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2017年12月

2017年12月31日 (日)

年末に咲く花たち(171231)

 やはり沖縄は暖かです。サンダル履きで外出。無論、素足。

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さすがにススキは、枯れススキ。モチっと感を出してみました。
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サクラもポチポチ咲き始めていた。ヒカンザクラ。
望遠レンズをもって、買い物に出なかったので、ちょっと遠い。
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樹幹に根が張り付いている。個人宅の庭木に咲いている。

2017年を振り返って(171231)

 先ほどK様から宜野湾での市民大会の報告にメールをいただきました。ありがとうございます。

 以下が私の返信。
「ありがとうございます。
実は私も撮影中、ずっと涙目でした。だからピントがやや甘い。マニュアル・フォーカスなので。
当たり前のことが、何十年も通らないのが沖縄。
しかし日米安保(日米地位協定)は、日本中に、『米日安保』として屹立しています。このことが見えていない46都道府県の皆様の不幸。『何処で何が起きても知りませんよ』と言いたくなります。」
 2017年を振り返ると、わじわじするので、今年私が確認したことを4点あげておきます。
①軍事力では、何も解決できないこと、人間は暴力を克服できるのか否かが、人間がこれからも生き延びていけるかを決めていくだろう。
②平和を主張するとき、小文字の平和から考えよう。私たちの暮らしの中の平和。空から飛行機の部品等が落ちてきたり、騒音に会話がかき消されたりしない。拉致され、強姦され、殺されたりしない。いじめがないこと、友だちどうしで仲良くできたり、先生にいじめられたりしない。信頼できる人間関係をもっている。地域の自然や文化に愛着をもっている。
などなど。
③憲法9条を守れ、改憲反対は、当然だけど、問題は文言じゃない。その実態。沖縄にある基地の現実、琉球諸島への軍事化、武器産業の強化などと如何に闘うかだ。日本の軍事力が沖縄の人々に、他国の人々に脅威になる時代を迎えてしまっているのだ。ここを忘れないで。
④大国主義を卒業して。昔、西欧列強と渡り合おうと考え、アジアを蔑視し、侵略を正当化したこの国。過去の歴史を忘れ去り、のほほんと。所詮地理的に小さな国が「世界のナンバー1」(今では米国の属国)になるなどの野望が無理に無理を重ねた戦争に結果したのだ。小さくとも心豊かな国になっていただきたい。
 
 沖縄は、もっと小さいが全うにいきていけるはずだ。これは18年の私たちの課題だろう。

演劇「いつもいつも君を憶(おも)ふ」(18年1月 東京)

〇以下の案内が届きました。新年早々の公演です。企画は有馬理恵さんと加藤頼さん。作が山谷典子さん。戦争の時代から再びの戦争の時代の100年間のものがたり。俳優座の公演です。
 演劇など見たことないという方にもお勧めです。この機会に見るべし。(ヤマヒデ)
こんにちは、俳優座の有馬理恵です。
歴史を見つめ  未来へつなぐ
人間として語りつがなければならないこんにちは、俳優座の有馬理恵です。
歴史を見つめ  未来へつなぐ
人間として語りつがなければならない
一世一代の大仕事として、芝居を創りました。
是非とも、ご来場くださいませ。
●劇団俳優座2018年1月公演
 「いつもいつも君を憶(おも)ふ」
 作:山谷典子
 演出:深作健太
   企画・製作・出演:有馬理恵   加藤頼
●公演日時(開演時間)
   2018年1月11日(木)~21日(日)
   11日(木)              19:00
   12日(金)   14:00
   13日(土)               19:00
   14日(日)   14:00
   15日(月)   14:00
   16日(火)   14:00
   17日(水)   14:00
   18日(木)   14:00
   19日(金)                19:00
   20日(土)   14:00
   21日(日)   14:00   (全11ステージ)
●公演場所
   俳優座劇場
 (地下鉄日比谷線・大江戸線「六本木駅」6番出口前)
●有馬理恵の特別割引料金
   一般 4,700円(通常 5,400円)
   学生 3,000円(通常 3,780円)
       (全席指定・税込)
●申し込み
有馬理恵を応援する会(富士国際旅行社内)
メール/arimarie915@gmail.com
Tel/03-3357-3377(平日9:30~18:00)
Fax/03-3357-3317
■氏名
■観劇日
■枚数
■電話
■住所
上記を記載の上、お申し込みくださいませ。
☆15日(月)と17日(水)の終演後、アフタートーク開催
     15日ゲスト:小森陽一氏(東京大学教授)
     17日ゲスト:山谷典子氏(本作脚本)
☆12日(金)・16日(火)・18日(木)の終演後、バックステージツアー開催
     出演者がステージや舞台裏をご案内します。
     (有料・要予約)
☆14日(日)と17日(水)にはキッズスペースのご用意あり。
     観劇中、お子様をお預かりします。
     (無料・対象3才以上)
詳しくはこちらにアクセスして下さい。
https://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%852018%E5%B9%B4/%E3%81%84%E3%81%A4%E3%82%82%E3%81%84%E3%81%A4%E3%82%82%E5%90%9B%E3%82%92%E6%86%B6%E3%81%B5/
一世一代の大仕事として、芝居を創りました。
是非とも、ご来場くださいませ。

2017年12月30日 (土)

大掃除、第一段が終わり(171230)

 やっと大掃除の第一段が終わりました。台所・レンジ周り・冷蔵庫、お風呂場・トイレ・洗面所、玄関など。やらないよりもやったほうがいいのだが、全体を思えば、かえって気が重くなったりして。しかし今年は明日までやります。

 ネットを見たら、やたらに妖怪達が活躍しています。彼たちもご苦労だな。こんな年の瀬まで、私ごときのブログをのぞかなくても、いいのにね。時のトップ(夫婦揃って)が酩酊しているかのごときだと、守護者も苦労するってことか。あれごときのトップの為に、そんなに気張ることはありませんて。
 みなの衆、ご用心です。いつどこから訳の分からない弾圧がくるかわからないから。以前に書いた人民新聞の編集長への弾圧も「詐欺罪」とかいっているが、誰が何を騙し取ったのかさっぱりわからない。それで起訴だから。「過激派」だと煽れば、騙せると思っているらしい。アホクサ!
 アホクサといえば、まぁ色々いるのだが、先ほどツイッターで見た数字にも激しい怒りを覚えた。政治家どもの政治資金を使っての会食費。麻生太郎、1754万円、138回、塩崎恭久厚生労働相、1225万円、131回、林芳正文部科学相、695万円、142回、稲田智美元防衛相、604万円、142回、などと(いずれも16年度。赤旗の記事から)。塩崎は一日に9回、87万消費したそうだ。第1ランチ、第2ランチ、第3ランチ、一次会、から6次会までかな。
 こんなところで回る政治がいいわけがない。彼らが腹黒いのもこんな数字を見てみれば、分かるというものだ。このなかで塩崎と林は、昨日、宜野湾のみなさんが決議文を送った相手だ。東京の高級料理店でたらふく食っている奴らに、沖縄の現実がわかるわけない。少しは恥を知れ!
 何でこんな奴らに私達は翻弄されなければならないのだろう。悔しいね。 

米軍基地被害から子どもを守る市民大会(宜野湾市)報告

 2017年12月29日正午過ぎ、私たちは辺野古から宜野湾市役所に向かった。

 市役所の中の駐車場に入ろうとすると、丁度、あのCH-53大型ヘリが飛び上がる姿が見えた。13時20分頃だろう。
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13時25分。今度はAH-1攻撃ヘリだ。ここ宜野湾市役所は普天間基地の東に位置し、滑走路の北東端にほど近い。
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13時34分。さらにもう一度通過。
私達は、会場はどこかと戸惑っていると、敷地の外のようだ。移動する。
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市役所前。誰かがヘリの窓枠の模型と保育園に落ちたローター主軸部部品の実物大の模型(右下)を作ってきた。さすが。13時58分。
14時予定通り集会が始まった。司会から呼びかけ6団体に賛同が43団体となり49団体の実行委員会になったと報告された。
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冒頭に大会実行委員長の仲西春雅県PTA連合会会長が立った。緊張した面持ちで、緑ヶ丘保育園に落ちてわずか1週間後の普天間第2小の校庭に窓枠が落下した。市民が納得できる説明もないままに、その6日後に同型機が飛行を再開した。子どもの命をなんだと思っているのか、と怒りがこみ上げていた。身近な問題だと今さらながら気づかされた、と。
 今大会の意義は、改めて当事者が主体になって声をあげたことだ。この一点が極めて大きなことではないか。
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わざとかと思わせるようなタイミングで離陸したCH-53E。14時5分。この前部に着いている窓枠が落ちたのだ。
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島袋純教授が普天間基地を解説。沖縄戦で私たちの土地を取り上げて造られたものであり、存在そのものが人権侵害なのだ、と強烈な痛打を浴びせた。この基地から飛行機を飛ばすことじたいが教育を受ける権利を侵害しており、抗議の声をあげなければ、私たちの尊厳を放棄することに等しいと。米軍の「人的ミス」という言い逃れを断罪し、構造的差別を糾弾。人権を守るために主権が存在し、政府があるはずだが、政府のあるべき姿を求めていこうと、きっぱりと。
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こんな看板も。右手前は辺野古から駆けつけた島袋文子さん。
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今度はオスプレイが飛ぶ。14時13分。
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緑ヶ丘保育園の神谷武宏園長と保護者の皆さん。
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園長の発言を一字一句聞き漏らすまいと真剣だ。
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米軍は落下物を米軍ヘリのものと認めながら、落としていないというが、だとすれば、これは「事件」だ、と。米軍機が子どもたちの上を飛び交う現状は余りにも命の軽視になっている。子どもたちの命を守り、平和な空の下で自由にのびのびと遊べ、暮らせる空にするため、一緒に声をあげていこうと、力強かった。
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緑ヶ丘保育園父母会副会長の知念有希子さん。私たちはただ、子どもたちに大好きな園庭で何も心配せずに遊ばせたいだけだ、と。当たり前すぎることを口にせざるを得ない現実をどう変えていけるのか。保育園上空の飛行禁止を求め、子どもたちに堂々と「もう大丈夫だよ、空からは雨しか降ってこないよ」言えるように行動していくと。
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普天間第2小の保護者のひとりの呉屋辰巳さん。自身が卒業生であり、卒後30年経っても変わらない現実に、毎日不安を抱えてきたと。子どもたちが安心し過ごせる環境を強く望むと。普天間基地閉鎖にも言及した。
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普天間爆音訴訟団で宜野湾市議の桃原功さん。裁判は米軍を「第3者」扱いしスルーしているが、米軍こそ当事者だ。われわれの土地が取られて普天間基地ができたのであり、おかしいことにはおかしいと、声をげようと。
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今日参加していた国会議員も、聞き役で、一参加者だった。
発言は、学校現場から嘉手苅直さん、沖縄婦人連合会会長の平良菊さんと続き、最後に決議文が拍手で確認された(別項、参照)。
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決議文に拍手で応えた参加者たち。子ども連れも多く、皆、真剣だった。
〇何故こんな当たり前のことを叫び、要求しなければならないのか、何故涙を流さなければならないのか、余りの理不尽さに怒りを新たにした集会だった。(ヤマヒデ)

年の瀬の中で、考えていること(171230)

 2017年12月30日。名護(西海岸)は晴れている。昨日は私も宜野湾まででかけて、米軍基地があるが故の基地被害をなくせ、安心・安全な教育環境を求める集会を取材してきた。今日の沖縄2紙にその記事が大きく取り上げられている。この1年を回顧する記事を凌駕する形で、この紙面が作られている。沖縄では、空から何が落ちてくるかわからないのだ。12月13日のヘリの窓の落下のシーンがテレビ局が撮影していた中に写りこんでいたのだ。落ちていく揺るがぬ証拠が映像に保存されたのだ。

 それにしてもこんなことがいつまで続くのか。しかし翻ってみれば、今の沖縄は戦場ではない。ここで冷静に考えれば、戦場ではないはずの沖縄で、事件事故が多発している。どうしてなのか。米軍の緩み、日本政府の擁護。この繰り返しが緩みを増幅しているのだ。
 
 私は昨日宜野湾から帰ってきて考えた。沖縄の子どもたちのことが見えるならば、現在の戦場を想起すれば、「安全・安心な教育環境」が簡単に潰されていることもみえてくるはずだ。エルサレムでもアレッポ(シリア)でも人は生きているし、子どもも生きている。しかしあちこちが戦場になり、私たちが気づかぬところで、人間が傷つけられている。無残に殺されているのだ。
 
 私たちは、子どもを思い、これからのことを思うからこそ、基地を真正面から直視しなければならない。この基地が他国の人々の生活を破壊し、生きる場を奪い、命を奪い、憎しみを増幅させてきた。このことを否定できる者がどこかにいるのか。いないはずだ。不都合なことを隠してきただけだ。戦争に乗じて大金儲け。これを見ないふりしてきただけだ。
 
 今年は核兵器廃絶の動きが活発化した1年だった。国連決議が行なわれ、ノーベル平和賞もそうだった。カトリックのローマ司教も核廃絶に舵を切った。
 私たちの想像力と行動力には限りがあるが、具体的な手がかりを掴み取り、各地から動き出すことはできるはずだ。2018年は、お互いを思いやりながら、この想像力と行動力に、より一層磨きを掛けていこう。私はこのために頑張る。

2017年12月29日 (金)

17年12月29日宜野湾市役所前での市民大会決議文

「米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会」決議文

 12月7日、緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落下しました。わずか50センチ先の園庭では園児たちが遊んでおり、一歩間違えば大惨事になっていた事故が起きました。そのわずか1週間後の12月13日に今度は普天間第2小学校の運動場にCH-53Eヘリの窓が落下し、児童が怪我をする事故が起こりました。「ヘリの窓落下事故」以来、同校では天気がよくても運動場での体育の授業や屋外活動ができなくなっています。放課後の野球等のスポーツ活動も中止を余儀なくされ、学校教育活動に重大な支障をきたしています。

 事故からわずか6日後の12月19日には、市民が納得するような事故原因説明や再発防止策も示されず、同ヘリの飛行再開が強行されました。子どもたちはヘリや軍用機の爆音を聴くたびに墜落や落下物の恐怖に怯えています。

 「全ての子どもは恐怖に怯えることなく、安心・安全に教育を受け生活する権利を有する」は、児童憲章等に示された人類普遍の原理であります。軍事基地・滑走路にフェンス1枚で隣接し、毎日軍用機の爆音と墜落の恐怖に怯えながら、学校生活を送っている子どもたちが、少なくとも日本国内において他にいるでしょうか。

 本来、学校施設や保育施設の子どもたちは、静かに安全に学び、生活することが保障されています。この地域に生まれ育ったがために、常に軍用機の爆音にさいなまれ、軍用機の墜落や落下物の恐怖に怯えながら学校生活を送らざるをえない状況です。いつまでこのような理不尽な生活を強いられなければならないのでしょうか。

 これまでも沖縄県内で数え切れないほど多くの米軍機の事故が起こっています。そのたびに日米政府は「事故の原因究明と再発防止の徹底」を繰返し発言してきました。しかし実効性のある対策はいまだにとられていません。米軍司令官は同小学校への謝罪の際、「最大限学校上空の飛行は避ける」との発言を行い、同型機の飛行再開を告げました。「最大限飛行しない」と言うことは、場合によっては上空を飛行するということであり、これまでと何ら変わらない対応です。

 私たちは子どもの生命(いのち)を危険から守り、安心・安全な教育環境をつくるために、本日宜野湾市において市民大会を開き、ここに抗議の決議をあげ、保育園や学校施設上空の即時飛行禁止を強く求めます。 

宛先 

 内閣総理大臣       安倍晋三

 外務大臣          河野太郎

 防衛大臣          小野寺五典

 文部科学大臣         林 芳正

 厚生労働大臣       加藤勝信

 在沖米国総領事      ジョエル・エレンライク

 第3海兵遠征軍司令官・沖縄地域調整官

                 ローレンス・ニコルソン

   2017年12月29日

    米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会

海は凪。年末にふさわしい?(171229)

2017年12月29日 曇り。巡視船や海保のGBもいない.。漁船を雇いあげている警戒船も0.

