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私たちにできること

2017年3月16日 (木)

沖縄に心を寄せるために-補足

 昨日、「沖縄に心を寄せるために私たちにできること」を書きました。この文章は思いつきで書き始めたものですが、アップし損ねました(パソコンの障害で画面から完全に消えた)。それで改めて書き直したものです。一通り整理してみましたが、まだまだ充分なものではありません。今後、私なりに気がついたことがあれば補足して行きます。

 ただ、これはあくまでも参考です。皆さんの創意工夫が大切です。100人居れば100通りのやり方があるはずです。皆さんが私はこうやっている、という情報交換をしていけば、いいですね。

 これは補足です。ご自身の近くに沖縄にかかわることはないですか?良く探してみてください。これは歴史にまつわること、文化財、自然(黒潮の流れ、温暖化に伴う鳥や蝶の飛来など)、今日の政治や軍事に係わっていたりします。常識に捕らわれない視点で、考えてください。

2017年3月15日 (水)

沖縄に心を寄せるためにできること

 私が沖縄に係わり始めて28年が経つ。1989年に、沖縄は「安保が見える島」だと聞いて行ったのだ。確かにそうだった。それ以来、縁があって係わる中で、米日共同での軍事基地の島としてあり続けており、一貫して硝煙が絶えない島であり、安保・軍事支配が優先された秩序が島の人々を覆っていることを何度も痛感させられてきた。さらに新基地建設が強行され、半永久的な基地の島化が推し進められようとしている。そして今、「戦場に近い島」から、再び「戦場にされる島」にされようとしている。こうした動きは決して沖縄に留まらない。アジアに広がり、当然日本全体に係わる問題なのである。

 この国は、このまま戦争に走り出し、破綻していくのだろうか。既にこうした道から私たちは引き返させるのか否か、大変困難な局面にあるだろう。だが、このまま諦めることはできまい。今を生きている私たちの責任だからだ。

 沖縄に心を寄せるとは、沖縄のためではない。沖縄の人々と私たち自身のためにだ。大日本帝国、日本国が歩んできた歴史を考えれば、沖縄を知ることなしに、「日本人」は新たな歴史を生き直せないだろうから。

 以下、沖縄に心を寄せるためには、どうしたらいいのかを私なりに提起したい。

 

①先ずは沖縄に行くこと。すべてはここから始まる。無論、お忙しい皆さんが早々ちょくちょく行くことはできないだろうし、お金もかかる。しかし行くこと・来ることなしに始まらない。事前学習をしてからおいでいただけると、話が早いだろうし、間違いも少ない。最初はグループで、徐々にご自身で、そして仲間を連れて。

②情報を得るためには、やはり沖縄2紙を購読することが早道だ。無論、2紙とも電子版があるが、本紙を読む意味は沖縄の熱とまなざしを知るためには、本紙に接することだ。特に読者からの投稿欄、生活・文化欄にも見るべき記事が多い。

  そう言われても自分では買えないと思う方にお伝えします。定期購読可です。また、個人では大変だがという場合は、グループでも可能です。さらに、公立図書館、学校図書館に定期購読を求めるもこともできます。註:図書館が新聞購読するのは年間契約です。年度途中でお願いと言っても予算の都合ではねられてしまいます(具体的には事前に図書館にいつ頃お願いすれば良いかを聞いておく)。

 特に公立図書館に依頼する場合は、事前にそこの蔵書傾向を調べておくこと。沖縄本は何があるかと。優秀な図書館員がいれば、それなりに蓄積されています。無論、地域に熱心な読者がいるか否かが大きな決めてになります。

③各地にある沖縄の闘いの仲間達と合流できれば、勇気百倍だろう。今時ならばインターネットで検索すれば色々とでてくるはずだ。たとえば「沖縄連帯 グループ 〇〇(地元の地名)」で検索。

 自分に合いそうかを考えてから連絡を取ること。信頼関係を大切に、地元で運動を始めてください。

④関連本を読むこと、沖縄文学を読むこと。色々と探して手当たり次第に読めばいい。ここで推薦とか書き出すと長くなるのでやめておきますが、先ずは図書館に行って、手にとって探したらいい。今の図書館員は余り詳しくない人が多いだろうが、色々と聞けば調べてくれます。

⑤電子情報をみること。こちらは先ずは私のブログと言いたいところだが、リンク先の沖縄関連をみてください。ツイッターも多数ありますし、フェイスブックもあります。ただ電子業界は、誹謗中傷派が多いので、お気をつけください。

