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2017年9月

2017年9月25日 (月)

エー!(辺野古漁港に) セイタカシギだ!(17年9月25日)

2017年9月25日 曇り。暑い。

 抗議船に乗り込もうとしていたYさんが突然「ねえ、サギの子ども?」と叫んでいた。私はどうせ、小型のサギ、コサギぐらいだろうがと思いながらテントの外に。仰天!何とセイタカシギだ。確かにセイタカシギの若鳥だ。
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テント脇の草地を歩いてきた。この騒ぎに反応したのが、K先生だ。右側から近づこうとした。それはダメ。鳥の進行方向を阻めば、脅して、飛ばれてしまう。12時52分。
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細く足が長い。だが全般に鈍い色。若鳥だった。12時52分。このあと、テント前の干潟に降りたが、すぐまた飛んだ。近すぎてピントをあわせられなかった。K先生再び、また前に出る。飛んでいってしまった。もう!
セイタカシギは少ない旅鳥。辺野古河口では何回か見ているが、稀。那覇の漫湖には100羽単位で越冬。与那国島、石垣島、伊良部島などで度々出会っている。

阿波根昌鴻 伊江島のたたかい 第6回上映会(宜野湾市)

阿波根昌鴻 伊江島のたたかい  第6上映会 with ミニ・コンサート

日時:17年10月7日 14時30分から 「教えられなかった戦争・沖縄編」
             16時30分から きむ・きがん ミニ・コンサート
                       意見交換 
          8日 13時30分から 上記映画上映
             15時30分から 上記コンサート
                       意見交換
会場:宜野湾市長田公民館(長田3丁目28-1 ℡ 098(892)3321
主催:わびあいの里援農グループ有志
連絡先:090(5731)8785 大城
◎◎◎
 戦後、米軍の「銃剣とブルド-ザー」による土地接収に対して、伊江島の阿波根昌鴻(あわごん しょうこう)さんは「人殺しのために命を育む土地を一坪たりとも渡すまい」と徹底した非暴力のたたかいで抵抗し、やがて島ぐるみ闘争へとつながりました。
 安倍政権の暴力的な平和と民主主語破壊・戦争への暴走と対決する今こそ、阿波根昌鴻さんのたたかいの歴史と精神を再確認していくことの意義は大きい。(ちらしより)

ある晴れた日に-土曜日なのに軍が動くのは?(170923-③)

一仕事やったとおもいきや、午後からは米軍が動いた。

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9月18日にオーストラリアから戻ってきた水陸両用装甲車が出ている。12時20分、何かな。
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1台が突然白煙を吹いた。12時26分。何?
私は慌てて護岸から先端部へ。
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また1台が出て行く。12時29分。ごれは護岸から。
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白煙の1台に近づき言葉を交わしている。12時35分。護岸沖側先端部から
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牽引で戻ってくる。12時59分。
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ご覧の通り。
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私はテント前に戻ってきた。なんだ。まさか揚陸艦。13時16分。ずんずん近づいてきた。
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辺野古沖合いに米海軍のP-8対潜哨戒機。何しにきた? 東から旋回し半週してまた東に消えた。14時28分
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近づいてきた。確かにボノムリシャールだ。14時33分。
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装甲車が4台、ボノムの佐世保への帰還を送るのだろう。14時37分。いや、ボノムの最後のお勤めへの返礼か。ボノムは9月末に佐世保を離れ、ワスプと交替する。同艦はF-35Bの着艦が可能な新型艦。臨戦態勢が強化されることになる。許してはならない。
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戻ってきた4台。15時4分。
因みに今日出た水陸両用装甲車は7台。途中で2台と1台が戻ったので沖にでたのは、この4台。

ある晴れた日に-工事の進捗状況を海から確認(170923-②)

17年9月23日。今日はゲート前からの搬入はないときいていたが、海側の工事もなかった。海上行動は早々と終わりに。で、久しぶりに私の出番になった。海からの工事状況の確認だ。

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移動中。護岸から見ていると白い建物の上にかさ上げされたのかと思いきや、その後ろに新たな建物ができているのだ。灰色のものは養生用のシート。9時44分。
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生コンプラントの裏側斜面。植栽が剥がされている。赤土防止の対策をやっているのか?
陸上部の自然破壊は必ず海を汚染する。何を目的でやっているのか? 生コン用の資材置き場面積を広げるのだろう。
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アルソックが私たちを排除しようと並んで叫ぶ。
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k1護岸からの仮設道路。コンクリートブロックの上に茶色の柱を敷き、その上にコンクリートブロック。
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このネットはウミガメの産卵の保護策らしい。英語で「入るな」と書いてあるが、工事をやめることが先決でしょう。
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N5付近。左側に長く伸びてきた仮設道路。波打ち際もで伸びてきた。
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ややワイドに。
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辺野古崎先端部の作業ヤード。茶色の鋼材が置かれている。
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大浦湾の弾薬庫下を遠望。台船の間にテトラポット。K9の工事用に仮置きしているのだろう。
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辺野古崎の作業ヤード(右に回りこんで) 正面の重機の手前の青灰色の立方形のものは何か? 目新しいものだ。
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黄色のクレーン台船。9月18日には来ていないので、いつ入ったのか?
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平島からカヌーチームが戻ってきた。10時19分。仮置きの鋼材が見える。
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k1付近に戻ると軍警を確認。だが奥にシートを被った軽装甲車? 最近配備されたものかもしれない。
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45分ほどの船からの観察だった。10時30分。結果的に雨に降られなかった。

2017年9月24日 (日)

今日の出来事など(17年9月24日)

  今日はやんばるシネマに午後から行くと決めていたので、辺野古を休んだ。昨夜不首尾があり、気力が落ちて、佐喜眞美術館(宜野湾市上原)で開催中の国吉和夫さんの写真展「私の人(ひと)展」を見に行きそこなった。残念至極。その上、ブログのアップも不首尾に見舞われ、ゲンナリ。

 何とかやんばるシネマには行けた。「『知事抹殺』の真実」だ。詳報は別途書くが、原発と対峙した佐藤栄佐久福島県知事が、収賄事件にはめられ、知事の座を如何にして追い落とされたかを綴る。淡々と描かれている。私が驚かされたのは、冒頭にでてくることだ。この。映画の製作に1社(共同通信)を除いて全非協力だったと。マスコミは本当にダメだな。権力との共同正犯による権力の犯罪隠しだろう。権力犯罪は時に応じて行なわれてきたのだが、自分も含めて、大変な圧力に日和がちになるのだろう。事実を見極める力をもっともっと育む以外にないだろう。とりわけこれからの沖縄の未来を思えば、類似の事件がいつ起こらないとも限らない。丹念な記録を複数で取ることが重要だろう。
 帰りがけに昨日の海からの報告記事がまだでないのと、怒られた。すいません。けっこう大変なのだと弁解したのだった。
 

ジュゴンを沖縄の「県獣」に! 講演会

10月5日はジュゴンの日

日時:17年10月5日 18時30分から21時
会場:名護市労働福祉センターホール
講演:盛口満さん(沖縄大学教員)「ゲッチョ先生のジュゴンの話」
報告:名和純さん「ひとつらなりの渚ーゆりあげ貝が語ること」
主催:ジュゴンの日・「県獣」 よびかけの会
問い合わせ:北限のジュゴン調査チーム・ザン ℡ 0980(43)7027 

ある晴れた日のできごと-油断大敵(170923-①)

2017年9月23日 晴れ、蒸し暑かった。巡視船1隻と監視船数隻。

ゲート前の搬入はないときいていたが、海側での工事もなかった。しかし私は、色々と多忙を極めた。「お前は暇しているなよ」と、神の思し召しか。
8時、「日本のうたごえ全国協議会」の皆様40名が来訪。T君が説明した。「沖縄を返せ!」と「我らが勝利を」を歌ってて聞かせていただいた。
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堂々たる合唱だ。8時52分。
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その上空に大型機が飛ぶ(ポチだが)。慌てて望遠を取りに走ったが、間にあわない。
民間機だが4発ジェット。北西に飛んだ。多分、嘉手納に来た軍用物資を運ぶ民間機じゃないか。8時52分。
こんな余計な神経を使わなければならないのが、現在の沖縄だ。悲しいことだ。歌声の皆さんには失礼しました。

米空軍が朝鮮半島奥に爆撃機を飛ばした(170923)

 今日入ってきた報道によれば、米国政府はグアム駐留の爆撃機B-1を嘉手納基地の戦闘機F-15を伴い、南北の国境を越えて朝鮮民主主義人民共和国領空に踏み込んで威嚇飛行を行なったと公表した。

 私は、この6月以降、嘉手納基地から北東に飛ぶ空軍機を毎日のように辺野古で確認してきた。戦闘機が偵察機や宮中給油機、空中警戒管制機などを伴う編隊も見てきた。日々目が離せない状態だ。其の度にどこまで飛ぶのかと憂慮してきた。
 グアムの爆撃機と嘉手納の戦闘機が朝鮮半島まで往復する為には、必ず空中給油機がつくはずだ。交戦を予測できれば、空中警戒管制機もつくだろう。
 米国による軍事力を伴う威嚇が強まっている。「北」はだからこそ、引くにひけなくなる。対話なしには、破滅までいきかねない。イデオロギーに係わらず、独裁国家はろくなものではない。しかし民衆の命は、人権は守られなければならない。だからこそ、戦争に突入しかねない力の論理を控えなければならない。もはや第3国の仲介なくして、この核軍事化に向かう動向を、破滅するまで、とめられないだろう。
 
 今、沖縄から米軍が軍事行動に出ていることを踏まえて、私たちは第2次朝鮮戦争の勃発を止める、反対の声をあげていこう。日本の参戦と参戦準備も許すな!

麻生副総理の難民に「射殺」もの発言に思うこと

 麻生太郎副総理が、昨日17年9月23日、宇都宮での講演で、朝鮮半島情勢に触れ、大量の難民が漂着するかもしれない、これに対処するのは、「警察か、防衛出動か、射殺ですか」と言ったそうだ。「ナチスから学ぶ」の妄言で著名な方だが、この発言は一団と恐ろしさを高めている。

 この発言は朝鮮半島に戦禍が拡がったことを想定している。難民が海を越えてやってくる、この難民は、南の人、北の人もいるだろう。難民の中に武装難民がいるだろうから、まとめて「怪しい奴ら」だと見ていることは間違いない。
 防衛出動とは、日本国が戦時に入ることだ。いや、彼らの思惑で言えば、もしも朝鮮戦争勃発となれば、同時に(裏側では、それ以前から)日本の参戦が始まる。初期から難民が漂着しそうな場所に自衛隊の配置が準備されているだろう。
 現に長崎県対馬には、難民対策、武装難民対策に500名規模の陸上自衛隊の警備隊が駐屯している。私はここの部隊にも注目してきたが、朝鮮半島の緊張がこのまま激化していけば、彼らの銃口が開くかもしれない。
 また麻生副総理がこう述べた様に、この国は異民族には露骨に差別的だ。このことは入管行政をみれば、はっきりしている。他国民の人権を無視し、人を人と見ないありかた。従前の難民対策も冷淡そのもの。地球市民という発想がない。自国に閉じ込めた考え方。
 因みに、韓国を「同盟国」だというが、この日本国は、米国の手前もあり国家としての韓国のことは認めざるをえないが、韓国民衆のことは、ケっとしか思っていない。これは過去の日本がやってきた歴史を顧みてきていないことからくる必然だ。こうした潜在意識が露骨にヘイトになって現れてきたのだが、今日であり、戦時となれば再び大規模なデマが流され、私たち民衆が大きな過ちを犯しかねない。
 昨日の麻生の発言は、戦時になることを想定した、この国の「覚悟」の表明であり、この「国民」にも同調を求めるものではないのか。聞き流すことはできない。
 私はそんな「国民」にならないことを明らかにしておきたい。余談ながら、7,8年前に対馬に行った。日本海海戦がこの近海で行なわれた、と初めて知った。当事の対馬の漁民は漂流しているロシア兵も救ったとの祈念碑が立っていた。これをみた私は、安堵したことを覚えている。
 

2017年9月23日 (土)

いやや!、何している?(2017年9月22日)

2017年9月22日 晴れ後雨 暑い 巡視船1隻、警戒船10隻余り。

私は、暑さでいささかばて気味。静かに過ごす。
天気が悪くなる予報。雨雲も出てきて。
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海上行動は早めに撤退。11時20分。戻ってきた。
私は自然観察タイムに。
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テント前。分かりますか?巣穴も小粒の固まりも彼らのもの。リュウキュウコメツキガニ。目を皿のように見ると見えてくる。カニの色と巣穴の色はそっくり。
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こちらはミナミコメツキガニ。テント前の河口部。12時8分。
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こちらはヤドカリ。何してる?
貝殻の取り合いか。12時15分。
最近の日課である松田浜からの観察をいつから降るかわからず、躊躇していたが、14時過ぎに出た。
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大きな作業を発見。生コンプラントの背後の斜面を削っている。何をするのか?
赤土が流れるだろうし、追及しないといけない。14時24分
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雨雲は多いが、すっきりしない。14時24分。15事頃から雨が降り出す。
速めに撤退。15時30分過ぎまで。