海は妙に凪。
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辺野古漁港。8時24分。穏やかだな。
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風もないのでテント前の護岸を久しぶりにテクテク歩いた。8時33分。
10時過ぎになって、なにやら水陸両用装甲車の音が聞こえてきた。
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フェンス沿いにのぞく。2両だ。10時13分。
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フェンス先端から「コンニチワ」 10時15分。
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戻りながらの1枚。岩の亀裂に多くの黒い貝がいる。10時17分。
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アップして見れば。
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ヤドカリの跡がくっきりと。10時18分。
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今日の警戒船はこれだけ。ガードマン会社のもの。こちらを船の上から撮影していた。
10時22分。
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クレーンは横倒しに。1本も立っていないだけで、ほっとしました。10時23分。
何人かの来訪者もありましたが、まずまず静かに12時まで時を過ごしました。

今日で私の年内の辺野古行きはおしまい。年末の片づけが待っている

 2017年もあと3日。今日12月29日は午前中に辺野古に行き、午後、宜野湾へ。お疲れでした。今日で年内の辺野古はおしまい。自分は、ですが。

 今日の宜野湾は、「米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会」でした。600名余りが参加。年末とはいえ、案外参加者は多くなかった。しかし当事者の声を聞けたのは良かったです。
 それにしても宜野湾市教育委員会は、普天間第2小の校庭を貸してくれなかった。また宜野湾市は、市役所の庭を貸してくれるのかと思いきや、庁舎前の外側でした。公道側です。お陰で、周辺にあぶれた人が多数いました。佐喜真淳市長の姿勢がもろに反映しているのでしょう。子どもの安全ぐらい、責任をとれよ!相手が米軍であり、これを支えている日本政府ですから、悔しいけれど、簡単にいきません。
 私の2017年の宿題は殆どそのまま18年に先送りするしかなさそうです。あと3日で片付けられる程容易なことではありません。ただ年内の「ヤマヒデの沖縄便り」は12月31日まで書き続けます。メール便もあと3回お送りします。どうぞ宜しくお願いいたします。

2017年12月28日 (木)

事件・事故への解決を求め、新基地建設をやめろとか言えるよ

 私がかねてから考えていたことを福岡の仲間たちがやってくれた。17年12月27日、度重なる沖縄での事故について、福岡防衛局に申し入れ行動をやってくれたのだ。事態を把握し、沖縄への思いが強ければ、またもし自分のところに落ちてきたらなどと考えたら、いてもたってもいられなくなるだろう。

 相手は各地にある防衛局だ。因みに北から、北海道防衛局(札幌市)、東北(仙台市)、北関東(さいたま市)、南関東(横浜市)、近畿中部(大阪市)、東海(名古屋市)、中国四国(広島市)、九州(福岡市)、沖縄(嘉手納町)だ。さらに各地に防衛事務所、防衛支局等がある。
 皆さんの中には、管轄が違う事を言っても無理かなと思うかもしれない。しかし事件・事故が起こりうるのは、どこでも起こりうる。起こってからぼやくよりも今からだ。圧倒的に沖縄に偏っているだけだ。日米地位協定も同じものだし。
 また基地建設も全国の部隊と、米日共同作戦が増えていく中でのことだから、やはり責任を問うていくべきだ。
 しかし福岡から入ってきたニュースに寄れば、申し入れを局の会議室で受けるといっていたのに、玄関払いの姿勢に出てきたと。なめているな。本気で聞く気などないようだ。情けないね。だからこそ、他人事扱いを許さないことが重要だ。
〇各局の詳細は「防衛省 防衛局」で検索。
http://www.mod.go.jp/rdb/

東京ドーム周辺でのミサイル避難訓練に「約250名」で実施

 東京都は18年1月22日、内閣官房などと地下鉄春日駅、後楽園駅、東京ドーム周辺で、ミサイル避難訓練をやるそうだ。何故?!
 因みに、東京ドームのお箱は定員55000名。両駅の一日の乗降客数は如何かな?
 この訓練の動員予定数は、どうも250名とか。私はこの訓練のバカバカしさを言う前に、この桁違いの想定に思わず笑った。各地でやられている避難訓練を見ても、敵愾心を煽る効果しかない。意味ないことぐらい誰でもわかる。怖いよーと、軍事力増強だよーと。そんなシナリオが見えるよね。そしてお上の指示に従う、もっといえば隷従する民をつくりだすこと。既に公教育などを通してほぼ完成しているが、ここを「緻密」にしたいのだろう。
 ただしこの動員数でできることは、やったという実績づくりと、関係機関の連絡体制の強化だろう。東京都・文京区・警察・消防・ドーム・都営地下鉄・地元の諸団体・国(内閣官房・自衛隊・国交省など)。
 内閣官房や東京都は、よっしゃ、核シェルターを造るぞ、儲けさせるぞと思っているのか。また地下鉄構内を避難所にするつもりか。もしものことがあれば、そこも電気も水も止まるだろう(自家発電があっても、かなり限りがあるはずだ)。外は放射能がまいちっている。どうする?
 政府は本気で「北」が危ないと考えているのならば、日本中の原発を止め、なくすことが先決でしょ。今からじゃとても核物質の処理にまにあわないから、「日本は米国の核の傘を抜けるから、きみんとこも核・ミサイル開発やめてよ」というしかない。米朝会談を勧めるぐらいの度量のある大人の政治家はいないのか。
 竹槍と防災頭巾で訓練していた72年前を髣髴とさせるような訓練で何がしたいのかね。現代科学へのしらんぷりは、呆れたものだ。沖縄では軍隊は住民を守らなかったが、これでは、現代の国も地方行政も住民を守らないことを宣言しているに等しい。こんなアホ草訓練に250名も参加するのかな。
 首都東京に戒厳令(改憲案の中で取りざたされている緊急事態条項)が迫っているのかな? こっちのほうがよほど怖い。
以下を参照されたい。
〇東京都(広報)
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/12/26/12.html
〇内閣官房 国民保護担当
http://www.kokuminhogo.go.jp/kokuminaction/
〇リスク対策
http://www.risktaisaku.com/articles/-/4467

クレーン台船が1隻出て行った(171227)

2017年12月27日 曇り時々晴れ。暖か。

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8時35分。工事の様子を見る。
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テント入り口(右側が漁港)。
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テント脇にイソヒヨドリが止まった。10時44分。
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ピースサイクルでこられた皆さん(沖縄県内から)。ありがとう。カンパもいただきました。
12時17分。
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平島の手前に伸びているオイルフェンス。先端にいくつもがまたいでいる。この異様。
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クレーン台船(黄色のクレーン)が大浦湾から出てきた。どこへいく? 12時25分。
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12時49分。中城方面に出るかと思いきや。
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左(東)に旋回した。13時16分。帰ってくるな!
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odbの船だが、県の環境監視委員会の皆さんを連れて現地確認だそうだ。13時4分。
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松田浜から。クレーンが下がっている。年末態勢に入ったのだろう。14時44分。
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しかしこれが今の辺野古の海だ。手前がk-1.奥がNー5護岸.まだ線でしかないが。
県は今とめずに、どうするつもりだ。私たちは止める。屈しない。
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真下を撮ろうと思っていたら、上をミサゴが舞った。14時51分。
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優美、かっちょいい!
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足下にコマツヨイグサ。帰化植物だけどね。
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左の跡は、ヤドカリの足跡。
今日も多数の来訪者の方々にお話しました。どうしたら私たちの思いを伝えられるのか。悩ましい。

名護市民投票から20年!辺野古テント村座り込み5000日アピール文

名護市民投票から20年!辺野古テント村座り込み5000日集会 アピール文

 

 1997年12月21日、名護市民が市民投票で「辺野古新基地NO」の市民意思を内外に示してから丸20年が過ぎました。そして2004年4月19日、辺野古海岸テント村での座り込みを開始してから今日で5000日を迎えます。

 新基地建設の是非を問う名護市民投票は、「大事なことはみんなで決めよう!」というスローガンに示されるように、民主主義の原点に根ざすたたかいでした。日本政府は権力と金力を総動員し、あらゆる手段を使って潰そうとしましたが、名護市民はそれを見事にはねのけたのです。しかしながらわずか3日後、政府の圧力に屈した当事の比嘉鉄也市長によって、市民が心血を注いで勝ち取った勝利は覆され、以来20年間、名護市民は日米の国家権力との理不尽な対峙を強いられてきました。

 2004年4月19日から、当事の計画であった「リーフ上埋め立て」に向けたボーリング調査を止めるたたかいが始まりました。同年8月13日の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落を機に、政府は危険な普天間基地の辺野古への「移設」を急ごうと海上作業を強行しましたが、地元住民・名護市民をはじめ近隣のウミンチュたち、全国から駆けつけてきた若者達の応援も得て、船やカヌー、ボーリングやぐらへの座り込みなど、1年間にわたる海上でのたたかいを展開し、ついにこの計画を断念に追い込んだのです。

 この20年の間に日本や世界の政治・経済情勢も、米軍基地をめぐる状況も大きく変化し、それに伴い、新基地建設の中身も何度も変わりましたが、日本政府はストーカーのように「辺野古唯一」に固執し続けています。2010年1月、名護市民は「辺野古の海にも陸にも基地を造らせない」を公約に掲げる稲嶺進市長を当選させました。名護からの源流はやがて。「オスプレイ配備・新基地建設を許さない」オール沖縄の大きな流れとなり、うねりとなって、2014年、稲嶺市長再選、そして翁長雄志県政を誕生させたのです。

今年4月25日、安倍政権は「埋め立て工事着工」を大々的に宣伝しましたが、ゲート前座り込みや海上・陸上をつなぐ不屈のたたかいによって工事は計画通りに進まず、無数の命を育む辺野古・大浦湾の海は、今も私たちの前に美しく輝いています。それは、地元住民・名護市民の地を這うような地道なたたかいが全県・全国・世界に共感を広げ、ひとつの大きな意思となって不当・不法な基地建設を阻んでいるからにほかなりません。この美しい海を美しいまま子や孫に残したい、子や孫たちを再び戦場にさまよわせたくない-それがこの20年間変わらない私たちの願いです。

 憲法を変え、戦争への道を突き進もうとしている安倍政権は、沖縄県民が各種選挙で明白に示した民意を踏みにじり、新基地建設を暴力的に強行しています。来年2月の名護市長選で3選をめざす稲嶺市長は、「次の任期で辺野古問題に終止符をうつ」と明言しました。これに危機感をもつ政権は工事を加速させて市民の諦めを誘おうと、石材の海上輸送を始めましたが、私たちは騙されません。あきらめないことこそが、私たちのたたかいであり、「勝つ秘訣」です。

 今こそ名護市民投票の原点に立ち戻るときです。自分たちの未来は自分たちで決める!名護市長選に勝利し、新基地計画を白紙撤回させ、平和で自然豊かな沖縄の未来を私たちの手でつくっていきましょう!

 

 2017年12月26日   ヘリ基地反対協議会

                  集会参加者一同

〇上記の文は17年12月26日にキャンプ・シュワブゲート前で開催された集会のアピール文です。この20年間の、この5000日のことを単刀直入にまとめられています。これからの私たちの闘いに参照できる文であり、特に名護市民の、沖縄県民の未来を照らし出してくれることでしょう。

 余談ながら私はこの文を書き写していて、2度、3度涙してしまいました。ガンバリましょう。(ヤマヒデ)

年末の朝を迎えて(171228)

 昨日で新基地建設を巡る年内の工事は、ほぼ終わったようです。12月26日、辺野古テント村は座り込み5000日を向かえ、今日で5002日。時間は経っていきますが、国家権力はますます強気になってきています。

 こういう時こそ、私たちが前を向いて強気になれなければ、押されるばかりになってしまいます。こういうときこそ、私たちの間に分断のミゾが牙をむけてきます。このミゾをどうやって克服していけるのか。丁寧に丁寧にやらなければいけないのに、忙しさの余り、お互いに短絡的になりがちです。お互いに気をつけましょう。
 克服すべき問題点は山積み。やるべきことも、手一杯。それでも着実にやるしかありません。
 12月26日、27日と、テント村は大忙し。私はもうくたくたでした。その上、「今日中にブログにあげよう」と、2晩頑張りました。年末になって予定外の飛び込みの来訪者が増えて、さぁたいへん、だった。なんだか那覇で全国集会があり、そこから各団体がおいでいただいたようです。感謝です。
 昨日はこちらが終わる16時丁度にこられた団体があり、全て片付けた後でしたが、20分ほどお話しました。全般的な話になると、右から左に素通りだろうし、皆さんお一人お一人の中で、どこかで引っかかってくださればいいのですが。私が愕然とするのは、こちらの危機感との激しい落差です。切迫感を感じていらっしゃらない。憲法9条が変わるという前に具体的に何がおきているのか? ここに着目してほしい。
 来年の私は、「沖縄は東アジアの問題であり、世界の問題、日本の問題、人間の問題」に、的を絞っていきます。常に具体的に、私の足下から見つめていきます。
 
 新年早々(1月下旬)、名護市で写真展を開きます。『命どぅ宝。今こそ基地を造らせない』小さな写真展ですが、24枚で編成。改めて告知します。

2017年12月27日 (水)

辺野古テント村座り込み5000日突破集会(報告)

2017年12月26日辺野古テント村座り込み5000日突破集会がキャンプ・シュワブゲート前で開催された。

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ゲート前で。11時18分。
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ゲート前の通常の座り込み。11時26分。
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ゲートの中に。なんだこれ?
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先ずは海勢頭豊さんが応援にかけつけてくれた。今日はソロ。「月桃の花」など。
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集会の口火を切った安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表。97年12月の名護市市民投票・住民自治から20年の意義から語りだした。そこから20年を5分で語るのは無理。しかしここ々から語らなければ今の闘いを指し示すことは難しい。彼は来る2月4日の名護市長選勝利の重大性を提起した。
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20年の顔だ。名護市長選に必ず勝とうと。
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それぞれの胸に去来するものは何か?個々人の20年の歩みを重ねているのだろう。
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オール沖縄会議事務局長の山本さん。
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平和運動センター議長の山城博治さん。自身の刑事裁判について触れた上で、翁長知事への批判に言及した。奥港、本部港の使用許可、県知事選と同時の県民投票などの動きについて、ありえないと。早期に埋め立て承認(仲井間知事)の「撤回」をと。
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平和市民連絡会の真喜志好一さん。ヒロジさんの怒りを解説すると、台形の紙を示した。普天間基地は、クリアゾーンが存在していないのだと。ここからして普天間基地が存在していることじたいがアウトなのだ。まして辺野古に持ってくるなど論外だ。
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統一連の仲村司さん。市長選勝利を強調。
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対面の基地の中から、軍警らがこちらを見張っている。
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国会議員も発言。必ずや基地を造らせないと。照屋寛徳衆議院議員、赤嶺政賢衆議院議員、糸数慶子参議院議員。伊波洋一参議院議員はメッセージを紹介。
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県議の比嘉京子さん(社会大衆党)。今次名護市長選は本当に厳しい闘いになると。国も必死だから、我々も全力を尽くさなければ、勝てないと。
また、議論は重要だが、団結しなければ勝てないと。
ほか県議各会派から。
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酉は稲嶺進名護市長。2月4日に迫る市長選に何が何でも勝たなければならないが、今回の闘いは過去に例がない厳しい闘いになると、決意を表明。相手候補の争点隠しに対して、基地の是非が今後の名護の姿を占うものだと、明快だ。
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厳しいけれど、堂々と名護市の未来を示していくと。
東恩納琢磨市議が締めの挨拶と団結ガンバロー! 気合が入っていたな。
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集会参加者は約500名。5000日のこれまでとこれからを共有。必ずや新基地建設を止めると。
今日のゲート前からの2回目の石材等の搬入はなかった。

2017年12月26日 (火)

5000日目の辺野古テント村(171226)

