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日記・コラム・つぶやき

2017年9月21日 (木)

先日のボノムリシャールのことが他紙等に掲載されました

 先日(9月18日)のボノム・リシャールから水陸両用装甲車がキャンプ・シュワブに上陸した写真が「リムピース」のブログに掲載されました(5枚)。http://www.rimpeace.or.jp/jrp/okinawa/170918schwab.html

また琉球新報の9月19日号にもこの旨報道され、写真1枚が掲載されています。
ありがとうございました。
 別件ですが、辺野古テント村の孝子さんが出している「NO BASE」の1503号にテント4900日の記事の中で、この日に居なければ撮れない4900日の看板を私が撮っていたと書いており(当ブログに掲載済み)、「ヤマヒデさんはもちろん、この闘いを撮影し続けておられた大島和典さんもそういう『やらせ』(他日に来て日付を入れ替えて撮る)は絶対にやりたくないとこだわっていたのを思い出しました」と記してくださいました。さりげないけれど、いつもに増して嬉しい記事でした。

2017年9月20日 (水)

沖縄県内から一人でやってくる来訪者に希望を感じる

 17年9月18日午後、浦添から多分40代の男性が一人できた。県内の男性だからある程度知っているようだが、自分で確認にきたらしい。自分ができることは、何があるかを考えているようだった。私と話した後、孝子さんともゆんたくしていて、1時間余りの来訪だった。

 昨日19日は、コザ(沖縄市)からきたという20代の男性がきた。10月25日の海上からの大規模な抗議行動に興味があるらしい。色々ときいてきたので、工事の現状、臨時立ち入り制限区域の問題、10月25日の行動等について説明した。是非来たいというので、カヌーに乗りたいのならば、日曜日のカヌー練習に誘った。
 彼らの来訪に私は希望を感じている。自分は基地建設に賛成できないが、行動に至らない人が多数居るのだろう。こうした人たちを励まし、確信をもてるような対応が重要だろう。私も微力ながら貢献していきたい。
 何といっても沖縄の人たちがもっともっと動き出さないとね。衆議院選挙も近いようだし。

2017年9月18日 (月)

台風が去り、工事再開の兆候(17年9月17日)

 昨夜は、ちょっと仕事でブログを書けなかった。

 台風が漸く去り、昼前から晴れ間が出てきた。海も辺野古ブルーが戻ってきた。14時過ぎから辺野古の海で作業員がフロートや、オイルフェンスを張り出し始めた。大浦湾では午前中からの情報が入ってきた。海人も船の仕度を始めていた。
 昨日は日曜日であり、海上行動はなかった。今日からだ。テントの復旧などもあり、今日は忙しくなる。頑張ろう。
 因みに昨日はテント村(浜テント)は4900日目。年末に5000日だ。やれやれだ。
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テント2にて。

2017年9月16日 (土)

電事連会長の呆れた会見に思う 

 勝野哲電気事業連合会会長は、17年9月15日の記者会見でミサイルが原発に当たっても放射能を閉じ込めておけるかの発言をした。

 こうしたことを真顔で言えるのは、どんな性格をしているのだろう。大うそつきだけではすまないだろう。この人は、中部電力社長。あの浜岡原発を持っている会社の社長だ。

 この発言を知って私が呆れかえるのは、福島原発の反省がないことであり、自分たちが「安全」だといえば安全なのだという妄信ぶりだ。彼は工学部を出ている技術屋だから、計算はできるのだろうが、安全性の考え方をもっていない。「俺を信じろ」の猛進派なのだろう。

 だが、この発言の裏に、電事連の政治があるのだ。同日の電事連会長の会見で、こう語っていた。原発再稼動に留まらず、新たな原発を造りたいと。安倍政権がミサイルが飛んでくるかもしれないから、危ないぞ!と脅す一方、電事連は原発の堅持・新設だ。だから同会会長は、「大丈夫」というしかないのだろう。

