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私たちにできること

2017年9月28日 (木)

「議会制民主主義」が壊されている中で、私たちは

 安倍内閣は、14年7月1日、集団的自衛権の「合憲」化を目指す閣議決定を行い、15年9月、安全保障法制を強行可決した。そして、今夏、進んだことは、森友・加計疑惑であり、国有財産を私物の如く扱う政治がバレバレになる中で、敢えて国会を開かず、揉み消しを図ってきた。憲法で「国権の最高機関」と定めた国会(憲法第41条)を空洞化させ、同第53条の臨時会の召集すら無視して、遂に国会を開いたものの審議拒否-衆議院解散-総選挙に持ち込んだ。

 こうしたことは、行政の長の権限の乱用であり、不都合なことは審議せず、闇に放り投げ、議会制民主主義を根本から覆していく。こうしたことが現に起こったのであり、これが悪しき前例になりかねない。国会解散-総選挙をやっても、なお内閣に不都合なことが起きれば、また、同じことが繰返されかねない。今、私たちは、議会制民主主義が壊されていることを直視しなければならない。

 一方で、野党は、民進党の混迷の中で、15年以来「野党は共闘」の流れが袖に追いやられかねない状態となり、小池百合子(都知事)による「希望の党」に合流する流れが大きくなってきた。小池百合子は中央市場の移転問題で、築地市場を汚染されたままの豊洲への移転を一旦止めたものの、改めて移転にゴーサインを出すなど、利権政治ぶりはかわらない。また、極右の日本会議のメンバーであり、1923年9月1日の関東大震災を引き金にした朝鮮人への虐殺事件を、なかったことにしたいのか、知事としての追悼文すら2017年秋、これを拒否したのだ。

 こうした安倍・小池が国政で過半数を占めれば、どういう時代がやってくるのだろうか。ペテンとボス交渉が大手を振ってまかりとおり、情報は隠され、住民の人権と自治権は明らかに侵害されていくだろう。与野党合意の上で戦争の時代がやってくるだろう。歴史を改ざんし、差別を当たり前のように強めてくるだろう。彼らの金儲けのために。

 こんなペテンだらけの政治を「新しい変化」などと、喜んでいるのか?

  沖縄ではこんな政治は許されない。人権と自治を剥がしとり、安保政策を利権のネタに使い続けることを許さない。徹底的に人権と自治を育み、非暴力の闘いをもって、諦めない取り組みがますます重要になる。

 私は、「希望の党」の希望に、あろうことか、利権と差別と殺戮が隠されているのだと考える。こんな野党は要らない。こんな与党も要らない。

 私たちは、今重大な岐路にたたされている。再び得たいの知れない国家に自己犠牲を強いられながら、差別の心を強化され、戦争に向かうのか、否か。今重大なことは、選挙をどうするかだけでなく、私たちは、長いものに巻き込まれない、一人ひとりの生き方が問われている。しっかりと考えながら行動していきたい。このことを多くの皆さんに呼びかけたい。(2017年9月28日)  

◎時間がなく、この稿、未完。今後も考え続けたい。

2017年9月13日 (水)

何故こんな簡単な設問が解けなかったのか?

何故こんな簡単な設問が解けなかったのか? それにしても謎だらけだな

 私が沖縄に関心をもったのは、何度も書いているが895月に沖縄に行ってから。何故これほど遅かったのかと我ながら考えてきた。私が沖縄と出会う可能性は以下2回あったはず。①65年頃、野鳥への関心から沖縄に目をむけたかも。②70年~72年の70年反安保闘争と沖縄返還協定粉砕闘争の渦中で。しかし2度ともアウト。何故だろう。

 ①は、北海道にタンチョウヅル、新潟県にトキ、兵庫県にコウノトリ、高知県にヤイロチョウ、奄美大島にルリカケス。などなど気になる野鳥が各地にいたものだ。だが沖縄には全く関心が向かなかった。何故かと思っていたが、答えは簡単だった。当事の沖縄は日本国の外だったからだ。だから「日本鳥類図鑑」などに出てくるはずがなかった。簡単すぎる。「国土」を分かつとはこういうことでもあるのか。

 ②はどうか。こちらは、沖縄をスローガンに掲げていても、具体的な人、文化や自然が見えていなかったのだろう。人々の暮らしの地平で、何が問題なのかを分かっておらず、連帯する友が見えなかった。見ようとしていなかったのだ。分析して行動するだけじゃダメだ。あの時代の「政治闘争」なるものの薄っぺらさ。今からでも大いに反省すべし。