2017年12月26日 曇り後晴れ

今日は2004年4月19日からここで(辺野古漁港を挟む入り口)座り込みに入ってから5000日です。辺野古漁港が作業ヤードにされるのを止めたのです。
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テント前から漁港を望む。8時3分。
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朝来たら、ぴかぴかの5000日の看板がありました。Oさんありがとう。
今日の私は率先してこの看板の前で、記念撮影をしてさしあげました。5000日はきょうだけですからね。
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釣りの人が見えました。8時28分。
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今日もK-1もN-5も工事が進んでいます。
今日の海上行動は、ゲート前での集会に集中となり、中止に。船で様子を探りに行くだけとなったようです。
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10時3分。松田浜の前。海保が来ていました。
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彼は、船で現場まで行ったそうですが、船から飛び降りて抗議してしまい、海保に拘束されたようです。10時4分。気持ちは分かりますが、無理するな! 後方の船はブルーの船。
この後、私たちはゲート前へ。(別項で)
午後には来訪者が多く、私は3回立て続けにお話しました。5000日の意味を説きながら、思わず力が入ってしまい、疲れました。偶然、友人・知人が来ており、嬉しかったです。
それにしても5000日もの間、いや、以前の命を守る会の活動を含めれば21年間も良くもまぁ多くの方々が頑張ってきてくださいました。闘いの渦中で、亡くなられた方も少なくありません。非暴力の闘い、海の闘い、市長選や県知事選まで。勝つまで諦めないのです。
まだまだ試練が続きますが、私たちの戦争を許さない思いと自然を守る思いは揺るぎません。あとがないからです。しかし私たちがいくら「崖っぷちに立たされていると」言っても、わかってくれない日本国民には、愛想が尽きます。こう言ったらおしまいですから、言いたくないのですが、「安保」の政治は沖縄に基地を押し付け、他の46都道府県の人たちの目から遠ざけているのです。
沖縄の闘いとは東アジアを巡る闘いであり、人類の行く末を占う闘いです。私は微力ですが、これからも頑張ります。
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14時20分ごろ。またフロートが伸びているのかと思えば、古くなったものを引き揚げるそうです。

2017年12月25日 (月)

米軍はクリスマス休暇でも、作業は別らしい(171225)

2017年12月25日。曇り後晴れ。暖か、つうか暑い。

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テント前。8時。座り込み4999日だ。ご苦労だったよね。まだまだ続くのだ!
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漁港前。潜水調査船が出て行く。8時1分。
テントに来る人たちが口々に、「フロートがあんなに拡がっちゃったよ!」。昨日の話だから。
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10時4分。現場で海保に拘束され、浜で離されて、即座に現場に向かうカヌーチーム。
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K-1護岸のオイルフェンスを越えようと頑張るカヌーチーム。向こうに海保のゴムボート。10時5分。
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やや左側。今日のカヌーは13艇。
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拘束から解かれて現場に向かう。10時6分。この繰り返し。だが繰返す以外に何をしろというのだ。
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フェンス越しに。フェンス、K-1護岸、シュワブ岩(建設予定地のこちら側の端)、N-5護岸、沖合いの巡視船。5重の重なりを望遠レンズで無理やり写す。10時12分。
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テントに戻る途中のレスト・スタンス(こんな英語はないか?)。シマコガネギク。
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崖の上に咲くツワブキ。今が旬。松に半ば覆われているので、極力松から逃げたのですが。
テントに戻ると来訪者がきておりました。私も説明致しました。なかに読谷からの常連の方が県外の友人を連れてきていました。私が説明したのですが、読谷の方も何度も頷いていました。
午後晴れてきたので、タイミングを見はからって再度浜へ。
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またもやカヌーが出発準備中。14時21分。今日何回目なのだろう。
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14時24分。ブルーの船と一緒に。行きます。
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抗議船「不屈」がオイルフェンスを押している。まだアンカーを落としていないので、案外動くそうです。オイルフェンスの固定化を許さない!
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フェンス越しに。このフェンスの網目をクリアに消すのが難儀。左手前はアルソック。14時30分。
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オイルフェンスを越えては捕まり、離されて、再び。何度やるの? これこそ難儀ですが、不屈の魂がある限り。14時31分。
私だって同じような写真ばかり撮りたくない。しかし継続は力だと信じています。だから少しでも視点をあっちにこっちにやってみています。何か新しい境地が開けないかと。努力は惜しみません。
今日は米軍はクリスマス休暇。静かでした。ひとつほっとします。工事もやめろ!
機動隊もゲート前、殆どなし。トラックも入らなかったときいていましたが、15時過ぎに90台が入ったらしい。座り込む人殆どいない隙に。
明日、座り込み5000日です。結集を。12時ゲート前。8時~16時浜テント。

2017年12月24日 (日)

日曜日だからK-4護岸建設に向けて囲い込む(171224)

2017年12月24日。巡視船はいなかった。クリスマス休暇?警戒船も少なかった。曇り後晴れ。

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テント、朝だ!4998日目だ。あぁ!
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テント前。葉っぱについている白い粒は、塩入のサンゴ礁の砂粒。グンバイヒルガオ。
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カヌー教室のメンバーがテント前にきた。風が強い時の風除けにはこっちがいい。10時43分。
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テント前の渚にたくさん打ち上げられていた。
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潜水調査が出ている?11時30分。
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カヌー練習中。皆真剣そのもの。11時36分。
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11時38分。沖合いから戻ってくる。練習隊。
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頑張って。11時42分。
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11時42分。今日の総括。
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11時47分。オイルフェンスが伸ばされている。どこまでかよ?!
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沖での作業の反面、こちらはカヌーをしまう。11時48分。
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13時51分。伸ばしたな?K-4護岸建設に向けた処置なのだろう。
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干潮帯の貝を見る。
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14時5分。
午後は来訪者もいなくなったが、暑くなった。
若しもK-4護岸が工事が始まれば、がらがら景観が変わる。生物層も変わる。私に何ができるのか。悩ましい。

フェンス・センス-小さな生きもの達へ(171224)

 今日は2017年12月24日。クリスマス・イブです。おかげさまで、米軍の動きはなく静かでした。工事も一部を除いて止まっていました。日曜日ですから。

 私は通常通り撮影もしました。ここでは番外編をお見せします。
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カヌー練習が終わって。奥のブロックはK-1護岸。
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松田浜のフェンス。小さなバナーですが結び合わされているところが素敵です。奥はキャンプ・シュワブの兵舎。
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こんなところにヤドカリが歩いていました。彼らはこうした環境を2011年5月から強いられています。この浜にコンクリートブロックが並べられ、フェンスができてしまいましたから。それでもチョコチョコと平然と行き来しています。14時19分。
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14時20分。
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このまま基地ができていけば、この上側半分がコンクリートで覆われてしまいます。ここにヤドカリは棲めなくなります。私たちは戦争に駆り出されていくでしょう。私たちは微力なんでしょうが、私は明日を信じて生きていきます。
 
 メリー!クリスマス。(ヤマヒデより)

高江区と住民、米軍から送られた感謝状を返却へ、!

 2017年10月11日、高江の牧草地に大型ヘリが不時着し、爆発・炎上した件で、米軍は、何を勘違いしたのか(?)、高江区と当該の住民に感謝状を贈っていた(17年10月15日付け)。これを12月23日の高江区民の代議員会は、感謝状には何の謂われもないと返却を決めた。当該の西銘さんも返す。

 米軍は勝手に私有地の上を飛び、勝手に事故り、一方的に感謝状を渡してきた。曰く「我々の迅速な対応や機体撤去」を自賛しつつ、「高江区民のご厚意と忍耐強さは沖縄の素晴らしい精神を想起させた」「ご理解に感謝し、ご不便を掛けたことをお詫びする」などとあったらしい。まさしく植民地主義的なやりかただ。
 こうした米軍のありようを厚顔無恥というのだ。力で押さえつけ、感謝のポーズを示し、また力で。いつまでもこんなやり方が持つと思うな。こんなひまがあるのであれば、実態として飛ばない、ヘリパッドを撤去する、実行力のある再発防止策を講じることが先決だ。

2017年12月23日 (土)

基地から子どもを守る市民大会(171229)

 2017年12月23日の沖縄2紙によれば、普天間飛行場で連続した事故に対して、「米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会」が2017年12月29日14時から開催されるとのことです。会場は宜野湾市役所前。呼びかけ団体は、沖縄県高校PTA連合会、県教職員組合、緑ヶ丘保育園、県高校障害児学校教職員会、県退職教職員会、県高校障害児学校退職教職員会、の6団体(17年12月22日現在)。

 会の趣旨は、市民が、保護者が、直接声を上げ、届けていきたいということです。
 多くの人々が参加し、住民の声を届けていきたいものです。問い合わせは、高教祖 ℡:098(887)1661  
 なお、沖縄県PTA連合会は、12月22日、沖縄防衛局に、県内全ての学校上空の飛行禁止、その確認の徹底などを求めた。余りにも当然なことを事故がおきてしまってから再び、三度言わなければならない沖縄の不条理について、日本(46都道府県)の人々は考えてくれよ。真剣に。

宜野湾市の米軍ヘリ事故への対応に関する疑問(171223)

 17年12月7日、13日に米国海兵隊普天間基地所属の大型ヘリが起こした事故について宜野湾市はどう対応しているのかと調べていたら、いささかへんだ。12月7日の件では、抗議のあて先は沖縄防衛局止まり。米軍にもいっていない。米国領事館止まり。13日の件でも、内閣官房長官どまりで首相に出していない。

 要請事項で「徹底した原因究明と再発防止を図り、その内容を早急に公表すること」とあるが、これを繰返している。「飛行を停止すること」と言っても19日から再開している。つける薬がないのか。
 米軍は、7日の件については、「落としていない」だし、13日の件は「人的ミス」で再開しているのだ。要は事故責任を感じていないのだ。だから宜野湾市長は、もっともっと踏み込んだ追及をしなければならない。住民の安全が第一ならば、当然のことだ。日米地位協定があって、市長に権限がないから何もできないのか。だとすれば地位協定を変えさせる取り組みが不可欠ではないか。具体的に肉薄しなければ米軍や米軍の盾になる日本政府を動かすことは不可能だ。
〇宜野湾市の対応について
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/organization/kichisyougaika/3225.html
 そして抗議文の中にあった、「オスプレイの不時着水の事故」には、驚きを禁じえなかった。宜野湾市長はあの事故を「不時着水」だと考えているのか?!
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機首と主翼の一部。
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片側のエンジンとローター
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尾翼と胴体の一部
何れも16年12月14日船上から撮影:山本英夫
ご覧の通りの惨状だったのだ。不時着とは「ともかく降りること」であって、それなりに制御可能な範囲をさす。「墜落」は「落ちること」だ。適当な言葉でごまかさずに、事実を見極めながら要求しなければ、改善させることもできないだろう。

18年12月23日~私は年末年始の態勢に入ります

 2017年も残すところ、あと少しになりました。日日、新基地建設が進み、日日事件事故が起こり、問題が山のように積み重なる。本当に悩ましいことばかりです。

 同時に、この国の民は、史上最低最悪の安倍政権に騙され続け、自ら破局に向かっているかのようです。
 私自身は、こうしたなかで、身体の不調が改善されないままに、自分の限界が深まってきています。命に別状があるわけではありませんが、精神的にもきつくなっています。
 そこで来年は、持病の克服の為に、ちょいと頑張らないといけません。また思い切って、リラックスする楽しみの時間を、できる限りお金を掛けず、時々取りたいと思っています。体と心は一体ですからね。
 来年は、現場も選挙も重要な局面に入ります。2月4日に名護市長選があり、9月に名護市議選、11月県知事戦です。全ての選挙に必勝態勢を組み、一歩一歩道を切り開いていかなければなりません。
 また、フォトグラファーとしての仕事をまじめにやらないと、生活は破綻するし、営業と活動の関係も見直さないとなりません。
 ということで、12月23日~1月5日まで、年末年始の態勢として、様々なレベルの整理整頓に努めます。当ブログは、年末のうちに若干の問題を整理して挙げたいと思います。1月1日から5日までブログをお休みとします。
 いささかはやいですが、来る2018年も宜しくお願いいたします。

2017年12月22日 (金)

今日も海から石材が入ったが(17年12月22日)

2017年12月22日 概ね晴れ。巡視船1、警戒船多数。

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テントから沖合いを見たら、あれ?!だった。今日も石材を本部港からもってきたようだ。
8時35分。抗議の為に接近もできなかった。
9時30分頃からシュワブの浜から水陸両用装甲車の音が聞こえていた。
10時過ぎに確認にでたが、もぬけの殻。
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居たのはブルーの船。丁度現場に向かうところだ。10時11分。
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重機が落とした石材をならしていく。10時21分。
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網から石材を落とす。10時23分
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一旦テントに戻る途中で。シマコガネギク。
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砂浜にヤドカリの足跡。丘側から続いているが、何処にいるかと探したが、ここだ。プラスチックの覆いをとればいたさ。寒いので風の当たらない場所にいたのだろう。じっと動かない。10時31分。
今日も来訪者は少ない。
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13時26分。テント前を中城方面に戻る運搬船。1回転が早くなってきた。
15時過ぎ、私は再び浜へ。
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15時13分。いいポジションを探す。それにしてもN-5の建設は進んでいるな。もうすぐ予定の先端部に届きそうだ。
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15時15分。
カヌーチーム改めて現場海域へ。
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オイルフェンスを巡る対峙。15時21分。
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15時22分。船からも抗議。だが作業は着々か。
フェンス沿いに丘に上がる。
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シラタマカズラ。15時42分。
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海保に拘束され、松田浜に引かれるカヌーの仲間達。15時48分。
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15時50分。今度は抗議船が引っ張って戻る。
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アダンの実。バナーとの対比はちょいとへん。15時52分。こんなゆとりもほしいもの。

「島嶼部」を中心とした自衛隊「再配置」のアウトライン

〇以下の文は、「沖縄の怒りと共に」第103号(17年12月21日発行)に寄稿したものです。寄稿した後に細部を加筆修正しています。いささか長い文章になりましたが、まだまだ書き足りていません。(ヤマヒデ)

    「島嶼部」を中心とした自衛隊「再配置」のアウトライン 

                      山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

【1:改憲と自衛隊の「再配置」】

 安倍政権は、改憲をもくろむ裏で、自衛隊の「再配置」(「南西方面重視政策」)を進めている。琉球諸島の西端は与那国島。沖縄島の那覇から凡そ520キロ。東京から約2000キロ。この琉球諸島に軍事拠点を置き、中国に身構えながら、自衛隊を外征軍に転換しようとしている。この流れは16年3月28日与那国島にレーダー基地を新編させ、次のステップに入っている。

【2:米ソ冷戦構造-「日本列島不沈空母論」を振り返る】

 やや唐突かもしれないが、米国はヒロシマ・ナガサキに何故原爆を投下したのか。これには諸説あろうが、第2次世界大戦後の米ソ対立を米国に有利に進める意図もあった。そして米国によるアジア支配の要に日本を据え、沖縄を軍事拠点にした。あれから91年まで米ソ冷戦構造が続いた。1983年、時の中曽根康弘首相が「日本列島=不沈空母」論を提起した。結果的に熱戦にならなかったが、米国は日本を「極東」とみて、ソ連邦の喉元に突き刺さる刃だと、日本を「対ソ最前線」に組み込んでいた。

 91年、ソ連邦崩壊。これで核ミサイルのエスカレーションを伴う軍事緊張は、大幅に軽減された。このとき、米ソ冷戦構造に対応してきた米日安保体制は縮小・廃止されるべきだった。だが、私たちはこれを廃止に追い込めなかった。政府はPKO法をもちだし、安保の焦点化を避け、逆に海外派兵の道筋をつけたのだ。彼らは97年の日米軍事ガイドラインの改訂、99年、周辺事態法の成立を経て、2000年に陸上自衛隊の作戦要務令「野外令」を改訂し、実戦度を高めてきた。2004年の防衛計画大綱で「新たな脅威や多様な事態への実効的な対応」を打ち出し、そのひとつに「島嶼部に対する侵略への対応」を滑り込ませた。91年から13年後のことだった。