辺野古・大浦湾をカヌーと船でうめつくそう 10月25日

新基地建設をゆるさない 10・25海上座り込み

あなたに 「守りたいモノ」はありますか
大切な人たちのため
この海に棲むいのちのため 
未来を戦世へと進めないため
ある日後悔するときがこないように
平和への想いを行動に
一緒にできることから始めませんか?
日時:17年10月25日(水)朝7時 テント2集合 海上行動へ
                  13時 辺野古浜で連帯集会
主催:ヘリ基地反対協議会
◎詳細は以下を
当日は船でカヌーで工事が進む辺野古の海にでます。工事をとめるために、工事開始から半年のこの日に大行動をおこします。
カヌーに乗る為には、カヌー教室で貴方の腕を確かにしてからです。毎週日曜日の9時から、テント2に集合。臨時カヌー教室 10月16日~24日。参加費は無料。要予約。担当:キム ℡ 090(1865)8536
メール:henokoblue@outlook.jp
カヌーに乗るとき必要なもの:サングラス、帽子、水、手袋、長袖シャツ、日焼け止め、着替え、タオル、濡れてもいい服装・靴、非暴力の心、仲間を大事にする心。
メッセージ募集:現地には来れないけれど、思いは同じの方は、メッセージを送ってください。防衛局など作業関係者に、仲間達に あて先辺野古ブルーのメールに
なお、当日の天候次第では、海に出れないこともあります。その場合はゲート前の座りこみ・集会に合流します。
では現地でお会いしましょう。当日のイメージカラーは、ブルーです。青っぽいものを身に付けて。
ご質問等はメール henokoblue@outlook.jp へ

2017年9月22日 (金)

オスプレイは何故ここを飛ぶかね?-米軍に問う

2017年9月21日午後、オスプレイが辺野古沖からシュワブ内のヘリパッドに2度降りた。何故ここを飛ぶのかを問いたい。

15時頃、私は松田浜側の漁港護岸にあがろうとしていた。
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辺野古沖低空をオスプレイがまっすぐ北に飛んできた(正確に言うと、南東から北西に飛んでいる)。15時2分。
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フェンスの奥を行く。15時3分。
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高度を下げて降りるようだ。15時3分。
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飛び上がって、防衛局等工事作業の管理塔の手前を北西に飛ぶ。15時8分。
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また南からやってきた。15時13分。
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奥のクレーンの手前だ。私が立っている護岸から1000mほどの位置。15時13分。
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仮設道路(写真右側)の手前だと思うが、護岸から750mほどの位置。15時13分。
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海保の真上ではないだろうが近い。15時13分。
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アンテナの奥に下りる。15時13分。
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15時18分、再び飛び上がって、工事管理塔の上を飛ぶ。
このエリアは約500mの幅。北西に飛んでいるのだが、工事現場に近く、この区域に作業員、海保、アルソック、軍警、抗議行動の人々がいる。高さ30mほどではないか。
危なすぎるだろう。西に集落があり、国道329号があり、北から飛んでも南から飛んでも欠陥機オスプレイが飛ぶのは危険すぎる。
註:この南東から北西の飛行ラインは辺野古の海、キャンプシュワブ、国道329、シュワブの演習場に到る。右に200mそれれば、名護市の浄水場と水源池がある。左に7、800mそれれば、沖縄高等専門学校がある。そのすぐ北にもヘリパッドがある。

それでも抗議行動は続くのだ(17年9月21日)

2017年9月21日 晴れ 暑い。紫外線が強い。

巡視船1隻、警戒船10隻余り。
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松田浜で。10時13分。カイメンソウに貝殻がついている。先日、ホンダワラとカイメンソウが日によって打ち上げられたものが変わったのは何故かと書いた。どうもホンダワラは水中に浮いており、表面を行く波であげられるのではないか。カイメンソウは海底にあるので、深く大きな波が来ないと打ち上げられないのではないか。
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K-1護岸先。抗議船と海保gb 10時頃
15時過ぎに再度漁港側護岸へ。
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N-5護岸辺りの仮設道路工事現場。砕石が拡大している(青のクレーンの右側に)。15時5分
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手前のk1護岸の仮設道路工事。20日におろしたブロックが設置場所に並べられている。
15時6分。
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奥で拘束されたらしい。15時11分。
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海保から下ろされるカヌーチーム。15時14分。
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15時15分。
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3名が並ぶ。私はほっとしている。全員で5名解放。
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再び現場に戻るカヌーチーム。15時19分。さすがです。
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辺野古の海を巡る攻防の前景(15時17分)
21日の海保による拘束は延べ11名だった。
この間にオスプレイが飛んだ(続く)

mxテレビの辺野古・高江のフェイクニュースの検証番組

 東京のMXテレビが「ニュース女子」というあからさまな差別的なタイトルの番組で、辺野古・高江をありもしない予断と偏見で報じた。東京の有志が今日まで同社を追究してきたが、この番組を検証する番組が吉岡攻さんを起用して制作された。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-508428.html
 東京方面在住の方は、以下の時間に報じられるのでご覧いただきたい。
17年9月30日 19時30分から60分。 MXテレビ

米軍の横暴を許さないために

 昨日(17年9月21日)は、いろいろあった。護岸に出たら、オスプレイが低空をシュワブに突っ込んでいく。斜め横から、真横から撮った。オスプレイがフロートやクレーンが一枚に入っている。ここで、こいつが落ちたらどんな事故になるのだろうと思いながらの撮影。カヌー隊も近くで抗議中なのだ。

 オスプレイは同じ空路を2度繰返した。彼らはあえてやるのだろうが、不要なのに、わざわざ危険な飛び方をする意図はなんだろうか。理解しがたい。
 
 一方で米軍は、嘉手納基地で今年3回目のパラシュート降下訓練を9月21日行なった。朝7時30分頃、MC-130特殊作戦機から8名、8名の2回やったらしい。沖縄県、地元の嘉手納町、北谷町、沖縄市は中止を申し入れており、国も中止を申し入れていたはずだ。米軍はこれを無視。
 軍隊は周辺の住民の安全など配慮しないのが常識だということだろう。実戦に近い形でやれるのが、沖縄でやるうまみなのだろう。3000mからの降下だから、基地外にはずれて事故を起こす可能性は小さくない。住民にとって見れば、頭上の脅威だ。
 日米政府は96年のSACO合意で、パラシュート降下訓練は伊江島でやると合意している。その合意を破る米軍、守らせることのできない防衛省、安倍政権。米軍はここのところ、原野でやるのではなく(伊江島の演習場の周囲は畑)、市街地でやりたいのだろう。ターゲットを想定しているのだろうか。
 米軍の横暴をのさばらせておく日本政府を、私たちは何としても追及しなければいけない。住民、自治体からの米軍への非協力運動を創り出す以外にないだろう。スローガンに留まらない実行力のある取り組みが求められている。

2017年9月21日 (木)

仮設道路の建設がちまちま進む(170920)

 2017年9月20日 晴れのち雨。風がなく暑い。巡視船1隻、警戒船10余り。抗議船2とカヌー7。来訪者少ない。

 無線から随時、辺野古の海での状況が入ってくる。
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昼頃から背後の雲が盛り上がる。護岸からテントを振り向く。13時27分。
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シュワブの浜では水陸両用車1台が地上走行。13時34分。
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兵舎の建築現場で、コンクリートの注入が始まった。13時37分。
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K-1護岸の先の仮設道路工事現場。13時46分。
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トラックが来てコンクリートブロックをおろしている。13時46分。
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積雲がもくもく。13時50分。
これは雨になる。カヌーチームら今日は引き上げることに。
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海保も引き揚げた。13時48分。カヌーチームは4名が海保に拘束されたという。
私もテントに戻った。14時過ぎから雨ー。視界が悪くなり、平島、長島もほぼみえなくなる。テント前の沖合いも見えない。これじゃ、工事もできないだろう。
帰宅したら、こちらは降った形跡がない。

先日のボノムリシャールのことが他紙等に掲載されました

 先日(9月18日)のボノム・リシャールから水陸両用装甲車がキャンプ・シュワブに上陸した写真が「リムピース」のブログに掲載されました(5枚)。http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/170918schwab.html

また琉球新報の9月19日号にもこの旨報道され、写真1枚が掲載されています。
ありがとうございました。
 別件ですが、辺野古テント村の孝子さんが出している「NO BASE」の1503号にテント4900日の記事の中で、この日に居なければ撮れない4900日の看板を私が撮っていたと書いており(当ブログに掲載済み)、「ヤマヒデさんはもちろん、この闘いを撮影し続けておられた大島和典さんもそういう『やらせ』(他日に来て日付を入れ替えて撮る)は絶対にやりたくないとこだわっていたのを思い出しました」と記してくださいました。さりげないけれど、いつもに増して嬉しい記事でした。

10月の東京近辺での講演会+

来る10月18日~22日東京におじゃまします。18日は世田谷区豪徳寺で、19日は新宿区大久保できまっています。まだ20日、21日が開いています。ご希望があれば、9月26日までにご連絡ください。

今回は2つのテーマを別の日に分けて話します。①今、沖縄に関心をもつということ、(世田谷)②軍事化される琉球諸島-沖縄の問題は「日本」の問題、アジアの問題-(新宿)。

 また、謝名元監督の「命の海 辺野古・大浦湾」が完成しましたが、これを見ながらみ懇親会も可能です。こちらは講師料5000円(格安)のみで可。交通費も負担なし。できれば19日、20日の午後の部で。
ご連絡は当メールで pzyamamoto@gmail.com

2017年9月20日 (水)

海辺で作業が再開された(170919)

2017年9月19日 晴れ

監視船10隻余り(辺野古側)。ボチボチ作業が再開された。抗議船3、カヌー10隻余り。
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10時30分過ぎから護岸から撮影。潜水調査の船が近くでうろうろしている。南北にブイを落とし、ラインを張っている。長さ200mぐらいか。10時44分。
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ブルーの船が出ようとするが、海保とにらめっこ。10時57分。進路妨害だ。
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k1護岸辺りでオイルフェンスを落とし始めた。11時。
再び15時30分ごろ護岸へ。
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N5護岸辺り。オイルフェンスが延びてきた。砕石を落としている。15時35分。
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K1でも作業。15時37分。
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N1付近。トラックで砕石を落としており、これをならしている。15時39分。
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護岸の上でイソヒヨドリがさえずっていた。15時42分。やけに胸を反っている。

予告ー辺野古・大浦湾をカヌーと船でうめつくそう(171025)

ヘリ基地反対協議会は、7月25日に続けて来る10月25日、標記の集会を行ないます。是非多くの方々が参加されることを希望します。皆さんの力で基地建設をとめていきましょう。詳細は別途流しますが、辺野古でカヌーに乗った事がないかたは、早めに日曜日のカヌー教室に参加してください。是非ご参加ください。

メール henokoblue@outlook.jp
℡ 090(1865)8536(担当:キム)

沖縄県内から一人でやってくる来訪者に希望を感じる

 17年9月18日午後、浦添から多分40代の男性が一人できた。県内の男性だからある程度知っているようだが、自分で確認にきたらしい。自分ができることは、何があるかを考えているようだった。私と話した後、孝子さんともゆんたくしていて、1時間余りの来訪だった。

 昨日19日は、コザ(沖縄市)からきたという20代の男性がきた。10月25日の海上からの大規模な抗議行動に興味があるらしい。色々ときいてきたので、工事の現状、臨時立ち入り制限区域の問題、10月25日の行動等について説明した。是非来たいというので、カヌーに乗りたいのならば、日曜日のカヌー練習に誘った。
 彼らの来訪に私は希望を感じている。自分は基地建設に賛成できないが、行動に至らない人が多数居るのだろう。こうした人たちを励まし、確信をもてるような対応が重要だろう。私も微力ながら貢献していきたい。
 何といっても沖縄の人たちがもっともっと動き出さないとね。衆議院選挙も近いようだし。

世間は3連休だが-④作業台船が来た!(170918)

ボノムが遠ざかったと思えば、なにやら怪しい船団が。

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航路標識の奥に。14時45分。
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どうみても作業台船だろう。カヌー隊に無線を飛ばす。15時2分。
殆ど動かないようだ。
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15時12分。シュワブのヘリパッドからMH-60。
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西へ。普天間か。15時12分。
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15時46分。クレーン台船2と積荷台船2とタグボート等5.巡視船が護衛だぞ。
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カヌー隊4艇が。長島の航路付近でまとうとしたら海保に拘束された。1名は海に沈められている。臨時制限区域の外でだ。海保の暴力を許さない!
いよいよ明日から工事を巡る闘いだ。

2017年9月19日 (火)

