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2017年11月

2017年11月30日 (木)

大浦湾・瀬嵩でサンライズを撮る(17年11月30日)

 2017年11月30日。曇り。サンライズ2日目。夜明け前に現地に着く。

まず、瀬嵩の浜に。
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シュワブを眺める。昨日入ってきた石材の輸送船がいる。私の読みどおりのようだ。
6時31分。
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やはり今日は雲が多い。6時44分。
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シャドウが印象的になる。6時51分。
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これだけ雲が厚いと、ダメだろう。6時57分。
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厚い厚い雲の切れ端から。7時8分。
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7時12分。雲が厚ければ、別に方法はある。
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岩場の割れ目に咲いているオキナワギク。7時16分。本稿の写真2枚目の左の岩場の下から1,5mほどの場所です。
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ストレートにいかないが、地味は地味なりに。7時28分。
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雲間であちこちに乱反射して。7時36分。

番外篇(17年11月29日)

2017年11月29日。番外篇。

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瀬嵩の浜で。11時35分。突然降りてくれた。ありがとう。クロサギ。
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テントに戻ってから。ミサゴが目の前を通過。彼の頭がへん。よくみたら、わき見運転中だった。余裕なのか。こっちをみてやがる。
工事やっていたし、米軍はゴムボートで驀進してました。

2017年11月29日 (水)

涙ぼろぼろ、大浦湾を歩く(17年11月29日③)

瀬嵩から大浦まで歩こう。

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瀬嵩の浜(大浦側)。いいね。11時36分。しっとりしてくる。
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ところが、けたたましい。マリンセキュリティが警告。わが「美ら海」が来たからだ。11時44分。
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これが大浦湾。11時53分。いつのまにか涙ぼろぼろしてきた。
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11時59分。
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正面が大浦わんさかぱーく。守るから。12時7分。
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こんなものを大浦湾から追放しよう! 吐き気がする。12時13分。
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ほんとに、ほんと。涙目を乾かして。12時13分
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大浦川河口。12時17分。ほっとした。
ところが、このあと、弾圧の情報が入ってきて、冷やー!

何だと! 台船が来た! 追っかけた!(17年11月29日)

2017年11月29日の②

テント村に8時15分ぐらいに到着。やれやれ。一休み。
8時40分頃、無線で「作業台船が来ています」と。え、どれ?あれか?2台。
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テントから。間違いない! 走れ!8時50分。
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8時53分。この左。右は巡視船。手前は海保のゴムボート(右)とガードマン会社のボート。
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長島から大浦湾に入るぞ。8時56分。
仕方ない。大浦湾に行くぞ。
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瀬嵩の丘から。既に2隻の台船は入っていた。9時23分。もう1隻くる。
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入ってきた。これは砕石の運搬船だ。何も積んでいないようだ。9時30分。
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目の前を行く。大きい。9時37分
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大浦湾全貌。作業機械に汚されている。9時37分。こうして大浦湾にクレーン台船4、荷物を積む台船2、運搬船1、計7隻。作業は進むよ、どこまでもか!? 必たずとめよう!
この頃、電話があり、辺野古側の作業が始まったと。海保の警備の都合で、大浦湾に入るまで、作業を止めていたようだ。
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シュワブの弾薬庫。弾薬庫の改築の話がでてきている。
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やはりk9護岸に着くのか。9時46分。
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10時2分。タグボートは3隻? 運搬船は止まってる。
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動きがないので。 ここに新基地ができるって? ふざけるな!10時31分。沖縄の海に、自然の海に土足で踏み込むってか?!許さない。
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バッタも呆れてるぜ。しかしこんなお立ち台に。お前、凄いな。眼下は海なんだけど。
11時。
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暑くて日傘借りました(この場で)。11時12分。
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タグボートがうろうろするが、本体は動かない。11時16分。
動かない。私は12時前に移動。ところが13時頃着岸したとか。私に見られたくなかったのか?

たまには辺野古で朝焼けを撮る-その心は?(17年11月29日)

 本日2017年11月29日は基本3回に分けて書きます。ご了承ください。

 辺野古で朝焼けを撮ろうと、早起きして暗いうちに家を出た。予定では辺野古のバイパスの上から。
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予想外に海が見えないな。だめか。6時28分。
ならば平和の塔が無難か。
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上がってきた! 急いだ、走った、撮った! 6時58分。
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7時。やっといい感じ? 
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一日が始まる。7時6分。思えば、この場で最初に朝焼けを撮ったのは2004年11月19日。最高の朝焼けだった。あれから13年が経つ。
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辺野古川にサギがいる。シルエットの世界もいいな。7時6分。
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太陽の光が周囲に回ってくると別の世界が開けてくる。7時10分。
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松の枝を通して 7時26分。
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ススキが際立つ。7時39分。
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辺野古川河口を見る。波の紋が美しい。8時9分。
案外良かった。一日の滑り出し。

弾圧相次ぐ、海上で軍警による拘束も(17年11月29日)

 2017年11月28日、国頭村半地の採石場の付近で、道交法違反の容疑で1名が逮捕されていました。彼は今日29日午後、無事に釈放されました。やれやれでした。

 しかし本日12時頃、今度は海上で軍警によって1名が強引に引き揚げられて逮捕される事案が発生しました。場所は辺野古側のK1護岸手前です。臨時立ち入り制限区域の外だとの目撃証言を得ています。船から下りて海の中に居たところをやられたようです。15時過ぎに海上保安庁に引き渡されました。身柄は中城海上保安署に移管されています。容疑は刑特法によるものと思われます。
 弁護士接見の依頼は済んでおり、本日夕方までに入っていただけると思います。
 弾圧が相次いでいます。これは来年2月4日の名護市長選を意識した権力側の狙いが籠められている弾圧だと思います。選挙前に工事を急ピッチで進め、弾圧を仕掛けて世論の離反を意図したものでしょう。
 米軍・軍警の出方にも注目です。事件・事故が相次ぐ中での、また基地建設を既定のものとして、次の軍事再編を進めたいのでしょう。
 私たちは十分な警戒態勢をとりながら、団結を固めて毅然たる態度で闘いをすすめていきましょう。
〇抗議先:第11管区海上保安本部中城(なかぐすく)海上保安部 ℡ 098(938)7118

2017年11月28日 (火)

何も落ちるものがないのだが、ポチャン-?

 先ほど帰宅した。台所の壁から何か落ちたような気がした。何も置いていないし、吊るしてもいないのに、目の錯覚か? エー?と思っていたら、突然ヤモリが這い出してきた。どうやら壁を這っていたヤモリが私に驚いて水面に落ち、ぽちゃん。反動の力を使って、瞬時に再び飛び上がったようだ。まるで忍者だね。

 ついでに沖縄の民家に居るヤモリは、ホオグロヤモリ、オガサワラヤモリ、オンナダケヤモリの3種のようだ。自宅のはホオグロヤモリのようだ。爬虫類は個体差が大きいので識別は案外難しい。

マーヤ(17年11月27日撮影)

2017年11月27日夕方、テント2に引き揚げてきました。

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バイクの上の箱にちょこんとうたたねしてた。私が近づいたら、怪訝の目。マーヤはウチナーグチでいう猫のこと。ちょっと癒されますね。
そうそう暖かい鍋が海上行動から帰ってくる人たちに用意されていました。

出撃基地化を許さない!(17年11月27日)

2017年11月27日 曇り後晴れ 巡視船1と監視船多数

今朝は早くから辺野古側の工事が始まった。テントにも音が聴こえてくる。
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9時32分。テント脇から見てもこんなだ。
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音がするのでみあげれば、これだ。米軍の大型輸送機C-17。9時32分。
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テントの中で。シマバナナ。これは贈り物じゃありません。テント2のバナナ。亡くなった嘉陽のおじいが育ててきたもの。美味しくいただいています。
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テント前。薄日がでれば、こんなです。11時12分。
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午後テント脇から。13時35分。翁長知事も基地建設の実態を見に来るべきです。
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アンテナとクレーン。松田浜から。13時40分。現在の基地とこれからの基地を象徴しています。こんなものを許せるのか。因みにここに造られようとしているものは、①飛行場、②揚陸艦や弾薬輸送船が停泊する埠頭、③弾薬庫(既設)の3点セットです。
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ふと見上げれば。
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フェンス越しに米兵が見えた。14時19分。ここにも現在の米軍とこれからの基地が見え、これを挟撃している我らのバナー。私たちの不戦への意思は不屈です。
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この図も。14時19分。基地の上に基地を広げて、多用途化する。「いつでも戦争態勢」を許せません。
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米兵が漕ぐ。14時21分。
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転覆練習。派手にやっている。14時26分。
ロープで引っ張り倒して、起き上がる。
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これは遊びじゃないよ。銃撃されたりして転覆した際の自己救命の訓練です。14時37分。
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そんな間にもカヌーチームは海保に捕まり、カヌーは空に。それを回収するブルーの船。
14時26分。
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海保のGB2隻でカヌーチームをつれてきた。14時40分。
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GBがひっぱるカヌーを見守るブルーの船。ご苦労様です。14時44分。
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GBから戻ってきました。拍手! おもいっきり逆光ですが。14時47分。海の水温は下がっています。
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浜に上がるカヌーチーム。14時52分。全員無事なので、ほっとします。
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昨日孝子さんが作ったバナーを撮る。14時54分。
テントに戻ったら、浜で会った若者が来ていました。沖縄の学生でした。新基地建設の実態を見に来たそうです。テントスタッフと話し込んでいました。

おことわり-集会等の告知のご依頼について(17年11月28日)

 当ブログでも沖縄に関連すると思われる集会の告知を行なっています。これが皆様にどれだけお役に立っているかわかりませんが、私が知りえた範囲で、私が重要だと判断したものを、載せられるときに載せています。ですから重要なものが落ちていたり、紹介の仕方に落ち度があったりするかもしれません。私のつもりとしては、こんな動きがあるよー、なのです。ご承知置きください。

 先日、私が存じ上げない方から、「告知を願います」とのメールをいただきました。内容は震災復興の話で、スピーカーはお二人とも存じ上げている方でした。それでも不掲載にしてしまいました。理由は2点。テーマがやや沖縄から離れていることと、告知依頼人の自己紹介がなかったからです。もしかするとどこかでお会いしていて、知己の方かもしれないのですが、適否の判断がつきませんでした。申し訳ないのですが、信用・信頼関係がなければ、不掲載にさせていただきます。事前のやり取りが必要になることが想定されるときは、早めにお知らせください。
 今後ともどうぞよろしくおねがい申し上げます。
                                                 山本英夫