【3:大いなる転換点-2010年防衛計画大綱改訂の中で】 

 この国の政権は、上記改編を踏まえ、2010年12月「平成23年度以降に係わる防衛計画の大綱」を公表した。この10大綱は、従来の「基盤的防衛力構想」を破棄し「動的防衛力」を打ち出した。「基盤的防衛力構想」は、日本国憲法・「専守防衛」を掲げ、米ソ冷戦構造の力の均衡の中で、日本の防衛を打ち出していた。これに変わった「動的防衛力」論は、米ソの緊張関係が弾けた中で、敢えて力対力の軍事力を正面から打ち出した。

 10大綱は「Ⅴ防衛力の在り方」に「ア 周辺海空域の安全確保」に続け、「イ 島嶼部に対する攻撃への対応」等を置いた。自衛隊の改編として「(前略)冷戦型の装備・編成(戦車隊等)を縮減し、部隊の地理的な配置や各自衛隊の運用を適切に見直すとともに、南西地域を含む、警戒監視(主に戦闘艦への監視・攻撃)、洋上哨戒(主に潜水艦への監視・攻撃)、防空、弾道ミサイル対処、輸送、指揮通信等の機能を重点的に整備し、防衛態勢の充実を図る」とした。〈( )内は引用者註〉

 いささかわかりにくいが、国境のボーダーラインに触手を伸ばし、警戒監視、洋上哨戒を強め、平時から日々刻々戦時に備えると言うことだ。陸上自衛隊の島への駐屯は、その補強部隊である。更に、「(島嶼部に)必要最小限の部隊を新たに配置するとともに、部隊が活動を行う際の拠点、機動力、輸送能力及び実効的な対処能力を整備することにより、島嶼部への攻撃に対する対応や周辺海空域の安全確保に関する能力を強化」するとしている。「対処能力」とは、対空ミサイル、水陸両用装甲車等を駆使した軍事作戦能力のことだ。これらの再編は単なる地域的再編に留まらず陸海空3軍による全国的な攻撃、偵察・監視能力の強化と一体だ。

【4:安倍政権の2013年防衛計画大綱の突出力】

 安倍政権は、13年12月防衛計画大綱を改訂し、「専守防衛」を掲げていた「基本理念」を丸ごと削除。動的防衛力を「統合防衛力」へ、3軍の総力体制を打ち出した。「Ⅱわが国を取り巻く安全保障環境」で、しきりに「グレイゾーンの事態」を強調し、「領土や主権、海洋における経済権益等を巡り、純然たる平時でも有事でもない事態」に重ねてふれ、北朝鮮、中国、ロシアの問題点を挙げている(10年大綱も同様)。北朝鮮の「弾道ミサイル開発」と中国の東シナ海・南シナ海での「現状変更の試み等、高圧的ともいえる対応」をあげ、「強く懸念」すると。さらに「海洋国家であり、資源や食料の多くを海外との貿易に依存する我が国にとって、法の支配、航行の自由等の基本的なルールに基づく、『開かれた安定した海洋』の秩序」を強調してみせた。

 ところが「法の支配」「航行の自由」といえば、聴こえは良いが、お互いに力で押し合うことになる。その先鋒に「島嶼部」を利用しているのだ。

 安倍政権は、自ら取組むべき諸課題の解決を後回しに、資源や食料の海外依存度を高める一方、危機の原因を海の外に描き出し、「グレイゾーン」で軍事力を引き出し、ナショナルな秩序を持ち出している。衣の下に鎧(「対中脅威論」)を着込みながら。

【5:島々への配置の概要】

 13大綱で検討すべきことは多いが、先を急ぐ。この米国が定めた中国封じ込みの第1列島線は、南に東シナ海を見る対馬海峡、九州南部から奄美諸島、琉球諸島。そして台湾を経てフィリピン、ボルネオへ。ベトナムも巻き込んで。この海域は南シナ海だ。図上に記されただけの一方的な軍事ライン。

 与那国島は周囲30キロ足らずの面積約29平方キロ。台湾まで110キロだ。ここに6本のレーダーサイト(久部良とインビ岳の2箇所)を構えた陸上自衛隊(以下、陸自)の与那国駐屯地が16年3月28日、開設された。レーダー担当の技術系を含む110名と、警備隊(歩兵)50名。計160名と家族。この他、空自の移動警戒隊(レーダー)の50名が入ってくる。ここで異様なのが弾薬庫。武器は小銃、機関銃などだろうが、この規模の人員が使うにしては大きすぎる。50m四方はあり、がっちりしたコンクリート造り。今後、海自、空自のレーダーサイトが新設され、警備隊が増強される可能性も高いだろう。この島には1600mの与那国空港と島の東西に計2つの小さな港湾がある。町は自衛隊にヘリポートも提供している。

 石垣島は北東から南西に伸びる面積約223平方キロの島。南側に市街地がひろがり、その北側に標高526mの沖縄県最高峰の於茂登岳がどんと立つ。空港は2000mの新石垣空港。港は石垣港と新港の南港(大規模に建設中)。大型船が入る。陸自が警備隊と対空ミサイル部隊、対艦ミサイル部隊、約600名。予定地は於茂登岳(おもとだけ)南側の平得・大俣地区。標高50mから70mの小高い丘が続く地。防衛省が同地を適地としたのは、港湾、空港に程近く、標高200mの山に面しており、塹壕や移動ミサイル部隊の展開地(推定)を造成しやすいからだろう。石垣島にはこの他にも、山、海辺に演習場を造る余地がある。虎視眈々。

 宮古島は面積約199平方キロの平坦な島。周囲に伊良部島、下地島、来間島、池間島等がある。滑走路2000mの宮古空港と平良港(拡張中)、新港、長浜港(伊良部島)がある。なお下地島に3000mの滑走路(元民間パイロットの養成場。軍用使用不可の約束を復帰前に日本政府と交わした)がある。空自は欲しいに違いない。

 ここへ陸自は、警備隊、対空ミサイル部隊、対艦ミサイル部隊、ミサイル部隊司令部(石垣の部隊も傘下におく)約800名を置く。千代田ゴルフ場跡地に17年10月から建設が始まっている(警備隊370名分)。弾薬庫を宮古島南東部の保良(ぼら)に建設する話が表面化してきたが、他の予定は隠されたままだ。司令部は、演習場は、ミサイルの展開地は?

 この島には空自の第53警戒隊が駐屯している。14年からレーダーを最新式のものに取り替えた。この工事によって、全国各地の空自警戒隊の中でも最新・最大規模のものになった。標高100mの丘の斜面を削り、幾つもの構造物を作り上げ、鉄筋コンクリートで固め、緑色に偽装した。何しろ幅500m、奥域50m、高さ50m(推定)もある場所だから、そこが制御室だけとは信じがたい。ここ野原(のばる)と千代田の距離は1500mにすぎない。その間に農地が広がり人家がある。危険すぎる。

 宮古島周辺には幾つかの島があり、伊良部島にも大橋がかかった。これは住民の便を向上させただろうが、自衛隊も移動警戒隊や移動ミサイル部隊の展開に好都合になった。

 奄美大島は約712平方キロの大きな森の島だ。ここに駐屯地2箇所の建設が始まった。警戒隊、対艦ミサイル部隊、対空ミサイル部隊、約600名だ。私はここには行っておらず、詳細を掴んでいない。

 そして見逃せないのが、沖縄島の自衛隊の配備状況だ。那覇基地(那覇空港)に駐機している陸海空の軍用機の数々。空自は第9航空団のF-15戦闘機が2個隊40機に増強された。早期警戒機も配備された。海自は対潜哨戒機約20機など。陸自はヘリコプター隊など。なお那覇基地(空港)には対空ミサイルが常備されている。陸自は那覇駐屯地に普通科連隊(歩兵)、ヘリコプター隊、偵察隊、通信隊、化学防護隊も駐屯している。他の沖縄島の中部と南部に対空ミサイル部隊を5箇所も置いている。これは米軍基地も守るのだ。以上、沖縄島の陸自2000名+海空自の合計が8500名になっている。

【地域再編の裏側で】

  しかし問題はこれだけではない。佐世保相浦にある「西部方面普通科連隊」600名を水陸機動団約3000名(オスプレイ17機の航空部隊-駐屯地未定、水陸両用装甲車52両余りの部隊を含む)に、沖縄島のキャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブに約2000名の部隊を置く計画だ。

 そして有事の際は、全国各地の3個機動師団、1個機甲師団、4個機動旅団が現地に緊急展開し、共同作戦をとる。以上総計65000人余りの兵隊が動く大戦争になるだろう。

 もしもこうなってしまえば、「地域紛争に止める」という目論見は打ち砕かれてしまうだろう。司令部は市谷にあり、横田・横須賀・朝霞であり、こうしたところも攻撃されるだろう。まして琉球諸島の住民の命は、またもや軽んじられていく。

 また西部方面普通科連隊等の部隊は、これまでも米国海兵隊と共に訓練を行なってきたが、これからも尚一層、共同演習が行なわれていく。彼らの任務は「島嶼防衛」とは裏腹に海外への外征軍に仕立てられていく。海外に侵略する部隊にもなるのだ。

 紙数が尽きた。より詳しい組織再編、演習の中身の紹介は次の機会に譲りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年12月21日 (木)

真冬の辺野古で(17年12月21日)

2017年12月21日 晴れ、 巡視船1、警戒船多数。

 昨日、本部港の塩川地区で運搬船に石材が積み込まれた。今朝はこれがくるはずだ。
9時過ぎに右側から現れた。まだ遠い。
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これは関西の保育園児が送ってくれたもの。毎年(順繰りにだけど)沖縄に来ている子達だ。
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平島の右にきた。じきに大浦湾に入るぞ。9時17分。
9時30分ごろ大浦湾に入ったようだ。
9時50分ごろ、カヌー6艇が海保に拘束されたようだ。
10時9分。K-1でトラックから砕石の投下が始まった。運搬船は大浦湾のKー9に着いたのだろう。
10時過ぎから実弾射撃訓練が始まった。
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辺野古テントの北側を飛ぶ対地攻撃ヘリ。13時14分。
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午後の工事が始まった。トラックが順番待ちだ。13時19分。
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K-1では砕石投下が。13時19分。
13時35分ごろ、米軍の緊急車の音が凄まじい。何だろう。
15時過ぎ、松田浜に行く。
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「ようこそ」の先に何が見える?
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K-1で黒いものを運んでいると思ったら、鉄板だ。足下に敷くやつだ。15時18分。
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干潮時なのでフェンスの先端部まで行ける。重機で砕石をがんがん叩いている。15時21分。
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浜からローアングルで。予定地方向を見る。15時23分。貝殻も踏み潰されているのだ。
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カヌーの人々がフロートを乗越えようと奮闘している。工事をやめてと。15時23分。
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岩場にはアーサがびっしりだ。今日は暖かだが、冬なのだ。
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15時32分。オキナワギクも今期は終わりだ。冬がやってきたのだ。
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風に吹かれて。
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15時36分。カヌーチームが海保に連れてこられた。
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一旦浜に上がったカヌーチーム。15時41分。冬の海で頑張っているのだ。
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テント2から帰る途中、オスプレイが何か吊るしている。大慌てでカメラを出す。これは消火用のデカイバケツだ。16時2分。
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間違いない。午後の緊急車の音は消防車だったのだろう。まだ消火されていないようだ。因みに実弾演習による山火事は日常茶飯事だ。16時3分。

国頭での不当逮捕事案(17年12月19日)翌日釈放

 私が12月19日午前と20日辺野古を休んだために遅れてしまいましたが。

17年12月19日午前、国頭村半地の土砂採石場近くで、1名が道路交通法違反で不当にも逮捕されていました。翌20日、地検検事の判断で釈放されました。
 抗議・抵抗の意思をどう示していくのか、難しいところです。そもそも戦争のための新たな基地建設に対して、それも法的な手続きを一方的にスルーしたり、とんちんかんな手法でやっている違法工事に抗議することは、当たり前です。しかし警察はなんだかんだと言いながら、挑発しながら、パクル態勢をとっています。私たちは、弾圧をかわしながら、あくまでも非暴力に徹した抵抗の力を発揮する工夫をしたいものです。

年末年始のシュワブ・ゲート前(座り込み行動のお休み)

 2017年ももうすぐおしまいです。年末年始のシュワブゲート前の座り込み行動は、12月28日~18年1月4日までお休みします。トラックでの搬入はないようです。機動隊は別の任務があるのでしょうか。

〇12月23日~と記しましたが、28日からが正しいとのご指摘をいただきました。お詫びして訂正します。

 また辺野古テント村(浜テント)の座り込みは年末年始も開いています。じっくりとゆんたくできるかとおもいます。

古賀加奈子監督「やんばるの森」製作資金ご協力のお願い

 古賀加奈子さんと私が初めて出会ったのはいつのことだったか。はっきりは覚えていないのだが、オスプレイが沖縄に強行配備された頃だったか。弾圧にもめげず、淡々とカメラを回していた記憶がある。私が知っているのは動画のカメラマンとしての古賀さんだ。最近会わないなと思っていたら、突然、こんなチラシが届いたのだ。

 「古賀加奈子初監督作品 ドキュメンタリー映画 やんばるの森」-「製作資金ご協力の
お願い」。実は暫くの間、某監督の下で辺野古で高江で、カメラを回しており、そうきたのかと思っていたのだ。このちらしによれば、「監督・撮影・編集:古賀加奈子」であり、基本一人作業のようだ。自分の思うままにできるのと同時に、殆ど全てを自分でやるのは相当しんどい作業だ。
 このちらしにこうある。「人々の小さな声や息遣いをつなぐ」映画をめざすと。高江の集落が機動隊約800名に取り囲まれ、暴力に曝された中でも、日常にこだわり、「何が起きても、私が撮りたいのはニュースにならないような、人々の小さな声や息遣いのようなものかもしれません」と。
 映画という業界において、この覚悟は凄い。常識的に考えれば失敗するしかないのだが、そこを乗越えていこうというのだから。
 古賀さんは筋も通っているし、凛としている反面、柔軟性もありそうだ。私も大いに期待し、応援していきたい。高江も辺野古も、若い才能がもっともっとでてきていい現場だ。素材はごろごろあるのだから。
 
詳細は以下を
〇http://yanbaru-eiga.com/
送金先は:郵貯 00220-9-138807 やんばるの森の映画をつくる会
他行からの振込みは 店名:029 当座預金 口座番号:0138807
2018年3月31日まで
問い合わせ先:やんばるの森の映画をつくる会
〒107-0062 東京都港区南青山3-10-41 ジュエル青山ビル202
℡ 090(4123)7191(渡辺 平日 11時~18時) ファクス:03(5829)9388
メイル:yanbaru,eiga@gmail.com

2017年12月20日 (水)

来年こそ、視点展に出したいものだ(171220)

 沖縄に来て5年目になるが、まだ「視点展」(全国公募写真展 リアリズム写真集団主催)に一度もだせていない。以前は連続入選していたのだが。何故出せないかといえば、こちらが忙しすぎるからだが、沖縄にいると余りにも素材がありすぎて、何をどうまとめるのか、これを考える時間がないからだ。ばらばらじゃ、作品にはなりません。

 
 で、昨日の渋滞の中で考えた。トラックに積まれた石を見て。この石がキーワードでない、キーポイントになりそうだと。石と海と人だ。これらを巡る人間の未来を映し出せたらいいかなと。ここでも私は大文字ではない、小文字の世界にこだわりながら、小文字から大文字も映し出せるようにしたいと思う。
 東京にいた頃は、大文字先行になっていた気がする。小文字とは生活次元の話だ。
 
 昨年は沖展に出したものの落選。マシン・オスプレイの墜落を巡るもので、所詮美しくない。端から落とされたのだろう。どうも私は沖展の素性じゃない。美しいものをだすとしても、単純にはいかない。だからといって、発想がないわけじゃなし、去年使いそびれた額縁もある。試みたいと思っている。応募の期限が迫ってきた。

色々と考えてはいるのだが(171219)