 ここでは話を①に戻す。しかし動物の世界まで何故「国土」で区切られるのだろうか。地球的視野、動物生態学的な視野で考える図鑑・書籍はなかったのか。日本列島と琉球諸島一体で。

 当事の日本の野鳥研究は、渡り鳥の研究も始まったばかりだった。渡り鳥の研究は米国陸軍の援助で山階鳥類研究所が始めていた。何故米国陸軍がと思うだろう。また、米国陸軍ならば沖縄を研究地に加えることもできたはずだ。いづれにしても「善意」に隠された米国の悪意(本音)を垣間見ることもできるはずだ。

  今、琉球諸島を自然史の立場から振り返れば、何万年、何億年の自然史の中で、大陸から離れたり、くっついたりしてきた歴史をもっている。だからこそ島には固有種がいるし、幾つかの島々に共通の種も少なくない。(「琉球列島」安間繁樹著 東海大学出版会) ハブがいる島、いない島などもおもしろい。

 渡り鳥の研究になれば、それこそ国境など関係ない。野鳥達は島を世界をまたぐ生活をしている。朝鮮半島の38度線付近には野鳥達の住処となっている湿原がひろがっている。鳥たちには国境など関係ないのだ。

 私たちがナショナルなものを超えなければ、視野狭窄に陥る。地球的発想とは、国家連合(国連)とも全く違うはずだ。自然史研究には平和と相互の尊重が不可欠だ。近代国家などたかが150年(日本)、300年の短い時間しか造りだしていない。チャチなもんだ。

  こう考えると、60年代後半の私の頭は、ナショナルなものを超える視点を欠いていたのだ。自分の問題意識が沖縄に届いていなかったのは、①歴史的に考える視点がなかった、②自分が世界に届く問題意識をもっていなかったからだろう。

 こうした状況は70年代に入ってからも余り変わらなかった。ベトナム戦争と向き合う中でも、全く不十分だった。やはり「他人事」としかみてこなかった。沖縄がベトナムへの最大の出撃基地であったことを遠目でしか見ていなかったのだから。当事の沖縄の皆さんの闘い、ご苦労等、遠いまなざしでしか見ていなかったのだ。

今日の結語 ①近代国家を考える前に自然史研究をやっていこう。決して無駄にならない。②世界(沖縄)に向き合うためには、具体的なコト・ヒトを媒介に考えよう。

2017年8月23日 (水)

菅官房長官のウソを見破ることぐらいたやすくできるはずだ

 菅義偉官房長官が17年8月22日、政治の師と仰ぐ故梶山静六元官房長官の墓参りをしたそうだ。で、記者団にこう言ったと。「梶山先生は常日頃から沖縄によりそっていた。政府として思いを引継ぎ、できることはすべてやるという思いでやっていきたい」と語ったそうだ。

 確かこのお言葉は先日も聞いたよね。「また言ったのだな」。言って見れば、馬鹿のひとつ覚えの類だ。『できることはすべてやる』を裏返せば、できないことはやらないだ。普天間の返還もやらないかも。何が何でも埋立てて造るのだと。このどこが沖縄に寄り添うことなのか。沖縄を米国に差し出しながら、軍事植民地支配を貫きながら、寄り添う。銃を突きつけながら、アイ・ラブ・ユーか。
 因みに梶山静六はSACO合意を図った立役者とか。その最終報告(仮訳)は、冒頭に、こう記している。「両国政府は、沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化するために、SACOのプロセスに着手した」(2016年版防衛白書から転載)と。以下具体的な県内移設の方針が書かれていたり、パラシュート降下訓練の移転にもふれている。
 しかし両国政府の共通認識は「日米同盟関係の強化」にあるのだ。あれから20年余りが経つが、このことは具体的に浮き彫りになってきた。まことに忌々しいことだが、具体的に事に当たれば、この日米同盟関係の強化こそが事実である。梶山の時代も菅の時代も50歩100歩なのだ。
 私たちがこの20年を振り返るとき、安倍政権だから、酷いのではなく、自民党政権だから酷いのであり、民主党政権の時も、官僚が縛られており、同様だったのだ。
 だから私たちがやるべきことは、テーゲー主義を克服して、彼らの狙いを見定めて、打つべきところを撃つことだ。あの頃は95年9月4日の米国海兵隊員による少女レイプ事件もあって、多くの沖縄県民はショックを受けており、少しでもまともになりたいと思ったのだろうが、こっちの水は甘いぞに吸い寄せられてはならなかったのだ。
 それにしても、防衛省は、一体、いつまで「仮訳」のままにしているのだ。適当に翻訳をごまかしているところがあるんじゃないのか。

