無料ブログはココログ

対話の中から

2017年9月18日 (月)

じっくりと話せるといいのにね

 昨日(17年9月17日)、東京からきた学生にじっくりと話をさせていただきました。相手が一人二人だと、時と場合によってはじっくり話せます。

 彼は辺野古のことをしって、ともかく行って確かめてこようと思ったそうです。運よく、ネットで那覇の人と繋がって、その人が案内してくれました。
 それならばと、私は辺野古の問題以前のところから話しました。これを機会に沖縄に継続して来るんだよということ。なぜかと言えば、現在の辺野古・高江の問題以前の長い長い歴史から連綿と繋がっているので、沖縄を知ることはたやすくないからです。
 また、沖縄の問題は、この「日本」という国の歩みにとって、切り離せないのですが、このことが理解されていない。知らない。安倍政権はあらためて軍事で儲ける国造りを目指しているが、これを「日本人」はどう考えるのですか。
 何れにしても、私たちが生き続ける為には、歴史的な見方が不可欠だ。ここいらについて、自分の反省も踏まえながら話した。
 きっと彼は、この初めての沖縄が再出発点になるだろうと、私は期待している。那覇の彼のコーディネイトも的を得たもののようだった。
 今日は埼玉から三上智恵監督の「標的の島」をみてきたという女性がきました。時間がないということで、ざくっとした話しかできませんでしたが、現状を掘り下げていくことが重要だと話した。「沖縄のことを知らなかった」のは何故か、何故知らなかったのかを問うことだ。「知らなかったから知らなかった」ではダメ。こうした姿勢の違いは決定的だ。
 もっとじっくりと話せる時間が欲しい。コミュニケーションはお互いに様々の違いがあるので、簡単ではない。だからこそ、様々な観点から接点を見出すことが重要。本音を語れるためには、お互いの了解が拡がることが近道です。

2017年8月 7日 (月)

世界の人々が平和に向き合うならば(17年8月7日)

 17年8月7日、私は久しぶりに辺野古テントで何回かお話した。台風明けのせいか、私自身は少し違う気分の一日。どこがと言われると定かでないのだが。

 午後、国際色豊かな人たちが来られた。米国の若者2名。県系のパナマの女性1名。日本の男性1名。通訳してくれた地元の大学の先生。

 通訳が入るときの私は通訳を意識して話す。この先生は同時通訳ができる。これは嬉しい。一通りの話をしながら、私は米国人を意識して、アフガン戦争やイラク戦争で、米国は戦争にたちまち圧勝したが、統治できていないでしょ、と語りかける。軍事力で私たちの平和は、暮らしは、命は、守れないの、と。彼らも納得。

 パナマの彼女には、パナマ運河が米国の管理から外れた以降、どうですかと、水を向ける。明解な回答が帰ってきた。パナマには軍隊はいませんと。お隣のコスタリカにも。分断線を友好の導きの糸にできるのだ。

 私は米国による朝鮮半島の分断が、朝鮮戦争を休戦のままに据え、本来無用な対立がしかれ、沖縄に基地が置かれ続けている歴史から現状を話し、安倍政権が9条を壊して、軍事で金儲けの態勢つくりにはいっているが、こうした動きをとめていくことが重要と説く。沖縄は、米日安保体制の要の役割を負わされているが、だからこそ、沖縄は沖縄の道を歩き出しているのだと。

 米国の彼は「シェアします」と。同時通訳だから、話がボンボンと進む。珍しく私からおひとりおひとりと握手を交わした。

 

2017年8月 2日 (水)

暑さでふらつきながらでも(17年8月2日)

 宮古島から帰って来た初日の辺野古。繰返すが暑い。頭が朦朧としてくる。しかし事前の予約はなかったものの、来訪者は、案外多かった。私も何回か話した。宮古島帰りなので、却って、琉球諸島がらみの話に熱が入る。

 今日来られた方の中で、しっかりと考えており、質問がでてくると、良いねと思う。基地経済から脱却していく観光による沖縄経済の成長。しかしこのことが沖縄の住民の暮らしを改善しているのか、疑問が残る。私は経済学士。数量の上昇と別個に一人ひとりの暮らしの底上げができているのか、ここを検討しないと、一概に+評価できない。経済格差の拡大や不安定雇用の増大では、いかんともしがたい。基地経済を補完する観光経済では駄目だ。