 2017年12月19日の自分は、いささか休ませてもらって、心身をほぐす。

 午後、辺野古テント村に行ったら、宮古島でお会いしましたという男性が来てくれた。『沖縄便り』を見て参考になりましたと。嬉しい挨拶だった。自分も発信したいと。などと挨拶していたら、別のグループが来てしまい、中座してしまった。こちらの話が長くなり、その間に出て行かれたようだった。申し訳ないことをした。
 発信者が増えることはいいことだが、そのためには少々勉強してもらいたい。最近目立つのは、現場の現象面だけしか頭にない人たちがいることだ。その人たちは「善意」でやっているのだろうが、「善意」なら間違っても仕方がないとはならないからだ。また俺が正しい、お前が間違っていると、単純に罵倒している場面にもちょくちょく出会うのだが、こうしてますますだめになっていく。
 
 後からきたのは、いかにも学生グループなので、説明の中で、幾つか質問を出したのだが、殆ど回答を得られない。事前学習をしてないのだろうか。折角グループを組んでいるのだから、事前学習をして、現場を見て、聞いて、更に問いをもって、自分の暮らし・生き方に重ねていけば、ずんと変っていくはずだ。
 ひとつだけ回答をもらった。質問:「この国が、辺野古への基地建設が沖縄の負担軽減になるといっているのは何故」? -回答:「普天間は人口密集地で危険だから」。
 これではバツ。これは政府の「論拠」ではない。謳い文句にすぎない。「論拠」は「基地面積が縮小されるから」が〇。このウソは?となるのだが(以下省略)。
 しかしバツでも黙っているよりははるかに良い。間違えるからこそ、また考えるのだから。恥ずかしいなどと思わないで。「謳い文句」と「論拠」の違いをしっかりとわかってほしい。無論、それぞれのウソを確認し深めて、伝えて欲しい。
 そうしている間に、別の県内の大学のゼミ生3人がやってきて、T君と話し込んでいた。後半、私は聞き耳をたてていた。ある学生がこんなことをいっていた。「国は強行してきているわけで、押し切られてしまいませんか?」と。彼の心配は十分に理解出来るのだが、私は強い違和感をもった。
 新基地建設の向こうに私たちは何を視るのか、どうなってしまうのかを考えれば、一歩も引けない闘いなのだと分かるだろう。「勝つ方法はあきらめないこと」は、沖縄の歴史を振り返ればこそでてきた格言なのだ。これを単なるスローガンにしてはならないものだ。

トラックに挟まれたり、大型ヘリが早速飛んでいた(171219)

2017年12月19日。雨のち曇り。また雨。

今日は疲れたので、半日休みに。
11時30分ごろ、Sさんが迎えにきてくださる。
ところが、11時40分過ぎから渋滞だよ。ゲート前の随分手前からのろのろ。
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やたらと大きな石だ。12時6分。
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12時23分。びっしりと。シュワブの敷地沿いに来た。
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12時26分。第②ゲート前。
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12時27分。やっと見えてきた。
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12時28分。ゲート前で抗議する人。
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12時29分。
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12時49分。大型ヘリが飛んでいる。米軍が飛ばすといえば飛ばすのだな。沖縄の人間のことなど、問題ないとだな。
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2機だ。14時6分。
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今度は3機。15時12分。
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15時12分。辺野古川河口沖。
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15時13分。豊原方面に抜けた。
いつまでこんなことが続くのか。
因みに今日の海上行動は荒天のため船で偵察のみだった。工事はやってました。

2017年12月19日 (火)

瀬嵩のお山に行ってきた。(171218)

2017年12月18日 曇り

巡視船1 PL03の「くだか」 警戒船多数。
8時頃、上空を通過する複数の戦闘機の音。全く見えず。
8時30分ごろから現場の作業が始まった。k1にトラックが数台待機。
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カヌーチームも出て行った。8時37分。
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重機が動いている。8時37分。
9時34分ごろ、カヌー6隻が海保に拘束されたと無線が鳴る。
9時52分、6人とも浜に戻ったようだが、1名が海に身体を押しつれられて、過呼吸になっていると。ややおちついてきたが、つき沿い1名と共に上がると。暖かいお茶等を飲むように配慮する。
こちらは瀬嵩のお山に行く。10時過ぎ。
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10時35分。おやまから。
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これに昨日入った船から石材を積み替えてからまた陸揚げしている。既に甲板に何もないようだ。10時35分。
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大浦湾予定地全貌。10時44分。
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10時49分。大浦湾先端部。巡視船が見える。
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山に咲いていた白い花。
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11時3分。動きなし。
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「美ら海」が来たら海保もガードマン会社も追いかけてきた。11時3分。
12時10分、動きなく帰る。
途中からトラックとすれ違う。
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12時30分トラックが出たり入ったり。
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ガードマン。抗議市民は車両との間に挟まれっている。12時30分。
午後のお山担当はkさんに交替。
午後は既報。

ありがとう!さくらさん!(17年12月16日-②)

 2017年12月11日、ガンと闘ってきていたあのさくらさんが亡くなった。私がこの訃報を聞いたのは、伊良部大橋の上だった。2017年12月16日、海上メンバーが、この海でお別れをすると。私も何度も彼が操船する船から撮影してきただけに、予定外ではあったが船にのることにした。

これが今朝、沈没しかけたブルーの船。
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箱メガネなどで水を掻き出したというから泣ける。11時15分。
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カヌーチームも浜を出発。11時30分。
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K1護岸に向かう。11時30分。
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ガードマンがこちらを見張っている。11時33分。
フロートに向かってきたカヌーチーム。11時34分。
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因みに私が乗ったのは、『不屈』、M船長。
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ブルーの船から花を一人ひとりに手渡すNさん。
11時39分。
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一輪の花を通してさくらさんへの思い出がよみがえったと思う。11時40分。
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今日は海から石材を入れられたし、悲しみと悔しさが折り重なる。
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これからも頑張るとの決意が皆にみなぎっている。
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さくらさん、この海を見続けていてね。私たちは必ず守るから。
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カヌーの人たちに花を渡し終わり、今度は船の仲間に。11時42分。
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k-1護岸の工事は止まっている。彼らも工事を中断してくれたのだ。11時45分。
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奥のN-5護岸はやっておるわ。11時46分。
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ガードマンが騒ぐ。静かにしてと一喝。静観してくれた。11時51分。
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花をフロートの奥に手向けるTさん。11時53分。
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カヌーメンバーも花を手向ける。11時54分。
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仲間が書いてくれたこのイメージは私たちに共通のものだ。K船長も涙ぐんでいる。自分もだ。11時59分。
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追悼と決意を示す。12時。
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辺野古の浜に戻る。一人ひとりが、漕ぐ度にこの海とさくらさんとのことを思っているだろう。12時1分。
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この海よ!永遠なれ。沖縄の海は、辺野古・大浦の海は不屈だ。12時2分。
さくらさんに、合掌。

何たるこった!(17年12月16日の①)

2017年12月16日 曇り後晴れ後雨

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 テント前。8時31分。巡視船が1隻。今日は昨日、本部港(塩川地区)から石材を積んだ船が入ってくるはずだ。海上チームは6時集合だったらしい。
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クリスマスリングが支援者から届いていた。緊張が和む。
余談ながら、私が沖縄でのブルークリスマスを迎えるのは、5回目になるのだ。
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沖合いにきた船。これが石材を積んでいるらしい。9時10分。
しかしこの前後に、「基地建設を許さないブルーの船」は大変な目にあっていた。この石材船に抗議の声を届けるべく、大浦湾開口部から外洋にでた。そこに海保GB2隻が突っ込んできて、挟まれて停船させられた。海上保安官が「バカ!」とか言いながら規制にかかってきたのだ。ブルーの船は小型で5名が定員。バランスが悪い船で、乗員が前後・左右の重心をとらないと、やばい。そこに海保3名が乗り込んできた。乗員が8名と成り、船が沈み始める。乗っていたカヌーチームの女性が「危ない!」などと悲鳴をあげるなか(動画にあり)、海に落ちてしまう。船長達が抗議して、海保の2名がGBに戻り、沈没に到らなかったようだが、危機一髪だった。落ちた女性は「死ぬかと思った」というほど恐怖を味あわされたという。海保が船に引き揚げた。
  海保は「安全指導」というが、危険をもたらせながら言うべきことではない。あってはならない危険行為だ。この何処が「安全指導」なのか。
〇この女性が撮っていた動画あり。「ここあ」さんのツイッターなど。沖縄タイムスも流している。
10時30分ごろ、ブルーの船が辺野古港に戻ってきた。K船長はカメラが沈して動かないと。私が対処法を教えたが、まずダメだろう。海水はほんとうにやっかいなのだ。塩と細かい有機物の複合的な作用は、カメラには致命的だ。SDカードは無事だった。
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こちらはO船長の持ち物。やはり濡れている。船舶免許証やお菓子類もビニール袋に入っていたが、濡れてます。乾かすしかない。10時32分。
全員無事だったから良かったが、外洋の小船の上で、大揺れしたら、恐怖に震える。以前に海保は「ラブ子」を沈没させて使用不能にしている。私たちは、海保を国家賠償請求訴訟で争っているのだが、今回もか。
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13時25分、石材を運んできた船が中城湾方面に戻っていく。コンチクショー!

欠陥機オスプレイ墜落から1年!抗議集会にあたふたと

 去る17年12月15日、「欠陥機オスプレイ墜落から1年!抗議集会」が名護市21世紀の森屋内運動場で開催された。本集会の直前に起きた大型ヘリからの部品が保育園に落ちたり、窓枠が小学校の校庭に落ちたりした事故が重なった。お陰で、本集会の決議文は、大慌てで書き直さざるをえなくなったようだ。

 私は宮古島で窓枠落下の話を聞き、危険の中での生活を強いられていることを思い知らされた。またこうした危険は普天間が辺野古・大浦湾に来たら、解消されるものでは、決してない。これは人口密度の問題ではなく、そこに基地があり、住民への配慮もかけらもないような運用が行なわれている限り、そこに人家があり、学校や保育園があり、住民の命が標的にされかねないからだ。まして辺野古は中部演習場が隣接しており、北部演習場への飛行ルートとなっており、伊江島への飛行ルートもあるのだ。
 集会はオール沖縄会議の主催。参加者は3000名(主催者発表)。
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照屋寛徳衆議院議員。赤嶺政賢衆議院議員、玉城デニー衆議院議員、糸数慶子参議院議員、伊波洋一参議院議員も発言。
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この思いを共有したい。
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写真は宮城健一島ぐるみ会議宜野湾代表。自身が緑丘保育園、普天間第2小卒園・卒業生だとあかした。普天間撤去、海兵隊の撤去を県民が団結して実力行使を訴えた。
高江から伊佐真次東村村議、大浦湾側から二見以北住民の会会長の松田藤子さんが登壇。それぞれ地元の声を語った。
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先週から来ていたベテランズ・フォー・ピースの面々も発言。米国退役米兵だけあって、自身の戦争体験と沖縄の反基地闘争の反比例が彼らを彼女らを非戦・非暴力の闘志におしあげているのではないか。力強い発言だった。
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全基地撤去の声が、会場からも上がる。
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壇上から降りたベテランズのメンバーが島袋文子さんと握手。
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今日の決めは稲嶺進名護市長。この1年間にオスプレイは緊急着陸を含めて7回の事故。米日政府の鸚鵡返しの言動。
「これが主権国家といえるのか。米軍の為に県民を愚弄し、危険な目にあわせるのが沖縄防衛局、防衛省だ。絶対に許せない。普天間飛行場を閉鎖し、全てを県外・国外にもっていってもらう。そして辺野古に新基地を造らせない」。ここまで稲嶺市長にすっきり言わせてしまってきた日米政府は、まだまだ懲りていないのだろう。
だとすれば私たちが集会決議にもある3つの決議を認めさせるまでだ。
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集会決議を拍手で確認。
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団結ガンバロ-!

今、八重山・宮古で何が-「島嶼防衛」軍事要塞化する沖縄

安倍政権の下、軍事費は拡大の一途をたどっています。

沖縄の辺野古・高江をはじめ岩国でも米軍基地の再編、強化が強引に進められ米軍岩国基地は今、極東最大の基地になろうとしており、高江に続いて辺野古でも抗議市民の声を聞かず工事が進められています。
一方で、自衛隊基地も最西端の島・与那国に続いて、宮古でも工事が始まっています。更に石垣でも計画を具体化させようとしています。殆ど広島でも報道されないこの実態をカメラを通して見つめてきた写真家・山本英夫さんに報告していただきます。是非ご参加ください。
日時:18年1月28日(日)14時~16時30分
会場:広島市平和記念資料館地下会議室2
参加費:1000円
講師:山本英夫(フォトグラファー)
主催:沖縄・辺野古に新基地をつくらせない広島実行委員会
連絡先:ピースリンク広島・呉・岩国 090(3373)5083

2017年12月18日 (月)

ウーマンラッシュアワーにひとこと

 今日は気分がダウンしており、帰宅後もやるきがしなかったが、さきほど、ウーマンラッシュアワーなるお笑いコンビの動画を見た。基地・原発・震災・オリンピックと実に鋭く社会的な問題を抉り出している。

 沖縄には「お笑い米軍基地」をやり続けているグループがあるが、吉本興業にもこんな逸材がいたのか。驚いて目が覚めた。問題の出し方が、問題群を比較しながら俎上にすえており、誰が見ても分かりやすいから、思わず、そうかとなる。根本問題を『国民の意識の低さ』に求めるところも、痛烈だ。全く同感。ただ、意識の低さはどのように作られてきたのをを考えないと、それ以上前に進まない。私たちのバカさ加減を笑い飛ばしながら、正面から前を見つめることの重要性を彼らにも考えていただきたい。
 今後も大いにやってほしい。ご覧の通りネタは尽きないのだから。まただからこそ、バッシングもあるだろう。大胆さには、用心深さがなければ続けられない。彼らを支える/批判できる賢いファンがあふれることを期待する。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/17/the-manzai-wr_a_23310064/
〇私は早速お気に入りに入れておいた。https://twitter.com/wrhmuramoto?lang=ja

機械の故障ならまだいいけれど(17年12月18日)

 昨日はレンズの故障について、少し書いた。しかし機械の故障ならば、修理したり、買いなおしたり、代替もできる。10年余り前のことだが、雨の日にすってんころりんして、カメラを大破させたことがある。お陰で、自分の手や腕の骨を折らずにすんだのだ。このときの修理は大規模なものだった。カメラの5分の4ほどの部品を換えたのではなかったか。まるでぴかぴかになって戻ってきたことに感激したものだ。機械はここまで換えられるものかと。最も最近のデジタルカメラではこうはいかない。頭脳の部分が壊れたらおしゃかだし、そこまでして、修理する愛着をもてない。機械にも愛がなければ、つき合えないのだ。

 今日は辺野古のテントにいたり、大浦湾の瀬嵩のお山にいたのだが、なんとも後味の悪いことがあった。こんなことを書くのはなんなので、具体的なことを伏せるが、やはり人間として、外から来たら、謙虚に学ぶ、考える姿勢をもっていただきたい。知りたい事を聞くのは、大いにけっこうだが、何もかも一瞬で全部聞き出そうなんて、無理です。こちらは、毎日毎日たくさんのことを踏まえながら、やっているのです。抜けることもあれば、上手く説明できないこともある。だからこそ、相手が知りたいことを正確に掴むために、質問することもある。こうしたことにお答えいただかなければ、手短なお答えは、不可能だ。一方的にイラつかれたら、ますます答えられない。私もイラついたのだが。
 人間は感情的な動物なので、難しいが、だからこそ愛が必要だ。そこを抜きにぶち壊されたら、激怒しかない。今日の自分は、破裂させなかったが、改めてコミュニケーションの取り方の難しさと、沖縄が抱えさせられている難しさを痛感させられた。
 沖縄は安保が具体的に蠢いている現場なのだ。ここを抜きに沖縄の政治を語ることは一切できない。無論、安保は沖縄のみならず、米日関係に貫かれているのだが、沖縄はその最大の愚劣な「舞台」なのだ。
 沖縄を訪れる方は、「おききしたい」とくるのではなく、ご自身のポジションを問い直すことをやっていただかないと、断絶のミゾを埋めることはできない。私自身も今日のことを反省しながら、このミゾを克服するための努力も重ねていきたい。