2017年8月14日 (月)

8月12日の県民大会を1面で報じたのは東京新聞のみだった

 今日(17年8月14日)の沖縄タイムスに8月12日の県民大会を1面で報じたのは、東京新聞のみだったと報じられている。これが事実だとすれば、悲しいというしかないが、日本のメディアの現状を曝している。

 東京新聞は、ローカル紙であるが、民主主義を基調にした報道姿勢を概ね保っている。沖縄の基地問題が沖縄問題を超えていることを承知している。また戦後日本の政治が隠然と安保問題を機軸に行われてきたことを理解している。私もかって東京新聞の読者だったので、こう理解している。
 
 他紙は、どうなのか。朝日・毎日もこれがまるでだめ。1973年以降、意図的に安保問題を避けてきた。沖縄問題としてしか認識できないので、中途半端だ。住民自治の観点もまるで弱い。またか。
 他のローカル紙の具合は十分に分からないが、共同通信が現場に来ていたので、各社に配信したはずだ。ローカル紙の場合、それぞれの地域性が安保との繋がりの多寡を決めるのだろうが、オスプレイの全国的な展開などを追っていれば、もっと書きようがあるはずだ。まして今、朝鮮半島に圧力を強めている米国と安倍政権の暴走をとめなければ、各地の生活が危ういものになりかねないのだから。無論、北朝鮮の政権にもいい加減しろと言わざるをえない。
 
 沖縄外の皆さんができることは、こんなこともあるのだ。皆様にお願いしたいことは、各紙の報道姿勢を問うてほしい。読んでどうだったのか。

2017年6月27日 (火)

「沖縄でいま起きていること」(ユーチューブ)

「沖縄で起きていること」と題して、ユーチューブが配信されています。主に辺野古・大浦湾ですが、画像を通して、何処で何が起きているのかを簡潔に示しています。まず知るための第一歩です。ヤマヒデさんも推薦しています。

以下。

https://www.youtube.com/watch?v=SBUggDvhcsU

多くの人々に広げ、共有してください。

2017年6月 4日 (日)

Earth the Water Walk (17年6月9日~23日)

以下の企画が呼びかけられています。転載させていただきます。

南無妙法蓮華経

6月10日(土)辺戸岬(国頭村)~6月23日(金)摩文仁が丘(糸満市)

 辺野古新基地建設が進む中、沖縄戦を経験したこの島の記憶を辿る慰霊の行進は、島の北端の辺戸岬にあるアスムイウタキを出発し、多くの犠牲者を出した南部の摩文仁に向かう。

 米軍基地があなたにとってどんな存在か問う。(中略) 想像して欲しい。私たちのおじい、おばあが経験した沖縄戦は、中東やアフリカでは今、現実であるということを。

 辺野古・大浦湾の海は人間だけでなく、すべての命を育み、養ってきた海。命が生まれる場所を埋立てて、基地にすることを私たちは見過ごしていいのだろうか。この海、この島をこのまま壊し続けていいのだろうか。

 祈り、歩き、そして思考し、行動しよう。私たちは何ができるのか。今、何をするべきなのか。

日程:

6月 9日 高江泊(宿泊費500円)

6月10日 アスムイウタキ~辺戸集落~県道70号南下(16時まで)

6月11日 ~高江

  12日 ~源河

  13日  ~二見

  14日  ~辺野古(座り込み)

  15日  ~金武 キャンプ・ハンセン

  16日 金武~恩名~山田城址~真栄田岬

  17日  ~座喜味城~トリイステーション~アメリカンビレッジ

  18日  ~牧港~首里城~法華経寺

  19日  ~県庁前~津嘉山

  20日  ~斎場ウタキ

  21日  ~玉城~摩文仁

  22日  ~ひめゆりの塔~魂魄の塔

  23日 糸満ロータリー~摩文仁(法華経寺さんの行進参加) 

      式典~魂魄の塔(平和集会)

