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文化の目

2017年6月22日 (木)

シグロさんから6月23日に向けたご案内が届いた

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シグロ作品 YouTube無料配信第3弾のお知らせ
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『ゆんたんざ沖縄』(西山正啓監督 1時間50分 1987年)
『大田昌秀さんの死を悼む』(ジャン・ユンカーマン編集 3分 )
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6月23日沖縄慰霊の日に合わせて、シグロ第1回作品の『ゆんたんざ沖縄』を、22日(木)0時より25日(日)24時まで4日間限定で、無料配信します。

また、『沖縄 うりずんの雨』の取材時に撮影した大田昌秀さんのインタビュー
から、「平和憲法」について語っていただいた部分を3分に編集し、『大田昌秀
さんの死を悼む』というタイトルで同時配信いたします。
こちらの映像は、しばらく公開する予定です。

この機会に、ぜひご覧いただければと思います。
また、情報の拡散をよろしくお願いいたします。

『ゆんたんざ沖縄』
https://youtu.be/tJARU00c3ok
『大田昌秀さんの死を悼む』
https://youtu.be/kzOerKnCCto
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【お問い合わせ】
シグロ
TEL:03-5343-3101
MAIL:siglo@cine.co.jp

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◆発行 株式会社シグロ
http://www.cine.co.jp/

●「ゆんたんざ沖縄」は名作です。是非ご覧ください。(ヤマヒデ)

2017年6月18日 (日)

海兵隊を巡る2本の映画

 今日17年6月18日、ななち家さん主催の海兵隊を巡る映画の上映会が名護市中央公民館であった。会場はほぼ満杯。

 1本目は私は既に見ている「one shot one kill」(一撃 必殺)だ。この映画は2011年製作だからその直後に見たのだと思う。海兵隊新兵教育の12週間を追ったもの。藤本幸久監督、森の映画社製作だ。

 海兵隊の実像に迫ろうと米国、サウスカロライナ州パリスアイランドにあるブートキャンプでの実態を追ったものだ。前回見たときの印象が強烈だった。軍隊って、どこの国でも大同小異。わが皇軍も現代の米国海兵隊も。命令・反復・上位下達で、個性・人間性を空っぽにさせながら兵隊を作り上げていく。人間改造の仕組みが遺憾なく示されている。これだけでも、本編を見る価値がある。

 この印象が強すぎたのか、前回の私の記憶は、他の部分を消してしまうほどだった。だから2回見て正解だった。「海兵隊こそ、最強の軍隊だ」という、呪文の刷り込み。軍隊・兵隊とは、人を殺すことだと、悪びれずに徹底的に叩き込む。たとえば、素手での戦い方、殴り殺しの基本、弾がなくなったら着検して、突く、匍匐前進から射撃の一連の動き。標的にどれだけ当たったのかのチェック。昼食風景、就寝前の光景。いずれにもプライバシーゼロなのだ。

 女性兵士も必死だ。こうして新兵教育を施された若者が沖縄にきているのだ。何がまともなのか否かが、分からなくなる。これが私たちの「隣人」なのだ。

 もう一編は最新作。「これが海兵隊だ」。こちらは海兵隊を巡る分析だ。佐藤学(沖縄国際大教授)、半田滋(東京新聞編集委員)、前泊博盛(沖縄国際大教授)、屋良朝博(ジャーナリスト)の各氏が的確な解説をしている。だがやはり戦場を踏んできた元海兵隊員の声は重い。故アレン・ネルソン(ベトナム戦争)、ジェフ・パターソン(湾岸戦争の派兵拒否)、ジョン・ラグラント(コソボ)、ハナン・スアレスディアス(イラク戦争)の4氏だ。なかでもネルソンの言葉が重い。戦友が身近で殺された経験。脳がすっ飛び、脳みそが出ていた話、呆然として暫し立ちすくんだという。自身がベトナム農民や、女性や子どもを殺した体験。彼の記憶の中にこびりついているのだ。これが戦場であり、人殺しの集団だと。

