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寄稿文

2017年7月20日 (木)

この島々が戦場になるのだろうか?-悪い冗談ではすまないぞ

〇以下の文は、「沖縄の怒りと共に」(うちゅなんちゅの怒りとともに!三多摩市民の会」発行 101号に寄せたものです。なお、前の100号に寄せたものの続きでもあります。

http://poyamahide.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-c15d.html

 

  この島々が戦場になるのだろうか? 悪い冗談では済まないぞ!

                                     山本英夫(フォトグラファー)

 本紙前号に書いた私の文を読んでいただいただろうか。驚かれた方も少なくなかったようだ。私は、琉球諸島を対中防衛網(軍事要塞化)にする基地再編・島嶼奪還作戦について、新基地建設の大いなる根拠になることも含めて、11年秋から警鐘をならしてきた。しかし、私はあまりにも微力で、東京で何度報告会をやっても、パラパラとしか集まっていただけなかった。そして12年、13年のオスプレイの沖縄への強行配備を見て、沖縄へ居を移す決意を固めた。沖縄島で新基地建設にマジに、しぶとく取組んでいるのは、やはり戦争になる危険性を肌で感じているからだ。他方、日本に住んでいる方々の鈍感力はなんだろう。辺野古テントにお出でになる方、ゲート前に座り込む方でも、50歩、100歩だと私は感じてしまうことも少なくない。

 【立ち位置を考え直す】

 本論に入る前に、私はこの点をやや立ち入って考えたい。私を含む所謂「日本人」は戦争体験を忘れ去り、一人ひとりの記憶の中に刻み付けてこなかった。また当時者から聞き出す努力を怠り、聞きだせる関係・環境を作り出してこなかった。誰しも痛切に苦しいことを思い出したくないから、簡単に語らない。こうした中で語ってこられた方は、ものすごい決意と葛藤の中にあったのだろう。

 沖縄戦は「唯一の地上戦」だと言われるが、私が一番惨いと思うことは、被害と加害が同居していたことだろう。沖縄の人々は、皇軍から加害者(米兵等を殺し、肉親や地域の人々を殺す)にさせられ、同時に被害者にされてきた。単に米軍から殺されただけではなかった。今でも私たちの身近にこうした方々が生きているのだ。そして今日まで基地の島の重圧を受けている。

 私たち「日本人」は、再び沖縄の人々を殺す側に回るのか。否、既に回っているのじゃないか。だから私は、こうした「日本人」に、つい「地獄に落ちろ!」と思ってしまう。東京に居たら、感じない。それはコンクリートの上で、華美な街に慣れきっているからだろう。マスコミの情報に操作されているからだろう。コンクリートを引き剥がしてご覧よ。東京大空襲などの弾痕が刻まれているかもしれない。これまで見えないものだと、蓋をしてきたのじゃないか。

 何事も関心がなければ、見えてこない。見えなければ、関心をもつはずもない。こう考えてしまうと、どこにも展望を開けない。どうしたらいいのだろう。実に悩ましい。悩みぬいた私の結論は、私たちが生きるための哲学をもつしかないのではないか。だから生きることに前向きになれる条件を創りださなければならない。だとすると、アクティブに生きる気になれるか否かが地獄に落ちるか否かを分ける分水嶺になるのか。これはとんでもないことだ。貧困や差別の中で、苦しんでいる人たちが地獄に落ちるのでは、これまたたまらないではないか。これもまた不条理だ。

 米国の貧困世帯の若者が軍隊を志願するのも露骨な差別構造があるからだろう。日本でも憲法9条に3項が追加されれば、同様な事態になるだろう。そうなってからでは遅い。要は、戦争か平和かだけでは解けない問題なのだ。そこに差別や貧困、環境との共生を組み込まなければ解けない。右翼のヘイトは国家の枠の中で、なんも考えずにハケ口を用意している。私たちは難しい。自分を問うこと、社会を問うことが避けられないからだ。沖縄との関係を問うことが、差別と向き合い、環境との共生を考えるきっかけになり、未来を考える上で、重要なポイントになるはずだ。

