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名護市

2018年2月 9日 (金)

稲嶺進市長らの退任式に行ってきた(180207)

 2018年2月7日16時から名護市役所で稲嶺進市長らの退任式があるとのことで、私たちも参加した。

会場は庁舎の2階のテラスのようなところ。
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始まる前に、私たちのアピール。
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前列に職員の皆様が集まった。周辺にも多数いらした。
15時58分頃に始まった。
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山里将雄副市長挨拶。名護市職員30年余り、副市長1年余りだったらしい。
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座間味法子教育長挨拶。8年間稲嶺市長に支えられながら子どもたちのためにとやってきたと。
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稲嶺進市長。8年間を振り返れば、感慨が深いだけに、今日はしたためてきたと。
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淡々としながらも言葉に強弱があった。
「20年にわたって分断と対立、国策と言う名の下で市民は翻弄されてきた。いつまでも続くのだろう、と心が痛い」などと最後まで実直さを貫いた。8年間の体験の中での発言だから、言葉が重い。また、これからも一市民として、新基地建設問題に関心を寄せ続けていくと。イソップ童話まで引用しながら、諦めることを正当化してはならないと、訴えた。進さんでなければ、吐けない言葉だった。
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職員の皆さんが花束贈呈。贈られる方も、贈る方も、感無量。
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多くの市民らからもありがとうの声や、花束や、ボードが。
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名護市役所。ブーゲンビリヤは、この20年、変わらない。
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進さん、8年間、お疲れ様でした。市職員、市民ら500名を越える人たちが、お送りした。
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これからも私たち市民が頑張ります。

2018年2月 7日 (水)

名護市長選稲嶺進候補落選の夜(180204)

2018年2月4日夜。私は稲嶺ススム後援会に向かった。20時に投票が締めきられ、最終的な投票率がなかなか伝わってこなかった。76.92%。

 開票は順調に進んだようで、22時28分ごろ、渡具知武豊候補に「当確」がついた。最終の開票結果は渡具知候補:20389票、稲嶺進候補:16931票(投票総数:37524票)となった。
 「経済振興」を第一に訴え、最大の争点への態度を押し隠した側が、市民の子どもの未来を見据えて新基地建設反対を正面に据えた稲嶺候補に3458票差をつけたことになる。
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渡具知候補に当確がでて。22:30
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敗戦の弁を述べる稲嶺進さん。22:41
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インタビューに答える翁長雄志知事。沈痛な思いは変わらないだろうが、自身の県政の先を考えざるをえないだろう。22:51
 
 経済幻想は偉大なりということなのか、事実を捻じ曲げた反稲嶺市政キャンペーンが効を奏したのか、自・公・維新の緻密な組織戦術が効果覿面だったのか。これらの全部が進行するかにみえる基地建設の中で、名護市民をして、この結果をもたらしたのだろう。
 さらに稲嶺陣営の取り組みが遅れたことは痛かった。渡具知陣営が彼らの選挙基盤を築いた後からの出発になったと、私は見ている。
 この敗北を如何にしたら、超えていけるのだろうか。これは私たち自身の課題だ。
 

2018年2月 5日 (月)

名護市長選、名護市議補選結果(180204)

2018年2月4日投開票された名護市長選、名護市議補選結果。

 
①名護市長選(有権者数:48781人  投票率:76.92%)
〇渡具知武豊  20389  当選 
 推薦:自民・公明・維新
〇稲嶺進     16931
 推薦:社民・共産・自由・社大・民進 支持:立憲民主
②市議補選
〇仲尾ちあき 19782 当選
〇安次富浩  15927
◎非常に厳しい結果になりました。沖縄を軍事基地に押しとどめたい日本政府・自公政権が勝ったという事実を、私達は深刻に受け止めざるをえません。
 だが私達はこの自然環境を守りながら、沖縄を再び戦場にするような事態を何としてでも止めなければなりません。こうした人たちに、動きに、私達は負けるわけにいきません。

2018年1月20日 (土)

名護の街に出たら(180120)

 写真パネルを制作するために、必要なインクと印画紙等を買いに出た。無事に購入。その帰り、名護十字路にて、一休みしていたら、なんだか騒がしい。やけに知り合いが多い。稲嶺進市長の街頭演説会だ。