世間は3連休だが-③揚陸艦から水陸両用車が出てきた

 瀬嵩から8時頃辺野古についた。テント復旧作業の真っ最中。
 

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8時40分頃、一段落。予約の団体が3つと、他に1つ。こちらは8時37分。説明中です。
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漁港の沖にボノムリシャール。8時52分。やはり大きいぞ。40000トン余り。250mほどあるのだ。
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平島の沖にドック型揚陸艦。右は巡視船。9時7分。
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水陸両用装甲車がでてきている。9時9分。7両と4両。漁港の護岸から
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9時10分。
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やっとあがった。9時14分。
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9時15分。これは装甲車が損壊した際の回収車。
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松田浜にカヌー隊がスタン・バイ。9時27分。
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テントを振り向けば来訪者が多い。9時34分。
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建築物の工事も始まっているようだ。9時34分。
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カヌーチーム出発。9時36分。
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オイルフェンスの先端の先から工事現場に。9時43分。
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平島の先に見えてきたボノム。もういくのだろう。9時42分。左端はドック型揚陸艦。離れていった。
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牽引している。9時57分。
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また戻ってきた。テント前から近い。はみ出します。11時18分。
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豊原から東へ飛ぶオスプレイ。11時32分。
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今日は小出しに。4度目。4両。計18両か。13時12分。
護岸からテントに戻った後、やはり来訪者が多く、観察・撮影に専念できなかった。もれがあるかもしれない。
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順光で艦番がはっきりとみえる。13時27分。デモンストレーションか。
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右に行ったかと思ったが、沖で左に回転。佐世保に向かうのだろう。ボノムは9月末でワスプに交替するはずなので、アバヨ!揚陸艦がこない沖縄をめざしたい。
◎と書いたのだが、「リム・ピース」によると、19日に2隻ともホワイトビーチに入港したという。ありゃ。ドック型揚陸艦はアシュランドだそうだ。
http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/170919wb.html

世間は3連休だが-②瀬嵩の丘からみたもの(170918)

しかし、いいことばかりじゃない。

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マリンセキュリテイの船は5隻浮かんでいる。6時50分。
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K9護岸。ほぼ変化なし。この2隻が動いていた。6時56分。
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沖にドック型揚陸艦が来ている。6時54分。
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空にオスプレイだ。7時。東から飛んできた。北部訓練場から来たのか、伊江島からか。夜間騒音をまきちらしていたのだ。
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長島の奥に強襲揚陸艦ボノムリシャールだ。7時1分。
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汀間港から出てきた監視船。フロートを越えていく。あなたがたは、いいの?
7時5分。
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5隻が越えた。7時5分。
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夜を徹して監視に当たっていたマリンセキュリティの監視船。7時8分。後方は長島。
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自立型汚濁防止幕。ここに作業ヤードを設置(巨大なケーソンを置くはずだった)する計画が頓挫したのに、まだおいている。何故かね。7時11分。
やれやれ。辺野古に向かうが、歩くしかない。
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大浦湾を間近かに見たら美しい。7時33分。
途中でkさんが車で、拾ってくれた。ありがとう。

世間は3連休だが-①瀬嵩の朝(170918)

2018年9月18日 晴れ

私はもしかすると18日未明に作業台船が大浦湾に戻ると踏んで瀬嵩(せだけ)にむかった。
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浜に向かう。6時26分。朝だよ。
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やはりサンライズは素晴らしい。6時27分。
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太陽は偉大成り。6時27分。
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心が洗われる。6時38分。台船いないし。ほっとした。
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フロート等は昨日、張られたようだが。瀬嵩の丘から。6時48分。
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左が安部崎方面。概ね美しい。7時3分
しかし。

台風が去った日に ④工事再開に動き(17年9月17日)

午後から工事再開の動きが見えてきた。日曜日ぐらい休めば。

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気づいたのは14時25分ごろ。フロートを張り出し始めている。14時29分前。K1護岸前。
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陸上部でも。フロート3本。14時47分。
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沖合いからはオイルフェンスが青の動力船で。14時50分。
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陸側に運んできています。15時48分。作業に当たっている和船は5隻。海保はでていません。海上行動はお休みです。
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15時51分。なにやら手間取っています。
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これは沖合い。辺野古崎側に運びました。15時55分。
k1前のフロート、オイルフェンスは台風前と同じ状態になりました。
 
因みに明日から海上行動を再開します。

台風が去った日に ③フクギの並木(17年9月17日)

私が今日撮影したかったのはこれ。

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辺野古の集落に残るフクギの並木です。
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細い路地に。今実をつけています。家を守る防風林、防潮林です。日陰にもなり涼しい。

台風が去った日に ②アルソックの対応(17年9月17日)

私が松田浜のフェンス際に撮影に出て行くと、アルソックが出てきます。

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一人が出てきた。9時43分。
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もうひとり。9時44分。フェンス際まで約50m。
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双眼鏡で見たり、退去を命じてきます。9時53分。彼らは米軍のガードマンなのかな。
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班長だかは、戻っていきました。9時55分。一人残された彼は、暫くこの場に留まっていました。
で、翌日のことですが、フェンス際に20名ほどの集団が行ったのですが、アルソックはでてこなかった。それを見て私は自覚しました。彼らは特定の個人を認定して、監視、退去を迫ってきているのです。なるほどね。

台風が去った日に-①フェンスの変化(17年9月17日)

2017年9月17日(日) 晴れ。まだ風は強い。

 この日、台風対策で外していたバナーをせっせとつけていました。
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左側から(9時34分)
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海側はまだ。9時38分。台風前はホンダワラが打ち上げられていましたが、今はカイメンソウがたくさん打ち上げられていました。
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午後には海側にも。後方に巡視船がまたきています。
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ずらっと。80数枚が結ばれた。

2017年9月18日 (月)

オール沖縄 訪米報告会(名護市)

 オール沖縄 訪米報告会 辺野古に新基地を造らせない ジュゴン訴訟勝利
17年9月22日 18時~20時
名護市中央公民館小ホール(名護の国道58号を挟んだ対面)
報告者:吉川秀樹(環境NGO OEJP代表)
      東恩納琢磨(名護市議、ジュゴン訴訟原告)
主催:ヘリ基地反対協議会
といあわせ:090(9786)9471 東恩納
8月に訪米した成果と同時に重なった米国のジュゴン訴訟の報告。

じっくりと話せるといいのにね

 昨日(17年9月17日)、東京からきた学生にじっくりと話をさせていただきました。相手が一人二人だと、時と場合によってはじっくり話せます。

 彼は辺野古のことをしって、ともかく行って確かめてこようと思ったそうです。運よく、ネットで那覇の人と繋がって、その人が案内してくれました。
 それならばと、私は辺野古の問題以前のところから話しました。これを機会に沖縄に継続して来るんだよということ。なぜかと言えば、現在の辺野古・高江の問題以前の長い長い歴史から連綿と繋がっているので、沖縄を知ることはたやすくないからです。
 また、沖縄の問題は、この「日本」という国の歩みにとって、切り離せないのですが、このことが理解されていない。知らない。安倍政権はあらためて軍事で儲ける国造りを目指しているが、これを「日本人」はどう考えるのですか。
 何れにしても、私たちが生き続ける為には、歴史的な見方が不可欠だ。ここいらについて、自分の反省も踏まえながら話した。
 きっと彼は、この初めての沖縄が再出発点になるだろうと、私は期待している。那覇の彼のコーディネイトも的を得たもののようだった。
 今日は埼玉から三上智恵監督の「標的の島」をみてきたという女性がきました。時間がないということで、ざくっとした話しかできませんでしたが、現状を掘り下げていくことが重要だと話した。「沖縄のことを知らなかった」のは何故か、何故知らなかったのかを問うことだ。「知らなかったから知らなかった」ではダメ。こうした姿勢の違いは決定的だ。
 もっとじっくりと話せる時間が欲しい。コミュニケーションはお互いに様々の違いがあるので、簡単ではない。だからこそ、様々な観点から接点を見出すことが重要。本音を語れるためには、お互いの了解が拡がることが近道です。

台風が去り、工事再開の兆候(17年9月17日)

 昨夜は、ちょっと仕事でブログを書けなかった。

 台風が漸く去り、昼前から晴れ間が出てきた。海も辺野古ブルーが戻ってきた。14時過ぎから辺野古の海で作業員がフロートや、オイルフェンスを張り出し始めた。大浦湾では午前中からの情報が入ってきた。海人も船の仕度を始めていた。
 昨日は日曜日であり、海上行動はなかった。今日からだ。テントの復旧などもあり、今日は忙しくなる。頑張ろう。
 因みに昨日はテント村(浜テント)は4900日目。年末に5000日だ。やれやれだ。
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テント2にて。

2017年9月16日 (土)

「いのちの海 辺野古・大浦湾」雑感

 謝名元慶福監督の「いのちの海 辺野古・大浦湾」が完成し、今日見てきた。少々雑感を書く。

 イントロは二見トンネルだ。あの「ニュース女子」が大宣伝したトンネルを超えたら怖いぞの。二見といえば「二見情話」だ。これは沖縄戦の中の悲話。2つの暗黒を示唆しながら、私たちは辺野古・大浦湾の生物多様性豊かな海に誘われる。あらためて美ら海ぶりに感嘆させられる。
 何でここに新基地なのか。普天間基地、伊江島、北部訓練場。沖縄戦の話にもしっかりとふれている。
 ゲート前での、海上での闘い、ヘリ基地反対協議会の、命を守る会の闘いと人々に触れながら闘いの継続性を静かに訴える。統一連事務局長の瀬長和男さんが瀬長亀次郎の孫であることを示す写真が出てきたのには、オーと思った。余談はともかく、闘う現場を取り上げればきりがないのが現状だが、サンシンの日の弾圧を描き、権力の暴力性を暴き出す。また、誰かをヒーロー、ヒロインとして描かない。辺野古・大浦湾で頑張ってきた、頑張っている人たち皆が主人公なのだ。「俺の、私の出番が少ない」などと言うなかれ。一人ひとりの力が全体に繋がっているのだから。全体の力を一人ひとりが栄養にして頑張っているのだから。
 余談ながら、私が写した墜落したオスプレイも、牧志治さんの水中写真と共にしっかりと入れていただいた。字幕やCDの解説にも。一人ひとりの参加が大きな力になっていくはずだ。諦めずにがんばろう。
 
追記:これまでの何人もの人たちが撮った記録が再編集されて、一層の力になっている。人と人のつながりこそが大切なのだと、ものづくりの視点からも確認できる映画になっている。
 
 販売価格は2000円。制作:文化工房 慶 bunkakoubou-kei@yahoo.co.jp

電事連会長の呆れた会見に思う 

 勝野哲電気事業連合会会長は、17年9月15日の記者会見でミサイルが原発に当たっても放射能を閉じ込めておけるかの発言をした。

 こうしたことを真顔で言えるのは、どんな性格をしているのだろう。大うそつきだけではすまないだろう。この人は、中部電力社長。あの浜岡原発を持っている会社の社長だ。

 この発言を知って私が呆れかえるのは、福島原発の反省がないことであり、自分たちが「安全」だといえば安全なのだという妄信ぶりだ。彼は工学部を出ている技術屋だから、計算はできるのだろうが、安全性の考え方をもっていない。「俺を信じろ」の猛進派なのだろう。

 だが、この発言の裏に、電事連の政治があるのだ。同日の電事連会長の会見で、こう語っていた。原発再稼動に留まらず、新たな原発を造りたいと。安倍政権がミサイルが飛んでくるかもしれないから、危ないぞ!と脅す一方、電事連は原発の堅持・新設だ。だから同会会長は、「大丈夫」というしかないのだろう。

 私たちは、こんな大嘘をいつまで信じるのか。「オスプレイは安全だ」、「沖縄に寄り添う」なども含めて、私はかかる妄言を信じない。彼らは、日本の安全のためと称して軍事力の強化を呼びかけながら、最弱の環=原発を推進する。軍事で儲けて、原発で儲けたい。火に油を注げば、日本人は救われない。

 私たちは、呆れ果てる時代を終わらせよう。私たちが生き残るためには、自ら動く以外にない。私たちが自らの未来を創り出す以外にないのだ。情けない現実を変えることができるのは私たちなのだ。立ち上がるのは今だ。(17年9月16日)  

テント2のテントを復旧したが、まだまだの天気(17年9月16日)

2017年9月16日 曇り後雨 風雨強し

昨日は晴れ間が出ていたのに、今日は風雨強しだ。テント2のテントを復旧し居場所はできた。ただ風雨が強くテント1はとても無理。復旧は9月18日か。
9時頃松田浜に出てみる。波はさほどでもないが、砂が舞う。
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意外にも白波は立っていない。イノーの力だ。9時1分。
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フェンスがコンクリートブロックで固められて以降(11年5月)奥と手前の地盤の高さがアンバランスに激変したが、改めてみるとこちら側も砂が盛り上がっているところが顕著になっている。
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フェンス越しに向こうを覗くと、大雨時のシュワブ内の流れがフェンスのブロック際に達し、そこまで抉れている。これもシュワブ内の工事の影響ではないか。要注意だ。
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k1付近の工事はやっていないが、手前に根固め袋材が置かれている。台風の波除だろうが、要注意。
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k-1付近もやっていないようだ。よく見ると、小型トラックがきている。点検か。
13時から名護市中央図書館で「命の海ー辺野古・大浦湾」の上映があり、私はそちらへ。

チリチビガマ荒らしの4少年が逮捕されたとか

 今朝の新聞もげっと思うことが満載なのだが、中でも先日のチリチビガマ荒らしの、器物損壊事件の容疑者が逮捕されたと。16歳から19歳の本島中部に住む少年4名だそうだ。

 私は、彼等が何のためにやったのかを知りたい。問題は、彼らは何を知っていて、何を知らずに考えずに、やったかだろう。また、彼らだけの問題でもなく、沖縄戦の何たるかが、若い世代に受け継がれていないことこそ問題なのではなかろうか。
 また、私の周辺の人たちのツイッターなどを見ていても、問題の何たるかが分かっていない。イメージで、論難しあっており、分かり合えるかもしれないものも蹴倒している。ツイッター140字で何が伝えられるのだろうか。自省すべきだ。