 最後に海兵隊からの提供フィルムが出てくるのだが、この中で水中から沈没した機材から脱出するシーンがある。これはオスプレイが落ちたときの脱出マニュアルの訓練だ。

 もっとも本作は、沖縄の海兵隊にひきつけているのだから、もっと沖縄で撮ったものを使えばいいと思うのだ。もっとまめに撮って欲しいものだ。

映画の問い合わせ先は森の映画社 090(2052)9902

http://america-banzai.blogspot.jp/

沖縄の上映の問い合わせは ななち家 090(6181)5131 前田さん

是非各地でも上映運動をやってほしい。

2017年6月14日 (水)

海兵隊を考える連続上映会 名護・那覇・那覇で

 戦場までアメリカについていったら、日本はどうなるか。

主催:ななち家 問い合わせ:090(6181)5131

この2本立て 「This is a 海兵隊」と「one shot one kill」です。

6月18日 ①10時~ ②14時~ 名護市中央公民館小ホール(名護市役所向かいの小さめの建物)

6月30日 ①14時~ ②19時~ 那覇市てんぷす那覇4階ホール(牧志3-2-10)

7月9日 14時~ 那覇 県立博物館・美術館講堂(おもろまち3-1-1)

〇各回とも当日券 1000円 前売り券 800円。 

●この機会をお見逃しなく。海兵隊の本質に迫る2本から私たちが考えるべきことは?

映画の詳細はhttp://america-banzai.blogspot.jp/を参照のこと

 

2017年6月 3日 (土)

「SEALDs untitled stories -未来につなぐ27の物語」雑感など

 暫く前に尾崎孝史君からこの自著をいただいた。早く何か書かなければと思いながら、遅々として頭の整理ができていない。だが、思うところを書いてみたい。

 はっきり言って、私は沖縄に居て、SEALDs について快く思って居なかった。まずは声明文のたち位置がまるでなっていなかった。「日本丸」の歴史認識がお粗末過ぎた。にもかかわらず、大人たちがSEALDs万歳になりすぎていた(これは彼らの責任ではない)。冷ややかに見るしかないかと。いつの間にか、解散するとなった。

 しかし本書を見て、読んで、考えを変えた。27人へのインタビューを読めば、一人ひとりの体験が語られており、何故に今日まで歩みだしたのかが、わかる。一々もっともだ。著者はそこを意識して、このタイトルにしたようだが、私も個的体験をはっきりと語る若者達に共感を覚えた。2015年は、安保法制が強行採決される流れの中で、偶然の出会いがやってきた。このチャンスを逃さなかった彼ら、彼女たち。

 この写真集では、ひとりひとりの凄さが、ひたむきさが伝わって来る。私たちが若者だった頃と異なり、嫌でも個的体験からの出発なのだ。そこを点を線にした力。こうした一端も伝わって来る構成になっている。ここに写真家尾崎君の本領が遺憾なく生かされている。

 本書は、27人へのインタビューと、個々の人たちのポートレート、そして運動の現場、沖縄や福島、靖国神社などの社会状況をつかみ出している。そして個人の立ち位置を問うてくる。

 私なりに考えた。大昔の話だが、私が最初に社会に目を向けるようになった体験がある。幾つかあるのだが、①私が住んでいた隣が養護施設だった。あるとき、そこから通っている友人・同級生が学校内で財布を盗んだと何の証拠もないのに貶められた。私は怒った、怒った、泣いた。これが差別というものなのだと学ばせてもらった。②母親が難病で死んだ。未だにその病気は難病のままだ(やっと治療方針が見えてきたとの報道に接したが)。医療や介護の困難さを垣間見た。③これはいつも書いていることだが、急速に進む自然破壊に震えた。人間はこうして終わるのだろうと。何れも60年代の前半のことだ。

 自分もこうした個的体験があったからこそ、今日まで50年間も社会運動を続けてきたのだ。SEALDsの若者達も、やはり個的体験が、人的繋がりが支えになっているようだ。もっとも、私たちの世代(1960年代後半から70年代初頭の世代)は、「革命的警戒心」などといいながら、自己(集団)絶対化に進み、無内容な観念的な「団結」に走ってしまったのではなかったか。その結果が今の惨状を招いてしまったのだ。日本会議と安倍独走態勢を作り出したのかもしれない。

