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2017年6月

2017年6月30日 (金)

沖縄県、嘉手納町、北谷町、沖縄市と合同で国に要請

 米軍の沖縄への負担増が俄かに強化されている。①嘉手納飛行場でパラシュート降下訓練を強行実施、②外来機が増え、100dbを超える騒音を振りまき、③駐機場の位置を変更したはずなのに、空いた場所を別の機種が使っているなど。1996年のSACO合意の約束を守らない米軍。守らせる意思のない日本政府。

 こうした事態を受けて、地元の3首長は、怒り爆発。沖縄県と共に、7月7日、日本政府に申し入れると。このタイミングが絶妙だ。7月中旬に日米の「2プラス2」(防衛大臣と外務大臣、国防大臣と国務大臣)が開催されるからだ。この時期に地元の声、沖縄の声をあげると。

 SACO合意は96年に開催して決定した日米の約束。「訓練軽減イニシアティブの実施」として、「嘉手納飛行場の海軍航空機の移転」があり、滑走路の反対側に移したところ、空いたスペースに米軍は外来機を駐機させている。「訓練および運用の方法の調整」で、「パラシュート降下訓練は伊江島補助飛行場に移転する」とあるものを嘉手納でやった。またやろうとした(悪天候で中止)。

 こうした約束を米軍は日米合同委員会で、例外規定を設けて、反故にしているらしい。この委員会は軍事機密で守られており、秘密裏にやられてきた。

 今回の沖縄の国への申し入れは、沖縄県と「嘉手納基地を抱える嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会」(沖縄市、北谷町、嘉手納町)の合同の申し入れ。

 約束の不履行に対する怒りと、「負担軽減」の内実の検証、改善の申し入れに、今回の意味があるだろう。米軍の横暴を許さない。

どうもどうもです(17年6月30日)

 28日、29日と辺野古を休んで、原稿書き。今朝遅ればせながらできました。送った。これから添付の写真選び。ほぼ内定している。

 また写真展用の写真パネルの制作を本格的にやることを決意。この骨子も考えた。こちらはまだ未定なので報告はできないが、7月中の完成をめざす。8月は2018年の沖縄カレンダーの制作に入る。ここまでが当面の私の制作予定。

 今日テントに行ったら、先日私が作った海のファイル(20枚組)を見たYさんが「本出せば。もったいないよ」と言って下さる。「えー!本ですか?」と。「お金ないし、無理無理」と

 「出版社とか探したら」とまで言われる。「お金出すから」、と。確かに今が正念場だから、お金の問題さえクリアできれば、やるというのは筋だな。検討を約す。

 海上チームのSさんからは「週刊金曜日見ましたよ」、と。ありがたい。私がちゃんと仕事をすれば、運動にとっても何かとプラスになるし、期待もされれば、自分も頑張れる。

 帰宅したら、やっと週刊金曜日が届いていた。もしかして「週間金曜日」なんだったか。余談はともかく、これでゲート前で皆さんに報告できるし、何よりも被写体になっていただいた彼に渡せる。良かった。こういう関係の広がりこそを大切にしていきたい。

 明日はゲート前に上がろう。

2017年6月29日 (木)

安倍首相への怒りと、国民への嘆き(K.S様より)

 K.S様から以下のメールをいただきました。ご本人の了解を得て、転載させていただきます。(ヤマヒデ)

 写真を拝見して涙が止まりません。

 それに先日送ってくださった安倍の演説の空虚な言葉の羅列に改めてあきれ返りました。よくあんな不実なことを堂々と言えるものだと、大ペテン師です彼は。そのまま大嘘はこんな風に書いて、こんな風に述べるものだという戯曲になりそうです。ブレヒトの「第三帝国の恐怖と貧困」日本版として一幕できます。そのファシズムが現実のものとして迫っているのに、脳天気な一般大衆は枕を高くして眠っていられるのですね。爆弾が落ちるまでわからないのでしょうか。そうなっても、政府や権力は嘘つかない、きっと庶民を守ってくれると信じる。そんな人は知る努力をおこたり、情勢に興味を持たないで自己中心的に生きてきたことを棚に上げて教えてもらわなかったと人のせいにして自分を合理化するんですよね。

 ああ、うちの息子は大資本に雇われて疲れ切り、新聞は読まず、ネット情報だけを鵜呑みにして、早朝から深夜まで働き、家族とふれあわず家では眠りまくって、まるで大企業の奴隷のようです。

 第2次大戦の悲劇は足元まで迫っているのに、破裂するまでわからない。もう戦争はコリゴリだと一世代前まで言っているにも関わらず、その原因を究明しないまま、またまんまと同じ罠にはまって同じ過ちを何度も繰り返すのでしょうか。

 ドイツはあんなに懸命に過去の過ちを繰り返さないための法律、教育、博物館をたくさん作って普及させているのに、日本は残念すぎます。それどころか第二次大戦の戦犯の孫が大ウソつきの首相になり、祖父の見果てぬ夢を受け継いで今度こそ戦争に勝ってやるとうそぶいている。

 安倍は一日も早く、身から出た錆で退陣してほしいと願う毎日です。新たに首相になる人はさっさと米軍を追い出して平和な日本にする人であって欲しい。(17年6月28日受信)

 

●冒頭にある「写真」とは6月6日のゲート前での写真だと思います。(ヤマヒデ)

神奈川でケーソンを製作する会社に申し入れ(17年6月28日)

 17年6月28日午後、神奈川の平和運動センター、県央共闘などの団体が神奈川県横浜市鶴見区にあるJFEエンジニアリング横浜本社に、大浦湾の埋立てに使う大型ケーソンの製作を断念するように求めました。平日の日中の行動にもかかわらず、約70名が参加したとのことです。

 実際に製作するのは同社津工場であり、津の皆さんが同社に要請していましたが、面会拒否、今回も面会拒否してきたとのこと。

以下のブログをみていただくと6月28日の行動が良く伝わってきます。私たちもこうした企業に対しても関心をもち、各団体との連携を図り、ケーソンの製作を取りやめるように働きかけていきましょう。自然を壊し、戦争に協力する企業の独断を許さず、その社会的責任を追及しよう。

沖縄講座http://okinawakoza.at.webry.info/201706/article_1.html

雨が止んだら、このザマだ(17年6月15日)

2017年6月15日 曇。

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8時12分。あの太鼓の音が聞こえてきた。宗教者等の平和行進。辺戸岬から糸満へ。歩く私だから一度付き合いたいと思っているのだが、今回も1日も合流できず。彼らの歩き方の流儀を学んでみたい。

8時19分、実弾射撃の音が聞こえ始めた。

松田浜に河ができていると。行ってみる。

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あーあ。確かに、無惨。8時44分。この上(写真手前)は急傾斜であり、上から水が溢れてきたのだろう。

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こんなにえぐられている。8時47分。

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汀線を横から見る。8時49分。

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雨が止んでいる今でも流れている。8時49分。

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高さ50センチはえぐられている。8時50分。

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気分転換にチョンダラーを撮る。8時50分。

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1株のグンバイヒルガオ。ほっとするね。

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フェンスに戻るとクレーンが動いている。8時58分。

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テントへの帰り際に振り向けば。緑の中にバナーが浮き出ている。(9時3分)

9時25分。シュワブの浜に装甲車が3両+。

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いつの間にか出ていた装甲車が戻ってきた。テント前から。11時40分。

漁港奥の護岸へ走る。

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来た!11時43分。

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着岸直前。奥のコンクリートプラントは完成が近そうだ。11時47分。

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4両目。11時49分。

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こちらも随分、平になってきた。11時49分。工事を止められないもどかしさ。

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コンクリートプラント本体もはっきりと形が見えてきた。11時51分。

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水陸両用装甲車は7台。訓練も工事もやめろ!

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11時54分。上空を今日もホーカーハンターだ。急降下。

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11時55分。ここはお前らが宙返りするとこじゃないぞ。漁港奥の護岸から。豊原方面。

このあと私は、何組かに説明した。

帰り際。今日3回目のトラックが入るようだ。16時頃。

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車列を見て、焦ってカメラを出す。お互いに普通のスピード走っているから画像が流れてしまう。


















上空で戦闘機の訓練音が鳴り響き嫌な感じ(17年6月13日)

2017年6月13日。雷雨後曇。

朝方から雷雨。巡視船1隻は居るが、警戒船は0。11日から振り続く雨で、辺野古川河口も流れが赤くなっている。無惨。

海上行動は中止。

午前中に予約の労組が25名。私が説明。雨の中で気の毒だが、テントの中で。

10時38分、銃弾音が響く。

14時45分から15時30分過ぎまで上空を戦闘機が飛びまわっている。雲の上で殆ど見えず。凄まじい轟音。明らかに移動時のジェット音ではなく、周辺を飛びまわっている音。彼らには、演習空域というものがあり、そこでやるべきこと。上から人間が住むここへ墜落したらどうするのだ。

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14時59分、やっと機影を見つけた。やはりホーカーハンターだ。この機体は既に退役しているらしい。戦闘機訓練で、米国の民間会社が運用しているそうだ(ウィキペディア)。事故の実績もある。そんな機体を人間が住む島の周辺で演習させるなど言語道断だ。

因みにマッハ1とは音速のことだが、音は秒速340mという「常識」は、これは地上0m、気温15度の条件下で。時速に直せば、1224キロ。ただし飛行機は地上・水面ぎりぎりに飛べないから(当たりまえ)、1万メートルぐらいの高空だと、音速は秒速300mぐらいになるそうだ。(時速1080キロ)。つまりマッハという単位をどう使うかで変化する訳で、業界的な基準を定めているのだろう。こうした分野を理解するのは、理数系の頭のない私には無理があるので、どこかで別途勉強しておきます。

いずれにしても、戦闘機が雲の中をグルグルと飛び交い、音が篭るようで、音量以上に不快な音。

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15時33分、C-17大型輸送機が通過。西へ。

K9護岸の工事は今日も続いていたようだ。

6月10日 国会大包囲移動写真展(写真)

2017年6月10日 国会大包囲。少々写真を中心に報告したい。

集合地点に集まったのは12名。+私とある動画のカメラマン。

早々と永田町に移動。

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思いの外空いていたので、まず一回目のスタンディング。どうですか。悪くない。14時20分。永田町駅前。

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お次は国会図書館前。混み具合から坂を下りて。14時29分。ここで2名と合流。+つれもきてくれた。全員集合。

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隣に居た団体が直ぐに関心をもってくれた。会話が弾み、私は名刺交換。14時29分。

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沖縄意見広告運動の人と交流。乱鬼竜さん。

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14時32分。怪人現わる。あやー!誰かと思いきや、知り合いだった。何だ。

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安倍政権に乗っ取られている国会だ。

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国会正門前の右側に停滞。再度スタンディング。

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ポスターを掲げる。正門も見えるが遠い。これからだ。

15時40分頃終了。結局、メインの場所に行けなかった。安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表と会えず。スピーカーからの声を聴いただけ。

このあと、近くで、10名ほどで1時間ほど交流会。まずはできてよかった。

参加いただいた方々に改めて感謝します。

2017年6月28日 (水)

夏の空にご用心(沖縄だから)

 今日2つの宿題のために、辺野古テントをお休みした。午前はブログを書き、午後は食事がてら、骨子の整理。やや本格的な写真展の企画は、相当頭を絞らないと出てこないだろう。基本を整理。総論は大分出たが、各論との整合性をとるのは、まだまだ。

 もうひとつは依頼原稿。いつの間にか連載の2回目。どうしようと迷いながら頭が低迷。困った。夕食後に名案を思いついた。前回は宮古島の現況の話を中心にしたので、今度は石垣島の話を中心に。如何にばかげた想定かを明示したい。私は何度も歩いてみているので、歩いているから見える視点があるのだ。遅くなったけど、書ける予感。

 今日買い物にも出たつもりだったが、殆ど忘れた。用を足せず。沈思黙考の間に忘れてしまうへっぽこ頭だ。あれも忘れた、これも忘れた。

 昨日肉を買っておいたが、生姜焼きが変じてしまった。何だか生姜焼きの気分じゃなくなった。しかし、自分の変心などこの程度のものだ。概ね変わらず。だが夏の空はヤバイ。

外出時には必ず洗濯物や布団をしまってから出かけてね。突然、雷雨に打たれてもしらないぞ。ここは沖縄だから。

稲田朋美防衛大臣様 また言った。自分の常識で公務が務まるの?

 稲田朋美防衛大臣(自民党)がまたまた脱線・転覆発言。17年6月27日の東京都議会議員選挙板橋区選挙区での自民党某候補への選挙応援演説で。「自衛隊が活躍できるのも地元の皆様方、都民の皆様方の協力があってのことだ。下村博文幹事長代行との強いパイプ、自衛隊・防衛省とも連携のある候補だ。このように防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としても御願いをしたいと、このように思っているところだ」(要旨)。

 いやはや、ぶっ飛び佐助ですね。自衛隊・防衛省、防衛省・自衛隊、防衛相、自民党と連呼しながら、似たもの同士だからいいじゃん、ということでしょうか。

 憲法第15条2項にこうある。「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」。防衛大臣もすべての防衛省職員、自衛隊員も。

 また同第99条には「憲法尊重擁護義務」もある。稲田朋美防衛大臣は、集団的自衛権等を合法化・合憲化したから、関係ないのか?

 国家公務員法は第96条で「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し」とあり、同99条には「信用失墜行為の禁止」もある。防衛省・自衛隊はこぞって〇〇候補を支持していますよか。同条には「官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」ともあるのだ。

 また自衛隊法は第61条「(自衛隊員に)政治的行為の制限」も課している。因みに同法第8条に「防衛大臣の指揮監督権」があるのだ。先に示したように「防衛省・自衛隊、防衛相」とひっくるめた言い方では、率先して政治的行為の制限を破れと言わんばかりだ。

 ところでこの方は、弁護士様だ。それだけ国内法に通じているはずだ。憲法や国家公務員法、自衛隊法を知らぬはずはあるまい。こういう発言は弁護士としてもふさわしくない。不適格な発言だ(弁護士法第2条弁護士の職責の根本基準)。

 もういいかげんに、稲田朋美さんは、防衛大臣を辞職し、国会議員も辞職すべきだろう。恥ずかしくないのかな。安倍首相とお友達だから、恥ずかしいはずもないか。だったら、私たちがやめさせよう。

この人のホームページはhttp://www.inada-tomomi.com/profile/profile.html

因みに誰の応援演説かは、板橋区からの自民党候補は2名だが、下村博文幹事長代行と親しいのはこちらの方だ。

松田やすまさ氏 hpはhttps://komacorp.wixsite.com/matsuda-yasumasa

彼の意見も聴いてみたい。

●公職選挙法違反だとの主張も有力です。

座り込み4800日をむかえて(17年6月9日)

2017年6月9日。2004年4月19日から数えて、4800日目。

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 ただ4800日を迎えたに過ぎない。しかし、ここに到るまでの道のりは、果てしなく遠いものだっただろう。ここに到るには、ひとりひとりの思いがあり、闘いがあった。あるときは海の上での座り込みがあり、あるひとは防衛局前でハンガーストライキをやった。

 私にとっては、亡くなった海人のひさ坊との出会いが大きかった。こうした人たちが生きてきたこの海を殺してはならないだろう。これまでに多くの人々が亡くなって来た。21年経つのだから、当然といえば当然だが、少なくとも私が知りえた人達のことを忘れずに、これからもやっていきたい。闘いとは命を繋ぐものだ。自然・生物がいきるということは、そういうことだ。

 今はゲート前が最前線だし、海上だ。しかしここでの闘いがあったからこそ、今があるのだ。そして今こそ、新たな繋がりを作り出さなければならない。このまま安倍政権・自公政権と共に、自滅していくのか、生き物として新たな可能性を追求していけるのか。

 まだまだ闘いの決着はつかないだろう。私たちが試される日が続く。悔しいけれど私達は生身の人間だ。だからこそ、私達なりの闘い方があるはずだ。

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テント前のグンバイヒルガオ。8時31分。

辺野古側で進む工事と演習(17年6月8日)

2017年6月8日曇。朝っぱらからシュワブの浜で演習の音。では行くか。

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漁港護岸から。装甲車だ。バナーを入れると趣が全く違う。9時8分。でも見えにくいので、隙間をしっかりと観察しないといけません。

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9時16分。

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この3名、フェンス際にいたのだが。私が居るのを知ってだか、戻っていく。9時19分。

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装甲車4両だった。9時33分。

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9時45分。水に浸かる程度。

10時前にテントに戻る。

10時47分、ダーンという強い爆発音が1発聞こえた。対地短距離ミサイルかな。

午後。

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今日もやっている。道路建設。14時28分。

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トラックが来て砂利を落としたか。14時32分。

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コンクリートプラント設置のための資材をクレーンで動かしている。塀の上。14時33分。

上の道路にはトラックが。

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クレーンが動いている。クレーンの左側に新築中。これこそコンクリートプラントの本丸の一端だ。14時33分撮影。

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プレハブの上。タンクの右側にできつつある。本丸は左の電信柱の左にある。14時42分。

国はあらゆる基地建設を止めろ!











沖縄と千葉が今、平和の糸で結ばれる(17年7月1日)

案内が届きました。チラシ、芸が細かい(別添)。主催団体の沖縄と千葉を結ぶ会は、昨年の高江への千葉県警機動隊派遣に講義して監査請求を行ったグループです。(ヤマヒデ)

「沖縄と千葉が今、平和の糸で結ばれる」

日程:17年7月1日14時~16時30分

内容:監査請求の報告の後に、基調講演

糸数慶子参院議員

琉球舞踊。

会場:千葉商工会議所第1ホール

https://www.chiba-cci.or.jp/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9/

チラシは以下から

「1.pdf」をダウンロード

会場:

仮設道路の建設が始まっていた(17年6月7日)

2017年6月7日 晴れ。警戒船、7隻。9時15分頃上空を戦闘機通過。雲の上を飛んで見えなくてもウルセー。

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なかなか姿が見えない。雲の上であり、高速で飛んでいるので、音の行方を追っても見えないのだ。宙返りを繰り返すホーカーハンター。外来機だ。9時31分。ここは演習空域ではないぞ。コラ!