2017年12月17日 (日)

故障続きだよ(171217)

 先週、我が望遠レンズの焦点があわなくなり、要修理に。14日、もう一本を落として真っ二つ。修理のしようもなし。ボディが堅牢でようございました。今日、キャップが外れなくなり、気をもんだが、先ほど小型のマイナスドライバーでこじ開けた。お陰で今日は殆ど撮らず。のろわれているのか。

 だが、昨夜、追加注文した「ぬじゅん」50冊が届いた。来年の講演会(18年1月27日28日)の際などに販売したい。
 明日は修理に出し、注文をすると。望遠がなければ不便だというか、撮れない。今代用で使っている奴は、濡れたらおしゃかだし。とても海にはもっていけない。昨日はやむなく海にもっていきましたが。危ない橋をいつまで渡らなければならないのか。悲しい、悔しい。今夜ももう一踏ん張りだ。

それでもそれでも何度でも(17年12月15日)

2017年12月15日 曇りのち晴れ。巡視船1、警戒船多数。

宮古から帰ってきて、お疲れでした。普天間にも行って、レンズを壊したし。そんなわけで、望遠系の2本が使用不能になっています。3本目を出してやっていますが、ちょいと厳しいです。
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まだ夜明けのイメージが残る。8時24分。辺野古川河口
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沖合いからUH-1が2機。8時39分。付近を2週。
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微妙に干潟に水分が残るとこんなになる。11時47分。
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またきた!うるせえ!11時51分。
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シュワブの中に降りるわ。1153分。
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3回目だ。12時25分。
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海保に拘束されて松田浜に戻されてきたカヌーチーム。15時27分。
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もう一度行こう!ブルーの船と共に。15時28分。
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それでもそれでも、だな。頭が下がる。15時28分。
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行きます! 15時28分。
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こうだ。
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フェンス越しに現場を見る。15時35分。
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ヤドカリの足跡を見て、めげない気持ちをもつ。15時36分。
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また別のグループが拘束されて戻されてきた。15時38分。

宮古初日に「大物」を見る(17年12月10日)(宮古島1712-①)

2017年12月10日宮古島着。天気は晴れ。

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空港を出るといきなり、チガヤと瓦のコラボ 12時49分 宮古島に着た気分に。
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空港外の道に立つと、新装成った第53警戒隊の2基のレーダーが見える。東南東に2キロ余り。
空港から今日の会場である中央公民館に向かう。
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空港南端を通り、カママ嶺公園の下を通ると、なんと平良港沖に怪しい影。どうみても海自
戦闘艦だ。即行きたかったが、集会参加をサボったら怒られる。14時18分。
16時20分ごろ集会終了(こちらの報告は後日)。さて目指すは平良港だ。
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16時44分。バイナガマビーチの東側の護岸を行って見る。多分見えるぞ。
沖の堤防に隠れているのだが。写真正面は伊良部大橋。自衛艦がいるのはこの右奥。
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護衛艦110だ。艦名は? 16時45分。
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地元のクルーズ船モンブランが出港。ここは民間港だ。16時55分。
因みに110は「たかなみ」 4650トン。長さ:151m、幅:17,4m、喫水;5,3m。乗員約175名。艦対空ミサイルシースパロー発射装置/アスロック対潜ロケット垂直発射装置1式、54口径127ミリ速射砲1基、艦対艦ミサイル艦上装置1式、3連装短魚雷発射管2基、高性能20ミリ機関砲(弾幕を張る武器)2基、哨戒ヘリSH-60J 1機。対艦、対空、対潜の攻撃力を備えた戦闘艦だ。
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沖から怪しい小船が近づいてきた。17時2分。
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たかなみの船だ。4名乗員、下ろしたのも4名。どこに行く。17時2分
乗員に聞きました。いつからきてるの? -言えません。いつまでいるの?-言えません。
どうやら秘密の任務中のようです。
降りた4名は、2名ずつに分かれるところが渋いですね。
 
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竣工まじかな平良港埠頭。広くなったな。17時10分。詳細は後ほど。
110『たかなみ』の所属は第2護衛隊群(司令部:佐世保)、第6艦隊(所在:横須賀)。わざわざ横須賀から来たのか。石垣島にも自衛艦が来ているとの噂をきいたが、未確認。これは私の予測だが、対朝鮮半島情勢を見据えた対中への警戒活動・牽制かもしれない。
因みに翌12月11日午前に出港した。

2017年12月16日 (土)

やはり何が重要だって言うのか?

〇ちょいと時系列がめちゃくちゃになりますが、ご容赦を。

 
2017年12月15日 テント村に滋賀県から来てくれた男性と。自分は疲れきっており、余り会話したくなかったのだが。お一人できた男の人に、今の埋立て工事の概況を話した。進捗状況と、この国のデッドロックについて。簡単に私たちは諦めないから、皆さんが何をするのか期待しているんだよと。選挙やるたびに自公が勝つ、この連鎖をとめるために、どうすればいいのか。
 もはや戦争になれば勝者はいないし(お互いにボロボロになり)、何も解決できないのだよと。彼も「そうですよね」と応じてくれる。非暴力で何をどうできるのか、地域の自治・自律経済が重要であり、これが経済至上主義を克服する芽を作り出すことになるはずと、私が続ける。ここに踏み込めなければ、基地問題の勝利の展望もないのだ。これは原発も同様だ。大変なこっちゃ。
 要は人の問題にいきつくのだ。日本の教育は、考えない人を作ってきたのだが、このままでは、どうにもならない。奈落の底に転落するだけ。世界には、コスタリカとかデンマークとか、小なりと言えども学ぶべき国がある。考える人を創り出す社会の凄さ・力強さを感じていますと。
 彼は中学の教員だった。お互いの意見が一致した、と思う。疑問を持ち、考える訓練が重要だよね。過去(の失敗)から学ぶことと、疑問をもつことが、大切。
 私がもうひとつ強調したのは、小文字のpeaceをイメージできること。日常の中からの発想がなければ、いくら「平和」だとか「9条が」といっても、吹けば飛ぶようなものだ。沖縄の強みは、この日常の中の平和論がまだまだ息づいているのだ。イデオロギーに収斂されない痛みがある。
 しかし「こんな沖縄に誰がした?!」という我々日本人に向けられた怒りも当然あるわけで、私たちは板ばさみをバネに頑張るしかないのだ。

いかにこの窮状を耐え忍ぶのか(17年12月9日)

2017年12月9日曇り時々晴れ  巡視船1、監視船多数。

朝方から工事の音が、ドンガラガシャーン。テントにいてもこれだ。
松田浜に足を伸ばす。
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そのまえに。オキナワギク。彼らの凄いところは、海風が当たる岩場にしか生えないのだ。野生の菊は美しいのだ。10時8分。
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海を見れば、海保に拘束されたものの再び現場に向かうカヌーチームがいる。10時18分。
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出て行きます。フェンス際から撮影。船はブルーの船。10時21分。
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この心意気だよ。
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そしてこれだ。10時25分。
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カヌー初心者の人が練習中。日曜日以外でもやっています。要予約。10時48分。
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少し晴れ間が出てきた。テント前。11時52分。
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沖合いをオスプレイ2機。私はマシン・オスプレイと呼ぶ。12時24分。
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平和丸も再出動。辺野古漁港。14時44分。
私は午後も浜へ。
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コゲラ(キツツキの仲間)。珍しい。15時。
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K1護岸。ダブルで動いている。15時6分。
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またまた砕石を落とそうとしている。ヤメロ! N5護岸。15時13分。
めげてはいられない!
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テントに戻ってきたら、Kさんが説明中。15時23分。一人でも多くの理解者を、共に行動できる人をつくりださねばらぬ。

無反省な米軍、無能な日本政府

 17年12月7日、普天間基地の大型ヘリch53がローターの根元に付している部品を外し忘れ、宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園の園庭まで50センチの屋上に落とした。小さなプラスチック製だが、上空から落として園児らに当たれば、重大な事故になりかねなかった。

 このとき米軍は、確かに同型機のものだと認めながら、落としてはいないと開き直った。そしてヘリを飛ばし続けてきた。多分ろくな点検すら行なわずに。その結果が、12月13日の普天間第二小校庭へのCH-53の窓枠落下に繋がったのだ。気の緩みそのものだろう。米軍は危機管理能力0(ゼロ)の「大変優秀」な軍隊であることを改めて知らしめてくれた。
 また日本政府の視線も米軍に向いており、沖縄の声を度外視しているから米国・米軍になめられたままだ。
 
 7日間で、2回も住民の生活圏での事故を起こす現状は、住民の我慢の限度をはるかに越えている。普天間基地の即時・無条件・閉鎖を求める声を大きくしていくしかない。
 沖縄は、いつまで米日政府の植民地主義を許容するのか?
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12月8日 8時55分、AH-1対地攻撃へり。辺野古上空。
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CH-53大型ヘリ。12月8日13時52分、辺野古上空を半周。

2017年12月15日 (金)

宜野湾市上空-日米政府に良識はないのか?!

 私は17年12月14日夕方、宮古島から直接名護に帰らず、宜野湾市野嵩(のだけ)から普天間、普天間第2小学校の正門前・裏まで歩いてみた。静かなもんだといいたいが。

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ここが学校の前。幼稚園と小学校がある。右側が小学校。校舎や体育館があり、その左側が校庭。その左はフェンスひとつ隔てて普天間基地なのだ。フェンスの上は繋がっている。
16時46分
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上空を飛ぶUH-1.ドアが開いており、兵士の姿が見える。学校の上はさすがに自粛しているのか。だが、事故の翌日。飛び回っている。16時50分。
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カメラを大破させ、愕然としながらアカバナーの黄色を撮る。16時58分。
すると2機が飛んできた。
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左はAH-1対地攻撃ヘリ、右がUH-1.普天間第2小学校の北東部。もちろん市街地だ。16時59分。
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連続写真。16時49分。
近くの保育園に部品を落としたのは、今年の12月7日だ。改善策も緊張感もなしに飛ぶ米国海兵隊は、本国に帰るしか選択の余地はないだろう。沖縄の空から出て行け!
日米政府は適当にごまかすな! こんなことをやっていたら、大事故を必ず起こすぞ。
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しかし野嵩ゲートから出て行くトラック。補修工事をやっているのだ。米国はいつまでこの基地を使うつもりなのか。日本政府は、補修工事をやめるべきだ。両政府は即刻返還!
16時28分。
沖縄の怒りと悲しみを徒に増幅させているのは、両政府の無策だ。返せばいいのだ!

カメラは無事らしい

 レンズは塀の上に置こうとして、落としてしまい、ボッキリ。2つに折れた。完全にオシャカ。動転してカメラまで見ていなかったが、こちらは大丈夫そう。別のレンズを付けたら正常に起動してます。一先ず良かった。

 いつも高い場所に置くときは、確認しながら下ろすのですが、今日は完全に確認することすら忘れてた。呆然自失の状態か。落ちた下は、側溝の蓋。130センチぐらいの落差。
 これでカメラまでアウトだったら破産! それにしても、こんなこと、登山やっていたときだって、なかったのに。岩場や雪上でカメラを落とすとかなかったし、機動隊とか海保ともみ合っても、こんなことはなかった。最もカメラやレンズの強度をわかっているから、このぐらいならば大丈夫とか、これはダメだとか、判断しているから。基本的にカメラで渡り合うことはやっていません。渡り合うのは、カメラ筋のみ。当たり前。
 今日のはただのポカ。
 今気持ちを治すので、紅芋を蒸しています。腐った気持ちで明日を迎えるわけにはいきません。だから胃腸に悪いのか。

2017年12月14日 (木)

宮古島から帰ってきました(17年12月14日)

 いろいろあって、疲れた! 前夜まで「『島嶼部』を中心とした自衛隊『再配置』のアウトライン」なる原稿を書き上げ、添付する写真選びで、へろへろ。10日集会場に向かう途上で海自の戦闘艦(日本政府は「護衛艦」といっているが、実態はどうみても戦闘艦)「110」(たかなみ-4650t 2003年竣工)が平良港沖に入っているのを確認。何しているんだか? 集会後に撮影に行った。

 11日から13日まで千代田のゴルフ場跡の警備隊の敷地建設現場に通う。どこの基地建設現場も嫌なものだね。涙なしには見れない、撮れない。
 11日、抗議船の船長が亡くなったとの情報が入ってきて、仰天。誰と聞かれて、長年ガンと闘ってきたSさんに違いない。辺野古現地に電話で確認。やっぱり。しばし言葉を失う。いや、彼は「ばかやろう!しっかりやれ!」と、どやすに違いない。わかっちゃいるけど、涙・涙。 
 詩織さんの「ブラック・ボックス」も読み終えた。バカ男に点ける薬はないのだろうが、ここまで頑張らざるをえない詩織さんに、また涙。誰がそうさせているのか。それにしても性暴力に甘いこの男社会に、安倍政治に、効く取り組みを考えなければなるまい。
 そして昨日、米軍ヘリが窓の枠を落下させて、学校の校庭に落としただと。またやったのか?!宜野湾市の普天間第2小学校。間一髪。米軍は反省してないからまたやった。いちいち気にしているのは辛いが、気にしてなければ、また、もっと酷い事故をやらかすにちがいない。
 こうして私は、今日午後、普天間第2小学校まで行ってみた。そしたら自分のカメラを落
としてしまい、レンズがボッキリ!大破だ!不時着じゃない!意味不明な冗談言っている場合じゃないのだ。50年余りのカメラ歴の中でもボッキリは初めてだ。お見事すぎて涙もでねえ。カメラは大丈夫なのか? 
 心身ともに疲れるとろくなことがない。
 いや、がんばらなければ!