2017年9月15日 (金)

名護市西海岸の波(17年9月15日)

今日の名護市街は昼前から青空がのぞきました。ちょいと食事がてら海を見てきました。

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沖の船は巡視船。2隻居た。名護湾に避難。民間船はいなかった。14時頃。
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  2,3歳の子連れの家族がいました。水しぶきを浴びながらお父さんはお食事中でした。
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この辺りには若い女性が二人で自撮りしていました。
私はカメラを濡らさないように、時々反対側にやって、レンズを下に向けた。

宮古島も美ら島だな(17年9月10日) 

2017年9月10日 今回の旅のラストデー。今日はレンタカーを借りているFさんの運転で、私が宮古島をガイドってことに。私はすっかり観光気分。

 まず向かったのは伊良部島、下地島。伊良部大橋でゴー! 
 最も経路的に最初の場所はここだ。
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長山港。16年11月に行った時はまだ工事中だった。海保の基地ができていた。巡視船3隻。8時58分。
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下地島空港。南北に3000m。今は使われていない。パイロット訓練のために使われてきた県営空港だが、日本航空も全日空も使わなくなった。ここを虎視眈々と狙っているのが、航空自衛隊。ただし戦場に近すぎるのが難点。単純に空自が使うことはないかもしれない。もっと深い読みが必要だろう。下地島は対空ミサイルなどの発射サイトにはなりうる。
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空港を1週する。途中で立ち寄った通り池。池2個。 下地島の西サイド。9時33分。
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伊良部島に戻る。10時3分。
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伊良部島北端の白鳥岬。ダイビング船。10時17分。いつも私が不思議の思っているのは、ここで「白鳥」って何? クロサギの白色系か、アジサシ類か。誰か教えて。
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伊良部大橋の真ん中で。前方が伊良部島。10時40分。
ここから野原・千代田を案内して、観光カーは次に行く。
城辺(ぐすくべ)を経て、オーシャンリンクスゴルフ場を垣間見て、島の最東端。
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ここも観光地。東平安名崎(あがりへんなざき)灯台。11時40分。
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細い岬の南北が海に。こちらは北側。11時43分。
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こちらは北東。正に美しい。11時51分。言葉を失う海です。
途中、野原付近で昼食。宮古のゆしどうふそば。
そして北へ。池間島へ。
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池間大橋を渡るとこうだ。むこうに見えるのは大神島。13時52分。
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池間大橋を見る。13時57分。
宮古島の観光地に行ったことのない私でしたが、クルマは速い。しかし撮影モードにはならないな。適当撮りに終始。
運転していただいたFさんに感謝。この後、予定通り15時からの集会に間に合いました。
初めて宮古島を案内したよ。Fさんからも喜んでいただけました。

今日のテント2は座り込み中止(17年9月15日)

今日も沖縄島北部は台風18号の影響を受けています。残念ながらテント2の座り込みも中止に。ゲート前はやっています。

私は自宅で資料整理に当たります。気圧がさがっているせいか、体調はだるい感じですが。

本部町議会事務局はどっちを向いているのか?

 17年9月15日の沖縄タイムスによれば、本部町議会の9月定例会で、仲宗根須磨子町議が質問しようとしたオスプレイ問題を議会事務局が「町の上空を飛んでいる客観的事実がなければ難しい」と質問を受け付けなかったという。

  これは町当局として余りにもおかしな態度である。客観的事実として町のエリア上空を飛んでいるか否かを確定することは確かに難しい。だが問題はそんなところにはない。
 
  本題に入る前に本部町の位置を示す。名護市・辺野古からみて北西方面であり、伊江島訓練場はこの西側だ。沖縄海洋博公園や本部港で知られている。実際にオスプレイ等の飛行経路は、①名護市西海岸・名護湾を経て本部町、伊江島訓練場へ、②辺野古沖から北東へ東村の北部訓練場から大宜味村、今帰仁村、伊江島へ(本部町は今帰仁村の南西方向に所在)、③恩納村から海上を北へ伊江島へ(すべて逆コースも)であり、オスプレイ等が本部町周辺を通過していることは明らかだ。
  町当局・議会事務局は、「町上空を飛んでいる客観的事実がなければ難しい」とオスプレイの飛行を、誰かに倣って「客観視」しているようだ。つまり、事故が起きてから当局は慌てるつもりなのか。オスプレイ等が発している騒音は、町エリアのラインの外に留まってくれないのだ。
  本部町当局は16年12月13日夜に名護市安部に墜落したオスプレイの事故を忘れたのか。見たくないのか。まして本部町にも海人が暮らしているだろう。
  考えたくないことだが、辺野古に新基地ができてしまってから騒いでも遅いのだ。オスプレイの飛行がもたらす様々な問題は、「本部町が処理する行政全般」であり、本部町の住民の問題なのだ。
  住民の生活に係わる行政は、現在の問題、住民の未来にかかわる問題を正面から扱い、議会はしっかりと議論してもらいたいものだ。
 なお、客観視してしまうことは、他人事として放置する態度であり、沖縄防衛局、日・米両国に利することになるのだ。
 
 

台風18号の影響(17年9月14日)

台風18号は17年9月14日、宮古島に最接近し、風速50Mの風と24時間の降雨量が500ミリの豪雨を記録しています。14日18時の時点で935ヘストパスカル。威力を増しています。15日には西に転進し、九州から本州を抜けるコースになるようです。

 
 このため、沖縄島も15日、16日にかけても、台風の強風域に入ります。このため、風雨が強そうであり、テントの復旧や海上行動は不可です。海上行動の再開は早くても18日になるでしょう。ただしゲート前では、工事が進められており、こちらへの抗議行動は継続されています。参加を願います。

2017年9月14日 (木)

台風接近につきテント2で(17年9月12日)

2017年9月12日 晴れ。

今日はお仕事が終わらず、午後から辺野古に行くことに。
台風18号が接近中とかで、午前中にテントを撤収し、テント2に移動している。
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確かにテント2の上の雲は台風接近を知らせている。15時23分。
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松田浜にでてみれば、バナーがない。15時26分。台風対策で取ったのだ。
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ここに設置されていたフロートもオイル・フェンスもない。防衛局が撤去したのだ。
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辺野古沖の波は3mほどか。手前に浮かぶは、マリン・セキュリティのゴムボート。私どもの海上行動は朝一から中止しているのに。15時37分。
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N5取り付け道路の工事はなし。奥にトラックが入っており、作業ヤードに搬入中。
K1付近の作業はなし。この1週間でコンクリートブロックが設置され茶のH鋼が並べられている。
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シュワブのヘリパッドに大型ヘリが着陸し、飛び上がった。15時47分。
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兵舎の建設作業は動いているぞ。15時48分。

辺野古についたが、ただぼんやり(17年9月11日)

◎宮古・多良間が続きましたので、一旦、辺野古に戻します。

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2017年9月11日。既報の通り、那覇から辺野古バスで、大きなザックを背負ってテントに戻りました。
沖縄高速の伊芸の休憩所で、弁当を買いました。
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じゅーしー。なかなか美味しいです。600円。
疲れたのか、ただぼんやり。宮古もでしたが辺野古も暑い。
飛行機の音がしても、テントから飛び出せない。
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3度目か4度目にやっと飛び出した。14時57分。4発のジェット。軍用ですが、RC-135かな。自信がありません。角度が悪すぎる。南西(嘉手納)に向かいます。
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辺野古の海もきれいです。巡視船やマリンセキュリティがいなければ。15時30分。
午後の辺野古側はN-5護岸付近でやっていましたが、他の作業の動きなし。海上行動も16時前に引き揚げてきました。

映画「知事抹殺」の真実(沖縄各地)

福島県知事だった佐藤栄佐久さんはもともと保守系。知事として福島原発に係わり、国や東電と接触するうちに疑問を覚えるようになる。何が真実なのか? 

 2006年9月辞任。収賄額0円の「汚職事件」で起訴された。何が起こったのか、本作は事後検証し、政治の闇を暴く。
 福島と沖縄の現状を考えれば、私たちにも無関係どころの話じゃない。以下の日程で上映会が行なわれるので、是非ご覧ください。
 
◎9月16日 17時30分開場 西原町役場さわふじ未来ホール 1000円  トークあり 
   主催:知事抹殺の真実映画上映西原与那原実行委員会 
   問い合わせ:上里:090(1941)9634
◎9月24日 14時30分開場 トークあり 名護市民会館 1000円 主催:やんばるシネマ 問い合わせ:豊島:090(9081)1597
◎9月25日 17時30分開場 トークあり 市民劇場アシビナー 1000円 主催:上映実行委員会 問い合わせ:小林:090(1818)8129
◎9月26日 18時開場 トークアリ 南風原中央公民館 1000円 同南風原上映実行委員会 問い合わせ:平田:090(6860)6901
「『知事抹殺』の真実」 監督 我孫子亘 出演 佐藤栄佐久

台風の被害が最少限で通り過ぎますように(17年9月14日)

 今朝起きたら、普段より暗い。カーテンを開けたら、まだまだ台風の雲に覆われている。強い風が吹いている。

 新聞によれば、宮古島で瞬間風速50.9mとか。街路樹が倒れ、サトウキビがなぎ倒されている。私が「大丈夫だろうか」とつぶやいても、如何ともしがたいが、無事であれ。3日、4日前に歩いたところだから、やはり気になる。無論、多良間島も、八重山も。
 また近海で操業していた台湾の漁船が宮古島の平良港に緊急避難してきたらしいが、ロープが切れて、漂流しているという。無事救出を祈る。
 しかし台風禍にありながら、沖縄防衛局は昨日ゲート前からトラックを3回、174台も入れたらしい。全く許しがたい。
 ということで(何が)、私は今日も自宅でお仕事。ブログも随時書きます。
 この台風、九州方面にも行きそうなので、皆さんもご注意ください。

日本軍「慰安婦」祈念碑建立9周年イベント(宮古島)を取材

今回の宮古行きの本題はこれ。9回目だそうだが、私は初参加。先の写真展の総括でもある歴史的に学ぶことの重要性から。

17年9月9日野原基地の脇から祈念碑まで。16時50分着。開会時間に間にあった。会場に来たのは3回目だと思うが、自信なかったが。
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始まった。17時4分。司会は日本軍「慰安婦」問題を考える宮古の会の代表のKさん。参加者は20名余り。
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宮古教会の牧師さん。花は追悼のために関係者が植えてきた。せめて、私たちは彼女達を美しい環境を保ちながら、記憶し詫びなければなるまい。
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当事、少年だった与那覇博敏さんは、ここで洗濯をしていた彼女達を見ていたという。まだ何が行なわれていたのか知る由もない年齢だった彼は、この72年を思えば、慙愧に耐えないだろう。彼がこの土地を提供し祈念碑ができた。
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中原道子さんと対面になり、当事のことと、建立の際にお世話になったことを話していた。
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「戦争と女性への暴力」リサーチアクションセンターの共同代表の中原道子さん。建立の経緯に当事の院生ホン・ユンシンさんが宮古島の「慰安婦」のことを知り、動き始めたことがある。自分はもっぱら金銭を集めたと。先の与那覇さんほかの地元の協力者らとの共同作業が実を結んだのだ。また朝鮮人「慰安婦」ばかりか、日本軍がアジア全域に作った慰安所に集められた11カ国の人々の言葉と、ベトナム戦争下の韓国軍のベトナム女性に対する加害を含めて12ヶ国語で書かれた祈念碑になったことにも言及。きっと各国の人たちがここを訪れるだろうと。
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9年経って、植樹した木が大きくなってきた。
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渡嘉敷の元「慰安婦」を20年前に、励ましたいと動き回った、という。地道だけど、確実に絆を創り出す試みもなされてきたのだ。
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当事を知る地元の元少年。思いは深い。
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今日のまとめを、過去の問題と今進行中の自衛隊の進駐との関連を話した清水早子さん。同会事務局。10月の市議選にも取組もうと。
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最後に「アリラン」を参加者全員で歌い、女性たちを追悼。この記憶を忘れまい。
来年は10周年。もっと大々的にやりたいとの声が出されていた。
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17時終了。丁度雨が降ってきた。

2017年9月13日 (水)

経済産業省前での公安条例違反弾圧抗議声明が届いた

17年9月11日経済産業省前で公安条例違反で1名が逮捕と聞いていたが、先ほど友人から抗議声明が転送されてきた。本件は、昨年の8月21日、脱原発テントが撤去された日に、私が警視庁公安に不当逮捕されたこともあり、2重、3重に許せない。

原発をなくすことも、戦争をなくすことも、人間が生き続けていく上で、避けて通れない。共に頑張ろう。
◎◎◎◎◎
警視庁丸の内警察署長 殿
抗 議 声 明
2017年9月13日
経産省前テントひろば
1 私たち「経産省前テントひろば」は、2011年9月からテント設置6年が経過する9月11日夕刻、経産省本館前で抗議集会を開いた。私たちは集会に先立って、経産大臣に宛てた抗議声明を提出し、昨年8月の脱原発を求める3張りのテントの違法撤去に抗議し、政府の原発推進政策等に抗議を申し入れた。
 この日の経産省本館前には300名以上の人びとが集まって午後6時から2時間半にわたって集会を続けた。その集会終了の直前に、経産省敷地外周歩道約1キロメートルを一周するウォーキング抗議が行われた。
 