 いやはや、この一冊で、この50年を振り返ってしまったが、それはいささかオーバーだとしても、やはり私たちの世代が反省すべき、考え直す一冊でもあるようだ。遅すぎたが、世代をつなぐ努力を私たちがやらなければならないだろう。問題はこれからの若者達の、これから生まれてくる人たちに生きるバトンを渡していかなければならないのだから。

 本書は無論、いじいじしている若者たちも手にとって欲しい。悩んでいるところは近いじゃん、と思えるのではないか。

 もはや、どの写真がどうのなんて、野暮なことは書かない。

 発行:Canal+ (e-mail QWR07214@nifty.com

1500円。

 

プロ・ミュージシャンの底力を感じた

 先日梅津和時さんに辺野古のCDを送っていただいた。5月31日にナガラ族で聴いたのだが、あまりぴんとこなかった。今日聞き直したら、俄然いい。さすがだと思った。

 タイトルは「DREAMINNG DUGONGS of HENOKO」。パーソナルは、ソプラノサックス・クラリネットが梅津和時、カリンバが近藤ひろみ、ブズーキ・キーボードがドーナル・ルニー。4曲。2008年版。どうりでカバー写真のフェンスが古い。

 何が言いかといえば、サンゴ礁の海らしさがでているのだ。静かで、浅くて、気泡が立っていて、波間の光がきらきら。光と透明感と生物たちというコラボレーション。音楽的に言うと、カリンバが基調音になって海に誘う。そこにクラリネットやブズーキがかぶる。なかなかない音だ。これまでも辺野古賛歌みたいな曲を聴いてきたが、想いが先行しすぎていて、先走る。

 この楽曲は抑えながら、静かに前に進む。私は梅津さん以外の方々を聴いたことがなかったが、こんなコラボーレーションが成り立つのだと合点した。ありがとうございました。

 次回お出でになるときは必ずや楽器をもってきてください。今回は宮古島でのコンサートの前に立ち寄っていただいたので、無理言えませんでした。名護に居るとジャズ環境が殆どないのが、不満のヤマヒデでした。

 

2017年5月27日 (土)

今日は憲法ミュージカル、キジムナーを観る

 これから東京。今回は遊びに行ってくると伝えてきたが、実はいろいろ盛りだくさん。今日27日午後は憲法ミュージカル、キジムナーの公演を観劇。どんなふうにしあがったのか、みておきたい。こちらの現場のことも踏まえたミュージカルであり、素人100人の集団が如何なる協働性を発揮しているのか。実に興味深い。

 今回は今回だが、この中にも参加している人たちが(「キニナルキ」)8月に東京と沖縄でダンス公演「ちゃーぱしりー」の企画も決まっており、大いに協力したいと思っている。

 私たち自身がどれだけ表現力をもつのかを抜きにして、いま進んでいる戦争と自滅への道を変えることはもはやできないだろう。そう考えるからこそ、ひとつひとつの取り組みから私も学んでいきたい。

2017年5月24日 (水)

平良孝七さんの写真と『安保廃棄!沖縄返せ!』

2017年5月20日、名護市博物館で開催されていた平良孝七さんの写真展「復帰の日 沖縄の抵抗と苦悩」を見に行った。

 正直に言って、自分の頭を殴られた思いがした。平良孝七さん。1939年大宜味村喜恕嘉生まれ。62年琉球新報写真部、

70年、琉球政府広報課、

93年、20万点に上る資料を名護市に寄贈。

1994年死去。

69年「沖縄・100万県民の苦悩と抵抗」

76年「パイヌカジ」

82年「カンカラ三線」

86年「塩谷・ウンガミ」などを刊行。

今回の写真展は復帰45年にちなんで。衝撃的だったのは「復帰記念式典」(72年5月15日)の何枚か。特に、会場の壇上だけが明るく、真っ黒な客席。

私はこの写真の前で釘付けにされた。沖縄の人人の民意を生活を潰しての「復帰」。彼の怨念が集約されている。凄い。

私はそうだったのかと。いまも変わらないのだな。それは私たち「日本人」が沖縄を踏みにじってきたからだ。何も変わらず、悪化させている。自分は何をすべきなのか?!沖縄にまで来て。何をやっているんだろ。

突然、ヤスサンの「安保、廃棄!沖縄、返せ!」のメロディが浮かんできた。これか。この怨念に繋がっているのだ。

この45年を、72年を、1879年からの歴史を踏まえなおせ!具体的に考えろ!