 そんな話、私は聞いていない。暫く黙ってコーヒーを飲んでいたが、私も外に出た。人寄せパンダもいる。稲嶺進市長も来ている。衆議院議員の玉木デニー、照屋寛徳のお二人も居る。県議の照屋大河(社民党県連委員長)さん、同じく比嘉京子(沖縄社会大衆党)さんもいる。支持者らも多く、十字路に、全部で70名ほどか。
 稲嶺進市長は、保守系市長時代にシャッター街になっていたこの通りのアーケードを改築し、支柱に生花を乗せ(県との共同の仕事)、名護市場2階に屋根を付けた。巨大な老木であるヒンプンガジュマルの台風対策として、強固な支柱も立てた。名護城のヒカンザクラの活性化のためのプロジェクトもつくり成果をあげてきた(今年は1月27,28日が名護さくら祭り)。地味な街作りの積み重ねが、街の活性化を促しているのだ。
 人寄せパンダと書いたが、これは、具体的な構想と、めどがあっての話だ。沖縄県も協力を約束していると言う。私がパンダを見たのは本家の北京動物園でだが、無論、上野動物園にもいる。沖縄が名護がパンダと言うのは、名護にネオパークオキナワという場があり、お隣の中国と歴史的に育まれてきた平和友好の象徴にも成り、海外からもお出での観光の目玉にもなるだろう。
 稲嶺進市長は単純な基地建設反対派ではない。この街の明日を見ているから基地建設を容認できないのだ。基地を作ることで国からの交付金をもらったところで、基地からのありがたくない危険物を誰が望むのか。絶対にやめていただきたい。誰もが考えるべきことだ。まして沖縄を戦場に巻き込みかねない新たな基地を認めることはできない。戦争に向かう国に縛られたくないものだ。名護市民は、お金で騙されてはならないのだ。絶対に。ここに一人ひとりの命がかかっている。これからも命を繋げていくために、私も微力を尽くしたい。
 しかしこれから暫くは、街に出るのにも、カメラを持ってでよう。何もないと、どうしようもないのだ。

2018年1月17日 (水)

2018年、名護市長選を迎えて

 名護のまちは、来る18年2月4日投開票の名護市長選の動きが騒がしくなっている。思えば私が名護市に越してきたのは、13年10月のことだった。14年1月が名護市民としての最初の選挙・投票だった。まだきたばかりで、私は応援団の端くれにいながら、撮影していた。

 あれから名護のまちは、どうかわったのか。以前の寂れたシャッター街はだいぶ復活している。国から基地交付金をもらいながらの保守市政当事から考えれば、逆に経済的基盤を確かなものにしてきた。市財政も伸び、健全度を増してきた。
 稲嶺進市長は、海にも陸にも基地を造らせないと、2010年から主張し、この信念・政策を貫いてきた。名護の2010年選挙が、オール名護の闘いとなり、稲嶺市長を誕生させた。保守でも賢明な市議たちが、動いたのだ。このままでは、名護市は破綻すると。交付金で物を造っても、運営経費まで国は見てくれない。国からの交付金は一時の金に過ぎないのだ。こうしてものをつくればつくるほど、土壷に嵌る地方財政。
 今回の対立候補を自公が支持している。彼の街宣車がこういっていた。「名護市のブランドを造り、経済を活性化させましょう」と。オイ、まてよ。名護市のブランドはあるだろう。辺野古・大浦湾という郷里の宝が。こいつは地球の宝でもあるのだ。
 私が名護市に越してきて、新基地建設をとめる闘いに忙殺されながらも、沖縄の見所に感心させられてきた。場所は小さいけれども、野鳥はなかなかの魅力だし、まだまだ見にいけていないのが残念だ。サンゴ礁の海もそうだが、亜熱帯の森は、地球上の中でも珍しいのだ。同じような緯度では砂漠が多いが、ここ琉球諸島は違う。森があって海があるのだ。海があって森があるのだ。
 暮らしに息づいた文化も、集落の絆があって続いている。何もエイサーばかりじゃないのだ。また、私が目を見張ったのは、琉球舞踊の美しさ。伝統芸能であれ、伝統工芸であれ、あの沖縄戦の惨禍を越えてつたえら、復活させてきた民衆の思いのなせる業だ。
 そして今、沖縄・琉球諸島が再び戦場にされようとしている時代の中で、沖縄の人々は如何に生きていくのか? 私はこれを確認してきたし、これからも確認していく。
 琉球王国を奪い取った「皇国」たる日本国家は、沖縄で、「皇国」を死守しようと、沖縄で地上戦を強行した。そして沖縄を切り離し、米国は沖縄に軍事拠点を造り上げた。米日共謀して軍事化を進めてきたのだ。私を含む「日本人」は、こうした事実に向き合うこともせず、沖縄を米日安保の主戦場にしてきたのだ。
 沖縄の民意は重い。こうした逆境を跳ね返してきたからであり、未だに基地に蹂躙され、お金に縛られてきたからだ。2010年の稲嶺進市長の誕生は、小さな地域からの反撃であり、涙涙の勝利だったことを、私もそこにいて、よく覚えている。
 今回の選挙は、名護の民が選ぶ、沖縄対日本国家の選挙だ。「新基地を造らせない」対「戦場を呼び寄せる」選挙だ。稲嶺進さんが勝てなければ、沖縄の未来は失われていきかねない。日本国家と日本企業に蹂躙され、自衛隊に蹂躙される日を、私も許さない。
 因みに私が名護市民として投票した候補者は、今日まで全員当選している。14年1月、市長選、14年9月、市議選、14年11月、県知事選、14年12月、衆議院選、16年7月、参議院選、17年10月、衆議院選だ。今度も必ず勝ちたい。勝たねばならない。