2 上記ウォーキング抗議には集会参加者のうち約150名が参加し、他の人びとは本館前に残って集会が続行された。ウォーキングの参加者は、歩道上で口々に経産省への抗議の意思表示を行い、また経産省別館前では多くの人々が資源エネルギー庁のエネルギー政策に対する抗議の意思表明を行った後、再び経産省本館前へ戻る歩道を進んだ。
 こうしたウォーキング抗議の参加者の一人だったF氏が、歩道を歩いている時に突然に5、6名の私服警察官に歩道上で包囲されて車道に押し出され、「無届けデモ」の指揮を行ったとの口実で、東京都公安条例違反の容疑で逮捕された。
3 しかし、そもそも上記のような歩道でのウォーキング抗議を「無届けデモ」と捉えること自体、民衆の歩道上での表現行為を不当に規制し弾圧するもので許されないことである。しかも今回、丸の内警察はF氏の身元を充分承知しつつ「無届けデモ」とか、その「指揮」者と事実を捏造して東京都公安条例違反容疑で逮捕し身柄拘束した。
 このような捏造の事実を踏まえれば、今回の事件が丸の内警察によるF氏への不当な狙い撃ち逮捕だったことを十分に示している。
 また、こうした丸の内警察による「事件」捏造は、経産省前テントひろばの6年を超す運動の持続を恐れ、いまだに原発推進政策にしがみつく政府・自民党の意向を忖度した警察権力の違法行為そのものにほかならない。
4 今回のF氏への弾圧事件は、全国各地に広がった脱原発集会への参加者による継続した抗議活動が歩道上での通行の妨害なしに合法的に行われはじめたことに対する違法な予防的な弾圧である。また、市民の自発的抗議活動及びその行動への参加者を「デモ」及び「指揮者」と決めつけてF氏を不当に逮捕した行為は、「警視庁が原発関連の集会・デモで参加者を逮捕したのは初めて」(東京新聞2017年9月12日夕刊【但し、この記事で「集会・デモ」と記述されていることは不正確である】)とされる程に、違法な弾圧と言わざるを得ない。
5 私たちは、今回の不当逮捕に東京都公安条例が適用されたことは、同条例の民衆の表現行為に対する不当制約性・弾圧法規性が明白に露呈されたものである。この悪法に強く抵抗し、同条例の廃絶を要求する。
 私たち経産省前テントひろばは、今回の丸の内警察署の弾圧行為に断固抗議するとともに、F氏の身柄を即刻に解放することを強く求めるものである。
=======参考:世耕弘成経済産業大臣への申入書=========
申 入 書
経済産業大臣 世耕弘成様
2017年9月11日
経産省前テントひろば
〒105-0003港区西新橋1-21-8新虎ビル2F
070-6473-1947
1 テント強制撤去について
①国・経産省は猛省し謝罪せよ 
②経産省前テントひろばとの話合いを要求する
 2016年8月21日未明、わが経産省前テントひろばのテント3張りを強制撤去しました。国や経産省が、これで一件落着と考えるなら大間違いです。すでに明らかなように原発問題、福島原発事故問題は、基本的に何も何も解決されていません。
 原発に関する国民的世論は依然として過半数が「再稼働反対・原発反対」です。経産省前テントひろばは、憲法第12条、第21条に基づく表現の自由の権利を行使したにすぎません。逆に国・経産省は、庁舎管理権を不当に拡大解釈することにより、言論の自由及び請願の権利、およびこれを保持せんとする国民の不断の努力に真っ向から敵対するものであって、テント強制撤去を行った行為は憲法第99条に反するものです。昨年8月のテント強制撤去につき、国・経産省は猛省し、謝罪するとともに、経産省前テントひろばとの話合いを要求するものです。
2 福島第一原発事故収束ないしは廃炉対策あるいは福島復興について
①帰還の強要を止め、帰還しない者への様々な支援の便を継続せよ 
②東電の原発事故責任を放置せずに追究せよ
 現状において、福島第1原発には100万トンにのぼる汚染水が放置され、小児甲状腺癌が多発し、デブリの取り出しは遅れ、壊れた原子炉に循環水とは言え冷却水が注がれこれが流れ来る地下水と合流して海洋に流れ出している、除染した等々の状況であるにも拘わらず、20ミリシーベルト以下であるということをもって、一方的な帰還の促進だけが図られています。そもそも20ミリシーベルトが許容されるのは緊急事態における一時的な措置に過ぎないのは明らかであって、2011年3月11日に発令された原子力緊急事態宣言が未だに解除すらされていないなかで、20ミリシーベルト以下だから帰還せよというのは帰還者たちに「死ね」と言うに等しい。帰還が促進されるのは、避難者の故郷に帰りたいという切ない願いを逆手にとって、
  発事故をどんどん忘却させていく政治的判断にすぎません。少なくとも帰還の強要、帰還しない者への様々な支援の便を止めるなどということは絶対に起こらないように十分に配慮をすることを強く望みます。
 避難せざるをえない東電原発事故の企業責任が問われているのに、その責任は曖昧なまま放置され、「国が全面に立つ」というのも、東電の肩代わりのために国費を投ずる筋道をつくっただけです。東京電力の事故責任を厳しく追及するべきことを引き続き強く要求します。
3 (新)エネルギー基本計画の検討について
①全て白紙に戻したうえで原子力の根本問題から国民的討議を行え 
②新たなエネルギー基本計画の検討委員の半数を原発推進に懐疑的な者にせよ 
③分科会議事録を早急に公表せよ
 本年8月9日に総合エネルギー調査会基本政策分科会が再開され、新たなエネルギー基本計画についての検討が始まりました。検討に先立ち世耕弘成経産相は「計画の骨格を変える段階ではない」と言い、会議に提出された「エネルギー基本計画について(8月9日)」という資料は事務局としての資源エネルギー庁が作成したものですが、相変わらず原子力による発電を20~22%水準を実現する計画を維持しようというものです。その最大の課題は「社会的信頼の回復」とされています。2011年の3・11事故によって、原子力の社会的信頼はまったく地に落ちたのですが、にもかかわらず、①事故収束・福島復興、②(原発の)安全性の向上、③(原子力災害に関する)防災対策の強化、④(使用済燃料の)最終処分・中間貯蔵(の
  進)、という4つの柱によって信頼回復を図って行く、ということになっています。ところが、平成25年7月24日の第1回分科会以来、すでに過去4年間に亘って同じような事を言い、同じようにやってきていながら、それでも「信頼回復はできてはいない」のです。
予め原発を推進するという大前提に立った上で、信頼回復等  と言っているのですから、そういうことでは、期待される信頼拡幅は絶対に出来ません。土台無理な話なのです。今回の第21回目の会議では「原発を一体どうするのか、政治的にも社会的にもきちんと整理できていない」と指摘し、原発の必要性を根本から議論するべきだと訴えた委員もいたと報道されています。原発はベースロード電源だとか、ゼロエミッションだとか、発電原価が安いだとか、原子力燃料は準国産だとか、これらを全て白紙に戻して原子力の根本問題から、国民的討議を行うべきです。
 また基本政策分科会の委員構成は2014年のエネルギー基本計画をつくったメンバーと殆ど変わらず、「原発推進」に著しく偏ったものとなっています。少なくとも原発推進に懐疑的な委員を過半数にするというのがバランスというものです。基本政策分科会自体が信頼される構成になってはいないのです。これも根本的に改めて頂きたい。原子力についての根本的立場が異なっている以上、世論調査等によるバランスが重要な民主主義的要素です。
 さらにまた、今回の会議の議事録が20日以上たった今日でも公表されていない。議事録の公表が遅すぎるので、もっと早く公表して頂きたいということを合わせて強く要望する。
 以上の件は国の原子力政策の根幹に関わる問題であり、すでに原子力推進の立役者としてのエネ庁の問題に留まる問題ではありません。
4 経産省の政策立案過程の健全化について
①経産省の政策立案過程を国民に明らかにせよ、見直せ 
②柳瀬唯夫経済産業審議官の責任を明らかにせよ
 経産省の種々の政策はどのような過程を踏んで立案されるのでしょうか?
 例えば2006年8月に策定された「原子力立国計画」には、「②安全確保を大前提とした既設原子力発電所の適切な活用」、「③核燃料サイクルの着実な推進とサイクル関連産業の戦略的強化」、「④高速増殖炉サイクルの早期実用化」、「⑥我が国原子力産業の国際展開支援」などが実現方策とされている。これらは総て実現されなかった。②は東電福島原発事故を招き、③はもんじゅ廃炉決定が示すまでもなく全く破綻しており、④は「早期実用化」どころか昨年末に開始された「高速炉開発会議」で「晩期夢物語」と化した。おまけに、⑥が東芝によるウェスティングハウス(WH)高価買収を招き今日の東芝破綻をもたらした。
 また、2011年の3.11事故直後に経産省トップで東電をつぶさず原発を推進することを決定したと聞くが、どのような検討を経てこの政策を策定したのか? 少なくとも、イチエフ事故を受けて脱原発にかじを切ったドイツ、ベルギー、スイス、台湾、韓国などと比較して、あまりにその政策立案過程が不透明である。
 さて、これらの政策検討において柳瀬唯夫氏はどれだけ重要な役割を果たしたのか。2006年にはエネ庁原子力政策課長として「原子力立国計画」を主導したのは本当か? また、2011年の3.11には震災後も原発推進を維持する非公式書類「柳瀬ペーパー」を省内や永田町に配布したそうだが事実か? そうであるならば「柳瀬ペーパー」を見せていただきたい。
 本年7月24日の衆議院閉会中審査の加計学園問題の討論で、2015年4月2日に今治市の企画課長ら2人が首相官邸を訪れた折に会ったはずの柳瀬唯夫首相秘書官(当時)が、「お会いした記憶はございません」「記憶にございません」「覚えておりません」と「記憶にございません」7連発をくり出した。この答弁が虚偽であることは、その後の多くの報道が明らかにしている。すなわち、柳瀬唯夫氏は国会で虚偽答弁をしたか余程記憶力の悪い人かのどちらかだ。いずれにしても、国会を軽視し国民の知る権利をないがしろにする官僚であることは間違いがない。
 経産省の原発推進政策で主要な役割を果たしてイチエフ事故や東芝破綻などを招く政策を推進し、おまけに加計学園問題では国会や国民に対して誠実に対応できないかあるいは記憶力が悪い。私たちは、そんな柳瀬唯夫氏は、憲法第15条第1項「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」
に基づき直ちに罷免するべきだと考える。如何か?
 現在、柳瀬唯夫氏は経済産業審議官と聞くが罷免の意志はないか? 
以上

1日家の中に居ると(17年9月13日)

 今日は台風でもあり、家の中に居た。途中昼寝もしてしまった。やはり旅疲れもあるのだろう。

 他人と一言も交わさないと、気が内部に集中してくるのだが、せめて音楽を聴きたくなる。
 やるべきことは山とあるのだが、なかなか思うに任せない。食後に昨日いただいたパインを切って冷やしておこう。明日皆で食べよう。
 これは、辺野古でもらったものじゃありません。私がよく使っている某お店で、あるからもって行ってと。ありがたい。私はマンゴーもパインも大好きです。これは沖縄産。
 今晩もがんばります。

無欲で見る宮古島の動物達(17年9月9日)

17年9月9日もノンビリ歩いた。

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13時12分 ? 。
畑から飛び出した。少数だが群れで居た。時々見かけるのだが。誰か教えてください。
山下に向かう手前で馬の牧場が。ミヤコウマ。はじめて見た! 14時51分。
この道は何度か歩いているのだが。
実はだな。最初に見たとき、オスが勃起していた。終わったばかりだったのだろう。
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伸びやかに走る母と子。
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じゃれあう2頭。
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父も加わり。
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ウマは可愛い。
そして野原(のばる)に。
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目の前の暗がりにカラスバト。でかい。16時36分。
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無論、咄嗟に露出を+補正。
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無欲の勝利だ。16時37分。近くでキンバトも啼いていた。
今日の本題の会場に間にあうのか。急げ!