辺野古川河口の潮が引いた。

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テント前のグンバイヒルガオ。ここでは朝方の半逆光状態がいい。10時25分。なかなかいいときに撮れない(他に用事があって)のだが、いいときに即撮ることだ。

こちらではこんなだが、海上ではカヌーチームが海保に拘束されていると無線が入ってくる。
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遠くにアジサシの仲間がいる。やや近づけば、コアジサシ2羽。10時32分。

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ミナミコメツキガニがごまんといる。10時35分。小さいけれどこれだけいると、グロいよね。このグロさが集団で身を守ることに貢献しているのだと私は考えている。

午後。

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沖合いをCH-53が東に飛ぶ。14時57分。

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平島の影に巡視船。PL67、あまぎ。15時7分撮影。第3管区からご出張らしい。

漁港先の護岸に上がると。

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辺野古崎手前に重機とトラックが入っている。この森を取り囲むように道路ができている。15時7分。

これは後知恵ですが、K1護岸に通じる仮設道路の建設だったのだ。自分の認識だけに頼ったらダメですね。見落とす。問題を共有化して何だか確かめないと。反省。

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こちらはコンクリートプラントの建設現場。15時8分。建物左の丸いものは、やはり燃料のタンクでしょうか。右にあるクレーンの右に新しい構造物が設置されている。

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街路灯の先にできてきたものが本体だろう。15時12分。今後に注目。

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海兵隊は今日もゴムボートをだしてました。15時12分。遊びじゃない。軍事演習です。









今日、明日は自宅でお仕事(17年6月28日)

 今日まで締め切りの原稿を全く書けていない。また、貸し出し用の写真展パネルを制作する予定だったが、これをレベルアップしたものに企画を立て直すことにした。ということで、辺野古を2連休。

 週刊金曜日(6月23日)の表紙の写真は、お陰さまで好評です。早くゲート前で報告したり、なによりも被写体になっていただいた彼に1部を渡したいのですが、現物がまだ自分に届かない。写真は、写して公表して、ナンボです。だから、露出させる機会を増やしたいものです。私が撮るような写真をメディアに載せることは、なかなか難しい現実があるので、自分で企画を立てて、やるしかありません。身体を動かして、あっちにもこっちにも頭を回さないとならないのです。

 がんばります。

2017年6月27日 (火)

「沖縄でいま起きていること」(ユーチューブ)

「沖縄で起きていること」と題して、ユーチューブが配信されています。主に辺野古・大浦湾ですが、画像を通して、何処で何が起きているのかを簡潔に示しています。まず知るための第一歩です。ヤマヒデさんも推薦しています。

以下。

https://www.youtube.com/watch?v=SBUggDvhcsU

多くの人々に広げ、共有してください。

こんな日常にもメゲず(17年6月6日シュワブゲート前)

2017年6月6日晴れ。11時過ぎにキャンプ・シュワブゲート前に上がる。

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辺野古給油所のある交差点のそばの高木に真っ赤な花が咲いている。みごと!

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私は国道329号をゲート前にむけて上がる。国道下を通るシュワブ基地内の演習場に向かう道をトラックが走る。残土捨て場があるのか。11時27分。

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工事用ゲート前に着いたら東京の内田雅敏弁護士が来ていた。彼は刑事弁護得意ですが、こちらの闘いのことを考えれば、余り活躍の場を与えないようにしたいもの。

昼休み前に行けば、作業車が入るかもと思っていたが、余りに図星。大当たり!

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さっと出てきた機動隊。11時59分。

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後ろからもゾクゾク。12時。

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さっさと排除にかかる機動隊。私もさっと、間近に入る。このタイミングで押し出されたら望遠で撮るしかなくなる。12時、

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引き剥がされていく。12時2分。

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12時3分。

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左側に配置に着いているガードマン。真面目くさった顔。何を考えているのだろう。12時4分。

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一人一人抱きかかえられて。12時6分。

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下(名護市街)からミキサー車がきた。12時6分。

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4人がかりで排除される男性。撮ってくれと叫んでおり、私は正面から撮る。12時8分。こんなものを撮れてしまうのは、本意ではないが、状況を明晰に記録。●週刊金曜日17年6月23日号表紙。

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殆どはがされてしまったので、私は反対車線に渡る。望遠で撮影。12時11分。車輌の出入りに注目。

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次々とトラックが入る。砕石を積んでいる。12時14分。

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この車列。何十両入るのだろう。12時14分。両側から入ってくるし、出て行くので、左右をしっかりと見て、常に先の動きを予測しながら撮影する。

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大型トレーラーが目の前を入っていく。

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ミキサー車が出て行く。12時18分。

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戦争体験者の女性が公安に工事を止めるよう問いただす。公安も無視できないようだ。12時20分。

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ガードマン(アルソック)の後ろに防衛局職員。この場で何をしているのだ。腹立たしい。12時23分。

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機動隊の車輌と機動隊員の間で悠然と太鼓を叩き続ける日本山妙法寺の僧侶。12時25分。

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出てきた丸政工務店のトレーラー。12時37分。

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はがされてもマイクで工事を止めて、自然ヲ壊さないでと訴える。12時37分。

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機動隊は排除した人々を車輌の間に隔離しているが、意思表示を絶やさない。正面の機動隊員は中隊長か。12時37分。

約40分の攻防で、車両は60から70台入り、4,50台がでただろう。ミキサー車は兵舎建設とテトラポット建設に。土砂は不明。大きな砕石はk9護岸に投下されている。ここでとめることが、少しでも埋め立て工事を遅らせることになる。まだまだ続くのだから、しぶとく、諦めない志が大切だ。

13時頃私はテント村に戻った。やれやれ。































2017年6月26日 (月)

コンクリートプラント資材が入ってきた(17年6月6日)

2017年6月6日晴れ。強風。沖合いに巡視船1隻。警戒船6隻。

 8時30分。漁港対岸の護岸に作業員7名。何かな。どうも浚渫作業の予備調査。

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松田浜。ハマゴウが咲きだした。9時32分。

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こういきたいね。9時34分。

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9時43分。右奥にミキサー車が数台きている。

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トレーラーがやってきた。9時45分。

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2台。そして2台。9時48分。

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建物を回って向こう側にもいる。10時21分。

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10時32分。左側に海保のgbがいるのだ。何故ここに?

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トレーラーから何をおろすのか。分からない。じっと待つ。動きなし。そこにエリグロアジサシ。10時35分。

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11時15分。平和の塔に上がる。新たな戦前に近づいているなかで、2度とこうしたものを生み出したくない。

ここにコンクリートプラントが完成すれば、工事が加速する。今基地を造ることの意味を問い直せ。

説明から対話への糸口を開きたい

 昨日、17年6月25日、辺野古テント村に約80名の大きな労働組合がきてくれた。私は、いつもどおり話しを進める。先方が示す制限時間を意識しながら。私とすれば労組という団体に理解を深めていただきたいと思っているが、やはり個々人が沖縄との関係に留意するようになるかが、最大の課題だと思っている。また、一回来ただけでは、簡単に変わらない。これも当然のことだ。私自身を振り返っても、そうだから。だから次につなげるきっかけを掴んでいただければ、幸いなのだ。

 で、昨日も最後に質問はありませんかと、話を結んだのだが、なかなか出てこない。これは自分のまずい話が原因なのだろうが、昨日はちょっと違った。終わったあとで、一人の女性が近づいてきて、地元に帰ったら何をすればいいですかと。こういう質問は二重丸。色々ありすぎて、難しいが、地元を聞いた。〇〇であれば、沖縄のことをやっている団体があるから、そことコンタクトをとってみたらと話した。一人で始めるのは難しいが、何人かいれば、動きやすい。勉強するにしてもヒントをもらえる。無論私のこのブログのことも伝えた。どうか彼女が次に繋がりますように。

 今日は、ある高校の修学旅行生がきた。14名か。小規模であり、事前学習もやっており、今日で4日め。あちこちを回ってきているので、話しやすい。6月23日の慰霊の日も沖縄にいたという。自分の拙い話でも、沖縄の歴史と現在、何故沖縄なのか、軍隊って何をやっているのか、などをメインに話す。一人ひとりの表情をみていれば、どの程度伝わっているかが分かる。高校生だから、今、17か18歳。これから5年後、10年後、20年後のことを考えてねと。

 終わった後、感謝のことばを添えて、手作りのクッキーをいただいた(今日はまだ食べル暇がなかった)。感謝のことばも、良くありがちな仰々しいものでなく、いささか涙ぐみながらも、しっかりと前を向いたものだった。なんだか、自分もぐっときた。最後に「平和の琉歌」を合唱してくれた。まだ沖縄について、未消化の部分があるのは当然だが、これからの希望を感じる歌声だった。

 最後の最後に、先ほど感謝のことばを述べてくれた女性徒が、以前お母様と来て、そのときも私の話を聞いたそうだが、今回は前回(初回)と比べてウンと理解できたと。しっかりとしたスケジュールで回ってきたのだから、当然だろうが、ご自身と沖縄との接点が見えてきたのだろう。話をしているうちに、その母子(ははこ)のことを思い出した。きっとこれからも沖縄のことを、自分たちの未来のことを考えていける子だろう。こうしたことに一縷の希望をもちたい。

本日、午後、K1護岸の工事が始まったと(17年6月26日) 

 たった今飛び込んできたニュースです。本日(17年6月26日)午後、沖縄防衛局は、K1護岸の建設工事に着手したとのことです。このK1護岸とは辺野古側の基地建設予定地の護岸であり、辺野古崎を挟んでK9護岸の対極に位置しています。松田浜のフェンスから約500m先です。先週から海上保安庁が陸側からと海側からの海況の調査と打ち合わせをしている様子を何度も現認していましたから、何かあると予測していました。

 たまたま今日の午後、来訪者が重なっており、たまたま私が説明している時に民間ヘリ(取材ヘリ)がしつこく飛んでいました。また16時頃、漁港の護岸から引き揚げてきた大型の三脚を抱えた人が戻ってきたり、監視カメラの設置にきたと思われるトラックが漁港に入っていましたので、新たに監視カメラを設置した可能性が高いです。

 私たちは、今日の作業なるものを現認していないので、その実態をお伝えするのは明日になりますが、工事は新たな段階に入ったと思われます。

 この国のやることは、無茶苦茶です。全体の設計すらできていないばかりか、K9護岸を如何にして固定化するのかさえ決まらないままに、ガムシャラに工事を進めているのです。防衛省、沖縄防衛局は、何ら展望のないままの工事を即刻断念すべきです。

●補注:このK1護岸着手の情報は誤報でした。正確には着手のための仮設道路の建設です。ただこれは先週から始まっていました。何を持って始まったのかということで異なりますが、植栽を剥がす、整地するなどで、いつからが違ってくるのです。

 しかし沖縄防衛局が始める意思を示したことは重大です。(17年6月27日6時補注)

補足:辺野古(松田)浜のフェンスを越え基地の中に侵入すれば、刑特法違反になりかねません。対岸1000mにアルソックの警備所があります。彼らは常にこちらを監視しています。双眼鏡で見ていますが、何よりも監視カメラで見ているのです。陸側の2台の監視カメラが私達の動きを見張っています。コンクリートの壁があり、こちらが警備所から見えない位置でも見えているのは、この監視カメラで見ているのです。不用意な侵入は決して行わないでください。

何だろう3題(17年6月5日)

 2017年6月5日 晴れ。

 巡視船1、長島の奥に見える。警戒船は5隻。

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干潟のミナミコメツキガニ。8時50分。

11時55分ごろ、ゲート前に右翼2台。

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河口沖に現れた大型船。もしかすると新型の補給艦か?西に向かう。11時52分。

13時44分から55分。右翼、2台6名テント前に来た!

長島沖の巡視船はPL63。「よなぐに」だ(石垣保安署)。

辺野古川河口の遊歩道に鳥を撮りに行く。

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イソヒヨドリ。14時19分。

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?? 飛べない振り。巣立ち後の若鳥らしい。14時19分

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これも判別できず。14時48分。この赤い実を食べにきているのは、イソヒヨドリ、ヒヨドリ、シロガシラ、そしてこれ。

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沖合いからけたたましい音が聞こえてきた。米軍ゴムボート7が西からやってきた。潟原ぐらいからやってきたのだろうか。15時29分。シュワブの浜に上がった。






2017年6月25日 (日)

セイタカシギがいた!(17年6月1日)

2017年6月1日 曇。今日は出遅れた。8時20分、平和の塔の下の川沿いにセイタカシギが居る!大慌てでカメラ等を出す。これを撮らぬにおくものか。

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丁度潮が上がってきている。8時25分。6月1日なので繁殖地まで飛ぶのには随分遅いな。日本列島で繁殖するのか、まだ若鳥なのか。

午後再びセイタカシギを探しに行ったが見当たらず。

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遊歩道の欄干の上にイソヒヨドリのメス。14時1分。

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平和の塔の下。グンバイヒルガオが拡がってきた。14時19分。

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上流側を見る。14時21分。夏近し。

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テントに帰りがけにイソヒヨドリの巣立ち後の若鳥だろう。14時31分。

ゲート前。11時頃、トラック約50台入ったと。13時過ぎも2回目。1名逮捕。翌日釈放。

k9護岸の工事も進んでいるようだ。カヌーチーム何度も拘束される。




工事の状況(辺野古側)(17年5月30日)

●パソコンの不調で画像を上げられませんでした。大層遅れてしまったので、追いつくまで簡略に上げます。また省略する日もでてきます。ご了解ください。

2017年5月30日晴れ。巡視船1隻。警戒船、6隻。

 10時過ぎに松田浜に。護岸から撮影。

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右奥はテトラポット製作場所だが、建物の左に重機が動いている。新たに車道を切り開くようだ。海岸沿いに道を造るようだ。10時24分。

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コンクリートプラント製作現場。タンク群。10時28日。

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辺野古川河口。潮が引けば、ミナミコメツキガニがでてくる。14時12分。潮の引き具合によって、出方が違う。場所や密度、群れの動きなど。波打ち際が密度が濃いのは、地中の水分の関係だろうが、天敵のシギチドリ等が降り易い場所で、密度を濃くしていることで、喰われにくい状態になっている。不思議なものだ。研究しがいのあるテーマだ。


6月2日に重症を負ったNさんが退院、ゲート前に帰ってきた

以下、沖縄タイムス(17年6月25日)の報道から要約。

 6月2日、シュワブゲート前で、機動隊に押されて倒されたNさんが退院して初めて、6月24日、現場にご夫妻で訪れたという。頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫などにより重症を負ったが、「無事に帰ってきた。これからも新しい基地建設は許せないと闘っていく」と表明したと。本当に良かった。ただし頭蓋骨は骨折前のようにくっつくことはなく、発症した嗅覚障害が改善するかは不明だという。

 これから東京に帰るが、営んでいた宅配業は、今後休まざるを得ないようだ。思わぬ弾圧・事故から生業がかなわなくなるなど、大きな痛手だったようだ。それでも、今後もともに闘うと挨拶して帰られたとのこと。

 決して諦めない闘いがこれからも問われている。ともにがんばろう。

週刊金曜日6月23日号の表紙に関する激励・ご感想を

 しつこいかもしませんが、週刊金曜日6月23日号の表紙に対するご感想、激励をお待ちしています。既に、見た、買った、(アメリカで)注文した、との報告が届いてきています。アメリカにも紀伊国屋書店が何件かあり、注文したとの嬉しい便りがメールで届きました。先輩カメラマンからは、「さすが、地元のカメラマン」との声が届けられました。つい先日ゲート前で引きぬかれたという友人は、帰宅して週刊金曜日を見て、「山本君が撮ったんだよね」と。

 辺野古テント村での私は、おいで居ただいた方々に、この表紙をお見せしています。反響は上々です。もっともっとこうした現実を広く知っていただくためには、載せていただける媒体が増えることです。これが難しいのですが。

 是非ともあなたの友人に、ご家族に、広げてください。このブログのことも。何しろ安倍政権は、記者会見でもちょうちん持ちのような記者の質問しか受け付けないようです。メディアを時代の共犯者にさせないことが重要な時代に入っているのです。また孤立している記者やフォトグラファーを応援していきたいものです。頑張りましょう。

知事の平和宣言と首相挨拶(17年6月23日)

 昨日(6月24日)、沖縄の大学から辺野古テント村に話を聞きに来た学生に、私はこう言った。6月23日の知事と首相のことばの違いを読み解けと。そこでこの場で私なりの読み説きをやってみよう。

 知事の平和宣言は、文字通り知事の県民に対する平和宣言であり、ひろく国民に対する呼びかけだ。冒頭に沖縄戦の惨禍を「72年前、ここ沖縄では、住民をまきこんだ激しい地上戦が繰り広げられました」と要約し、「命どぅ宝」の思いを想起し、今日にいたる連綿たる基地の現状を活写している。辺野古新基地反対を明言し、日本国憲法に立ち返り、「平和の礎」を想起し、大田昌秀さんが建立された意義を踏まえている。短い文だが、沖縄の現実から、「絶え間ない努力を続けてまいります」としている。

 首相の言葉はどうか。冒頭から沖縄戦に触れているが、「み霊に向かい、謹んで哀悼の誠を捧げます」だ。2段目のパラグラフも沖縄戦、3段目も。ことばを重ねているが、空ろなのは何故か。「み霊」へのことばだから、言葉が空滑りしていくのだ。亡くなった方々、生き残った方々へのいたわりがない。例えば、「私たちが享受する平和と繁栄は、沖縄の人人の、ことばでは言い表せない塗炭の苦しみ、苦難の歴史にあることをかみしめながら、静かに頭を垂れたいと思います」と敢えて、思考停止。続けて「わが国は、戦後一貫して、平和を重んじる国として、ひたすら歩んでまいりました。戦争の惨禍を決して繰返してはならない。この決然たる誓いを貫き、万人が心豊かに暮らせる世の中を実現する。そのことに不断の努力を重ねていくことを、改めて、み霊にお誓い申し上げます」。

 なるほど立派な決意だが、沖縄の人人への決意ではない。み霊への決意。因みに、み霊とは神道用語。首相は、国に命を捧げた霊に頭を垂れているだけではないのか。

 そして米軍基地問題に触れている。「沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいており、この現状は到底容認できるものではありません。政府として、基地負担軽減のため、ひとつひとつ確実に結果を出していく決意であります」と。だが、沖縄の基地負担の現状認識を一言も語らず、言うことは北部訓練場の半減のみ。「できることはすべて行う」という言葉が宙に舞う。新基地建設や高江のヘリパッド建設等の基地負担強化を完全に無視。しゃあしゃあと「沖縄は、美しい自然の中で豊かな文化を育んできました」などとことばをつなぐ安倍。

 最後から2段目のパラグラフで、「私は、可能性に満ちた沖縄の明るい未来を切り開いていくため、先頭に立って、沖縄の振興をさらに前に進めてまいります」と。経済振興で沖縄を縛り、基地の島の永遠化と新たな戦場にする構想を隠しながらのこうした言説。呆れ返る。

 ラストは、「結びに、この地に眠るみ霊の安らかならんこと、ご遺族の方々のご平安を心からお祈りし、私のあいさつといたします」。み霊で始まり、み霊で終わったのだが、首相として沖縄の現実に責任を持つ姿勢がないことを裏書するような代物だった。「安らかに」、「平安」を祈念するならば、軍事基地にさいなまれている現実を直視し、遺骨すら放置されている現実を留意すべきだろう。こうしたどこが、安らかに、平安なのだろうか。

 両者の違いは鮮明だ。現実を解決しようと尽力している知事と、基地の現実を押し付け続ける首相。私達は、ことばの裏側を読み解けなければ、再び暗黒の社会に引きずりこまれていく瀬戸際にたたされている。この問題は、単に沖縄だけの問題じゃない。日本という国に組み込まれている人人全体の問題であり、アジアに、世界に影響を及ぼしていくだろう。

補足:首相が「平和の礎」に触れていたのに、意外感。この礎は敵も味方もなく、韓国人の、朝鮮人の名前も刻まれて居ることを承知しているのだろうか。安倍首相は一度、平和の礎全体を歩いてみたらどうだろうか。それで変わるとは思わないが。