⑥沖縄関連の文化を探ること。映画・音楽・舞踊・演劇・写真・美術・工芸、いろいろ。ご自身の興味がわくことから。やはり政治という突っ込みだけでなく、多面的に知ったほうが楽しいし、深くなります。たとえばご自身の近くの美術館などをチェックしておくと、案外やっていたりして。

 こうしたことも沖縄の地域の博物館や美術館を歩いてみると、色々な疑問がでてきて、興味を覚えるはず。

⑦ご自身の表現力を培い、沖縄を現していくこと。写真・絵画・詩作・俳句・短歌・琉歌・音楽・舞踊・エイサー、などなど。

⑧いつも沖縄を忘れない秘策は、これです。沖縄の塩、沖縄の黒砂糖などを食すること。沖縄の味覚から沖縄漬けになる。

⑨最後にこれが一番肝心なこと。これは何事にも共通する話。これは何だろう、何故だろうと考えることです。これをやらないと、一時の問題意識でおわってしまいます。

 以上です。何か参考になれば、幸いです。

2017年3月 8日 (水)

「憲法、平和、そして沖縄」-市民意見広告運動集会(東京)

 このチラシが同封されて自宅に届いた。今年もそんな季節になったのか。今年は日本国憲法施行70年だ。「平和・民主・人権を守る憲法」は、風前の灯になってしまったが。

 しかし憲法を生かすも殺すも主権者である日本国民の民意に掛かっている。だからこそ、こうした意見広告の意義があるといえるだろう。そう考えるからこそ私も当ブログで紹介するのだ。

 3月12日に東京で「市民意見広告運動集会」が開催される。スピーカーは以下の各氏。

三上智恵(映画監督)、井筒高雄(元自衛官)、佐々木寛(新潟国際情報大学教授)、丸井 春(『デイズ・ジャパン』編集長)の4名だ。

 実際どんな話になるのか、聞きたいところだが、私は参加できない。ある友人が日々語っていることだが、「憲法は私たちが守るものではなく、権力者に守らせるものだ」。その通りである。私たちが主権者なのに、これまで主権者意識が希薄で、ここまで追い込まれてきたのだ。「護憲」という言い方が、この関係を曖昧にしてきたのではなかったのか。

 勝手な解釈を繰りかえす安倍政権は露骨過ぎるが、解釈改憲を繰り返してきたのは、歴代の自民党政権の仕業だ。安倍晋三は最後の一押しをやっているに過ぎないのだ。親米の元での「戦前回帰」。なかなかの離れ業ではあるが。

 しかし戦後日本は、米国に首根っこを押さえられて72年を過ごしてきた。「押しつけ憲法」だと自民党や安倍は主張し続けているが、米国に膝まずいてきたのは、お前達だろう。沖縄を切り離し沖縄を基地の島にしながら、日本を「平和の国」に見せかけ、再軍備を図ってきたのだ。「日米安保」、いや、米日安保を振りかざしながら、米国に便宜を図り、沖縄を足蹴にしてきたのだ。「日米地位協定」が憲法より上位ってどういうことだ。

 米軍機(オスプレイ)が墜落したのに、「不時着水」と称し、周辺を米軍が管理し、警察がその下請けで動く。これが主権国家のやることか。デタラメに過ぎるだろう。

 翻って、「憲法、平和、そして沖縄」ではないのだ。「オキナワ、平和、そして憲法」なのだ。ここから紐解かない限り、私たちは憲法をものにしえないだろう。

 今の沖縄はただの出撃拠点ではない。出撃を準備する演習場であり、さらに戦場にすることすら想定されるに及んでいる(日本政府の「防衛計画大綱」参照)。

 私たち一人ひとりが主権者であることから距離を置きながら、「改憲反対」と言っても無力にすぎないか。

 もっとも、今大切なことは、私たちが生きている場を暮らしていける場に取り戻していくことが、私は先決だとも思う。

 話は難しい(自治と国家の間で矛盾が生じる)が、5月3日の憲法記念日だからぶちあげる問題から、日々のこととして考えて欲しい。私が主人公になることと、現状が余りにも遠いならば、この乖離を注視しないかぎり、ただの市民運動の年中行事で終わってしまう。