物静かに宮古島を歩く(17年9月9日)

2017年9月9日 晴れ。

多良間島で足を痛めた。靴のせいだ。だから今日もだらだらと。
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サトウキビ畑 油断していると散水の水をくらう。ここのは調整が万全で、殆ど道路側にでないようになっていた。中には直撃をくらいかねないので、要注意。8時30分。
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私は、一路、川満へ。沖合いの船(左側)は多良間島へ。右の貨物船は石垣島に向かうのだろうか? 9時35分。
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ボーイング737.離陸。10時37分。
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この場で90分粘った。サトウキビの上を飛ぶ民間機を狙ったが、不発。標準レンズと望遠レンズを持ち替えてやってみたが、失敗。11時28分。
川満から山下へ。
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オオジョロウグモ。バッドタイミングに電話がかかる。ちょっと外した。12時27分。
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野原のレーダードームが見えてきた。12時34分。
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途中で埋設工事。下地島空港株が受けている。水道管の埋設だと。これは千代田の陸自予定地に延びているのかもしれない。今回未確認。
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野原の第53警戒隊のレーダー。15時36分。今日の目的地まであと少しなのだが。
(別項に続く)

あきれ果ててもいられない

 この世の中にあきれ果てることが多すぎる。官邸の記者会見もそう。政府の宣伝の場に堕している。全うにものごとを質す記者がいないらしい。 「官房長官様 ハイそうですか」になっている。

 こんなんで記事ができるから、チョウチン記事しか生まれない。これが政治部主導の中央マスコミの実態なのだろう。官邸の記者クラブは、参加社のなかで、幹事社がしきるので、馴れ合いになり、それこそ忖度会見になるのだろう。いつからこんな状態になったのだろうか。
 今やこれが日本という国を覆っているらしい。ものごとを質すのがジャーナリズムであり、報道の原則だ。政府におもねり、多数世論におもねていれば、マスコミは政府の宣伝機関そのものになる。
 権力を傘に着て、私利私欲をほしいままにしたり、人命を怪しいほうに巻き込んでいくのを止めるのは、言論(機関)の社会的使命ではなかったか。
 
 17年9月4日夜、ある男から東京新聞に電話がかかってきたらしい。「望月記者を殺す」と。これは、記者の行動を抑える言論封じであり、マスコミは政府の意のままに動けという恫喝なのだろう。
 社会が腐っていくと、人間の嗅覚も鈍感になる。悪臭を感じなくなるのだ。人々は異論を排し、多数意見に組み込まれていく。
 2011年3月11日、私は東京で大地震を体験した。ものすごく揺れた。物が落ち、地鳴りがした。咄嗟に、これはどこでおきているのかと考えた。街が停電になったり、暫く混乱した。驚異的な津波が東北を襲い、原発が次々と爆発した。
 スリーマイル・チェルノブイリ・フクシマになったのだ。あれから6年が経ったが、東電や政府は原発内にあった核物質を封じ込めることすらできていない。その所在すら未確認。原発の大事故とその後の処理の不首尾が、この世の、生類の終わりを加速しているのだ。
 このことに気づかない人々。哀れな集団が跋扈している日本。いや、こんなことを言っている暇はないだろう。気づいた人が立ち上がる。マスコミは、ここを支えるべきだろう。
 私は生類の終わりを黙って見過ごすことは、できないのだ。私も、望月衣塑子(いそこ)記者の活躍に今後も注目していく。

宮古島に近づくと意外な光景にびっくり(17年9月8日午後)

14時スタート。波静か。そのせいか、カツオドリを見なかった。残念。

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15時8分。丁度中間点。「たらまゆう」から。
伊良部島が見えてきて、宮古島も見えてきた。
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伊良部大橋も見えて、ナニが見えた。15時50分。野原のレーダー基地のドーム。見えるんだ。
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ここまでくると軍事レーダーと宮古飛行場の気象レーダーがダブルで見える。15時54分。
沖合いから見ると平良港、平良の街、宮古空港、第53警戒隊が1直線で並んでいるのか。こんなでどうして住民を守るのか? 戦争になれば、敵・味方のターゲットの間に住民が暮らしているのだぞ。
海の上からの新発見でした。
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16時10分。平良港に入港。

多良間島 続き (17年9月8日)

まだ多良間島の続き。

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この奥に海神があるのだろう。10時20分。
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風が通り涼しい。海まで50mぐらいある。サシバがきていた。
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ここが海辺。海神様はこの右側にある。
時間がなくなる。のんびりしすぎ。普天間港まで行けず。
途中から内側に入り、集落に戻る。
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サトウキビの植え付け作業。ご夫婦でやっておられた。こうやるんだ。11時。
何とか宿に戻りザックを取って港へ。
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またこれで帰路に。帰りは揺れなかった。14時発。
多良間島の人口は約1100名。
また、行きたい島が増えてしまった。

多良間島の魅力(17年9月8日)

2017年9月8日 晴れ 2日目の多良間島。だらけてサンライズを撮らず。部屋から見えた。

8時過ぎに宿を出る。今日もぶらぶら歩き。集落の中で若者から声がかかる。「昨夜の月を撮ったか」と。「海に出る月はきれいだったぞ」と。
 
 失礼しました。私はこの島の汀を歩いて、魅了され、月光に輝く情景を考えていなかった。残念。でも彼のこの島に生きる自慢を聞けて、納得。自然と生きる姿はまぶしいばかり。羨ましかった。
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集落を北に抜けると非核宣言の碑が。もはや殆ど読めなくなっている。美ら島が核に汚染されたら。核実験場にされたロンゲラップなどのことを思う。大国の傲慢さを許してはならない。沖縄島も核基地だったのだ。
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港に出た。大米建設が台船で運んできた土砂をトラックに積んでいる。何の工事だろう。
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フクギの実。まだ黄色くなっていない。無論黄色の実は多数落ちている。
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左側が海。防潮林が立派。フクギもある。涼しい風が通る。嬉しい。
今日は時計回りで歩いています。
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林を抜けると海だ。9時44分。
砂浜にカニ。
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スナガニ。小さい。すばしっこい。
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辺野古で見るツノメガニと同属。走り方は似ているのだが、ちと違う。時々、急に立ち止まり、膝を付き、頭を砂につけるかのポーズ。不思議。
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こういう写真を撮るときは、脅かさないこと。無闇に近づかない。下手すると自分の足型を砂浜につけてしまうから、砂地に入らない。2大鉄則。
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麗しの蝶。
さて次へ。

何故こんな簡単な設問が解けなかったのか?

何故こんな簡単な設問が解けなかったのか? それにしても謎だらけだな

 私が沖縄に関心をもったのは、何度も書いているが895月に沖縄に行ってから。何故これほど遅かったのかと我ながら考えてきた。私が沖縄と出会う可能性は以下2回あったはず。①65年頃、野鳥への関心から沖縄に目をむけたかも。②70年~72年の70年反安保闘争と沖縄返還協定粉砕闘争の渦中で。しかし2度ともアウト。何故だろう。

 ①は、北海道にタンチョウヅル、新潟県にトキ、兵庫県にコウノトリ、高知県にヤイロチョウ、奄美大島にルリカケス。などなど気になる野鳥が各地にいたものだ。だが沖縄には全く関心が向かなかった。何故かと思っていたが、答えは簡単だった。当事の沖縄は日本国の外だったからだ。だから「日本鳥類図鑑」などに出てくるはずがなかった。簡単すぎる。「国土」を分かつとはこういうことでもあるのか。

 ②はどうか。こちらは、沖縄をスローガンに掲げていても、具体的な人、文化や自然が見えていなかったのだろう。人々の暮らしの地平で、何が問題なのかを分かっておらず、連帯する友が見えなかった。見ようとしていなかったのだ。分析して行動するだけじゃダメだ。あの時代の「政治闘争」なるものの薄っぺらさ。今からでも大いに反省すべし。

 ここでは話を①に戻す。しかし動物の世界まで何故「国土」で区切られるのだろうか。地球的視野、動物生態学的な視野で考える図鑑・書籍はなかったのか。日本列島と琉球諸島一体で。

 当事の日本の野鳥研究は、渡り鳥の研究も始まったばかりだった。渡り鳥の研究は米国陸軍の援助で山階鳥類研究所が始めていた。何故米国陸軍がと思うだろう。また、米国陸軍ならば沖縄を研究地に加えることもできたはずだ。いづれにしても「善意」に隠された米国の悪意(本音)を垣間見ることもできるはずだ。

  今、琉球諸島を自然史の立場から振り返れば、何万年、何億年の自然史の中で、大陸から離れたり、くっついたりしてきた歴史をもっている。だからこそ島には固有種がいるし、幾つかの島々に共通の種も少なくない。(「琉球列島」安間繁樹著 東海大学出版会) ハブがいる島、いない島などもおもしろい。

 渡り鳥の研究になれば、それこそ国境など関係ない。野鳥達は島を世界をまたぐ生活をしている。朝鮮半島の38度線付近には野鳥達の住処となっている湿原がひろがっている。鳥たちには国境など関係ないのだ。

 私たちがナショナルなものを超えなければ、視野狭窄に陥る。地球的発想とは、国家連合(国連)とも全く違うはずだ。自然史研究には平和と相互の尊重が不可欠だ。近代国家などたかが150年(日本)、300年の短い時間しか造りだしていない。チャチなもんだ。

  こう考えると、60年代後半の私の頭は、ナショナルなものを超える視点を欠いていたのだ。自分の問題意識が沖縄に届いていなかったのは、①歴史的に考える視点がなかった、②自分が世界に届く問題意識をもっていなかったからだろう。

 こうした状況は70年代に入ってからも余り変わらなかった。ベトナム戦争と向き合う中でも、全く不十分だった。やはり「他人事」としかみてこなかった。沖縄がベトナムへの最大の出撃基地であったことを遠目でしか見ていなかったのだから。当事の沖縄の皆さんの闘い、ご苦労等、遠いまなざしでしか見ていなかったのだ。

今日の結語 ①近代国家を考える前に自然史研究をやっていこう。決して無駄にならない。②世界(沖縄)に向き合うためには、具体的なコト・ヒトを媒介に考えよう。

現況(17年9月13日朝)

 昨夜から名護も風と雨が強まり、室内に居ても音が響いていました。今はやや落ち着いていますが、外をみれば、台風の雲が辺りを覆っています。今日の辺野古テント村は既報の通り、テント2ですが、早々と引き揚げるとのことです。

 私は休むと決めていましたが、皆さんも無理しないで。
 それにしても読谷のチビチリガマが何者かによって荒らされたの報にショックを受けています。誰が何故やったのか分かりませんが、30年ぶりの破壊行為。この壕の中で、85人が「集団自決」を強いられた。この真っ暗な壕の中にも入り込んでの破壊行為。「許せない」などの言葉で言い尽くせるものではない。
 壕の中にはまだ遺骨や遺品が残っていますが、こうしたものもやられている。戦争は誰が如何なる力で人を殺すものか。このことを端的に示しているのがチビチリガマです。私が沖縄に行く最初のきっかけになったのが、実は30年前の破壊行為と対峙する闘いです。
 戦争勢力の公然化、強化が今回の事件の発生に関係しているでしょう。私は、こうした破壊行為に注視し、歴史から学び、これからをどう生きるのか、熟慮を重ねていきます。絶対に許しません。

2017年9月12日 (火)

台風18号が進路をやや東に変えながら明日接近か

 台風18号が北上していましたが、やや東に変わっています。八重山直撃コースですが、沖縄島周辺にも影響が出そう。既に辺野古テントは撤収作業を終えました。台風がもたらす雲も周囲にかぶさってきています。

 明日の座りこみは、テント2で。ゲート前のテントも撤収作業をやったはずです。
 ということで私も個人的に台風対策の買い物にでます。
 八重山の皆さん、くれぐれもお気をつけて。

ズアカアオバトに感涙(17年9月7日夕刻)

島の内側を集落に向けて歩く。

ところがまた私を止めた奴が居た。
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5.6m先にズアカアオバト。17時22分。
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私に気づいたのか体を入れ替えている。17時23分。葉が邪魔に。
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私が左に少し動く。17時32分。
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こっちをふりむいてくれる。17時33分。
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完全にこっちをむいた。君はモデルか!17時33分。
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飛んだ!17時34分。大きなハトなので迫力あるな。
今日はいうことなしだ。
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17時43分。サトウキビが影を造ってくれている。被写体には光が。
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上空を飛ぶ民間機。石垣島に飛ぶのだろう。18時6分。
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周囲はサトウキビ畑。赤土の部分は今年植え付け。人家が近い。18時17分。
夕食の時間が迫っている。急げ。

多良間飛行場へ(17年9月7日)

いちいち海に出ていたら前に進めない。今日は、歩くのが目的じゃないからいいようなものだが、やはりチェックはしないと。

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飛行場まであと少し。日陰で休む。車が通らない。通ってもゆっくり。20kmぐらいか。
轢かれることはありそうにない。だが、自分が調子に乗って、車道で撮りまくっては迷惑であり、危険。自戒せよ。
飛行場だ。16時。なにやらお客さんが多い。丁度発着の時間だったようだ。
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どうですか、赤がわらと飛行機。
飛行場は島の西の端。滑走路の長さ1800mほど。嫌な話だが、c-130とかなら離着陸できる。
辺野古の新基地建設計画とほぼ同じ長さ。
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飛んだ。16時45分。初めての飛行場なので、どこで撮ったらいいか、思案。風向き、機種をみて、撮影ポイントを探す。間に合った。
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歩道に咲くハマゴウ。17時。
では宿に向けて帰るぞ。

海が美しすぎて(17年9月7日-多良間島)

2017年9月7日 晴れ 暑いけど、なんとなく涼しさがある多良間島。八重山遠見から外周道路へ。時計と反対周りで歩く。

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八重山遠見の展望台から。海がきれい。12時34分。
海に出られそうな場所から海へ。
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丁度干潮。思わず声が出る。感動の声が。ぐっと押さえて一枚、2枚。13時12分。
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白いサンゴ礁の砂。文句なしにきれい!
だが動物が見えない。どこだ?
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遠景はこんな。13時12分。これで私も多良間島の虜に。
感動の余り、体が動かない。
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少し場所を移動。13時40分。中に入る。
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こうだ。ここには魚も貝もいる。
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海草がたくさん。13時57分。
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熱帯魚。3センチぐらい。
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こちらは貝の仲間。水の中ですよ。
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風と潮の動きが出てきたようだ。ゆれている。
こんなことしてたら空港にたどり着けない。美しすぎる。