2017年6月24日 (土)

 暑い、疲れた、頑張った(17年6月24日)

 今日も暑かった。予想通り、6月23日の流れから辺野古テント村を訪れる人が絶えず、私達は大忙し。私も何度も何度も話しました。今日お出での方々は、南部戦跡を回ってきているので、いやでも戦後72年を語ることに。中には、そこを10分でとか言われると、それは無理でしょう。逆に言えば、話しての能力が問われます。

 さらに10時から11時に、ゲート前で、慰霊祭をやると。ここには大浦収用所があり、少なからぬ人たちが、亡くなっています。実態の解明がなされないままに、遺骨が埋まったまま、埋立て工事が進んでいるのです。

 また同時に大浦湾の瀬嵩では、海上行動を支える行動が行われました。私はこの両方を車で送って、迎えていただきながら、撮影を貫徹。1時間あまりで、両方を撮れた。感謝。

 3箇所で頑張ったかいのある、一日になりました。なかには、昨日、南部でバスの中でお見かけしたという方がおいでになり、ご挨拶。また「週刊金曜日」を買いましたという方もいて、ありがたい気持ちになりました。

 状況は厳しいですが、だからこそいま頑張らないでどうするのか。追われる気持ちと、もっと複合的にと気張る想いが駆け抜けます。

17年6月21日、不当逮捕された女性は、22日検事釈放されました。

 既報の通り、17年6月21日、国道329号路上で、道交法違反で不当逮捕された女性は、翌22日、処分保留で検事釈放されました。当然のことではありますが、ほっとしました。

2017年6月24日朝に

 今朝の新聞は昨日の慰霊の日の記事が満載されている。その中で翁長知事の発言と安倍首相の発言の違いがくっきりと浮き彫りにされている。詳細については後で論じたいが、安倍首相の言葉には、形式的な追悼しかない。あの戦争から今に繋がっていることをすっぽかしている。「負担軽減」に誠心誠意取り組むといいながら、肝心要の沖縄の住民がすっぽり抜けている。そのことばには国(国家)の都合しかないのだ。

 安倍晋三氏は、戦争は人を殺すものだということがそもそもわかっていない。分かろうとしていない。翁長雄志沖縄県知事は、「沖縄の民意を無視している」と、この国をはっきりと批判している。

 私はこうしたことを常に意識してきたつもりだが、もっと分かりやすく明解に語りたい。私達は、「国民」や「臣民」である以前に人なのだ。ただの人なのだ。だが戦前は「臣民」と呼ばれ、戦後も何かといえば「国民」がとくる。日本国憲法にも peaple が「国民」に書き換えられてしまい、生身の人間がどこかに飛ばされている。私は常々言っていることだが、分かち合うことがなければ、人間の歴史はまもなく終わるだろう。分かち合いには「国民」は邪魔立てする。「わが国」意識が先に立つからだ。

 沖縄戦を振り返れば、激しく闘ったはずの日米両国が涼しい顔をして日米同盟を語り、沖縄に過重な負担を押しつけている。皇国は、国を守るといいながら、沖縄住民のことなど知らんぷりだったが、今も変わらない。私は、こうした「日本国民」である前に、人として考えたい。だからこそ、「日本人」の歴史的な責任を自覚していきたい。

 今日の大浦湾は海上パレードが行われる。辺野古テント村にも大勢がお出でになるだろう。

6月23日発売の週刊金曜日の表紙は私が撮った写真です。

 既に予告してありますが、17年6月23日発売の週刊金曜日の表紙の写真は私が撮りました。17年6月6日のシュワブゲート前で。このときは、2重にラッキーだった。①私が軽く近づいたせいか、機動隊は私を強く排除しなかったので、タイミングを得た。②被写体の彼が、誰か撮ってくれと叫んでいたので、遠慮なく正面から撮れた。

 技術的には誰でも撮れるレベルのものです。なお「軽く」とは、力を入れないでの意です。力を入れてしまうと、やはり自分の緊張感が伝わってしまう。だから警戒されて、必要以上に規制されるのです。これは動物を撮るときも同じです。ただし、チカラを入れないと言っても、逆に急に押されたりすると極めて危険。パンと叩き潰されかねない。だからほどほどに。このほどほどが極めて難しいのです。

 実は私の手元にまだ届いていません。以下のサイトを見てください。いやお買い求めください。よろしく。

http://www.kinyobi.co.jp/

2017年6月23日 (金)

やっと帰ってきたと思ったら、インタネットが繋がらず(17年6月23日)

 昨日から糸満市に行っておりました。色々あって帰宅は21時過ぎになりました。さてメールをブログをと思ったら、接続できない状態に。電源等を切って、暫く間を置くことに。洗濯して、シャワーを浴びて、食事して。

 そう、ヤマヒデ予報部の「22日梅雨明け」の予報は、大正解。お陰で暑かったです。

 そして接続はできましたが、今度は情報の取得がへん。唸りながら待ったら、やっと正常に。一気に疲労感がでてきました。自宅の部屋も暑いし(冷房中)。

 今日の慰霊の日、私は慰霊祭には出ませんでした。会場にも行けなかった。喜屋武岬の平和の塔と、魂魄の塔での国際反戦集会に参加・撮影してきました。今年は大田昌秀さんが亡くなったばかりなので、「沖縄 平和の礎」(岩波新書)を読み直しています。同書の冒頭の「沖縄の平和と未来を考える」(琉大退官記念講義)で、如何なる学問をやってきたのかを問うています。その中に、柳宗悦(むねよし)のことに触れています。宗悦は日本民芸館を創立した人です。沖縄では1910年代に激しくなった方言撲滅の動きに公然と異を唱えたのです。「沖縄人はもっと自分の郷土に誇りを持つべきだ」とも言ったそうです。そして「沖縄の首里ほどすばらしい街はない。世界を回ってもこんな街はない」と。

 その首里が沖縄戦で破壊尽くされた。首里ばかりじゃない。あちこちが破壊尽くされた。

 実は柳宗悦は私の(母方の)大伯父です。これまで私の身近には沖縄戦で亡くなった方はおりません。それどころかあの15年戦争で殺された人も、いないのです。ダイレクトに戦争を想起しにくいのです。無論、これまでにあちこちの戦争の痕を訪ねています。体験者のお話も聞いています。宗悦(私達は「そうえつさん」と呼んできました)の方言論争について、何故公然と声を上げたのかを私なりに考えてきました。しかしここにあるような「首里の街」に自信をもてるでしょといったことを想い浮かばなかった。肯定を示すことに。

 今の新基地建設反対の声にも、郷土を守りたいの声は小さくありません。そういうことに共鳴できる自分がいれば、沖縄の人人の想いに近づけるのかもしれない。

 また母方の伯父に柳悦孝がいます(故人)。私は彼のことは承知しています。彼は織物の師でした。宗悦らと戦前戦後の沖縄に通い、沖縄戦で失われた織物・染織の復興に協力しました。沖縄の前を見る仕事をやっていたのです。沖縄県立芸大ができた数年間、教鞭をとっています。

 沖縄の前を見る仕事は、ますます重要になっているはずです。亡くなられた方々に思いをはせるとともに、前を見る仕事にも取り組みたいなと、今私は思案中。何ができるかはともかく、前を見る方向性は重要だと。

 権力が総力戦できている以上、私たちも総力戦です。非武の総力践。こんなことを歩きながら考えていました。

2017年6月22日 (木)

シグロさんから6月23日に向けたご案内が届いた

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シグロ作品 YouTube無料配信第3弾のお知らせ
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『ゆんたんざ沖縄』(西山正啓監督 1時間50分 1987年)
『大田昌秀さんの死を悼む』(ジャン・ユンカーマン編集 3分 )
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6月23日沖縄慰霊の日に合わせて、シグロ第1回作品の『ゆんたんざ沖縄』を、22日(木)0時より25日(日)24時まで4日間限定で、無料配信します。

また、『沖縄 うりずんの雨』の取材時に撮影した大田昌秀さんのインタビュー
から、「平和憲法」について語っていただいた部分を3分に編集し、『大田昌秀
さんの死を悼む』というタイトルで同時配信いたします。
こちらの映像は、しばらく公開する予定です。

この機会に、ぜひご覧いただければと思います。
また、情報の拡散をよろしくお願いいたします。

『ゆんたんざ沖縄』
https://youtu.be/tJARU00c3ok
『大田昌秀さんの死を悼む』
https://youtu.be/kzOerKnCCto
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【お問い合わせ】
シグロ
TEL:03-5343-3101
MAIL:siglo@cine.co.jp

**************

◆発行 株式会社シグロ
http://www.cine.co.jp/

●「ゆんたんざ沖縄」は名作です。是非ご覧ください。(ヤマヒデ)

北宇都宮駐屯地祭②(17年5月28日)

 音楽隊の演奏が終わり、いよいよ飛行展示だ。私は守備位置(撮影ポイント)につく。

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UH-60が唸りを上げる。見ているのは女性軍団か。10時1分。

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10時5分。一斉に飛び上がる。下がTH-480b。上がUH-1.

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離陸したUH-1。10時5分。

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編隊飛行を見せる。航空ショーのノリだ。右上2機がUH-60、下3機がUH-1、左下の7機がTH-480b。10時5分。

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この近さだから迫力は満点だ。しかし危険。10時36分。ここには一般住民は居ないが、外の住民はどうみているのか。

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UH-60。真横、10時56分。

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新しい演習機。TH-480b。エンストロム社製。米国の会社でした。陸自は13年から15年で30機調達。57億円余り。

タケコプターなら、いいけどね。

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10時59分。教官の飛行だそうだが、スリリングな飛行。

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11時10分。管制塔付近から群集の上を飛び、滑走路の超低空も飛んだ。曲芸飛行。事故ったらどうするのか。

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UH-60.こちらもアクロバチック飛行。

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AH-64対地攻撃ヘリ。射手が銃口を動かしている。11時17分。

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斜め前から。両側の下にあるランチャーはロケット弾発射装置。11時18分。

最後は防災ヘリの競演。

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栃木県警。

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ここの。

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栃木県のおおるり。

しかし見ていてはらはらするのは、皆さんが競演しているから。安全確実に人を助けて。自衛隊のノリに惑わされないで。

こうした自衛隊と沖縄の米軍の演習の比較。ここのは航空ショー。米軍の日常は正に実戦に備えた演習。家屋を狙ってきたりもする。

だが不要な街中での飛行は、迷惑であり危険。今回事故報告になるのじゃないかと冷や冷やしていた。ならずに済んでほっとした。



















北宇都宮駐屯地祭①(17年5月28日)

久しぶりに北宇都宮駐屯地祭に行った(今年は第44周年)。ここは陸自の航空学校(ヘリ部門)と第12ヘリコプター隊。2001年から空中機動旅団として強化されてきた。久しぶりに行ったのは、陸自のオスプレイ導入の影がないかを点検に。まだわからなかった。

機体展示と飛行展示だ。

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㈱スバル。これは民間機だが、同社はオスプレイの修理委託を引き受けた。ここには以前からヘリの修理工場が同居。

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米陸軍座間から。今年も人気。米軍だから?

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民間機は可愛いのだが。

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今年は模型が目を引いていた。

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航空行事を待つ人人を警備する。

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格納庫の中で音楽隊の演奏が始まっていた。

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リズムに併せて盛り上げる。

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指揮は聴衆から。軍艦マーチ。あぁ!乗せられてはいけませんがな。

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いや、今度はジャズっぽい。なかなかの名ドラマーでした。ドラムソロ。

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トランペットもなかなかの腕。

なのだが、軍楽隊の本質はやはり「軍艦マーチ」であり、「星条旗よ、永遠なれ」か。行進曲。秩序をもった行軍の組織化。ジャズは正反対。自由闊達。

ドラマーの彼のように腕があり、音楽が好きならば、こんなところでやらないでと願う私でした。













まだ梅雨は明けず、6月の空は澱んでいる中で(17年6月22日朝)

 今日も曇。明日の「慰霊の日」を前に空も澱んでいる。自民党(同党憲法改正推進本部)は改憲条文案をだしたという。「9条の2」を新設して、自衛隊を「わが国を防衛するための必要最小限度の実力組織」としていると。

 何故こんな「論理」が罷り通るのだろう。この国の政権がやってきたことは、解釈改憲を重ねて、9条を無効化することだったが、「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」と明らかに矛盾する実力組織(人殺しを目的とする)を米軍らとの集団的自衛権まで認めた中で書き込むことの極め付きの欺瞞。

 この間の経緯を見れば、もっとはっきりする。国会を軽視し、行政権の手玉に取りながらの強行、沖縄をみれば、一層はっきりしてくるが、基本的人権の無視・破壊、地方自治の破壊。挙句に国家緊急権の憲法への書き込み。再び国家が絶大なりといいたいのだろう。

 沖縄は72回目の慰霊の日を迎える。沖縄戦で蹴散らされた人人の遺体はまだまだあちこちに散在している。存在の行方が分からないものも多い。そのうえ、米軍基地が、自衛隊の基地も日々脅威をさらしている。さらに機能を統合・強化された新基地(飛行場・港・弾薬庫の三位一体)の建設。

 日米政府は、あれだけの戦争を沖縄に強行しながら飽き足らず、まだまだと言っているようだ。残念ながら多くの日本国民も無関心を決め込み、知らんぷり。あなた方の行く末も危ないのですがね。気がつかないのは最高の安楽。地獄に落ちてからの身の処し方は、友を道連れにするやりかた。「みんなで渡れば怖くない」。このやりかたは72年前までと同じじゃないの。みんなで殺して死んで。死への孤独を神になると信じ込み。ばかげすぎている。

 まだまだこんな安倍政権への支持率が40㌫もあるという。情けなさ過ぎる。かと思えば相棒の公明党は、こんな誹謗中傷を垂れ流している。https://twitter.com/komei_koho/status/877358027866726400

毒を喰らわば皿まで。確か公明党は自民党の暴走を抑えるのだといっていたよね。

 沖縄では、雨の中でも座りこみを続け、機動隊に抗している。稲嶺進名護市長は昨日の名護市久志地域(瀬嵩)での平和祈願祭で「皆様が愛した古里はいまだ新基地建設に揺れている。私はこの地に決して新たな基地を造らせないことを改めて誓う」と。この地域の総意を明言している稲嶺さん。

 私もこれからこの志を新たにしながら、沖縄島糸満に向かう。今から時間をつなぎなおし、未来を照らし出していきたい。

 なお明日の6月23日はたまたま「週刊金曜日」の発売日。特集が沖縄であり、同号の表紙を私の写真が飾っている。ゲート前の闘い・機動隊の圧政を活写している。どうかご覧いただき、買って下さい。大いに宣伝してください。

 

2017年6月21日 (水)

明日にも沖縄は梅雨明けか(17年6月21日)

 今日、17年6月21日の名護の天候は概ね晴れ(一時にわか雨)。昨日までの悪天候の空が大きく変わってきた。ヤマヒデ気象部は、明日にも梅雨明けになると判断している。

 最も晴れてくれば、カァーとなる暑さであり、肌は焼け、水分補給に追われる日々となる。それでも、いいかと思うのだから、私の身体は沖縄ぽくなってきたのだ。そう、あさって6月23日は「慰霊の日」。6月23日はほぼ毎年、カァーという照り返しにめげそうになってきた。

 ところで、約1ヶ月止っていた写真のアップは、漸く可能になった。容量が足りなくなって、あれこれやってみたが、そもそも容量を増やす以外になかった。併せて、不要なデータを消し去り、ファイルの整理も一部だが進めた。試行錯誤の結果、大分要領がわかってきたのは、メデタイことだ。今晩中に幾つかを載せるので、少々お待ちください。

本日、また道交法違反で不当逮捕(17年6月21日)

 本日、17年6月21日、12時50分ごろ、国道329号線のキャンプシュワブの工事作業用ゲートと第2ゲートの間で、搬入車輌に抗議していたSさんが道交法違反で不当逮捕された。連絡を受け、弁護士に接見を依頼。逮捕された人は女性であり、名護署から沖縄署に移管された後に、弁護士接見が行われた。

 警察は車道部分(区分は白ラインのみ)に出ての抗議じたいを違法と断じており、その度に道交法違反か公務執行妨害でひっかけてくる。この国がやっている基地建設じたいが違法行為の塊であり、そのための資材搬入に抗議することは余りにも当然だ。

 Sさんを一刻も早く取り戻し、基地建設を許さない闘いを強化していきたい。繰返される微罪逮捕を許さない。

2017年6月20日 (火)

「沖縄とともに」2017沖縄シンポジウム(東京弁護士会主催)

東京弁護士会が好企画をやっています。お近くの方は是非御参加ください。(ヤマヒデ)

「沖縄とともに-1945年6月23日を心に刻む」

 第2次世界大戦における沖縄戦が組織的な戦いとして終了したのが1945年6月23日であり、毎年、沖縄ではこの日に慰霊の行事が行われています。

 日本の国土の中で、唯一地上戦が行われた沖縄のことを忘れてはなりません。

日時:6月24日 12時20分~

 エイサー(都立調布南高校同窓会伝統芸能同好会 神和海(みなみ)の皆さん

 「対馬丸事件を語る」外間邦子さん(対馬丸記念館常務理事)

 「辺野古の今」武田真一郎さん(成蹊大法科大学院教授

会場:弁護士会館(丸の内線霞ヶ関駅B-1b出口)

予約・参加費無料。

問い合わせ:人権課(℡ 03-3581-2205)

同時開催  

●沖縄戦写真展 6月19日~24日 9時~19時(最終日 16時)

弁護士会館一階フロア

註:対馬丸事件 1944年8月22日、学童疎開の沖縄の子ども達を乗せた対馬丸が米潜水艦に撃沈され、学童784名を含む1482名が命を落とした。それは如何なる状況の中だったのか、そもそも学童疎開とはなんだったのか、人の命とはなどが厳しく問われるべきことがらです。

デイズ・ジャパン7月号を見て唸ったが

 今日「デイズ・ジャパン」7月号が届いて、表紙が見えたので、思わず私は唸った。わが陸上自衛隊員が水陸両用装甲車の脇で銃を構えているのだ。「やられた!」というか「先を越された」と思ったのだ。しかし、中を良く見たら、米国での撮影。なんだ沖縄じゃない!と安堵したのだ。外の写真も殆ど海外での撮影。無論特集が琉球諸島を巡る軍事化をテーマにしており、アップ・ツー・デイトなもの。

 このテーマを、私は2011年から追いかけており、それなりに撮り貯めているとはいえ、まだまだ沖縄での自衛隊の演習を撮る機会に恵まれていない。より自覚的に撮るチャンスをものにしたいものだ。