◎御願い:非暴力の祈りの行動です。ノンアルコ-ル、ノンドラッグで。1日、半日の参加も可。宿泊する場合は寝袋等持参。荷物は搬送車で運びます。

◎連絡先:鴨下祐一 ℡ 080(3939)5810

 

 

2017年6月 2日 (金)

再度の御願い(6月10日)国会前移動写真展(スタンディング)

再度の、御願いです。(拡散も)

 

 6月10日 国会前移動写真展(スタンディング)の開催に

         ご協力をお願い申し上げます

                 山本英夫(フォトグラファー/やんばる・ヤマヒデ・沖縄写真館)

《呼びかけ》 来る6月10日、国会前で「止めよう!辺野古埋め立て 共謀罪法案廃案に 国会包囲」が開催されます。私も辺野古・大浦湾の現場から急遽駆けつけます。今回は撮影よりも現場の写真パネルをもっていきますので、現場の状況を多くの皆様に伝えられたらと願っています。

 私一人では1枚しかもてません。どうか、皆様のご協力をお願いいただけないでしょうか。ご一緒にパネルを掲げ、現地と繋がりながら声をあげませんか。

 なお、今回のパネルは、今回のために制作しますが、時間的制約から10枚程度になります。今回の結果を見て、20枚から30枚のセットにして、今後貸し出しも行ないたいと考えています(有料)。

 今回の取り組みは、私としてははじめての試みです。だから、どうしたら上手くいくのか、図りかねています。しかしこのまま安倍政権が続くようであれば、立憲主義も法治主義も3権分立も、辺野古・大浦湾のサンゴ礁の海も永遠に壊されていくでしょう。だから、万難を排して成功させたいのです。

《僭越ながら》 東京周辺の皆様は、いつまで「安倍・日本丸」に、このまま黙って就き従うのでしょうか。目の前に、何も言えなくなり・何も考えられなくなり・誰も信じられなくなる暗黒の社会が迫ってきています。立ち上がるのは、今です。今しかありません。

《今後について》 今回の企画にご協力いただいた方には、私のブログ「ヤマヒデの沖縄便り-Ⅱ」をお届けします。また、沖縄への旅の助言、案内(有料)、辺野古・大浦湾での案内(半日以内)、名護市内でのゆんたく(懇親会)にも可能な限り応じます。(註:1週間以上前にご連絡ください)

 また、これを機会に是非私の企画(スライド&トーク-有料)やゆんたく(有料)の場を設けていただき、お呼びいただければ(全国どこにでも)、真に幸いです。

《お申し込み》 6月10日の件のお申し込みは、メールでお願いします。

 pzyamahide@lemon.plala.or.jp 山本英夫まで。◎準備の都合上、6月7日23時59分までに。

《6月10日の展示概要》

◎集合 国会周辺の駅改札口 

◎時間 13時45分~15時45分 

◎場所 国会周辺の何箇所かを移動し、順次行ないます。

◎パネル約10枚。スタンディング

◎詳細は お申し込みいただいたときに、お知らせします。

《ヤマヒデのプロフィール》1951年東京生まれ、世田谷育ち。67年春から自然保護運動に取組む。70年以降、反戦・反基地運動に係わり、1989年5月に初めて沖縄に渡る。「沖縄に行けば安保が見える」と言われて行ったものだ。これ以降、「基地の島沖縄」を撮り続けてきた。95年9月4日の米兵による12歳の少女に対するレイプ事件に衝撃を受けた。2011年から与那国島、石垣島、宮古島にも渡る。13年10月、東京の住まいを引き払い、名護市に居を移した。撮影しながら、基地建設反対の運動に取組んでいる。「辺野古テント村」常連メンバー。絵葉書の制作・販売、写真展、スライド&トーク、ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」などで発信してきた。

 

2017年3月16日 (木)

沖縄に心を寄せるために-補足

 昨日、「沖縄に心を寄せるために私たちにできること」を書きました。この文章は思いつきで書き始めたものですが、アップし損ねました(パソコンの障害で画面から完全に消えた)。それで改めて書き直したものです。一通り整理してみましたが、まだまだ充分なものではありません。今後、私なりに気がついたことがあれば補足して行きます。

 ただ、これはあくまでも参考です。皆さんの創意工夫が大切です。100人居れば100通りのやり方があるはずです。皆さんが私はこうやっている、という情報交換をしていけば、いいですね。

