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日記・コラム・つぶやき

2017年7月24日 (月)

映画「スノーデン」を見た(17年7月23日)

オリバー・スト-ン監督の映画「スノーデン」を昨日那覇市内にある沖縄大学で見た。米国のNSA(米国家安全保障局)のコンピュータ技術職員だったスノーデンが、どうして変わっていったのか。仕事を通して、米国の利権・覇権の凄まじいまでのグローバルネットワークを知るようになる。地球の裏側からの無人機による殺害・国家テロのバックを支えるコンピュータネットワーク。ターゲットは軍事に限られていない。すべてだ。同盟国はもちろん、米国民も、民間企業も、個々人の通信手段に入り込み、情報を盗撮している。パソコンのカメラを勝手に動かして、他人の着替えやセックスシーンまで覗き見できるのだ。ちょっとした人間関係の溝を知り、上手く操ることもできるのだ。

 この映画を観ると、スノーデンが凄いスーパースターでないことがわかる。何処にでもいそうなお兄ちゃんだ。恋人との関係や上司、同僚との関係もよく描かれている。生身の人間が巨大コンピュータ(世界の電子情報)と格闘させられるわけだから、そこに矛盾が当たり前のように生まれる。彼は、自由な世界を求めたのか。否、自由な自分でありたかったのだろう。自由を自分の大きさで見たからこそ、問題の大きさ深さに気付いたのだろう。

 彼の英国ガーディアン紙とのやりとりのなかで世界に暴露するやりかたや、電子情報の局外への持ち出し方など、興味深く見た。

 スノーデンは何処にでもいそうだと書いたが、優れたコンピュータ頭をもっていたことと、自分の仕事が自分を含む世界に対立していることに気づいた事がここまでの大決断に結びついたのだろう。其れを冷静に他人の助力を得ながら、暴露した能力は半端じゃない。

 しかしこの世界は、私たち凡人の手の届かないところで、まだ蠢いている。今日も地球の裏側から無人機攻撃がなされているのかもしれない。ごくごく一部の連中のために利権が動き、多くの人々には自滅への道が掃き清められていくのだろう。私たちが生き延びるための最低限のことは、命を大切にしながら、自分を失わないことだろう。凡人にはそれしかできないだろう。私はそこに可能性を見たい。ただ、自分とは国家と矛盾をきたす自分達があるか否かが鍵を握っている。沖縄の闘いもそうだと思う。

2017年7月22日 (土)

小さなことかもしれないが(17年7月22日)

 今朝の新聞(沖縄タイムス)の投稿欄。「戦で得るもの 何もないんだ」が光っていた。投稿者は48歳の名護市民。永六輔のことばを引用しながら持論を展開されている。戦争したがっているのは、戦争に行かない連中だよと。然り、然り、然り。「一般庶民が戦争で得られるものなど、何もないことを学んで欲しいものである」。傷つけて、傷つくだけだ。

 「茶のみ話」の「海の日に思ったこと」も興味深い。釣りを趣味にしているらしい彼は、以前に「自然に対して謙虚な心を持たない限り、沖縄の海は取り返しのつかないことになってしまう」と投書したらしいのだが、今回、辺野古新基地建設が進む事態を想起しながら、「自然の中のほんの小さな人間、自然を畏怖する心を失ってはいけないと改めて思った」と書かれている。

 そのとおりだろう。ただ「海の日」とは残念ながら明治天皇の巡航記念日。日清・日露と戦争をやって、自然を壊す文明を発揚したのだ。琉球を併合した側の記念日だ。

 ではあるが、彼が指摘するような自然破壊を肌で感じることは、とても重要なことだ。ここを忘れてはならない。

 小さなこだわりも大きなこだわりも、共に大切にしながら歩んで生きたいものだ。そういえば、昨日から子ども達は夏休み。辺野古にもちびっ子つり師が来ている。何時までもそんな辺野古にしておくのが大人の責任だろう。 

2017年7月21日 (金)

立川反軍放送で私の文章が読み上げられたそうだ

 先日、うちゅなんちゅの怒りと共に三多摩市民の会と原稿を巡るやりとりをしていて、「テント村通信」(17年7月1日号)を教えていただいた。私の文章が反軍放送で読み上げられたようだ(17年5月9日)。沖縄の島々が対中包囲網として要塞化されていることを書いた私の文だ。