柿やりんごをいただいて(17年11月28日)

 今日はお休み。部屋の片づけをしながら、溜まった原稿を書きたいものだ。

 このところ、辺野古テント村に季節の果物、柿やりんごが贈られてきている。海上行動の人々にも配給しており、皆でありがたくいただいている。こうした果物は季節柄があり、皮をむくという行為を伴うので、その分贈っていただいた方の思いを想像する。パっと食べてオシマイにならないのが、いい。頑張ろうと言う気持ちが沸いてくる。
 お一人お一人のお気持ちを察しながら、私たちも頑張りぬきたい。テント2ではストーブが焚かれる時期になり、めっきり寒くなってきた。お互いに健康に留意しながら、年内を走りきろう。
 来年はいよいよ正念場だ。18年2月4日、名護市長選、3月11日、石垣市長選、11月県知事選などがある。何れも決して負けられない選挙だ。また国政では、来年改憲案を国会にかけてくるだろう。私たちは時代の甘いの、渋いの、酸っぱいのをかみ分けながら、道を誤らないように進みたい。奈落の底が目の前に迫っているのだから。
 改めて皆様の物心両面にわたるカンパに御礼申し上げます。

2017年11月27日 (月)

生オスプレイだぞ!(17年11月26日) 

2017年11月26日。雨のち曇り。巡視船1はいたけれど、静かで快適でした。工事の音が聞こえない、軍事演習の音も殆どない。午前中は辺野古テントでノンビリ過ごしました。

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しかし米軍のP3C対潜哨戒機が西へ飛んだ。10時30分。日曜日なのに何してる? この後ももう一機見かけた。
テントから一人で辺野古川河口を見てました。
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これが生オスプレイ。ミサゴだ。10時39分。満潮時なので、ダイビングはしなかった。残念。ミサゴは魚を食べる。満潮時は水深がやや深く取りにくいらしい。この河口では満潮時にダイビングをやることはほとんどない。
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ぐっとテントに近づいてきたミサゴ。バックが曇り空なので、+補正。まだ足りなかった。
10時39分。計3羽いました。
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13時1分。孝子さんの力作がまた増える。今回の受賞は私たちの誇りでもある。
午後はテント内の雲行きが変わった。ちょいと人が来て、私はミサゴに集中できなくなった。残念。
80代の男性が長崎から単身で。初めての沖縄で、辺野古に来たと言う。彼の思いの強さに感心して、私は1時間お話しました。沖縄と長崎・佐世保との関係についても。熱心にきいていただきました。こういう出会いは、嬉しいです。

じっくりと話した1日(17年11月25日)

2017年11月25日。晴れのち曇り。

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辺野古川河口の波紋。8時18分。
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8時19分。ぼやぼやしてたら波が上がってきた。速い!
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信州のグループがサンシンの演奏。徹さんが踊りだす。9時54分。
10時30分ごろ関西と長野の3名がこられた。「30分ね」と説明し始めたのだが、とても反応がいい。私の問いかけに答えてきた。何故沖縄に基地を集中させているのか?これからも基地を置き続けるというのか? -沖縄に核兵器を置いてきたことが海兵隊の集中につながったとテレビで見たが、と帰ってきた。なかなかいい線。私は「沖縄差別」と言うだけではなく、その実態について切り込む必要があると、結局2時間。12時30分まで話し込んだ。3名+私の間で、「共通の思い」を共有できたのか、2時間話しても私は疲れないどころか、少し元気を取り戻した。彼女たちも、きっと沖縄と自身の生活との絡みが見えてきたのではないか。きっと、また沖縄にきてくれるだろう。大いに期待しています。
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N5護岸近くにトラックが数台待機。13時26分。何しているのか?
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13時26分。テント脇から。またやっている。午後から風があがってきた。雨の可能性も。
海上行動は早めにあがる。
私は午後も1時間ほど説明。今日はよくしゃべりまくった。しかし爽快感が拡がる。こんな体験は珍しい、もしかして初めてか。

工事の音が響く中で(17年11月24日)

2017年11月24日 曇り。巡視船1隻から2隻に(午後)

私は辺野古到着がやや遅れた。バス停から辺野古川沿いに歩いた。
テント村に8時10分。
もうカヌーは出ている。
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テント脇からちょいと覗けば手前のN1が動いている。オイルフェンスを引き出すのだろう。8時32分。
海上の動きが気になり、私は松田浜に移動。
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浜の前にカヌーが3。9時29分。早々と海上保安庁に拘束されてここまで追い出されてきたようだ。
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フェンスの中に作業和船。フェンスを延ばすのだろう。9時33分。
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K1護岸。重機で護岸を踏み固めている。
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フェンスに隙間があり、入ろうとするカヌーと阻止しようとする海保GB。9時40分。
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目を手前に向ければ、のんびりだが。ここも赤土が増えているようだ。9時45分。
一旦テントに戻ろう。
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浜の入り口の崖に白い実。何かな?◎読者のUさんから「シラタマカズラ」だと教えていただきました。「琉球孤 野山の花」(南方新社刊)で確認したら、正解でした。ありがとうございます。 
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ものすごい音が頭上に響く。FA-18スーパーホーネット3機。岩国から来たのか。12時30分。
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沖合いに巡視船+1の2隻に。12時36分。PL03(くだか)とPL13(もとぶ)。入れ替わりなのかは分からない。夕方まで動かなかった。
午後もカヌーチームは何度か拘束されている。
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松田浜からもう一度出発。14時25分。
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14時47分。K1護岸.踏み固めている。テントまで音は聞こえてくる。
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K1護岸。トラックから砕石を網に落として。これを左に運び、突き落とす。14時48分。この作業のサイクルの早いこと。
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14時50分。松田浜。再び拘束され解放された人たちが現場向かう。人とカヌーが分離されていたので、わざわざ海に入って船に乗りカヌーに乗るのだろう。
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14時55分。工事を止められないもどかしさ。

2017年11月26日 (日)

国際平和ビューロー「ショーン・マクブライド平和賞」をオール沖縄会議に

 国際平和ビューロー(I PB)の2017年ショーン・マクブライド賞の授賞式がバルセロナで開催され、オール沖縄会議が受賞した。今日の新聞でこの報道が流されており、同会議の共同代表である高里鈴代さん、安次富浩(ヘリ基地反対協議会共同代表)さんが授賞式展に参加し、安次富さんの笑顔がまぶしかった。

 同会議は長年にわたり米軍基地に反対し続けてきた「不撓不屈の非暴力闘争」が評価され、満場一致だった。花束を受け取った安次富さんは「われわれの草の根の運動が国際的に注目されたことは、これからの沖縄にプラスになるのではないか」と主張したようだ。控えめで冷静な対応だと私は評価したい。オール沖縄会議という形に収斂されてきたのはまだまだ短いが、長年にわたる沖縄の闘いの蓄積があったればこその受賞であり、これから「不撓不屈の闘い」をどのようにいかしていくかが問われている。
 私自身こうした流れの後ろを歩いてきたので嬉しいが、受賞をきっかけにして、新たな非暴力の闘争を踏み固めていく努力が一層重要になるだろう。そしてオール沖縄の闘いを全ての沖縄民衆の闘いに押し上げていくことが重要だろう。翁長知事がコメントを寄せ、「新基地建設に反対する多くの県民に、大きな励みになる」としてくれた。これからが最重要な時期に向かうだけに思いを共有し、闘いの環を作り、広げ、必ず勝ちぬいていこう。
◎補足
今朝(26日)、米国のテキサス住まいのメル友からメールが届いて、この受賞のことが書かれていました。気分は「快晴です」と。世界各地から沖縄は注目されています。もっともっと注目いただきたい。頑張りましょう。

2017年11月25日 (土)

秋田からマンドリン奏者を迎えてのコンサートに行ってきた

 今日2017年11月25日夕方、名護市労働福祉センターでマンドリンとギターによる平和を願うコンサートが開催された。奏者はマンドリンの平丈恵(たいら・ともえ)さんとギターの大城松健さん。平さんは秋田からこの日の為に来てくださった。

 「『音楽』と『平和』そして『沖縄』への思いを込めて」と事前のチラシにあったが、愛を奏でるマンドリンと伴奏で支えるギターの調和は、素晴らしかった。平さんは音楽は「世界の共通語」と言われているが、確かに対立と分断を超える可能性を帯びているものだ。
 最初のチャプターは、「秋田と沖縄」とあり、「島人ぬ宝」、「てぃんさぐぬ花」と「秋田県民の歌」、「浜辺の歌」だった。前者については解説の必要はないだろうが、秋田の歌の2曲は同じ作曲者(成田為三)と作詞者(倉田政嗣)による曲。私が秋田県民の歌を聴いたのはこれが初めてではなかった。私の秋田県出身の友人が以前にコンサートを開いたときにも聴いた曲だ。
 後半は「世界の平和を願う」と題して、「ふるさとファンタジー」、「パッサカリア」、「愛の歌」(以上がマンドリンソロ)、「羽衣伝説」(ギターソロ)、「さとうきび畑」、「島唄」、「杜の鼓動」と続いた(以上デュオ)。調べは微妙に細やかであり、マンドリンを脇から軽やかに支える絶妙なギター。羽衣伝説のギターは、松健さんの実力を遺憾なく発揮していた。私の言葉ではとうてい言い尽くせず、「お見事!」と言うしかない。「非暴力と博愛の精神でもって、平和を願う県民、全国の心ある人々と共に手を取り合い、ねばり強く、決して諦めず、平和という希望に向かって前進していきましょう」と、松健さん。
 会場に200名を越える方々が集まり、一時を共に過ごすことができた。お二人と制作スタッフに感謝したい。
 名護市でもこうした試みは貴重であり、広がりのある文化的なつながりからも、もっともっと前を見続けていきましょう。私は、静かに音楽を楽しめる街・名護市に、決して飛行騒音に襲われない街にしたいと改めて思いました。みんなの努力で。

海兵隊外出禁止を緩和(171122)-やっぱりね

 海兵隊員が交事故で人を死にに至らしめたのが、17年11月19日未明。外出禁止をだしたのが20日。22日には基地と自宅外に出れるようになっていた。まだアルコールの摂取や購入は禁止らしいが。