 16時直前に女子学生が一人できた。沖縄の方だが、よく聞けば、ロンドンの大学に留学中とか。夏休みで帰って来ていると。私が東京出身だというと、何故沖縄にこだわっているのかと。やはり嬉しい質問。過去から今日までの日本という国の沖縄に対するかかわりは、一貫して沖縄に犠牲を押し付けてきた。また、対中包囲網にみられるような、いま再びの動きを看過出きない。その要に辺野古・大浦湾における新基地建設の問題がある。

 時間がないなかで、断片的なことしか話せなかったのは残念。また来たいというので、可能な限り時間を取りますと伝えた。沖縄の若い人たちがもっと自分の暮らしの足元から考えて、基地問題にも言及する頭を養ってもらいたい。基地問題と貧困や子育ての問題などはクロスしているのだが、まだまだ別問題扱いする考えが沖縄でも支配的だ。自分でも勉強していきたい。

 頭はまともに使おうね。

2017年6月26日 (月)

説明から対話への糸口を開きたい

 昨日、17年6月25日、辺野古テント村に約80名の大きな労働組合がきてくれた。私は、いつもどおり話しを進める。先方が示す制限時間を意識しながら。私とすれば労組という団体に理解を深めていただきたいと思っているが、やはり個々人が沖縄との関係に留意するようになるかが、最大の課題だと思っている。また、一回来ただけでは、簡単に変わらない。これも当然のことだ。私自身を振り返っても、そうだから。だから次につなげるきっかけを掴んでいただければ、幸いなのだ。

 で、昨日も最後に質問はありませんかと、話を結んだのだが、なかなか出てこない。これは自分のまずい話が原因なのだろうが、昨日はちょっと違った。終わったあとで、一人の女性が近づいてきて、地元に帰ったら何をすればいいですかと。こういう質問は二重丸。色々ありすぎて、難しいが、地元を聞いた。〇〇であれば、沖縄のことをやっている団体があるから、そことコンタクトをとってみたらと話した。一人で始めるのは難しいが、何人かいれば、動きやすい。勉強するにしてもヒントをもらえる。無論私のこのブログのことも伝えた。どうか彼女が次に繋がりますように。

 今日は、ある高校の修学旅行生がきた。14名か。小規模であり、事前学習もやっており、今日で4日め。あちこちを回ってきているので、話しやすい。6月23日の慰霊の日も沖縄にいたという。自分の拙い話でも、沖縄の歴史と現在、何故沖縄なのか、軍隊って何をやっているのか、などをメインに話す。一人ひとりの表情をみていれば、どの程度伝わっているかが分かる。高校生だから、今、17か18歳。これから5年後、10年後、20年後のことを考えてねと。

 終わった後、感謝のことばを添えて、手作りのクッキーをいただいた(今日はまだ食べル暇がなかった)。感謝のことばも、良くありがちな仰々しいものでなく、いささか涙ぐみながらも、しっかりと前を向いたものだった。なんだか、自分もぐっときた。最後に「平和の琉歌」を合唱してくれた。まだ沖縄について、未消化の部分があるのは当然だが、これからの希望を感じる歌声だった。

 最後の最後に、先ほど感謝のことばを述べてくれた女性徒が、以前お母様と来て、そのときも私の話を聞いたそうだが、今回は前回(初回)と比べてウンと理解できたと。しっかりとしたスケジュールで回ってきたのだから、当然だろうが、ご自身と沖縄との接点が見えてきたのだろう。話をしているうちに、その母子(ははこ)のことを思い出した。きっとこれからも沖縄のことを、自分たちの未来のことを考えていける子だろう。こうしたことに一縷の希望をもちたい。

2017年5月30日 (火)

6月10日 国会包囲へ-現場で交流できないでしょうか?

