無料ブログはココログ

事件・事故

2018年1月11日 (木)

緊急抗議集会に行ってきた(180110)

 2018年1月10日12時15分からキャンプフォスターの在沖米軍司令部前(石平ーいしんだ)で、「基地の県内移設に反対する県民会議」主催のヘリ等の事故・緊急着陸多発に対する緊急抗議集会が開催された。

 私は10時30分ごろ辺野古テント村を出たが、バスが来たのは11時10分。辛くも集会途中から合流できた。
Imgp0108_800x532
ゲート前。一塊になっている。12:27 警察の規制が慌しい。基地内の車が出れなかったようだ。そりぁ、皆、車止めるわ。怒りが充満しているから。
Imgp0134_800x532
ここは司令部だと。
Imgp5549_800x532
ごった返していて、中に入れない。緊急集会なので連絡が足りていないから人数は少ないが、怒りは大きいのだ。
Imgp0116_800x532
やむなく反対車線の歩道から撮影。12:36 沖縄警察の規制は「米軍の警察」ぶりを良く示している。
Imgp0126_800x532
発言は照屋大河社民党沖縄県連委員長。飛行差し止めなどを訴えた。
バックは米軍MP、軍警。いつもの構図だ。
Imgp5562_800x532
12時45分に集会終了。あっけなく終わってしまった。後、くいさがる集会参加者。
Imgp5572_800x532
米軍の車両を出す警察と軍警察。これも沖縄の縮図。これを突破しなければ、現状を変えることはできない。
Imgp0141_800x532
12:47 米軍の横暴を許さない!
私はこの後、普天間へ。寒いです。

2018年1月10日 (水)

ヘリの飛行再開について

 既報ですが、読谷村の儀間に緊急着陸したAH-1は、18年1月9日7時21分、飛び上がり普天間基地に戻った。否、暫くしてそのまま飛び上がったという。

 この米軍の奢りはなんだろうか。沖縄県は、全機種の飛行中止を求め、安全対策の強化を求めたが、米軍はこれを拒否。読谷村長も比謝川行政事務組合の當山嘉手納町長も抗議したが、相手は沖縄防衛局の官僚のみ。「米国の占領地でない」と言っても、実態はそうなのだ。
 米軍は遣りたい放題。その心は日本政府を手玉に取れるから。どうせ容認してくるぜとなめられているのだ。
 この状態を覆すのは金で縛るしかない。駐留経費の大幅削減、そして地位協定を改定し、一方的なあり方を変えなければ、何も変わらない。米国の特別体制を覆すのは如何にしたら可能か? 私たち自身が動くしかない。各地から動きを作り出そう。
 しかし問題なのは、沖縄以外の感度のなさ。沖縄は基地で食べているんでしょうなどの間違った印象に囚われているのだ。ここを打破しなければ前に進めない。
 私達は沖縄差別の根拠に迫る闘いが問われているのだ。
 

2018年1月 8日 (月)

今頃言うか海兵隊―米軍機の「循環計画」なるもの

 2018年1月6日16時頃、普天間基地所属のUH-1ヘリがうるま市の伊計島に不時着した。その後、米軍は同機のメインローター、尾翼のローターを取り外した。このことをみれば、今回の不時着が単なる計器の故障(誤作動等)によるものではなく、重大な事故が起きかねない間一髪のものだったことがわかる。

 一方で、今朝の新聞報道によれば、米軍は「機体循環計画」を策定していると。沖縄などの環境での飛行は、塩害や強風の影響を受けており、機体の損耗が激しいから、米国(本土)の基地の機体と交換すると。
 何を今更馬鹿なことを言っているのだろうのか。沖縄を含め海域での使用は、当然塩害を受けるし風が強い。これは子どもでもわかることだ。因みに島で使っている車両や自転車などもこうした影響を受けている。私的なことを言えば、私も自分が着ている衣類やカメラの消耗が激しいことを実感させられている。
 米軍のことに話を戻すが、何を今更、こんなことをいうのだろうか。全く理解しかねる。米軍は頭がおかしいのか。以前から変わらぬ現象を、今に始まったかのように言う米軍の意図が分からぬ。これまで危険なのを知りながら機械を騙し騙し使っていたことを、ここに来て、白状しなければならなくなったのだろう。このことを裏返せば、住民の命を軽視していたということだ。
 答えは簡単だ。交換は不要だ。即刻全機、もって帰れ!海兵隊は撤退せよ!