 ありがたいことだ。また私のブログも読んでいただいていることも確認できた。それにしても横田基地の強化は、はっきりしている。私が知っている横田は、米軍の輸送中継基地だった。それが、グローバルホークが常駐するようになり、オスプレイの演習拠点になったり、パラシュート降下訓練まで常態化されているという。

 こうした背景に朝鮮半島を巡る危機の醸成がある。この半島を半歩下がるが日本列島であり、その戦略的な位置づけは50年代の朝鮮戦争で立証済みだ。朝鮮半島で火が吹けば、日本・沖縄が前進基地になる。対中戦争となれば、琉球諸島が前進拠点であり、戦場になる。

 私にとって、岩国までを日常の観察地点にしているつもりだが、横田までは、ちょっと待っただった。しかしそうも言えなくなっているのが現状だろう。グローバルホークもパラシュート降下訓練も、オスプレイもすべてが朝鮮半島を焦点にしている。おっしゃるとおりだろう。こうなれば、一度最近の横田を押さえておきたい。

 付言すれば、「基地の本土引きとり論」に私なりに言及しておきたい。私は困った論だと考えている。間違いなく沖縄に米軍基地が過剰に押し付けられている。フザケルナ!だ。沖縄には米軍の4軍がそろい踏みだ。ただ単純な面積が割合がでは、ナンセンス。何故にかを問わなければ、意味を取り違えてしまう。沖縄で米軍は何をしているのか。そこを覚悟して受け入れるのか。だとすれば、受け入れてもらいましょう。日本が戦争の島になりますよ。軍事基地とは伊達や酔狂であるものじゃない。受け入れてから泣きを入れても遅い。

 安保の根本問題は日米地位協定。日本を米国の属国として、核の嵩の中に据えてきた。米国イエスの国。ここを断ち切る闘いなしに、沖縄がかわいそうだは、ないのだよ。沖縄と共に反戦ならば、反安保の闘いを。平和に生きたいならば、戦争を断ち切った手段を作り出そう。頼むから表層だけの沖縄肩入れはやめておくれ。善意のつもりが悪意に蝕まれていくだろう。

夏ばてか?(17年7月21日)

 ウーム、これは夏バテか? 昨日遅くまで起きていたこともあり、やけにだるい。しかしまぁ、この間画像を満足に上げられなかった状態が続いていましたが、漸く治ったようだ。これからピッチをあげて巻き返す。札幌に送っていたパネルも戻ってきたようだ。昨日は自分のパソコンの絵がいつのまにかF-15に変わってしまった。私が撮ったらしい不気味な奴。不気味すぎて、余り嬉しくないが、納得感はありあり。

 明日22日午後(14時~15時)はシュワブゲート前での「人間の鎖」行動。25日は海上総行動。明日あたりから多くの参加者がやってくる。取材人も。賑やかになる。

 安倍政権は、ガタガタのスットンであり、崩壊寸前。彼らに自浄作用を期待するのは無理。とことん叩き潰すしか手はない。改憲の兆しを跳ね返すためには、私たちが強く賢くなるしかないのだ。夏ばてだなどと言っていられない。

2017年7月20日 (木)

昨日のこと今日のこと(17年7月20日)

 昨日の津堅島沖(ホワイトビーチ先海面)での撮影は、既報のとおり現場で19時35分まで粘った。今日の新聞報道では、もう一度降下したそうだから、私は一足先に帰ったことになる。

 このことが、辺野古テント村の皆さんの話題になっていたようだ。あんなに遅い時間になったのだから、ヤマヒデさんは時間切れで先に帰ったのではないかと。いやいやいや、頑張りましたと伝えたところ、帰れたのと来たから、辛くも、と答えた。

 本当に車を持たない者の弱点がでてしまう。しかしこうしたことは、時間無制限一本勝負でいくしかない。いざとなれば、どこかでビバ-クすればよいのだ。贅沢言ったらきりがない。反面、心配かけているのだなとも思う(すいません)。

 今日、テントで、ある方から私に日本環境会議の沖縄の集いの報告集を献本したいとのお話を伺った。自分は参加しただけで、何かしたわけじゃないし、恐れ多いが、ありがたく受け取りたい。これからこの分野で私なりに貢献できることがあるかもしれないから。

