港周辺を歩いて、港湾の変化を確認。2日は半日でしたが、都合、2日半にしては、重たい現実を突きつけられながらの帰還。

 ここでは余談三昧。自分が「南」の地域に関心を持ち始めたのは、87年のフィリピン訪問からと思っていましたが、一番最初は、三沢あけみの「島のブルース」か。この曲は奄美大島を歌った曲ですが、なんとなく異国情緒を覚えた。もっとも、何故それほどのインパクトがあったかといえば、くだらない話で恐縮ですが、妹の幼稚園に三沢あけみ似の先生がいて、彼女のイメージとダブってのことです。私はまだ10歳か11歳でした。

 現在の宮古島を歩いていて、なんでこんなことを想起するのか、不可思議ですが、無論理屈は毛頭ありません。当時の私は無論、反戦とか、平和とか考えていなかった。

 歩きながら、ぽっぽっと思いつくことがあるのです。これはだいぶ最近の話ですが、ザ・ニュースというハードロックの女性バンドがあって、「誰かの贅沢のために殺されたくない」などと歌っていました。20年ぐらい前のことです。今や、「弱者」を傷つけることで、自己満足、自己肯定する輩が増えて増えて、おどろおどろしい時代になってきました。余りにも情けない。自分が生きている場を失っている、見たくないのでしょうか。

 余り考えると支離滅裂になるので、やめますが、支離滅裂状況をどう克服していくのかは、案外重要なことでしょう。

 宮古島の基地建設の状況をみていると、相当深刻な気配を感じざるをえないのです。他方で、外国人観光客は多く入ってきており、クルーズ船を多く受け入れようと言う一方、中国叩き、中国脅威論が跋扈している。この2枚舌。何が「おもてなし」なんでしょうか。どこの国であれ、力づくの政治はダメだと何故分かろうとしないのか。

 課題はとってもはっきりとしてきてます。そのへんの整理を急ぎたいと思います。

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