2018年1月 7日 (日)

米軍ヘリ伊計島浜辺に不時着(180106)

●私は18年1月から日曜日のブログ投稿を原則として行なわないと宣言していた。しかし緊急事態と判断し以下の記事をあげる(今日は初の日曜日だ)。

18年1月6日16時頃、伊計島南西の砂浜に普天間基地所属のUH-1Yヘリが不時着。民家まで約100mの場所だ。目撃者が16時17分頃、うるま署に通報。火の手、煙なし。17時31分、沖縄防衛局から県に連絡が入る。18時30分頃、基地対策課職員が現地に到着。19時20分、ニコルソン4軍調整官から富川副知事に電話。「計器が異常を示したので、万全を期すために緊急着陸した」と説明。17時過ぎから現場には規制線が張られている。
 目撃者の話では、伊計島の南方から低空で防風林の上を飛び、「アガイビスク」の上で10分余りホバリングし、ゆっくりと垂直に浜に降りたという。通常聞かない音が聞こえたとの声も複数あるようだ。
 伊計島とはうるま市。金武湾の東側で勝連半島から平安座島(へんざじま)、宮城島、伊計島と橋で繋がっている。平安座島にある石油備蓄基地(タンク群)まで約4キロ。伊計島は現場近くの南部に集落がある。
 
 同機はこの南に広がる浮原島で訓練をしていたというが、何故北に向かったのか?訓練区域から北に9キロあるが、西に7キロで米国海軍のホワイトビーチがある。ヘリコプターの着陸が可能な敷地があり、時々使用しているのだが。何故北に向かったのか解せない。普天間に戻るのであれば、通常南西に飛ぶはずだ。
 米軍には故障・不具合の詳細とともに、こうした飛行経路の選択を適切だったと考える根拠を示してもらいたい。そこに住民が住んでいることを忘れてもらっては困るのだ。否、許されないことだ。
 
 それにしても事故・不具合が多すぎる。昨年は17年1月20日のAH-1の伊計島への不時着に始まり、10月11日のCH-53の高江への不時着・炎上、12月の2件の事故を含めれば、10機、10回目だ。機種もそろい踏みだ。AH-1,CH-53,MV-22(オスプレイ)、そしてUH-1だ。点検修理の態勢が完全におかしくないか。伊計区民は月内に抗議集会をもつことを決めた。住民の不安を無視した飛行再開を許してはならない。
  沖縄県は、躊躇することなく、米軍に、日本政府に、事故・トラブルの再発防止策を徹底的に求めるべきだ。安倍政権は、内閣として米国・ 米軍に普天間基地への現場立ち入りを求め、米軍の対策を確認すべきだ。この場に県の担当者の同行を求めなければならない。飛行の再開はそのあとの話だ。こうしたことが難しいというのであれば、可能となるように日米合同委員会で至急に協議し、日米地位協定を改めなければならぬ。沖縄の住民への負担をこれ以上もたらすな。

2017年12月30日 (土)