 やっぱりね、が私の感想。感謝祭の連休(23日~26日)だからというが、処置をしましたというだけだった。基地のフェンスには何箇所も抜け穴があり、こっそり出入りしていると聞くが、酔っ払って帰ってきても、見つからなければなんでもありか。今回のように公務外でありながら公用車で出れたことへの釈明はどうしたのだ。
 だいたい兵隊と酒はつきものだろう。何故そうなるのかを考えれば、モラルに期待できない。こうした規制にも期待できない。米軍(幹部)が兵隊に甘いのは、こうした事情をよくわかっているからだろう。軍隊と言う異状な環境が問われるべきなのだ。

国際人権法学会 沖縄大会(17年11月25日26日)

昨日聞いた情報です。遅くなってすいません。

国際人権法学会が那覇市のタイムスホールで25日、26日で開催されます。興味深いテーマが多数。やや難しそうですが。詳細は以下。
http://www.ihrla.org/wordpress/wp-content/uploads/2017/08/3ce08ab59b50b408fb9a676339c855a1.pdf

「かって10・8羽田闘争があった」を読んで

 私も50年前の67年「10・8」を、山崎博昭君の死を、忘れがたい記憶として抱いてきた。当事の私は高校1年生であり、私の視野に反安保・ベトナム反戦は未だ入っていなかった。私が没頭していたのは67年春から「新浜」運動という、東京湾江戸川河口に広がっていた日本列島最大規模の干潟-野鳥の渡来生息地-を守る運動だった。だからこの10・8の報を私はテレビや新聞から間接的に聞き読んだのだと思う。

 それでも私の心がざわついたのは、佐藤首相のベトナム訪問のために、この国は一人の若者を虐殺し、反対の声を潰してでも強行するものなのだと、当事の日常感覚からは信じがたい現実に驚ろかされたのだった。当事の私は、これ以上の確たる記憶はないし、反戦デモに出ることもなかった。

 私がベトナム反戦・反安保の闘いに直接参加するようになったのは、70年安保の時からだ。当事の日本は高度成長のど真ん中にあり、「経済成長」「開発」が、にぎにぎしく語られていた。自然保護など「趣味の世界」と笑われもした。当事の私は、経済と政治を串刺しにする思考法をもちえていなかった。何故大国のアメリカはベトナムに介入し、ベトナムの人々を殺しまくるのか、生活基盤の根っこから奪い尽くすのか。私には、ベトナム反戦は余りにも当然に思われた。戦争を支える安保体制に反対するのは、若者の常識だった。このとき私は、3年前の山崎博昭君に対する権力の虐殺を思い出さざるをえなかった。3年経って、自分が山崎君が殺された年齢になっていたのだ。

 【50年後の追悼とは何をすることなのか?】

 何を今更追悼するのか。同窓会と違うのか。確かに多くの論者が山崎君を悼み、当事を振り返り50年後の今を記している。だがしかし、50年後の追悼のためには、もっと真摯な総括が必要なのではないか。ここまで反戦運動や学生運動が退潮し、今正に改めて日本が戦争に打って出る態勢を整えてきたとき、このままでは山崎君に顔向けできないのではないのか。展示会を開催し、モニュメントを設置し、本書等をまとめたことは、追悼の現れであることを私も否定しないが。

 私のような「遅れてきた青年達」は、当事弁天橋に居なかった。だからこそ、先輩達に対して、このおとしまえをどうつけてきたのか、つけているのかと、問いたくなる。故人を追悼する中で、どれだけの歴史・社会認識を獲得してきたのか、できなっかたのかが、厳しく問われているはずだ。分厚い本だけに、物足りなさが残るのだ。これはないものねだりなのかもしれないが。

 【ないものねだりかもしれないが】

 私のこだわりからすれば、当事のベトナム反戦の中に、米日安保態勢がどうかかわっており、沖縄に何を押し付けてきたのか、何故沖縄に無関心のままだったのか、この問題を欠落させていたことが、殆ど振り返られていないのだ。羽田から佐藤が飛び立つ裏面で沖縄から連日ベトナムに猛攻撃していたのではなかったか。米国政府は安保政治の中で、沖縄と日本を使い分けていたが、米軍・太平洋統合軍がベトナム戦争をしかけていたのだ。私たちはベトナムの悲惨・悲劇を見つめ、加害責任を問いながら、米日政府の侵略の実像に何処まで迫っていたのか。韓国の若者達がベトナムに派兵されていた一方で、日本の若者達は、日本国憲法に守られながら反戦運動に邁進できたのだ。だが、その憲法への評価を私たちはさぼっていた。否、過小評価に終始していたのだ。

 もっとも60年安保での樺美智子さんへの虐殺、67年10月8日の山崎博昭君の虐殺は、安保政治が憲法に深い傷をつけたのだ。

 もうひとつの大きな欠落は、この50年間の運動の歴史的な総括、継承、克服すべき課題の整理もされていないのだ。若者の政治への無関心を作り出したのは、この年代の人々の責任が大きいはずだ。「内ゲバ」政治に、政治の軍事化、人と人の繋がりを無視・解体した党派政治。こうした現実の重さは計り知れない。当事の若者達が、こうした政治の誤りを正面から総括せずに、若者達を詰っても、「お前は何をしてきたのだ!?」で終わってしまう。

 私が本書を通じて学んだことに、3派系全学連(革共同中核派・社青同解放派・社学同【ブント】の3派が合同して結成した全学連)は結成当初からヘゲモニー争いに走り、分裂と抗争に激しく揺れていたとあったことがある。67年の時点で既に「内ゲバ」が表に滲み出ていた。そもそも最初からこうだったのか、私は驚きを禁じえなかった。この問題については、総括的に論じている人が数名いるが、そうだったで終わっているのだ。議論よりも自党派絶対化のヘゲモニー争いによる勢力の拡張主義をどう考えてきたのか。

 【この先のこと】

 さてどうしたら前に進めるのか?沖縄は非暴力の闘いを手段としているが、手段である以前の人と人の関係性が重要だと思料する。非暴力の闘いの綻びを克服し、若者達にも開かれた関係を作り出すためには、まだまだやるべき課題が残されているだろう。このためには、他人を批判する前に、日々わが身を見直す事が重要だろう。

 もうひとつ感慨を述べておく。かって20歳になったとき、ある種の感慨を覚えたが、50年を語れる今、来し方を考えれば、かっての若者より歳を重ねてきた分、多少マシになっているはずだ。若者と対等な関係で議論できる方法を編み出していきたいものだ。こういうと「10・8」の闘いから遠いようだが、足下を鍛えなおさなければ、前に進まないことを私は確認しておきたい。

◎データ 

「かって10・8羽田闘争があった-山崎博昭追悼50周年記念[寄稿編]

2017年10月8日 第1刷

編集:10・8山崎博昭プロジェクト

編集人:佐々木幹郎

発行:合同フォレスト㈱

発売:合同出版㈱

定価:3900円+税

2017年11月24日 (金)

休日なのだ(17年11月23日)

2017年11月23日。曇り後雨降り出す。

 
 今日はゲート前からの搬入なし。ゲート前行動なし。そして護岸の工事もなかった。カヌーチームらが向かい、確認。テントからも双眼鏡等で確認。
 来訪者から船に乗りたいとの要望が出ていたが、大浦湾側が荒れており、辺野古にこれないと連絡があり、お断り。申し訳ないが、またの機会に是非。
 10時から同時に3団体がこられて、説明を3名で担当。雨が降っていなくてよかった。
 午後から寒くなってきた。冬です。冬の曇り空。休日なのであった。
 蛇足。午後、辺野古川河口で黒っぽいカモ類2羽を発見。遠い。キンクロハジロかな? ここで初めて見た種だ。何だろう。
 14時頃、昨日逮捕された仲間が釈放されると連絡あり。数名が沖縄署まで迎えに行った。16時からの抗議集会中止。中止になってよかった。

2017年11月23日 (木)

天候激変の中で(17年11月22日)

 2017年11月22日。昨夜からの風で大荒れ。午前中、工事もやれず。10時過ぎから豪雨。

一歩も外にでれないほど。
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晴れてきた。11時48分。赤土が流れ出した。
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私たちの思いを張り出されている。
午後から辺野古側の護岸工事が再開された。
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フェンスのシュワブ側のミゾから赤土が流れ出している。工事で物理的に海が壊されるばかりか、以前はなかった流れから赤土が流れて、自然が壊されていく。許しがたい。
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砕石をダンプから落として、クレーンで右奥に落とす。N5護岸。
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松田浜のヤドカリ。
今日はCH-53大型ヘリが3回あまり沖合いを通過。
午後は来訪者も多かった。

昨日、国頭村内で逮捕された人は、本日14時過ぎ、釈放された

 昨日、2017年11月22日8時頃国頭村半地で逮捕された人は本日11月23日14時頃、無事に釈放されました。救援に動いてくれた皆様、ありがとうございました。ご苦労様でした。ご本人、ご家族・友人の皆さん、ご苦労様でした。気を引き締め直して頑張りましょう。

 私もほっとしています。

空中給油機の飛行と墜落事故の関係は?(171122)

 2017年11月22日。雨時々曇。22日は天候の激変があり、やたらと報告すべきことがある。

 22日14時30分ごろ、空母ドナルド・レーガンの艦載機が沖大東島南東の530キロ地点で墜落した。これは嘉手納基地を飛び立ったものらしく、対北朝鮮の訓練を続けている空母の展開を嘉手納基地からサポートしていることが分かる事態だ。昨日は辺野古で見ていると、空中給油機の飛行が目立った。上記の事態と関係があるのかないのかわからないが、まずこのことを示す。
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12時3分。東から西へ飛ぶKC-135空中給油機。嘉手納に戻るようだ。
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13時46分東から西へ飛ぶ。辺野古では驚くほどの低空を飛んでいた。やはり戻るのだろう。
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続けてもう一機。13時48分。
私が見て撮ったのは、この3機だが多くの時間は雲が厚く雨が降っていたので、音がしても何が飛んだか確認できていない。また豪雨が降っていた11時頃辺野古沖合い低空を異様な轟音を出しながら飛んだ機体があった。宜野座方面へ。厚い雲の中で音が篭ることがあるが、落ちるんじゃないかと不安に駆られた瞬間だった。
 こうした飛行が空母艦載機の訓練と関連しているのか不明だが、その疑いはある。16時過ぎには空母艦載機FA-18戦闘攻撃機など15機が相次いで嘉手納基地に下りたとの情報もある。
 私たちは沖合いはるかの場所での事故を捕らえるだけでなく、軍事演習の動き全体を把握することに努めなければ、その危険性を見極めることはできない。