 ただお断りしておくが、私は軍事オタクじゃない。軍事力では私たちの命を守ることはできないばかりか、資源さえ守れないと思っている。日本政府がやろうとしている「島嶼奪還作戦」だが、各島に駐屯する自衛隊は500~800名(与那国島は現在のところ160名)で、一旦島を明け渡すという。ここでいう島とは与那国島、石垣島、宮古島等のことだが、万が一首尾よくいって、兵隊は一旦逃れたとして、残された島民はどうなるのか。与那国島は約1400名(自衛官と家族を除く)、石垣島、宮古島が50000人余りの人々はどうなるのか。殆ど逃げようがないのだが。政府・自衛隊は島民を置き去りして、奪還するのだという。さらにそのとき何処を戦場にするつもりだ。これは具体的に考えるべきことだが、どう考えても島民を死地に追いやりながらの作戦になる。

 こんな机上の空論のために、税金を軍事費に使うばかばかしさ。中国が怖いという人々は、若し本気でそう思うならば、自分が島民のつもりで考えるべきだ。軍事緊張があるのであれば、其れを解きほぐす努力こそが、緊急の課題だろう。順番が逆である。

 ついでに言えば、中国に何を言っても理解する頭を持っていないと信じ込んでいる方に申し上げるが、だとすると中国は日本国についても何を言っても理解で来る頭を持っていないと考えているかもしれない。なんも考えることができない両者だとしたら、確かに戦争になる。力対力。そうなったら、日本に生きている人々は生き残れますか?米国は日本を守ってくれますか?相互絶滅戦争になることが予想できるから、米中両国はお互いに手を出せないでしょう。しかしわが安倍政権はやりたいとハシャイでいるのです。

 だけど米国の主要産業は軍事・軍事産業。だから戦争をやる。圧倒的強者が弱者を踏みにじる。愚劣過ぎませんか? たまにテロ攻撃を受けて慌てる欧米諸国の政府。

 分厚い軍事力で鎧を固め、強力な槍をもっても、安心はできないのです。儲かるのは軍事産業ばかり。だから賢明な人間であれば、軍事力とは別の方法で、お互いに生きていける方法を模索しなければ、人類の未来を暗くしていきます。

 こんなことは、少し真面目に考えれば、小学校高学年になれば、考えられる程度のことです。

 ということで、私もデイズ・ジャパンの7月号を推薦します。

この国と沖縄を考える(17年6月20日)

 国会を強権で押し通した安倍政権。森友問題、加計問題を最後までごまかしながら、共謀罪を通す。目的のためならば手段を選ばぬ独裁ぶり。これに対して、世論調査で支持率が下がり、不支持率があがったそうだ。当たり前だろう。でもまだまだ支持率をそれなりに維持しているのが不思議だ。昨日の記者会見で首相は「政府への不信を招いたことは、率直に認めなければならない」と言ったそうだが、ただの戯言だ。自覚的にやってきたことが批判を受けたので、ここは婉曲にごまかそうとの魂胆がありありだ。

 記者会見で人材育成への投資「人づくり革命」とか言っているそうだが、まずは自らの人づくりを革命したら。真摯に議論する、情報公開・文書管理ぐらしっかりやれる、法と道義を重視できるなど。ご自身たちが全く落第点なのに、良く言うわ。

 それにしてもこうした態度は、沖縄に対しては従来どおりのやりかたであり、目新しいものではない。議論しない、法と道義を無視する、強権的におっかぶせてくる。沖縄の民意をないことにする。この国の目的は沖縄を軍事基地に置き続けながら、さらに戦争する国に押し出していくだ。

 今日の沖縄タイムスの論壇欄。「慰霊の日は県民のもの。戦争準備する勢力は来ないで」とある。名護市のTさんが書かれた鋭い提起だ。沖縄の遺族達の思いを踏みにじる行為は、断じてあってならないはずだ。これを蹂躙しているのが自公政権であり、それを著しく強化し、琉球諸島を軍事要塞化しようとしているのが安倍政権だからだ。

 沖縄にはあの戦争でなくなられた方々の遺骨があちこちに放置されたままになっている。身元不明の遺骨だらけだ。埋葬されてもその近くに軍事基地がある。そして再び戦争を意図する連中が「慰霊」と称して来る。

 私達は何時までこんな絵を見させられるのだ。私は何時までこんな写真を撮らなきゃならないのだ。沖縄に来て3年8ヶ月の私は呆然とすることなく撮り続けたい。私・私たちと沖縄の人人の差別・分断を凝視しながら。

2017年6月19日 (月)

やれやれだなと思ったが(17年6月19日)

 17日に負った足の硬直、ゆがみは、やっと、ただの筋肉痛程度に和らいできた。これで明日はカメラをもてるだろう。今日などはただただテント内の椅子に座って読書にあけくれていたからな。そういえば、雨の中をアジサシの仲間が飛んでいた。

 志葉玲君がツィターで安倍の記者会見のちょうちん持ち記者が多すぎる、突っ込みを入れるべし(要旨)と書いていたが、全くそのとおり。各社共に政治部が一番の悪。政権の中枢にくっつきながら、取材だなどというから、ろくな記事が書けない。政権の宣伝部はNHKと読売・サンケイだけでたくさんだ。

 彼らは72年前までの戦争犯罪を完全に忘れているのだろうが、私達はここから許しませんと言うしかない。過去の過ちを再び繰返す。今度は米国という尻馬に乗っていれば、負けないぞという浅ましさ。情けなさ過ぎる。

 私達は、政権宣伝部を、正しく「軍事産業」と呼んであげよう。軍隊とは人殺し集団であり、其れを鼓舞する宣伝部。写真家でも絵描きでも文学者でもミュージシャンでも、はっきり言ってあげよう。国家に軍事に加担するな、共謀するな。ごまかすなと。その正体を暴露していこう。特に文化を巡る領域の責任は大きいのだ。

 まだまだ私たちがやれることはある。海兵隊を巡る映画の上映運動をななち家さんが始めたし、私の辺野古・大浦湾の写真ファイルも地方巡業から戻って来たはずだ。もっと多くの人たちが大胆な共謀を図るべきだ。殺すな!と。だから言うまでもなく私はテロには反対だ。間違っては困る。肝心なことは誰が何をしようとしているのかを見極めることだ。

●海兵隊を巡る私の映評 

http://poyamahide.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-6f9b.html

 私たちが無関心でいたら、どんどんモノが言えなくなる。気がつかなければどんどん自分たちの墓穴を掘るだけなのだ。まったく、ちっともやれやれじゃないようだ。

アーあ、今日も雨だった!(17年6月19日)

 今日も雨。朝は殆ど降っていなかったのだが、梅雨は何時あけるのか? 因みに海上行動は殆ど中止。船1隻で様子をみに行っただけ。お陰で私はテントの中で、ゆったりとしていた。もっともまだ17日に足を痛めたので、歩くのがやっと。撮影はちょいと無理な体。

 雨のお陰で出動もなく、静養できた。しかし辺野古川河口は真っ赤になってしまう。上流が荒れている証拠。実弾射撃演習場だから、裸地になっており、赤土が流れてくる。確実に自然が壊されていく。

 今日良かったことが2つある。ある方が、この国は共謀罪も通ってしまって、どうなるの?と。私もこう問われたら辛いのだが、ここは一人一人が萎縮せず、協働の力を行使して跳ね返していくしかないと答えた。そうよねと、やや顔が和まれた。いま必要なことはひとりひとりが如何に生きるべきかを問う哲学をもつことだ。決して死ぬためのではなく、生きるための。国家に死相がでてきた以上、きわどいところに来たことは間違いないが、私達は生きるための哲学を追求しよう。

 もうひとつは、青木理さんの「安倍3代」を読破した。安倍寛、安倍晋太郎、安倍晋三の3代だ。岸信介は母方の祖父。3代というから、岸がメインかとおもいきや、父方の3代。祖父の寛(かん)はリベラリストだったらしい。大政翼賛会の時代にも反戦の心ざしを絶やさず、当選している。晋太郎もそこそこのリベラリストでバランスを取る人だったと。代をさかのぼればさかのぼるほど小物になる。晋三はタダタダヘイヘイ凡々だったらしい。

 今この国はこんな小物にコケにされているのかと思えば、ますます腹立たしい。ただ、今の世の中を裏で支配している日本会議は、だからこそ使いやすい男なのだろう。日本ナショナリズムの裏はウルトラの親米であり、米国は日本を御しやすい。大企業もこの国を使いやすいのだろう。こんな薄っぺらな連中に、私たちの未来を明け渡してはいけない。まだまだ私達は自信を持って生きていけるはずだ。

 昨日までに折角干した雨具やザックが再び濡れてしまったが、今日は買い物の心配もないので、いいことにしよう。

6月10日移動写真展雑感(17年6月19日)

 あれから1週間以上が経った。参加いただいた方々からの感想も寄せられたので、若干の主催者の雑感を記す。

 当初、6月10日国会大包囲を11日の私用と合わせて撮影に行くつもりだった。其れしか考えていなかった。凡そ3週間ほど前になって、いやただ行くんじゃつまらないかと思い出して、辺野古・大浦湾ー沖縄を伝えてみようと思い出したのだ。埋め立て工事が始まり、共謀罪も通されようとしているのに、沖縄にいるから国会には遠い。私の苛立ちは、「日本人」の鈍感力。いい加減にしろと思っている。

 そんなわけでひとまず今の辺野古・大浦湾-沖縄を象徴する写真10枚を選んだ。だがこれを持っていただける人を御願いしないとならない。10人も集まるのか。私と私の家族をフル動員して、両手に2枚かと弱気になっていた。このブログで何度か呼びかけたが、反応がない。ダメかなと思っていたところに、6月10日の1週間ぐらい前にKさんが行くよと。そしたら、あれよあれよという間に10人を超えた。これならできそうだと踏んで、大急ぎで写真をプリントした。キャプションも書いた。集合地やら、やり方も考えた。参加希望者に連絡して、ギリギリ、セーフとなった。

 こんなだから私のフライトは現地到着時間ぎりぎりだった。早くからこうすると決めていたら、もっと早い便で行っていたのだが、今更しょうがない。

 集合地に駆け込んだら、皆さんいらしていた(2名が遅れてきたが)。私の見込みどおり、周辺には参加者が溢れていなかったし、警備もぱらぱらだった。簡単に打ち合わせ。皆さんに写真を渡して、並んで歩く。このとき、12名と私。国会に面した道に出て、衆議院会館を超えて、永田町の駅前。ここで並べそうなので、急遽並んでいただく。12名・12枚(10枚に+2枚を用意)。けっこういいかんじ。約20分スタンディング。国会図書館側に渡るが、ここでは不可だった。歩道が混んでいる。やむをえず、坂をさがる。途中で稲嶺進名護市長や参議院議員の糸数慶子さんとすれ違う。坂の下で、約20分のスタンディング。ここには既におられた大包囲の参加者達が私たちの写真に注目してくれた。少々会話もできた。写真も撮っていただいた。自分も撮った。写真を見ながら話せるのはいいな。この場で、14名が揃った。+アルファの予約外の仲間も合流。

 さらに国会正門に向かう。メインステージのある左側には既に行けそうにない。ならば、右側の坂の下で。植え込みに上がり、最後まで。ここでは安次富浩さんのアピールなどを聞けた。力の入ったアピールだが、普段の沖縄でのしゃべり方との違いを感じた。過剰に力が入らざるを得ない現状があることの反映だろう。分断の現状、焦り。

 今日は彼と会えなかったが、こんなやりかたでの連帯の意思を表明できたのでは、なかったか。大包囲終了後に、1時間ほどゆんたく。自己紹介がてら今日の感想も話してもらった。皆さん満足げだったので、ほっとした。「私の写真」に付き合わせて、満足いただけなかったらと危惧していた。「私たちの写真」になったのだろう。

 今回の企画は、沖縄の現状の一端を伝えることだが、その先に連帯の道を探ることがあった。今回の14名には、私の家族もいたが、未知の方も少なくなかった。しかしお顔を拝見したら、どこかでお会いしている。辺野古のテントで話を聞きましたという人がいたり、東京の報告会を主催してくれた方もいた。結局これまでの積み重ねが、今日の14名に繋がったのだ。

 事後に6名の方から感想をいただいた。「多くの視線を感じた」という声が共通した感想だった。自分はパネルをもっていなかったのと、挨拶に忙しくて、視線を感じている暇がなかったのだ。残念。あと、ただの大包囲の参加から、一歩主体的に参加できたという声があった。沖縄との連帯と国会との対決を感じたと。

 たかが14名(飛入り参加を含めると15名)だが、されどの経験になれば、嬉しいものだ。少なくとも、参加いただいた方々との継続的な関係につなげることができた。

 ただ具体的な遣り方には、まだまだ工夫が必要だ。機会があればまたやってみたい。

 参加していただいた皆様、感謝しています。これからもご一緒できる機会があればと考えています。

2017年6月18日 (日)

海兵隊を巡る2本の映画

 今日17年6月18日、ななち家さん主催の海兵隊を巡る映画の上映会が名護市中央公民館であった。会場はほぼ満杯。

 1本目は私は既に見ている「one shot one kill」(一撃 必殺)だ。この映画は2011年製作だからその直後に見たのだと思う。海兵隊新兵教育の12週間を追ったもの。藤本幸久監督、森の映画社製作だ。

 海兵隊の実像に迫ろうと米国、サウスカロライナ州パリスアイランドにあるブートキャンプでの実態を追ったものだ。前回見たときの印象が強烈だった。軍隊って、どこの国でも大同小異。わが皇軍も現代の米国海兵隊も。命令・反復・上位下達で、個性・人間性を空っぽにさせながら兵隊を作り上げていく。人間改造の仕組みが遺憾なく示されている。これだけでも、本編を見る価値がある。

 この印象が強すぎたのか、前回の私の記憶は、他の部分を消してしまうほどだった。だから2回見て正解だった。「海兵隊こそ、最強の軍隊だ」という、呪文の刷り込み。軍隊・兵隊とは、人を殺すことだと、悪びれずに徹底的に叩き込む。たとえば、素手での戦い方、殴り殺しの基本、弾がなくなったら着検して、突く、匍匐前進から射撃の一連の動き。標的にどれだけ当たったのかのチェック。昼食風景、就寝前の光景。いずれにもプライバシーゼロなのだ。

 女性兵士も必死だ。こうして新兵教育を施された若者が沖縄にきているのだ。何がまともなのか否かが、分からなくなる。これが私たちの「隣人」なのだ。

 もう一編は最新作。「これが海兵隊だ」。こちらは海兵隊を巡る分析だ。佐藤学(沖縄国際大教授)、半田滋(東京新聞編集委員)、前泊博盛(沖縄国際大教授)、屋良朝博(ジャーナリスト)の各氏が的確な解説をしている。だがやはり戦場を踏んできた元海兵隊員の声は重い。故アレン・ネルソン(ベトナム戦争)、ジェフ・パターソン(湾岸戦争の派兵拒否)、ジョン・ラグラント(コソボ)、ハナン・スアレスディアス(イラク戦争)の4氏だ。なかでもネルソンの言葉が重い。戦友が身近で殺された経験。脳がすっ飛び、脳みそが出ていた話、呆然として暫し立ちすくんだという。自身がベトナム農民や、女性や子どもを殺した体験。彼の記憶の中にこびりついているのだ。これが戦場であり、人殺しの集団だと。

 最後に海兵隊からの提供フィルムが出てくるのだが、この中で水中から沈没した機材から脱出するシーンがある。これはオスプレイが落ちたときの脱出マニュアルの訓練だ。

 もっとも本作は、沖縄の海兵隊にひきつけているのだから、もっと沖縄で撮ったものを使えばいいと思うのだ。もっとまめに撮って欲しいものだ。

映画の問い合わせ先は森の映画社 090(2052)9902

http://america-banzai.blogspot.jp/

沖縄の上映の問い合わせは ななち家 090(6181)5131 前田さん

是非各地でも上映運動をやってほしい。

やっと起きた(17年6月18日)

 昨晩は、ともかく寝た。それ以外、何の選択肢もなかった。足を痛めて、動きようもなかった。高江から平良まで歩く途中でこうなってしまったのだが、何とか平良から名護十字路までバスに乗って、名護市街から自宅まで歩いたのだ。足を引きずり引きずり、1時間30分もかかった。こういうときに誰も知り合いが現れない。最後の300mのところで、T君が通りかかって、「どうしたの?乗せようか?」といってくれたが、もうここまで来たら大丈夫。情けない1日になってしまった。

 朝、新聞を見たら、米海軍イージス艦フィッツジェラルド(8315トン)とコンテナ船ACXクリスタル(29060トン)が伊豆半島沖で衝突した。ハデにやったようだ。どっちがどっちなのかは、まだ分からないが、往々に軍艦は近場への監視は大雑把。貨物船も20人しか乗っていない船であり、こちらの夜間航行の警戒態勢も怪しい。法的には日米地位協定に阻まれて、なかなか難しいことになるのじゃないか。海保は米軍をどこまで調べられるのか。確かに被害は米軍側が大きいし(7人が行方不明、3名が負傷)、右舷の艦橋がえぐれている。コンテナ船が突っ込んだのだろう。ただここに到る経緯が分からなければ、正確な事故責任を明らかにできないはずだ。

 そんなこんなだが、私の体は何とか動く。今日は海兵隊を巡る映画と講演会に出る予定にしていたので、何とかなるだろう。先ほどザックをあけて、カメラを拭いた。予想外に濡れておった。財布の中身も濡れて、バスの運転手に怒られた。「濡れた1000円札は(器械に)入らないから」と。靴の中も濡れまくり。今日は履けない。ただ雨ぐらいで、めげている場合じゃない。

 ということでまた。

2017年6月17日 (土)

散々な目にあったのだ(17年6月17日)

 昨晩は、23時から1時まで、画像をあげられるように修復作業を行った。しかし結果は不正解。2時間かけて遣ったのに、私の方法は不可と出た。負け惜しみかもしれないが、新たに機会の仕組みが分かったのだから、由としよう。そんなわけで、修復にはもう1,2日かかる。申し訳ありません。

 お陰で今日は、睡眠時間3時間で高江を8時間歩いてきた。びしょびしょになりながら、風に吹かれながら。寒さもあったのだろうが、後半から左足に異常が発生。なんとかかんとか、歩きとおした。情けない。そんなわけなので、今日は一旦寝ます。

2017年6月16日 (金)

6月の忘れられない記憶(電車の中で)

 6月、沖縄は今日も雨。空梅雨かと思っていたが、今週は降りっぱなし。1960年6月15日は国会で反安保闘争が大きく盛り上がる中で、樺美智子さんが警察官によって殺された(日米安全保障条約は6月19日に自動承認された)、忘れることのできない日だ。

 1951年生まれの私は、この日の記憶はない。1970年6月23日が私の反安保闘争の始まりだ。それから日付が過ぎて、92年6月14日はPKO法が強行採決された日であり、私の記憶に新しい。

 だが、6月の記憶の中で忘れがたい日が私にはある。個人的な記憶であり、こうしたブログに書くのは憚れるものだが、今これを書かずに、何時書けるのかと思うのだ。

 時は92年6月15日午前。PKO法が通ってしまって愕然としていた私は、遅い出勤になっていた。場所は東京の井の頭線の車中。吉祥寺から渋谷方向に向かう急行だったと思う。ラッシュ時は終わっていたが、急行なのでそこそこ混んでいた。無論私も立っていた。