米軍基地被害から子どもを守る市民大会(宜野湾市)報告

 2017年12月29日正午過ぎ、私たちは辺野古から宜野湾市役所に向かった。

 市役所の中の駐車場に入ろうとすると、丁度、あのCH-53大型ヘリが飛び上がる姿が見えた。13時20分頃だろう。
Imgp9666_800x532
13時25分。今度はAH-1攻撃ヘリだ。ここ宜野湾市役所は普天間基地の東に位置し、滑走路の北東端にほど近い。
Imgp9668_800x532
13時34分。さらにもう一度通過。
私達は、会場はどこかと戸惑っていると、敷地の外のようだ。移動する。
Imgp5237_800x532
市役所前。誰かがヘリの窓枠の模型と保育園に落ちたローター主軸部部品の実物大の模型(右下)を作ってきた。さすが。13時58分。
14時予定通り集会が始まった。司会から呼びかけ6団体に賛同が43団体となり49団体の実行委員会になったと報告された。
Imgp9680_800x532
冒頭に大会実行委員長の仲西春雅県PTA連合会会長が立った。緊張した面持ちで、緑ヶ丘保育園に落ちてわずか1週間後の普天間第2小の校庭に窓枠が落下した。市民が納得できる説明もないままに、その6日後に同型機が飛行を再開した。子どもの命をなんだと思っているのか、と怒りがこみ上げていた。身近な問題だと今さらながら気づかされた、と。
 今大会の意義は、改めて当事者が主体になって声をあげたことだ。この一点が極めて大きなことではないか。
Imgp9683_800x532
わざとかと思わせるようなタイミングで離陸したCH-53E。14時5分。この前部に着いている窓枠が落ちたのだ。
Imgp9691_800x532
島袋純教授が普天間基地を解説。沖縄戦で私たちの土地を取り上げて造られたものであり、存在そのものが人権侵害なのだ、と強烈な痛打を浴びせた。この基地から飛行機を飛ばすことじたいが教育を受ける権利を侵害しており、抗議の声をあげなければ、私たちの尊厳を放棄することに等しいと。米軍の「人的ミス」という言い逃れを断罪し、構造的差別を糾弾。人権を守るために主権が存在し、政府があるはずだが、政府のあるべき姿を求めていこうと、きっぱりと。
Imgp9697_800x532
こんな看板も。右手前は辺野古から駆けつけた島袋文子さん。
Imgp9698_800x532
今度はオスプレイが飛ぶ。14時13分。
Imgp9700_800x532
緑ヶ丘保育園の神谷武宏園長と保護者の皆さん。
Imgp9711_800x532
園長の発言を一字一句聞き漏らすまいと真剣だ。
Imgp9716_532x800
米軍は落下物を米軍ヘリのものと認めながら、落としていないというが、だとすれば、これは「事件」だ、と。米軍機が子どもたちの上を飛び交う現状は余りにも命の軽視になっている。子どもたちの命を守り、平和な空の下で自由にのびのびと遊べ、暮らせる空にするため、一緒に声をあげていこうと、力強かった。
Imgp5250_800x532
Imgp9720_800x532
Imgp9724_800x532
緑ヶ丘保育園父母会副会長の知念有希子さん。私たちはただ、子どもたちに大好きな園庭で何も心配せずに遊ばせたいだけだ、と。当たり前すぎることを口にせざるを得ない現実をどう変えていけるのか。保育園上空の飛行禁止を求め、子どもたちに堂々と「もう大丈夫だよ、空からは雨しか降ってこないよ」言えるように行動していくと。
Imgp9732_532x800
普天間第2小の保護者のひとりの呉屋辰巳さん。自身が卒業生であり、卒後30年経っても変わらない現実に、毎日不安を抱えてきたと。子どもたちが安心し過ごせる環境を強く望むと。普天間基地閉鎖にも言及した。
Imgp9742_800x532  
普天間爆音訴訟団で宜野湾市議の桃原功さん。裁判は米軍を「第3者」扱いしスルーしているが、米軍こそ当事者だ。われわれの土地が取られて普天間基地ができたのであり、おかしいことにはおかしいと、声をげようと。
Imgp5260_800x532
今日参加していた国会議員も、聞き役で、一参加者だった。
発言は、学校現場から嘉手苅直さん、沖縄婦人連合会会長の平良菊さんと続き、最後に決議文が拍手で確認された(別項、参照)。
Imgp5271_800x532
決議文に拍手で応えた参加者たち。子ども連れも多く、皆、真剣だった。
〇何故こんな当たり前のことを叫び、要求しなければならないのか、何故涙を流さなければならないのか、余りの理不尽さに怒りを新たにした集会だった。(ヤマヒデ)

2017年12月29日 (金)

17年12月29日宜野湾市役所前での市民大会決議文

「米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会」決議文

 12月7日、緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落下しました。わずか50センチ先の園庭では園児たちが遊んでおり、一歩間違えば大惨事になっていた事故が起きました。そのわずか1週間後の12月13日に今度は普天間第2小学校の運動場にCH-53Eヘリの窓が落下し、児童が怪我をする事故が起こりました。「ヘリの窓落下事故」以来、同校では天気がよくても運動場での体育の授業や屋外活動ができなくなっています。放課後の野球等のスポーツ活動も中止を余儀なくされ、学校教育活動に重大な支障をきたしています。

 事故からわずか6日後の12月19日には、市民が納得するような事故原因説明や再発防止策も示されず、同ヘリの飛行再開が強行されました。子どもたちはヘリや軍用機の爆音を聴くたびに墜落や落下物の恐怖に怯えています。

 「全ての子どもは恐怖に怯えることなく、安心・安全に教育を受け生活する権利を有する」は、児童憲章等に示された人類普遍の原理であります。軍事基地・滑走路にフェンス1枚で隣接し、毎日軍用機の爆音と墜落の恐怖に怯えながら、学校生活を送っている子どもたちが、少なくとも日本国内において他にいるでしょうか。