激変の中で(171123)

 先ほど、11月22日の報告を書いていたら、急にパソコンの画面が変わってしまい、アウトに。なんなんだろう? 申し訳ないですが、本論は明日(23日)に。

 それにしても22日の天候の激変振りは凄まじかった。詳細については後に書くが、晴れたかなと思って、浜に撮影に行くと降ってきた。2回とも。そして夜、買い物等にでかけたときも、またまた降られた。めげました。金もないのにヘイ!タクシー(最低料金)。
 ある送金をするので、通帳を確認したら、1万円余り多い。たかが1万円でも実に貴重。10月の東京での講師代の振込みでした。いいことがあれば、悪いこともある。元気になることもあれば、落ち込むこともある。一日でのこの変動は稀にみるものだった。天候の変動振りに規定されたのだろうか。
 周囲の人たちが、良かったねならば、自分も嬉しくなるが、逆に、いやいやいやだと、落ち込む。良かったねは自分の努力も大きいが、いやいやいやは自分ではいかんともしがたいことが多い。
 遂に自宅のアイスコーヒーがなくなった。これで大手を振って、ホットコーヒーを飲むぞ。いや、食事のときは緑茶かな。これまで自分は緑茶を飲まなかったのだが、コーヒーよりもいいのかな。以前にいただいたそれを開けてみよう。
 思うようにいかないことが多いのだが、だからこそ、頑張りたい。気持ちの集中こそがその核心なのだが。おやすみなさい。

2017年11月22日 (水)

17年11月22日朝、国頭村半地で1名が不当逮捕

 今日2017年11月22日8時30分頃入ってきた連絡によりますと、国頭村半地の採石場付近の路上で、公有水面埋立法の規準に反する(違法)新基地建設のための砕石の搬出に抗議していた人たちを機動隊等が規制し、このなかで1名が「こいつ」などと名ざしされて不当逮捕されました。容疑は道路交通法違反と思われます。

 身柄は沖縄署に移送されています。弁護士の接見は本日中に入るべく手配済みです。
 逮捕されたのは東京から来ていた女性です。慌てず、断固として被逮捕者の身柄を取り返しましょう。

宮古島、陸自起工式、ここでも一方的な工事が始まった

 政府・防衛省は、琉球諸島(沖縄島を除き)に、与那国島に続き2番目の陸自駐屯地建設工事に17年11月20日、着手した。これは地元の千代田、野原(のばる)地区に説明会を終えたからといっているようだが、余りにも一方的なやりかただ。

 何しろ、この国のやり方は、酷い。島の駐屯地配備の全貌を全くあきらかにしないまま、千代田に警備隊370名が来るなどとしか説明していない。肝心要の対艦ミサイル部隊、対空ミサイル部隊の配置や、演習場、何よりも脅威となる移動式ミサイルの展開のありかたなど。そして島嶼部の軍事化、島嶼奪還作戦なるものが如何に住民にかかわってくるものなのかという核心部の説明が抜け落ちている。
 賛成派の人たちは、自衛隊が来れば島が活性化する、何よりも自分らの儲けが増えると考えているようだが、この結果が島人に何をもたらすのか、冷静に考えて欲しい。島内の対立であり、自然環境の悪化であり、物騒な物が並び、それもどこで何をやっているのかわからないままに、島嶼奪還作戦に巻き込まれれば、逃げようもない。もし有事になれば、人も物もやってこない。
 こんな島の未来を招き入れるのだろうか。そして大事なことは自衛隊は米軍の指揮下で動くということだ。米国の戦争に動員されていくのだ。
 11月20日も宮古島新基地はいらない住民連絡会などが抗議行動を展開した。また、連日の取り組みを続けている。

2017年11月21日 (火)

冬空に工事が進む?(171121)

 2017年11月21日 曇り後雨。風強し。巡視船1隻。

 海上行動中止。基地建設を許さないブルーの船で、来訪者を乗せながら、偵察。8時20分頃から12時頃まで。皆、ビシャビシャに濡れながら、元気に戻ってきた。
午前中、予約はなかったが、来訪者はやや多かった。
10時45分ごろ、私は松田浜に行ってみた。
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先ほどの団体の皆さんが見ていた。10時48分。工事現場がまじかに見えるから感慨もひとしおか。
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中央の現場が今日は目立つ。トラックが入り、クレーンも2本。
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N5はクレーンで吊り下げられている網が見えた。何を落としたのか? 10時51分。
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10時55分。トラックが来ており、土砂を落として奥に敷いているのか。よく見えない。
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手前のK1護岸。重機で叩いて踏み固めている。10時52分。
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K1護岸 根固め袋材を左手(手前)に降ろしている。さらにコンクリートブロック(被覆ブロックの一種)を置くのだろう。10時54分。
今日は寒い! 風が通ると特に。
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この雲は冬だぞ。11時40分。テント前。
ときどきヘリが飛び交う。
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12時19分。CH53.
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15時18分。なん周かしたのだろうか。説明の声を遮っていく。
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4965日目なのだ。年内に5000日がやってくる。
私たちは諦めない。工事の音にめげないぞ! 必ず止める!

頓珍漢な押し問答はいらない(171121)

 17年11月19日未明、那覇市内の泊交差点で米兵が起こした死亡事故について、5時間後にニコルソン4軍調整官から富川盛武副知事に電話がかかり、その日のうちに「哀悼の意」を伝えてきたそうだ。そして翁長知事とも会談した。在沖米軍がこうした迅速な対応を取ってきたのは、死亡事故に到ったこともあるが、「公務外」の事故と割り切っており、米軍当局の責任は殆どないと考えているからだろう。であれば、謝罪の姿勢をオーバーアクションをもって、乗り切ることが得策だと考えたのだろう。

 こうしたニコルソン4軍調整官の謝罪に対して、翁長知事は、本件の具体的な矛盾に触れず、一般的な沖縄の基地問題に流してしまった。これでいいのか!
 そもそも「公務外」だとしながら、公用車を未明の時間に乗り回せることの怪しさを突っ込むべきだった。米軍は「公務外」としながら、その車両を回収してしまっている。公用車を私服姿(?)でそんな時間にノーチェックで外出できることに合理性があるのか?事故を起こしたのは一人の兵隊だが、管理体制が余りにずぼらすぎないか。
 その上で、沖縄の基地・安保問題に言及しなければ、要点をずらされるだけだ。ニコルソン氏は「私の仕事は米軍の即応体制を維持することと、沖縄への影響を削減することだ」と居直っている。新基地建設は即応体制を強化することであって、沖縄への影響を増幅することになるとは全く考えていないのだ。結局、「工事の判断は東京とワシントンが緊密に連携して実施している」とかわしている。さらに「同意いただけるのは普天間の移設だ」と沖縄の民意を無視した米日政府の主張を繰返している。
 知事も色々と食い下がっているのだが、こう言われてしまったら、「沖縄は毅然と対応させていただく」ぐらい言わなければ、どうしょうもないだろう。米軍のこうした開き直りがまかりとおるならば、事件・事故はなくならない。基地は押し付けられ続けるだろう。
 これまでの事件・事故の責任を含めて、私たちは米日政府に対して、毅然たる闘いを展開するときだ。勝利を我らに!

19日未明に起きた交通事故(1名が亡くなる)について

 2017年11月19日5時25分ごろ、那覇市の国道58号の泊港の交差点(無論、信号がある)で、南側から走ってきた軽トラックが右に曲がろうとしたところに、北側から米軍の2トントラックが突っ込み、軽トラックを大破させ、乗っていた61歳の男性が死亡した。

 米軍トラックを運転していたのは、在沖米軍海兵隊牧港補空地区(現場のすぐ近く)所属の上等兵(21)だ。酒気帯び運転と過失運転致死の疑いで沖縄県警が緊急逮捕した。
 
 米軍によれば、彼は「公務外」だったというが、酒を飲んで公用車のトラックを運転していたことじたいが、どうなっているのかと、私は甚だ疑問に思う。彼の勤務がどうなっているのか分からないが、深夜に飲んでいて、未明の時間に何故外に出たのか?何処に向かっていたのか? 飲んだら乗るな、じゃないのか。
 20日、在沖米軍トップのニコルソン中将が翁長知事に謝罪に来たと言うが、亡くなられた命とご家族に対してどう責任をとるのか、繰返される飲酒運転による事故に対して、どう対応するのか。具体策のない謝罪は意味がない。
 軍人にとってお酒はつきものかもしれないが、だからこそ隊の外に出るときの管理が重要だろう。彼らは自由に沖縄の街に出れること事態がこうした事故の原因になっている。
 日本政府は今度も何もしないのか? ただごめんでは済まないぞ。

2017年11月20日 (月)

k1にもブロックの積み上げが始まった(171120)

2017年11月20日。曇り時々晴れ。

 ここのところ、自分の体調不良で、昨夜はパタッと寝てしまった。お陰で、今日はややゆっくり出た。ところが付近に怪しいトラックやコンクリートミキサー車が通る。トラックの背後を見れば、まさにあの砕石を積んでいる。即ゲート前に電話。
 バス待ちの間もずんずん通る。20分余り。途中から見たのだから、相当多いぞ。9時20分ごろゲート前を通ったが、丁度ラストが入ったばかりで、これからでてくるところだった。後で聞けば90台余り。午前中に2回。
 
 今朝は寒かったが、日が出てくれば暖かくなる。テントから見て、沖合いに巡視船1隻。海保のGBが多数見える。無論、監視船も。
 無線から今日も海保に確保されているとの声が入ってくる。昨日、囲われただけに苦戦しているだろう。
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辺野古川河口。潮が引き、うっすらと水面が残っているところに、雲間から光が出るとこうなる。11時25分。
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昼休憩が終わり、再び現場に向かう抗議船。13時過ぎ。
私は松田浜に向かう。
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手前のK1にもブロックを置き始めていた。13時46分。
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もうひとつ。13時47分。間近で抗議している人だちの悔しさを思う。こっちだって、怒髪天を突くだ!
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コンクリートプラントの並び(海側)にプレハブが建てられている。何だろう? 13時51分。
網のないフェンス先端へ移動。
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アルソックが即掛けてくる。走れー!監視カメラに誘導される者、哀れ。13時51分。
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大型トラックに積まれているコンクリートブロック。13時53分。
 16時過ぎ、ゲート前からトラックが入り、出てくるところを抜けて帰る。今日3回で、計何両入ったのだろうか。

