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2017年3月11日 (土)

いま暫く自宅でできる事をやります-3月10日、11を迎えて

 この国は、遂に大浦湾で汚濁防止幕なるものを張り出した。昨日10日、医者に行っているときにテレビニュースでこの様子を見た。いよいよ大浦湾の自然・生態系をぶち壊しにかかってきた。自然を壊して、海外での出撃基地にするために。決して日本を守るためではない。

 前日の3月9日、在沖米軍トップの4軍調整官ニコルソンは、キャンプシュワブなどの多くの在沖米軍基地・演習場を自衛隊との共同使用にする意向を明言した。私たちが日々指摘してきたことを米軍は認めたのだ。

 自分は体調に異変があり、医者に通いながら体の様子を見ているので、現場に行けていない。それだけに、じりじりしてくる。日々現場で頑張っている皆さんに申し訳なく思う。一方で、「ちゃんと直してください」と、心配もかけている。さらにさらに申し訳ない。

 72年前の昨日、3月10日(未明)は東京の東部は、火の海になった。東京大空襲。約10万人が一夜にして亡くなった。今年も法要が営まれたと東京新聞の電子版に出ていた。しかしこの国は軍人(皇軍兵士)以外の庶民の被害者に何ひとつ保障をしていない(沖縄については、差別した上で、特別な処遇をしている)。歴史の闇に葬ってきたのだ。また、米国に無差別攻撃だとの責任追及も全くやっていない。すべてが無責任のままにおかれている。

  3月10日の東京大空襲、3月末から始まった沖縄戦、8月6日のヒロシマ、8月9日のナガサキ、8月14日の大阪大空襲。なぜこれほどの大量殺人が罷り通ってきたのか。何故、こうした事実関係を歴史の片隅に追いやってきたのか。戦争というものは一連が繋がっているのに、こうした経緯を、私たち自身もきちんと振り返ってこなかった。45年3月、「大日本帝国」の崩壊は、もはや時間の問題だったのではなかったのか。こうした歴史の中に何が隠されてきたのか。改憲と戦争が差し迫っている今、私たちは改めて歴史に向き合い、謎解きをしなければなるまい。

 そして今日は3月11日。2011年3月11日から6年が経つ。私は東京に居たが、酷かった。周囲に怯えている人が多数おり、安全を確認しながら、次善の策を練ったものだ。

  地震・津波は自然災害だが、「復興」のイメージの中で、今どうなっているのか。原発災害への対応は待ったなしだが、政府は時の流れに任せているようだ。この国は放射能を垂れ流したまま、避難した人たちへの援助もこの3月一杯で打ち切ると。それどころか汚染地に戻れと。被災者の健康に生きる権利を微塵も考慮しないのだ。

 この国は72年前の戦争体験から何も学ばなかった。72年も経って、何の進歩もしていない「日本」と言う国。いや、この国の主人公であるはずの私たちも怠慢だった。戦後復興に追われ、戦中思想の脱却を果たせず、考えることを放棄してきたのではなかったか。

  この2つの時の流れの中で、今私たちが目の前にしているのは、「森友学園問題」なのか。無責任男達の開き直りが凄まじい。「俺は知らない」て。稲田防衛相は、ひとり気を吐き、「教育勅語は道義の国づくりに重要だ」と持論を述べた。ご立派というべきか、アホ丸出しだ。細かい批判はともかく、こんな「道義」で今度はこの国の人々をどこにおしやるつもりなのか。また、何千万殺す尖兵になれというのか。因みに、道義とは「人の行なうべき正しい道。道徳の筋道」(広辞苑第6版)。

 それにしても安倍政権の支持率が下がらなかった。さすがに森友学園問題を巡る中で、急降下しているようだが、こうした政権を生み出してしまった「日本国民」の愚鈍さに私は呆れてしまう。反省しないことが美徳という態度で、今度は米国と共に「勝てば官軍」になりたいのか? 随分とズーズーしくも醜い姿。誰かさんが言っていた。「美しい国へ」と。

 しかし、あたかも強者になれると夢想するのは、止したほうがいい。夢想している間に自分の命がなくなる。ちょっと待った。その前にあなたが他人を殺しているだろう。其のとき後悔しようとしても遅い。既にあなたという個体は死んでしまっているからだ。

  私も含む人間て奴は、たいしたことがない。プルトニュウムの半減期は24000年だが、人間が生きれるのは長くて100年。記憶の継承の努力も放射能の力には遠く及ばない。戦争の記憶など、知らんぷりできる人間様。

 他方で、私たちは空間を超える力も弱い。飛行機が普及し、世界中に行き来できるようになったが、お互いに何を知りえているのか。便利にも、情報がひとり歩きしてしまっている。生身の関係が磨り減り、コミュニケーション能力が落ち込んでいる。

 人間なんてぼちぼちでしかない。ここを留意し、自分もぼちぼちだと自覚したい。そうすれば、大きな間違いを相当程度減らせるはずだ。

  私は、弱者のままに、できることをやりたい。諦めず、焦らずに。私たち一人ひとりは確かに微力だ。だからこそ、お互いを尊重し、労わり、力を尽くしていこう。沖縄の闘いの活力は、ここにあるはずだ。自信をもってとりくみたい。

 

 

 

 

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