2017年5月21日 (日)

県立美術館にちょっと写真展・美術展を観てきた

 会期が今日までということで、おもろまち(新都心)まで行った。「写真家が見つめた沖縄 1972‐2017」。お目当ては、豊里友行君の大判2枚。友人の尾崎孝史君(フォトグラファー)が「良かったよー」と言っていたので。

 全般的にはうす暗くて小さくて、私の視力ではきつい。だが彼のは壁面に2枚がドドンドドンと。1枚はカヌーチームが海保のゴムボートと対峙している。もう一枚は文子おばぁのまなざし。しっかりとした説得力が滲み出ている。

 他の写真で私の記憶に残ったのは、2006年からこの10年、松田浜の前での家族の写真。お二人だったのが、3人、4人、5人にとご家族が増えて、成長した様が妙に説得力がある。バックのフェンスが鉄条網から今のコンクリートで固めたものに変わっているのも、時代の変化を表している。定点観察の成果だ。

 コレクションギャラリーでも同じ枠で先輩達の写真展をやっていた。私には暗くて細部がよくみえない。残念。

 安次富長昭さんの絵画展も観た。明るく大きくカラフルなのでよく見えた。入ったところが「少女」(赤が基調)。少女と言う若さを感じない、ちょっとけだるいが、赤で、きりっとしている。私の趣味は「岩」「蝶」のような地味なのがいい。アクリルのけばいのは、パス。

 総じて他人の作品を見ると、色々と刺激される。私も作品を作りたいと思う。それだけでも行けてよかった。

 余談ながらゲート前で活躍しているKさんがきていた。こんなところで。私はいつものティーシャツにサンダルなのに、彼はちょっとおしゃれしていた。たまには気分転換したいですよね。わかる!

 

2017年5月16日 (火)

沖縄・文化の力の可能性-今日の新聞記事から(17年5月16日)

 沖縄タイムスの記事に「ニシムイ 多様性に魅力」と出ていた。板橋区立美術館の学芸員弘中智子さんの写真が出ていて、目が止った。板橋区美術館・池袋モンパルナス、首里の西森(ニシムイ)だ。

 板橋区美術館といえば、私の連れが見に行ったと、好意的に書いていたことを思い出した。改めて同美術館のホームページを見たら、なかなか興味深い。

 沖縄戦後の西森に美術家や詩人、声楽家、映画監督、脚本家らが集まって、美術村ができて文化の再生に取り組んだようだ。池袋モンパルナスとどう繋がるのかは、今後の展示を待ちたいが、同美術館の所蔵作品をネットで垣間見ると、確かに重なりそうだ。

 戦争でねこぞぎやられらた沖縄島は、身体が破壊されたばかりか、心も踏み潰されたはずだ。そうした中で、如何に再起・再生していったのだろうか。

 展覧会は「東京 沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展。会期は来年2月から4月。どんな展覧会になるかこれからが楽しみだ。私は東京に行く際に、事前に同館をみておきたい。そういえば、去年は日本民芸館に4回も通ったのだった。

 戦争が全面化すると戦時色一色になる。戦争画家が作り出されていく。しかし板橋区立美術館の所蔵作品には、それでも、《否》の葛藤がでているものがあるようだ。

 また、今日の新聞の他のページをめくった。論壇に「子どもの本で平和紡ぐ」と題して大池功さんが書いていた。

 「戦争は突然にでなく、じわじわとことばを抑え込むところから始まります」と。要は日本児童文学者協会の「子どもの本で平和を描く ことばはどう抑えこまれていくか」集会の案内になるのだが、こうした企画をいまの沖縄で開催する意味はとても大きいだろう。