 私たちは60年代から70年代の闘いの中で、多くの間違いを犯してきた。だからと言って、重要な問題も水に流してこなかったか。あの時代を検証しながら、もっと素直に生きあいたい。私の世代は、こうした取り組みを若い世代に継承していく責任があるはずだ。だから私は、今沖縄に居るから、外は知らないと云う態度をとりたくない。

 私はフォトグラファーであって、哲学者ではない。これは、自分には荷が重い。だが微力とはいえ、やっていくつもりだ。沖縄の人々から学び、考える。また、フォトグラファーだからこそ、美しいものを撮りたい。ゲート前や海での攻防よりも、願わくば美しいものを。だが、最近やっと自分でつかんだことがある。人間の尊厳を示すことは、弾圧されても美しさを放っている。人々と権力の両者を対比して見せること。また、真に美しいものは権力が誇示したがる華美とは違う。また、ナショナルなものを超える。美しいものを示す事で、醜い政治を糾したい。美に纏わりつく人間の悪の根性を洗い出す。

 話を戻す。私たち「日本人」は沖縄人と、どうしたら分かち合えるのだろうか。これは単純に闘いの現場に行けば済む話じゃない。両者の歴史に立ち返り、食い違い、差別・抑圧の関係を改めることを避けられない。だとすれば、それぞれの地域の中に潜んでいる身近なリアルから手がけることは可能だろう。一般的な連帯で済む話じゃない。

 【日本政府の島嶼部を巡る認識について】

 前置きが長くなった。沖縄島と先島(八重山、宮古諸島等)と言われる琉球諸島の間にも明らかな差別分断の構造がある。琉球王国の時代からの覇者の島・沖縄島と先島。地理的な大きさの違い。大日本帝国による抑圧の仕方も異なった。沖縄戦を巡る状況も大きく異なる。先島では地上戦は行なわれなかった。ただ多数の皇軍が進駐し、多くの住民はあちこちで強制疎開を余儀なくされた。マラリア渦の中に。やはり軍隊は住民を守らなかったのだ。しかし先島では沖縄戦に対する総括、語り継ぐ努力は弱かった。

 日・米政府はそこに着目してきたのではないか。与那国町、石垣市、宮古島市共に首長は誘致派だ。にもかかわらず、沖縄島でも先島でもお互いを見てこなかった。沖縄島本島の先島差別を克服できていない。漸く最近になって、映画ができたり、何冊かの書物が出版されたが、自分も含めて力不足だった。

 さて、日本政府の軍事政策は「防衛計画大綱」と「中期防衛力整備計画」に描かれている。その詳細については次回にしたい。ここでは概要を示す。日本の軍事政策は2010年の「動的防衛力構想」から大きく変わった。9条の精神を捨て去り、力には力を対置させた。2013年の安倍政権の時代の「統合防衛力構想」は、陸海空の統合力と国家をあげた軍事力にスイッチを切った。特に問題なのが「島嶼部」を巡る軍事化だ。「島嶼部」と称しているが琉球諸島のこと。対中脅威論を梃子に、軍事力の向上を図る。中国の力に対して、常時、監視し、機動力を集中できる体制をつくるそうだ。「島嶼部への侵攻があった場合に、上陸・奪回・確保するため、水陸機動団を新編する」などと勇ましい。このための前進拠点が辺野古なのだ。本拠地が佐世保の相浦駐屯地(周辺)であり、いざとなれば全国から機動運用部隊を差し向ける。北海道の4個機動師団・旅団等、東北、関東、四国、九州に各1個機動師団・旅団。計、3個機動師団、1個機甲師団(北海道)、4個機動旅団だ。こうした部隊の戦を可能とするには「航空優勢」と「海上優勢」を保たなければ、不可能だ。何しろ機動(移動)出来ないからだ。