 ぼんやりとしていた私だが、突然、近くの女子高校生の奇妙な顔が目に入った。どうもおかしい。苦しげに、必死に耐えているようだ。痴漢だと、私は直感した。無論私は彼女の周囲を見回した。厳つい男が脇に立っている。奴か? だが、手などが見えるわけじゃなし、「お前やめろ!」などと言えなかった。どうしたらいいのか、さっと思い浮かばなかったのだ。彼女は、次の永福町駅で、何とか降りたが、私ができたのは、この男が降りないことを見届けただけだった。

 暫くの間、何もできなかった自分を悔いた。申し訳ないとこの女子高生に頭を下げるだけだった。こうしたときに、いい方法はないものかと考えあぐねた。そして見いだした方法がある。証拠がなくても第3者ができる救援方法。こいつかと思しき男を、相手から遠ざければいいのだ。さりげなく間に入って、引き離す。混んでる車内だから、こちらが誤解されないように留意しながら、次の駅で降りやすい方向に誘導してあげるのだ。

 この方法を私は次の機会に実践した。さりげなく自分の足でその男の足を遠ざけてやった。手も足も届かない距離に切り離した。大正解だった。また、これは随分の後のことだが、女性が「痴漢!」と叫び、男の腕を掴んだのを察知した私は、逃げようとする男をがっちり押さえて、ホームに下ろし、駅員に引き渡したこともある。何事も経験なのだ。

 92年6月15日の記憶は、第3者である私ですら忘れられないのである。まして、被害にあった女性は、どうだったのか。忘れられるはずもないだろう。

 ここで教訓。はっきりしないから、怖いからと、見過ごすことなかれ。自分の身の安全も考慮しながら、毅然と実質的な対応をすればいいのだ。

 

 

山城博治平和運動センター議長、国連人権理事会で声明

2017年6月15日午後(ジュネーブ)、山城博治沖縄平和運動センター議長は。国連人権理事会で以下の声明を発表した。

 「私は沖縄における米軍基地による人権侵害に対し、平和的な抗議運動を行っている山城博治です。日米両政府は沖縄の人人の強い反対にもかかわらず、新たな軍事基地を沖縄に建設しようとしています。

 市民は沖縄の軍事化に反対して毎日抗議活動を行っています。日本政府はその市民を弾圧し、暴力的に排除するために大規模な警察力を沖縄に派遣しました。

 私は抗議活動の最中、微罪で逮捕され、その後、2回遡って逮捕されました。勾留は5ヶ月間にも及びました。面談は弁護士以外との接見を一切禁じられ、家族とも会うことを許されませんでした。私は自供と抗議運動からの離脱を迫られました。これらは当局による明らかな人権侵害です。

 しかし私も、沖縄県民もこのような弾圧に屈しません。

 私は、日本政府が人権侵害をやめ、新しい軍事基地建設に反対する沖縄の人人の民意を尊重することを求めます。」

 実にシンプルな声明だが、90秒の枠の中であり、精一杯の発言だったと思う。ご苦労様でした。16日に、国連欧州本部でシンポジウムも開催されるので、具体的な問題が討議されるだろう。特に日本政府が近代刑法の大原則を踏みにじる共謀罪を強行採決した直後のことでもあり、国際的な批判の声が高まることを期待したい。(ヤマヒデ)、

6月12日道交法違反で不当逮捕された方は、翌13日夜釈放

 ご報告が遅くなってしまいましたが、去る17年6月12日に国道329号のシュワブゲート前近くでバイクで走行中のKさんが交通警官に道交法違反の容疑で逮捕されていましたが、翌13日夜に検事釈放になっていました。ご報告が遅れたことをお詫び申し上げます。

 本件について、ご本人は、当日雨天の中で、スリップを避けるために慎重に走っていただけなのに、とカンカンです。

 また、これは昨日聞いた話ですが、別の男性は、こう言っていました。たまたま搬入の車列に挟まれただけなのに、警官が「お前か」とばかりに、道交法違反を取りかねない勢いだったと。彼は乗用車だったこともあり、もっていかれませんでしたが、こうした予断と偏見で、事実行為の認定を軽視するやりかたは、正にファショ的な弾圧です。

 共謀罪が成立した今日、警察の態度が、一層高飛車に、予断と偏見で、決め付けるかのような弾圧を強化してくることが充分に予想されます。

 私達は日常的にこうした弾圧を許さない、冷静で的確な反撃をしっかりと行っていきましょう。

2017年6月15日 (木)

ゆんたく野鳥の会さんへ

 ツイッターに「ゆんたく野鳥の会」さんがいる。今見ていたらこんなのがあった。「共謀罪セットを持って国会に行っていた」と。双眼鏡、地図、メモ帳、など。確かに国会行動にもあるといいやつばかり。

 言われてみれば、6月10日の私も地図とメモ帳、双眼鏡でなくカメラをもっていました。これも「共謀罪」セットだな。何を共謀するのかが問題だが、警察は他人の「内心」を推し量りながら、適当にでっちあげてくる。こんなもので乱用の歯止めになるわけがないのだが。

 ついでに、このゆんたく野鳥の会さんのツイッター、可愛すぎ。ヤンバルクイナはもちろん、アカショウビン、キビタキ、サンショウクイまでいたいた。芸が細かい。

 野鳥の会さんは、鳥とただ遊んでいるのではない。森を海ヲ守ろうとして、しっかりとやっている。私は随分久しぶりに野鳥の会さんと、仲良しになりそうだ。

●註:ヤマヒデさんは、1965年秋から1973年夏頃まで、日本野鳥の会東京支部会員、1970年4月~73年春頃まで、同会幹事。68年ごろから73年ごろまで日本野鳥の会(本部)会員。

 

2017年6月15日、名護市内にて

 先ほど辺野古から帰って来ました。今朝、7時45分頃、国会・参議院本会議で、共謀罪法案が法務委員会の採決無しで強行採決・成立。

 朝方に、30名の団体がお出でになり、私が話しました。1966年以来の新基地建設の流れと、いま何故日本政府がここに欲しがっているのかを。無論、この50年余りの間の政治状況の変化を明らかにし、この国は何故これほどまでに欲しがるのかを問い掛けました。この問題は、安倍政権が共謀罪を欲しがる理由と重なっているのです。

 しかし、やはり皆さんは、沈黙。本当に不思議なことです。多くの皆さんにとって、戦争との距離が大きくかけ離れているのでしょう。市民的自由の意味がぼんやりとしかないのでしょう。だから想像力が押しつぶされており、創造力は極端に矮小化されているのです。

 市民的自由、あるいは、基本的人権とはなんでしょう。労働者ならば、労働基本権といわれることですが、一番端的なことは、労働時間の問題です。どれだけの残業を強いられても拒否できない職場。疲れているから、病院に行きたいから休ませてと、言えない職場じゃないでしょうか。

 この国は、何故共謀罪を欲しいのでしょうか。政権を握っているものが確実に自分たちの意思を貫き通したいからです。このために異論を排除するためにです。まぁまぁという余裕を失っているのです。ひたすら戦争に向かうために、軍事力で儲けるために、わずかな異論も排除したいのです。

 このことは過去の歴史を振り返れば、なぁるほどです。また、数年前からこの国は海外で拘束された日本人ジャーナリストを見殺しにしてきました。国の言うことを聞かないからだなどと称し、「わが国はテロに屈しない」と見殺しにしてきた。少数意見に聴く耳をもっていなかった。

 沖縄に対しても同様です。沖縄の住民は、一人や二人ではありません。140万県民です。この国は沖縄を戦場にしながら、皇軍が住民を虐殺しながら、なんの責任もとらず、沖縄戦の歴史を忘却の彼方に置き忘れ、未だに在日米軍基地の大半を沖縄に押し付けている。沖縄の民意など、無視、無視。そして再び沖縄を戦場にする作戦を準備し、新たな基地を造ろうとしている。

 私達「日本人」は、これほどまでに恥知らずです。軍事で儲かる国にしたい安倍政権と、とんでもないと声を上げる沖縄の人人。どちらがまともなのか?

 共謀罪が通ってしまった今日、私は改めて沖縄に生きている意味をかみ締めています。

 「勝つ方法は諦めないこと」ではありますが、そのためには何をすればいいのかを、私はよりポジティブに考えていきます。皆様も新たな一歩を踏み出してください。

薄暗い夜明けの中で(17年6月15日)

 やっと外から雷雨の音は聞こえなくなった。未明、天がバリバリと怒っていた。いまの時点で国会はどうなったのかわからないが、沖縄タイムスに「今朝成立」の見出しが躍っている。無論、共謀罪法案のことだ。

 私が6月10日に国会周辺でやった移動写真展は、私たちの表現の自由と内心の自由を意識した企画だった。14名もの方々に参加いただき、心強かった。だが、写真界も大手の写真業界やらの展示会場や写真雑誌をみるかぎり、私たちの写真を並べることは、より難しくなっている。私たち自身の創意工夫が不可欠だ。

 しかし共謀罪が成立すれば、こうした会場じたいが共謀の場になりかねないと、警察はお客などを装って、内偵に来るだろう。こんなことは簡単に予想されるにもかかわらず、これを通すことに加担した国会議員の名前を私は忘れるわけにはいかない。

 昨夜は嘉手納基地で予定されていた夜間パラシュート降下訓練は行われなかった。私は、いくら何でもこの悪天候下ではやらないだろうと判断して撮影に行かなかったのだ。正解でよかった。ただ米軍はやるといっており、改めてやる気だろう。抗議の声をつよめていかなければならない。

 今日の私は辺野古に向かう。山城博治さんらは昨日、ジュネーブに向かった。闘いは世界をまたにかけてやるしかない。日本の後進性、独裁性を満天下に明らかにしていく努力が問われているだろう。決して諦めることなく、新基地建設を潰し、この国の戦争への道を潰していこう。頭を使おうよ。

 

国会が壊されていく中で(17年6月15日未明)

   今入ってきた情報に寄れば、参議院本会議が15日2時から始まるらしい。参議院会館前には徹夜組の人々もいるそうだが、大手メディアは口裏を合わせたように報じない方針らしい。

 そもそも国会議員とは何なんだ。何様だと思っているのか。憲法第41条にこうある。「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」。だからこそ、国会を構成する国会議員は審議することのプロでなければならない。しかし彼らの現状は利権を追求することに堕しており、ウソと居直り、数の横暴だけで、事を処理してきた。

 今行われようとしていることは、国会法の第56条の3「委員会の中間報告」だ。これは、衆参の両院は「委員会(この場合は法務委員会)の審査中の案件について特に必要があるときは、中間報告を求めることができる」だ。同条の②「前項の中間報告があった案件について、議院が特に緊急を要すると認めたときは、委員会の審査に期限を附け又は議院の会議において審議することができる」に基づいているようだ。

 そもそも、本件は「特に必要がある」のか?!安倍政権と与党がタダタダ通したいだけだろう。そんなもののどこに必要性を認めることができるのだ。また、今回は委員会の審査を飛ばして、参議院(本会議)で審議して表決してしまおうと言うことだ。

 今おこなわれようとしていることは、国権の最高機関たる国会の自滅行為に他ならない。安倍政権が行っていることは、憲法の立憲主義を壊した挙句、今、国会を壊し、文字通りの独裁に走っているのだ。安倍は以前、こう口走った。「私は立法の長だ」と。彼らは、3権分立を破壊し、行政の長が全権を掌握する道に公然と踏み込んだのだ。その審議の対象が共謀罪なのだから、もはやこの国は、まともではない。悪ふざけの度が過ぎている。

 こんなことを私たちは断じて許してはならない。

 ここで立ち止まって考えてみよう。安倍らの森友、加計問題とは、何か。お友達同士が国家財産を切り売りして、私的に野合した儲け話だ。立派な不正行為だ。こんなことを公然とやってしまい、後は知らぬ存ぜぬ。公文書抹殺。72年前の大日本帝国は、敗戦直前に大量の公文書を焼き尽くしたが、今度は、パソコンで始末したのか。

 だが考えてもみよう。森友、加計問題など、まだまだ桁が小さい。せいぜい100億単位だ。しかしこんなことが罷り通るならば、軍事利権は桁違いにでかい。戦闘機1機で100億を超えるのだ。辺野古・大浦湾の埋立てであれば、1兆円を超えると言われている。どれだけお友達になれるかなで、国政が動き、税金が消費されていく。

 待った、待った。これまでの米日同盟はどうだったのか。どれほどの利権の構造ができあがっているのか。あな、おそろしや。

 私たちの敵は巨大だ。安倍のおともだち、公安警察、自衛隊、米軍、軍事産業、多数派の国会議員、殆どの裁判官、多くの国家公務員などなど。そしてだらしない大手のマスコミ。

 だからこそ、私たちはひるんではならない。共謀罪法案を廃案に、しっかりと声をあげ、新たな繋がりを作り出していこう。裏切りを許さず、不動の団結を生み出していこう。

                                    (2017年6月15日2時47分)

2017年6月14日 (水)

共謀罪法案、法務委員会をスルーして本会議で強行採決か!!

 今入ってきた情報に拠れば、自公維はあの共謀罪法案を本日6月14日、法務委員会の採決をスルーして、本会議で強行採決に持ち込む構えだと。

 やつ等は何を考えているのだ。これを《独裁》といわずして、どういうのか。要は国会の運営・手続きを完璧に無視して、やるのだと。これはかのドイツのナチ党や、わが国の軍部独裁にも匹敵するような暴挙だ。

 彼らが目指しているのは、2020年の東京オリンピックの無事の開催ではない。軍事利権国家への成長こそが目指されており、軍事で儲けるという人間として最大の恥ずべき体制をつくり出す悪あがきなのだ。

 もはや一刻の猶予もない。可能な人は国会へ。何がなんでもこんな国会運営を許してはならない。共謀罪法案を廃案へ!!

●総がかり行動の予定 http://sogakari.com/?page_id=67

海兵隊を考える連続上映会 名護・那覇・那覇で

 戦場までアメリカについていったら、日本はどうなるか。

主催:ななち家 問い合わせ:090(6181)5131

この2本立て 「This is a 海兵隊」と「one shot one kill」です。

6月18日 ①10時~ ②14時~ 名護市中央公民館小ホール(名護市役所向かいの小さめの建物)

6月30日 ①14時~ ②19時~ 那覇市てんぷす那覇4階ホール(牧志3-2-10)

7月9日 14時~ 那覇 県立博物館・美術館講堂(おもろまち3-1-1)

〇各回とも当日券 1000円 前売り券 800円。 

●この機会をお見逃しなく。海兵隊の本質に迫る2本から私たちが考えるべきことは?

映画の詳細はhttp://america-banzai.blogspot.jp/を参照のこと

 

3日連続の雷雨の中で(17年6月14日)

 今日は辺野古を休み、3連休の後片付け。それにしてもこの3日、名護は雷雨に見舞われている。今日は雷は近いぞ。迫力がまるで違う。光と音が1秒の差。

 お陰で、食べるものがない。昨日など、カメラ屋に行って、余りの雨で、コンビニからタクシーを呼んだのに、コーヒーの粉とか若干の食べ物を買いそびれた。今、お米を炊いているので、卵と何かか。悲しい。

 森山良子のCD「Touch me」を聴いたので今、エラ・フィッツジェラルドの「エラ・イン・ローマ」を聴いている。音源は1958年だから音悪い。でも、伸びやかな声。滑らかなスイングはピカイチだ。

 昨日の辺野古・大浦湾の海上行動は悪天候下で中止。今日も多分できていないだろう。だが、工事は続いているのだろうな。もっともっと大勢が集まるしかないのだ。

 それにしても米軍はこんな悪天候の中で降下訓練をやるのかな。事故の元だがな。やめろ!

 ご飯が炊けた音がした。

世田谷区成城学園前で桜井純子さんにあった(17年6月11日)

 こんなことを書いても、誰それ?と言われるだろうな。しかし偶然会った以上、書いておこう。17年6月11日17時過ぎ、小田急線の成城学園前駅入り口付近から、街宣の音がしてきた。こちらはひさしぶりの成城の町できょろきょろしていた。音源に近づけば社民党。時期からして都議選関係だろうが、誰だろう。

 あ、あの顔。お名前は知らなかったけれど、お顔を良く存じている。辺野古にも区議として来ていた。私はそそっと前に出て、握手。軽く頑張って。 

 後で、チラシを見た。「都知事を支えるのではなく 都民に寄りそう やさしい東京を!」ダナ。色々と区議時代の実績や政策らしいことがかかれている。そのなかでも一番ピンとくるのは「みんなの居場所がある東京へ」だろう。「誰もが、自分らしく暮らし、希望が持てる社会をつくりたい」、そうだろう、そのとおり。具体的にどうするかだ。

 しかしいまの都民にどうしたら言葉が届くのだろう。特に若者に。だるいもやもやに包まれている中で、ヘイトスピーチが轟いている中で、くだらない広告が流れている中で、スマホしか見ないような人たちに届くことばとは?

 困難だろうけれど、アナログのコミュケーションを大切にして、一人ひとりと対話する、これ以外にないのではないのか。自分自身が辺野古のテント村などで、どう伝えたらいいのかと考えあぐねている。況してデッカイ東京の街頭で不特定多数の人と話をするのは、大変だろう。

 あとは、本気度。世田谷を、東京を、人人の暮らしの場に取り戻すようにがんばって。桜井純子さん。

 駅の反対側では自民党がにぎにぎしくやっていた。

米軍、今夜、パラシュート降下訓練を強行か(17年6月14日)

 17年6月12日、在沖米軍第18航空団が沖縄防衛局と嘉手納町に、嘉手納基地での降下訓練を14日に実施すると通知していた。

 今朝(17年6月14日)の新聞に、改めて「降下訓練今夜に強行」とある。「嘉手納 3ヶ月連続 常態化」とも。

 この問題は、96年12月2日に沖縄に関する特別行動委員会(SACO)での合意でこう決まったはずだ。

「土地の返還」の項目のあとにある「訓練及び運用の調整」の項に、「パラシュート降下訓練」で「パラシュート降下訓練を伊江島補助飛行場に移転する」と明言している。保留条項、但し書きは一項もないのだ。一体米軍は何を血迷っているのか!?

