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日記・コラム・つぶやき

2017年5月27日 (土)

梅津和時さんテントに来訪(17年5月25日)

 17年5月25日、辺野古テント村にサックス奏者の梅津和時さんらが来られた。いや、びっくり。驚いた。私は知らなかったのだが、以前、辺野古でやったピース・ミュージック・フェスタに出演していたのだ。以来、辺野古のことも忘れずにいてくれたらしい。

 私にとって梅津和時さんは、新宿のジャズライブハウスのピット・インなどでおなじみだったジャズ奏者だ。また1990年代に私たちが日比谷屋音でやった反戦の音楽イベントにも快く参加していただいた。

 ところが彼はメジャーシーンも走っていたのだ。忌野清志郎らのRCサクセッションのサポートメンバーだったらしい。だからテントメンバーにもファンだったという人もいて、様々な余韻を残して彼はゲート前に上がっていった。

 恥ずかしながら私は、こうした分野には全くうとく、そうだったの、とピント外れ。でもまぁ、音楽はジャンルを超えてがいいところでもあるのだから、知っているか、否かを問題にしても意味がないと。

 もっともっと多くのまともなミュージシャンが辺野古に来て欲しい。音楽って人の心をつなげる役割も果たしているのだから。

2017年5月26日 (金)

5月27日~29日、東京に出かけてきます

 明日から29日にかけて、東京に出かけてきます。明日朝から29日夕方まで更新は不可です。ご承知置きください。

 画像のアップが大変遅くなっています。こちらにつきましても、修復までに、もうしばらく時間がかかります。本当に申し訳ありません。

辺野古現地にお出でになる友人達へのお願い

 辺野古現地には、私の友人達も時々おいでになっています。誠にありがたいことです。できる限りの歓迎をしたいところです。ただ何のコンタクトも取らずにおいでになることもあり、折角の機会なのに、殆ど話もできないことや、不在にしていることもあります。申し訳ないやら、残念やら。

 改めてお願い申し上げます。できるかぎり、2,3日前に連絡いただければ、可能な限りの対応をいたします。その日になって、「今晩飲みましょうよ」は、勘弁願います(私は普段、飲まないもので)。

 また簡単なコースの相談などにもメールで事前にくだされば、できるかぎり対応させていただきます。ただ1週間、2週間単位で不在にしていることもありますので、その際は応答できません。ブログの更新状況をごらんいただければ、おわかりになると思います。

 なお、皆様のお名前を覚えていないケースが多数あります。その場合は、事前のメールをいただくときに、簡単な自己紹介を付してください。

 どうぞ宜しく御願い申し上げます。

何とか準備完了

 昨夜、早く寝てしまったので、今朝は4時頃起きだして一仕事と思っていたのに、目覚めたら5時30分。大慌てでやりました。出かけるまでに完了せず、先ほど6枚のセットを作りました。usb メモリーに入れて、渡せる状態に。

 一昨日の夜に考えていたコンセプトを大幅に改定。個々の写真を見ていたら、辺野古川河口の自然のイメージが膨らんで、予定よりもズンとよくなった。辺野古河口・干潟の生物の生態を示せるものに。

 登場させたのは、ミナミコメツキガニ、キアシシギとミナミコメツキガニ、クロサギ、タヅとミジュン、リュウキュウコメツキガニ、ツノメガニです。河口のどの場所に、干潮時と満潮時、生態がわかるように並べてみました。

 睡眠を取った朝の一仕事だったせいもあり、上手にいったと思っています。

 ゲート前発の写真展の一角に入れていただきます。原稿料若干ですがいただきました。お金先にいただくとやらないわけにいきませんよね。

 皆様からの発注にもご相談にのらせていただいています。

2017年5月25日 (木)

眠い!明日にする(17年5月25日)

 随分暑くなってきた。睡眠不足で眠い上にちょっとビール。近くで、会食をしてきた。私の好物まであって、おなか一杯。ありがとう。

 それにしても久しぶりに大きな声で持論を唱えさせていただいた。どこでも色々な問題があるのだろうが、微妙にわかっていなかったり、勝手に解釈していたり、話を共有することは難しい。 

 ということで今夜はお開きにして、明日早朝にお仕事します。写真データの貸し出し。

お休みなさい。

2017年5月22日 (月)

さくさくさくっと、いきたいね(17年5月22日)

 この1週間、パソコンの不具合を直すのに、どれだけ時間を取られたか。まだingだから。やっと、方針がわかって、ただひたすら作業を進めている。今しばらくお待ちください。また写真のご注文をいただいた方には、それこそ大変申し訳ありません。

 こんな時機に平良孝七さんの写真展(名護市博物館)を見て(5月20日)、また復帰45年を振り返る写真展を県立美術館で見て(5月21日)、様々な刺激を受けました。ざわざわしていたもので、尾崎孝史さんからいただいた「シールズ 名前のない物語ー未来へつなぐ27の物語」の紹介もすっかり忘れていました。本の紹介ではもう1ヶ月以上前にいただいた本も読了しながらも置きっぱなしです。