 こう考えれば、戦場は琉球諸島だけに留まらないことを理解できるだろう。こうした移動の空間、指揮・情報の空間も危ないのだ。琉球諸島が有事になれば日本列島全体が有事になる。それにしても、この国はあの沖縄戦から何も学んでいないようだ。上陸・奪回・確保というが、具体的に石垣島や宮古島などを想定しているのだ。5万人前後の各島の人々の安全確保を、どうするつもりだ(石垣市49078人、宮古島市54264人。両市とも17年5月末現在住民登録数)。住民の暮らしの場が戦場になる。再び住民を戦争に動員するのか、住民を盾にするのか。大いに懸念されるところだ。

 今この国は琉球諸島を再び戦場にしかねない構想を具体化しようとしている。この国はもう一度戦争をするのか。あなたはそこに手を貸すのか?

 差別が戦争を平然と行なわせるのだ。沖縄差別、朝鮮・中国差別、イスラム差別。安倍政権は軍事力の強化にやる気満々だが、これでいいのか。人間が生きるとは、なんなんだろう。 

 

2017年4月 1日 (土)

島の風景が変わる中で-戦場が見える島から、戦場に据えられる島へは、もうたくさんです

○本稿は「沖縄の怒りと共に」100号(うちなんちゅの怒りと共に! 三多摩市民の会 17年3月31日発行)に寄せて書いたものです。

【初めに】

 貴誌100号とのこと、おめでとうございます。しかし継続は力なりとはいえ、単純に喜べません。まだまだ沖縄の問題はしらんぷりされており、それどころか叩かれているのですから。

 本紙読者の皆さんは、沖縄島は遠いですか? これからお話しする宮古島・石垣島・与那国島は遠いですか? 東京~那覇は約1500キロ。さらに那覇~宮古島は約300キロ。那覇~与那国島は520キロの距離があります。しかし今遠いからと言って傍観できない現実が拡がっています。掻い摘んでお話します。

【フォトジェニックな島、与那国島がレーダー基地の島になり、宮古島は―】

  私が与那国島に最初に行ったのは、2011年6月のことでした。理由は、以下の事柄を考えたからです。この国が辺野古に拘るのは、「南西方面重視策」に因るのだろうと。これは2010年末の防衛計画大綱に記されました。基盤的防衛力構想を廃棄し、「動的防衛力」構想を造りだすと。

 周囲が30キロもない、絶海の孤島。人口1500名余り。行ってみたら、小さいがゆえの魅力たっぷりな島でした。海と山と放牧場、人家はきっちりと3つの集落に限定されていました。地球の自転をしっかりと実感できる島であり、太陽光線が頗るいい、フォトジェニック(写真写りが素晴らしい)な島。

 ところが防衛省はここに陸上自衛隊のレーダー基地を造ると言い出していました。住民の反対の声は無視され、昨年2016年3月末に「沿岸監視隊」(160名)ができてしまいました。周辺に建築物が立ち始め、交通量が増えました。それでも海の素晴らしさは変わらない。森も野鳥も蝶も健在です。しかし自衛隊の島になってしまいました。だから安心できません。

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16年3月28日 与那国沿岸監視隊隊旗授与式後、行進する同隊隊員。

 宮古島には72年5月15日以来、航空自衛隊の第53警戒隊(レーダー基地)が置かれています。これは日本の空域を守るためと言われていますが、この来歴をみればわかるように米軍を守るためです。米軍施設を引き継いだのですから。自衛隊が収集した情報はすべて米軍に同時進行で送信されています。

 ここにも陸自の警備隊を新設すると言われています。市長も国と入魂の間柄。問題を大胆に要約すると。

 ①陸自警備隊等(対空ミサイル部隊と対艦ミサイル部隊が主力)の計画の全容は隠されたままです。兵舎等を千代田カントリークラブ跡にといわれていますが、公開されていることはこれだけです。ミサイルの指揮所をどくにおくのか、弾薬庫は、演習場は。ミサイルは移動式ですから、どこに対空ミサイルを置き、対艦ミサイルを置くのか、移動警戒隊の置き場所は?空港と港の使い方は、オスプレイやヘリコプターはくるのか。米軍との連携は?