多良間島 美しさの予感(17年9月7日)

2017年9月7日。今回の多良間島は、基地のない、軍隊の居ない島でのびのびしたい旅。幾つかに分けて書く。

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出港30分。伊良部島が遠くなる。波が出てきたぞ!
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11時15分。前泊港に無事着岸。よかった。
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たらまゆう(一部)。467トン。小さいが揺れは、案外押さえられている。ピッチングなかった。
多良間島は周囲24キロ、面積約19平方キロ。丸っぽい楕円形。歩くのに好ましい大きさ。
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村役場角。白のアカバナー。背景はバショウ(バナナ)。
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花の名前は分からないのだが、背景にパパイヤを入れたら締まった絵に。
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多良間村役場。
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役場の非公式な看板。誰が作ったのかしらないが、いいね。これが役場の顔なのだから。
上の写真のシーサーの下にある。
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非核平和宣言の掲示板。役場の庭に。木々の中にひっそりとだが、島らしい。
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実が美しいと思ったが、この実みたいなものは苞葉で、このなかに黒い実がみえる。一見、色っぽいが実に毒がある。食べなくて良かった。木の名はハスノハギリ。10m余りの高さがある。 
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八重山遠見。現代版の展望台の上から撮影。昔の遠見はこの真ん中の石の塊。
因みに多良間島は平坦。標高が一番高いのがここ。34m。
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横から見た八重山遠見。
30分歩いただけで、この島は美ら島だと予感した。

2017年9月11日 (月)

多良間島へ(17年9月7日朝)

2017年9月7日 晴れ。初めて泊まった宿だったが、港までお兄さんが送ってくれた。感謝。

8時過ぎに平良港に。乗るのは、フェリーたらまゆう。多良間海運。8時30分乗船。お隣にローロー船の「ちゅらしま」が停泊。これは要観察。
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2箇所のハッチから荷物・車両を出している。全長169m。9483トン。政府は有事にこうした民間船を貸しあげるのだろう。定期航路は那覇~宮古~石垣~那覇。8時53分撮影。
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たらまゆう出港。8時59分。お先に。
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回り込む。9時1分。埠頭も見える。
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対岸は伊良部島。9時12分。
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9時12分。伊良部大橋を通過。
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9時16分。あれ、海保の巡視船が3隻。長浜港だ。ここにも尖閣対応の埠頭が完成したようだ。

サンセットとムーンライズ(170906)

 2017年9月6日夕刻宮古島空港着。一休みして今日の宿に向かう。所要、徒歩90分と見た。

 なんとなくサンセットモードに。
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与那覇湾に日が沈む。18時42分。
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残照を撮る。19時3分。
日が沈めば、月が出るはず。今晩は満月のはずだし。
東の空を見たら、あ、あった。出ている。
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これはサトウキビの上に出た月。19時18分。
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雲が動いているので、微妙に変わる。19時18分。
満足。ただし宿に着くのは遅くなったが。初日目の大満足。

フォトグラファーは感動してはいけない(ウソ・ホント)

 私は、フォトグラファー(表現者全般)は感動してはいけないと、考えている。一般常識では、逆のように思っている人が多いだろうが。

 何故か? 感動すると、頭が、心が爆発してしまい、まとまりがなくなるからだ。意図できなくなるからだ。形を整えられなくなるのだ。シュールリアリズムの人は、これでいけるのだろうが、私は無理。
 ただ、感動のない写真表現はないし、あったとして、つまらないこともいうまでもない。爆発を如何に形に押さえるか。微妙な問題だ。
 何しろ撮っていて、感動してくると、心が体が震えてくる。震えていたらピントは合わないし、構図とておぼつかない。飲み込みながら、まとめる。特に写真は瞬間芸なので、瞬間的に感動を押さえ形にする。

 最も天才は、こんな間合いは必要ないのかもしれないが。ボーンと弾けたものをもっと弾けて、最高にできるのだろうか。
 これは、天才の作品を吟味して研究するしかないか。凡才の私は考える。

宮古島などからやっと帰宅

 17年9月6日~10日、宮古島、多良間島、伊良部島・下地島に行ってきました。昨夜帰宅予定が、那覇着の飛行機が遅れ、名護行きの最終バスに乗れず。泣く泣く那覇で一泊し、今日は辺野古バスで、辺野古へ。暑かった。

 その飛行機ですが、夕方の那覇空港付近が猛烈な雷雨に見舞われたとか。宮古空港への到着が遅れ、給油時間も大幅に要して55分遅れと成り。雷雨が原因では仕方ないのでしょうが、全日空は宿代払えです。自分の予定が大幅に遅れています。
 
 今回の旅は、宮古でのアリランの碑の祈念集会の撮影が主目的でしたが、余禄が一杯。個人的には最高の旅になりました(ラストを除く)。ただくたびれました。詳細は後で。

2017年9月 6日 (水)

今からお出かけします(17年9月6日)

 今日から撮影のために暫く出かけてきます。今度は9月10日まで。更新はこれにて10日まで中断。御了解ください。

 尚ゲート前の闘いも海上行動も明日、7日から再開します。頑張りましょう。

「金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞」

「金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞」絵と文:田中利夫 ㈱ジーズバンク 1000円+税

 不思議な本である。『金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞』は紙芝居だったものを本にしたので、絵が満載だ。著者は、1950年前後の埼玉県朝霞での記憶から当時の様子を絵と文で綴っている。1952年4月28日以前は占領軍、以降は駐留軍と名前を変えたはずだが、アメリカ陸軍が闊歩していた朝霞の街。

 何が不思議なのか? 米軍がいたことで、あでやかな印象。憧れの文化や、かっちょいい少年野球との出会い。きらびやかな娼婦達の姿も金ちゃんには羨望の的。米軍駐留のプラスイメージがこの本の基調かなとも思うが、そんな意図があるわけではなさそうだ。「混血児」のことも指摘されており、さりげなく、当時の差別的な視線を問題にしている。

 本書の利点は、絵と文で、当時の風俗が丁寧に書き込まれていることだ。どんなお店があったか、職業の人がいたか、遊びがあり、自然がったかなど。これは少年が見た地域史として貴重だろう。

 ただあちこちに(本書のキーワードのよう)「娼婦」がでてくるが、確かに「パンパン」や「オンリーさん」と比べたら分かりやすいかもしれないが、やはり分かりにくい(今の大人が読めば、言葉だけが独り歩きしかねない)。本書は、少年時代の著者がどう受け止めていたかであり、憧れとしての米兵と娼婦になってしまうのだろう。

 子ども時代の遊びでは、私も知っているような光景が描かれている(私は東京の片田舎世田谷住まいだった)。だから郷愁を誘われるといいたいところだが、これは、私にとっては、既に残像風景すら失われており、懐かしがることすらできない。だから、「城山の四季」(絵)ぐらいが、いささか抽象的であろうとも、却って好感を持つのかもしれない。

 具体的に描かれていることのリアルと、失われていることのギャップが大きすぎて、私はいささか呆然としてしまう。著者は、風景の形は変われどもその場に居ながら紙芝居をやってきたので、時間を飛び越えているのだろう。

 本書にはピンクが多用されている。ここに著者のこだわりがあるのではないのか。学校でお互いにお弁当を隠しながら食べていたという時代にあって、ピンクは憧れのピンクであり、悲哀のピンクなのじゃないか。 

 ここでいささか強引に私の問題意識を出してみよう。「憧れの米兵」という関係意識は、今の沖縄にすら、一部にあるようだ。こうした意識を払拭するためには対等な関係になる以外にないが、だとすれば軍隊という特権集団にお引取り願うしかないはずだ。事件・事故をごまかす日米関係も変えなければならないことも、言うまでもない。

 ところでこの72年間、沖縄以外の「日本」では、この差別的な意識をどのように変えてきたのだろうか。これは、官公庁を別にした市民レベルの関係意識も、疑問符だらけだ。これは沖縄に居を移した私の核心的な拘りだが、「金ちゃんの少年時代」を読んであらためて考えさせられた。

 ここでもうひとつ追加しておきたい。朝霞の米軍基地はなんと1986年までその一部があったということだ。正直に言って、これには驚かされた。横田基地等との絡みで、基地機能が動いていたようだ。(17年9月6日)

自治労大会から辺野古のパネルが戻ってきた

 先日、沖縄の自治労の方から電話があり、大会で辺野古のパネルがあれば貸してというので貸していた。丁度6月10日の国会包囲行動のために創ったパネルを貸した。1万円。

 私もドジで、どこの大会で使うのかを確認せず。8月28日~30日の新潟で開催された自治労本部大会だったようだ。皆さんにみていただけたらよかったが、ならば、もっとしっかりとしたパネルを作りたかった。最も事前に言われなければ無利だし貸し出しの費用もたかくなる。
 
 それにしても、労働組合も、もっとしっかりしてちょうだいよ。もうあとがない。産業報国会かよ。人権を言う前に国家をいうようになったらおしまいだ。戦争協力組合にならないように頑張ってもらいたい。

静かだから干潟観察(17年9月5日)

17年9月5日 曇り時々雨

巡視船1(pl63)、監視船(数隻)、
搬入なし。基地内での工事もなかったようだ。静か。
だが来訪者は案外多かった。
皆さん、旧盆でお休みですかと、拍子抜け。
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テント前。グンバイヒルガオと、ホンダワラ(茶)。急に漂着している。
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干潟にうちあげられていた。
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潮が引き、ミナミコメツキガニがわんさか。10時33分。
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じっとしていると小魚が近づいてきた。わずか50センチ以内に。10時37分。
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テント側を振り返る。10時40分。
ミナミコメツキガニは最干潮あたりになると、また地下に潜行してしまう。地中の水分が不足し、円滑に潜れないためか? 
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晴れてくればツノメガニの天下だ。テントのすぐわき。13時24分。
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真正面。堂々たるもの。
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13時29分。このように足を立てているときは、走り出したら速い。
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男は黙って、なんとかかな。かっこつけて?
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砂を掻き揚げる。彼らの日課。この動作も俊足、いや、瞬手。さりげなく投げ捨てるので、その瞬間を撮れないのだ。
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半分砂に埋まりながらも、貫禄。
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工事の動きはないようだ。14時48分。ほっとする。
   

2017年9月 5日 (火)

「いのちの海ー辺野古 大浦湾」上映会(名護)

 謝名元慶福監督の最新作『いのちの海ー辺野古 大浦湾』が完成しました。早速、以下の日程で上映会が開催されます。

9月13日(水) 12時~13時30分
9月16日(土) 12時30分~15時
会場は名護市中央図書館ホール1階
問い合わせ:豊島晃司 090(9081)1597
「いのちの森 高江」で評判になった監督です。同じ監督が辺野古・大浦湾をどうみせてくれるのか。請う、ご期待。
尚、入場無料だそうです。
余談ながら、私が撮った墜落したオスプレイも出てきます。

琉球新報9月5日の記事に私のコメントが載った

 琉球新報は、今日9月5日の記事「国連報告、証拠と認めず」で、山城博治平和運動センター議長らへの裁判で那覇地裁が国連人権委員会の特別報告者のデービッド・ケイ氏がまとめた報告書や、国連人権委員会が定めた市民の抗議行動で許容される基準に関するガイドラインを弁護側が証拠として裁判所に提出していたところ、これを那覇地裁が却下していたことを報じている。

 この中で、私も昨日、新報の記者からコメントを求められた。るるしゃべったが、この記事に「山本英夫さんは『日本の裁判所が世界のスタンダードを否定した』と憤った」とでている。
https://news.goo.ne.jp/article/ryukyu/region/ryukyu-20170905102812.html
 
 昨日も話したが、日本政府は、裁判所も米日軍事同盟のためには、国連人権理事会の見解等に背を向けなければ、自らの「正当性」を主張できないのだ。
 私たちは再度、人権とは何かを考え、鍛えなおしながら、闘いを進める必要があるだろう。

「ぼくたち、ここにいるよ」

◎カテゴリーに「書評」を加えた。お楽しみに。

第1冊目は、以下。

「ぼくたち、ここにいるよ ー高江の森の小さないのち」写真・文/アキノ隊員 影書房刊 1900円+税 17年8月刊

 アキノ隊員の愛情一杯の自然観察入門

 頁を開くと「高江・安波の森へようこそ!」とあり、宇嘉川の支流の流れが、森が見えてくる。「アキノ隊員」って誰?と思う人にも簡潔な自己紹介があり、読者はあっという間に森の中に、新川川、宇嘉川に誘われる。

 そしてアキノ隊員自慢のリュウキュウウラボシシジミの登場だ。そこに一目で覚えることができるほどの鮮明な写真が輝いている。

 本書はただの図鑑ではない。ただのフィールドガイドでもない。昆虫などの生態と行動をアキノ隊員自身が自然の中で調べて提示しているから説得力がある。そうなんだということが、満載なのだ。また、自然の中で疑問を持つことが次の観察のステップになることも示唆してくれる。