2017年12月10日 (日)

障がい者が基地建設反対に起ち上がった(171207)

 2017年12月7日 11時からキャンプシュワブゲート前で、辺野古のつどいを行なった。画期的なことだ。当事者の参加は約40名。沖縄から、県外からも駆けつけた。これない人はメッセージを寄せた。集会には100名余りが集った。

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渾身の怒りを、エネルギーをぶつける成田正雄さん。20年前に沖縄で楽しもうと思ってきたのに、ほぼ同時にこの問題が起きた。翻弄されながらも抵抗をやめなかったこの20年の歩みの中で。11時7分。
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怒りは基地建設反対の運動にも及ぶ。俺達障がい者にやさしくないと。自分たちも生きている、命の問題というならば、個々の命にもっと向き合えよと。集会で話を聞いていれば、差別発言もままあるじゃないかと。
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私たちの猛省が問われたのだ。
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ゲストとして何人かが発言した。安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表。自身の福祉事務所時代なども振り返りつつ。基地建設をやめさせて、福祉にお金を回せと。
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神戸から駆けつけた大島秀夫さん。ひとりひとりの思い。
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伊江島で40年の木村浩子さん。
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精神障がい者の家族会の方。沖縄には精神障がい者が多いと。沖縄戦の圧力を受けたから。戦争は障がい者をつくりだし、抹殺していくと。絶対に許せないことだと。お気持ちが滲み出す。
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オストミー県支部長の大城松健さんが歌・ギターをやろうとしたら、右翼の騒音にかきけされそうになり、顔をしかめる。しばし中断。
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無事に歌えた。「黙ってはいられない」!
こんな間に。
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ゲートに入る。海兵隊のバギー。
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これだ。最新式の車両であり、オスプレイにも搭載できる。
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再度発言に立つ。宜野湾の保育園にヘリから落下物があったと緊急報告。これが現在の沖縄なのだ。
応援の唄などのパフォーマンスがあった。
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まよなかしんやさんも。
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宜野湾島ぐるみの歌姫。
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古武道も達人。
このほかに多くの発言者がありました。
障がい者が戦争の根拠地である基地に目を向け、なくしていこうと、なくすしかないと切実な声をあげた意義は、歴史的なものだ。沖縄戦から、新基地建設の20年から、立ち上がったのだ。
私も、私たちもともに歩みたい。

これからまた旅へ(17年12月10日)

 これからまた旅に出ます。ブログにあげられないものが溜まります。心苦しいです。でも写真はこのときにとっておかないと、とりかえしがつかない。

 帰宅は17年12月14日。よろしく。

2017年12月 9日 (土)

辺野古に新月灯花がきてくれたよ!(171209)

 12月3日までに書くとか言いながら、やっと書きあげた。昨夜は0時30分まで、今朝は5時20分に起きて、漸く書けた。題して「『島嶼部』を中心とした自衛隊『再配置』のアウトライン」。約5000字。久しぶりにちょっと長いのを書いたら、全然感覚を忘れていて、往生した。タイトルも2テン3テン。まずは静態的な分析。次回は動態的分析を書きたい。これまでの私の持論を一部修正。無論去る10月19日に新宿で話したものが基本。

 そんなわけで今日の辺野古テントでの私は眠かった。お話も2回ほどやりました。撮影にも2回行きました。そんな合間にN君が音楽仲間を連れてきた。雰囲気からいってその業界だぐらいは即分かる。で、もしかして新月灯花かと思っていたら、ほんとにほんと。そういえば、今夜は高江音楽祭。これに行くのだ。
 私はまだ新月灯花を聴いたことはなかった。私がかっておいかけていたのは、姉貴分のTHE NEWS。ハードロックの元気のいい女性3人バンド。単なるハードロックじゃありません。「誰かの贅沢で殺されたくはない」「忘れられた島」などなど時代への反逆、否、疑問/不信を突き出していた。
 今日はメンバーのうち2名が来てくれた。抗議船にも乗ってくれた。CD「殺しあうよりはずっとマシさ!」を置いていってくれた。それを私が私物化して今聴いています。トップは「太った男と小さな少年が世界を壊した夏」 ボーカルはあの青木陽子だ。THE NEWSのリードギター。
 殆どの曲を私はTHE NEWSで聴いてきた。改めて聴けば、時代の悪さはどんと悪くなっているが、姉貴たちがやっていた路線は、改めて正しい気がする。日常の叫びの中で、戦争はいやということなんだけど。なかなか伝わらないんだろうな。若者達の鈍感力は凄いから。
 新月灯花の皆さんには、是非とも頑張ってほしい。私はなかなか池袋のアダムまで行けないし、福島までも行けないけれど。また沖縄に来て欲しい。
◎http://www.inglabel.com/shingetu_toka/index.php

日日淡々と生きたいのだが、はらわたが煮えくりかえってくる

 今朝、やっと懸案にしていた長めの原稿を脱稿。久しぶりに原稿用紙10枚余り分を書きあげた。疲れた。ほっとした。

 その間に世間ではまたまた大変な事件が起きている。12月7日、宜野湾の保育園の庇部分に大型ヘリの小さな部品が落下。園児が遊んでいた園庭まであと50センチ。そこの園長は私も良く知っている人。まして私も怒り心頭。考えてもみてほしい。「飛ぶ前に外せ」と書かれた部品が落ちてくるとは!考えられないことが起きるものだ。ましてこれは半ば透明なプラスチック製。見えないし、防御の方法がない。近頃の米軍は以前に増して緩んでいるのじゃないか。事故が多すぎる。幹部が事故を事件を擁護する。これでは基地撤去しかない!
 怒り心頭になるのは、こうした事実を隠す米軍のありかた。ポールロック米海兵隊基地司令官は県副知事と面会し、ヘリからの「落下の可能性は低い」と断じたのだ。こういいながら具体的な説明は避けたと。言い逃れもはなはだしい。無責任なことしかいえないならば、基地司令の資格なし。基地ごと持って出て行け!どうやってこういう手合いと闘っていけばいいのか、悩ましい。
 昨日も辺野古付近にもCH-53も飛んでいた。こちらをさけたのか、北側に行ってしまったが。
 はらわたが煮えくり返ってくるが、こうなると自分が危ない。油断して事故に巻き込まれる可能性が高くなる。用心しよう。(17年12月9日朝) 

2017年12月 7日 (木)

朝も夕も美しいが、工事はダダーンと(171207)

 2017年12月7日 曇り。巡視船1、警戒船多数。

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テント前から。7時52分。美しいのだが。
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水陸両用装甲車4両。出てきている。8時34分。フェンスまで走る。
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装甲車の奥のK1では工事が始まり、カヌー隊も必至で抗議。オイルフェンスを越えようと苦闘中。8時39分。長い望遠がこわれたので、暫くごめん。
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淡い光でもこうだから。8時43分。
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1両ずつ海に入り、ウォータージェットをふかす。すぐに戻る。8時43分。
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こちらもテントに戻る。途中で。オキナワギクとシラタマカズラの実
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10時20分ごろ、ゲート前に向けて歩き始める。10時28分、頭上をF-18.
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沖合いをCH-53。東に。10時32分
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国道329.下は演習場に通じている道路。拡幅工事中。よく見えないが、重機が動いている。斜面を削ったので、下部に土砂流失防止の砂袋を置いている。10時41分。
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何か異様。クリスマス・ツリー、クレーンそしてアンテナ。その心は?全てが戦争のためだ。
10時46分。シュワブの中を見る。
障がい者の集会を撮影。(別項へ)
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帰り際に。アカバナー、逆光編。13時56分。
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頭上にサシバ。13時57分。
テントに戻り、しばしゆんたく。あちらからは工事の音がなりやまぬ。抗議の声も負けていないが。
とめるのは、今だ。海が潰されているんだよ。
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15時35分。海は今日もやさしく。

危なかった!(17年12月6日夜)

 昨日は一日、執筆作業に追われた。だから身体的には疲れていなかった。これが効を奏した。

 昨夜17年12月6日19時15分ごろ、ある交差点の横断歩道をまっすぐ渡っていたところ、後方から右折してきた車があった。危うく轢かれるところだった。やや大型の乗用車、紫がかった灰色。米兵のYナンバーでもレンタカーでもなかった(ナンバープレートを見ている)。スピードを殆ど減速せず(右折する分、やや落としただろうが)こちらの存在が運転手の目に入らなかったようだ。あと50センチほどで強烈に弾かれていた。
 こちらは後方から強い光が揺れたのを感じたので、急ぎ足で歩いていたのを戻す感じにして難を免れた。これが自分が疲れていたり、飲んでいたら、確実にやられていただろう。今頃、病院送りか、あの世行きだった。スピードは50キロ近くでていただろう。
 運転手は前ぐらい見て運転してくれないか。本当に。
 こちらは、夜道を歩くときは、蛍光塗料などの光物の目印をつけないと危ないと思い、それを探そうと思っていた矢先だった。お互いに命を大切にしましょうね。

2017年12月 5日 (火)

豊原から辺野古の海を撮る(17年12月5日)

2017年12月5日。概ね晴れ。巡視船1、警戒船多数。

 今日は風が強いが晴れ間があり、比較的暖か。だが射撃演習の音はするわ、工事の音がするわ、ヘリの音がするわ。
朝方私が2団体に説明。時間短くのリクエストだったので、15分コース。無論、お金はいただいていません。念のため。
9時50分過ぎに松田浜に行く。
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手前のk1護岸。クレーンが3本か。9時58分。
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警戒船。9時59分。警戒船じゃなければ、もっと素敵に撮るのだが。
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フェンス。凄いな。上まで。10時。これは登るべし。
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いやいやいや。すごいぞ。10時6分。
この斜面は急。もし登るときはお気をつけて。濡れてる時等は、登らないこと。
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ここまで上がれば、安心。このように草が刈られているのは、米軍側の警備上の都合による。10時12分。
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10時13分。
引き返す。
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今日もオキナワギク。晴れているので、冴えるね。
11時過ぎから、北側でなにやらうるさい。大型ヘリだろう。ホバリング中。
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テントから護岸に出て、飛び上がるのを待つ。10分、20分。寒い。
ウルセエと思ったら2機出た。11時。
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11時。そこまで近くに来なくていいぞ!
12時40分ごろ食事に出る。
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豊原の道にオブジェが置かれているのだが、どれどれ。戯れつつ、自撮り。13時6分。
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豊原の農家。海が見える。13時58分。
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辺野古の海が見える。なんたるちあ!14時1分。
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豊原で道が分からなくなる。うそ! アカバナーとススキ。14時15分。
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従来の農道がかわってしまった。
見れた場所が見当たらず。探した。程ほどだが見える。14時24分。
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オイル・フェンスが繋がっている。閉じられている。長島のそば。14時29分。
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手前のk1。やっているな!
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よくみえますな。14時49分。

人民新聞社編集長への「詐欺罪」弾圧を許さない闘いに繋がりたい

 2017年11月21日、兵庫県警は人民新聞社の編集長宅を家宅捜索し、編集長を逮捕した。容疑は「詐欺罪」だという。自分の銀行口座を他人に使わせたと、言っているらしい。訳が分からない弾圧だ。同日、県警は人民新聞社にも家宅捜索に入り、パソコンや読者名簿等を押収した。まぎれもなく編集態勢を壊す弾圧であり、編集権と読者らの知る権利を奪うものだ。

 権力は何を意図しているのか定かでないが、だからこそ、弾圧のエスカレーションをとめるためにも、遅まきながら、ご本人と、人民新聞社関係諸氏、既に支援表明をした人々に連帯の意を示したい。そして弾圧そのものを許さない闘いを。
 なお彼に20日間の勾留延長がついてしまっている。早期釈放を要求していこう。
◎抗議声明は以下
https://jimmin.com/2017/11/22/protest-to-arrest-and-raid/

鳥見は楽しい!(17年12月05日)

 昨日(2017年12月4日)、私は、「早く野鳥観察とかに専念して、『琉球の野鳥』図鑑を出したい」と言っていました。沖縄に居ると「日本鳥類図鑑」にでいていないものを見るので、自分で出したいものだと。こんなことは夢のまた夢。

 今日は望遠レンズが壊れたし。
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辺野古川河口の上を飛ぶミサゴ
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ダイビングしたが
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飛び上がった。ゲットできず! 3枚とも11時。この子は若鳥です。。まだまだ漁は未熟。頑張れ!
Sさんが「二見入り口あたりの山の中で、オスプレイがいたよ。あんなところにもいるの?」というので、私はマシン・オスプレイかと思い、「居てもおかしくないでしょ」。怪訝な顔をするので、確かめたら、生オスプレイのことでした。ミサゴだって。
 「ミサゴは漁をすると、食事をゆっくりと落ちつける場で食べるので、森の中の特等席でたべることがあり、山の中にいることもあるでしょ」と答えました。
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道端を歩いていたら、チュウサギ。ミミズを捕まえた。12時50分。
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もっと捕まえるぞ! 猟に夢中で、私に気づかないようでした。
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テント前から飛び去った。15時41分。

2017年12月 4日 (月)

防衛局、オイルフェンスを張り巡らす(17年12月4日)

2017年12月4日 曇り時々雨。

巡視船1隻。警戒船,多数。
今日も悪天候のため海上行動中止。
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8時22分。暗い。防衛局の雇いあげの船が辺野古漁港から出て行った。
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何気に外を見たら、オイルフェンスを張り出している。9時49分。手前から奥まで繋いで、辺り一体に入れなくするつもりだろう。
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確かに繋がっているようだ。10時37分。
少し晴れ間がでたので、確かめに行く。
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13時18分。
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確かに繋がっている。奥は平島。13時21分。
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手前のK1護岸。被覆ブロック置いている。13時23分。
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奥のN5護岸。13時23分。
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漁港の先の岩場から。13時31分
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奥は砕石を落としている。13時34分。
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手前。ブロックを動かしている。13時34分。
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岩場でオキナワギク この岩場は危険。特に手で岩を触らない。触る時は、軽くね。うっかりすると怪我します。風強い。
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ウコンイソマツ 小さな花だ
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オキナワギク満開。足の踏み場もないので、踏みつけないように慎重に歩く。足場の悪いところで、こっちもあっちもときは、一歩先しか見ないと踏みつけてしまう。先の先のステップを確認しながら歩いてください。
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風に揺れている。
オキナワギク満開だとテントの皆さんに伝えたら、2名が見に行った。Sさんはスマホでがっちり撮っていた。スマホでもきれいだ。腕もいい。
午後の来訪者はそこそこいらした。私が説明した人に、昨日の那覇マラソンに出た人がこられた。東京から来た那覇出身の人だと。話を聞いて、知らなかった、自分らも東京で伝えますと。ウン、諦めずに頑張りましょうと、エールを交わした。30代後半から40代前半の男性だ。こういう人の反応は嬉しいです。
15時過ぎ、遠くから轟音が聞こえてきた。
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飛び出したら対地攻撃ヘリ。AH-1.向かってきたが、レンズを向けたら(かな?)左折した。15時22分。
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後続のUH-1.2機セットで飛んでいる。索敵・攻撃飛行訓練。15時22分。
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半周した。戻る。15時23分。

2017年12月 3日 (日)

執筆の前に考えた(17年12月3日)

 昨日、今日は自宅などで過ごす。休養と原稿の執筆のため。そのための下準備におわれる。机を大幅に広げたので、参考資料等を並べられる。骨子もできた。後は書き始めるだけだ。しかし書く気になれば、単行本になりそうな話なので、さわりだけ。分かれば分かるほどに、事態の重さにため息がでる。話題?、「自衛隊の南西方面重視政策」。この現場は、辺野古の新基地建設の現場ばかりではない。与那国も石垣も宮古も、奄美大島も、馬毛島も、佐世保も、佐賀空港も、あちこちの陸自の駐屯地等が含まれる。更に民間の空港・港湾、フェリーやローロー船・船員、そしてあなたの日常が犯されていく。

 気がつかなければ、平和ですか? お金があれば、平和ですか?私たちは確実に鈍感になってきている。諦めが勝り、思考停止になっていないか。
 50年前のベトナム反戦運動の中で、どれだけの人が沖縄に関心を抱き、ベトナムと沖縄、そして自身の足下を見つめたか?自分を振り返れば、全くダメだった。ニュースが流れ果て、おしまいの感。思考停止の中で、淀みがつもりつもって、再生不能に陥った人が多かったのではないか。一旦止まれば、後は開き直ってきたのではないか。
 私が辛うじてこうならなかったのは、自然との共生を譲れないと考えてきたからであり、遅ればせながらだったが、89年に沖縄に出会いなおしたから。具体的なものに拘ってきたから。無論、写真は具体的なこととの媒介・人との出会いに繋がる。
 東京等に住んでいれば、どんどん具体的なことが剥がれ落ちていく。落とされていく。それだけに自覚的に具体性を追求しなければならない。具体的なものほど、めんどうだし、理屈だけですまない。最も金権亡者は話しにならないが。

外務大臣は何しに来たのか。そうか「米務大臣」か(17年12月2日)

 今日の新聞報道によれば、河野太郎外務大臣が沖縄に来て、2日、翁長雄志知事と会ったらしい。知事は最近の事件・事故を念頭に、地位協定の改善を求めた。至極当たり前のことだ。外務大臣は「改善できることはしていきたい」、「やれることは確実になるべく早く方法を問わずやる」と述べたそうだ。

 だが、この言葉、何回聞かされたんだ。これまで責任逃れと、一時だけのごまかし以外に何もやってこなかったのだから、「何もやりません」といっているに等しい。
 彼らの耳には不都合なことは聴こえない、彼らの目には、不都合なことは見えないようだ。それで一国の外務大臣様で、月収いくらもらっている。こんな無能な連中が諸国政府等との外交が務まるはずがない。
 また、米軍基地で英語教育をなどと米軍の宣撫工作の手先になっている。大臣様は「沖縄はもともとアジアとの交流の拠点地域だったわけで、英語を流暢にしゃべって世界に出る若い世代の人材育成に外務省も率先して貢献したい」と力をこめたそうだ。ここにも米国主導のアジア(支配)のイデオロギーがはっきりと現れている。沖縄がアジアとの交流拠点だったのを潰したのは、大日本帝国と米国だろう。少しは歴史を学んでから言ったらどうか。
 私は英語を否定しないが、米国の米軍米語は交流を阻害することはあっても、アジアを支配することはあっても、対等な真摯な関係に背くものだ。私たちは「米務大臣」はいらない!
 