 そもそも日米政府は宮古島や石垣島を本丸にしようとしています。中国封じ込めのための新たな基地建設であり、島嶼奪還作戦と言っています。もしこんなことになったら、自衛隊はいざとなれば脱出し、再び奪還するのだと。島民を置き去りにして。5万人の住民とさらに観光客の命をどう確保するのかに何も答えていない。無責任の極みです。

 ②そこで俄然怪しくなるのが、先の空自第53警戒隊の改修工事です。ここは宮古島空港から東へ約3キロ。野原(のばる)の丘にあります。標高108mが一番高い地点で90mから100mの狭い尾根が900mほどつらなっています。ここは13年春から改修工事が始まりました。新たなレーダーに換装すると言われていますが、何故これほど時間がかかるのか? 写真を見てください。コンクリートで斜面(地下)が固められています。丘の斜面の横幅500m、高さ40m、奥域50mはあるでしょう。巨大な地下壕ではないでしょうか。ここに前線司令部(陸海空の)を置き、いざとなれば篭城できるようなシェルターなどを建造中だと思います。

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第53警戒隊改修工事中。17年2月28日撮影 千代田地区から。斜面にコンクリートが打ち込まれている。

 彼らは本気です。この島を戦場にしてもいいと。何度も何度もここの工事の進展状況を見てきた私は震えました。やるきかと。

 石垣島や奄美大島もやはり陸自の警備隊と対艦ミサイルと対空ミサイル部隊です。相対大きな島だから何とか演習場も確保できると考えているはずです。尚、演習場ですが、長崎県対馬にも警備隊が置かれており、ここにもちゃんと森の中に演習場が設置されています。

 ③こうした島々で起きる可能性は2つ。(ア)中台戦争に伴う米国の介入です。こうなったら、本格的な潰しあいになりかねません。(イ)日中の偶発的な戦争です。米日は琉球諸島を対中封じ込めの列島防衛線としています。米国も中国も米中戦争にならないように地域紛争に止めたいのです。だから琉球諸島でやるならばやれと。やるのであれば前方は日本国、米国は補完部隊。

 ついでに申しておきますと、米国のグアム再編以降の動きは、この絡みの中での話です。沖縄島は中国から約800キロ。中距離ミサイルが届く。だから地上戦闘部隊に過ぎない海兵隊を沖縄に置き続けることは愚の骨頂。なので沖縄の海兵隊をグアム、オーストラリア、ハワイなどに分散配置したいのです。こうした事情を安倍首相はどこまでわかっていることか。米国に依存しながら見境なく突っ込みかねないから怖いのです。その前に私たちが彼らの「火遊び」を禁じなければなりません。

【今私たちは如何なる途上に在るのか?】

 もしも琉球諸島で戦火が開かれ、奪還作戦が始まれば、東京も火の海になりかねません。何故ならば、島嶼を攻撃する際は航空優勢、海上優勢を取らなければ、攻撃できないからです。裏返せば、司令部が攻撃されます。横田であり、横須賀であり、市谷です。

 軍事力で覇者になるという発想を私たちが克服できなければ、世界の人類は終わります。私たちは、覇者に近いところにいるからこそ、中東やアフリカの地域紛争、民族差別、難民問題など見ようとしてこなかった。このまま行けば、私たちも地獄に落ちる。

 美しくないエピローグになってしまいました。命どぅ宝の魂を共有できると信じます。諦めることなく頑張りましょう。(17年3月24日)

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