沖縄県芸術文化際でおきたこと-芸術と政治を巡って

 第46回沖縄県芸術文化際(主催:沖縄県、県文化振興会)が開催中だ(県立美術館)。そこでおきたことを紹介したい。パンフレットに屋良朝彦審査委員長(美術部門)が寄稿した総評原稿から「静謐に芸術に向き合えるかと思ったが予期せぬ衆院解散により巷は気忙しい雰囲気となってきた」「追いうちをかけるように高江での米軍ヘリ炎上事故の発生、平和であることが芸術活動の大前提である。それさえも危うい沖縄の現状は容認できないし、やるせない」とかかれていた。これを担当課がばっさり削ったのだ。本人の承諾を得ないまま。

 沖縄タイムスの取材に対して県は「パンフレットに掲載された内容については県が責任を負うことになる。県の発刊物に個人的な見解を載せることに対しての疑義が寄せられることもある」などと説明したようだ。これでは執筆者の屋良さんが納得するわけがないだろう。
 以下は私の見解。芸術活動とは個人に属するものだ。そして郷土の芸術はその地域から起こり、継承され、新たにされてきたものだ。ここ沖縄は、沖縄戦等によってその芸術の基盤がぶち壊された中で、今があるのだ。沖縄県の担当課がこんな基本のキをわきまえていないのだろうか。あきれ返る。あれから72年も経って屋良さんが指摘されるような現状が頻発しているのだ。これを「個人的な見解」だと切り捨てることは、一般的な表現の自由の侵害以上に許されないことだ。
 沖縄県は疑義が寄せられたら面倒だと考えたのだろう。だが、長いものに巻かれていたら芸術はろくなものができるはずがない。こんなことをやっていたら沖縄の芸術は翼賛芸術になってしまうだろう。担当課こそが盾になる覚悟が必要だ。沖縄の歴史と現実を踏まえ直すべきときなのだ。まして翁長県政が何をやっているのか!
 芸術と政治はなかなか難しい問題だが、人の心が技が生み出す芸術が政治に荒らされてはならない。芸術が政治を変えることは、なかなかできないが、人の心を変えることはできるのだ。

日曜にオイルフェンスを張り込んだ(17年11月19日)

 2017年11月19日 曇り後晴れ。

 曇ると肌寒い日曜日。午前、午後と来訪者が多かった。テント内が賑やかなのはいいのだが、防衛省までにぎやかにしてくれるようだ!
 なにやら工事をやっているようだ。早速浜に見に行く。
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作業船がでておる。9時10分。N5先
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K1 大型トラック2台からオイルフェンスを下ろしている。多分8本、長さ160m余りか。
9時14分。
カヌー練習が始まった。
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今日は14名。漕ぎ出して行く。9時33分。
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航路標識の脇で休むカヌー練習のメンバー。テント前から撮影。9時54分。
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河口ではチュウサギが魚を採る姿が見られた。10時57分。
工事は進められている。フェンスを張り出しているのだ。ブルーの船が緊急事態に、一隻でて抗議している。
午後、もう一度行きたいと言うT船長に誘われて私が同行する。
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K1護岸前。囲っているわ。12時58分。こちらの埋立ては30Mぐらいか。
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奥のN5。こちらも囲われた。被覆ブロックは両側に設置されている。既に60m余り埋立てられているようだ。13時7分。
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砕石の山。
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作業ヤードに砕石の山。これだけ入れられているのだ。13時10分。
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戻る途中で。平島、長島。13時15分。いつ見ても美しいのだが。
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フェンスで囲われたK1護岸。作業員がたくさん。13時30分。明日からの抗議行動がさらに難儀になるだろう。
海の上はだいぶ寒くなってきた。

2017年11月19日 (日)

防衛局は、何故、3日も土砂搬入をとめているのか?(171118)

2017年11月18日 曇り時々雨。波風強し。

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ということで海上行動は中止だが、ブルーの船で偵察兼船長新人研修。8時31分。
団体が幾つか来訪。今日のメインは沖縄医療生協の皆さん。150名。
講話に北上田毅さんが立つ。「辺野古新基地建設の現状と問題点」 理路整然と、現場での闘いと2月4日の名護市長選、11月の沖縄県知事選の重要性を説く。
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私が以前から言ってきた辺野古美謝川のことも指摘された。辺野古ダムから川の流れが建設予定地に流れており、これを付け替えなければ、そもそも埋立てはできないのだ。これを許可するか否かの権限を稲嶺進名護市長がもっているのだ。
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辺野古・大浦湾の図を示しながら。
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ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表が挨拶に立つ。
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大宜味から参加した平良啓子さん。絶対に戦争はダメだと。ご自身、日中戦争でお兄さんを亡くし、44年に乗っていた対馬丸が撃沈され、波間を漂い、漸く沖縄島に戻れば、沖縄戦で、米兵に追われた。よく生き延びたものだ。
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最後に団結ガンバロー!
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今日もホーカーハンターが飛んでいた。12時36分。
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松田浜のフジツボの仲間。
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今年も咲いた。オキナワギク。暖かだったから咲き出したのが遅かった。
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ちょっぴり嬉しい花だ。
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N5、昨日と同じ32個だ。強風のためか作業は止まっている。手前のK1は午前中はやっていたが、午後に見たらやっていなかった。
ゲート前からの搬入はなかったと。3日連続だ。ないことは大変喜ばしいことだが、どうしたのだろう。

2017年11月18日 (土)

荒天の中でも工事が進むが(17年11月17日)

 2017年11月17日 曇り、風波強し。海上行動中止。しかし辺野古側の工事は進められている。

 いかんともしがたいときには、これだ。
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テント前のキアシシギ1羽。まだいるんだ。11時37分。ミナミコメツキガニを落とした。
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ここまで近づいてきた。11時38分。
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ホーカーハンター。2機。空中戦の模擬戦闘。今日は曇っているが比較的見やすい。12時56分。
13時松田浜に移動。
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午前中からこの作業。k1護岸。落とした砕石をガンガン固めているのだ。13時1分。
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奥のN5護岸に、被覆ブロックが32個設置されている。13時2分。
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K1護岸。今度は砕石を奥に運んで固めている。13時8分。
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そしてクレーンで根固め袋材を落とした。13時14分。
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 テント前。14時49分。
こうして工事は進められたが、ゲート前からの搬入は2日連続してなかった。

「世界一のクリスマス・ツリー」の企画者に送る言葉

◎「世界一のクリスマスツリー」なるものがツイッター(ハッシュタグ)にあったので、ひとこと。 

 
 私が知っている大きなクリスマスツリーは、東京都の奥、奥多摩の大岳の山頂下にあったね。無論、生きたモミの木。不思議なことにクリスマスの頃、大岳に登ると、高い木の枝に飾りがついているのを見上げたものだった。むろん、枝に付いている雪はほんものだ。高さ20mは越えていた。今も健在なのかな?
 この神戸のクリスマスツリーはクレーンで吊られて設置されたようだ。辺野古で多数のクレーンを見せ付けられている私には、これだけで気持ち悪くなってくる。
 クリスマス・ツリーは、人・家庭それぞれのものであり、世界一を競うものじゃないだろうに。こうした発想がヘンだよね。私が子どもだった時代のクリスマス・ツリーは、その時期が終わると庭に植えなおしていた。枯れたのもあったけど。自分の子どもには、模造品だったが、それなりに楽しめた。何年も使っていた。一人ひとりのクリスマス・ツリーをクリスマスを大切にして欲しい。

うるま市のイチハナリアートで米軍批判の作を非公開だと

 うるま市のイチハナリアートで(主催:うるま市観光物産協会)で11月18日から展示されるはずだった一作品が非公開に。問題にされたのは京都の美術家、岡本光博さんの作で、『落米のおそれあり』。星条旗とパラシュート、戦闘機、戦車、ヘリコプターが黄色のバックに描かれている。

 地元の伊計自治会の玉城正則会長は芸術祭の開催はあくまでも島の活性化が目的だと。「政治的な作品は見る人に島のメッセージという誤解を与えてしまう。活性化につながらない」と憤っているそうだ。
 しかし「島の活性化」に繋がるか否かで芸術は分けられ、排除されるものではない。会場となる4つの島は、北側に金武湾が広がる場所だが、北側に嘉手納基地から飛行機等が飛び。南側に普天間基地からも飛んでいく。近くの浮原島や津堅島などは演習海域だ。そして平安座島に石油備蓄基地が造られ、よき魚場が壊されてきた歴史をもつのだ。
 真の意味で島の活性化を考えるのであれば、もっともっとこうした現場から自然や文化も混じえたアートが生まれる必要があるのではないか。様々な問題が浮かび上がることにこそ、芸術作品の、野外芸術祭の意味がある。
 また、何が「政治的」なのかも考えてもらいたい。安保・基地と言う政治を隠すのがアートなのか、これこそ政治的ではないのか。俗に言う政治の裏側を読み解かなければ、ペケなのだ。問題なのは人々が平穏に、ハツラツと、元気に生きられることだろう。無論、飯の種も含めてまちづくりをやらなければならない。そうしたなかで、アートに何ができるのかを考えるべきだろう。
 私は、物議をかもすことがこれからの島の活性化になるかもしれないと、敢えて考えてみて欲しい。そこにあるものをみないふりして、「芸術イイネ」はないのだ。

2017年11月17日 (金)

ズブ濡れだ!(171117)

 昨日は風邪引きそうで、寝込みかけたので、辺野古を休んだ。今日は復調。帰宅後買い物に行き、床屋に行った帰りに、ズブ濡れに。だから沖縄の雨をなめちゃいけないのだ!まったく!