 SACO合意は、「日米同盟関係を強化するために」と、前文でふれており、私が当たっている同文も防衛白書にある日本語だから仮訳であり、もしかすると英語版には但し書きが隠されているのかもしれないが。

 しかし米軍がやってきたこと、やろうとしてきたこたは、明白に、この沖縄に関する特別行動委員会の合意に反して居る。

 さらにこの合意には「騒音環境イニシアティブの実施」の中で海軍機の駐機場の移転があげられていた。1996年末の合意事項だが、これが実施されたのは2017年1月だった。しかし移転して空いたスペースは、米国本国から移駐してきた戦闘機の駐機場になっているのだ。

 米国は合意を守るつもりはないらしい。日本国政府・安倍内閣は合意を守らせる気がないようだ。おかしな「日米同盟」だ。

 確かに、これまでの日米安保体制も米国の言いなりで来た。日本政府は独特の言い回しを駆使して、米国様に奉仕してきた。だが、今日の事態は度が過ぎる。オスプレイが墜落しても「不時着水」とし、事故原因を迫らない。この1週間で起きたオスプレイの2度の緊急着陸の説明も求めない。

 米国は安倍政権だからと、なめきっているのではないのか。日米一体化の度合いは、最終段階に入り、いつでも実戦に飛び出せる一歩手前まできていると。安倍ならば何でも従うと。

 そして何故、嘉手納でやるのか。これを私は考えたい。伊江島は原っぱみたいな場所だ。危険なのは海に落ちる程度。周囲に畑があり人家があることも無視できるのだろう。嘉手納はそうはいかない。市街地が広がり、国道58号をはじめ、周囲に基幹道路が広がり、人家が多く、学校や病院もある。

 いま米軍がやりたいのは、原野の中での潜入訓練ではないようだ。市街地での潜入・突撃訓練ではないのか。だから、嘉手納なのだろう。

 米軍は、沖縄の住民の命や暮らしなんか、しったこっちゃないのだ。其れを追認している安倍政権も同様だ。

 私達は、そんな連中になめられる訳にはいかないのだ。嘉手納町長は、7月10日に行われる米軍の式典に参加しない意向を示している。私たちも地元自治体を応援し、米軍に最低限の約束事項ぐらい守らせよう。

またまた道交法違反容疑で逮捕されていた(17年6月12日)

 私は6月12日夜に東京から帰ってきたが、翌日の新聞に、「工事車輌妨害 疑いで男性逮捕」(琉球新報)と出ていた。

 ことは6月12日の朝方のことらしい。工事車輌の前を50ccのバイクで低速進行して、進路妨害だということらしい。また交通警官による逮捕だが、何が道交法違反に当たることなのか。

 昨日夕、6月13日17時の時点では、まだ勾留されているようだった。早期釈放を勝ち取らなければならない。

 国道を工事車輌優先道にしていることじたいが常軌を逸しているのではないか。国道=防衛省じゃないはずだ。

2017年6月13日 (火)

辺野古新基地を許さない 7月25海上座り込み

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辺野古新基地を許さない 7月25日海上座り込み

大浦湾をカヌーと船でうめつくそう!

詳細は以下のチラシを

「7.25海上座り込み白黒チラシ送信用.pdf」をダウンロード

主催:ヘリ基地反対協議会

カヌーで、船で、瀬嵩浜で、全国から。ただしカヌーは当日だけでは乗れません。練習にきてからです。

自然を壊すな!新基地建設を止めよう!

無理を引っ込め、道理が通る世の中に。

討論集会「自衛隊・安保問題はどこへいってしまったのか」

[討論集会]
自衛隊・安保問題は
どこへいってしまったのか

*********************

[問題提起&討論者]
太田昌国さん(編集者/民族問題研究家)
杉原浩司さん(武器輸出反対ネットワーク)
木元茂夫さん(すべての基地にNO!をファイト神奈川)
池田五律さん(戦争に協力しない!させない!練馬アクション)
天野恵一(反安保実行委員会)
日 時● 6月17日(土)午後6時〜
会 場 ●文京区民センター・3D *地下鉄春日駅・後楽園駅
http://skc-net.jp/info/map/map-kumin-center.htm     
資料代●500円
「自衛隊は違憲だ!」「自衛隊はいらない!」声を上げた先に、シラけた苦笑が待ち構える。
朝鮮半島に向かう米軍艦 隊とそれに並ぶ自衛隊艦隊の映像を前にしても、「安保反対」の声はどこにも響かない。
自衛隊も日米安保も、いつのまにか「当たり前」に、そしてそれどころか「必要・有用なもの」になってしまった。
完全なる少数派に追い込まれた「反自衛隊」「反安保」の現在を改めて見つめ直し、
「何を根拠に、どう訴えればよいか」を探る討論をします。ぜひ、ご参加下さい。

主 催●反安保実行委員会

大田昌秀さんが亡くなった(17年6月12日)

 昨夜帰宅して、東京の友人からのメールでこの報を知った。92歳だった。今朝の新聞に、ドンと出ている。朝の短時間の中で、追悼文など書けないが、私にとっての最大の記憶は、95年9月4日の少女レイプ事件への彼の態度。95年10月21日に開催された抗議集会で、一人の少女を守れなかったことへの懺悔。痛恨な極みを訴えた。

 彼のやってきたことでは、平和の礎の問題や、代理署名訴訟の問題など、私が沖縄に本格的に係わりだす時代と重なっていることもあり、一言では語れないが、重大な問題に取りくんでこられた。

 しかし今の翁長県政があるのも大田知事の基礎があってのことだろう。ここの継続性と保革を超えたところに沖縄の自治の厚みを再確認できる。

 まだまだ新基地を止められていないし、米軍は明日嘉手納でパラシュート降下訓練をやると言っているように、沖縄は大変厳しい状況の中にある。

 私も大田さんがもっとも拒絶しただろう戦争への道を止めるために全力を尽くしたい。大田さん、安らかに。いや、安らかにしていただけるためにも、私たちが頑張るしかないのだ。普段、普天間の亀甲墓などを見るたびに思ってきたが、あの時代に亡くなられた人人の霊が安らかにできるのは、沖縄から戦争の根っこを無くしたときだ。

 今朝も雷雨。大雨が降っている。大田さんのことを書いていたら、涙が。雷雨で洗い流していきましょう。

映画上映と講演「あなたの知らない沖縄」(東京・170618)

2017/06/18 映画上映と講演「あなたの知らない沖縄」/明治学院大学白金

ドキュメンタリー上映と講演
・「美ら海を未来へ~辺野古・高江、新基地建設反対によせる思い~」
 監督:中井信介 2017年3月完成
・講演「あなたの知らない沖縄」大矢英代さん 琉球朝日放送報道制作局に勤務し、
 普天間、辺野古、高江の現場取材にあたる。元海兵隊員を取材したドキュメンタ
 リー「テロリストは僕だった」などを制作。

日 時:6月18日(日)13:30開始
会 場:明治学院大学白金キャンパス 本館3F1301教室
資料代:800円 学生無料
主 催:6.18沖縄のつどい実行委員会(宮森・630を伝える会、ジョゴン保
    護キャンペーンセンター、原爆の図丸木美術館)
後 援:明治学院大学国際平和研究所
 http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2017/2017-05-29-1.html
賛 同:公益財団法人東京YWCA、平和を実現するキリスト者ネット、辺野古リレー、
    沖縄戦首都圏の会、沖縄平和ネットワーク首都圏の会

●早くからいただいていた案内でしたが、私の手違いで掲載が遅くなってしまいました。申し訳ありません。(ヤマヒデ)

共謀罪法案、廃案連続行動へ!

    拙速審議・強行採決を許すな!
    共謀罪法案廃案!6・13~16国会連続行動へ!

 共謀罪法案をめぐる攻防は最大のヤマ場を迎えようとしています。
共謀罪法案廃案へ!全力をあげましょう。

  ★共謀罪を廃案に!安倍改憲NO!6・13市民集会 ★
■日時:6月13日(火曜日)18:30~19:30(開場18時)
■場所:日比谷野外音楽堂
●プレ企画:18:10~、ミュージシャンのなりぞうさんの歌
●主催者挨拶:海渡雄一弁護士、
●立憲野党4党1会派の国会議員(党首クラスの参加を予定)、
●ゲスト
・高山佳奈子さん(京大)、
・棗一郎弁護士(労働弁護団)、
・米田佑子さん(グリーンピース・ジャパン事務局長) ほか
●行動提起:福山真劫さん、
●集会後、銀座デモ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■6月13日(火)         
 ●12:00~13:00 議員会館前集会
 ●13:30~16:00すわりこみ
 ●18:30~19:30 日比谷野音集会&銀座デモ
■6月14日(水)    
 ●12:00~13:00 議員会館前集会
 ●13:30~16:00 すわりこみ
 ●18:30~19:30 議員会館前集会
■6月15日(木)       
 ●12:00~13:00 議員会館前集会
 ●13:30~16:00  すわりこみ
 ●18:30~19:30 国会正門前行動
■6月16日(金)     
    ●12:00~13:00 議員会館前集会
 ●13:30~16:00すわりこみ
 ●18:30~19:30 議員会館前集会
■共催:共謀罪NO!実行委員会
   戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会 

◎こんなものを通させたら、禍根を残す。再び戦争の時代を迎える。安倍の暴走、独裁を許してはならない。(ヤマヒデ)

2017年6月12日 (月)

東京から無事に、大いに成果をもって帰宅(17年6月12日)。

 17年6月12日21時頃、雷雨の中を帰宅。濡れた。帰ってきたら、東京の友人から大田昌秀さんが亡くなったねと、メールが届いていた。ショック。

 今回はいつもよりも、満足のできる結果になった。90㌫ぐらいのできだろう。もっとも今回は講演会でも取材でもないので、単純な比較はできないが。

①10日午後の移動写真展は、ほぼ予定通り。永田町駅前、国会図書館南側、正門の右側の各地で。13名のパネルをお持ちになっていただい皆様に感謝。お名前は初めての方も、お会いしたことのあるお顔であった。ありがとう。

②11日午前、上野に「視点展」を見に行った。所狭しとパネルが並ぶ。私は4年ぶりに見た。今回は出品しなかったので冷静に見れる。沖縄を撮ったものは1点だけだったようだ。

③11日午後、森山良子コンサート。特別ゲストにジャズ・ドラマーの村上寛。大満足できたコンサートだった。私の相方に、同窓生2名。良子さんはジャズをやりたかったときいていたが、確かに唸るような上手さ。エラ・フィッツジェラルドと比べてはなんだが、日本の中本マリと比べても勝るとも劣らない。懐かしい「若者達」とか、歌謡曲の「禁じられた恋」もあった。サトウキビ畑も。

④12日は新宿でカメラの清掃をやってもらった。ガタガタだからちゃんと修理しろとか。ごもっとも。またその間に本屋で物色。やっと、青木理の「安倍三代」を買えた。ついでにヨハン・ガルトゥングの「日本人のための平和論」を買う。安倍晋三のバカが「積極的平和主義」とかのたまうから、本家からの反論が寄せられたのだろう。安倍は世界の笑いもの。

⑤12日午後、ちょいと道に迷いながら、懐かしい人達に会った。短時間だったが、友好的な、意義のある交流ができた。

 詳しく書くべきこともあるが、私は明日から沖縄でまた頑張る。

2017年6月10日 (土)

これから国会へ 移動写真展を開催(17年6月10日)

 これから東京に出かけます。国会周辺で14時から開かれる「止めよう!辺野古埋め立て、共謀罪法案を廃案へ 国会大包囲」に参加しながら、14名の皆様のご協力を仰ぎ、しっかりと移動写真展ができれば、いいなと考えています。天気に恵まれますように。

 また辺野古現地でも連帯行動が開かれます。沖縄と全国各地の力を合わせて、ともに頑張りましょう。

 なお、私が知る限りでも、国会に信州から、奈良から友人達がやってきます。会えて、お互いに力を育んで帰れますように。自分は、一人では、微力でも、無力じゃない。こうした機会に友人を創り出すことができれば、また一歩の力になるはずです。

 因みに今回集まっていただく14名の皆様には、全くお会いしたことのない方々も含まれておりますし、これまでに東京で、辺野古テント村で、私の話を聞いたという方や、私の先輩格に当たる方もいらっしゃいます。

 ありがとうございます。行ってきます。なお、帰りは6月12日です。

2017年6月 9日 (金)

辺野古新基地建設阻止! 大浦湾は誰のもの?

17年6月18日 13時~15時まで。

名護市市民会館中ホール

講師:熊本一規さん(明治学院大教授)

趣旨:海は本来「公共財」。公共の海面に臨時制限区域という不思議?(不法) と埋立ての関係など。洗いざらい整理していただきます。この海を私たちのものだと言い切れる確信を。

主催:辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議

電話:098(869)4312 ファックス:098(869)4313

6・10国会大包囲と連帯する辺野古現地集会

来る17年6月10日は国会大包囲。止めよう!新基地建設 共謀罪法案を廃案に!ですが、辺野古現地でも連帯して声をあげます。

6月10日11時~12時

キャンプシュワブメインゲート前

主催:共謀罪NO!沖縄実行委員会 連絡先:沖縄平和運動センター 098(833)3218

通常通り、8時から11時は議員行動、午後も座り込みは継続します。

◎共謀罪反対の声を上げる集会。近代刑法の特質は、行為に対する処罰。行為者に対してではありません。「話し合うことが罪になる」との批判は、内心で思い、話し合った段階で「準備行為」にあたるとされかねないからです。

冗談を言えば、監視され、盗聴され、密告され、スパイを送り込まれ、「テロリズム集団」へ「組織的犯罪集団」へ仕立て上げられていきます。

こんなものが通れば、正に沖縄の闘いを一網打尽にすることが狙われていきます。道交法、公務執行妨害罪なども対象です。「何で止められないのだ。悔しいね」と話し合っただけで、やられかねないのです。

だからこの共謀罪廃案と新基地建設阻止は、切っても切り離せない。(ヤマヒデ)

国会へ GO! 写真展「今、沖縄から問いかけたいこと」

 この1週間余り、6月10日に国会周辺で開催される国会大包囲に移動写真展をやろうと準備してきました。やっと辺野古・大浦湾を巡るパネル10枚を製作し、お忙しい中を13名の方々の参加を得て、開催する運びとなりました。

 こういう野外写真展をかねてから遣りたいと思いながら、今回初めて実現できます。それも沖縄・辺野古と東京等との連携が、現場とブログをつないで、できてきたからです。ほんとうにありがたいことです。

 さきほどやっとマスコミへの取材を連絡できました。やれやれ。明日雨が降らないことを希望しています。

 辺野古・大浦湾の埋立ても共謀罪もなんとしても葬り去りましょう。全力を出し切りましょう。もう、あとがない!

2017年6月 8日 (木)

6月6日不当逮捕された人は、翌7日午後、釈放された

 既報の17年6月6日に国道329号のキャンプシュワブの第2ゲート近くで道交法違反の容疑で逮捕された女性は、7日午後、無事に釈放されました。まずは良かったです。今朝(6月8日)、ご夫婦で元気にゲート前に来ていらしてました。そんなもんでメゲル人じゃないとわかっていても、やはり心配です。

 6月1日に同じく道交法で逮捕された方が、昨日テントにきていたので、懇談しました。彼女は、工事車輌が入ることによる悔しさをにじませていました。確かに車道に出て抗議することを許さない現在の弾圧状況を、承知しているが、2重の悔しさで一杯でした。私にもその気持ちは良くわかります。しかし本人への負担、そして運動全体への負荷を思えば、得策ではありません。いま必要なことは、個人的決起ではなく、もっともっと人が集まることです。

 彼女もたびたび現場に来ている人で、私のこともご存知でした。私も知っておりました。まだまだ諦めることなく頑張りましょうねと、ことばを結びました。

2017年6月 7日 (水)

やっとパネルできた!

 今日(2017年6月7日)は辺野古テント村にいた。暑かった。梅雨はどこにいったのか?

  高空を戦闘機が朝から午後まで周辺を飛びまわっていた。余りにも高くて殆ど見えない。太陽の光が強すぎて、見えず。雲が湧いてくればますます見えない。それで居て、ゴーゴーするのだから、たまらない。ここいらは戦闘機の演習空域ではない。

 ただ、一回だけ機影を発見。数枚撮った。エンジンは1基。シマシマ模様。嘉手納所属の機体ではない。ホーカーハンターだろう。この機体は山口県の岩国基地には時々現れているが、私は沖縄で観たことがなかった。米軍は高空を飛ばせば、演習空域の内だか外だか判断されないと思っているのだろう。確かに何ともごまかせる(何しろ機影が見えないのだから)とたかをくくっているのだろう。すくなくとも辺野古周辺は嘉手納基地から、また基地へ向かうだけならばともかく、グルグルと大円を描きながら飛んでいい場所ではないはずだ。

 それもたまに来るだけの戦闘機に勝手な真似はさせない!米軍は嘉手納管制を優先させ、日本の民間機には低空を飛ばさせるくせに、自分たちは勝って放題。アバウトにOKをだしているのか。そのせいか、最近多かった、今日は軍用輸送機は飛ばなかった。腹たちまくり。

 16時過ぎから6月10日に使うパネルの印刷に向かった。2時間かけて、漸く完成。ただ色はよろしくない。時間がないので、やむおえない。それでもA3,10枚できた。既に順番も決めた。今回は野外展示なので、キャプションは細かく書けない。見えないだろうし。だから別の工夫をしないと。

 あとは、もってくれる、掲げてくれる人だ。まだ募集中。有志を募る。別項を参照。コメント欄にでも可。

 天気が心配ですが、皆さん集まってくださいね。御願いします。

6月10日 国会大包囲 スタンディング(移動写真展)開催へ

  6月10日 国会大包囲 スタンディング

       (移動写真展)の実現に向けて

                  山本英夫

【趣旨】来る17年6月10日、国会大包囲の行動が取組まれます。これに沖縄から私も取材がてら参加します。と考えておりましたら、折角の機会に私がいくならば、これだけではもったいないと思い立ちました。沖縄、辺野古・大浦湾の現地にいる私なりのアピールをしてみようと、それができれば、もっと沖縄と東京・各地と繋がる端緒になるかもしれないと、勝ってながら考えました。

 ただし、パネルを一人1枚を掲げる必要上、ご協力を仰がなければなりません。これまでにご協力をお願いしてきた結果、ご協力をいただけそうです。パネルを制作して、いざ、決行へ!

