無料ブログはココログ

写真・写真展

2017年8月15日 (火)

沖縄タイムスに写真展の寄稿文が載った「命溢れる島々 伝える」

 今朝(17年8月15日)の沖縄タイムスに、来る8月19日から始まる写真展の寄稿文が掲載された。題して「命溢れる島々 伝える」。

 字数は1000字。この1000字に私の50年と沖縄に係わってきた28年、与那国・石垣・宮古に係わってきた2011年以来の6年の思いを籠めた。
 今回、降って沸いたようにこの企画をいただき、ありがたくも、また苦戦しているが、書くことで、現状に負けない自分を見出さなければと、叱咤激励されているようだ。多くの皆様にご来場いただきたい。

小さな島々を視ることから私たちの未来を考える-写真展『琉球諸島に忍び寄る黒い闇-与那国島・石垣島・宮古島を巡って』に寄せて 

                   山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

  来る17年8月19日~27日(21日休館)、沖縄市のギャラリー ラファイエットで、「まぶいぐみ連続写真展vol.18」として、兼城淳子さんの『命と暮らしを守る沖縄の闘い-辺野古・高江・普天間』と同時開催で、私の『琉球諸島に忍び寄る黒い闇-与那国島・石垣島・宮古島を巡って』を開催します。

  先ず私の自己紹介。私は1951年東京生まれ、世田谷育ち。67年、千葉県江戸川河口の当時日本列島最大規模の干潟-野鳥の渡来・生息地を守る運動を始めました。しかし地元の農漁民は「野鳥を殺せ!」と金権に走ったのです。時を隔てて2004年、私が沖縄の辺野古の海で見たものは、海を埋立る国に荷担する多くの海人の姿でした。この寒々しい既視感を私は忘れません。

  私が「基地の島 沖縄」を撮り始めたのは89年。04年を経て、辺野古・大浦湾の取材を集中的に行なってきました。13年10月、名護市に居を移しました。沖縄を地元として、もっと身近に撮るしかないと痛感したからです。

  与那国・石垣・宮古に私が通いだしたのは、米国政府が「在沖海兵隊のグアム移転」と言い始めて数年が経った11年。しかし日米政府は「沖縄・辺野古移転」に固執していました。日本政府は10年12月、新たな防衛計画大綱を作成し、「動的防衛力」を掲げ、「島嶼部における対応能力の強化」を打ち出しました。沖縄島を前進拠点に、島嶼部は最前線に想定されています。更に13年12月、安倍政権が再改定。与那国島への駐屯地新設の可能性が高まったこともあり、もっと露骨に。与那国沿岸監視隊が16年3月、新編されたのです。

  島の未来を考える過半の島人は、反対していました。しかし島の経済的衰退・人口減の中で、町政が掲げた自衛隊誘致による島の活性化が逆転。予定地とされた南牧場の農業生産法人が分裂し、押し切られていきます。13年8月の町長選、建設工事の渦中の15年2月の住民投票の結果が誘致を追認。

  こうして美しい海に囲まれた島の南牧場は消されましたが、馬は今でも周辺で生きています。石垣島でも宮古島でも国に苦戦が強いられています。命溢れる美しい島々が生き残れるのか、黒い闇に包まれてしまうのか、その瀬戸際に立たされています。最悪の場合、戦場にされかねませんが。そのときは、沖縄島も同様でしょう。

  私が写真で提示できることは微々たるものです。それでも、これらの島々が命溢れる島であることを伝えていきます。私は、小さな島を直視することを通じて、私たちの未来を切り拓くことに繋がりたい。多くの方々のご来場をお待ちしています(以上原文。新聞の掲載文は若干の訂正を施しています)。

2017年8月 3日 (木)

辺野古・高江写真展(県庁前)再び 17年8月9日 

 去る7月22日、23日、沖縄県庁前で沖縄平和サポートが辺野古・高江 写真展を行いました。

 今度は県職員にもみてもらおうと、平日に。17年8月9日(水)10時~18時。大勢が辺野古・高江の自然や新基地建設の問題を知っていただきたい。

 前回は約140枚。資料つき。私の写真も4枚ありました。

Imgp0348_1024x681
17年7月23日 歌も踊りもありました。県庁前の広場で。

Imgp8350_1024x681


次回は私は参加できませんが、もっと大勢が見てほしい。まだまだ知られていないことが多すぎる。特に県庁の皆様のお力添えが重要です。

2017年7月22日 (土)

県庁前で辺野古・高江 野外写真展開催中(~7月23日)