 今日、ある来訪者に聞かれたのだが、ジュゴンの最近の現認記録はないのですかと。確たるものがないのだが、本来県がきちっと生態調査すべきだろう。しかし県レベルでは動物学植物学の専門家がほとんどいないだろう。県立博物館にどれだけの学芸員がいるのか。これほど沖縄固有種が居る島でありながら、大陸とつながり、また、分離してきた歴史がありながら、自然界のことなど、放置してきたのだろう。全県的な調査を官民を挙げてやればできるはずだ。誰が音頭を取るかの問題だけではないか。

 昨日帰宅したら見知らぬ方から、メールが届いていた。7月22日の東京での集会の案内をブログに載せたが、貴方の記事を貼り付けたいと。全く面識のない方なので、ブログを拝見して、了解をだした。今日感謝のメールが来ていた。何故私のブログ記事を添付したのかといえば、分かりやすかったと。ただのズボラでないと、認めていただいたようだ。ありがたいことだ。

 

2017年7月19日 (水)

先ほど家に帰ってきた(17年7月19日22時ごろ)

 今日は津堅島沖の海域で、米軍がパラシュート降下訓練を強行するとのことで、私も海軍基地のホワイトビーチを見渡せる丘に出向いた。この左側が津堅島だ。私は7時40分頃家を出て、11時頃現地に到着。車を運転できない私は、公共交通機関を使い、歩くのだ。111番のバスで、沖縄北インターで降りて(約40分)、上平良川まで歩いた。1時間。そこからバス27番。平識屋まで、あとは歩き(10分)。普段ぽつねんとしているだけの児童公園が取材陣で溢れていた。みんな同じか。ここから狙うのだ。テレビクルーが4つ。地元の新聞2紙に、私と赤旗の記者も。ほか。

 暑さは屋根つきの場所があり、何とかしのげるものの、でも暑い。水分補給が重要だが、テレビクルーは、誰かがまとめて買ってくればいいが、私のように一人ではそうはいかない。油断している間にやられてはもともこもないからね。

 途中から、伊江島で、物資投下訓練をやっているとの情報が入ってきた。ひどいことに伊江村の役場にテレビ局が電話しても、事実を把握していない。知らされていないのだ。ようやく、現地の議員からやっているとの情報が入ってきた。こちらでは、18時を回っても音沙汰がない。これは伊江島での強行を隠すためのweb情報発信だったのではないか。しかし19時を回って、MC-130が飛んできた。うろうろ飛んでいる。急速に暗くなっていく。そこで私たちの前に同機が飛んできた。左から右へ。降りてこない。1回転して、19時30分頃、3名が飛び出した。パラシュートが開いた。一斉にシャッター音が鳴り響く。テレビクルーも実況放送をやる。

 待ったかいがあった。しかし私は自宅まで帰れるのか。途中で泊まるか、那覇に行くか。緊張が走る。しかし27番で、安慶名から77番に乗り換えられた。21時が最終だった。ラッキー。

 ということで、今日中に帰宅できた。よかった。「沖縄の怒りと共に」の101号が着いていた。表紙が私の作。寄稿もしている。他の皆さんも力作ぞろいだ。

 ところで北海道札幌に送った私の10枚プラスのパネルはどうしたのだろうか。7月17日に使ったはずだが、電話もメールも届いていない。無事に届いたとか、どうだったとか、作者・著者は、いただきたいのだが。気持ちがずれる。寂しい。

 

滞っていますが(170719)

 ブログの更新が滞っています。パソコンの調子が悪く、書いても反映できずが続きました。そのうえ、私としては珍しく飲む機会が重なり。個人的にもですが、昨晩は交流会に参加を依頼されました。客人の中に、もしかしたら知り合いがいないかと思って出かけましたが、全員初顔合わせでした。それだけ層が厚いということで。

 団体・グループとの交流は、できるだけ複数で対応するのがお互いにいいですね。何人かが参加すれば、其れだけ個人の思いを表わせます。無理に沖縄を代表してにならずに済みますから。問題意識などを忌憚なく表明できる。何よりも肩がこらない。

 私はお酒を飲んで、けんかしたなんてこと、ここ30年ぐらいないですから、無難。ただ人見知りなので、入り口が合わないと、やや困惑。昨晩は隣の人がそうでしたが、それでは失礼だと思い、敢えて話したら、こちらが全く知らないことを教えてくださいました。気張らずにやることが大切ですね。

 今日はこれからあるところにでかけます。何時に帰れるか分かりませんが、頑張ります。

2017年7月18日 (火)