 本来、学校施設や保育施設の子どもたちは、静かに安全に学び、生活することが保障されています。この地域に生まれ育ったがために、常に軍用機の爆音にさいなまれ、軍用機の墜落や落下物の恐怖に怯えながら学校生活を送らざるをえない状況です。いつまでこのような理不尽な生活を強いられなければならないのでしょうか。

 これまでも沖縄県内で数え切れないほど多くの米軍機の事故が起こっています。そのたびに日米政府は「事故の原因究明と再発防止の徹底」を繰返し発言してきました。しかし実効性のある対策はいまだにとられていません。米軍司令官は同小学校への謝罪の際、「最大限学校上空の飛行は避ける」との発言を行い、同型機の飛行再開を告げました。「最大限飛行しない」と言うことは、場合によっては上空を飛行するということであり、これまでと何ら変わらない対応です。

 私たちは子どもの生命(いのち)を危険から守り、安心・安全な教育環境をつくるために、本日宜野湾市において市民大会を開き、ここに抗議の決議をあげ、保育園や学校施設上空の即時飛行禁止を強く求めます。 

宛先 

 内閣総理大臣       安倍晋三

 外務大臣          河野太郎

 防衛大臣          小野寺五典

 文部科学大臣         林 芳正

 厚生労働大臣       加藤勝信

 在沖米国総領事      ジョエル・エレンライク

 第3海兵遠征軍司令官・沖縄地域調整官

                 ローレンス・ニコルソン

   2017年12月29日

    米軍基地被害から子どもを守り、安心・安全な教育環境を求める市民大会

2017年12月19日 (火)

欠陥機オスプレイ墜落から1年!抗議集会にあたふたと

 去る17年12月15日、「欠陥機オスプレイ墜落から1年!抗議集会」が名護市21世紀の森屋内運動場で開催された。本集会の直前に起きた大型ヘリからの部品が保育園に落ちたり、窓枠が小学校の校庭に落ちたりした事故が重なった。お陰で、本集会の決議文は、大慌てで書き直さざるをえなくなったようだ。

 私は宮古島で窓枠落下の話を聞き、危険の中での生活を強いられていることを思い知らされた。またこうした危険は普天間が辺野古・大浦湾に来たら、解消されるものでは、決してない。これは人口密度の問題ではなく、そこに基地があり、住民への配慮もかけらもないような運用が行なわれている限り、そこに人家があり、学校や保育園があり、住民の命が標的にされかねないからだ。まして辺野古は中部演習場が隣接しており、北部演習場への飛行ルートとなっており、伊江島への飛行ルートもあるのだ。
 集会はオール沖縄会議の主催。参加者は3000名(主催者発表)。
Imgp8624_800x532
照屋寛徳衆議院議員。赤嶺政賢衆議院議員、玉城デニー衆議院議員、糸数慶子参議院議員、伊波洋一参議院議員も発言。
Imgp8642_800x532
この思いを共有したい。
Imgp8646_800x532
写真は宮城健一島ぐるみ会議宜野湾代表。自身が緑丘保育園、普天間第2小卒園・卒業生だとあかした。普天間撤去、海兵隊の撤去を県民が団結して実力行使を訴えた。
高江から伊佐真次東村村議、大浦湾側から二見以北住民の会会長の松田藤子さんが登壇。それぞれ地元の声を語った。
Imgp8665_800x532
先週から来ていたベテランズ・フォー・ピースの面々も発言。米国退役米兵だけあって、自身の戦争体験と沖縄の反基地闘争の反比例が彼らを彼女らを非戦・非暴力の闘志におしあげているのではないか。力強い発言だった。
Imgp8677_800x532
全基地撤去の声が、会場からも上がる。
Imgp8681_800x532
壇上から降りたベテランズのメンバーが島袋文子さんと握手。
Imgp8690_800x532
今日の決めは稲嶺進名護市長。この1年間にオスプレイは緊急着陸を含めて7回の事故。米日政府の鸚鵡返しの言動。
「これが主権国家といえるのか。米軍の為に県民を愚弄し、危険な目にあわせるのが沖縄防衛局、防衛省だ。絶対に許せない。普天間飛行場を閉鎖し、全てを県外・国外にもっていってもらう。そして辺野古に新基地を造らせない」。ここまで稲嶺市長にすっきり言わせてしまってきた日米政府は、まだまだ懲りていないのだろう。
だとすれば私たちが集会決議にもある3つの決議を認めさせるまでだ。
Imgp8705_800x532
集会決議を拍手で確認。
Imgp8708_800x532
団結ガンバロ-!