 特にアキノ隊員は動画から写真をあげている。だから本書は、時間の変化に沿った記録になっている。瞬時の変化を逃さずわくわくするような発見が尽きない。

 オオシマゼミの「キーン、キーン、キーン」の声を引き、メスに向かって鳴いているという正調な話に併せて、アキノ隊員は人間こそが自然の声を、叫びを聞きとれよと訴えている。

 出てくる生物は、チョウ、甲虫、トンボ、ヘビ・カエル、野鳥の仲間。種も多岐にわたっているが、観察すべき環境もあちこちを探っている。葉の中、朽木の中、水の中など私たちが見過ごしやすいところにも目を向けている。

  高江といえば、米軍演習場が占拠しており、ヘリパッドの問題は避けて通れない。現に工事で自然が壊されてきた。アキノ隊員は、ただの自然観察者じゃない。未知なるものを探り出し、次の世代に手渡していく責任を自覚している。だからこそ、政治の動きにも傍観しない。私がアキノ隊員のファンなのは、こうした自然観察者が沖縄でも少ないなかで頑張っているからだ。

 高江・安波の自然をまもるために、未知なる自然を守るために、一人ひとりがアキノ隊員に続く道を歩みだそう。「ぼくたち、ここにいるよ」を受け止めるのは、私たち一人ひとりだから。

 尚、コラムに高江・安波の森を歩くときの諸注意が丁寧に書かれている。これも忘れずに読んででかけよう。もうひとつ。アキノ隊員のブログ「アキノ隊員の鱗翅体験」も必見の価値あり。

2017年9月 4日 (月)

何たる落差かな(17年9月4日)

2017年9月4日。テント前の干潟で生物の撮影のはずが。

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13時23分。ツノメガニ。はさみでローラーのように地面を固めているのかな。
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巣穴から出てきて存在を誇示するツノメガニ。
私は、ツノメガニ同士の小競り合いを撮りたかったのだが、この20分間の中では全く見られなかった。それぞれのカニが砂をかき出す。平穏なり。
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突然ジェット音。上空を見上げる。RC-135S(コブラボール)だ。北東に飛ぶ。13時24分。焦点距離が、あぁ。今日も朝鮮半島周辺に向かうのか。
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再びツノメガニ。砂をかきだす。
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450分の1でもブレている。動きの速さ。
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再びRC-135.逆方向。南西へ。嘉手納に帰るのだろう。13時35分。雲が多くて、近いところで撮れず。
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リュウキュウコメツキガニ。13時42分。うようよいるが、砂地と同じ色なのでなかなか見えないのだ。
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正面のものは青っぽい。何故だろう。因みにツノメガニの生息域とは分けている。やや沖側。5Mから10M。水っぽいところがいいようだ。
干潟と上空の落差に驚き怒るヤマヒデでした。

旧盆にも係わらず工事を進める沖縄防衛局(17年9月4日)

2017年9月4日 晴れ時々雨

 沖縄防衛局は、9月2日~6日は旧盆に付き搬入作業を休むとしていたが、中の工事を進めていた。朝~夕方まで。
 巡視船1と監視船6、マリンセキュリティ3。(辺野古側のみ)
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テントから海・空を眺める。13時17分。時々雨が降り、シートを下ろすが、晴れると暑く、あげたり下げたり。
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13時17分。
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13時30分。私が松田浜に向かうとスタンバっていたアルソック。どうもへんだな。フェンス際の監視カメラのほかに、基地外から米軍基地内に通じているカメラがあるようだ。
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N5護岸、重機動いている。ただバックの作業ヤードの重機はいない。しかし左奥に砕石の大山ができている。
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左側の建物の工事も進行中。鉄板をクレーンで運んでます。14時14分。
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K1護岸もやっています。14時14分。
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14時54分。テントの中から撮影。ブロックを持ち上げているクレーン。
作業員の皆さんは、旧盆ぐらい休んだら。
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いつも海の作業関連の車両が停まっているのだが、今日はなし。すっきり。14時14分。

核実験など不穏の動きが続いているが、静かに生きたいね

 この対立は留まるところをしらないかのようだ。朝鮮半島を巡る対立は、根深いものがあるが、ここまでくると、どうしたらいいものか。北朝鮮は、不幸にも軍事力で包囲され、脅されてきたから、目には目でとなり、最近でも米韓(日)合同演習をやられるなかでのミサイル発射と核実験。本当にやってしまったら、わが身も終わりになるのに、電磁パレス攻撃で反撃力を阻止できるつもりなのか。

 いづれにしても軍事攻撃は人々の命・暮らしを押しつぶす。イデオロギー関係なしに。こんなものをのさばらせておいてはいけない。人類の破滅に王手を掛けるのは誰だ。自分の利益を追求するつもりが、そのマイナスが全部自分に帰ってくるのだ。バカは死ななきゃ直らないのかも知れないが。
 静かに生きたいね。
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那覇市。私は原種に近いこうしたアカバナーが好き。
 それにしても安倍政権はやれやれの一点張り。自分たちも当事国なのだがな。迎撃ミサイルでは打ち落とせないの。動静を掌握していることと、打ち落とせることとは別次元なんだが。

工事休み前の動き(17年9月1日)

17年9月1日 曇り。

 8時30分、バス停で待っていると、工事関係車両が続々通過。砕石ばかりか、板状のものも3台。9時19分、バスの中にいたのだが、もはや戻っていくトラックが30台余り。明日から6日まで工事が休みになるので、スピーディにやっているようだ。
 辺野古側に監視船多と巡視船1。10時20分、水陸両用装甲車1が陸上を走り回っている。
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巡視船の上を飛ぶUH-1、2機。珍しいのは巡視船の右上にパラセーリングが。航路沖に出てくるのは珍しい。10時23分。
12時頃、ゲート前で1名が逮捕の連絡。道交法らしい。
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今日の海上行動も積極果敢。これでカヌーメンバーは3回目の拘束を受けた。14時50分、松田浜沖で解放される。
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これは偶然、このタイミングに。浜から写す。
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ブルーの船とうちあわせる。14時52分。
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そのまま現場へ再出発。14時57分。
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N5護岸、重機が活発に動いている。15時1分。
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根固め袋材の上にブロックが積まれている。15時2分。
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トラックがきた。砕石を落としている。なんのため? 15時10分。今日3回目の搬入なのだろう。

2017年9月 3日 (日)

8月12日沖縄県民大会ー「我々は、あきらめない」

◎以下の文は、「世田谷 いち」ニュース17年9月1日号(ナンバー320号)に寄せた文です。

8月12日沖縄県民大会-「我々は、あきらめない」

                     山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

 沖縄県は7月24日、国を提訴した。今回の県民大会は、まさしくこの提訴と云うアクションを沖縄県民が広く集まって支えるのが趣旨だ。

  貴紙前号で既報の通り、日本国・安倍政権は辺野古・大浦湾を物理的に埋立る作業に着手した。去る4月25日、大浦湾側の端、K9護岸から鳴り物入りで始めた。20センチ余りの砕石をクレーンで投げ落とす。汀線から砕石を根固め材として袋に詰めたものを落とし、護岸・道路を造成していく。徐々に石が水面に落とされていく。近くで抗議船に乗っている私たちにもその音が鳴り響いてくる。この作業を私たちは、止めることができない。沖縄防衛局は、これを「仮設道路」だと言うが、埋立ての一里塚であり、サンゴ礁を壊しているのだ(我々の潜水調査で確認済み)。

 こうして6月半ばまでに、約100Mの仮護岸が造られてしまった。設計図では350Mのはずだが、ここで止まった。7月に入り、今度は辺野古側のk-1護岸の建設に着手。7月9日夕方、突然、オイルフェンスが海に張り出された。そして今、このk-1護岸はまだ海に突き出していない。また、N-5護岸も始まった。こちらはほぼ辺野古崎あたり。まだ汀線上をやっている。

 8月12日の大会は、辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議が主催した「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」だ。45000人が参加と主催者が発表した。特に宜野湾市を占拠するかのようにある普天間基地所属のオスプレイが去る8月5日、豪州で、着艦に失敗し、またもや墜落したばかりだ。沖縄の人々の怒りは、広く高まっている。何しろ、米軍は事故原因の特定もせず、翌日から、宜野湾や辺野古の上も飛びまわっているのだ。これを追認しているのが安倍政権だ。

 会場を埋め尽くした参加者に対して、主催者、関係首長らが発言。名護市長の稲嶺進さんは、「翁長知事が政府に対して孤軍奮闘とも言えるような形で頑張っている。それを支えて、前進させるのは、我々県民一人ひとりの力と、その結束だ。(中略)私も踏ん張るから共に知事を支えよう」と力強かった。

 翁長知事の発言は淡々としていたが、怒りが篭っていた。「(オスプレイの墜落に)憤慨に堪えない。米軍が運用上必要だといえば、(日本政府が)すぐに引き下がる。日本の独立は神話だと言わざるを得ない」と言い切り、「法治国家」といいがたい政府の現状を弾劾しながら、「承認撤回に繋がっていく」と撤回を示唆し、「基地負担の押し付けに反対し、オスプレイの配備撤回、辺野古新基地建設反対、普天間飛行場の閉鎖・撤去に取組んでいく」と明言。一方で、撤回の時期を示さなかった。これは悪辣な政府とのやりとりがあり、こちらの手口を曝すのはマイナスだからだろうが、一抹の不安もよぎる。

 最後にヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表が、オスプレイ撤去の決議文を紹介し、万雷の拍手で確認された。大会宣言は簡潔・明瞭だ。「政府は、法解釈を捻じ曲げ、沖縄の民意を圧殺し続けている。手続きを無視し、法を侵してまで行なう違法な埋め立て工事を即刻中止すべきだ。/私たちは問いたい。この国に真の民主主義はあるのか。法治国家とは何か。(中略)/私たちは、生物多様性を誇る豊かな辺野古・大浦湾の美ら海に新たな基地を造らせない。翁長知事を最後まで支え、地方自治と民主主義・人権を守るため、この不条理に全力で抗い続ける」。

 こうした沖縄の声に、安倍政権は耳を塞いでいる。本紙の皆さんは、じっくりと聞き取り、これは誰の問題なのかを問うて欲しい。皆さんに人権はあるのか。自治はあるのか。これは私からの訴えでもある。(17年8月29日) 

 

那覇から無事に帰ってきましたが(17年9月3日)

 1日の夜から2泊3日で那覇に行っていました。予定は未定で、折角の時間を有効に過ごせたとはいえませんでしたが、無事に帰ってきました。ところが、帰ってみたら、40年余りつきあいがあった友人が2日夜亡くなったと。彼は沖縄にもきたし、東京での講演会にもきてくれたし。ショックで言葉もありません。

 この場は私事を書く場でないからやめますが、帰宅の第1声がこれでは湿っぽすぎます。が、お許しを。
 私事っていえば、那覇でオードリー・ヘップバーンの往年の名画がかかっていたのでした。知っていたら、毎週行ったのにとか。残念無念でした。

2017年9月 1日 (金)

幾つかの変化も確認(17年8月31日)

2017年8月31日 晴れのち曇り。

今日も警戒船多く、巡視船1。
ゲート前では2回車両が入り、計150台ほど。お盆前の動きだからか。
海上行動はカヌーが少なかったが、何度もk1護岸前で抗議し、海保に確保されていた。
10時過ぎ護岸から。
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生コンプラントの下に砂の山が積まれていた。稼動が近そうだ。
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N5 仮設道路が随分拡幅されているようだ。
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k1の仮設道路は小さめのブロックを積んで後ろの既設の道路面との高さを調整するらしい。測量しながらやっている。
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誰だかわからぬが視察にきている。11時37分。
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拡大しないとわからないだろうが、このなかにクレーンが15本。
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拘束されたカヌー隊が辺野古の浜の前までつれてこられた。11時45分。この日は、4,5回にのぼった。
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他方で強風で痛んだバナーを取り替える。10時。奥に工事現場が見える。
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テント前のツノメガニは元気。9時49分。
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これが彼らの日課。
他方で、
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電子線偵察機のRC-135が今日も飛んでいった。15時30分。北東へ。向かうは朝鮮半島近海上空か。
米日韓はB-1爆撃機を戦闘機の護衛つきで周辺に飛ばし威嚇しているようだ。こうした動きにもRC-135が絡んでいることも間違いないだろう。

9月にかわり、今夜から9月3日まででかけます

 今夜から、3日までちょいと出かけます。その成果をまた活かしてきますので、お楽しみに。このため、発信は3日夕方までとまります。悪しからず。

オール沖縄会議にショーン・マクブライド平和賞

  ドイツの国際平和団体「国際平和ビューロー」が2017年のショーン・マクブライト平和賞(1992年創設)をオール沖縄会議に2017年度、授与することを決めた。

 これはオール沖縄会議の活動が「軍事化や米軍基地に反対する非暴力の取り組み」などが評価されたもの。授賞式は11月24日、スペインのバルセロナで。
 
 尚、2003年に日本原水爆被害者団体協議会が、06年に平和市長会議が同賞を受けている。
 これは沖縄の闘いが国際的な評価を受けてきたことを示すものであり、私も素直に喜びたい。特に朝鮮半島を巡る緊張が煽られている中で、あくまでも軍事力を拒否していくことにつなげたい。
 

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