 余りにもインプットが多いと頭がぐちゃぐちゃになります。これをみごとに整理できないとダメですよね。偶然同時期に見たり、読んだりしましたし、舞台が沖縄だったり、「日本」だったりしており、頭が混乱しがちです。

 そう私は1989年5月から2013年9月まで沖縄に通っていましたが、同年10月、あえて、沖縄に住んで撮る決意をして名護市に来た以上、沖縄と日本を相互に対象化する、自分の視座を明確にさせないとなりません。「自分は何者なのか?」です。まだまだ、あーでもない、こーでもないが続くのでしょうが、この岩盤を掘り下げることは私には不可避だと思います。

 パソコンの不具合のお陰で、アナログ写真からデジタルに替えたここ3年の全データを見直しています。コンパクトデジカメで撮っていた14年6月からの1年余りのものを見ましたが、案外まともにとれています。悪戦苦闘の跡が偲ばれます。カメラが変わるということは、自分の心身に大きく影響しているのだと、改めて思い知らされました。

 頭の中を整理してさくさくさくっと、いけるようになりたいものです。闘いは今が頑張りどきなのに、自分の準備がなっていないのは、大変なストレスです。がんばります。

 

2017年5月21日 (日)

今日は那覇で写真展を見る(17年5月21日)

 ここのところパソコンの調子が悪く画像を上げていない。いま暫くお待ちください。今日は、会期が今日までの写真展を那覇の県立美術館まで行って見てきます。昨夕、名護博物館で行われている平良孝七写真展を見た。良かった!

2017年5月20日 (土)

また暗黒社会がやってくる

 2017年5月19日、衆議院法務委員会で、自公・維新の共謀により「共謀罪」が強行採決されてしまった。国会に遠い沖縄にいると、国会審議に関するリアリティはどうしても薄い。またどうにもならない。

 この国はどこに向かっていくのか。戦争ができる国へであり、それが「美しい国へ」(安倍晋三)だという倒錯した国へだ。日本は再び暗黒社会に向かってまっしぐらだ。この国は72年前の侵略戦争をいかように反省してきたのか、6年前の「3,11」をいかように反省してきたのか。何もしていない。開き直るばかりだ。にもかかわらず、彼らの頭には、「2020年東京オリンピックのために」などと金儲けだけしかないらしい。

 これは何も政権亡者どもに限らない。相対多数の国民もであり、無関心を決め込む人人も含んだ話だ。

 私達は、暗黒社会がやってくると嘆いていては、ダメだ。そこからは何も生み出せない。私はこんな醜悪な「美しい国」を退場させるために全力を尽くしたい。安倍たちにとって、幻でしかない美しさ(特攻の美しさ、原発爆発の美しさ、基地建設の美しさなど)を押し付けられてはたまらない。現場からこうした声をあげていきたい。

2017年5月18日 (木)

画像アップ可能になりましたが、今は時間がない(17年5月18日)

 昨夜、画像をアップできない件で、対策を考え、緊急対処に専念しました。一応解決。抜本対策はこれからとして、今夜から可能です。暫くお待ちください。

 昨夜はそんなわけで、夕方(既報)~夜にかけて、自分の写真に関する反省をたくさんやってしまいました。反省しない奴はうまくならない。改めてそう思う。

 今朝の新聞に石垣島の陸自の配備計画図がでた。驚きました。自衛隊歓迎の方々の土地が丸ごと入っている。このあたりと聞いたときに、この事実を掴んでおり、もしかしてと思っていました。図星! 詳細は改めて示します。

2017年5月17日 (水)

コゲラを見て、サンセットを見ながら、久しぶりにどう撮るかを考えた

 今日(17年5月17日)、辺野古からの帰り道に所要で名護市街を歩いた。帰りがけに、どこからともなく飛び出した小鳥。正面の木に止まった。どうもコゲラ(キツツキの仲間)のようだ。暫し立ち止まり姿を確認する。やっと幹から姿を出した。まちがいない。沖縄でコゲラを観たことはあったかな。でもまちがいない。カメラを持っていなかったが嬉しかった。

 それから暫くして、高層に巻層雲と絹雲を混ぜたような雲が浮かんでいた。こう書いてもわからないだろうが、S字状にたなびいているのだ。みごとだ。そして真っ赤な夕日が海の上にまっすぐに見えてきた。

 もしかして、一日中、同じポイントで、サンライズからサンセットまで空を撮るなんてもいいね。贅沢だな。いやいや、与那国島のように、朝は東崎(あがりざき)で、夕は西崎(いりざき)で、撮影がいいか。考えてみたら、昔は常に何をどう撮るかとシュミレーションしていたものだが。沖縄にきて、そういう余裕がなくなっていたのか。赤く染まる夕日をみながらしみじみとしてきた。

 事後談:与那国の西崎からは自衛隊の建物がアンテナが見える。幻想的な風景が既に壊されているのだ。

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