 私はこう記したのだったが、琉球新報の「単眼 複眼」欄に、「リベラル派外相 今は昔」と仲井間郁江記者が書いていた。全く同感だ。

工事の音にイラつきながら(17年12月1日)

 2017年12月1日 曇り。2日連続で朝焼けを撮ったので、今日はゆっくり(にするしかないほど疲れていた)。午前中の来訪者は、常連のみ。静かだが工事の音は響いてくる。お昼頃から風向きが変わり、ガンガンガン、と重機が石を固める音、ダァーンとトラックから砕石を落とす音。

松田浜に見に行く。
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オキナワギク。岩場に咲くこいつは所謂美人ではないが、 なんとも言えない優れ花。私は高山植物のような可憐さを感じる。お友達からのメールで、「盆栽のようだ」と言われたので、釈明する。野生児であって、決して盆栽ではない。盆栽って、人間が型に嵌めたものだから。誤解なきように。11時23分。
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音源はこいつだ。11時27分。k1護岸。叩いて砕石を押し込め、平板にする。
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左側で米兵がなにやらやっていました。一部は銃をもっている。11時30分。
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こんなだ。左でコンクリートブロックを設置している。11時32分。随分護岸が前に出てきた。
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中間部には土管のようなものがおいてある。11時34分。
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ワイドで全景を見る。11時35分。
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生コンプラントの右側のプレハブ建築現場。だいぶできてきた。11時35分。
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オキナワギク。お上品なキクとは育ちが違うのだ!
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潜水調査中との船の前で、マンタ法での調査。潜っている人は見えない。11時38分。
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夕方までこうだった。
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ミサゴが魚をゲットした。遠すぎて私はその瞬間を撮れなかった。11時48分。
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奥のn5でも砕石を落としている。曇り空で上手く撮れないが。11時50分。
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テントに戻る前に一枚。テントスタッフの孝子さんの仕事にいつも感謝。11時51分。
午後は来訪者もあり、平常どおりか。15時頃、8月21日にゲート前で車に引かれたEさんがきた。まだ2本の杖を使っているが、お元気そうだ。気持ちがしっかりしていると治りも早いのだな。これからも頑張ってください。
追記:今日の海上行動は荒天のため中止。ゲート前からの搬入は30日はなかったが、今日はあったようだ。

17年10月19日(東京) 「自衛隊がやってくる」概要報告

 大変遅くなりました。以下報告します。

「自衛隊がやってくる-与那国・石垣・宮古・奄美」報告

演題:「軍事化される琉球諸島-沖縄の問題は『日本』の問題、アジアの問題」

日時:2017年10月19日 18時30分から21時

会場:新宿区大久保地域センター

主催:沖縄を学び考える会

参加者:31名

【1】衆議院選直前の雨の日だったこともあり、参加者は少なめだったが、私はほぼ2時間しゃべった。私が「南西方面重視政策」に注目したのは、2010年の防衛計画大綱を読んだ時からだ。そのころ私はホワイトビーチで海上自衛隊の護衛艦隊を何度かみたこととも重なり、ピンときた。こうして私は2011年から与那国島・石垣島・宮古島を歩き出し、とうとう2013年10月名護市に引っ越すことにもったのだ。

【2】概ねレジュメと主催者に用意していただいた東アジアの地図を紹介しながら話をした。冷戦構造の崩壊から何故20年も遅れたのかを解き、日本政府の政治と軍事の再編と沖縄・琉球諸島の動きを対比検討した。2010年の「動的防衛力」構想から「統合防衛力構想」(2013年防衛計画大綱)へ。これは海・空・陸の3軍の統合防衛力だが、同時に「シームレス」な作戦態勢が肝なのだ。実際の彼・我、我・彼の力関係の変化を見通しながらいつでも戦闘態勢に入れる仕掛けが、自衛隊の部隊配置の地理的な再編(従来の北海道中心から琉球諸島・九州へのシフト)等として現れている。

 ここでいう「彼」とは中国のことだが、もし本気で中国と戦争になってしまえば、これは万事急須だ。琉球諸島が戦場になり、日本も沈没にいたる。安倍政権はこれを真顔でやるきなのか。そこまでバカか。ところが、選挙予想はそこまでバカになるらしい(17年10月22日の選挙で日本国民はこちらを選んだ)。

 ただ、こうしたバカさは今に始まったことではない。対中脅威論も米ソ冷戦構造時代の中曽根首相の「日本列島=不沈空母」論の焼き直しのようなものだから。長年の積み重ねが鈍感さを重ねてきたのだ。但し当事との大きな違いは、①米日一体の軍事態勢が出来上がった(2015年の戦争法で)、②日本経済の屋台骨を軍事産業にシフトする安倍の経済の浸透?、③反戦運動の後退と、差別主義の横行。

 そして今沖縄でみていると、朝鮮半島情勢の緊張の中で、嘉手納基地から電子偵察機等が戦闘機の護衛つきで飛び立っており、グアムの基地からは爆撃機が飛び、嘉手納の戦闘機が護衛し、自衛隊機も護衛しているのだ。明らかに威嚇行動(軍事行動)が強化されている。

 朝鮮半島を睨む基地群は、青森県の三沢基地(空軍)、山口県の岩国基地(海兵隊の対地攻撃部隊)、嘉手納基地(空軍)のラインであり、それに自衛隊のいくつもの基地群が重なってくる。米日一体化-共同作戦態勢が出来上がっており、容易ならざる事態になっている。

 また、去る9月29日~10月4日にオスプレイが新石垣空港に着陸し居座ったように、米軍は民間空港を既に使っているのだ。今回の事態は何故起きたのか。オスプレイが欠陥機だからはさておき、フィリピンに演習に行く際のトラブルらしい。米国はフィリピンなどの東南アジアでの軍事作戦にも備えているのであり、琉球諸島の自衛隊の軍事拠点化は、こうした問題にも重なるのだ。

 要は、北側が敵(中国)でも、南西側(東南アジア諸国)が敵でも、南北方向、東西方向に海・空・陸の軍事力を縦断的、横断的に米日の政権は軍事力を配置する。琉球諸島はこの東西方向に広がっており、地の利がある。また、南北方向には、海・空との重層的な配置が重要になる。

 改めて東アジアの地図を沖縄中心目線で眺めると、米日の権力がここを軍事拠点化したい意味が読み取れる。同時に沖縄の民衆がここから新たな東アジアの、東南アジアの平和を作り出していく可能性も見えてくる。

 与那国島・石垣島・宮古島・奄美大島への自衛隊の配置はレジュメの通りだが、民間の空港や港湾を彼らは使うことも前提だ。もし万が一、周辺諸国で戦時になれば、軍事力が島を席捲することになり、ミサイルや銃弾が飛びかう以前の段階から、人や物資の移動ができなくなり、島の生活は大きくかき乱されていく。

【3】 「島嶼奪還作戦」なるものが自衛隊の第一の演習課題になっている。このための装備の更新も進められている。もしもこうした作戦が発動されれば、島の人々は再び、置き去りにされ、自衛隊防護の弾除けにされていく。「島嶼奪還作戦」なる名称は、勇ましいばかりか、守るために取り返す、あたかも「防衛戦争」だとのイメージに惑わされてはならない。自衛隊に「水陸機動団」なる日本版海兵隊の新設が予定(19年3月)されており、見方を変えれば、明確な侵略軍(外征軍)の機能を持つ部隊だ。「島嶼奪還作戦」とは明文改憲を果たすまでの欺瞞的呼称だと言えるかもしれない。

【4】 既に与那国島にレーダー基地が完成し、奄美大島で工事が始まり、宮古島でも始まろうとしている(10月30日から始まった)。戦争への流れを止めらるのは今しかない。「日本」の皆さんの闘いは、これからのアジアの戦争と平和にも係わる重大な問題だ。

【5】ちいさな島の問題。沖縄島には行ったことがある人も、石垣島・宮古島までは。まして与那国島に。沖縄島の人すらこうした「先島」の軍事化に気づいていない。だが島の人た ちにとっては、この島で生きていけるか否かの問題であり、だからこそ金で踊らされやすい。金を積まれて、軍事化を容認させられてしまいやすい。だから島という場だけで考えてはニッチもサッチもいかないのだ。人々が繋がる中で新たな視点を獲得してほしいのだ。だから思いのほか、事は難題なのだ。

◎レジュメ

「171019rezyume.pdf」をダウンロード

ジュゴン訴訟報告会から

 昨日の私はジュゴン訴訟の報告会が那覇であったので行ってきた。名護~那覇までバスで行くと片道100分ほどかかるし、運賃は1500円ぐらいから2000円余りかかる。なかなか大変なのだ。昨日は高速バス(「111番」に乗り遅れたので、「120番」でゆったりといった。お陰で読書がはかどった。

 ジュンク堂で本を見たのだが、案外、ジュンク堂のある美栄橋から国道58号が近かった(三角地帯って分かりにくいのだ)。
 
 本題だが、米国から生物多様性センター(CBD)のメンバーが来ており、彼らと日本側の弁護団、沖縄の原告・支援者がそれぞれ報告。この裁判は米国法の「NHPA法」(文化財保護法)で米国国防総省と国防長官を訴えたもの。同法は海外の文化財も米国は侵してはならないと決めており、日本法の文化財保護法でジュゴンは天然記念物に指定されているから、ジュゴンの生息を脅かす工事を違法として、工事関係者の出入りを止めよとしている。
 提訴は2003年9月。15年2月、1審は「政治介入を避ける」と原告敗訴。15年4月に高裁に控訴し、17年8月21日、高裁勝訴判決。もっとも1審に差し戻しだが、原告適格と政治問題とは言えないと判示された。来年5月から実質審理に入る。
 大いに注目すべき問題だが、工事が日々進んでおり、判決が間にあうのか、環境が壊されて回復不能になりはしないかなど、不安も尽きない。
 原告らが現場立ち入りを裁判を通して求めていくことも確認された。また米国・沖縄・日本の連携を強めていくことも確認しており、12月4日には東京でも報告会が開かれる。
 米国先住民のチュマシュ族のマティ・ワイヤさんがきていた。彼が歌った民族音楽は地味でゆったりしており、私はアイヌ民族の音感に似ていると強く思った。大地に生きてきた人たちの地球の声なのかもしれない。

2017年12月 1日 (金)

やっぱり予想通りだった(17年11月30日)

2017年11月30日 曇り 大浦湾瀬嵩にて。お山でしばし観察。

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昨日から動きなし。7時30分。
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K9護岸も変わらない。運搬船の位置も動かず。7時40分。やっぱり当面ここに居座るのだろう。感じ悪い。
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k-9護岸。変わらず。人も居ない。9時45分。
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昨日入ってきたこの2隻も動いていない。7
時54分。
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警戒船が守備位置に着く。7時57分。
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警備会社の船3隻。巡回中。8時15分。
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お山に実っている実ですが?
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和船が来てフロートを外した。9時23分。
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別の和船が引っ張ってきた。9時35分。取り替えるようだ。
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つけなおすようだ。9時37分。
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動きがないので、ノンビリと。9時50分。
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晴れてきた。10時4分。どうだ。
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頭上を飛ぶkc-130.東に。10時13分。
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今度は逆コース。西へ。10時19分。戻ってきたのか、別の機体か。
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海保の浜からスパッド台船が出てきた。そろりそろり。タグボートが引っ張っている。10時27分。
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海保の浜。鉄の柵が立っている。10時27分。
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スパッド台船。まだ動く。10時35分。これからボーリング調査の追加分が始まるのだろう。
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レジャービーチにオイルフェンスが用意されている。10時40分。スパッド台船を囲うためか。
ここ大浦湾は君たちの居る場所じゃないから。全ての基地建設のための船等は、ここから出て行きなさい。公有水面を、サンゴの海を汚すな!ジュゴンが戻ってくる海を取り戻そう。
10時45分小山を降りた。
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瀬嵩の西側の浜から。10時59分。
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昨日も見たが。フロートと、警戒船。みっともない。11時10分。
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わんさかパーク。11時38分

改めて考えた-私は何故、朝陽・夕陽を撮るのか?

 私はここ数年、サンライズ・サンセットを意識的に殆ど撮らなくなっていた。理由は簡単。朝陽・夕陽は誰がとっても美しいものだからだ。長年撮ってきたので、まぁいいかとも思っていた。こんな私が心変わりを起こしたのだ。

 つい先日のことだ。たまたま名護湾の西日を見て、これを撮るかと思ったのだ。この赤い光の中に、明日への希望が見えそうな気がしたのだ。次への可能性を見て取れるかと。

 善は急げと、11月29日、辺野古の朝陽、30日、大浦湾瀬嵩の朝陽。2連ちゃん。全く別の感じで、よかった。30日の朝陽は雲間に隠れてストレートに出なかったが、かえって味わい深かった。そして気がついた。

 朝陽、夕陽は、私たち人類の原初的な価値を照らし出しているのではないか。決して、太陽はどこかの国家に属するものではないのだ。どこかの民族や宗教を象徴するものでもない。人類共通の価値なのではないか。だからこそ、国籍や民族性にかかわらず、人は太陽を見つめ、包まれて感動を覚えるのではないか。

 私はナショナリズムから解放された自由な人類の可能性を追求していきたい。昔、某国は「太陽の国」と称し、「旭日旗」を掲げて、自滅したが、奴らは何一つ反省せず、今また同じ過ちを繰返そうとしている(トホホ)。

 そういえば、かれこれ20年ほど前の冬。アイヌモシリの知床・ウトロの夕陽で知られている峠で、サンセットを見た。たまたま通りかかった東欧の人たち(カップルだった)も立ち止まり感動していた。足下には粉雪が、岩の下はオホーツクの青氷が浮かぶ海だ。そこに長い太陽のラインが浮き上がっていた。私は忘れない。宿まで歩けば1時間以上かかる道を私は彼らの車に乗せていただいて、戻ったのだった。

 しかし、今や「米国ファースト」、「日本ファースト」、「東京ファースト」などの愚劣さが際立つ時代になった。「ファースト」があれば、別に「以下」がいると、悪罵を投げつける。軍事でのしあがるのだという破廉恥の館が沖縄を押さえつけ、アジアを、世界をあざ笑う時代になってしまった。

 先日のコンサートでマンドリン奏者の平丈子さんが「音楽は世界の共通語」だと語っていたが、私たちは、共通の喜びを、悲しみを、可能性をもちたいものだ。分かち合いたいものだ。

 考えてみれば、誰もが感動できる太陽を国家の独占物(象徴)にする策略は、なかなか手ごわいものだ。万民が共有できるからこそ、「俺達が」と独占しようとしてきたのではないか。独裁政治の虜から太陽を解放するためにも、私は朝陽・夕陽に改めてこだわりたい。そして人間が生き残れる道を歩みたい。私たち自身が独裁の罠に陥らないように、自らを解放していこう。

17年11月29日海上で拘束された船長は、30日夕、釈放された

 11月29日お昼頃、軍警に逮捕されたK船長は、海上保安庁に1晩留置されていたが、昨日地検が釈放を決め、30日夜釈放された。私は今日、本人が辺野古テントに来たとことで会い、本人の無事を確かめた。

 今回の弾圧は、16年4月1日、目取真さんが軍警に海上で逮捕された案件に次ぐ事例となった。明らかに臨時立ち入り制限区域の外側で、米軍基地の内側と判断されることになっている渚線から50m以内かどうかも定かでない場所に軍警がバシャバシャと泳いで飛び込んできて、違法工事に抗議していたK君を強引に引き揚げ拘束したのだ。
 今回は先の事例が違法であると国家賠償請求訴訟に訴えていたために、軍から海保への移管は早かったが、米軍・軍警の横暴を許してはならない。私たちは引き続き違法工事に、新基地建設に抗議する権利を行使していく。
 軍警の跳ね上がりを許さず、一層の警戒心をもって、闘いぬこう。

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