2017年11月21日 (火)

頓珍漢な押し問答はいらない(171121)

 17年11月19日未明、那覇市内の泊交差点で米兵が起こした死亡事故について、5時間後にニコルソン4軍調整官から富川盛武副知事に電話がかかり、その日のうちに「哀悼の意」を伝えてきたそうだ。そして翁長知事とも会談した。在沖米軍がこうした迅速な対応を取ってきたのは、死亡事故に到ったこともあるが、「公務外」の事故と割り切っており、米軍当局の責任は殆どないと考えているからだろう。であれば、謝罪の姿勢をオーバーアクションをもって、乗り切ることが得策だと考えたのだろう。

 こうしたニコルソン4軍調整官の謝罪に対して、翁長知事は、本件の具体的な矛盾に触れず、一般的な沖縄の基地問題に流してしまった。これでいいのか!
 そもそも「公務外」だとしながら、公用車を未明の時間に乗り回せることの怪しさを突っ込むべきだった。米軍は「公務外」としながら、その車両を回収してしまっている。公用車を私服姿(?)でそんな時間にノーチェックで外出できることに合理性があるのか?事故を起こしたのは一人の兵隊だが、管理体制が余りにずぼらすぎないか。
 その上で、沖縄の基地・安保問題に言及しなければ、要点をずらされるだけだ。ニコルソン氏は「私の仕事は米軍の即応体制を維持することと、沖縄への影響を削減することだ」と居直っている。新基地建設は即応体制を強化することであって、沖縄への影響を増幅することになるとは全く考えていないのだ。結局、「工事の判断は東京とワシントンが緊密に連携して実施している」とかわしている。さらに「同意いただけるのは普天間の移設だ」と沖縄の民意を無視した米日政府の主張を繰返している。
 知事も色々と食い下がっているのだが、こう言われてしまったら、「沖縄は毅然と対応させていただく」ぐらい言わなければ、どうしょうもないだろう。米軍のこうした開き直りがまかりとおるならば、事件・事故はなくならない。基地は押し付けられ続けるだろう。
 これまでの事件・事故の責任を含めて、私たちは米日政府に対して、毅然たる闘いを展開するときだ。勝利を我らに!

19日未明に起きた交通事故(1名が亡くなる)について

 2017年11月19日5時25分ごろ、那覇市の国道58号の泊港の交差点(無論、信号がある)で、南側から走ってきた軽トラックが右に曲がろうとしたところに、北側から米軍の2トントラックが突っ込み、軽トラックを大破させ、乗っていた61歳の男性が死亡した。

 米軍トラックを運転していたのは、在沖米軍海兵隊牧港補空地区(現場のすぐ近く)所属の上等兵(21)だ。酒気帯び運転と過失運転致死の疑いで沖縄県警が緊急逮捕した。
 
 米軍によれば、彼は「公務外」だったというが、酒を飲んで公用車のトラックを運転していたことじたいが、どうなっているのかと、私は甚だ疑問に思う。彼の勤務がどうなっているのか分からないが、深夜に飲んでいて、未明の時間に何故外に出たのか?何処に向かっていたのか? 飲んだら乗るな、じゃないのか。
 20日、在沖米軍トップのニコルソン中将が翁長知事に謝罪に来たと言うが、亡くなられた命とご家族に対してどう責任をとるのか、繰返される飲酒運転による事故に対して、どう対応するのか。具体策のない謝罪は意味がない。
 軍人にとってお酒はつきものかもしれないが、だからこそ隊の外に出るときの管理が重要だろう。彼らは自由に沖縄の街に出れること事態がこうした事故の原因になっている。
 日本政府は今度も何もしないのか? ただごめんでは済まないぞ。

2017年10月17日 (火)

CH-53の飛行再開は、調査結果の公表後だと言ったばかりだが

 2017年10月11日17時過ぎに東村高江区車集落のそばに不時着し、炎上・爆発した大型ヘリCH-53の同型機は、96時間後まで米軍は飛ばさないとしていましたが、その16日朝は、姿かたちは認められませんでした。

 今日10月17日の新聞報道で、調査結果の終了後まで飛行再開をしないとありました。また、暫く時間がかかる見通しが書かれていましたが、先ほど入ってきた情報によれば、18日にも飛行を再開させる方針だそうです。詳細は分かりませんが、17日午後から残骸の回収作業が始まったようですので、回収作業の終了(証拠隠滅)をもって、飛行を再開する可能性が高いのではないでしょうか。
 
 私たちは、米軍の動向を注目しなければ、なりません。因みに沖縄県警は捜査の蚊帳の外におかれたままです。

最近のトラックバック

2018年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28