2017年11月 9日 (木)

昨夜、重低音が鳴り響いた(171108)

 昨夜のことだ。17年11月8日、18時30分頃と19時30分頃。自宅で。重低音が暫くの間続いた。外を覗いたが、初めは見えず。2回目、北東に向かう赤色灯。もしかしたら夜間演習中のMC-130。嘉手納に居る特殊作戦機。名護西海岸を経て、北部訓練場、伊江島に抜けるのだろう。

 低空から敵地に近づき、パラシュートで人や武器等の物を落とすのか。朝鮮半島情勢がきなくさいから、敏感でなければならない。

2017年9月15日 (金)

名護市西海岸の波(17年9月15日)

今日の名護市街は昼前から青空がのぞきました。ちょいと食事がてら海を見てきました。

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沖の船は巡視船。2隻居た。名護湾に避難。民間船はいなかった。14時頃。
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  2,3歳の子連れの家族がいました。水しぶきを浴びながらお父さんはお食事中でした。
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この辺りには若い女性が二人で自撮りしていました。
私はカメラを濡らさないように、時々反対側にやって、レンズを下に向けた。

2017年8月24日 (木)

稲嶺進(72)さん来年の名護市長選に立候補

 新基地建設の地元名護市の市長選が18年2月4日に迫っている。これに対して、野党は自民党沖縄県連名護市支部として、渡具知武豊市議が立候補するとあったが、肝心の現職の稲嶺進同市長の行方がはっきりしていなかった。

 17年8月23日、稲嶺進さんの出馬表明があった。明快に「政府の沖縄に対する無慈悲な仕打ちとも言える辺野古強行に強い危機感をもっている」とし、「あらゆる権限や手段を行使し、この問題に終止符を打つ」とした。また、来年11月に予定されている県知事選の前哨戦でもあり、翁長知事との連携も確認している。
 会見で、「50年先の名護市の未来」としたように、この基地問題の解決抜きに名護市を語ることはできない。防衛省の補助金を頼らずにやってきた2010年以来の名護市政は健全財政そのものであり、自治体としてのあるべきすがたに近づいている。
 選挙戦まであと5ヶ月だ。私たち名護市民は、現実の名護市、名護市政を直視しつつ、50年後の名護市を展望しながら、あるべき名護市を築き上げていこう。国直結、軍事優先の対抗馬に負けるわけに行かない。頑張ろう。

2017年2月12日 (日)

名護城(なんぐすく)のサクラまつり(17年1月28日)

 今年の名護城のさくらまつりは、1月28日、29日。今年こそ行ってみようと思って出かけた。因みに17年1月28日が旧正月。だから私達は海上行動を自粛しました。

 こちらは途中で。

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美しい花だが、園芸品種は特に何だか分からない。

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こちらも途中で。「秋桜」ことコスモス。沖縄に来れば、コスモスの季語は全く違うのだ。今が旬の花。こちらは某婦人会の皆さんの手によるもの。

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名護と言えば、オリオンビールかな。工場の前を抜けて、名護城に向かう。

入り口に、人人の賑わい。米兵・家族も多いこと。お店も多数。しかし肝心の桜はぽつりぽつり。

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色々とやってみたが、寂しい。やはり今年は暑過ぎだろう。

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ここいらがいいとこか。折角、残照を浴びるサクラの図を描いてきたのに。

もっとも友人達にあったから、いいことにするか。

沖縄のさくらは、やや花に厚みが出ないと、ダメ。肉厚ではなく、花と色がしっかりした感じ。「日本」のソメイヨシノのようなハラハラ感とはまったく別物。あえて言えば桃の花に似る。

 ところで、沖縄防衛局は旧正月も顧みず、海上での作業をやったらしい。まったく!

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