 これは補足です。ご自身の近くに沖縄にかかわることはないですか?良く探してみてください。これは歴史にまつわること、文化財、自然(黒潮の流れ、温暖化に伴う鳥や蝶の飛来など)、今日の政治や軍事に係わっていたりします。常識に捕らわれない視点で、考えてください。

2017年3月15日 (水)

沖縄に心を寄せるためにできること

 私が沖縄に係わり始めて28年が経つ。1989年に、沖縄は「安保が見える島」だと聞いて行ったのだ。確かにそうだった。それ以来、縁があって係わる中で、米日共同での軍事基地の島としてあり続けており、一貫して硝煙が絶えない島であり、安保・軍事支配が優先された秩序が島の人々を覆っていることを何度も痛感させられてきた。さらに新基地建設が強行され、半永久的な基地の島化が推し進められようとしている。そして今、「戦場に近い島」から、再び「戦場にされる島」にされようとしている。こうした動きは決して沖縄に留まらない。アジアに広がり、当然日本全体に係わる問題なのである。

 この国は、このまま戦争に走り出し、破綻していくのだろうか。既にこうした道から私たちは引き返させるのか否か、大変困難な局面にあるだろう。だが、このまま諦めることはできまい。今を生きている私たちの責任だからだ。

 沖縄に心を寄せるとは、沖縄のためではない。沖縄の人々と私たち自身のためにだ。大日本帝国、日本国が歩んできた歴史を考えれば、沖縄を知ることなしに、「日本人」は新たな歴史を生き直せないだろうから。

 以下、沖縄に心を寄せるためには、どうしたらいいのかを私なりに提起したい。

 

①先ずは沖縄に行くこと。すべてはここから始まる。無論、お忙しい皆さんが早々ちょくちょく行くことはできないだろうし、お金もかかる。しかし行くこと・来ることなしに始まらない。事前学習をしてからおいでいただけると、話が早いだろうし、間違いも少ない。最初はグループで、徐々にご自身で、そして仲間を連れて。

②情報を得るためには、やはり沖縄2紙を購読することが早道だ。無論、2紙とも電子版があるが、本紙を読む意味は沖縄の熱とまなざしを知るためには、本紙に接することだ。特に読者からの投稿欄、生活・文化欄にも見るべき記事が多い。

  そう言われても自分では買えないと思う方にお伝えします。定期購読可です。また、個人では大変だがという場合は、グループでも可能です。さらに、公立図書館、学校図書館に定期購読を求めるもこともできます。註:図書館が新聞購読するのは年間契約です。年度途中でお願いと言っても予算の都合ではねられてしまいます(具体的には事前に図書館にいつ頃お願いすれば良いかを聞いておく)。

 特に公立図書館に依頼する場合は、事前にそこの蔵書傾向を調べておくこと。沖縄本は何があるかと。優秀な図書館員がいれば、それなりに蓄積されています。無論、地域に熱心な読者がいるか否かが大きな決めてになります。

③各地にある沖縄の闘いの仲間達と合流できれば、勇気百倍だろう。今時ならばインターネットで検索すれば色々とでてくるはずだ。たとえば「沖縄連帯 グループ 〇〇(地元の地名)」で検索。

 自分に合いそうかを考えてから連絡を取ること。信頼関係を大切に、地元で運動を始めてください。

④関連本を読むこと、沖縄文学を読むこと。色々と探して手当たり次第に読めばいい。ここで推薦とか書き出すと長くなるのでやめておきますが、先ずは図書館に行って、手にとって探したらいい。今の図書館員は余り詳しくない人が多いだろうが、色々と聞けば調べてくれます。

⑤電子情報をみること。こちらは先ずは私のブログと言いたいところだが、リンク先の沖縄関連をみてください。ツイッターも多数ありますし、フェイスブックもあります。ただ電子業界は、誹謗中傷派が多いので、お気をつけください。

⑥沖縄関連の文化を探ること。映画・音楽・舞踊・演劇・写真・美術・工芸、いろいろ。ご自身の興味がわくことから。やはり政治という突っ込みだけでなく、多面的に知ったほうが楽しいし、深くなります。たとえばご自身の近くの美術館などをチェックしておくと、案外やっていたりして。

