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書評

2017年9月 6日 (水)

「金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞」

「金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞」絵と文:田中利夫 ㈱ジーズバンク 1000円+税

 不思議な本である。『金ちゃんの少年時代-アメリカ軍基地のあった朝霞』は紙芝居だったものを本にしたので、絵が満載だ。著者は、1950年前後の埼玉県朝霞での記憶から当時の様子を絵と文で綴っている。1952年4月28日以前は占領軍、以降は駐留軍と名前を変えたはずだが、アメリカ陸軍が闊歩していた朝霞の街。

 何が不思議なのか? 米軍がいたことで、あでやかな印象。憧れの文化や、かっちょいい少年野球との出会い。きらびやかな娼婦達の姿も金ちゃんには羨望の的。米軍駐留のプラスイメージがこの本の基調かなとも思うが、そんな意図があるわけではなさそうだ。「混血児」のことも指摘されており、さりげなく、当時の差別的な視線を問題にしている。

 本書の利点は、絵と文で、当時の風俗が丁寧に書き込まれていることだ。どんなお店があったか、職業の人がいたか、遊びがあり、自然がったかなど。これは少年が見た地域史として貴重だろう。

 ただあちこちに(本書のキーワードのよう)「娼婦」がでてくるが、確かに「パンパン」や「オンリーさん」と比べたら分かりやすいかもしれないが、やはり分かりにくい(今の大人が読めば、言葉だけが独り歩きしかねない)。本書は、少年時代の著者がどう受け止めていたかであり、憧れとしての米兵と娼婦になってしまうのだろう。

 子ども時代の遊びでは、私も知っているような光景が描かれている(私は東京の片田舎世田谷住まいだった)。だから郷愁を誘われるといいたいところだが、これは、私にとっては、既に残像風景すら失われており、懐かしがることすらできない。だから、「城山の四季」(絵)ぐらいが、いささか抽象的であろうとも、却って好感を持つのかもしれない。

 具体的に描かれていることのリアルと、失われていることのギャップが大きすぎて、私はいささか呆然としてしまう。著者は、風景の形は変われどもその場に居ながら紙芝居をやってきたので、時間を飛び越えているのだろう。

 本書にはピンクが多用されている。ここに著者のこだわりがあるのではないのか。学校でお互いにお弁当を隠しながら食べていたという時代にあって、ピンクは憧れのピンクであり、悲哀のピンクなのじゃないか。 

 ここでいささか強引に私の問題意識を出してみよう。「憧れの米兵」という関係意識は、今の沖縄にすら、一部にあるようだ。こうした意識を払拭するためには対等な関係になる以外にないが、だとすれば軍隊という特権集団にお引取り願うしかないはずだ。事件・事故をごまかす日米関係も変えなければならないことも、言うまでもない。

 ところでこの72年間、沖縄以外の「日本」では、この差別的な意識をどのように変えてきたのだろうか。これは、官公庁を別にした市民レベルの関係意識も、疑問符だらけだ。これは沖縄に居を移した私の核心的な拘りだが、「金ちゃんの少年時代」を読んであらためて考えさせられた。

 ここでもうひとつ追加しておきたい。朝霞の米軍基地はなんと1986年までその一部があったということだ。正直に言って、これには驚かされた。横田基地等との絡みで、基地機能が動いていたようだ。(17年9月6日)

2017年9月 5日 (火)

「ぼくたち、ここにいるよ」

◎カテゴリーに「書評」を加えた。お楽しみに。

第1冊目は、以下。

「ぼくたち、ここにいるよ ー高江の森の小さないのち」写真・文/アキノ隊員 影書房刊 1900円+税 17年8月刊

 アキノ隊員の愛情一杯の自然観察入門

 頁を開くと「高江・安波の森へようこそ!」とあり、宇嘉川の支流の流れが、森が見えてくる。「アキノ隊員」って誰?と思う人にも簡潔な自己紹介があり、読者はあっという間に森の中に、新川川、宇嘉川に誘われる。

 そしてアキノ隊員自慢のリュウキュウウラボシシジミの登場だ。そこに一目で覚えることができるほどの鮮明な写真が輝いている。

 本書はただの図鑑ではない。ただのフィールドガイドでもない。昆虫などの生態と行動をアキノ隊員自身が自然の中で調べて提示しているから説得力がある。そうなんだということが、満載なのだ。また、自然の中で疑問を持つことが次の観察のステップになることも示唆してくれる。

 特にアキノ隊員は動画から写真をあげている。だから本書は、時間の変化に沿った記録になっている。瞬時の変化を逃さずわくわくするような発見が尽きない。

 オオシマゼミの「キーン、キーン、キーン」の声を引き、メスに向かって鳴いているという正調な話に併せて、アキノ隊員は人間こそが自然の声を、叫びを聞きとれよと訴えている。

 出てくる生物は、チョウ、甲虫、トンボ、ヘビ・カエル、野鳥の仲間。種も多岐にわたっているが、観察すべき環境もあちこちを探っている。葉の中、朽木の中、水の中など私たちが見過ごしやすいところにも目を向けている。

  高江といえば、米軍演習場が占拠しており、ヘリパッドの問題は避けて通れない。現に工事で自然が壊されてきた。アキノ隊員は、ただの自然観察者じゃない。未知なるものを探り出し、次の世代に手渡していく責任を自覚している。だからこそ、政治の動きにも傍観しない。私がアキノ隊員のファンなのは、こうした自然観察者が沖縄でも少ないなかで頑張っているからだ。

 高江・安波の自然をまもるために、未知なる自然を守るために、一人ひとりがアキノ隊員に続く道を歩みだそう。「ぼくたち、ここにいるよ」を受け止めるのは、私たち一人ひとりだから。

 尚、コラムに高江・安波の森を歩くときの諸注意が丁寧に書かれている。これも忘れずに読んででかけよう。もうひとつ。アキノ隊員のブログ「アキノ隊員の鱗翅体験」も必見の価値あり。

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