 今日17年7月22日、10時から18時、沖縄県庁前で、辺野古・高江 野外写真展が開催中。明日7月23日18時まで。

 主催は沖縄平和サポート(070-1629-6072稲葉)。辺野古・高江を巡る写真が約140枚+資料。分かりやすく展示されている。

Imgp0308_1024x681

Imgp0313_1024x681

県庁前をバックに。

Imgp0320_1024x681

ジュゴンが目印です。

Imgp0315_1024x681

このうち3枚が私が撮影したもの(左上を除く)。

私は9時過ぎから18時までいたが、ここも暑い。お客様は少なめ。遠慮して入ってこないのか。だがしっかりとみた方は、「わじわじしてくる」という人も少なくなかった。外国人にも英語、韓国語、中国語のキャプションの翻訳をつけている。

明日はもっと多くの人にみてもらいたい。きてください。スタッフも。

2017年7月 3日 (月)

週刊金曜日の表紙写真をほめていただきました(17年7月3日)

 週刊金曜日(17年6月23日号)の私が撮影し、提供した写真について、今日、プロカメラマンである牧志治さんにほめていただきました。この写真をプロカメラマンにほめられたのは、お二人目ですが、彼の趣旨はこうでした。沖縄の闘いを、基本的人権を押し出しながら撮っていることが分かるものだと。人人の尊厳に留意しているし、状況もよく分かるし、いいね、と。

 こうした評価は、自分の主張を正面から受け止めていただいたものであり、絵がきれいとかのレベルとは別に、大いに合点がいくものです。これまでも、辺野古で、高江で数多くの撮影を繰り返してきましたが、警察権力との攻防の中で何が重要なことなのかを常に問い掛けてきました。不当弾圧の様を写しこむとか、頑張りを示すとか色々なやり方がありますが、簡単ではありません。警察酷いなどの単純な批判に留まらない、新基地建設阻止の心を示し、決して諦めない心意気を明らかにしていきたいと考えています。

 多くの写真家、ジャーナリストが同様な場面をたくさん撮っていますが、違いが分かるものになっていたとしたら、光栄です。私は、一見派手なジャーナリステックな写真って、好みじゃないんです。口で言うのは、書くのは、簡単ですが、微妙な違いに拘っていきたいと思います。

 また、これは先週の土曜日のことですが、ゲート前に上がった際に何人かにこれをお見せしました。ある女性が意外なことをいいました。「警察官の顔もよく撮れていて、納得感があるけれど、私が注目したのは両側の警官じゃない。左から2番目の彼の事だと。彼のことをよく覚えており、表情が印象的だ。」(要旨)と。うちなーんちゅの思いは、深いのです。

 どうしてもヤマトから沖縄に来て撮るとなると、地元の写真家に気おくれします。私が彼ら彼女等の真似をしても意味ないですし、自分流をどうだしていくのか。今後も現場から学び、様々な写真や絵、音楽等から学び、考え続けていきます。

 治さんは水中カメラマン。サンゴ礁の写真や、最近ではオスプレイが海の中に落ちたものを撮った名作があります。私は水中写真をやらないので、やれないので、この分野での対抗意識はありません。報道写真家にはどうしても対抗意識がありますね。素直に学びながらやればいいのですが。

2017年2月18日 (土)

船の上での写真の撮り方

 写真の基礎と言えば、①構図、②ピント、③露出(無論、何を撮るかが大問題だ)、ということになるだろう。いま私が書きたいことは、そういうレベルの話ではない。

 船の上での撮り方の肝を教えてさしあげよう。これも外見的な大問題は、如何したら濡らさないかに尽きる。そのうえで、構図を決める際、難しいのは、こちらもあちらも(被写体)揺れているという問題だ。しっかりファインダーに入れたつもりでもはみ出たり、バランスが悪かったりする。お互いが揺れているからだ。この際どうすれば、改善できるかだ。

 初めにお断りしておくが、船の上では三脚やら膝で安定を保つことは不可能だ。揺れに応じて、素早く絵を決めればいいのだが、これが難しい。無論どんな絵を描くのか(写真を撮るか)は、頭の中にイメージがなければ追いつかない。

 揺れを察知するのも、ファインダーをのぞいているだけでは追いつかない。後手後手に回ってしまう。ここでの出番は、視覚ではなく、触覚なのだ。自分の体内(肋骨周辺)で揺れを察知し、同時に被写体に狙う周辺の動きを目で追うのだ。こちらとあちらが同時に来たときにシャッターを押せば、バッチリ!もっともそうやさしくない。失敗を一杯繰返しながら、熟練を磨く以外にない。

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31