 私たちは、こんな大嘘をいつまで信じるのか。「オスプレイは安全だ」、「沖縄に寄り添う」なども含めて、私はかかる妄言を信じない。彼らは、日本の安全のためと称して軍事力の強化を呼びかけながら、最弱の環=原発を推進する。軍事で儲けて、原発で儲けたい。火に油を注げば、日本人は救われない。

 私たちは、呆れ果てる時代を終わらせよう。私たちが生き残るためには、自ら動く以外にない。私たちが自らの未来を創り出す以外にないのだ。情けない現実を変えることができるのは私たちなのだ。立ち上がるのは今だ。(17年9月16日)  

チリチビガマ荒らしの4少年が逮捕されたとか

 今朝の新聞もげっと思うことが満載なのだが、中でも先日のチリチビガマ荒らしの、器物損壊事件の容疑者が逮捕されたと。16歳から19歳の本島中部に住む少年4名だそうだ。

 私は、彼等が何のためにやったのかを知りたい。問題は、彼らは何を知っていて、何を知らずに考えずに、やったかだろう。また、彼らだけの問題でもなく、沖縄戦の何たるかが、若い世代に受け継がれていないことこそ問題なのではなかろうか。
 また、私の周辺の人たちのツイッターなどを見ていても、問題の何たるかが分かっていない。イメージで、論難しあっており、分かり合えるかもしれないものも蹴倒している。ツイッター140字で何が伝えられるのだろうか。自省すべきだ。

2017年9月15日 (金)

今日のテント2は座り込み中止(17年9月15日)

今日も沖縄島北部は台風18号の影響を受けています。残念ながらテント2の座り込みも中止に。ゲート前はやっています。

私は自宅で資料整理に当たります。気圧がさがっているせいか、体調はだるい感じですが。

本部町議会事務局はどっちを向いているのか?

 17年9月15日の沖縄タイムスによれば、本部町議会の9月定例会で、仲宗根須磨子町議が質問しようとしたオスプレイ問題を議会事務局が「町の上空を飛んでいる客観的事実がなければ難しい」と質問を受け付けなかったという。

  これは町当局として余りにもおかしな態度である。客観的事実として町のエリア上空を飛んでいるか否かを確定することは確かに難しい。だが問題はそんなところにはない。
 
  本題に入る前に本部町の位置を示す。名護市・辺野古からみて北西方面であり、伊江島訓練場はこの西側だ。沖縄海洋博公園や本部港で知られている。実際にオスプレイ等の飛行経路は、①名護市西海岸・名護湾を経て本部町、伊江島訓練場へ、②辺野古沖から北東へ東村の北部訓練場から大宜味村、今帰仁村、伊江島へ(本部町は今帰仁村の南西方向に所在)、③恩納村から海上を北へ伊江島へ(すべて逆コースも)であり、オスプレイ等が本部町周辺を通過していることは明らかだ。
  町当局・議会事務局は、「町上空を飛んでいる客観的事実がなければ難しい」とオスプレイの飛行を、誰かに倣って「客観視」しているようだ。つまり、事故が起きてから当局は慌てるつもりなのか。オスプレイ等が発している騒音は、町エリアのラインの外に留まってくれないのだ。
  本部町当局は16年12月13日夜に名護市安部に墜落したオスプレイの事故を忘れたのか。見たくないのか。まして本部町にも海人が暮らしているだろう。
  考えたくないことだが、辺野古に新基地ができてしまってから騒いでも遅いのだ。オスプレイの飛行がもたらす様々な問題は、「本部町が処理する行政全般」であり、本部町の住民の問題なのだ。
  住民の生活に係わる行政は、現在の問題、住民の未来にかかわる問題を正面から扱い、議会はしっかりと議論してもらいたいものだ。
 なお、客観視してしまうことは、他人事として放置する態度であり、沖縄防衛局、日・米両国に利することになるのだ。
 
 

2017年9月14日 (木)