 集会の中で如何なる論点が提起され、議論されるのか、私は関心をもつ。5月3日前の宣伝行事に終わらないように願いたい。

 そうは言っても、余り「注文の多い料理店」にしてしまうと、気がついたら丸焼きにされていたのでは困るが、この集会の主催者は、沖縄の問題を、沖縄からの注視を、ただの味付けのひとつではないことを充分に理解していますよね。

○追記:主催者(呼びかけ人)の皆様へ

 これを機会に沖縄に来て、憲法と沖縄、オキナワと憲法を、主権者になることとあわせて、考える機会にできたらいいですね。

集会の詳細は以下。

http://www1.jca.apc.org/iken30/

 

 

2017年2月25日 (土)

「勝つ方法は諦めないこと」についての私的考察

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 「勝つ方法は諦めないこと」とは、辺野古テント村前村長だった当山栄さんのことばだ。長年沖縄で闘ってきた彼の実感ではなかったか。この言葉は今でも辺野古テント村に展示している。

 他方で、うる覚えからこの言葉モドキの標語が流布されてもいる。私の友人すら、いささか自作を交えて表記されていた(趣旨は変わらないが)。現に辺野古・大浦湾等での工事が進められている現在、改めて、この言葉の含意を考えておきたい。

 諦めない、ねばり強く、地を這うように。

 では何を諦めないのか? 闘いを諦めない、現場を諦めない、自分を諦めない、仲間を諦めない、未来を諦めないなどが含めれている。否、これらが相互に結合してこそ意味が膨らむだろう。

 しかし、ただただ諦めないと思っていたら、余りにも心情的に流れたり、決意主義になりかねない。今だからこそ、この奥の地平を掘りなおしておきたい。

 この諦めないものの核心は何か。私は「生きる希望を諦めない」のだと思う。自分が生きよう、生きるのだと思えなければ、闘いを、現場を仲間を未来を諦めないことなど不可能だ。

 哲学者でもなんでもない私が考える「生きる希望」とは、この地に立って歩くことだ。これは文字どおり、立って歩くことではなく、自立していきることだ。押し付けられて押し付けられても、何がしかの自己を失わない。維持し再生していく。

 都会での暮らしは、都会がそもそもメカニズムの中に造られており、無意識のうちに人は縛られている。都会のハードもソフトもがだ。また企業は、学校は、縛りに縛りをかけてくる。村は別の縛りの塊か。

 生きる希望は、自分を凝視する中からしか生まれてこない。なかなか辛いことだ。投げ遣りになることもある。既存の自分から一歩を踏み出す。その契機を掴み取らなければならない。自分を見つめるためには、他人の視線との交差が不可欠だろう。自分が、つながりあいを求めること、他人の繋がりあいを受け留めること。

 情報がいくら入ってきたところで、其れを使いこなせるか、どう使うかは自分の問題なのだ。

 私自身、この繋がりあいは、弱かった。苦手なのだ。しかし自分は、何だかんだと言っても生きてきたし、自分の命を守りながら、他人の命にも係わってきた。色々なところで、つながり支えあうことが重要だ。

 このことは、私が沖縄に来てから、特に実感させられている。多くの人たちとのつながりの中で、元気をもらってきたし、先を見通してきた。

 つくづく「私は微力でも無力ではない」ということは、そうだなぁと思う。私たちの力はお金によって得ているのではない(無論お金も必要だが)。生きるということそのもので得ているのだ。

 生きる希望は待っていてはついてこない。今や、どんどん切り刻まれてしまう。私たちが生きていく、生きていける力を育まなければならない。その対極にあるものが戦争であり、戦争国家だろう。こんな魔物に飲み込まれては、たまらない。

 生きていくためには、イジメを許してはいかんし、福祉や医療が重要なことは明白だろう。いまそこがぶち壊されている。財源が減らされているだけではないのだ。いじめについて言えば、80年代から言われ始めて、30年余り経つ。今や逆向きに進んでいる。

 自然と生きることは正に根本問題だ。自然をぶち壊しながら「進歩」が語られてきた。倒錯の極地。人間の物質力で、自然を壊すことはできても再生できないのだ。人間は自然界を壊し単純化させ、人間の生存基盤も根こそぎにしてきた。

 私たちは、新しい可能性を協働の力でつくりだしていこう。私たちは生きる希望を諦めない。微力でもひとりひとりが動き出すことで、対抗していこう。 (ひとまずここまで)

 

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