 多くの方々が、見ていただければ幸いです。

【態様】10枚のパネル(写真はA3)を用意します。これを何箇所かで広げて見ていただきます。ただ、周辺は混みあうことが予想されます。また、警察の規制も予想されます。私たちは、表現の自由を、人と人が繋がれる自由を追求します。非暴力に徹し、内心の自由を大切にします。今、沖縄とつながる意味と、国会に伝える意義を追求しましょう。

【場所】国会大包囲が行なわれる国会周辺です。何箇所かで立ち止まり広げたいと思っています。詳細は現場判断になります。

【時間】14時~16時(大包囲は15時30分まで)。

【交流】近くで16時から17時まで交流する時間をとりたいと思います。

【小雨決行】なおパネルに簡易な雨対策をしますので、小雨決行します。ただ風が強いときは中止の憂き目もありえます。

【詳細】既に参加の意思をいただいた方にメールでお知らせしました。また私の携帯番号も。6月8日16時現在で12名の方々が参加予定です。誠にありがとうございます。(私の東京滞在は6月10日昼すぎから12日午後まで)。

【連絡先】eme-ru    pzyamahide@lemon.plala.or.jp

                〇ご連絡には、必ず、お名前、ご住所、電話番号を付してください。

  ◎このメールアドレスを私が確認できるのは、6月10日6時まで。

《ご注意》現場で多くの既知、未知の方々にお会いしたいです。しかし混みあうでしょうし、お一人お一人とのご挨拶も、ままならないかもしれません。失礼をお許しください。

〇註:6月8日17時時点で補足。

2017年6月 6日 (火)

昨晩から今朝にかけていろいろありました

 昨晩から今朝にかけて色々あって、ちょっとトーンダウン。

 しかし懸案の6月10日のパネルの駒選びは一応終了。あとは制作に入るのみ。眠いことおびただしい。今回は一応10枚にしておきます。またこれをベースに貸し出し用のパネル制作を引き続き行うが、こちらの目処もたった。ただこちらは、もう少し新たな取材が必要だ。全体で30枚弱になるはず。2枚セットで14か15組の予定。昨日選んだもので(今回はもっていかないが)、瓢箪から駒のような組もできたので、おもしろくなりそう。6月23日を経て完成の予定。

 私の家のそばの森にオリイオオコウモリが棲んでいる。昨日夕方、2頭以上確認。もっとも大きさはカラス大。見た目には気付きにくい。コウモリは哺乳類の翼手目であり、鳥類の骨格と明らかに違うので、見る人が見たら一目でわかる。木に止れば、ぶら下がるので、これこそ誰でもわかるが、なかなか気がつかないかも。

 オリイオオコウモリだって、ジュゴンだって、ヤンバルクイナやノグチゲラですら、興味ない人には無価値。悲しくなるほど無価値。それも、わが国では環境省という役人どもが無価値だとのたまう。安保が大切だそうだ。軍事は地球を壊すことはあっても、地球を人をすくうことはない。軍事力は大儲けできますよとほくそ笑む政治家や官僚たち。こんな連中が政権を握っているうちは、よくなることはない。

 人間は金の力だけで生きているのではない。様々な文化の力があって、生きているのだ。自然の力を無視しては一日たりとも生きては、いけない。学習能力のない連中が大手を振っている現状を改めなければ、私たちの未来はない。

 文部省の乱とかがささやかれているが、安倍政権を引き倒せるのは、私たちの力をおいてない。がんばりましょうね。

うーむ、また1名、道交法違反で逮捕(17年6月6日)

 今日、11時過ぎに私はキャンプシュワブゲート前に上がった。そこで今朝、1名が第2ゲート前付近で道交法違反で逮捕されていたことを知った。ありゃ。もっとも今日の私は10時前から別の場所で撮影しており、辺野古テントに居ない時間が長かったから、情報が行き違ったのだろう。

 今日ゲート前で撮影した。確かにどんどんトラックが入ってくる、出て行くのを見ていたら、これは誰だって、怒り骨髄、わじわじしてくる。少しでも抵抗したいと思うだろう。権力はそこを狙ってくるのだ。私達はもっとタフにならなければならない。業者、アルソックのガードマン、警官、国道事務所職員、軍警、沖縄防衛局職員らを、振憾させる闘いをやるしかない。ただ間違ってはいけない。非暴力と愛の力。ここに改めて基地を造ることがどれだけ、沖縄の、人類の将来に禍根を残すことになるのかをわからしめる闘いをだ。

 ここで焦っては負ける。

 話を戻すが、不当逮捕された人は女性であり、身柄は沖縄署に移管されたようだ。明日中に必ず取り戻そう。無論、弁護士接見は入っている。

2017年6月 5日 (月)

環境省/ジュゴンの保護、優先度高くないと回答?!

 これは今日の沖縄タイムスに出ていた件ですが、環境省はジュゴンの保護の優先度高くないと答えているそうです。いくらなんでもおかしな話。これでは「環境省」の名前が泣いています。こうこたえたのは、野党国会議員らでつくる「沖縄等米軍基地問題議員懇談会」に対する答。

 私がいうまでもなく、ジュゴンは72年5月15日に日本国の天然記念物に指定された。環境省は天然記念物は文化庁の管轄であって、関係ないとでも言うのだろうか。ジュゴンは沖縄のジュゴンは、ジュゴンという種にとって北限地にすんでいるものであって、個体数は極限られてしまっている。ジュゴンは2002年に国連環境計画によって保護策が勧告されている。しかし日本政府、環境省は何の対策も講じてこなかった。生息地域が米軍基地と接しているからだろう。

 これはジュゴンにとって最大の課題であり、沖縄のジュゴンの生死を決することになるだろう。私達はたかが生物の1種に過ぎないものの運命などしらないとか、安保が大事というのだろうか。環境省は何故「ジュゴンの優先度は高くない」と断言するのか、明確に答えるべきだろう。若しも安保優先だからだとしたら、環境省こそが滅びるべきだろう。

 ジュゴン(自然)は人間が誕生したはるか以前に生まれており、其れを人間のエゴで踏み潰すべきではない。ジュゴンは一旦陸から海に回帰した海獣であり、畏敬の念をもつことはあっても、安保・軍事のためならば死滅せよという発想は政治のエゴであり、政治の貧困というべきだろう。

 若しも安保こそが大切なのだというならば、その理由を明言すべきだろう。

 補足:私たちにとって、ジュゴンが大切だという論理は、ジュゴンという種の生存を支えている自然界の重要性であり、人間もその一部に過ぎないということだ。人間だけがえばり腐っている現状が続く限り、生物界は滅び去っていくだろう。つまり、人間も滅びる道に通じているのだ。他方、軍事力には、生物界の、人類の未来を保障することは、できないのだ。そればかりか人類の営みを殺していくという最大の「功績」をもつことになるだろう。

 

6月1日に逮捕された人は、翌2日、釈放されていました

 私は6月3日、4日と辺野古を休んでいたので、確認していませんでしたが、1日午後にゲート前近くで道交法で逮捕された女性は、翌6月2日に釈放されていました。報告が遅くなり申し訳ありませんでしたが、何よりでした。

 6月2日に頭蓋骨骨折等の傷を負って入院している女性は、意識、食欲共にあり、回復にむかっています。しかし頭なので、完全に治るまで心配です。早く、「戻ってきたよー」との声を聞きたいものです。

 皆様もくれぐれもご注意の程を。自分もですが。

6月10日国会大包囲、移動写真展『今沖縄から伝えたいこと』を行います

 ご承知の通り、6月10日 「止めよう 辺野古埋め立て 共謀罪法案は廃案に 6,10国会大包囲」が開催されます。私はこの機会を活用させていただき、今の沖縄から写真パネルを製作し、『今、沖縄から伝えたいこと』と題して、移動写真展を行います。もっとも思い立ってからわずかな時間であり、また私の態勢では大掛かりなことはできません。わずか10枚ほどのパネルになりますが、10枚が、10人が一緒に立ち、動くことで、大包囲に参加される皆さんに、国会に新たな風(微風)を起こせれば、いいなと思っています。私は沖縄に通い始めて28年、沖縄に住みはじめてわずか4年目に過ぎない写真家ですが、このまま窒息させられては、たまりません。自然と共に、生と死の意味を考えながら、もっと自由に生きたいと願うばかりです。

 多くの皆様と共に参加します。具体的なことはまだ未定ですが、どうか暖かく迎え入れてください。お願い申し上げます。

 まだまだ、一緒に立ちたい、歩きたい方を募っています。6月7日23時59分までにメールでお申し込みください。お名前とご住所、電話番号を添えて。10日は国会周辺に、14時前に集合して、16時頃終わる予定です。

2017年6月 4日 (日)

Earth the Water Walk (17年6月9日~23日)

以下の企画が呼びかけられています。転載させていただきます。

南無妙法蓮華経

6月10日(土)辺戸岬(国頭村)~6月23日(金)摩文仁が丘(糸満市)

 辺野古新基地建設が進む中、沖縄戦を経験したこの島の記憶を辿る慰霊の行進は、島の北端の辺戸岬にあるアスムイウタキを出発し、多くの犠牲者を出した南部の摩文仁に向かう。

 米軍基地があなたにとってどんな存在か問う。(中略) 想像して欲しい。私たちのおじい、おばあが経験した沖縄戦は、中東やアフリカでは今、現実であるということを。

 辺野古・大浦湾の海は人間だけでなく、すべての命を育み、養ってきた海。命が生まれる場所を埋立てて、基地にすることを私たちは見過ごしていいのだろうか。この海、この島をこのまま壊し続けていいのだろうか。

 祈り、歩き、そして思考し、行動しよう。私たちは何ができるのか。今、何をするべきなのか。

日程:

6月 9日 高江泊(宿泊費500円)

6月10日 アスムイウタキ~辺戸集落~県道70号南下(16時まで)

6月11日 ~高江

  12日 ~源河

  13日  ~二見

  14日  ~辺野古(座り込み)

  15日  ~金武 キャンプ・ハンセン

  16日 金武~恩名~山田城址~真栄田岬

  17日  ~座喜味城~トリイステーション~アメリカンビレッジ

  18日  ~牧港~首里城~法華経寺

  19日  ~県庁前~津嘉山

  20日  ~斎場ウタキ

  21日  ~玉城~摩文仁

  22日  ~ひめゆりの塔~魂魄の塔

  23日 糸満ロータリー~摩文仁(法華経寺さんの行進参加) 

      式典~魂魄の塔(平和集会)

◎御願い:非暴力の祈りの行動です。ノンアルコ-ル、ノンドラッグで。1日、半日の参加も可。宿泊する場合は寝袋等持参。荷物は搬送車で運びます。

◎連絡先:鴨下祐一 ℡ 080(3939)5810

 

 

朝はアカショウビンでさわやかだった(17年5月26日)

2017年5月26日 晴れ。

朝、テントに着くや否や、アカショウビンが鳴いている。いつきいてもいいね。

ところが時間が経つにつれて、上空を戦闘機音が度々。アカショウビンどころじゃない。

辺野古沖に巡視船 PL03「くだか」だ。

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通常は那覇港に居る奴。14時43分。

来訪者に私も3回話した。明日から3日東京に行くからね。残るスタッフの皆さん、どうぞよろしくです。

この辺野古ブルーの海が(17年5月25日)

2017年5月25日 晴れ。梅雨の中休み?

今日の警戒船7隻。

アカショウビンが鳴き、射撃音がする。

辺野古沖から戦闘機音。9時15分。

上空を今日もF-16が1機西へ。9時30分頃。

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上空を飛ぶF-15.9時49分。うるさい! 真上、1発はキビシイ!

辺野古ブルーを感じたので、昼すぎに松田浜に。

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まだグンバイヒルガオなどのツルは伸びていない。12時52分。

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それでもハマゴウが咲き出している。

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青空を望む。12時57分。

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大潮の干潮時。平島、長島を望む。

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この左側に造られるのか?

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この海にだぜ。

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辺野古沖。

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もう一枚。平島、長島。ここを埋めるのだと。許せん!

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テトラポット製造現場 作業員がいる。ミキサー車もいた。13時10分。

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コンクリートプラント建設現場。5基とみえたが、そのごの調べで8基ある。作業員が上からなにやら見ている。13時23分。

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辺野古上空を大型輸送機が飛ぶ。何かな?13時29分。

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上の道には工事用トラックが走っている。13時31分。

ゲート前でも頑張っているはずだ。海上もだ。力を合わせて止めていこう。













ゲート前で過ごす(17年5月24日)

2017年5月24日(晴れ)

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朝方、新しいバナーをテント内に張り出す。9時29分。このジュゴンや海がめはノリ付けなので、野外展示には耐えられない。そこでここになりました。ご承知置きください。

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いい天気でしょ。ナイスな海でしょ。辺野古川河口。豊原沖。9時40分。

早めに昼食を済ませてゲート前に向かう。

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辺野古川沿いの防潮林にからみつく美ら花。名前がわかりません。12時29分。

辺野古の急坂を上がる。

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上がり始めの場所。テッポウユリとゲットウ。白2題。日陰なので、いまいち。12時42分。

ゲート前を通過して。名護市の辺野古ダムの脇まで行く。

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イジュの花が鮮やか、さわやか。13時10分。

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ボケを入れて、中心部の花を際だてる。葉が肉厚なので、反射してテカリがでやすい。花の白さに対応して+補正し過ぎると、この反射がきつくなるので、控えめな+補正を。

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工事車両用のゲート前。静かにやっている。13時12分。

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花に見とれていたら、三重のMさんらがなにやらやっている。これは撮らなければ。14時6分。

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唄うまい。思わず拍手したくなるほど。14時7分。

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大阪のケンちゃん。腹話術。14時38分。和める時間。

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大阪うたごえ協議会の皆様。14時54分。

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第1ゲート前で行進。15時3分。

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騒音源に振り向けばKC-135。空中給油機。慌てたので、相当水平方向が滑っているが、嘉手納に下りるのだろう。14時54分。ゲート前で。

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第1ゲート前で、米軍の車輌通行に抗議。15時9分。

テントに戻る。今日は機動隊の乱入もなく無事だった。

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辺野古テント上空を飛ぶ戦闘機。F-15ではない。大きく伸ばしたらF-16だった。米国本土から来ている対地攻撃機。朝鮮半島を睨んでいるのだろう。15時29分。

















6月10日に向けて、エンヤ・コーラ!

 昨日は、何とか6月10日の移動写真展(スタンディング)の成功に向けてご協力をとメールも送った。だが反響は殆どない。3名の方から、当日は別件があり、参加できない、また行くのだが他の任務があり、直接参加できないなど。確かに団体で動いている人は、一人抜けてとはなりにくい。10日だからこそ、それぞれやるべきことがあるだろうから。

 そしたら今朝になって、参加したいとのメールがやっとお一人から入った。深謝。私を含めて5名いればできるはずだ。あと3名をなんとか確保したい。

 今日は駒選びをやって、画像を整えて、プリントといきたいものだ。他にパネルを半分(B2)に切って、印画紙を張りつけて、キャプションもつけて、シートを被せてと。なかなか大変だ。がんばります。

 これまでも野外展示って、やりたかったけど、人や雨風対策が整わずやったことがない。初めての試みなので、とても心配しているが、それなりの宣伝効果があればいい。チームを組んで県庁前でやるとか、名護市内や普天間基地近くの宜野湾市役所前でやるとか。ものがあれば、やりかたは色々とできる。

 そういえば、街頭宣伝用のパネル程度のものなら、連れが何枚も作ってくれて、新宿や有楽町でもやったものだ。もうちょっとスマートにやればいいのだな。

2017年6月 3日 (土)

今日の成果(17年6月3日)

 今日明日は辺野古を休んで、パネルの制作をと張り切ってみた。ブログを幾つか書いて、肝心要のタイトルをほぼ決めた。「いま、沖縄から見えること」(仮題)。コンセプトが決まれば、既に各論はできているので、あとは絵を選べば良い。10日にもっていくのは、このうち10枚程度。間に合わせなければ。

 今日外出時に、川で、目なれないサギをみた。どうもササゴイのようだ。翼全体は濃い灰色。ゴイサギは薄い灰色。昔は一目でわかったものなのだが。カメラをもっていないと、近くで見れる。最も昨日のイソヒヨドリの子供は、至近距離でファインダーをはみ出してしまった。無論、撮影成功。子どもって、オスの色とメスの色を併せ持っている、不思議。

「SEALDs untitled stories -未来につなぐ27の物語」雑感など

 暫く前に尾崎孝史君からこの自著をいただいた。早く何か書かなければと思いながら、遅々として頭の整理ができていない。だが、思うところを書いてみたい。

 はっきり言って、私は沖縄に居て、SEALDs について快く思って居なかった。まずは声明文のたち位置がまるでなっていなかった。「日本丸」の歴史認識がお粗末過ぎた。にもかかわらず、大人たちがSEALDs万歳になりすぎていた(これは彼らの責任ではない)。冷ややかに見るしかないかと。いつの間にか、解散するとなった。

 しかし本書を見て、読んで、考えを変えた。27人へのインタビューを読めば、一人ひとりの体験が語られており、何故に今日まで歩みだしたのかが、わかる。一々もっともだ。著者はそこを意識して、このタイトルにしたようだが、私も個的体験をはっきりと語る若者達に共感を覚えた。2015年は、安保法制が強行採決される流れの中で、偶然の出会いがやってきた。このチャンスを逃さなかった彼ら、彼女たち。

 この写真集では、ひとりひとりの凄さが、ひたむきさが伝わって来る。私たちが若者だった頃と異なり、嫌でも個的体験からの出発なのだ。そこを点を線にした力。こうした一端も伝わって来る構成になっている。ここに写真家尾崎君の本領が遺憾なく生かされている。

 本書は、27人へのインタビューと、個々の人たちのポートレート、そして運動の現場、沖縄や福島、靖国神社などの社会状況をつかみ出している。そして個人の立ち位置を問うてくる。

 私なりに考えた。大昔の話だが、私が最初に社会に目を向けるようになった体験がある。幾つかあるのだが、①私が住んでいた隣が養護施設だった。あるとき、そこから通っている友人・同級生が学校内で財布を盗んだと何の証拠もないのに貶められた。私は怒った、怒った、泣いた。これが差別というものなのだと学ばせてもらった。②母親が難病で死んだ。未だにその病気は難病のままだ(やっと治療方針が見えてきたとの報道に接したが)。医療や介護の困難さを垣間見た。③これはいつも書いていることだが、急速に進む自然破壊に震えた。人間はこうして終わるのだろうと。何れも60年代の前半のことだ。

 自分もこうした個的体験があったからこそ、今日まで50年間も社会運動を続けてきたのだ。SEALDsの若者達も、やはり個的体験が、人的繋がりが支えになっているようだ。もっとも、私たちの世代(1960年代後半から70年代初頭の世代)は、「革命的警戒心」などといいながら、自己(集団)絶対化に進み、無内容な観念的な「団結」に走ってしまったのではなかったか。その結果が今の惨状を招いてしまったのだ。日本会議と安倍独走態勢を作り出したのかもしれない。

 いやはや、この一冊で、この50年を振り返ってしまったが、それはいささかオーバーだとしても、やはり私たちの世代が反省すべき、考え直す一冊でもあるようだ。遅すぎたが、世代をつなぐ努力を私たちがやらなければならないだろう。問題はこれからの若者達の、これから生まれてくる人たちに生きるバトンを渡していかなければならないのだから。

 本書は無論、いじいじしている若者たちも手にとって欲しい。悩んでいるところは近いじゃん、と思えるのではないか。

 もはや、どの写真がどうのなんて、野暮なことは書かない。

 発行:Canal+ (e-mail QWR07214@nifty.com

1500円。

 

プロ・ミュージシャンの底力を感じた

 先日梅津和時さんに辺野古のCDを送っていただいた。5月31日にナガラ族で聴いたのだが、あまりぴんとこなかった。今日聞き直したら、俄然いい。さすがだと思った。

 タイトルは「DREAMINNG DUGONGS of HENOKO」。パーソナルは、ソプラノサックス・クラリネットが梅津和時、カリンバが近藤ひろみ、ブズーキ・キーボードがドーナル・ルニー。4曲。2008年版。どうりでカバー写真のフェンスが古い。

 何が言いかといえば、サンゴ礁の海らしさがでているのだ。静かで、浅くて、気泡が立っていて、波間の光がきらきら。光と透明感と生物たちというコラボレーション。音楽的に言うと、カリンバが基調音になって海に誘う。そこにクラリネットやブズーキがかぶる。なかなかない音だ。これまでも辺野古賛歌みたいな曲を聴いてきたが、想いが先行しすぎていて、先走る。

 この楽曲は抑えながら、静かに前に進む。私は梅津さん以外の方々を聴いたことがなかったが、こんなコラボーレーションが成り立つのだと合点した。ありがとうございました。

 次回お出でになるときは必ずや楽器をもってきてください。今回は宮古島でのコンサートの前に立ち寄っていただいたので、無理言えませんでした。名護に居るとジャズ環境が殆どないのが、不満のヤマヒデでした。

 

東京演劇アンサンブル ブレヒトカフェ「浜下り外伝」ほか

東京演劇アンサンブルが朗読と芝居2本立てで公演します。2本のテーマは沖縄。

日時:17年6月17日 14時、19時、18日 14時の3回。

会場:ブレヒトの芝居小屋(西武新宿線武蔵関駅6分)

チケット:前売り 2800円(当日3300円)、ケンタウルスの会会員割引 1500円

○『浜下り外伝』 作:宮城康博、演出:三由寛子

○朗読「水滴」 作:目取真俊 演出:三木元太

●申し込み:電話 03(3920)5232 ファックス 03(3920)4433

●http://www.tee.co.jp

◎内容を一言で説明するのは難しそう。「浜下り外伝」はあの宮城康博作だ。97年当事の名護市市民投票運動の立役者であり、市長候補にもなった。最近、辺野古で見かけないと思っていたら、こんなところで活躍していたのか。抗議船に何度もご一緒した。

 話は、①1854年黒船来航の那覇、②1997年の市民投票の名護、③いまの新基地建設に抗う人人。「浜下リ」ってわかりますか。旧暦3月3日に女性たちが潮が引いた浜におりて、海水に手足を浸して健康を祈願する伝統行事。この頃は大潮の中でももっとも潮が引く。

 そうか、康博さんは、以前、ブレヒトの芝居小屋にいたのか。ちょっと変な男だと思った(いい奴だけど)。

 「水滴」はわが目取真さんの代表作。ブレヒト劇というよりもあえて言えばカフカ劇か?(そんなのありか?!)