 こうしたことも沖縄の地域の博物館や美術館を歩いてみると、色々な疑問がでてきて、興味を覚えるはず。

⑦ご自身の表現力を培い、沖縄を現していくこと。写真・絵画・詩作・俳句・短歌・琉歌・音楽・舞踊・エイサー、などなど。

⑧いつも沖縄を忘れない秘策は、これです。沖縄の塩、沖縄の黒砂糖などを食すること。沖縄の味覚から沖縄漬けになる。

⑨最後にこれが一番肝心なこと。これは何事にも共通する話。これは何だろう、何故だろうと考えることです。これをやらないと、一時の問題意識でおわってしまいます。

 以上です。何か参考になれば、幸いです。

2017年3月 8日 (水)

「憲法、平和、そして沖縄」-市民意見広告運動集会(東京)

 このチラシが同封されて自宅に届いた。今年もそんな季節になったのか。今年は日本国憲法施行70年だ。「平和・民主・人権を守る憲法」は、風前の灯になってしまったが。

 しかし憲法を生かすも殺すも主権者である日本国民の民意に掛かっている。だからこそ、こうした意見広告の意義があるといえるだろう。そう考えるからこそ私も当ブログで紹介するのだ。

 3月12日に東京で「市民意見広告運動集会」が開催される。スピーカーは以下の各氏。

三上智恵(映画監督)、井筒高雄(元自衛官)、佐々木寛(新潟国際情報大学教授)、丸井 春(『デイズ・ジャパン』編集長)の4名だ。

 実際どんな話になるのか、聞きたいところだが、私は参加できない。ある友人が日々語っていることだが、「憲法は私たちが守るものではなく、権力者に守らせるものだ」。その通りである。私たちが主権者なのに、これまで主権者意識が希薄で、ここまで追い込まれてきたのだ。「護憲」という言い方が、この関係を曖昧にしてきたのではなかったのか。

 勝手な解釈を繰りかえす安倍政権は露骨過ぎるが、解釈改憲を繰り返してきたのは、歴代の自民党政権の仕業だ。安倍晋三は最後の一押しをやっているに過ぎないのだ。親米の元での「戦前回帰」。なかなかの離れ業ではあるが。

 しかし戦後日本は、米国に首根っこを押さえられて72年を過ごしてきた。「押しつけ憲法」だと自民党や安倍は主張し続けているが、米国に膝まずいてきたのは、お前達だろう。沖縄を切り離し沖縄を基地の島にしながら、日本を「平和の国」に見せかけ、再軍備を図ってきたのだ。「日米安保」、いや、米日安保を振りかざしながら、米国に便宜を図り、沖縄を足蹴にしてきたのだ。「日米地位協定」が憲法より上位ってどういうことだ。

 米軍機(オスプレイ)が墜落したのに、「不時着水」と称し、周辺を米軍が管理し、警察がその下請けで動く。これが主権国家のやることか。デタラメに過ぎるだろう。

 翻って、「憲法、平和、そして沖縄」ではないのだ。「オキナワ、平和、そして憲法」なのだ。ここから紐解かない限り、私たちは憲法をものにしえないだろう。

 今の沖縄はただの出撃拠点ではない。出撃を準備する演習場であり、さらに戦場にすることすら想定されるに及んでいる(日本政府の「防衛計画大綱」参照)。

 私たち一人ひとりが主権者であることから距離を置きながら、「改憲反対」と言っても無力にすぎないか。

 もっとも、今大切なことは、私たちが生きている場を暮らしていける場に取り戻していくことが、私は先決だとも思う。

 話は難しい(自治と国家の間で矛盾が生じる)が、5月3日の憲法記念日だからぶちあげる問題から、日々のこととして考えて欲しい。私が主人公になることと、現状が余りにも遠いならば、この乖離を注視しないかぎり、ただの市民運動の年中行事で終わってしまう。

 集会の中で如何なる論点が提起され、議論されるのか、私は関心をもつ。5月3日前の宣伝行事に終わらないように願いたい。

 そうは言っても、余り「注文の多い料理店」にしてしまうと、気がついたら丸焼きにされていたのでは困るが、この集会の主催者は、沖縄の問題を、沖縄からの注視を、ただの味付けのひとつではないことを充分に理解していますよね。

○追記:主催者(呼びかけ人)の皆様へ

 これを機会に沖縄に来て、憲法と沖縄、オキナワと憲法を、主権者になることとあわせて、考える機会にできたらいいですね。

集会の詳細は以下。

http://www1.jca.apc.org/iken30/

 

 

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