 しかし今朝見つけ出した冬用のベストはしっかりしていて、上半身は寒くならず。走りながら、ちょっと嬉しくなった。メガネも濡れてよく見えないが、足はサンダルだからバシャバシャ走りました。
 沖縄ではこういうことしばしばあるので、ご用心。

冗談じゃない!-在沖米軍トップのニコルソン発言(171117)

 沖縄タイムスの報道によれば、在沖米軍トップのニコルソン4軍調整官(中将)はこう言ったそうだ(17年11月16日の記者会見)。「平和と地域の安定を守るには昼夜を問わず厳しい訓練を行い、即応体制を維持することが重要だ」と。

 これは、訓練のためだから、沖縄の住民はハードな訓練を甘受せよと言うに等しい。騒音も多大な物理力であり、生活を脅かし、人の健康を脅かしている。ここは米軍のものだとの認識が、言葉の裏側から滲み出ている。
 他方で沖縄の「負担軽減」にも触れたようだが、「負担軽減」と言う名の観念でこの問題を処理することはできないのだ。基地面積が減ったから負担軽減と言うロジックは現実として通用しない。演習が強化され、事故が繰り返し起こり、その解決策が示されず、沖縄の民意が無視されているからだ。
 軍事演習とは戦争の準備だ。人を殺すことが目的だ。民間機と比べて危険な飛行をするのが常識であり、そこに住民・人家等を見ながら演習ができるのが沖縄だ。軍隊にとってこんなに好適な場所が世界中でもザラにあるものではない。
 沖縄戦以来軍隊が何者なのかを刻み付けてきた沖縄だからこそ、こうした発言を許すことはできないのだ。軍隊によらない平和を求めるのが、私たちの責任だ。私も微力ながらその一端を担いたい。

2017年11月16日 (木)

ドカン、ドカンと埋立て工事が進んでいる(17年11月15日)

 2017年11月15日。曇り時々晴れ間。巡視船1、監視船多数。

海上行動も8時には出発。現場が近いので、テントにも聴こえてくるほどだ。
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テント前の干潟にミナミコメツキガニが出ている。8時42分。
 午前中、来訪者が多数。私も4回、5回と話した。一回30分。しかし、どれだけの理解を得られているのか。
 事柄が、日常から隔絶されているだけに、簡単に分かるものではない。「日本」の政治の根幹が米日安保だと理解している人がどれだけいるか。どうすればいいのか。
 東京から来た来訪者に改憲阻止の会の方がいた。憲法9条と沖縄について話した。如何に沖縄を軍事化し、日本を「平和」に偽装してきたのか。憲法の表層に留まらない闘いをやらなければ、日本は、あっという間に、軍事力を誇示する国になる。
 今の日本国憲法は、沖縄を分離する米国の意思の中でできた。基本的人権も地方自治も戦後の価値として与えられたが、「日本国民」はこれを血肉化できていない。
 午後、私は松田浜に出た。
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フェンスの向こうは工事現場だ。14時34分。
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クレーンで砕石を持ち上げて奥(東側)に落とす。14時36分。手前のk1護岸。
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落とす。波しぶきが立つ。14時37分。こうした動きが間断なく続いている。
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こちらは奥のN5護岸。14時37分。被覆ブロックが積まれている。
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高いところをオスプレイが西へ1機。14時40分。
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トラックが石を落とす。この音がドカン、ドカンとテントにも響き渡る。14時47分。
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14時58分。
トラックが順番待ちなのだ。カヌー隊はフロ-トを乗越え、工事現場に肉薄しながら抗議を続けていた。海保に拘束されても敢然と。
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ここからだと、ごまめの歯軋りのようだが、抗議し続ける。15時4分。
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この断絶を踏み越える時を胸に刻んで。15時10分。
テントに戻れば修学旅行生が多数。この子達の未来にも繋がってもいるのだが。

2017年11月15日 (水)

ホワイトビーチに多数の軍艦がとの情報について

 17年11月12日に日本海で米空母3隻体制で対朝鮮民主主義共和国の軍事演習を米軍が実施したようです。私はこのニュースを見て、①日本海・太平洋・東シナ海での演習だと思いました。また②米軍の演習ではなく、米日共同演習だと思いました。

 
 何故か? 万が一、米朝戦争になれば、総力戦になります。相手の打撃力と情報収集力を一気に叩くことです。だから面的に広がり、縦に構えることが重要だからです。また、②は2015年に安全保障法が施行されている以上、こうなりますよ。いざとなれば、集団的自衛権を行使する準備の演習です。
で、今日のツイッターでホワイトビーチ・中城湾に軍艦が多数との記事がありました。この正体は、先の演習が終わり、わざわざ沖縄近海に現れて、示威を示したかったのでしょう。
 沖縄に自衛艦隊を誇示する。
 そんなわけで調べてみたら、米国海軍との共同演習(171112)とありました。空母3隻(レーガン・ニミッツ・ルーズベルト)等と海上自衛隊の「いせ」(13500t)、「まきなみ」(4650t)、「いなづま」(4550t)等です。
 また10月26日から11月12日まで日米海軍の共同演習があり、一部では航空自衛隊も参加しました。こちらは日本海と東シナ海、沖縄近海を挙げています。参加する機種は上記のほかに、海兵隊のF-18、航空自衛隊のF-15(小牧基地)も含まれていました。
 これらの部隊の一部がホワイトビーチにきたのでしょう。明日以降どう出るのか分かりませんが、要注目です。
沖縄近海、日本近海での軍事演習をやめろ!軍事力による威嚇・挑発をやめろ!
自衛隊の資料
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/info/news/201711/20171112-01.pdf
◎17年11月16日沖縄タイムスに記事が出たので、補足する。
私の予想通り、11月10日から26日の日米共同演習の一環。泡瀬(沖縄市)の沖合いに海自艦11隻だと。11月16日、どこえやら移動するようだ。
これまでにも私はホワイトビーチで何回か海上自衛隊の複数の艦船を見ているが、朝鮮半島情勢がきしんでいるなかで、戦争のきな臭さを感じる。特に沖縄は朝鮮半島と中国を両睨みできる場なのだ。

平和を願うコンサート(171125/名護市)

◎音楽系の催しの紹介が続きますが、他意はありません。たまたまの偶然です。(ヤマヒデ)

マンドリンとギターによる平和を願うコンサート
-「音楽」と「平和」、そして「沖縄」への思いを込めて-
出演:平丈恵(たいら・ともえ)マンドリン
    大城松健(ペトロ・ショーケン 大城)
日時:11月25日(土)16時開演
会場:名護市労働福祉センター
主催:平和コンサート実行委員会
後援:名護市文化協会
    アミーゴス・デ・ギターラ
問い合わせ:0980(53)1338 竹下
参加費:500円。
◎大城さんは名護市議会議員でもあり、日頃から基地建設反対でも身体を動かしています。そもそもギタリスト。平さんとは面識はありませんが、マンドリニストとして主に秋田で活躍されているらしい。
 沖縄民謡をギターとマンドリンで聴く機会は滅多にありません。しかしミスマッチだとは全く思えません。どんな音が飛び出してくるのでしょうか。新たなイメージングが沸いてくるに違いありません。楽しみです。(ヤマヒデ)

海上からも土砂搬入が始まった(171114)

2017年11月14日。朝のうち豪雨・視界悪し。昨日、国頭の奥の港から搬入の準備作業が始まったと聞いていたが、果たして。

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何も見えない。8時1分。多分おきにいるのだろうが。
無線から聴こえてくる海上のメンバーも緊張の様子。
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8時50分。平島から長島を抜けて大浦湾に入る。
テヤンデー! じゃ、行くぞ!第③ゲートに車を走らせてもらう。
ちょいと間にあわなかった。あぁ。見えなくなった!(第③ゲート-弾薬庫前)
じゃ、大浦湾へ
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大浦あたりで横に見た。9時19分。
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瀬嵩のお山にのぼる。マスコミが多く見えないぞ。荷物をどかしてもらって、ちょいと高いところから撮影体制に。9時29分。k9護岸先端まで約50m手前にいるわ。
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10時18分。動きがない。
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沖はこんなだ。雨はやみ晴れ間も出てきた。
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近づいていく。10時22分。25分頃接岸。
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10時58分。前と後ろにアンカーを設置して留めているのだ。抗議船が展開しているが、海保に進路を阻まれている。カヌーチームも視界が悪かったので、船の上だし。
11時30分ごろテントに戻る。
船から搬入が始まったということは、午後はそれが埋めたて作業に投入されるだろう。
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漁港護岸の先端へ。数日現場を空けていたので新たな動きが起きていた。
何を造っているのか? 11時52分。k1,n5の護岸工事現場ではドシャドシャ落としている。
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テントから辺野古川河口。ミサゴ。若い個体だ。12時17分。
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12時36分。沖合いからオスプレイ。きみはいらない!
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12時40分。奥のヘリパッドに降りる。2機いるぞ。
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まただ。14時12分。
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14時30分。2機とも高江方面に。
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下には不屈に闘うカヌーチームが工事現場付近で海保に拘束されながらも果敢に抗議。14時28分。辺野古の浜の前で解放される。
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14時39分。平和丸が再び現場に連れて行く。
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14時50分。別のグループが、また拘束されて、解放手続き。
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k1護岸。根固め袋材が投入されている。トラックに2個。次々と来ておろしている。14時53分。歯がゆいがどうにもならぬ。n5護岸も砕石がおろされている。
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工事のなかを潜り米軍が演習。右のゴムボート。左は海保。14時54分。
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カヌーチームもう一度現場に向かう。正に不屈だ。14時55分。
16時過ぎまで工事は続き、抗議も続いたが、浜のテントは16時撤収。
本当にご苦労様。
今日は県庁職員が現場を確認していたが、ちゃんと報告してくれよ。工事撤回を一日も早くやってくれ!

2017年11月14日 (火)

11.11 東京都へ抗議・宣言文

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◎この宣言文は、17年11月11日に都庁前で開かれた集会の宣言文です。いささか情緒的ではありますが、なかなか真実に肉薄していると、私は思います。単なるスローガンにあらず、多様性を重んじる心がしっかりとあることも魅力のひとつです。(ヤマヒデ)

11.11東京都へ抗議 宣言文

2020年に向けて爆走中の東京では、開発の嵐が吹き荒れて、駅前の樫の木も、団地も、公園も、銭湯も、歩道のツツジも、思い出の喫茶店も、次々と吹き飛ばされていきます。

ある夜公園の脇を通りかかったら桜が軒並み引っこ抜かれて、看板には”リニューアルします”とありました。

いつも春にはその下を通るのを楽しみにしていた桜なので、ごっそり抜かれた跡にはショックを受けたものの、近所のコンビニでアイスクリームを買ってお家に帰り、後は日々に埋もれていくのです。

ここは便利で楽しい、”一流の”アート、エンターテイメント、世界中から集まる美味しいものに触れられる街、東京。

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だから私は、ここに暮らす権利を守るために、日々あくせく働いているのです。

しかし今、この快適な私たちの暮らしの傍らで温存してきた暴力が剣呑な芽を伸ばし、懐から飛び出るのを許してしまいました。

そして、愚かな過ちを繰返さない誓いの重石をひっくりかえし、大切な隣人の命を危険に晒しています。

やがて街路樹にイルミネーションが点灯するでしょうが、空を見上げりゃ監視カメラ。眠りたくっても安心して横になれる場所は何処にも見つかりません。

夢とか希望とか、多様性、愛と正義、何でもかんでもビジネスチャンスに摩り替えられてしまい、金を使わない、みんなと同じ方向を向かないものは排除! 