 絶対に楽しい、興味深いものになっていることだろう。お勧めです。キャスト、スタッフの名前を落として、申し訳ない。(ヤマヒデ)

フロート切断事件の謎を考える

 2017年5月31日17時過ぎから6月1日未明にかけて、埋立て工事中のK9護岸近くのフロートが切断されたと報じられている。沖縄防衛局は「人為的なものだ」と主張している。一体誰がやったのか、やれるのか、ここを考えておこう。

 場所は海側から行けば、2本のフロートの先だ。柵つきのフロートであり、これを越えるのは昼間でも難儀する。それも工事現場よりもだいぶ左側であり、わざわざここを破断するいわれはないはずだ。

 時間は夜中だが、沖縄防衛局雇い挙げのマリンセキュリティの監視船が近くに24時間常駐している。切断部の直径は2センチほどあり、とても家庭用のペンチなどで切れる代物ではない。電動具か大型のワイヤーカッターでもなければ切れないだろう。フロートは荒波にもまれることを想定した構造なのだから。

 こうした環境の中に誰が入れるのか。??だ。暗いところに入って作業ができるのは、例えば赤外線暗視装置(陸上自衛隊は装備としてもっている)などがなくては不可能だ。普段真っ暗な場所に電気をつけたら、目立つ。当然、監視船が見つけるだろう。何しろ数本を切ったそうだから、5分、10分ではできないはずだ。

 だとすると、とがめられない人が意図的に切ったのか、または内部犯行しか考えられまい。沖縄防衛局は海上保安庁に被害届を出した。すでに第11管区が現場検証などを行った。

 因みに5月31日のカヌーチーム、船団は悪天候で、午前中に上がっている。6月1日朝まで誰も海上に出ていない。このことは現場に張り付いているマリンセキュリテイ、アルソック、海上保安庁が良く知っているはずだ。

 海上保安庁はデッチアゲに走るのではなく、事実に即して調べることだ。

今日明日自宅で別途作業中

 今日と明日(17年6月3日、4日)は自宅で別途作業中。パソコンの不具合を直さなければならないし、たまった記事をあげなければならないし、報告すべき問題は続々起こっているし。国会前での移動展示用のパネルを作らなければならない。なかなか難儀。

 移動展示用のパネルは10枚程度と考えているのだが、適当に10枚とはいかないのだ。今後20枚程度のパネルにすることを考えているので、コンセプトをしっかりと整理しないと、ダメダメ。昨日ある程度のラインを決めたのだが、総合的にみなおして、全体像を固めて、そのうえでの10枚に。

 昨日朝までに作ったファイルは、海の様子を伝える資料なので、展示用ではない。だから、簡単にできる。

 ということでよろしく。

抗議していた女性が頭蓋骨骨折等の重大な怪我を負う(6月2日ゲート前)

 昨日、2017年6月2日、10時過ぎ、キャンプシュワブ工事車両用ゲート前で工事車輌の出入りを確保しようとした機動隊がゲートの内側から出てきて、強制排除。都内から参加していた女性が抗議中のもみ合いの中で倒されて緊急搬送。女性は意識はあるものの頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫、脳挫傷などと診断されている。

 現場の状況は機動隊員に排除されていた女性が、次に運ばれてきた男性に押される形で、転倒して、頭部を地面にたたきつけられ、出血したという。

 県警警備第2課は、取材に対し、「警察官は男性を押していない。男性が飛び出して、女性を倒した」と開き直っているらしい(沖縄タイムス6月2日記事)。

 これまでの排除の態様を見れば、機動隊に手足をつかまれ、地面等にたたきつけられでもしなければ、こんな結果に到らなかった。狭いゲート前で、男性が飛び出すようなことは物理的にも、弾圧の意図から考えてもありえない。後者の問題は、機動隊は作業車の搬入が第一義なのである。だからその周辺の人間を徹底マークして押さえ込むのだ。飛び出せる余地などない。

 今回のように「押された」という力が働いたとすれば、機動隊がよほど強い力で男性を押し倒し、その反動で女性が倒されたのだろう。徹底的な現場検証をして、原因を明らかにしなければならぬ。

 機動隊の暴力を徹底的に糾弾すると共に、私達は非暴力の闘いに確信を深めなければならない。

 それにしても女性の様態が心配だ。無事に退院されることを祈りたい。

やんばるショートトリップ(17年5月23日)

 当ブログへのアップが、色々重なって遅くなっています。

 2017年5月23日、晴れ。今日は静岡からお客様がきており、Ⅰさんご夫婦主催で、テントムラのSさんと、5名で、やんばるを旅しました。プランニングはすべてⅠさんがやってくれて、私達はお気楽な旅でした。ただ5名乗車だったので、なかなか窮屈でした。辺野古テントムラからまずは東村の福地ダムへ。

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沖縄島の水源は北部の人口湖に頼っています。福地ダムは一番南の下流に位置している。

ブーゲンビリヤが美しかった。近くにはデイゴも咲いていましたよ。

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こんなダムです。今年はまだ水不足。4つのダムが導水管で繋がっています。しかし4つとも米軍基地の中というか、隣り合わせ。

一旦、平良から高江に向かう。懐かしい道。

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あのN1ゲート前に着いた。相変わらずアルソックが警備中。アルソックの職員は静かな山の中で、何を思いながら立っているのだろう。10時20分。

久しぶりにN-1テントに来た。色色と懇談。7月から工事が再開されるらしい。急いで作ったので、不首尾ばかりのようだ。

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テントの中からアルソックを見る。もの悲しい光景だ。

この後。平良に戻って、大宜味村へ。もりの中の私が知らなかった道を走る。

Gさんの畑はしっかり整えられていました。ホテイアオイや放し飼いのニワトリ、ヤギ、などで。Gさんは、高江や辺野古で闘っていますが、しっかりと働いているのでした。改めて尊敬の念を抱きました。(ここは個人宅なので写真は省略)。

昼食は。大宜味の道の駅の2階。

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大宜味の日本そばやさん。この近くでソバを栽培しています。味はしっかりしていて良かった。味に太鼓判押しますよ。写真は食べ始めて方気がついて撮ったので、すいません。

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ふと見ると滝。親川滝。沖縄では珍しい。ビルから望む滝か。この意外性がいい。

15時までに辺野古に戻りました。

たまの気分転換は、いいものでした。

5名の皆さんに、ありがとう(自分にも)。

2017年6月 2日 (金)

再度の御願い(6月10日)国会前移動写真展(スタンディング)

再度の、御願いです。(拡散も)

 

 6月10日 国会前移動写真展(スタンディング)の開催に

         ご協力をお願い申し上げます

                 山本英夫(フォトグラファー/やんばる・ヤマヒデ・沖縄写真館)

《呼びかけ》 来る6月10日、国会前で「止めよう!辺野古埋め立て 共謀罪法案廃案に 国会包囲」が開催されます。私も辺野古・大浦湾の現場から急遽駆けつけます。今回は撮影よりも現場の写真パネルをもっていきますので、現場の状況を多くの皆様に伝えられたらと願っています。

 私一人では1枚しかもてません。どうか、皆様のご協力をお願いいただけないでしょうか。ご一緒にパネルを掲げ、現地と繋がりながら声をあげませんか。

 なお、今回のパネルは、今回のために制作しますが、時間的制約から10枚程度になります。今回の結果を見て、20枚から30枚のセットにして、今後貸し出しも行ないたいと考えています(有料)。

 今回の取り組みは、私としてははじめての試みです。だから、どうしたら上手くいくのか、図りかねています。しかしこのまま安倍政権が続くようであれば、立憲主義も法治主義も3権分立も、辺野古・大浦湾のサンゴ礁の海も永遠に壊されていくでしょう。だから、万難を排して成功させたいのです。

《僭越ながら》 東京周辺の皆様は、いつまで「安倍・日本丸」に、このまま黙って就き従うのでしょうか。目の前に、何も言えなくなり・何も考えられなくなり・誰も信じられなくなる暗黒の社会が迫ってきています。立ち上がるのは、今です。今しかありません。

《今後について》 今回の企画にご協力いただいた方には、私のブログ「ヤマヒデの沖縄便り-Ⅱ」をお届けします。また、沖縄への旅の助言、案内(有料)、辺野古・大浦湾での案内(半日以内)、名護市内でのゆんたく(懇親会)にも可能な限り応じます。(註:1週間以上前にご連絡ください)

 また、これを機会に是非私の企画(スライド&トーク-有料)やゆんたく(有料)の場を設けていただき、お呼びいただければ(全国どこにでも)、真に幸いです。

《お申し込み》 6月10日の件のお申し込みは、メールでお願いします。

 pzyamahide@lemon.plala.or.jp 山本英夫まで。◎準備の都合上、6月7日23時59分までに。

《6月10日の展示概要》

◎集合 国会周辺の駅改札口 

◎時間 13時45分~15時45分 

◎場所 国会周辺の何箇所かを移動し、順次行ないます。

◎パネル約10枚。スタンディング

◎詳細は お申し込みいただいたときに、お知らせします。

《ヤマヒデのプロフィール》1951年東京生まれ、世田谷育ち。67年春から自然保護運動に取組む。70年以降、反戦・反基地運動に係わり、1989年5月に初めて沖縄に渡る。「沖縄に行けば安保が見える」と言われて行ったものだ。これ以降、「基地の島沖縄」を撮り続けてきた。95年9月4日の米兵による12歳の少女に対するレイプ事件に衝撃を受けた。2011年から与那国島、石垣島、宮古島にも渡る。13年10月、東京の住まいを引き払い、名護市に居を移した。撮影しながら、基地建設反対の運動に取組んでいる。「辺野古テント村」常連メンバー。絵葉書の制作・販売、写真展、スライド&トーク、ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」などで発信してきた。

 

やっと辺野古・大浦湾を巡るファイル完成

 暫く前に制作したこのファイル。一時行方不明になっていたが、無事出てきた。また使いたいとのリクエストがあり、昨晩、4枚を差し替えて、キャプションも全部(20枚)つけた。これで少しは役に立つものになっただろう。お陰で今朝は眠いこと。

 なお、このファイルのタイトルはノンタイトル。時機を見て少しづつ差し替えながら、辺野古・大浦湾の様子がわかるものにしていきたい。

●一般的な貸し出しは不可。

 来る6月10日の国会前行動に使うものをいよいよ作りたい。これができたら、貸し出し可にしていきたい。忙しいなぁ。

 埋め立てを巡って新たな展開が色々と出てきた。大急ぎで対応したい。

 

2017年6月 1日 (木)

今朝、セイタカシギを辺野古川河口で観た、撮った(17年6月1日)

 今朝は出だしが遅れた。バスで現地に向かった。辺野古川河口の遊歩道を歩いていたら、なんとセイタカシギが1羽、目の前の干潟にいるではないか!大慌てでカメラと長ものレンズを出した。撮った。やった!ところが対岸から人が犬の散歩で歩いてくる。あぁ、これは飛んでしまう。しかし運よく飛ばず。暫く観察を続けられた。

 セイタカシギは全長30センチあまり。赤い足と黒のくちばしが長く、胸、腹は白。今日の固体はオス。頭央部から頸の後ろが緑。背中も緑。端麗・優美。美しい野鳥はたくさんいるが、セイタカは最高級に美しい。70年代初頭までは、日本列島では極めて稀な鳥だったが、近年あちこちで観察されており、特に琉球諸島ではさほど珍しくない。

 因みに「絶滅危惧の野鳥事典」(川上洋一著 東京堂出版 08年1月刊)にも取り上げられている絶滅危惧種。その稿を読んだら、なんと「新浜」のことが載っていた。ここは50年前に私たちが保護運動をやって、1000へクタールの内80ヘクタールだけが残された場所。

 日本という国は自然を壊しまくり、今度は再び戦争する国へと舵を切った。情けない国なのだ。

 以下は余談だが、セイタカシギを見ると「貴婦人の如く」なる形容詞が頭に浮かぶ。これは王政の価値観であって、序列を是とする、まるでダメダメ。固定観念を克服した発見の美学を養わなければなるまい。生物というものは生き抜くために進化してきたのであって、私たちの美意識で裁断する話ではない。今日も反省。写真は別途。

 

またまた不当逮捕(17年6月1日)

 本日17年6月1日13時頃、キャンプシュワブゲート前付近で(国道329号線)工事車輌の入構に抗議していた女性1名が逮捕されました。本件についての詳細な状況はわかりませんが、身柄は沖縄署に移管されています。

 警察権力は現場での活動そのものを封じようとしています。先日は現場で司会をやっていた人を一時拘束しましたし、今日はゲート前での座り込みそのものを排除する動きを示しています。ところで、工事車輌の出入り口を封鎖したのは沖縄防衛局だということを思い出してください。14年7月28日夜、突然彼らは出入り口を塞ぎ、尖った鉄板を敷いたのです。その後、鉄板の外側まで囲い込みました。ここは明らかに国道の一部です。沖縄防衛局は、国道の一部を不法占用(道路法)し続けながら、住民の行動を車道側に押し出しているのです。この問題を問わずに強制排除に警察が乗り出すのであれば、この国の「法治国家」は地に落ちたというべきです。また、国道の管理者である沖縄総合事務局、北部国道管理事務所も同罪です。

 警察、検察は、不当逮捕した女性を速やかに釈放せよ!

 

嘉手納基地にU-2偵察機(17年5月31日)

 2017年5月31日、米空軍偵察機U-2が3機、嘉手納基地に飛来した(予定では4機と発表されている)。これは韓国の烏山空軍基地の修理に伴なう臨時的な措置だが、去る1月に使用をとりやめたはずの旧海軍駐機場を使うと言う。この場所は長年来、騒音、悪臭などから地元が移転を申し立てていた場所であり、道路際だ。

 因みに本件は、SACO合意(沖縄特別行動委員会 96年12月)で「騒音軽減イニシアティブ」として嘉手納の海軍航空機とMC-130を移転させるとなっていた。17年1月実施したばかりだった。

 早速、沖縄市、嘉手納町、北谷町が抗議したようだが、沖縄防衛局はずるずると容認していくのだろうか。米国の実質的な支配権を無効化する闘いが求められている。これ以上米国の遣りたい放題を許してはなるまい。

 それにしてもこのU-2は悪名高い偵察機だ。米ソ冷戦構造のまっただなかで、ソ連側から撃墜された事件を私も覚えている。今調べたら、1960年5月1日のことらしい。57年前。当時は宇宙衛星がまだ実用化される前で、この偵察機は高高度から適地に潜入し、スパイ活動をやっていた。これをソ連側が撃墜した事件だ。

 あの時代は、この事件といい、62年のキューバ危機といい、核戦争に到りかねない鋭い対立があったのだ。今はこれが朝鮮半島をめぐってだ。人間、いいかげんに学習しろよ。

 それにしても未だにU-2をもっており使用している米国。少しでも有利な情報を取りたいと躍起になっているようだ。アホ臭い対立を煽りながら、軍事産業が儲かる。腐っている。腐りすぎている。

まだ暑からず(17年5月22日)

 久しぶりに辺野古便りを書きます。

 2017年5月22日 曇

波風強く、海上行動はなし。海上の作業も土日月と3日連続でなかった。ただし既報ですが、未明に右翼が押しかけてきたり、ゲート前で1名逮捕があったり。翌日解放。

私は静かに過ごす。

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辺野古川河口の干潟。ミナミコメツキガニが多数です。黒の点。9時23分。

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松田浜入り口。コマツヨイグサなどが咲いている。ただ全般的には花はまだまだ。10時9分。

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フェンス。多くのバナーがまぶしい。

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少し内側の林。コンロンカ。ここにあるだろうと思ったらありました。10時28分。

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沖合いに浮かぶ楽しげな雲。14時8分。曇っていてもきれいな海。








那覇-シュワブ・ゲート前(辺野古)直行便

 最近、他県から辺野古の座り込みに直行で来られる方が増えています。余計なお世話ですが、私はこのパターンを良く思っていません。確かに緊急事態が続いており、一度は行っておきたい、この目で見たい、応援したいのは、わかりますが、いまなんでこうなっているのかがわからないと、ただ機動隊に排除された体験だけが残っただけでは、なんだかおかしい。

 本当に余計なお世話かもしれないけれど。今の「日本国」の前の大日本帝国が、沖縄をどう処遇してきたのか、そして日本国が72年5月15日に沖縄を併合し、47番目の県に据え、今日までどうしてきたのか。米日共同の沖縄支配を如何に貫いてきたのか。そして新たな基地建設を無理やり押し付けてくるのは何故なのか、ここいらを特と考えてきていただきたい。何故なんですか?! 

 そして重要なことは、あなたが沖縄を眼中の外においてきたことを問い直していただきたい。こうすれば、辺野古直行というコースが安易過ぎるのだと悟るだろう。

 しかしどうしても時間がない、直行したいと言う方に、以下のルートをお知らせする。

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那覇の県庁前から、月~土 6時発と9時発。

6時発は要予約。

バスの中で交流しながら、考え始める一歩になればいい。また、ゲート前での座り込みのみならず、辺野古テント村(漁港の脇)にもおいでいただければ、必要な説明も致します。

 お待ちしております。なおヤマヒデ自身は、ここに居ないこともありますので、その際は悪しからず。

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