 来る17年6月10日 国会周辺で、『止めよう 辺野古埋め立て 共謀罪法案 廃案に』を掲げた国会大包囲が開催されます。

 この場に私も参上します。無論、取材中心です。しかし折角の多くの方が集まる場ですから、多少でも皆様方と交流できる方法はないのかと思案してきました。

 私は提案します。この場にヤマヒデのオリジナルプリントのパネルを持っていきます。これを掲げながら、国会週辺をゆっくり歩いてみませんか。これが沖縄の現実なのだと言う写真を示しながら、私たちの行く末を考える機会になればと思うのです。

 時間は13時40分頃から15時40分頃まで。場所は国会周辺(詳細は未定)。参加される人数分のパネルを用意します。事前に必ずご連絡ください。締め切り:6月3日23時まで。当ブログのメールで(良く存じ上げている方は別として、簡単な自己紹介を付してください)。

 また、国会包囲後、近くで90分ぐらい、交流会をもてないかと思っています(10人から20名)。無論、参加費は無料です。

 積極的にご協力いただける方は、早めにお知らせください。できれば、チラシの印刷、交流会の場所取りなどの御願いするかもしれません。パネルのプリントは私が用意します。

 皆様との協働を進めることができたらと願っています。(ヤマヒデ)

追記: もし、安倍の暴走を止められなければ、再び、何も言えず、追従するだけの暮らしになりかねません。既に辺野古・大浦湾ではジュゴンが追い出され、さんご礁が押しつぶされ始めているのです。

 私達は、微力かもしれないけれど、無力ではない。ひとりひとりが繋がる環になっていければ、まだ立ち直ることはできるかもしれない。諦めたらオシマイです。

●6月10日呼びかけ文

http://humanchain.tobiiro.jp/event.html

〇最新の記事をご覧ください(6月9日補注)。

2017年5月14日 (日)

昨日のお話から-これは新しい一歩になるかもしれない

 昨日私は、5つの労組などにお話した。そこから1点だけ整理しておきたい。昨日の最後にお話したのは、東京のある労働運動の皆さん。私の旧知の仲の方々もいらした。労働運動の方向もある程度見えている。

 だから共に、協働して考えて前に進みましょうと素直に言えた。これは余りにもよくあることなのだが、「頑張ってください」とよく言われる。「え!、あんたは?」、と私は思う。めまいがする。あなたの課題だと言ったでしょ!でもわからない。

 いつもこうなものだから、こちらもついつい指弾してしまう。これはよくないとわかっているのだが、焦る。これでは信頼関係をつくれない。

 今日の私の締めの話は、個人個人は微力でも共に繋がることで、確心できるし、力をもてるのだと。これは沖縄と「日本」の人人が繋がる際も同様だ。差別的な関係から「対等な関係」に向けて作り直していくことだろう。簡単ではないが、中長期的な目標だろう。10年、50年、100年先を見据えていきたい。

 こういう関係の端著をつくりだすのは、相互に知ることを抜きに考えられない。だから、私は何で沖縄に来たの?何しにきたのと、ききたくなる。これは私自身にも突き刺さる。何やっているんだと。

 過去・現在・未来を見据えて歩まなければ、何も変えることはできない。もうまにあわないかもしれないが、私達は未来への伝言をもたされているし、現在の生類にも責任をもたされている。生類に無論、人間も含まれている。人間は愚劣な欲望をもちすぎた。そこを生き直すことを含めて、やりなおせなければ、所詮人類は滅亡する。

 改めて人間は微力だが、無力でないと確信したい。だからこそ、「俺が」じゃなくて、力を合わせていこうになるはずだ。差別の問題に目を、あらゆる感覚を光らせながら。

2017年4月 7日 (金)

奈良のNさんからのお便り(17年4月5日)

○奈良のNさんから以下のお便りをいただきました。若干補正して(ご本人のご承諾を得て)貼り付けます。

(以下本文)

 お久しぶりです。

 その後、お加減はいかがですか?今月また出張とブログにありましたが、体調と相談しながら気を付けて行ってきて下さいね。

 国は岩礁破砕許可の再申請もせず、4月以降もやると言っていたのでやるだろうと思っていましたが、実際にやられるとものすごく感情がザワザワします。コンクリートブロックはもう、本当に全部落とされたんですよね・・・。ブログにあった瀬嵩の丘からの写真で、海底の固定棒が写っていましたが、そんなに深い場所ではないにしてもやっぱりきれいな海だって判りますね。絶対に工事を止めないと。