そんな息苦しい空気が蔓延するところへ、権力は嘘八百の放送で憎悪を撒き散らし、自らの腐敗をごまかす為に差別を利用し、凄まじいまでの暴力を行使しながら突き進んでいきます。

今こそ私たちはテレビ画面を打ち破ってあなた達権力の素顔に肉薄し、あなた達の耳元で叫びます。

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わたちは豊かな自然とそこに生きる人々から今までに散々奪ってきた。

もうこれ以上、誰からも奪いたくない。

遠い叫び、かき消された言葉、飲み込まれた呟き、私たちの声。

千代に八千代の暴力支配の証がここにある限り、私たちの重荷を背負って震えながらこれに対峙します。

そして日々の暮らしの中に生まれる暴力の芽を注意深く観察し、言葉はしつこいくらいに手の中で温めて空に放そう。

いろんな人が肩寄せ合って暮らし、違う生き方や文化が息づく海のような多様性。その安らぎを知ってしまった私たちは、これを諦められません。

欲望渦巻く過密都市にあって、隣人と楽しくまでいかずとも、どうにかいいあんばいで、やっていく方法を私たちの足下から掘り起こし、耕していきましょう。わっしょい。

辺野古リレー  辺野古の闘いを全国へ

◎写真は4枚とも山本英夫撮影(17、11、11都庁前)

 

 

 

 

 

 

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11.23護憲と反戦、平和のための「共謀」コンサート

友人からこんな企画が送られてきました。

11.23 護憲と反戦、平和のための「共謀」コンサート(第2回)
「共謀罪ができても萎縮も自粛もしない ~さらに声をあげて歌声高らかに!!」ですって。-いいですね、このノリ。-(ヤマヒデ)
出演:中川五郎、ながいよう、館野公一&mikiko、五十嵐正史とソウルブラザーズ、山口敦子、水野美里、槙篤&much more
開場:15時30分。開演16時~20時過ぎ  。
開場費:投げ銭 会場:谷保(東京都)かけこみ亭(南武線谷保駅徒歩3分)042(574)3602 問い合わせ:090(8175)8479(マスダ)
◎私が存じ上げている出演者はこの中の一部の方のみですが、きっと心をひらいてくれるコンサートになるはずです。楽しく、やさしく、自分たちを見つめる音楽の夕べに。また、小さな会場なので、この意味でも、アト・ホームになることを請合います。お店の店長がまた、いい男だよ。(ヤマヒデ)

2017年11月13日 (月)

東京から帰ってきましたよ(17年11月13日)

 3日間、東京に行っていました。無事に帰宅。今回は私用なので特に報告することはありませんが、2,3。今回、近況報告と言うことで沖縄・辺野古の話を手短に5分余りしました。拍手もいただき、その後も、好意的な挨拶も交わすことができました。ただある方から、眉をひそめながら、「辺野古のやりかたは、暴力的だろ」と言われてしまいました。聞けば、ユーチューブなどをもっぱらみているらしい。デマキャンペーンがここまで浸透しているのかと、ゲンナリさせられました。

 別の場でも私は20分ほどしゃべりました。どこまで話が通じるかはともかく、躊躇することなく、できる限り接点を探りながら、話をすることが大切です。無論、なかにはとんでもない誤解をしているひともいるでしょうし、立場が違う方もいるでしょう。お互いに異論があるのだと知ることからしかはじまらないこともあるでしょう。諦めずに、様々なアプローチを掛けていきたいと思いました。
 
 

2017年11月11日 (土)

さてこれから東京へ(17年11月11日)

 昨夜は、久しい間の懸案だった蛍光灯を換えて、ぐっと明るい室内環境が整った。蛍光灯のカバーを外せずほっといたのだが、暗闇で作業をすることはできず、がんばりました。

 
 さてこれから東京に向かいます。今回は私用なので気楽に行ってきます。13日に戻ります。その間、また発信が止まります。よろしく。
 沖縄も涼しくなってきたけど、東京は寒いのかな。いささか不安。

9日の1名も釈放されたようだ

 17年11月9日、シュワブゲート前で逮捕された男性も11月10日夕方釈放されたと、ご本人のツイッターで入ってきた。何より。警察は彼が警告灯を奪ったと言っていたが、彼は動画をいつもとっている。つまり少なくても片手はカメラをもっている。だから人様が持っているものを奪うことなど、普通に考えて不可能なのだ。自分もカメラを持つ身だから、これは了解可能なことだ。

 警察のデッチ上げを許してはならない。

2017年11月10日 (金)

強風に付き(17年11月10日)

 2017年11月10日 曇り時々雨 強風が吹いていた。巡視船もいなければ、監視船もいない。ただマリンセキュリティのゴムボートが1隻。無論、こちらの海上抗議行動もなし。

 ただし辺野古側での埋め立て作業なるもは、やっていた。ゲート前から作業の車列も入ったそうだ。
 こんな一日だったが、来訪者はそこそこあった。大勢のグループは0だったが、1人、2人から7,8名。私は6回ほど話したか。計30名を越えただろう。
 なかには時間はたっぷりありますという人も居れば、10分でという人もいる。一通り話をしようと思えば、30分はかかる(最小限で)。だから、10分という人には出直して来て欲しい。それでもという場合に、さわりとして、問題の概要だけ話している。何故こうなっているのかを示すから、後はご自身で考えて欲しい。
 で、相手の人数は1名とか2名のほうが、話しやすい。直接反応が分かるから、当然のことだし、具体的な疑問や、その方の地元との兼ね合いなどにも触れることができるから。
 肝心なことが2つある。①沖縄と持続的に係わることであり、②はご自身のこだわり、自分の問題と取組むことだ。今日も最後にお話したお二人は、そうかいろいろなことが重なっているのですねと、納得した様子。接点が色々と見えてくれば、どんどん沖縄も近しい問題になるはずだ。
 久しぶりにきている福岡の方がいる。私は、「自分は野鳥研究者になりたかったのです」と言ったのを聞きつけたらしく、どうしてときいてきた。そこで約20分余り、経緯を話した。
 今思えば、当時の水準は0以下だった。自然保護といえば、奇特な人がやっている、エコロジーと言えば、生態学。開発一辺倒の時代だ。だからこうした分野でやろうと思えば、「鳥類学者」になるしかないと、思うしかない時代だった。だが私は大の理系ダメ人間。理学部進学など夢のまた夢。大回りをしたが、今の自分は10代に考えていた道からさほどかけ離れてはいない。彼女に話していて、あらためて感じた次第。
 こんな一日でした。

11月8日に逮捕された方は翌日釈放されたが

 2017年11月8日にキャンプシュワブゲート前で公務執行妨害罪で逮捕された方は、翌9日、無事に釈放されました。その彼が今日、報告を兼ねて、辺野古テント村に来られました。彼曰く、排除されるときに、自分の足を手で庇おうとした動作が、殴りかかってきたと勘違いされただけとのこと。9日、検事釈放です。とてもお元気で、闘う気満々でした。今日自宅に帰りますと那覇空港に向かわれました。良かったです。

 しかし喜べないこともありました。昨日11月9日、ゲート前で、30代の男性がやはり公務執行妨害罪と窃盗罪の容疑で逮捕されてしまいました。警察は現場を混乱させ、敢えて逮捕事案にもって行くやり方を私たちは許しません。
 警察は不当弾圧をやめろ!彼を即時釈放せよ!
 皆さんは、常に冷静に敢然と行動してください。

2017年11月 9日 (木)

これは大失敗なのだ-「サルも木から落ちる」か?

 今度の旅(17年10月31日~11月6日)では、1日の夜に体調を崩してしまい、集中力が今一歩及ばなかった。そんなこんなで、一生の不覚も。

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17年11月1日 岩国基地から飛び立ったF―35B
今回岩国基地の撮影はたった3時間。前回は2日と半日あったのだが、この「35」は1機も飛ばず。
今回は突然の轟音にド衝かれた感じ。最初の2機と次の2機もかすりもしなかった。情けない。
 この写真は第3派、5機目。やっとかすった。掠っただけ。このあと、まずまずのが撮れた。敗因は何か? この機種の上がり方を見定めていないからこうなる。思いのほかの急上昇を予測していないとだめだ。望遠レンズだと当然画角が狭い。肉眼で見定め、かなり接近したところで、ファインダーに捕らえないと追いつかない。
 ステルス戦闘機だから、見失ったなどと言うのは、ただの言い訳に過ぎぬ。
 そしてこれ。
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月と飛行機のランデブーを撮り損ねた。17年11月2日18時前。月が出ていると知りながら、そこに飛行機が入るかもと予測できないアホたれでした。飛んできてから慌てても間にあわない。場所が美保空港なので、離発着便が少ないとはいえ、無念の1枚に。

護岸工事も続いているが軍事演習もだ(171108)

2017年11月8日 晴れ後曇り 巡視船1、監視船多数。海上行動も行なわれている。

今日は風向きもあるが、石が落とされる音がテントまで聴こえてくる。
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辺野古川河口。満潮時。9時13分。
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やはり河口部。11時54分。太陽が回り、直接当たれば、きらきらの海なのだ。
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辺野古沖。AH-1対地攻撃ヘリ。右下は海兵隊の侵略・上陸用ゴムボート。12時20分。
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11時頃からうるさかった。上空を2機で飛ぶ戦闘訓練中の機体をやっと捕らえた。高積雲の下なので、高度5、6000mか。対地攻撃機FA-18スーパーホーネット。この高さでこの音なのだから、たまったものっじゃない!12時20分。
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上空を行くオスプレイ。12時40分。これほど高く飛ぶのは珍しい。
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ウルセイと思ったら、大型ヘリ。10月11日に高江で炎上爆発した同型機。CH-53E
14時15分。
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テントの北側(国道329の北)のヘリパッドに降りる。建物は辺野古漁港の施設。14時15分。
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14時28分。降りたり飛んだり。
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15時50分。しつこい!まだやっている。空は曇ってきた。このあと、雨も降りだした。
沖縄の空を沖縄のものに、取り返そう!