台風の被害が最少限で通り過ぎますように(17年9月14日)

 今朝起きたら、普段より暗い。カーテンを開けたら、まだまだ台風の雲に覆われている。強い風が吹いている。

 新聞によれば、宮古島で瞬間風速50.9mとか。街路樹が倒れ、サトウキビがなぎ倒されている。私が「大丈夫だろうか」とつぶやいても、如何ともしがたいが、無事であれ。3日、4日前に歩いたところだから、やはり気になる。無論、多良間島も、八重山も。
 また近海で操業していた台湾の漁船が宮古島の平良港に緊急避難してきたらしいが、ロープが切れて、漂流しているという。無事救出を祈る。
 しかし台風禍にありながら、沖縄防衛局は昨日ゲート前からトラックを3回、174台も入れたらしい。全く許しがたい。
 ということで(何が)、私は今日も自宅でお仕事。ブログも随時書きます。
 この台風、九州方面にも行きそうなので、皆さんもご注意ください。

2017年9月13日 (水)

1日家の中に居ると(17年9月13日)

 今日は台風でもあり、家の中に居た。途中昼寝もしてしまった。やはり旅疲れもあるのだろう。

 他人と一言も交わさないと、気が内部に集中してくるのだが、せめて音楽を聴きたくなる。
 やるべきことは山とあるのだが、なかなか思うに任せない。食後に昨日いただいたパインを切って冷やしておこう。明日皆で食べよう。
 これは、辺野古でもらったものじゃありません。私がよく使っている某お店で、あるからもって行ってと。ありがたい。私はマンゴーもパインも大好きです。これは沖縄産。
 今晩もがんばります。

あきれ果ててもいられない

 この世の中にあきれ果てることが多すぎる。官邸の記者会見もそう。政府の宣伝の場に堕している。全うにものごとを質す記者がいないらしい。 「官房長官様 ハイそうですか」になっている。

 こんなんで記事ができるから、チョウチン記事しか生まれない。これが政治部主導の中央マスコミの実態なのだろう。官邸の記者クラブは、参加社のなかで、幹事社がしきるので、馴れ合いになり、それこそ忖度会見になるのだろう。いつからこんな状態になったのだろうか。
 今やこれが日本という国を覆っているらしい。ものごとを質すのがジャーナリズムであり、報道の原則だ。政府におもねり、多数世論におもねていれば、マスコミは政府の宣伝機関そのものになる。
 権力を傘に着て、私利私欲をほしいままにしたり、人命を怪しいほうに巻き込んでいくのを止めるのは、言論(機関)の社会的使命ではなかったか。
 
 17年9月4日夜、ある男から東京新聞に電話がかかってきたらしい。「望月記者を殺す」と。これは、記者の行動を抑える言論封じであり、マスコミは政府の意のままに動けという恫喝なのだろう。
 社会が腐っていくと、人間の嗅覚も鈍感になる。悪臭を感じなくなるのだ。人々は異論を排し、多数意見に組み込まれていく。
 2011年3月11日、私は東京で大地震を体験した。ものすごく揺れた。物が落ち、地鳴りがした。咄嗟に、これはどこでおきているのかと考えた。街が停電になったり、暫く混乱した。驚異的な津波が東北を襲い、原発が次々と爆発した。
 スリーマイル・チェルノブイリ・フクシマになったのだ。あれから6年が経ったが、東電や政府は原発内にあった核物質を封じ込めることすらできていない。その所在すら未確認。原発の大事故とその後の処理の不首尾が、この世の、生類の終わりを加速しているのだ。
 このことに気づかない人々。哀れな集団が跋扈している日本。いや、こんなことを言っている暇はないだろう。気づいた人が立ち上がる。マスコミは、ここを支えるべきだろう。
 私は生類の終わりを黙って見過ごすことは、できないのだ。私も、望月衣塑子(いそこ)記者の活躍に今後も注目していく。

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