 実は私は図書館勤務の時代があり、10年余り児童書担当だった。多くの面白い児童書に出会い、こどもたちへの読み聞かせも毎週のようにやっていた。

 ことばと絵は如何に平和を、平穏な心を喚起してくれるのだろうか。差別に組み込まれないやりかたはあるのだろうか。私もしっかりと議論に参加してみたい。

◎17年5月20日14時~17時 浦添市社会福祉センター 参加費:800円。 

問い合わせ:日本児童文学者協会沖縄支部 電話 090-5480-7402(池宮城) 090-1946-3181(川満) 

2017年4月16日 (日)

映画『標的の島-風かたか」雑感

映画『標的の島-風かたか』雑感-ひとしずくの涙も出ない俺は人間じゃないかって-

17年4月2日、やんばる急行で那覇まで足を伸ばし、タクシーで桜坂劇場に間一髪滑り込んだ。じっくりと見させてもらった。重い映画だ、というのが第一の感想だ。重すぎて、一滴の涙もでてきやしない。これは現場を同じくしており(辺野古や高江ばかりか宮古や与那国でも)、撮る立場にいるからそう思うのだろうが。悔しさだけが滲み出てくる。

 プロローグは素晴らしい出来だ。16年6月19日の県民集会。元米兵による女性殺害事件に対する怒りの場面から始まる。稲嶺進名護市長の「私たちは風かたかになれなかった」との慙愧なる思い。玉城愛さんの「彼女は私だったかもしれない」が重く響く。そして古謝美佐子さんの「童神」の唄が重なる。ドキュメンタリー映画としては、これ以上に望み得ないほどのプロローグだろう。

 ただ今回の作品は、辺野古、高江から与那国島、石垣島、宮古島に及んだ。時代は島々に起きている問題群を視野に入れずして沖縄を語れない時代に入っているのだから当然だ。ここで難点が2つ3つ。①辺野古・高江と島々の関連をどうしても説明しなければ視聴者に分かってもらえないから、説明(米軍と自衛隊の問題も含めて)が長めになってしまう。②やはり三上監督の地元の人たちとの人間関係が島々での月日が浅いから、辺野古・高江のようにはいかない。私は無理もないと思うが、今後の課題だろう。

 ただ随所に努力のあとが示されている。各島の芸能の場面をスムースに取り上げて、芸能の現場から島の人々の思いを語らせている。そして石垣島の区長さんの娘さんの登場が印象的だった。さすが三上智恵。ここは私が唸らされた場面のひとつだ。

 しかしだからといて、琉球諸島が標的の島になる、さらに日本全体が標的になるのだとは、余り説得力を感じない。島々の問題は、もっとじっくりとやらなければ、監督の思い込みが一人歩きしてしまう。これまでのような三上監督の手法通り人から描くのであれば、もう一工夫も二工夫もしなければならないだろう。

 そして映画の創り方として、3月2日の和解の「良かったね」から終章にかけてのまとまりがないから、知りきれトンボになっている。三上監督が、この時代に対して人々に対して焦っていることは痛いほどよく分かる。だからこそ、余計に冷静な視点が不可欠なのだ。私もどうしたらいいのだろうと嘆息するばかりだが(自分もめちゃくちゃ焦っている)。

 それにしても泣けたという感想がネットに流れてる。何故そうなんだろう、と私には腑に落ちない。もっと冷徹に見なければ、沖縄の問題は、アジアの問題、日本の問題だという視点を取りこぼしていくだろう。私は泣くなとは言わないが、涙の源流がどこからきているのかを冷徹に見つめる視点を鍛え直せと、言いたい。

 

 三上智恵さん、辛口ですまない。私が辛口なのは次に期待しているからだし、自分の課題でもあると考えているからだ。どこかで議論したいね。頑張ろう。

追記:石垣島の予定地の場面が出た瞬間、アカショウビンのさえずりが聞こえてきた。良かった!もっとも高江の場面でも鳴いてましたが。バード・ウォチャーのヤマヒデの感想でした。ついでに言えば、ミリタリー・ウォチャーとしては、いい場面なかったね。

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