今日のヤマヒデ(17年7月18日)

 今日17年7月18日は猛暑。暑い、風がない、汗だらだら。私は今日もテント番でしたが、17日に設置されたオイルフェンスの延長が危惧され、私は3回ほど漁港の護岸(浜側)に行き、監視・撮影。午後の3回目は日陰がなく、海神様の岩の東側に回りこみ、わずかな日陰にもぐりこみました。それでも、水分の持参ナシでは、1時間余りが我慢の限界。「日干し!」と叫ぶ私にY子おばぁが、アイスクリームを差し入れてくださいました。これで、一息つきました。

 今日のところの工事は、陸域でのオイルフェンスの引き出しの準備作業だけでした。ただ緊張したのは、軍警がカヌーを持ち出し、自主警備をする姿勢をみせたことです。たかが1艇や2艇のカヌーを持ち出したところで、何の足しにもなりませんが、彼らの狙いは挑発して、弾圧に利せればいいということです。だからこそ、私達は要注意です。非暴力の闘いの原則を何度でも確認しながら、断固たる抗議を行いましょう。

 なお、パソコンの不具合が発生中。先ほどちょいと手を加えてみましたが、結果はこれから確認します。自分の体と、カメラ、パソコンが三位一体でなければ、心は晴れず、気分は快調になれないのは、困ったことです。今は体とカメラは概ね大丈夫です。

2017年7月17日 (月)

沖縄タイムスに「K1浮具設置」と出た(17年7月17日)

 本来は、土日を休みにしたかったのだが、沖縄防衛局はこの3連休に新たな段階に踏みこむかもしれないと予感していたので、16日辺野古テントにでた。ありがたくないことに、既報のとおりになってしまった。

 16日午前中から浜の上に作業員がでており、海には海保のGBばかりか指揮船がいた。午後もみたけれど、特に何もなく、帰り際に黄色のオイルフェンスを発見。テントの後片付けを他人に任せて、私は漁港護岸まで走り、数分間撮影。

 帰宅後、この報を当ブログに載せた次第だ。同時に沖縄タイムスにも連絡したところ、今日7月17日の記事に写真入で出た。自分のブログを見る人など、極わずかだが、沖縄タイムスを読んでいる人は、大分多いし、沖縄防衛局の諸君も読んでいるのだから、出せてよかった。

 今後は琉球新報にも情報提供できる緊急連絡体制を確立していきたい。できれば、全国紙や他の地方紙にもだが、どうしたらできるのだろうか。

〇沖縄タイムスの電子版http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/113128

〇共同通信の電子版でも流れています。http://www.47news.jp/localnews/okinawa/2017/07/post_20170717123702.html

 それにしても、昨日の夕方から夜は超忙しかった。懸案にしていたメールでの問い合わせにやっと返信した。鋭い質問は大歓迎だが、お答えに難儀する。遅くなって申し訳ありませんでした(改めて)。

2017年7月15日 (土)

今日はブログ書きと写真展準備で自宅で(17年7月15日)

 遅くなりましたが、今日17年7月15日日中は、溜まったブログ書きと写真展準備で自宅で過ごしています。他に、全くお金にならない写真の提供もやらないとならない。「なんかない」といわれても、月産3000枚ほどあるんですが。デジタルはこれだから嫌になる。

 アナログだと、撮影中に、ヤッタネ感がありましたが、デジタルでもやっとヤッタネ感があるようになってきた。機動隊とごちゃごちゃなど、ここ30年撮っていますが、いくら巧く撮れても嬉しくない。

 13日に海に出たら、動きが静か。陸上でちまっと作業しているのだが、とても動的な撮影は無理だ。静的だが、おもしろみのある写真を考えなければならない。暑さに耐えながらなので、暑さを押し返すパワーが欲しい。むろん、ウミガメの写真など撮れたら最高です。

 静的な写真は心の内面を、動的な写真は、幾つかの動きを読み込みながら撮る。構図の制作は「Ⅹ×Y×Z+t」 がポイント。横軸・奥軸・縦軸に時間。これを同時に展開可能ならば、怖いものありません。ぱくられたり、なぐられたり、おっこったりしなければ。

 昨日辺りからハブクラゲがでてきたので、要注意。見えにくい猛毒クラゲです。

 ブログ書き、あと2,3時間がんがんいきます。

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