11月6日から新たな護岸工事を始めただと(171107)

17年11月6日夕、私は那覇に戻ってきた。7日朝、那覇から辺野古へ直行。今日は大勢の来訪者があるらしい。東京から高校の修学旅行。

沖に巡視船1、監視船多数。こちらも海上行動をやっている。6日から新たな護岸工事を始めたと国が宣言。
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フェンスの向こうにクレーンが見える。11時16分。
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確かにやっている! 砕石を落としてる。K-1護岸。11時18分。
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中間部。抗議船と海保GB。11時19分。
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作業現場のそばで米軍が演習中。ゴムボート。11時20分。
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奥のN5では根固め袋材を投下中。11時20分。
カヌーチームは終日抗議。何度も拘束されながらも頑張っている。
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漁港沖を行く攻撃ヘリ。高江に向かうのだろう。11時44分。
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沖合いを行く大型ヘリ。14時14分。やはり高江だろう。
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手前のK1で砕石の投下が続いている。海が汚され、潰されていく。さんごが生き、海草が生える海だぞ。14時52分。
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今日も河口の上を飛ぶミサゴ。魚を狙う。ミサゴの英名がオスプレイ。15時21分。
この後、修学旅行生に私も話した。目の前の海を見せながら、沖縄の基地の問題、沖縄戦から今日まで、ここは君たちの未来に通じているのだと。これを15分で話すのだ。思いのほか拍手をいただいた。感謝。

昨夜、重低音が鳴り響いた(171108)

 昨夜のことだ。17年11月8日、18時30分頃と19時30分頃。自宅で。重低音が暫くの間続いた。外を覗いたが、初めは見えず。2回目、北東に向かう赤色灯。もしかしたら夜間演習中のMC-130。嘉手納に居る特殊作戦機。名護西海岸を経て、北部訓練場、伊江島に抜けるのだろう。

 低空から敵地に近づき、パラシュートで人や武器等の物を落とすのか。朝鮮半島情勢がきなくさいから、敏感でなければならない。

オスプレイを横目にしながら与那国島へ(171001)

2017年10月1日。晴れ。

2日間お世話になった宿とお別れ。不便ではあったが、良かった。
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8時16分。宿のそば。水田が広がる。いい島なのだが。
今日から与那国島へ。飛行機に乗る。
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10時23分。まだ居る。動く気配なし。
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修理している気配なし。10時24分。
こうしてオスプレイは10月4日の21時頃まで居座った。。30人余りの宿泊費、飲食費は?無論、燃料補給もしたのだろう。日本政府が負担した? 我々の税金だ。税金泥棒は誰だ? 日本政府と米軍だ。
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飛び上がればあっという間。10時45分。
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与那国ブルー。10時48分。

石垣島でオスプレイを終日観る(170930)

 2017年9月30日、晴れ。石垣島3日目。昨夜オスプレイが新石垣空港に降りたと。私の今日の予定は自衛隊の建設予定地に行くこと。しかしこの事態では予定を変更せざるをえまい。米軍め!

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6時35分。宿のそばで。石垣でオスプレイか。
10時7分。空港着。展望台に駆け上がる。
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予想通りの場所に居た。オスプレイ2機。10時20分。左が故障機。
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こちらが故障機。03
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エンジン部を点検している。10時23分。周囲にいろいろいるが。
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僚機である02番機の前で笑顔で打ち合わせ。これは沖縄防衛局職員ですな。10時44分。
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点検・修理(?)作業中。11時8分。
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作業していた海兵隊員約10名が空港施設に戻る。11時24分。
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どうしたの?とマスコミが防衛局に問う。11時24分。明快な答えなし。どうも処置なしのようだ。エンジンの交換とか、修理道具が必要なのか。
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駐機場の西側で地元の自衛隊反対のグループが緊急集会。12時から。
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オスプレイ ノーの声をあげる。
暫く動きなし。どうしたのだ!
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次々と民間機は飛び立つのだ。15時23分。
15時30分。約20名の兵隊が02に乗り込む。出発?
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02の上で点検。15時51分。どうしたんだろ。乗り込んだ一行は降りていた。 
私の最終バスの時間が迫る。今回宿を遠くにしか取れなかったのが悔やまれる。
しかたない、タクシーで帰る。
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16時37分。kc-130が飛んできた。やはりきたか。
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ここは民間空港だぞ。16時41分。何しにきた?
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何もおろさず。7名が乗り込んだ。16時58分。
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米軍は何を載せている。日本トランスオーシャン空港の機械を使って。17時9分。
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02に給油もしている。米軍は支払うのか? 否。日本という国が肩代わり。
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オスプレイを置き去りに飛び立つ。17時49分。何しにきた?
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17時54分。いっちゃった! 
米軍は他人の迷惑顧みず、アメリカ・ファースト。
フィリピンに向かったらしい。
オスプレイは沖縄~フィリピンで演習する部隊を乗せていた。石垣空港におりて、犬(米軍)がおしっこを引っ掛けるような行動。ここも米軍の縄張りだ、基地だぞと。
今夜はオスプレイは飛ばないだろう。
18時私は引き揚げる。
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宿のそばで。18時24分。明日に英気を養う。

まぶいぐみ連続写真展(20)アキノ隊員&照屋要

まぶいぐみ連続写真展のvol.20.

アキノ隊員と照屋要さんの写真展 アキノ隊員とは宮城秋乃さん。チョウの交尾に夢中とい昆虫研究家。同時に自然観察の現場の自然破壊に厳しい目を注ぎ、高江でのオスプレイパッド建設にも抗してきた。
今回のアキノ隊員の写真展は『生きるものたち。殺すものたち』とあるように、現場にいるからこそ見えた写真ばかりだろう。
照屋要君も30代。20代を東京で暮らし、沖縄に帰ってきて見えてきたものがあると。写真とは異化と同化の往復運動でもあるが、彼の身体が沖縄をどう留めているのだろうか。
日時:17年11月4日~12日(日) 11時~18時
◎12日14時から ギャラリートーク&ディスカッション
会場:ギャラリーラファイエット(沖縄市中央4-1-3 2階) 070(5691)9008
http://rougheryet.blogspot.com
◎私も見に行くつもりだ。
◎アキノ隊員のブログを私のブログの「お気に入り」に入れたので、こちらを参照して欲しい。

2017年11月 8日 (水)

「ぬじゅん」5月号に私の写真(与那国・石垣・宮古)が出ています

 「ぬじゅん」とは、うちなーぐちで、撮ること。沖縄写真・まぶいぐみによる隔月刊発行の冊子。この第5号(17年9月刊)に8月の写真展に出した写真のなかから11枚が出ています。

 漸く私の手元に届いた。早速紹介。8月の写真展と同様に、兼城淳子さんの「命と暮らしを守る沖縄の闘い-辺野古・高江」と並んで私の「琉球諸島に忍び寄る黒い闇-与那国島・石垣島・宮古島を巡って」が出ています。それぞれの島の基地化に向かう断面と抗いの一面を切り取っています。
 
 是非お手に取ってみてください。発売所:琉球プロジェクト 
申し込み:document.nujun@gmail.com
あるいは、https://store.ryukyushimpo.jp/product_list/product/3000400059?d=3000400059-0000
又は私に直接。500円です。
 

本日(2017年11月8日)9時頃、シュワブゲート前で不当逮捕

 2017年9時過ぎに入ってきた情報によれば、キャンプ・シュワブゲート前で1名が逮捕された。機動隊による座り込む人々を排除する過程でのことのようだが、公務執行妨害の容疑のほか詳細不明。被疑者についても不明。なお今夕、弁護士が留置先の名護署に接見に向かった。

久しぶりに沖縄の新聞をみた

 去る6日夜、沖縄に帰ってきて、久しぶりに琉球新報を見た。今朝は自宅で沖縄タイムスを見た。旅先で見かけたローカル紙は、読むところが少なかった。さらさらっと終わる。取材能力もあろうが、やはり地域の問題が少ないのではないか。

 今日のタイムスの1面は「嘉手納F-35訓練開始」だ。「騒音107デシベル 授業中断も」であり、2面、27面に関連記事が並ぶ。これは事件・事故ではなく、日常的に起きる訓練だ。その日常が授業中断をもたらしているのだ。
 今回の私の旅は岩国から始まった。都合で3時間しかいられなかったが、F-35が延べ8機飛んだ。轟音に私が怯み、初めの4機全てを撮り損ねるほどだった。一目でボリュームの大きな機体だと分かるほどであり、一段と轟音が大きいのだ。
 昨日の辺野古上空でも戦闘機の騒音が繰り返しきこえてきた。雲の上であり、機影を確認できなかったが、この35がいたようだ。
 もし、沖縄の新聞がこんな日常を受け容れろ、事故があっても黙ってろだったら、どうだろうか。言葉で安保容認だと主張しなくても、それはおかしいだろう。沖縄のマスコミに現実に肉薄する力がどれだけあるかは、まだまだ課題があると、私は考えているが、ローカル紙が中央政治のちょうちん持ちになったら、おしまいだ。旅先から帰った私だから、あらためて書いておく。

2017年11月 7日 (火)

沖縄はやはり暑いわ(17年11月7日)

 今回の旅は、山口県、広島県、島根県、鳥取県、兵庫県、京都府、大阪府の7府県を巡った。成果はまずまず。ドジを連発したが、心は無事だった。11月1日夜に持病が出て、夜中に体調を崩し、以降、不調に。ちょっとした健康管理ミス。最後に折角京都で買ったお土産のお菓子をどこかに置いてきた。泣く! 

 昨晩自宅に帰るはずが、急に会議が那覇で入り、最終バスに間にあわず、那覇に泊まってしまった。出費はかかったが、こちらの成果は上々だったので、結果オーライだ。中身の公開は当分の間、非公開。そんなわけで、今日は那覇から辺野古に直行。
 沖縄は暑いけど、やはりこの海を見ると落ち着く。暑いって、旅先では久しぶりに冬山用のウールのシャツを着て、寒さ知らずだった。帰ってきたら暑いのは、ズボンが厚手だから。上は脱げるけど、下は脱げないから。
 中身の報告は後になるが、様々な課題をいただいて帰ってきた。帰ってきたら、この国はトランプ大統領におべっかなのか、辺野古側護岸工事に着手だとか。腹立たしい!吼える体力がないのだが、吼えてやる!
 そしてテントに帰ってきたら、仲間のYさんが交通事故にあったと。まだ病状が定まらないとかで、大いに心配。回復を祈るばかり。
 そんなところで、自分は無事。

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