 今辺野古にいないこと、居続けられないことにヤキモキしながらの毎日です。資金作りしてますが、行けるのは早くて7月くらいかなぁ。

3月25日のブログでは見にくかったんですが、1000日集会のブログにあった写真で元気そうな山城さんの姿が見れました。少し雰囲気が変わったようにも見えましたが、5ヶ月も拘留されてた影響か、私の勘違いか?ともかく、お元気そうで本当にうれしかったです。何よりも、あんな弾圧を受けても不屈を貫く姿が。とは言え、裁判はまだまだこれからですから、私も奈良からできる支援があるのか探してみたいと思います。

 私は2月の辺野古行動の職場での報告会、実はまだできてません。資料はすでにできていますが、職場(特別養護老人ホーム)が私も含めてパニック状態で時間が取れないんです。介護保険がまた改悪され、社会福祉法人改革がなされ、介護職離職が止まらずに介護職員にそんな余裕がない・・・。理事長にも掛け合って報告会を設定してもらうよう頼んでいますが、今は足元をしっかり支えるときと、割り切ってその時を待っています。その意味では、私の辺野古行動は社会保障を守る闘いでもあります。今、特養で生活されている方の多くは、先の大戦を経験し、高度経済成長を支え、隠居したら社会保障がバサバサ切り捨てられるのを目の当たりにしている方達です。介護の質も金次第ではなく、誰もがその人らしく人生を全うする社会を取り戻さないといけないと強く感じています。これを一番大きく阻んでいるのが、戦前回帰に心血を注いでいる今の政権ですから、いろんな分野から共同の輪を広げたいですね。

 あと、3月に頂いた私の写真へのアドバイスにあった3つの問題のうちの一つ、機材について今日、思い切ってボディ1台とレンズ2本を調達しました。他にも趣味の三線で1棹新たに購入したので、出費のトータルを考えると結構青くなってしまいます()。カメラにしろ三線にしろ、例えそれがいいものでもどう活かすかは使い手次第ですね。奈良はこれから桜のシーズン(例年より10日くらい遅れています)。近くに有名な吉野山があるので、機材に慣れるように練習を兼ねて行ってこようと思います。いい写真が取れたらテント村にも送りますね(押し売り?)。

 雑多なコメントですが、また感想を寄せます。テント村のみなさんにも宜しくお伝え下さい。(以上)

(私の応答)

Nさん、ありがとう。こちらは日々、悔しいことだらけです。でも、皆、めげていません。強い。山城さんはやはり心身の調子がまだまだ戻っていないと思います。十分に休養されて復帰して欲しいです。

 職場のことを伺い、やはり大変なのだと改めて思い知らされました。社会保障の充実と軍事化は全く対立します。私も昔、福祉の職場に居ましたからある程度わかります。あの中曽根行革は一方で、財政再建、社会保障などの切捨て、他方で「日本列島不沈空母論」を唱えていました。あれから30年余りの変化の中で、政府は財政再建すら言わなくなり、苛烈な攻撃に出てきています。経済的な逼迫が、下々にお金を回す余力を失い(切捨て)、露骨な軍事経済に入ろうとしています。

 私達は今こそ、如何なる社会の中で生きるのかが問われているのです。私たち自身が社会の主人公になれなければ、早晩、この国は滅びていきます。沖縄は沖縄が決める、私達は私たちが決めるを合言葉にしていくことが大切だと思います。

 機材の件ですが、新規に買い入れたとか。吉野山での撮影、羨ましいです。大いに機材に慣れてください。優れものの機材であればあるほど、なれないと使いこなせません。

 次回お出でになるときは、もう少しきちんと撮影のポイントを教えられればと思います。

沖縄にももうすぐアカショウビンが来たり、エリグロアジサシが渡ってくるはずです。楽しい撮影もやりたいものです。再会できることを楽しみにしています。(ヤマヒデー17年4月7日)

 

 

 

 

 

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31